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『水の司』(ミズ ノ ツカサ)

    あらすじ
    いにしえより千年以上に渡り京都で水をつかさどる一族のがいた。その一族の現代の末裔にあたる一人の男性を主人公とした物語。伝統と言うプレッシャーに押しつぶされそうになり、登校拒否になり実家を離れ遠くの地で環境を変えて立ち直りを目指す。叔父叔母や友達の支えを得て自分なりの生きる道をを見付け、その経験を生かして教壇に立ち生徒たちのケアをする側に回る。時を経て故郷の京都に大きな危機が迫ることを知り、かつて自分が拒否した一族の役割を担うことにより、京都に暮らし生業を営み様々なの文化を伝えて来た人達のために、沢山の人の協力を得て政治をも動かしてしまう。自然・伝統・文化・教育・家族の本質を問う物語です。


    第一話 水の司の来歴
     
    はるか昔、日向の国から一人の巫女がやって来た。
    巫女の名は玉依姫と言い
    海神(ワダツミのカミ)の娘にして
    大和の地に新しい国を建てた神武天皇の母と言う。
    「我が息子の磐余彦(イワレビコ 神武天皇の名)が建てた
    新しい国の民が末永く安らかに暮らせるように、
    生きることに不可欠な
    水を与えることのできる神である
    龍神の龗(オカミ)を奉って船に乗り、
    その船の行き着いた所に祠を建てて
    お祀りしようと思います。」
    と言って、浪速の海で黄色い船に乗り
    龗(オカミ)に祈りをささげると、
    船は静々と動き出し浪速の海の奥に注ぐ淀川を登り始め、
    その後、山間の谷川でやがて船は動かなくなった。
    そこで岸に降り立った玉依姫が
    すがすがしいそよ風の吹く方向に歩みを進めていくと、
    山際の岩の間からこんこんと湧き出る泉を見付けて言った。
    「龗(オカミ)はここが良いと言われた。
    この横に祠を建てましょう。」
    従者たちが持って来た材料で小さな祠をたて
    皆で龗(オカミ)に祈りをささげた。
    これが現在にも続く京都の北山の渓谷にある
    貴船神社の始まりと伝えられている。

    事実、この神社の川下に当たる京都盆地は、
    周りを囲む山裾には幾多の泉が湧きだし、
    ほぼ何処を掘っても井戸水が得られる
    とても水に恵まれた場所である。
    やがて、都が大和からこちらに移されると
    多くの人が盆地の広範囲に住むようになった。
    そこで、貴船神社で龗(オカミ)に仕えていた
    玉依姫と従者の子孫たちは木舟(キフネ)と言う姓を名乗り
    盆地の各地で水神に仕え水を司る役目を担うことにした。
     
    しかし、木舟の一族はどの家も
    どう言うわけか出生する子供の数が代々少なく、
    細々と血統をつないでいたのだ。
    そのような理由で、
    いくつかの木舟家が跡継ぎがなく断絶し、
    菜種油で隆盛を誇った天王山麓の木舟家も
    電気の普及後には衰え
    大阪の洋酒製造会社の社長に、
    水源の保持と管理を永久に行うことを
    条件にその役割を譲り渡し途絶えた。
     
    そして、現在でもその血筋を存続させているのは
    下鴨神社の近くに住まう木舟家のみとなり、
    京都御所とは鴨川を挟んで対岸と地理的要因もあって、
    朝廷からの要請に応え雨乞いや洪水防止の祈願や
    井戸の水位の観察と報告など
    水に関する多くの役割を担って来た。
    また、木舟家にはもう一つ特異な特徴がある。
    それはその血筋の中で何代かに一人
    ごく稀に巫女的体質を持つものが現れ、
    水神の龗(オカミ)などの神霊との交信を得て、
    時代の転換期に人々の暮らしが
    よりよくなるように祈願し神託を持って助言を与えた。
    その顕著な例としては
    江戸時代初期の角倉了以による高瀬川の開削や
    明治~昭和初期にかけての琵琶湖疎水の開設などが
    京都に大きな経済的利益や
    水利施設の利便向上をもたらした。
    この京都の人々の生活に大きな影響を与えた
    二大事業の陰には水を司る木舟家の協力があったのだ。

    つづく
     
     
    第二話 迷子の竜(タッ)ちゃん

    1960年代のある時、
    木舟家のでは神社の行事の打ち合わせなどで来客があり
    朝からバタバタしており、
    この時の当主である竜政(タツマサ)の孫で
    当時五歳になっていた竜治(タツハル)は
    居間の隅っこでオモチャを持って
    寂しそうに一人遊びをしていた。
    その様子を目に止めた祖母が
    自分の次女の綾子(アヤコ)を呼んで言った。
    「綾子、悪いけど竜治の相手してやってくれへんか。」
    「居間で遊んでればええのん?」
    「何処か外に行ってくれた方がええねんけど・・・。」
    「ほな、デパートに連れて行って買い物でもしてこよか?」
    「ああ、それやったら上賀茂の姉さんのところに持っていく手土産を買っといてくれへんか?」
    「ほな、お金ちょうだい。」
    「はい、ほなこれで、
    後、竜治が途中でグズッたら・・・。」
    「解ってる、クリームソーダやろ!」
    「あんたよう知ってるやん。」
    「あの子はクリームソーダを目の前にしたら、
    機嫌が良くなるさかいな。」
    「ほな、気を付けて行っといでや!」
    「竜ちゃん、あーちゃん(綾子のこと)が
    デパートへ一緒に行こうって。」
    「わぁ~い、行く行く!」
    そして、二十歳前の若い叔母と五歳の小さな甥っ子は
    市電に乗って出かけて行った。
    デパートについてまず頼まれた買い物をすまし、
    次はオモチャ売り場へ行くと
    竜ちゃんは目を輝かして
    展示してあるオモチャの所に駆け寄り
    夢中になって遊び始めた。
    「竜ちゃん、まだここにいる?」
    「うん」
    「あーちゃんは少し疲れたから、あそこの椅子に座ってくるからね。ここを動かんといてな。」
    竜ちゃんは夢中に遊びながらも
    時々綾子の方に振り返って手を振った。
    綾子もそれを見て小さく手を振り返してくれた。
    そして、竜ちゃんが何度目かに振り返った時
    「あれ?あーちゃんがいない。」
    綾子の姿はそこにはなかった。
    竜ちゃんは綾子が座っていた椅子の方に駆け寄り
    あたりを見回したが姿が見えなかった。
    そして、玩具売り場のフロアを走り回ったが見つからない。
    「あーちゃんどこに行ったのだろう?」
    竜ちゃんはついにはエスカレーターに乗って
    他の階にも探して回り、
    知らない人ばかりの中を泣くのを必死で我慢しながら
    「あーちゃん!あーちゃん!」
    と叫びながら
    エスカレーターを上がったり下がったりしていた時
    「迷子のお知らせをします、
    5歳の男の子でお名前は竜ちゃん」
    「紺色の半ズボンに水色の服をお召しになり・・・」
    と館内放送が入り、
    たまたま横でエスカレーターに乗っていた
    若い男性が声をかけて来た。
    「ボク、一人かい?」
    「ううん、あーちゃんと一緒に来たの。」
    「あーちゃんがいなくなったの。」
    「何処でいなくなったの?」
    「玩具売り場。」
    「そうか、それは大変だね。一緒に探してあげようか?」
    「うん」
    「あっそうだ、ボクのお名前は?」
    「竜ちゃん」
    「竜ちゃんて言うんだ。じゃあ一緒に探しに行こう!」
    「うん」
    「多分こっちだと思うんだ」
    その男性は竜治の手を引いて歩き出した。
    そして、フロアのはしの案内所に着いた時、
    そこには真っ赤に目を泣きはらした綾子がいた。
    「あっ、あーちゃん!」
    竜治は駆け出して綾子にしがみついた。
    「竜ちゃんゴメンね、
    ちょっとトイレに行っていただけなんや、
    ちょっとぐらい大丈夫かなと思って・・・。」
    「本当にゴメンね、竜ちゃん。」
    「あーちゃん、泣かんといて、
    僕は一人でも泣かへんかったよ、
    あーちゃんと僕は仲良しだから大丈夫!」
    少し落ち着きを取り戻した綾子は、
    竜治を連れて来てくれた男性に何度もお礼を言い、
    名前と住所を聞いてメモを取っていた。
    そして後日、竜治の祖母と母と綾子の三人で
    お礼に伺ったようだ。
    その数年後、よく遊び相手になってくれていた綾子も
    結婚して木舟の家を離れて行った。
    竜ちゃんはしばらくは寂しい気もしたけれども
    お盆とお正月になれば、
    あーちゃんは帰ってくるから大丈夫。
    それに、その時にはデパートのエスカレーターで
    竜治を見付けてくれた男性も一緒にやってくるのであった。

    つづく
     
     
    第三話 竜治の憂鬱

    あれから竜ちゃんは屈託のない明るい
    普通の子供として成長したのだが、
    その中学生活の途中から自分の家庭と他の一般的な家庭とが少し違うような感覚に気付き始めた。
    竜ちゃんが小さい頃から祖父に聞かされた
    おとぎ話のようなご先祖様の話、
    そして、それが今の自分に繋がっていて、
    いずれその伝説のようなものを伝え守って行く役割を
    引き受けなければならないということ、
    また、竜ちゃんの母親である絹子の持つ
    特殊な能力のせいで小さな頃から十分に
    母親のそばで甘えていられる時間を
    持つことが許されなかったのだ。
    竜ちゃんの母の絹子こそ
    木舟家の中で何代かに一人稀に現れる
    巫女的体質の持ち主なのだ。
    だから、絹子はたくさんの人達の要望に応えて
    神霊と呼ばれるものをその身体に降ろし
    政治家や経済人がその時代の判断を誤らないように
    助言を与えることを仕事としていた。
    ただ、精神的負担に限界があるので、
    世間の誰の依頼でもと言うわけにいかず、
    木舟家のことを知るわずかな人が
    依頼するのみにしているので公にはなっていなかった。
    しかし、色々なツテを伝って舞い込んでくる依頼は多く、
    竜ちゃんに寂しい思いをさせることが常となっていた。
    このことが竜ちゃんの心に
    大きな影を落とすこととなるのだ。

    やがて、竜ちゃんこと竜治(タツハル)は高校生になった。
    この木舟と言う家は何百年もの長い歴史を誇る
    旧家の多い京都の中でも特に古い家柄で、
    言い伝えでは平安遷都以前から
    延々と続いてきた家系とされている。
    つまり1200年を超えて続く家系と言うことなのだ。
    そんなとてつもなく長く続く家のあれこれを
    幼少のころから祖父に刷り込まれてきた竜治は
    1970年代後半の現代を生きる
    自分とのギャップに悩むのだった。
    例えば、同じ時代に生きていても
    都市部から地方の街に引っ越してきた子供が、
    今までの常識や習慣が通じずに
    仲間外れにされてしまうと言うようなことを
    話で聞いたり、或いは、そんな経験をされた方は
    少なからずあると思う。
    竜治の場合はそれに時代のギャップと
    神託を伝える母の仕事と言う現代の一般人には
    理解しがたいスピリチュアル的要素も絡んでくるので、
    わけの解らない状態に追い込まれてしまうのである。
    他にも、毎朝井戸の前に立ち
    井戸の神様に一日の始まりに感謝し祈るとか、
    夕方にはまた井戸の神様に一日の無事を感謝し、
    汲み上げた水で風呂を沸かすとか、
    他にも様々な決まりや習慣があった。
    もちろん、電気・ガス・水道などは使われていたが、こと水に関する習慣は厳しく守られていた。
    それで、竜治は同級生と時々話が合わなくなったりして、
    それが影響してか周囲とのコミュニケーションを
    上手く取れずに同級生に切れたり、
    逆にイジメの対象になることがしばしばあり、
    とうとう学校に行くことを拒むようになってしまった。

    つづく
     
     
    第四話 根回しの父と、直感の母

    竜治の父親である洋二郎は頭を抱えていた。
    息子の竜治が登校拒否になり
    その原因が木舟家と言う一般から見ると
    特殊な家庭環境にあるのは解っていたのであるが、
    市の職員である彼は
    縁あって木舟家の婿養子となったのであり、
    それだけに義父の竜政に
    強く意見することが出来ないでいた。
    そこで、困り果てた洋二郎が
    正月休みで帰省していた義弟(綾子の夫)の杉野良平に
    このことを打ち明け、
    竜治をもう一度元の明るく元気な状態に
    戻すことが出来ないかと相談したのである。
    彼は東京の大学の教育学部で教鞭をとり
    学校内でのイジメの構造の研究をしていた。
    「良平くん、誠に勝手な話なのだが竜治のことは私達家族だけでは何とも手の施しようがないんだ。」
    「そこで君や君の勤める大学の先生達から何かいい方法を教えていただけないかと思ってね。」
    「そうですね、例えば竜治君を今いる環境から
    しばらくの間離してあげると言うのはどうです?」
    「と言うと?」
    「今通っている学校から他の学校に、
    そして、言いにくいのですが木舟のお義父さんからも。」
    「お義父さんからも?」
    「はい、木舟家の役割は
    僕も綾子から聞いて浅いながらも理解しているつもりです。
    それはとても大切な役割です。
    でもそれを16歳の竜治君にとって
    自分の生きている現代と木舟家の役割と言う
    超時代的なものを一度に考えるのは
    大変な負担になります。」
    「義父さんも竜治が木舟家をしっかり守ることが出来るか気がかりなのだろう。」
    「でも、まだ猶予はあるのではないですか?」
    「ほんの数年の間に竜治君を
    伝統と言うプレッシャーのない所に置いて、
    他の同世代の若者たちと同様に過ごさせてあげれば
    元の明るく元気な竜治君に戻ると思いますよ。」
    「ならばどうすればいい?」
    「例えば、ここ京都以外の他の地域に
    転校して新しい学校生活を送るとか。」
    「竜治を一人で?」
    「もう高校生ですよ。」
    「普通の状態だったら、
    それも経験だと言うことで送り出せるけれど、
    あの感じでは少し不安が残る。」
    「ならば、義姉さんも一緒に付いて行ってもらって
    世話をしていただくと言う方法もあります。」
    「いや、家内には巫女と言う大事な役目があるから・・。」
    「ああやはり、そのことは外せませんか。」
    「そう言わないでくれ!
    ここの家の特殊な事情は君も少しは解っているだろう。」
    しばらく思案してから
    良平の方が意を決したように切り出した。
    「もし、竜治君と義兄さん達が良ければ
    僕のところに竜治君を預けてくれませんか?」
    「残念ながら未だに子供を授かっていない僕たちで
    不安を感じられると思いますが、
    僕の回りには心理学や心療内科の専門家もいますし、
    僕自身もイジメの被害・加害の
    どちらについても勉強をしています。
    そして、うちには竜治君と仲良しだった綾子もいますので
    二人で協力して竜治君をお世話しましょう。」
    「ええ、そんなことを君たちに頼んでええのか?」
    「はい、僕たちは構いません。」
    「う~ん・・では、この際思い切ってお願いしようか。」
    「ただ、こちらからもお願いしたいことがあります。
    僕も研究者ですので竜治君を自分の研究の
    対象とすることを許可してください。
    また、研究対象ならば中途の編入も
    学校側から許可が出やすくなると思います。」
    「それはこちらから難儀を押し付けるばかりでは
    気が引けるからね、よろしく頼みます。」
    「後、竜治をそちらに預かってもらうに際して
    かかる費用は遠慮なく請求してほしい。」
    「承知しました。助かります。」

    その夜、寝室で洋二郎と絹子が話し合っていた。
    「なあ絹子、竜治のことなんやけれど。」
    「最近は調子悪そうやね。」
    「行ってきますて言って家からは出るけど、
    学校には行っていないらしい。」
    「いや、ほんまに!」
    「それでな、今日の昼に良平君に相談してみたんや。
    そうしたら環境を変えたら
    竜治も元の明るい子に戻るかもしれんて言うんや。」
    「環境を変えるてどうするの?」
    「学校を変わればええのんちゃうかて言うのや。」
    「そんなん京都の中でなんぼ変わっても
    結局同じことになるえ。」
    「それでや、良平くんと綾子ちゃんの所で
    竜治を預かるて言うんや。」
    「ええ!
    竜治が小さい頃から
    何かと面倒を見てくれていた綾子はともかく、
    良平さんはいきなり高校生の子、
    しかも登校拒否をしている子を持つようなことになるんえ、大丈夫やろか?」
    「それがな、良平くんは大学でいじめとか
    登校拒否についての研究をしているらしくて、
    彼の回りにカウンセラーやら何やらいるんやて。」
    「ふ~ん、ほんまにそんなことを
    お願いしてもええのやろか?」
    「この際、藁をも掴むやで、
    竜治のこと頼もうかと思ってんねんけど。」
    「ちょっと待って。」
    絹子は軽く目を閉じて意識を集中させた。
    「綾子の所は横浜市やな、と言うことは方角は東やね。」
    「東がどうかしたん?」
    「磐余彦命(イワレビコノミコト)さんと同じや!」
    「磐余彦命て神武天皇か?」
    「そう、つまり『神武東遷』と同じで、
    東に新天地を求めて居場所を変えたら、
    大きな変化が起こって何かを掴むよ、あの子は」
    「そんなたいそうなもんか?」
    「これはあの子の運命かも知れん、
    竜治は向こうに行ったら変わるで!」
    「そうか!現代の玉依姫さんが言うなら
    間違いないやろな。」
    「きっと良いように変わってくれる!」
    「そうなると後はお義父さんやな、
    どう言って納得してもらおうかなぁ。」
    「そっちはウチが上手に言うとくわ。」
    と言うことで竜治は叔父の勤める大学の付属高校に
    二年生から編入することになり、
    四月から叔父・叔母と一緒に暮らすことになった。
    このことについて
    竜治の祖父は少し渋っていたようだったが、
    良平・綾子夫婦の協力のもと竜治の気持ちが楽になるなら
    と同意してくれた。

    つづく
     
     
    第五話 竜治の東遷に富士山も応援

    四月に入るとすぐに竜治は旅立った。
    新しい生活の期待感からか
    鬱屈した心が少しだけ軽くなったような気がしたので、
    車内販売のアイスクリームを買った。
    「今はまだ固いので
    しばらくたってからお召し上がりください。」
    と言われ窓辺に置いて待った。
    静岡駅を過ぎたあたりで
    ようやくカップに着いた霜が溶けだし、
    そろそろ食べごろかなとフタを開けると、
    縁の方のクリームが柔らかくなっていた。
    アイスクリームを口に運ぶと
    甘くて濃厚なバニラアイスが口の中いっぱいに広がった。
    何か幸せな気分を感じた自分に
    竜治はふと可笑しくなった。
    おもむろに窓の外に目をやったその時
    窓の向こうに大きな富士山が姿を現していた。
    「うわぁ~、あれが富士山か大きいなぁ~!」
    と思わずつぶやいてしまうと、
    「あら、富士山を見るのは初めてなの?」
    隣の席に座っていた上品な和服姿の女性が
    突然に話しかけてきた。
    「あっ、はい、テレビでは何度も見ていますが・・。」
    「今日は頂上から裾野まで全部きれいに見えるわね。」
    「そうですね。」
    「富士山がこんなにきれいに見えるのは、
    あなたが富士山に歓迎されているのかもね。」
    「僕が歓迎されている?」
    「春から東京かどこかで新生活が始まるのではないの?」
    「はい」
    「やはりそうね、それを木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)が頑張れって応援してくれているのよ、きっと。」
    「木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)って?」
    と言いつつ竜治が富士山の方に視線を送った。
    「あら、若いのに古いことを知っているのね。」
    「あなたは歴史が好きなの?」
    「いや、そう言うわけではないのですが、
    小さい頃に祖父から折に触れて
    日本神話を聞かされていましたから。」
    「ふぅ~ん、今の時代に日本神話を
    孫に語って聞かせるなんて殊勝なお爺様ね。」
    「何せ家が旧家なもので・・・。」
    「日本神話なんて第二次世界大戦以前の
    軍国主義の産物だなんて言う人がいる時代よ。」
    「旧家の中でも、とても古い旧家で
    しきたりやら何やらでがんじがらめですよ。」
    「ふふふ、ずいぶんと嫌っているのね。」
    「それはもう、大きなプレッシャーです。」
    「それで、そこから飛び出してきたのね。」
    「父が見かねて神奈川県に住む叔父叔母に頼んで、
    しがらみのない関東で学校に通うことにしたのです。」
    「それじゃあプレッシャーのない所で
    のびのびとできるのね。」
    「でも関東には叔父叔母以外の知り合いがいませんから
    少し不安です。」
    「新しい世界に飛び出してきた人が何言っているのよ、
    知り合いや友達なんか
    自分でこれから作ればいいじゃないの。」
    「できますかね?友達」
    「できるわよ!積極的に行動すればいいの。」
    「まず、ゆっくりと周りを見渡して目が合った時に
    その目をそらさなかった人に声をかけてごらんなさい、
    そうしたらきっと話し相手になってくれるから。」
    「まもなく新横浜ぁ~、新横浜に到着いたします。
    お降りのお客様はぁ~・・・。」
    アナウンスの声を聞いて竜治は急いで棚の荷物を取り
    その女性にアドバイスのお礼を言って出口に向かった。
    ホームに降りて改めて話し相手になってくれた女性に
    おじぎをしようと自分の座っていた席の窓を覗き込んだ時
    「あれ?」
    そこには女性の姿はなかった。
    「んん?不思議なこともあるものだ。
    でも、何か雲が晴れたようなすがすがしさが残っているのはどういうことだろう?」
    と首をかしげながら竜治はホームの階段を下りて行った。

    つづく
     
     
    第六話 いったん忘れよう
     
    新横浜駅から在来線に乗り換えて一駅目、
    改札口を出て西口の階段を降りると
    正面に喫茶店がある。
    その喫茶店の所を奥に進む道を
    少しだけ行くと
    すぐに右に曲がり、正面に見える階段の手前を
    左に曲がって、一つ目の交差点を超えて
    三軒目のクリーム色の壁の家。
    「ここか?表札は『杉野』で間違いないな。」
    竜治が確認をしていると声がかかった。
    「あれ、竜(タッ)ちゃんもう着いたんや。」
    「あっ、叔父さん叔母さんこんにちは、今日からお世話になります。」
    「叔父さん叔母さんなんて他人行儀で嫌よ。
    私達は今日からアンタの
    お父さんお母さんのつもりでいるからね。」
    「それなら叔母さんは昔通り『あーちゃん』で
    叔父さんは『良さん』でどう?」
    「まあ、それでいいかな?」
    「ええんちゃう。」
    「竜ちゃん、どうぞ入って。」
    「おじゃましまぁ~す。」
    「今日からは君の住む家だよ。」
    竜治の部屋は二階の南側で
    丘の斜面に建つ家だから
    目の前に邪魔するものがなく
    ずうっと遠くの方まで見渡せる。
    少しでも竜治の気分を晴れやかにするための
    叔父の良平の配慮なのだろう。
    ただ、ずうっと先の方まで家の屋根とビルしか見えない。
    そのことを竜治は綾子に少し聞いてみた。
    「ここらはそう言うところなのよ。
    京都やったら家並みの向こうには
    必ずと言っていいほど山が見えるけれど、
    ここらは丘陵地で
    京浜地域の人口の増加にともなって
    住宅地が増えて来てるのよ。
    住所もだいぶ山手やけれど横浜市、
    そして、その街の向こうが京浜工業地帯で
    その向こうは東京湾なん。」
    「もう京都にいる時みたいに
    色々な人の顔色を気にせんでええのよ。
    普通の高校生として生活したらええの。
    困ったことや迷うことがあったら
    何でも私や良平さんに相談してくれたらええし。」
    「うん」
    「良さん、あーちゃん、よろしゅう頼んます。」
    そして、竜治はこちらに着いた翌日から
    新学年が始まるまでの間に
    良平からいじめの構造について少しレクチャーを受けた。
    いじめと言うのはそもそも自分やその所属する集団において
    異質なものに対する拒否反応が原因の一つになる。
    話す言葉や習慣の違う他地域から来た転校生が
    新しい学校になじめずに、いじめにあうのがよくある例だ。
    また、他から受けたプレッシャーのはけ口を
    自分より弱い者に向けるのもそうで、
    部活動で上級生から受けたプレッシャーのはけ口を
    下級生に求めたり、
    厳しい親から受けるプレッシャーのはけ口を
    クラスの気弱な子を攻撃することに
    求めたりする例が挙げられる。
    誰しもが同じ条件下に置かれたときに、
    つい起こしてしまいそうな行動が
    いじめの始まりとなり得るのだ。
    特にその時の心に余裕がない者ほど、
    何かしらの気持ちの悪い違和感を持ったり
    プレッシャーを感じた時に
    攻撃的な態度をとってしまうようだ。
    だから、いじめの加害者は
    何かに追い詰められているような立場にいることが多い。
    このような彼らに対しては無抵抗であったり逆に反発しても
    余計に攻撃的になるだけで、
    無視して相手にならない方がいいし、
    しつこく絡んできたときは
    他の友達のグループの中に避難し、
    担任の先生や私に連絡してくれればいい。
    また、逆に君が他の生徒に
    そのような行為を取ってしまった時も、
    気持ちが落ち着いてからでもいいから
    知らせてほしいと言われていた。
     
    新しい学校に投稿した時に教頭先生が
    『個々の個性の違いを認め合い
    知識や技術を習得するために
    自ら学び掴む自主的な教育を施し、
    将来に社会の役に立つ調和のとれた人材を育てる。』
    と言う理念の説明の後
    「君も何か自分のしたいことを見付け、
    それを自分自身で自発的に学んでください。」
    と言いながらクラスの教室まで案内してくれた。
    竜治はその後ろを歩きながら
    「個性の違いを認めてくれるのはいいことだな。」
    と思い京都に居たころに受けたいじめは
    自分の置かれた環境と
    周りの一般的な家庭でのものの考え方や習慣が
    すこし違っていたからと竜治は彼なりに感じていた。
    「京都の家のことは、いったん忘れよう。」
    と心の中で決めた。

    つづく
     
     
    第七話 仲間との出会
     
    クラスに入り自己紹介の挨拶をすませ
    午前中の授業が終わって昼休み、
    新幹線の中で出会った不思議な女性の
    アドバイスを思い出して、
    ゆっくりと周りのクラスメートを見渡してみた。
    目が合っても視線をそらす者がいる中で、
    こちらを見返す者が一人いや二人いた。
    竜治は誰に声をかけようと迷っていると、
    その内の一人が向こうから話しかけてきた。
    「君は京都の出身なんやて、
    久しぶりに関西のイントネーションが聞けて
    なんかうれしいな。」
    浅黒く日焼けしたような顔にクリクリとした二重の目、
    男子にしては背は低く、
    ずんぐりとした体型は
    アニメのキャラクターを思わせるほどの親近感を持たせた。
    「君も関西の出身か?」
    と竜治(タツハル)が質問した。
    「僕は大阪やねん、名前は友田喜貴(トモダ ヨシキ)。
    よろしゅうにな!」
    とその男子が答えた。
    「木舟竜治(キフネ タツハル)です。よろしゅうに!」
    と竜治も答えた。
    「ところで、二年からの編入て急やってんな、
    何かあったん?」
    と友田君が聞いてきたのに竜治は少し驚いて
    「初対面でいきなりそれ聞く?」
    と聞き返した。
    「ゴメン、ゴメンいやその、
    そんな子が時々いるから、ここの学校やったら
    気にせんと過ごせると言おう思って・・・。」
    と友田君は慌てた様子で弁解した。
    そこで、もう一人こちらを見ていた女子が口を挟んできた。
    「もう、アキンドは登校初日の子に失礼なこと言って、
    少しは聞き方ってものを気にしなさいよ。」
    とたしなめると
    「それはゴメン、ほんまにゴメン。」
    友田君は重ねて謝った。
    「アキンドはね、明るくて楽しい奴なんだけれど、
    気になったことは無遠慮に
    何も気にせず聞いてしまうのが欠点なの。」
    とその女子が言うと
    「あの別に怒っているわけやないから。」
    と竜治は少しニコリとして言った。
    「それならいいけど。」
    と友田君と女子は胸をなで下ろした。
    「それよりも、さっきから何で
    友田君のことを『アキンド』って呼ぶの?」
    「彼は『アキンド』って言うニックネームなの。」
    「大阪出身やから?」
    「それもあるけど、彼の嫌味が無くて
    相手の懐にスルっと入り込んで、
    いつの間にか彼のペースに乗せられてしまうこととか、
    一年の時の学園祭でクラスの模擬店の売り上げを
    トップにしたと言うあたりから、
    そのニックネームがついたのよ。」
    「ふ~ん、すごいねんな友田君は。」
    「木舟君も『アキンド』と呼んでくれてええよ。」
    と友田君が言うと
    「そうしたら親しみを込めて
    『アキやん』と呼ばせてもらうわ。」
    と竜治が答え
    「ほほぉ~、いきなりアレンジをかましてきたな。」
    と、アキやんは身を乗り出しながら言った。
    「ええよそれで
    『アキやん』の方がもっと親しみを持てるかもな。」
    と、どうも新しい呼び方が気に入ったようだった。
    「じゃあ木舟君にも何かニックネームを付けようよ。」
    と女子が言い出すと
    「何がええかな?」
    とアキやんが考え出した。
    二人は竜治の全身を見回して
    「細身で長身で色白で目尻がやや上がって切れ長の目。」
    「何か平安時代の貴族のような感じかな。」
    「貴族ねぇ~、う~ん『麻呂様』とか?」
    と女子が言うと
    「『様』は付けなくてもええよ!」
    と竜治が訂正した。
    「それじゃあ『マロ』でいいんじゃない。」
    と女子が言い
    「それで決まり!」
    とアキやんも同意した。
    「それはええとして、
    途中から入ってきた君の名前はなんていうのん?」
    「あっ、まだ言ってなかったね。
    私は宗方美咲(ムナカタ ミサキ)って言うの、
    よろしくね、
    私の呼び方はそのまま『ミサキ』でいいわよ。」
    「何かずいぶん古風な苗字やね、ミサキの苗字。」
    「あら、マロの『木舟』だって同じように古風よ。」
    「そうかな?」
    とトボケながら竜治はこの時は
    自分の中で封印した京都のことを思い出すのが嫌で、
    適当にごまかしておいた。

    つづく
     
     
    第八話 美咲と竜治の悩み 
     
    家族から離れて東にやって来た竜治は、
    京都を離れた時、
    新幹線の中で出会った女性からアドバイスを受けた時、
    叔父の良平からイジメの構造について聞かされた時、
    そして、アキやんとミサキの二人と友達になった時、
    と徐々に自分の心が解放されて行くのを感じ取っていた。
    そして、夏休みが始まる前には他のクラスメイトにも
    自然と接しられるようになり、
    普通の高校生らしさを取り戻しつつあった。
    竜治は特にアキやんとミサキの二人と一緒にいる時に
    一番心が落ち着くような気がしていた。
    そして、その年の夏休みに竜治は京都に帰らずに
    ずっと横浜にいた。
    と言っても特に目的があったからでもなく、
    ただ、まだ京都へは帰りたくなかったからだ。
    母と父には電話で
    「大丈夫、元気でやってる。」
    と伝えただけだった。
    そして、父から
    「帰ってこないなら、せめて夏休みの間だけでも
    良平くんと綾子ちゃんのお手伝いをしてあげなさい。」
    と言われて
    「それもそうだ。」
    と思った竜治は昼間は綾子の家事の手伝いを、
    夜は良平の研究資料の整理や
    研究対象としての聞き取りの協力を
    いつもより多くしたりして過ごしていた。
    そんなある日、竜治は綾子から頼まれた買い物の帰り道に、駅前近くのアパートから出てくるミサキに出くわした。
    「あれ、ミサキ?」
    「あら、マロじゃない!」
    「マロの下宿先ってこの辺りなの?」
    「うん、この先もう少し行ったところ。」
    「ええ、そうなんだ!」
    「ミサキは何でここに?」
    「お姉ちゃんがこの街で一人暮らししているの。
    それで家から届け物を頼まれてここに来た帰りよ。」
    「ミサキのお姉さんがこの近くに居るんだ。」
    「思わぬ繋がりがあるのね、私達って。」
    「時間ある?ウチに寄ってく?」
    「あっ、それは遠慮しておく、なんか緊張するもん。」
    「じゃあ、外は暑いから
    そこの喫茶店に入って話すってのは?」
    (マロったら上手に誘うはね、嫌いじゃないからいいかな。)
    「少しなら、いいわよ。」
    「ほな行こか。」
    カラァン コロォン
    「いらっしゃいませぇ~、空いている席にどうぞぉ~。」
    「僕はアイス・コーヒー。」
    「私はレモン・スカッシュ。」
    二人は少し背伸びした気分で向かい合って座り
    それぞれの身の回りのことなど
    学校などでは言わないを話した。
    ミサキは神奈川県の藤沢市から通っていると言う。
    三人姉妹の末っ子で、
    長女が市子(イチコ)と言う名前で結婚もしていて両親と一に江の島にある店を切り盛りして毎日忙しく働いている。
    次女が双葉(フタバ)と言う名前でこの街で一人暮らしをしてデザイナーを目指して勉強中。
    そして、元気なだけが取り柄の自分は姉たちのように
    自分がしたいことが
    まだ見つかっていないと話してくれた。
    竜治(タツハル)は京都の家のことが嫌になって
    こちらに来ていることなどを話し、
    そして、この学校に来た時に教頭先生に言われた
    「君も何か自分のしたいことを見付け、
    それを自分自身で自発的に学んでください。」
    と言う言葉を言われたけれど、
    今のところ自分も何がしたいかなど解らずに
    日々を過ごしていると話した。
    「したいことって何だろうね。」
    とミサキがつぶやくと
    「得意なこと?好きなこと?」
    と竜治が言った。
    「何が得意なのか、好きなのかも解らないや。」
    とミサキがまたつぶやくと
    「そのうち何か見付かるのやろか・・・?」
    と二人が宙を見つめながら考え込んでいると
    不意にミサキが慌てて言った。
    「あら、もう一時間近く経ってしまったわ、
    私もう帰らなきゃ。」
    「あっ、ほんまや、ほな駅の改札口まで送るわ。」
    「ほんで、僕が誘ったんやから今日は僕が払っとく。」
    「いいよ、私自分の分は払うよ。」
    「ここはチョットかっこつけさせてくれない?」
    「エエ?本当にいいの?」
    「うん」
    「ほんと?ラッキー、ありがとう。」
    そして、ミサキを改札口まで送って行き
    「じゃあ、休み明けにはまた学校でよろしくね。」
    「うん、バイバイ!」
    と手を振って別れた。

    つづく
     
     
    第九話 木花(コノハナ)さんと玉依(タマヨリ)さん 

    ミサキを改札口で見送って
    竜治は改めて家の方に向かった。
    「あーちゃん、ただいまぁ~、
    買ってきたものは台所でいい?」
    「そこに置いといて、私がかたづけるから。」
    「それにしても竜ちゃん遅かったね。」
    「そこでクラスの子と会ってな
    チョット話し込んでしまったんや。」
    「今日は生肉や牛乳がなかったしええけど、
    暑い時期は気を付けてな!」
    「すんません、気を付けます。」
    竜治(タツハル)は素直に反省の態度を取った。
    「ところで、クラスの子って女の子か?」
    「ちっ、違うよ男の子。」
    「本当に?」
    綾子は半笑いの顔で見つめ返した。
    「本当やて!」
    竜治は少し焦った感じで否定した。
    「そうか、まあ、どっちでもええけれど。」
    (あーちゃんは、
    ちゃんと顔に書いたるやんと思いつつ)
    (竜治は、
    木舟家の女性は感が鋭いなと感じつつ)
    その場は一旦おさまった。
     
    二階の自分の部屋に戻った竜治は
    窓から見える空を見上げながら、
    明るいミサキにも意外と自分と同じようなことで
    悩んでいることを思い出していた。
    「どちらも、何がしたいかが解らない者同士か・・・。」
    と独り言をつぶやいて、
    ウトウトと眠ってしまったようだ。
    夢の中で竜治の母にして
    現代の玉依姫である絹子と
    あの新幹線の中で出会った
    不思議な女性、つまり、
    親元を離れて暮らす竜治を影から見守る霊的存在の
    木花咲耶姫が向き合って何やら話す様子が見えてきた。
    「ウチの子は夏休みになっても
    京都には帰ってこずに、
    そっちに行ったままなんですけれど、
    どないしてますの?」
    「心配しなくても大丈夫よ。
    新横浜駅に着いた時点で
    重苦しそうな雰囲気は消えていましたし、
    妹さん夫婦も
    きめ細やかなケアをしてらっしゃるので。」
    「まあ、綾子達にはそんなに迷惑をかけているんですね。」
    「あのご夫婦は迷惑だと感じていないみたいですよ。」
    「まるで自分の子供のように一生懸命ですよ。」
    「本当に私は何もできない母親で情けないです。」
    と絹子が言うと
    「そんなことないわよ、
    あなたは大事な役目を背負っているのだから、
    私も昔に同じような思いになったことがあるけれど、
    大事な役目のために周りの皆が助けてくれたのよ。」
    と木花さんが言った。
    「そうでしたわね、
    木花(コノハナ)さんも昔に大きな役目を
    務められましたからね。」
    「あっ、それにもう一つ
    宗像(ムナカタ)の姫様と八咫烏(ヤタガラス)が
    息子さんの良い仲間になってくれてるみたいですよ。」
    「まあ、それは心強い。」
    「だから、竜治君が東に居る間は
    私達に任せてください。
    私もずうっと見守りますから。」
    「すみません、よろしゅうお願いします。」
    そこで目が覚めた竜治は
    不思議な夢を見たと寝ぼけた頭で考えていると
    1階から綾子の呼ぶ声がした。
    「竜ちゃん、ご飯が出来たよ、降りておいで。」
    「はぁ~い!」

    つづく
     
     
    第十話 八咫烏(ヤタガラス)の誘導

    夏休みが終わって登校した時、
    ミサキは変わらず明るく接してくれた。
    しかし、相変わらずだけれども、
    大変なことを頼んで来た奴がいた。
    それはアキンドことアキやんだ。
    「あのなマロ、ちょっと一緒に協力してほしいことが
    あるんやけれど・・・。」
    例によって人懐こそうなクリクリした目を
    輝かせながらアキやんは話しかけてきた。
    「この秋の学園祭で行われるステージ・コンクールに
    一緒に出てくれへんか?」
    「それってバンドで?劇で?」
    アキやんは人差し指を立てて小さく左右に振りながら
    「漫才で!」
    と、さも当たり前のように答えた。
    「まっ、漫才?」
    竜治は驚いて裏返った声でそう言った。
    「そうやねん、一人ではでけへんから
    関西人の友達が出来たら
    是非ともやってみたいとずうっと考えてたんや。」
    「でも、僕は漫才なんてやったことないで。」
    「やったことなくても見たことはあるやろ。」
    「そら、関西に居た頃は土曜日の午前中で学校が終わって、家で昼ごはん食べながら
    テレビで漫才や新喜劇をお婆ちゃんとよく見てたけれど。」
    「それが普通の関西の家庭の土曜日の定番やんか。」
    「ウチの家庭はチョット普通ではなかったけどな。」
    「どのへんが普通やないの?」
    「それは長くなるからまたおいおい暇な時にでも話すわ。」
    「おいおい、何でやねん!」
    とツッコミを入れた時
    そこにミサキがまた口を挟んで言った。
    「マロもアキやんもその話し方で、
    もう漫才の掛け合いみたいになっているよ。」
    他のクラスメイトも
    「うん、それいいかもね。」
    「関西人同士が会話をすると
    それがもう漫才になるって聞いたことがある。」
    「関西人同士の漫才を生で見てみたい!」
    と話の輪に加わって来て、
    皆で「や~れ、や~れ」のコールが起こった。
    「いや、ちょっと、待ってえな。」
    と竜治(タツハル)が焦り気味に
    両手を前に突き出して制止しようとしたが、
    増々コールの声が大きくなってきて、
    しまいには隣のクラスの生徒も
    その場のノリで加わってきた。
    「わかった!わかった!じゃあやる!やります!」
    竜治は皆からの興味本位だけれど
    悪意のない圧力に押されて、
    仕方なく引き受けることにした。
    「マロ、台本は夏休みの間にだいたい考えておいたから、
    後は台詞を覚えて繰り返し練習すれば形になると思うよ。」
    「ええ?それもすでに考えたん?」
    「当たり前やがな!」
    竜治は今更ながらにアキやんの行動力に舌を巻いた。

    そして、学園祭当日、会場の客席はほぼ満席となり、
    その中には学校職員からの知らせで
    竜治に内緒でこっそり見に来ていた
    良平と綾子の姿もあった。
    その時、ステージ脇の控えスペースで
    二人は緊張した面持ちで出番待ちをしていた。
    「マロ、緊張してるか?」
    「何か震えが来てる。」
    「僕も緊張してきた。」
    「アキやんの性格で緊張て言うワードはあるんかい。」
    「僕にかてあるよ、
    でも、こういう時のためにええ方法があるねん。」
    「何それ?」
    「ステージに出て行って第一発目に声を出す時に、
    腹式呼吸でめっちゃ大きい出すねん。」
    「ああ、あの声出し練習て言ってやってたやつか?」
    「そうそれ!」
    「いよいよや、ほな行くで!」
    「よっしゃ!」

    つづく
     
     
    第十一話 マロ&アキンド

    「次の演目は二年生の仲良しコンビ
    『マロ&アキンド』の漫才です。」

    チャカチャン、チャカチャン、チャンチャンチャカチャン、ドンドン
    はいどうもぉ~ 
    マロどす。
    アキンドだす。
    二人合わせて『マロ&アキンド』です。
    よろしくお願いしまぁ~す!!

    ところでマロ君は二年生になってから
    こっちの方に引っ越してきたんだってね。
    そうそう、ちょうど半年くらい前になるかな。
    学校の寮では見かけないけど何処に住んでいるの?
    あぁ、それは聞くな。
    なんで?
    だから、聞くな。
    何で聞いたらダメなん?
    いや、別に聞いてくれても差し支えないよ。
    でも、さっきから「聞くな」「聞くな」言っているから!
    そう、だから、キクナ。
    あのぉ~、ひょっとして駅の名前の菊名?
    そう、その菊名。
    紛らわしいな本当に
    紛らわしいって
    そんな地名の所にに引っ越したから
    しかたないよ。
    それはそうだけどね。

    ところでアキやん。
    アキやんって僕のことか?
    そう、アキンドではゴロが悪いからアキやん
    はいはい、何のご用?
    アキやんはこっちに来てから都心の方へ行ったことがある?
    あるよ、東京ってどんな所か見ておこうと思って
    目黒や渋谷とかにね。
    君は東京の都心に行ったときに
    何か不思議に思ったことはないかい?
    う~ん、何でも値段が高いとか?
    もっと根本的に不思議なことや。
    根本的?
    そう、普通あるべきものが無いのや。
    東京ってほとんどの物が有るとおもうけれど何がない?
    幹
    山?
    そう、東京の都心に行くと山が見えないんや。
    確かにそうやね。
    僕の出身地の京都は南側以外は山が見えるけれど、
    東京は何処を見てもビルや家ばかりや。
    そう言えばそうやな、
    坂はたくさんあるのに山が見えないね。
    なんでやろね?
    これはたぶん人が多くなりすぎて
    山が何処かに逃げて行ったのではないかと思ってね。
    山が逃げて行った!? それで?
    それで心配になって
    東京タワーに登って遠くの方まで見渡してみたんや。
    ほう、そうしたら何処かに山は居たか?
    うん、居た居た。
    遥か向こうの方で
    窮屈そうに肩を寄せ合ってひしめいていたよ。
    はぁ~、それは可哀そうに
    山々が増え続ける人に追いやられて
    遠くの方で窮屈そうに肩を寄せ合ってひしめいていたんや。
    それでね、あの日本の象徴ともいえる
    背が高くて綺麗な富士山はどうしているかと
    気になって探してみたら。
    ほう、あの綺麗な富士山はどうしてた?
    そのひしめきあう山々の後ろの方で
    首から上だけ出して息苦しそうに
    青白い顔をして天に向かって口を開けていたよ。
    ほんまかいな、もうええわ!
    チャンチャン
    ありがとうございました。

    つづく
     
     
    第十二話 竜治の決意

    コンクールの結果発表と
    授賞式が終わった後に
    二人はお互いの肩を叩き合っていった。
    「アキやん何の賞も取れなかったけれど
    やって良かったな。
    こんな感覚は初めてや、
    これが達成感て言うものやろか?」
    「このチャレンジをしてやり切ったって感じが、
    めちゃくちゃ気持ちええねん。
    せやからマロも誘ったんやで。」
    ミサキをはじめ他のクラスメイト達も
    残っていてくれて、
    皆が口々に
    「お疲れ様、とても面白かったよ。」
    とねぎらってくれ、
    二人を胴上げまでしてくれた。
    そして、竜治が心地よい疲れを抱えて家に着いた時、
    家でも良平と綾子から最大の賛辞をかけられた。
    「竜ちゃんが、あんなに積極的になれるなんて、
    幼稚園の時にデパートでオモチャ売り場を見て
    目を輝かせていた時以来じゃない。」
    「なんだ見に来てくれていたの?
    めっちゃ恥ずかしいな!」
    「よかった、よかったよ、とっても嬉しいよ。」
    「今日はケーキを買っておいたの、
    ちょっと遅い時間になるけれど
    今から一緒に食べましょう。」
    「明日は休みだから、後でちゃんと歯を磨けばいいからね。
    コーヒーもいまいれるからな。」
    コーヒー好きの良平が自ら入れてくれたのだ。
    (二人にはいつも気遣いばかりさせていたから、
    こんなに喜んでくれるなんて予想外だったな。
    少しはお返しできたのだろうか?)
    竜治は心の中でそう思い、
    ひとしきり二人と話した後、
    入浴と歯磨きを同時にすまして
    二階の部屋に入った。
    そして、時々夜に家で行われていた
    良平の研究のための聞き取りの対話
    (カウンセリングであったかもしれない)
    のことを思い出していた。
    クラスと言う集団の中で
    色々な個性を持ったものが寄り集まっていて、
    その時々に応じてそれぞれが色々な役割を果たしていく。
    そのような中で自分と言う存在があり、
    他の者と様々なかかわりを持ちつつ
    その立ち位置を形成していく。
    良平は研究者として
    俯瞰的な視点でその集団を眺め行動を分析する。
    一方、竜治はその集団の真っただ中にいる者として
    意見や感想を良平にぶつける。
    それに対して良平は問題を抱えた生徒のケアを考え、
    それをまた、竜治に問うてみる。
    このような二人のやり取りを幾度も重ねていくうちに
    竜治は教育社会学と言う学問の面白さに
    引き付けられて行ったのである。
    「これを大学に入って良さんと一緒に
    勉強し研究してみたいな。」
    この学園祭での漫才をした体験と、
    それを見た周りの人達の反応を得て、
    自分自身に対しての自信のようなものを掴んだ竜治は、
    どこまでも続く家とビルと空しか見えない
    窓からの夜景を眺めながら
    進む方向を決めようとしていた。

    つづく
     
     
    第十三話 私のしたいことって何?

    竜治がひそかに将来の方向を決めようとした同じ夜、
    ミサキもまた藤沢の家で一人考え事をしていた。
    「今日のマロは何かカッコ良かったなぁ、
    転校してきたばかりの頃は
    少し暗くてシャイな奴だと思っていたけど、
    最近ではアキやんに引っ張られて
    どんどんと明るくなってきて
    クラスメイトに馴染んできちゃったし、
    漫才が終わった後なんかはヒーロー扱いだったな。
    何か殻を破って一回り大きくなったって感じ。
    夏休みに偶然会って喫茶店で話していた時に
    同じように自分がしたいこと目標が
    解らないと言う悩みを抱えていたけれど、
    それはもう解決しちゃったんだろうか?」
    「あぁ、私も変わりたい!
    どうしたら変われるのかなぁ~?
    私のしたいことって何?」
    こんな時にミサキはいつもすぐ上の姉の
    双葉(フタバ)に相談するのが常だったのだが、
    デザインの勉強で頑張っている双葉の姿を見て、
    ここしばらくは電話をかけることも遠慮していた。
    でも、どうしてもモヤモヤがぬぐい切れなくて
    双葉に怒られるのを覚悟で電話をかけた。
    「あっ、もしもしお姉ちゃん、私ミサキ。」
    「どうしたのこんな時間に。」
    「ちょっと相談したいことがあるのだけれど・・・。」
    「長くなるならダメよ、もう遅いんだから。」
    「じゃあ、明日は?」
    「しかたないわねぇ~、じゃあ、昼からならいいわよ、
    こっちまで来れる?」
    「うん、行く!
    あっそうだ、おばあちゃんに頼んで
    江の島丼の具をもらって行くから
    卵とご飯をそっちで用意しておいてくれない、
    お昼ご飯に一緒に食べよう。」
    「おばあちゃんの江ノ島丼か、いいね、久しぶりだね、
    じゃあ三人前は持ってきてね。」
    「えっ、お姉ちゃん二人分も食べるの?」
    「明日は友達も来るって言ってるのよ。」
    「友達って男の人?私お邪魔じゃない?」
    「女の子よ、女の子、
    気を使う人じゃないから大丈夫よ。
    それに、歴史に詳しそうだから
    江の島のことも聞けば何か知っているかもね。」
    「それは聞いてみたいわ、
    それで何時ごろそちらに着けばいいの?」
    「そうね、私達バイト終わりだから、
    自由ヶ丘からアパートに着くのは1時過ぎかな。」
    「それじゃあ明日1時過ぎに着けるように行くね。」
    「うん、気を付けて来るのよ。」
    「ありがとうお姉ちゃん。」
     
    翌日にミサキは
    江の島丼の具が入ったタッパと
    10kg入りの米袋をデイバックに詰めて
    菊名にある姉のアパートに到着した。
    「早かったね、私達も今帰ったばかりよ、さあ入って。」
    「ふぅ~、重たかった!」
    「あら、お米まで持ってきてくれたの?」
    「だって、おばちゃんが持って行けって言うんだもん。」
    「それはどうも、ご苦労様でした。」
    「ご飯は昨日からセットしているから、
    もう炊き上がるわ。」
    「それなら手早く上に乗せる具を卵でとじちゃおうよ。」
    「その前に私の友達に挨拶しておきなさい、
    部屋に居るから。」
    部屋のドアを開けると
    茶髪をポニーテールに結い上げた
    活発そうな女性が座っていた。
    「初めまして妹のミサキです。」
    「こんにちは、天宮スミレと言います、よろしくね。」
    「スミレって呼んでね。」
    「じゃあ、スミレさん。」
    「スミレさんもデザイナーを目指されているのですか?」
    「私は大学の文学部で日本史を専攻しているの。」
    「あれ?それじゃあ、お姉ちゃんとの接点は?」
    「それはね、お互いのバイト先のお店が隣同士なの。」
    「確かお姉ちゃんは自由ヶ丘のブティックで
    バイトしていたはずだけれど。」
    「私はその隣の洋菓子店でバイトしているの、
    でね、お互いの店が暇だった時に
    何となく立ち話を始めたら、何か気が合っちゃったわけ。」
    「そうなんだ、へぇ~!」
    「ミサキ、丼が出来たから取りに来て!」
    「はぁ~い」

    つづく
     
     
    第十四話 目印の神様

    「ところでミサキ、相談事って何なの?」
    「私も自分を変えたいの。」
    「変わるって、どんな風に?」
    「何かをきっかけに、ドォーンと!」
    「ドォーンとってよく解んないよ。」
    「実は昨日の学園祭でクラスの男子が・・・。」
    とマロの大躍進を二人に話した。
    「それはね、その男の子が
    一生懸命にチャレンジしたことに対して、
    皆がいい反応を返してくれたので
    自分自身に自信が持てたのだと思うよ。」
    「自信?」
    「最初は正反対の性格で仲良しの
    アキやんと言う子に引っ張られて、
    必死について行って頑張った漫才に
    周りから思いの他いい反応をもらって、
    これって楽しいなって感じたのだと思うよ。」
    「私にも何かそんなことがおこらないかなぁ?」
    「おこらないかなぁって、待っていたのじゃだめよ。」
    「じゃあ、どうすればいいの?」
    「自分から動くの!」
    「動くって?」
    「自分から何かを始めるのよ。」
    「何かねぇ~。」
    「何でもいいのよ、これやってみたいと思うものなら。」
    「お姉ちゃんは服飾のデザインだし、
    スミレさんは何ですか?」
    「私は自分のルーツ探しよ。」
    「ルーツ?」
    「自分の先祖がどのようなことを
    していた人なのか?などね。」
    「へぇ~!それじゃあですね、
    『江の島』とか『宗方』とかで何かご存じですか?」
    「少しなら解るよ。」
    「スミレ、私もそれを聞きたい。」
    と双葉も興味を示した。
    「江の島はね、ずぅ~っと続いている砂浜海岸の中に
    ぽつんとそこだけ岩の島があるよね、
    それって相当目立つ存在だと思わない?」
    「確かに」
    「つまり江の島は昔から
    あそこを通る人にとっての目印だったの、
    例えば西から来た人が江の島を過ぎてもう少し行けば
    鎌倉だなとわかるでしょ。」
    「目印として皆から頼りにされると、
    今度はだんだん有難い存在になってくる。
    そうしたら、そこに有難い神様を祀って
    大事にしようと言うことになると思わない?」
    「なるほどね、それじゃあ『宗方』は?」
    「これはもう、福岡県にある宗像大社に
    関係していると思うよ。
    宗像氏と言う航海を得意とする古代の氏族が
    崇めたのが宗像三女伸と言う三人の女神様で
    航海の安全を守るとされているの。
    そして、その信仰の原形は冬の夜空に輝くオリオン座の三ツ星ではないかと言われているのよ。
    比較的大きな星座のオリオン座の真ん中で
    横一列に並ぶ三ツ星は、
    見付けやすくいい目印になったと思うの。
    だから、江の島付近を行き来する船乗りの中に
    宗像大社を知っている人がいて、
    目印となる江の島に航海の安全を守ってもらえる
    宗像三女伸をお祀りしたのではないかと考えられるの。
    その江の島でお商売をしている宗方(ムナカタ)さんの家に
    三女神と同じように三姉妹が生まれたのだから、
    ご近所の人達が『これは縁起がいい!』と喜ぶのは
    自然な成り行きだと思うよ。」
    とスミレが推測混じりの説明をした。
    「へぇ~、そうだったんだ。」
    とミサキが感心しながら言った。
    「少し乱暴だけれど簡単に言ってしまえば、
    そうなるのかな。」
    「だから、江ノ島へは
    たくさんの人達がお参りに来るんだ。」
    と双葉が納得したように言った。
    「目印になるようなことで、
    皆の役に立つようなこと、何か無いかなぁ~。」
    とミサキが言うと
    「皆の目印ってみんなのお手本と言うことかな?
    それなら、相当優秀でないといけないし難しいわね。」
    と双葉が言った。
    「それじゃあ、こう言うのはどう?」
    とスミレが提案した。
    「目印そのものではなくて、
    目印になるような物を教える役割。」
    「例えば?」
    「何かを案内する人。」
    「道案内や観光案内とか?」
    「江の島や鎌倉を観光する人のための
    ガイドや旅行の企画をする人とか?」
    と双葉が言うと
    「あっ、それなら出来るかもしれない!」
    とミサキが突然叫んだ。
    「これ、何か出来そう!」
    二人の先輩女子との会話の中で、
    ミサキも何か自分のしたいことの
    とっかかりを見付けたようだ。

    つづく
     
     
    第十五話 竜治がしたいこと

    「もう、来年度は三年生やね。」
    「ぼちぼち、進路のことを考えないとね。」
    「竜ちゃんはどうするつもりなのかしら?」
    「一度聞いておいた方がいいかもね。」
    「今日の夕ご飯の時に聞いてみる?」
    「そうしようか。」
    まだ寒さの残る三月のこと、竜治の
    叔父叔母で現時点での保護者である
    良平と綾子は休日の買い物の途中に、
    喫茶店で一休みしながら竜治のことについて話していた。
    「それに竜ちゃんはまだ京都に帰るって言わへんね。」
    「いずれ、一度京都の家に
    帰らすことも考えておかないとね。」

    その日の夕食の時に綾子は竜治に聞いた。
    「竜ちゃん、来年はもう三年生やね、
    その先のことって何か考えているの?」
    「うん、大学に進みたいと思っている。
    けど、僕は大学に言ってもええのかな?
    大学は授業料も高いし入学金も高いし、
    まだそのことは京都の両親には話してないから。」
    「そんなことは・・・、」
    と綾子が言いかけた時に良平が割って入った。
    「大学に進んで何かしたいことがあるのかな?」
    「うん、最近になって気付いたんやけれど、
    毎日の学校生活と良さんとやっている聞き取りが
    だんだん面白くなってきたんや。」
    「例えば?」
    「クラスの中での僕に対する接し方が
    時間がたつにつれて変わってきたんや。
    最初はどんな奴かな?
    何か訳ありかな?と言うのから、
    普通に接しても大丈夫そうと変わって、
    漫才やるんだって出来るのかなとなり、
    やりやがったよ、すごいじゃん!
    けっこうウケていたし
    自分たちにはなかなか出来ないことだね、
    とクラスの中での位置づけが変化してきて、
    何か今までになかった自信のようなものが付いてきたんや、
    そうしたらクラスの中で
    周りの人達の行動や性格がだんだんと見えて来て、
    良さんが言っていた
    『位置づけ』や『役割』の意味が解って来て、
    もっと知りたくなってきたんや。
    だから、大学では教育学部に入って
    もっともっとクラスの生徒のコミュニケーション
    などについて勉強したいねん。」
    「いいだろう!! 竜ちゃんがそこまで
    気持ちが固まっているのなら私も応援しよう!」
    「私も京都のお爺ちゃんやお父さんお母さんに
    掛け合ってあげるで、まかしとき!」
    「先ず、それには教育学部に合格するための
    勉強をしないとね。
    そして、出来れば竜ちゃんには
    私のような研究者ではなくて実践者になってほしい。」
    「実践者?」
    「そう、私の研究材料として意見を交わしたことと、
    大学の四年間で学ぶことを
    教育の現場で実践してもらいたい。
    そうすれば私の研究の成果が正しいのか
    現実に合ったものなのかが判断できる。」
    「じゃあ、そのためには教職免許を取得して
    採用試験に受からなければならないね。」
    「うわぁ、道は険しいなぁ~!」
    「その分喜びも大きいよ。」
    「研究者は集めたデータを基に色々な可能性を考えて
    実践者に実行してもらうのだけど、
    実践者は生徒たちに直接かかわり
    その反応を肌で感じられるし、
    成功すれば大きな感謝の念を受けることになる。」
    「だから研究者の良さんは
    僕と直接意見を交わすことで
    その反応を肌で感じていたんだ。」
    「まっ、そう言うこと。」
    「何かとても大変そうだけれども、やってみたい。」

    つづく
     
     
    第十六話 新たな一歩

    翌年の3月、
    竜治は高校と同系列の大学の教育学部に合格した。
    この一年の間に竜治は、かなりの努力をしたようだ。
    でも、本人とっては回りが思うほど
    苦ではなかったようで、
    いや、むしろ楽しんでいるようにも
    叔父の良平や叔母の綾子の目には映った。
    竜治にとっては自分のしたいことに向かっての努力だから
    楽しんでいるように見えてもおかしくはないだろう。
    明確な目標が定まると、
    人はそれまでの数倍の能力を発揮するものだと
    良平は改めて驚いていた。
    「竜ちゃん、合格おめでとう。」
    「ありがとう、良さんとあーちゃんが
    支えてくれたおかげだよ。」
    「竜ちゃんはこの一年本当によく頑張ったわ。」
    「だって、自分のしたいことのための第一歩だもん。」
    「そうやね、その調子で大学の4年間も頑張るのよ。」
    「うん」
    「それと、大学に入っても、この家に
    ずっといてくれていいからね。」
    「お二人とも、ありがとうございます。
    まだ、当分の間はお世話になります。」

    「ところで竜ちゃん、
    高校を卒業して大学に入学するまでの間に
    一度京都に帰ってはどうだね?」
    と、良平が切り出した。
    「京都の家に?」
    「竜ちゃんはこの二年間に一度も帰っていないでしょう。
    元気になった顔を
    両親やおじいちゃんおばあちゃんに見せてあげなさいよ。」
    「皆ずっと竜ちゃんのことを心配しているからね。」
    「一度帰った方がいいのかな?」
    「そう、皆家族だから心配していないわけないだろう。」
    「でもね、京都に帰っても
    僕は木舟の跡継ぎにはならないよ。」
    「それはまた別の話だね、
    元気な姿を見せるだけでいいよ。」

    二年ぶりに新横浜駅の新幹線のホームに立った竜治は
    手土産の『シウマイ』を買ってバックに入れた。
    「あら、ずいぶん久しぶりね、元気にしていたの?」
    と声をかけられて頭を上げると、
    そこには竜治が京都からこちらにやって来た時に
    新幹線の隣の席に座ってアドバイスをしてくれた
    不思議な女性が立っていた。
    「あっ、お久しぶりです、こんにちは」
    「私のことを覚えていてくれたの?嬉しいわ!」
    「はい、あのアドバイスは役に立ちました。
    とてもいい友達が出来ました。」
    「それは良かったわ、お役に立てて」
    「ところで、今日は京都に帰るの?」
    「はい、一度帰るように言われたものですから」
    「そうね、ご家族もその方が安心なさるわよ。」
    「前に、母が心配して貴方に相談している
    夢を見ましたよ。」
    「まあ、あなたあれが見えたの?」
    「夢の中でしたけれど」
    「なかなか優秀ね。」
    「でも、僕は木舟家の仕事は継ぎませんよ。」
    「それは残念ね。」
    「今の僕にはこちらに来て見付けた
    『したいこと』があるのです。」
    「そうね、あなたはそれのおかげで元気を取り戻して
    前向きに生きられるようになったのですからね。」
    「はい、祖父母や両親の期待に沿えないのは
    心苦しいのですが、
    色々考えて見つけ出したことなので・・・。
    ごめんなさい木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)様。」
    「ふふふ、私のこと解っていたのね。
    さすがね、木舟家の嫡男。
    いいですよ、
    当分の間はあなたの進みたい道に邁進しなさい。
    それがあなたをより大きく立派な人に成長させるわ。
    でも、今回京都に帰ったときに
    あなたの今の偽りのない気持ちと意志を、
    誠意をもっておじいさまに伝えなさい。
    そして、これは木花咲耶姫としてのお願いですが、
    いずれやって来る『龗(オカミ)』の危機の時には
    あなたの仲間と力を合わせて
    『龗(オカミ)』を救うことを約束してほしい。」
    「『龗(オカミ)』に危機なんて訪れるのですか?」
    「いずれ解ります、一部の人の心が
    発展と言う名の破壊を引き起こすことを、
    それを許すと『龗(オカミ)』は二度と戻りませんし、
    多くの生き物の生きるすべを奪うことになります。
    きっとこの約束を守ってくださいね。」
    「まもなく、のぞみ320号博多行きが
    ホームに到着いたします。
    危険ですので黄色い線の内側に下がってお待ちください。」
    竜治が駅のアナウンスの声で我に返った時に
    不思議な女性の姿はホームになかった。

    つづく
     
     
    第十七話 竜治の帰京

    京都駅に着くと特徴のあるタワーが
    一番最初出迎えてくれる。
    「あぁ、京都に帰ってきた。」
    と竜治(タツハル)は小さくつぶやいた。
    京都の街は広く開けた東京や横浜の風景に
    慣れてしまった竜治の目には
    こじんまりと狭くなったように映ったが、
    その小さくまとまっているのが
    愛おしさも感じさせるなとも思った。
    「ただいまぁ~!」
    ガラガラと玄関の格子の引戸を開けて
    竜治は二年ぶりに実家の敷居をまたいだ。
    「おかえり」
    と、祖父母が揃って奥から
    小走りに出て来て出迎えてくれた。
    「絹子、竜治が帰ったえぇ~!」
    と、祖母が竜治の荷物を運びながら
    奥の方に向かって声をかけ
    「竜治、ちょっと大きなったかぁ~!」
    と、祖父が小さい子にするように嬉しそうに
    竜治の頭をポンポンとたたいた。
    「おじいちゃん、僕は来月から大学生やで。」
    「おっ、そうやったな、大学合格おめでとう!」
    と言って、今度は肩をたたいてきた。
    そして、今度は母の絹子が
    駆け寄って来て玄関先で
    竜治をギューウっと抱きしめて言った。
    「竜ちゃん、ずぅ~っとほったらかしにしてゴメンね、
    お母さんがちゃんと面倒を見いひんかったから、
    アンタに寂しい思いをさせたから、
    えらい迷惑をかけてしもた。
    かんにんえ(ゴメンナサイの京都弁)。」
    「お母さん、泣かんといてえな、
    お母さんは巫女やから仕方ないやん、
    身内のことより世間の皆の幸せを祈る立場なんやから。
    でも、お父さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも
    いたから大丈夫やった。
    皆で大事にしてくれてはったから、
    それに、横浜に行ってからは、あーちゃんと良さんに
    本当に良くしてもらったんやで。」
    「そうか、そうか、二人にはたくさんお礼を言っとくな。」
    「さあ、上がって皆と居間に行ってお茶でも飲もう。
    今、お父さんがあんたの好きな『加茂のみたらし団子』を
    買いに行ったはるから」
    と、おばあちゃんが竜治をうながすと
    「久しぶりに帰って来たんやから、
    その前に手を洗ってから神さんと仏さんを
    拝んどかなあかんぞ。」
    と、おじいちゃんが言った。
    そして、さらに
    「竜治、帰って来て早々悪いねやけれど、
    明日一緒に貴船神社にお参りにい行ってくれへんか?」
    「別にええけれど、なんで?」
    「お前が無事に過ごしていると言う報告や。」
    「うん、特に決まった予定もないからええよ。」
    「そうか、一緒に行ってくれるか。」
    「僕も、おじいちゃんに
    話したいことがあるんやけれど・・・。」
    「あるんやけれど・・・。って何や。」
    「えっ、その、実は僕・・・。」
    「竜治、ワシの気持ちは木花咲耶姫さんと一緒や。」
    「えっ、おじいちゃんにも木花咲耶姫さんが見えるんか?」
    「ワシも木舟家直系やぞ、
    『龗(オカミ)』とも話したことがある。」
    「すっ、すごいなおじいちゃん!」
    「お前にも同じことが出来るはずや、
    明日は本宮だけやなくて
    奥宮や結社も参拝するから、
    嘘・偽りのない心で報告をして
    御加護をたのまなければならんぞ。」
    その後、父の洋二郎が
    買い物から戻ってきて、
    竜治はみたらし団子を食べながら家族に近況を報告した。
    ひとしきり話し終えた後に今度は父が竜治を誘った。
    「竜治、ちょっと犬の散歩に付き合ってくれへんか?」
    「えっ、ウチに犬がいたんか?」
    「お前があっちに行ってから飼い始めたんや。」
    「まさか、名前はタツハルやないやろな!」
    「ははは、名前はタツや。」
    「何か微妙ょ~!」
    「お前がいなくなってから皆が寂しくなってな、
    おばあちゃんが近所で犬が子を産んだと言うのを聞いて
    一匹ゆずってもらったんや。」
    家の裏手に回ると
    犬小屋から茶色のコロコロした柴犬が出て来た。
    「タツ、お前のお兄ちゃんや挨拶しておけ。」
    「タツ、初めまして、よろしくな。」
    まだ子犬のタツは巻き上がった尻尾を振りながら
    差し出された竜治の手の甲を舐めた。
    そして、二人と一匹は夕日の射す鴨川の河原を
    ゆっくりと歩きながら話していた。
    「竜治、まだ入学前にこんなこと聞いて何だけど、
    四年後に卒業してからのことは
    どうするつもりなんや。」
    「教職免許を取って教員になるつもりやで。」
    「で、どっちで教員になるつもりなのだ?」
    「どっちって?」
    「京都でか?関東でか?」
    「そんなのまだ解らないけれど、
    良さん(叔父の教育社会学助教授)との連携を取るなら
    同じ系列の付属学校かな?」
    「それなら、京都には戻らないのか?」
    「何年かの経験を積んで、
    良さんに恩返しが出来たと思ったら
    帰らないこともないよ。」
    「それなら、その時が来たらお父さんに言ってくれ、
    これでも京都市職員の部長やから
    市の教育委員会や学校関係にも顔が聞くからな。」
    「うん、ありがとう、その時はたのみます。」
    と話しながら竜治は、
    木舟家の中では比較的存在感の薄い父親だが
    外ではそれなりに頼れる存在であることを
    心強く思い感謝した。

    つづく
     
     
    第十八話 貴船参り

    翌日朝から竜治は祖父の竜政と連れだって
    貴船神社に向かった。
    神社に着くと二人は社務所に挨拶に行き、
    ご祈祷の準備が整うまで控えの座敷で待つこととなった。
    「失礼いたします、ご祈祷の用意が整いましたので
    御拝殿にお移り下さい。」
    と案内があり
    二人は控えの座敷を出た。
    そして、本宮の本殿で
    ご祈祷を受けた後に徒歩で奥宮に向かった。
    夏期には有名な川床を営む
    料亭の並ぶ中を通り抜けると、
    立ち並ぶ木々や川のせせらぎや吹く風が
    すべてすがすがしく感じられる参道を歩きながら、
    竜治はほんのりと暖かいものに包まれているような
    心地になっていた。
    入口横の湧き水で手を洗い口をゆすぎ
    本殿の方に目をやると、
    そこには母親の絹子が
    巫女の衣装を着けて一行を待っていた。
    御幣を振って
    その場を清めお祓いした後、
    シャリーン、シャリーンと
    巫女が鈴を鳴らしながら奏上した。
    「貴布祢(キフネ)の大神の御前に
    ぬかずきて申し上げ・・・・・。」
    祝詞が終わった刹那、
    あたりに青白い閃光が走り
    「どぉーん!!!」と言う轟音がとどろいた。
    『善きかな、善きかな』
    と、その時に頭の中に
    直接響く声がしたような気がした。
    「大神様はたいそうお喜びでございます。」
    と、巫女の絹子がうやうやしく言った。
    何が起こったか解らない竜治は、
    「何があったの?」
    と祖父に聞くと
    「今、晴れ空なのに雷がそこの木に落ちた、
    たまにあることだ。」
    と祖父は答えた。
    つまり、こう言うことだ。
    木舟の血を引く健康で有望な男子が
    参拝に来てくれたので、
    龗(オカミ)が大変喜ばれたと言うことらしい。
    ちなみに、龗(オカミ)が祝福を与える表現には
    落雷と言う表現を取ることがあるらしい。
    ただし、その時は誰かが雷によってケガをしたり
    死んだりすることはないと言う。
    奥宮で龗(オカミ)による祝福を受けた後に
    竜治たちは最後に結社(ユイノヤシロ)に向った。
    結社には縁結びの御利益があるとされ
    磐長姫(イワナガヒメ)が祀られている。
    「お前もいずれは結婚して家庭を持つだろうから、
    いいご縁が来るように拝んでおきなさい。」
    と祖父が言った。
    竜治はここでも不思議な体験をした。
    竜治の回りの時間がピタっと
    止まった状態になったと感じた時に
    社(ヤシロ)の前に一人の女性の姿があった。
    「竜治、よく来てくれました。」
    と言うその女性は、竜治が新幹線の中や
    新横浜駅のホームで会った、
    あの不思議な女性である
    木花咲耶姫に似ていたが
    雰囲気がどことなく違う。
    「私は咲耶の姉の磐長(イワナガ)ですよ、
    咲耶と似ていますか?」
    「はい、木花咲耶姫様がなぜここに?と思いました。」
    「咲耶からあなたのことは聞いています。
    そして、あなたに伝えてほしいと
    伝言を二つ預かっています。」
    「どのような伝言ですか?」
    「一つは、龗(オカミ)の危機の時には
    必ず協力してほしいと言うこと、
    もう一つは、
    宗方美咲(ムナカタ ミサキ)と言う女性を大事にすること、
    今の彼女はあなたの良き友ですが将来あなたにとって
    とてもいい伴侶となります。
    人と人の御縁を結ぶことが私の役目ですので、
    ここであなたに伝えておきます。
    そして、竜治には勇気と善き仲間があります、
    龗(オカミ)のために必ず動いてくださいね。」
    そこまで磐長姫が伝え終えると、
    止まっていた竜治の回りの時間が再び動き出した。
    竜治以外に時間の止まったことを
    感じた者は誰もいなかったようだ。

    つづく
     
     
    第十九話 誓いの鐘

    大学の入学に向けての買い物や手続きやらで、
    さらに二日ほど京都にいた竜治(タツハル)は、
    ほとんどの荷物を宅配で送る手はずを付けて
    身軽になって移動をするつもりであったが、
    祖母から叔母の綾子に渡してくれと
    言付かったものを結局両手に荷物で
    新幹線に乗るはめになった。
    横浜の家に着いた竜治は
    「はい、あーちゃんにお土産!
    「わぁ、うれしい!
    次に京都に帰る時まで食べられないと思ってたいから、
    とってもうれしい!」
    と、満面の笑みで喜んでくれる綾子を見て
    竜治は送らずに手渡しできてよかったと思った。
    「あっ、そうそう、さっきね
    宗方美咲(ムナカタ ミサキ)さんと言う
    女の子から電話があったよ、
    今日は家にいるから戻られたら電話くださいって
    言っていたから電話してあげてな。」
    「うん、わかった後でしておく。」

    「もしもしマロ(竜治のニックネーム)、
    急に電話してごめんね。」
    「こちらこそ、留守にしていて悪かったね。」
    「ううん、大丈夫よ。」
    「何かあった?」
    と、いつもは張りがあって明るいミサキの声が、
    なんだか少しウェットな感じに聞こえた竜治は
    心配になってたずねた。
    「実は私、散々迷ったんだけれど、
    そのまま上の大学へ進まないで
    都内の別の大学に進むことにしたの。」
    「えっ、何で?」
    「マロは教育学部に進むし、
    アキやんは経営学部に進んで
    それぞれのしたいことを目指すって言ってたよね。
    でも、私のしたいことに合う学部が
    ウチの学校の系列大学にはないの。
    だから、その学部がある大学を探して
    都内の別の大学を受験したの。」
    「そうだったんだ、それでそこに合格したんだね。
    おめでとう!」
    「ありがとう、でも、
    もう皆と一緒にいられなくなるから
    最後に会っておこうと思って電話したのよ。」
    「それじゃあ、アキやんや他の皆にも声をかけたんだね。」
    「アキやんと他の皆とは
    もう送別会のようなものをしてもらったの、
    マロだけ京都に帰っていなかったから、
    マロにも会っておきたくて電話したのよ。」
    「ごめんね、僕一人のために。」
    「ううん、マロも大切な友達だもの。」
    この時、竜治の脳裏に貴船神社で会った磐長姫の

    〖宗方美咲と言う女性を
    大事にすること、
    今の彼女はあなたの良き友ですが
    将来あなたにとって
    とてもいい伴侶となります。〗

    と言う言葉がよみがえった。
    「ミサキ、それなら明日会おうよ!」
    「えっ、いいの?ありがとう!
     じゃあ、何時ごろそっちに行けばいい?」
    「いや、僕がそっちに行くよ、
    一度江の島も見てみたいから。」
    「えっ、ここまで来てくれるの?うれしい!
    来てくれるのならマロの都合のいい時間に来て、
    待っているから。」
    「それなら、昼からで2時頃でもいい?」
    「いいよ、片瀬江ノ島駅の改札口前で待っているわ。」
    「うん、じゃあ、明日よろしくね。」
    翌日の正午過ぎに竜治は菊名の家を出発した。
    「じゃあ、行ってきまぁ~す!」
    「遅くなるなら必ず電話するのよ。」
    「はぁ~い」

    片瀬江ノ島駅に到着するとホームの端にある改札口の所で
    ミサキは小さく手を振って迎えてくれた。
    「いらっしゃ~い、ようこそ江の島へ!」
    ミサキは観光ガイドさんのように少し大げさめに言った。
    「待たせてしまった?」
    「ううん、予定通りの到着よ。」
    駅舎を出たところで
    駅前を流れる境川を渡り、
    交通量の多い国道の
    下をくぐる歩道を抜けると、
    目の前がばぁーっと開け海岸に出た。
    「うわぁー、すごいなこの解放感!」
    と、竜治が叫ぶように言った。
    「ここが私の暮らしているところなの。」
    「あの波打ち際まで行ってみたいんだけれど、いい?」
    「いいよ、行こう!」
    二人で波打ち際まで行くと竜治は
    「わあ、おっ、ぬれる、あぶない!」
    と波が寄せるギリギリのところで
    数歩行ったり来たりして
    はしゃぎだした。
    「マロ、まるで初めて海に来た子みたいだよ。」
    「だって、京都には海がないからね珍しいんだよ。」
    (マロって意外に可愛いところある。笑♡)
    「マロ、あの正面に見えている島が江の島よ。」
    「あれが江の島かぁ~、意外に大きいな。」
    「今から、あの島に渡るよ!」
    「よっしゃ、行こう!」
    二人は遊歩道の方に戻り強い風が吹く長い橋を
    肩を並べて歩いた。
    「マロ、見て今日は富士山が見えるよ!」
    竜治が目をやると、向こうの方に見える富士山が
    微笑んでいるように思えた。
    そして、一瞬、
    木花咲耶姫がガッツポーズしたかのように思えたので、
    竜治は軽くうなずいて見せた。
    「マロ、富士山に挨拶でもしているの?」
    「あっ、いや、気にしないで。」
    「気になるって!」
    「うぅ~ん、それじゃあ少しずつ話す。」
    「うん、聞かせて」
    「あの、最初に言っておくけど、
    絶対に作り話だとか迷信だとか
    言わないと約束してくれる?」
    「わかった、真面目に聞く。」
    竜治は木舟の家の歴史(第一話参照)と
    水の神の龗(オカミ)のことを
    言葉を選びながらミサキに少し話したところで、
    長い橋が終わり島に入ると青銅の鳥居あたりから
    人の密度がふえ、にぎやかになって来たので話を止めて
    「続きはもう少し静かなところでね。」
    と言った。
    神妙に竜治の話を聞いていたミサキは
    「わかった、もっと聞きたいな、
    そんな話が伝わっている家なんて
    他にそうそうあるものじゃないよ。」
    「私ね、将来は観光案内の仕事を
    しようと思っているの。
    それで、そのためには
    もっと日本の昔のことを勉強して
    世界中の人に発信しようと思っているの。」
    とミサキは目を輝かせて言った。
    そして、江の島神社を辺津宮→中津宮→奥津宮と
    順番に参拝して江の島の奥に歩を進めて行った。
    歩きながら竜治は木舟家の話の続きと、
    なぜ京都を離れて横浜に来たのか、
    そなぜ教育学部を選んだかを話すのを、
    ミサキはうなずきながら熱心に聞いてくれた。
    ミサキもまた自分のしたいことを竜治に話し、
    竜治もミサキを応援すると言った。
    やがて二人は江の島の西端にある
    稚児が淵と呼ばれる平らな岩の海岸にたどりついた。
    「綺麗な夕日だなぁ~!」
    「でしょう、ここの夕日はとってもきれいなの。」
    「いい所に案内してくれて、ありがとう。」
    二人はしばらく無言のままで夕日を眺めていた。
    「少し寒くなって来たね。」
    と竜治の半歩前に立っていたミサキがつぶやいた。
    竜治はミサキの意図を解りながらも少しためらっていると
    ミサキはそっと半歩後ろにさがって
    その背中を竜治の胸に付けて来た
    竜治は驚きながらも両腕を優しくミサキの前に回し
    バックハグをする形になった。
    「暖かぁ~い。」
    とミサキが言うと
    「ミサキも暖かぁ~い。」
    と竜治が返し、
    しばらくの間二人はお互いの体温を感じながら
    じっとしていた。
    「ずっと、このままでいたい気分ね。」
    と夕日を見ながら小さな声で
    つぶやいたミサキを竜治は抱きしめる腕に
    少しだけぎゅっと力を入れることで答えた。
    その後、二人は江の島にある恋愛パワースポットで有名な
    『龍恋の鐘』のある高台まで行き鐘を鳴らして
    「別々の大学に行っても時々会おうね、
    そして、できれば将来はずーっと
    一緒にいられますように。」
    と約束とお願いをした。

    つづく
     
     
    第二十話 教育現場の竜治 その1 
         水と油の握手

    大学の教育学部で4年間学んだ竜治は
    叔父の杉野良平との約束通り
    無事に教職免許を取得し教壇に立つ生活を
    送ることになったのである。
    その中での様子を2例ほど紹介しよう。

    それはまだ教壇に立って
    7,8年たった頃で
    竜治がクラス担任を持っていた時の話

    崎田 雄二(サキタ ユウジ)君
    父親は苦労人で日雇い労働を皮切りに、
    建設業や運送業を経て今は不動産業を営み
    一代で財を成した人だ。
    だから、我が子の育て方も厳しく、
    強く賢く生きることを望んでいた。
    その生徒は意志の強い視線を
    竜治に送りながら言った。
    「僕はあのように善人面して
    へらへらしているやつが大嫌いなのです。
    彼はいつも人とかち合ったりすると、
    必ずと言っていいほど人に譲ります。
    何がしたいかを聞いても皆がしたいことなら
    何でもいいと言います。
    なぜ自分の意志や気持ちを
    はっきり示さないのか、
    自分の本当の気持ちは何なのか、
    自分自身をどう思っているのか
    全く理解できません。」
    「僕は父から欲しい物が有るなら
    自分の手で強い意志を持ってつかみ取れと教えられました。
    また、そのためには最大の努力や工夫をして
    どんなことをしてでも自分のものにしろ
    とも言われています。」
     
    川島 真円(カワシマ シンエン)君
    名前から想像できる通りお寺の息子で
    小さな頃から仏道に生きることを家の宿命として、
    いつも平常心で角を立てず丸い円のような心情を
    保つことが良いと教えられていた。
    「僕は我が強くて何でも自分の欲望を
    優先させる人が好きになれません。
    人と争うことが嫌いなのです。
    だから僕は彼に関わりたくなかったのです。
    出来れば一度も話すこともなく
    この学年を過ごしたかった。
    でも、同じクラスである以上
    どこかで接点をもつことになります。
    積極的に活動するのはいいのですが、
    彼はいつも勝負にこだわり
    常に勝つことに執着します。
    僕にはそれが暑苦しく息苦しくて落ち着きません。
    人に勝と言うことはそんなに大事なのですか?」
    竜治のクラスの全く正反対の性格と考え方を持った
    二人の男子生徒はいつもクラスの雰囲気を
    ぎくしゃくしたものにしていた。

    その年の球技大会のことだった。
    いつものことなのだが、
    このような学校のイベントには
    積極的に参加して楽しむ生徒と、
    適当に参加して何となくやり過ごす
    消極的な生徒と二手に分かれる。
    その両者が入り混じって
    8クラスが決勝を目指すのである。
    種目はソフトボールとバレーボールで
    1クラス40数名が2種目に分かれて、
    さらに、前半戦は女子チームが戦い
    後半戦は男子チームが戦うと言う趣向だ。
    そして、例の二人はどちらもソフトボールの方で
    参加することになった。
    反りの合わない二人が同じチームに居る
    竜治のクラスであったが、おおかたの予想に反して
    何と決勝戦にまで勝ち進んでいた。
    そうなってくるとそれまで消極的な生徒たちも
    俄然ヴォルテージも上がって来て、
    早々と1回戦負けしたバレーボールの参加者も
    応援に駆け付け注目の決戦になった。
    前半の女子チームの試合では3対3の同点となり、
    後半の男子チームでは1点を取られて4対3となり、
    その後に負けん気の強い崎田君の
    外野の守備を超える大きな一打で
    同点の4対4に戻し、
    最終回の後攻で竜治のクラスの攻撃の前に、
    竜治はこの回のトップバッターになる
    川島君を呼んで言った。
    「川島、君はこの試合をどう思っている?
    勝ちたいか?それとも負けてもそれは特に
    気にとめることではないか?」
    それに対して川島君が答えた
    「崎田君のように勝にこだわる気持ちはありません。
    勝っても負けても僕にとって大きな差はありません。
    でも、手は抜かず一生懸命にはやります。
    だらだら付き合いで参加しているつもりではないので。」
    「そうか、君は応援してくれている
    他のクラスメイトの気持をどう感じる?」
    「皆ものすごく期待していると言うか、
    何だか目が輝いているように見えますね。」
    「だろう、あのみんなの笑顔のために
    今日は川島も積極的に勝を取りに行くと言うのはどうだ?」
    と竜治が言うと
    川島君は少し考えて答えた。
    「皆の笑顔のためですか?」
    「そう、皆のために。」
    「解かりました、そんな場面がくればやってみます。」
    そう言って川島君が打席に向かいバットを構えた。
    彼はこの時にどんな球が来ても無心で思いっきり
    バットを振ろうと思っていた。
    カキィーン!!
    少し振り遅れたようだが
    ボールとバットがまともに出会い、
    心地よい打球音を残してライト方向に飛んで行った。
    川島君はこの時に打球の行方も見ずに
    全速力で塁を駆け回り、
    三塁でサードコーチ役の生徒の
    「ストップ!ストップ!」
    の声でようやく止まった。
    ライトの守備の生徒が川島君の打球を
    取り損ねて落としてしまったようだ。
    それにしても三塁まで到達したのは川島君のお手柄だった。
    「川島君って意外と足が速いのね。」
    「打球の行く末も見ずに走っていたからと
    ライトが落としてくれたのが幸いしたね。」
    と応援の生徒からの感想がこぼれた。
    その後、ファーボールで一人が出塁し
    一人が内野フライでアウトになり、
    次の打席はあの負けん気が強い崎田君が立った。
    「崎田!でっかいの一発たのむぞぉー!」
    と声がかかり彼は言われるまでもなく
    やる気満々で打席に立った。
    第一球目はブゥ~ンと
    音が聞こえてきそうな大きな空振り
    第二球目は左にそれてファール
    そして、第三球目・・・バン!
    短く鈍い音がしてボールは高く上がった。
    しかし、途中で力尽きたかのように
    ボールはセカンドとライトの間あたりに
    ふらふらと落ちて来た。
    ライトの生徒が
    今度は上手く落下地点に回り込み、
    しっかりとボールをつかみ取った。
    その刹那に誰かが叫んだ。
    「走れ!!!」
    塁に残っていた二人のランナーは
    ほぼ同時に走り出した。
    ライトの生徒は
    フライを取った安心感もつかのま
    ホームに向けて力いっぱい球を投げる。
    「間に合えぇ~!」
    どちらのチームのクラスの生徒たちも
    全く逆の立場で同じ言葉を叫んでいた。
    「セェーフ!」
    ジャッジの後
    「わぁぁ~~~!!」
    その場を揺り動かすような歓声が上がった。
    そして、川島君はゆっくりと立ち上がり
    体の前面に付いた砂ぼこりを払って、その顔は笑っていた。
    「川島すげぇ~!」
    「川島かっこいい!」
    「川島君ありがとう!」
    と皆によってたかって
    揉みくちゃにされている時に
    崎田君がゆっくり近付いてきた。
    崎田君は無言で右手を川島君の方に差し出した。
    川島君は一度ズボンで自分の右手を拭ってから
    差し出された右手を握った。
    その光景を見て、
    この二人の普段の関係を知っている
    クラスメイト達は拍手を送った。
    そして、川島君は竜治の所に来て言った。
    「皆のために勝を取りに行きました。」
    「勝ちにこだわった感想はどうだ?」
    「今日の場合は何かすがすがしいですね、
    皆もよろこんでくれたみたいだし
    崎田とも握手をしました。」

    つづく
     
     
    第二十一話 教育現場の竜治 その2 
          次ごうか、次ぐまいか 

    別のケースの話
    竜治が担任を持たず心に問題を抱える生徒のケアを
    専門に担当するようになった頃の話
    竜治はある一人の生徒と向き合っていた。
    「それで、君はその仕事を
    次ごうと思っているのですか?」
    「それが解りません。」
    と、ぽつりとその生徒は小さな声で言った。
    その生徒の名前は吉川秀作(ヨシカワ シュウサク)、
    京都の伝統工芸の中でも
    特殊な技術を代々受け継ぐある工房の長男だ。
    その技術は特殊なゆえにそれなりに大事にもされてきたが、
    その特殊さから全ての工芸品に施される技術ではなかった。
    つまり、製品の製作を
    技術ごとの分業で行うことの多い
    京都の伝統工芸では、
    形そのものを作る
    木工や金工などの技術者が技を振るう機会が多く、
    その上を飾る
    装飾的技術に携わる者は
    必要に応じてのみ製作工程に参加するので、
    その機会は前者に比べて少ない。
    どの伝統工芸にも言えることかもしれないが、
    今現在に、それがなければ
    世の中の人の多くが困るものでもなく、
    その技術を伝承して来た者が職を失うだけで、
    社会的には大きな影響を及ぼすものではない。
    ただ、ごく一部の利用者にとっては
    ロスト・テクノロジーとなり、
    復元するには大変な労力を必要とすることになる。
    かと言って、その技術保持者が
    将来に渡って生活をしていけるだけの
    収入を確保する需要もない。
    伝統工芸の技術者は多かれ少なかれ、
    このような問題を抱えていた。
    それをわずか十四、五歳の少年が
    世間一般と自分の家の家業を見比べ
    感じ取っていたのだ。
    「このまま続けて行っても大丈夫なのだろうか?」
    近頃はずぅ~っとその疑問が頭を離れないでいた。
    それによって不安定な精神状態となり
    問題行動を起こすようになり、あちらこちらを巡って
    竜治の所にやって来たのだ。
    次げば次いだで将来が見通せない不安、
    次がなければ次がないで
    代々伝えられてきたものを無くし、
    祖父や父親を落胆させてしまうと言う責任感、
    彼はどうにもできない虚無感にさいなまれていた。
    「君は今中学三年生だったね。」
    「はい。」
    「お父さんは何歳?」
    「43歳」
    「おじいさんは?」
    「67歳か68歳です。」
    「少しは猶予があるみたいだね。」
    「猶予?」
    「君が迷っていても
    大丈夫な時間だよ。」
    「迷っていても大丈夫なのですか?」
    「大丈夫だよ、
    ただし、高校を卒業するか遅くとも大学を
    卒業する時まではね。」
    「それまで、ずぅ~っと悩み続けるのですか?」
    「いやぁ~、悩み続けなくてもいいよ。」
    「ええ?どういうことか解らない!」
    「ごめん、ごめん、言い方が悪かったね。」
    「どっちかを選ぶのではなくてね、
    自分のしたいことを見付けてみたらと思ってね。」
    「自分のしたいこと?」
    「そう、君がこれ面白いなとか、
    これ何か楽しいなとか、これって何だろう
    もっと知りたいなと思ったことだよ。」
    「そんなことって見付けられるのですか?」
    「ただただ毎日を流されるように、
    ぼぉ~っと過ごしていたのでは気が付かないよ。」
    「ではどうしたら?」
    「それはね、急に現れるんだよ。」
    「急に、ですか?」
    「そう急に」
    「この感覚めちゃくちゃ楽しい!とか」
    「何これ?いったいどう言うことで
    こうなっているの?とか」
    「突然わいてくるように現れるから、
    その時の様子を後でしっかり思い返せるように
    覚えておくんだ。
    なんだったらメモをしてもいい。」
    「それで?」
    「楽しい感覚なら、その感覚が感じられるのは、
    どのような状況の中だったか、
    何が楽しいのかを考えるんだ。」
    「では『何これ?』と言うやつは?」
    「その時に浮かんだ疑問は後回しにせずに、
    出来るだけ早く思いが冷めないうちに調べ始めるのだよ。」
    「そうしたら、見付かるのですか?自分のしたいこと。」
    「うん、君が見逃さなければね。」
    「もし、それが君の家の家業につながるのなら、
    そちらに進めばいいし、
    家業と全く違うものであったら
    次がずにその道へ進めばいい。
    そして、途中で何か違ったかなと感じたら
    変更してもいいのだよ。」
    「それもありなのですか?」
    「何か変だ、嫌だと感じながら続けるのは良くない。
    そんなことは自分自身を
    壊してしまうことになりかねないからね。」
    「でも、努力や苦労をする時は
    辛く苦しい時もあるのでしょう?」
    「そういう時期もあるけれど、
    その先に希望が見えるのなら大丈夫なはずだよ。
    逆に、希望が見出せないような状況なら、
    方向ややり方が間違っている可能性があるので
    修正しなければならない。」
    「間違っているかどうかも解らない時は?」
    「誰かに聞けばいい。」
    「一人の人だけでなく何人かの人にね。
    そして、君が最終的に判断するのだよ。」
    「それでも間違った時は?」
    「その時は、またやり直せばいい。」
    「何度でもやり直しが出来るのですか?」
    「出来るよ、君がそうしようと思えばいつでも。」

    そう言いながら竜治は
    (我ながらずいぶん生意気なことを言っているな。)
    と心の中で思わず反省していた。
    でも、この生徒の相談を聞きながら、
    昔の自分に会ったような
    照れくささも感じていたのだ。

    つづく
     
     
    第二十二話 嬉しいこと と 心配ごと

    竜治(タツハル)が50歳を超えた頃のことである
    週末の早い時間に仕事を終えて帰宅した竜治を
    珍しく娘の葵(アオイ)が玄関まで迎えに出て来て言った。
    「お父さん、お帰りなさい、
    この服見て!見て!」
    「もう子供じゃないのに何だよ玄関先で!」
    「だって、すごいのよ、この服」
    「何がすごいんだ、お父さんには解らないよ。」
    「ここの襟元のタグを見て、
    [Bibi Futaba] って書いてあるやろ、
    この服はね今大人気のデザイナーの
    美々双葉(ビビ フタバ)のデザインの服やで。」
    「そんなエエもん、よう買えたな。」
    「買ってへんよ、もらったの!」
    「誰から?」
    「ご本人から!今座敷でお母さん達としゃべったはるわ。」
    「えっ、お義姉さん来てはるのか!それを先言えよ!」
    竜治は急いで着替えをすまし座敷に向かった。
    「やあ、お義姉さんいらっしゃい、ご無沙汰しています。」
    「あら、マロ君お帰りなさい、おじゃましています。」
    「お義姉さん、お忙しいのにわざわざ寄ってくださって
    ありがとうございます。
    そして、葵に高価なものを頂いて申し訳ありません。」
    と竜治が挨拶とお礼を述べると
    横から母の絹子が
    「私にもこのバックを頂いたんやで、どう?」
    とハンドバックを腕にかけて見せた。
    すると、父の洋二郎が
    「母さんは昔に確か
    『私は梅田権三(ウメダ ゴンゾー)の花柄が好き』
    と言っていたな。」
    と言うと
    「それは昔のこと!今はクールでスタイリッシュな
    美々双葉(ビビ フタバ)がエエの!」
    と絹子が返した。
    そして最後に
    「私もこのブラウスをもらったの。」
    と妻の美咲(ミサキ)が嬉しそうに言った。
    「これは重ね重ねありがとうございます。」
    と竜治がお礼を言った。
    そして、双葉が少し居を正して言った。
    「この度は葵ちゃんの貴船神社の巫女様への
    ご就任おめでとうございます。
    謹んでお祝い申し上げます。
    本来ならば江ノ島におります両親が
    こちらに出向いてお祝いを述べさせて
    いただかなければならないところですが、
    なにぶん遠方であることと高齢のため
    私が代理となり負かり越しましたことを
    ご容赦くださいませ。」
    と、お祝いの言葉を述べた。

    時が立ちすぎているために
    少し説明が必要だ。
    まず、竜治(タツハル)と
    美咲(ミサキ)の二人は、
    一度はそれぞれのしたいことのために
    離れ離れになっていたのだが、
    後に再会し結婚した。
    そして、葵(アオイ)と言う娘をもうけた。
    その葵が3歳の時に
    祖母にあたる絹子と同じ
    巫女体質であることが判明し、
    その時から絹子による
    巫女の技と木舟家のしきたりの伝授が行われて来た。
    絹子は竜治の祖父が伝授を急ぐあまり
    竜治が途中で反発したのを反省し、
    葵のペースに合わせて
    根気よく時間をかけて指導したおかげで
    今日25歳になった葵は途中で反発することもなく
    無事に絹子の後の巫女を次ぐことになったのであり、
    竜治と美咲は
    それぞれの仕事を抱えながら
    木舟家の役割を受け継ぐ葵の教育にも積極的に
    協力して来た甲斐あったと言うことだ。
    そして、美咲の姉の双葉が
    江の島に住む両親に代わって
    お祝いに駆け付けてくれたのだ。
    しばらくの間、座敷でなごやかな談笑がされた後、
    双葉が次の予定があるからと
    席を立ったので、
    美咲が駅まで送ると一緒に席を立った。

    その夜のこと、木舟家に一本の電話がかかってきた。
    「もしもし、夜分に失礼いたします、
    木舟洋二郎さんはご在宅ですか?
    私は元部下の吉川と申します。」
    「はい、少々お待ちください。
    おじいちゃん、吉川さんと言う方から電話!」
    「なんや今頃」
    「あぁもしもし、おぉ、吉川て吉川秀作君か、何の用や?」
    「ほう、ほう、えっ、なんやそら、
    それはよう知らせてくれた、ありがとう。」
    洋二郎は電話を切ると
    「ふぅ~ん、えらこと(大変なこと)に
    ならんとええねんけどなぁ~。」
    と独り言をつぶやいた。
    「おじいちゃん、どうしたん?」
    と葵が心配そうに洋二郎の顔を覗きこんで言った。
    「あぁ、ちょっとお父さんを呼んでくれるか?」

    つづく
     
     
    第二十三話 怪しい雲行き 
          危機の知らせ

    「お父さん、何の用?」
    「あぁ、竜治(タツハル)、
    吉川秀作君て覚えているか?」
    「えーっとな、
    もう十年以上前かなぁ~、
    僕の所でカウンセリングに来て、
    確か、家業を次ぐ次がないで
    悩んでいた子やったと思う。」
    「その子が社会人になって
    京都市の職員としてワシのいた部下に
    配属されたことは言ったやろ。」
    「それは何か聞いた気がする。」
    「さっきの電話はその子からでな、
    国が進める北陸新幹線の延伸計画の案の一つが、
    京都にとってとんでもないことになる計画らしいねん。」
    「とんでもないて、どういうこと?」
    「いくつかある案の一つに福井の小浜から
    まっすぐに南へ向けてトンネルを掘り、
    京都駅の地下までつなげて、
    さらに、地下のまま大阪まで
    新幹線を通す計画があるらしい。」
    「と言うことは
    丹波山地(京都市の北部から
    日本海側まで連なる山地)と
    京都盆地の地下を貫いて
    新幹線のトンネルが
    掘られると言うことか?
    で、何で吉川君はそれをわざわざ
    引退しているお父さんに知らせたん?」
    「わからんか、そんな穴を掘ったら
    京都の地下水はどうなるねん!」
    「あっ、地下水か!」
    「京都の地場産業で今でも地下水を利用している産業が
    いっぱいあるんやで。」
    「産業だけでないな、
    茶道の家元やこだわりのコーヒーを楽しむ人や、
    神社・仏閣の霊水なんかも影響を受けるかもしれんな。」
    「それに、地図で京都駅と小浜を直線で結んでみ、
    ちょうど貴船のあたりを通るで。」
    「そうか、それで吉川君が・・・。」
    「それで、わざわざ知らせてくれたんや。」
    「それは大変なことになりそうやな。」
    「そこでや、吉川君が言うには知事と市長が
    木舟家の意見が聞きたいと言うてはるそうや。」
    「で、お父さんが行くのか?」
    「竜治にも一緒に来てほしいねん。」
    「僕もか?」
    「そうや!」
    「わかった、そうしたら会合の日が決まったら言うて
    休み取るから。」
    この事態を聞いて竜治は
    大学進学前に新横浜駅のホームで
    木花咲耶姫から言われた約束を思い出した。

    〖これは木花咲耶姫
    (コノハナサクヤヒメ)としてのお願いですが、
    いずれやって来る『龗(オカミ)』の危機の時には
    あなたの仲間と力を合わせて『龗(オカミ)』を救うことを
    約束してほしい。」〗
     
    「もしかして、龗(オカミ)の危機ってこのことなのか?」
    竜治は心の中でつぶやいていた。

    つづく
     
     
    第二十四話 京都の内々の集まり その1
          水を守れ

    数日後に洋二郎と竜治は
    京都市役所の小会議室にいた。
    そこでは各界の代表者と
    市長・府知事までもが集まって
    内々の話し合いが行われていた。
    「木舟さんとしては、この事態に対して
    どのようなお考えでいらっしゃるのですか?」
    「先ず、木舟家だけの立場で申し上げますと、
    小浜から京都駅方向に一直線に
    地下トンネルを掘ってしまいますと、
    私らが崇敬している貴船神社の
    ほぼ真下を通ることとなります。
    あの神社の奥宮の本殿の下には
    大地のエネルギーを集約する
    『龍穴(リュウケツ)』と言う場所が存在し、
    それに少なからず悪影響を及ぼすことが懸念されます。
    また、このようにスピリチュアルな
    一般にはわかりずらい事だけでなく、
    京都の地下を日本海側から都市部に向かって
    トンネルを掘ると言う行為は、
    断層や地下水脈を破壊し、
    京都の人々の生活に
    多大な悪影響を及ぼすことが容易に考えられます。
    木舟家の現当主といたしましては、
    とても容認できる話ではございません。」
    と洋二郎が居並ぶ各界の代表者を前に、
    いつになく毅然とした態度で訴えた。
    「これは千年以上京都の水を守ってこられた
    木舟はんだけの問題やない。」
    「京都全体の生き死にの問題や。」
    「少なくともここに集まっている
    水の恩恵を受けている者にとっては死活問題や。」
    「この問題を広く一般の人らにも理解してもらって、
    アホな計画を止めなあかん。」
    「ほな、皆さん反対のお立場と言うことでよろしいか?」
    「それで結構です。」
    「と言うことで、この場にお集まりの代表の方々は
    『北陸新幹線延伸計画の小浜~京都案』については
    全員が反対の立場であることを確認いたしました。」
    「では次に、その反対の意向を国や社会全体に
    どのように発信し、世間の賛同を得るかと言う方法について
    ご意見をたまわりたいと思います。」
    「先ずは、各界が京都の地下水の重要性を
    それぞれの立場で発信し、
    多くの京都市民府民にこの問題を知らさんとあかん。」
    「それにともなって、たくさんの署名を集めて
    京都に暮らす者の気持ちとして全国に知らしめて。」
    「そして、それを持って国に対しては
    知事から陳情をしてもらわなあかんな。」
    「ただそれだけでは京都の中で地下水の
    恩恵を受けている者だけの騒ぎやと
    受けとめられかねへん。」
    「一般の人達で普段は地下水を意識しない人達をも
    巻き込まんことにはこの意見は広がらんで。」
    「もっと理論的に説明できればインテリ層や
    他の地域に住む人達にもアピールできるのと違いますか。」
    「それは大事なことや、けど、
    そんなん説明できる人って誰がおる?」
    「どんな人に頼めばエエかなぁ~。」
    「ちょっといいですか?」
    と、ここで洋二郎が手をあげた。
    「おお、木舟さんからも何かございますか?」
    「はい、少し前に京都の地下を
    調査研究をされていた人がおられまして、
    その人ならば、論理的に地下水の重要性について
    説明できるのではないかと思います。」
    「その方なら、適任かもしれませんな。」
    と、市長が賛同した。
    「その方への接触は市の方でさせてもらいましょう。」
    「ほな、これでだいたいの方針は決まりましたな、
    後は皆さん各界に持ち帰って、それぞれ世間に向けての
    『北陸新幹線延伸計画の小浜~京都ルート案』反対の
    広報活動に入ってください。」
    「ちょっと待ってください!」
    「知事、まだ何かございましたか?」
    「私の口から少し言いにくいことなのですが、
    この『北陸新幹線延伸計画の小浜~京都案』の
    推進派に少々厄介な立場の人がいるのです。」
    「誰なんですか?」
    「京都選出の国会議員で与党自主党の崎田雄二氏です。」
    「何と!」
    「この内々の集りだから申し上げますが、
    地方と国政をつなぐ立場の人があからさまに
    推進の旗を振られると反対派の我々としては
    非常にやりにくいじゃないですか。」
    「我々のように京都に根を張って生業をしている者が
    地下水をないがしろにされたら反発するのは
    解り切っていることやのに!」
    「彼がそのような判断をしたと
    考えられる理由は、おそらく二つ、
    一つは彼の実家の不動産業がこの計画を進めることによって
    大きな利益を得る話を聞かされている。
    もう一つは、その利益を得たければ
    京都の反対派を押さえ込めと
    中央幹部からの指示が出ているのかも。」
    「何やあいつ!」
    「あの、この件に関しては知事も市長もお立場があるから
    その他の者で何とかしましょう。」
    「そうや、先ほどの広報活動と並行して別行動で
    ひそかにすみやかに動きましょう。」
    「そうしたら、広報活動においては
    自然保護・地場産業への影響・観光資源の保護など
    を考慮した地下水の保全を広く訴えて、
    中央からの圧力に対してはその阻止と対抗のために
    早急に手を打つと言うことでよろしいか?」
    「異議はありません」
    「ほな、皆さん、厄介な問題も含まれておりますが
    よろしゅうお願いいたします。頑張りましょう!」

    つづく
     
     
    第二十五話 京都を地下から
          支えるもの

    「今日のこの講演は付き合いで
    聞きに来たんやけれど、
    『京都を地下からささえるもの』て、
    いったい何のことやろな?」
    「あのな、
    今日の講演はある研究者の人が
    京都中の地盤を調査したところ、
    そこにはとんでもない量の
    宝物があったと言う話や。」
    「何や、その宝物て?」
    「地下水のことらしいで!」
    「地下水みたいなもん今では使ってる人が少ないやろ、
    琵琶湖から引いた疎水の水道水でええやんか。」
    「まあ、どんな話か聞こうや。」
     
    京都という街は地下水の豊富なところで、
    古来よりその恩恵を受け
    多彩な産業・文化を発展させ今日に伝えて来たところです。
    回りを山に囲まれた盆地独特の地勢により、
    降った雨はいくつもの河川を作り、
    地面にしみ込んだ雨は地下水としてたまり、
    それが要所々々で湧き水や井戸として
    人々の生活に潤いを与える欠かせないものとなりました。
    (中略)
    その地下水を抱える地下とは
    どのような構造になっているかと申しますと、
    先ず、私達の足の下すぐにあるのが
    沖積層
    (約3万年前以降に堆積)
    その下に
    洪積層
    (約150万年前~500万年前に堆積)があり、
    二つとも砂礫の層で水を通しやすく
    地下水は主にこの中に貯蔵されています。
    さらに、その下には水を通しにくい
    古生層
    (1億~1億5千万年前に堆積)と言う岩盤があり、
    京都の回りを取り囲む山々も
    多くがこの古生層で形成されています。
    つまり、京都盆地は古生層と言う
    大変大きなお椀の中に大量の地下水を
    たたえているわけです。
    そして、その規模は調査によりますと
    南北に約33km、
    東西に約12km、
    最深部は約800mの深さが
    あることがわかっており、
    その推定貯蔵量は
    試算の結果
    約211億トンとなり、
    これは琵琶湖の270億トンの8割に相当する
    膨大な水量となります。
    (中略)
    この大きなお椀に供給される水源は、
    盆地周辺の山々にとどまらず、
    滋賀県全域の雨は琵琶湖→瀬田川→宇治川を通して、
    京都府中部の丹波山地からは桂川や鴨川・高野川を通して、
    三重県の伊賀地域からは
    木津川を通して流入するわけですが、
    その流出口は桂川・宇治川・木津川の三川が合流する
    大阪府との境で石清水八幡宮のある男山と
    山崎の合戦で有名な天王山の間のわずか1kmの
    狭隘な地点のみとなります。
    なお、男山と天王山は両方とも先ほど述べた
    古生層の岩盤で形成されており、
    この二つの山は古生層により地下わずか30mの所で
    つながっています。
    つまり、約幅1kmの天然の地下ダムが存在し
    流出する水を自然に調整していることになります。
    要約して極簡単に申し上げますと、
    ここ京都の地下には水を貯める大変大きなお椀が存在し、
    そこには周囲の山はもとより
    琵琶湖や遠くは三重県の伊賀から絶えず水が供給され、
    しかも、その水は大阪との境にある天然のダムで
    流出を調整されているため、
    琵琶湖の水量に匹敵する大量の地下水を抱えている
    と言うことになります。
    (中略)
    この水資源を京都の人々は
    千年以上にわたりご利用になり、
    多彩な産業・文化を発展させ
    現在においてはそれを世界に向けて発信され、
    観光資源にまで活用されていおり、
    そして、それらの存在を支えるものとして、
    地下水が私達の足元に貯えられていると言うことが
    長年の調査の結果わかりました。
    この京都の地下で満々と水をたたえている
    大きなお椀に穴をあけたり破壊するようなことは
    ございませんようにせつに願うものでございます。
    以上を持ちまして、
    長年京都の地下を調査させていただきました
    私共からの結果の報告とさせていただきます。

    つづく

    ※【この話はフィクションですが、
    『水の司』第二十五話の作成にあたっては、
     楠見晴重先生の
     『古都に眠る千年の地下水脈』 悠久の雅を支える地下水 
     を一部引用させていだき、
     話の中の京都の状況を説明・演出する
     アイテムとさせていただきました。】
     
     
    第二十六話 京都の内々の集まり その2
         選挙に向けて

    「この間の講演会は好評でようございましたしたな。」
    「私も、この京都の地下にそんな大量の
    地下水があるとは知りませんでした。」
    「これで京都の維持発展のために、
    その大きなお椀を大事にしなあかんと言う、
    共通の認識が京都の人の間で持てると言うもんですな、
    ええ旗印になります。」
    「観光業界にも協力してもらって、地下水で成り立っている
    京都の文化を宣伝してもらいましょう。」
     
    「ところで、中央からの
    圧力に対しては
    何か手を打てたんですか?」
    「それにつきましては、
    来年の参議院議員選挙で例の議員の対抗馬を立てる方向で
    人選と協力政党への依頼を急いでおります。」
    「何かエエ当てがありますか?」
    「大阪では人気と勢いのある
    刷新の会に打診をしています。」
    「ほう、知事と市長の二つの席を押さえて
    自主党に対抗しているところやな。」
    「そこにエエ人材はおりますか?」
    「まだ、明確にその意志を
    打ち出しているわけではありませんが、
    関西ローカルのニュースキャスターが
    国政参加に興味を示しているらしいと言う噂があります。」
    「うん、それや!知名度は大きな武器になる、
    その人に何とか仲間に加わってもらえる
    すべはありませんか?」
    「あの、そのニュースキャスター
    と言うのは古間真平(フルマ シンペイ)氏のことですか?」
    「そうです、木舟竜治さん何かつながりがございますか?」
    「古間氏のニュース番組のスポンサーは
    確か飲料メーカーの『サンバード』でしたね。」
    「そうですね。」
    「私の旧友が現在
    『サンバード』の常務をしておりますので、
    そこからアプローチすれば、
    早くつながるかと思うのですが、いかがでしょうか?」
    「おお、それはいいツテをお持ちで、
    ほな、木舟さんの方でお願いできますか?」
    「承知しました、さっそく取りかかります。」

    「それでは、先だっての講演会で
    地下水の貴重性と重要性を
    広く認知してもらった成果を生かして、
    今後の広報活動と来年の参議院議員選の
    早急の対抗馬擁立の準備を
    優先課題として取り組んでください。」
    「では、皆さんよろしくお願いします。」
     
    この会合の後に洋二郎と竜治(タツハル)の親子は
    廊下で呼び止められた。
    「木舟さん!」
    「おう、吉川君、いつもこの会合の
    下準備や連絡でたいへんやね。」
    「いや、これが僕の仕事ですから。」
    「でも、何か生き生きと仕事している感があるね。」
    「どうも自分に合っているみたいなのです、この仕事。」
    「そうか、それはいいことだ。」
    「これも、そちらの木舟先生から、
    あの時にアドバイスを頂いたお蔭ですよ。」
    「あの時に君はだいぶ悩んでいたからな。
    そういえば、君の家の家業はどうなったんだ?」
    「あっ、はい、今も細々ながら続けています。」
    「お父さんがされているのか?もう、ご高齢なんだろう?」
    「ええ、父も従来の伝統的なものは
    依頼があればしておりますが、
    僕の妻が結婚後にウチの仕事に興味を持ちまして、
    父に技術を教えてもらいながら
    アクセサリーなどの装飾品にその技術を使って、
    ネットやフリーマーケットで販売しています。」
    「おお、それはいいことじゃないか、
    たくさん売れるといいね。」
    「はい、お陰様で少しずつですが引き合いもあるようで、
    父も楽しそうに手伝っています。」
    「それはよかった、伝統工芸の技術が
    一つ継承されたわけだ。」
    「あの、木舟さんのお家の方はどうなのです?」
    「ウチもお陰様で跡継ぎができたよ。」
    「それは喜ばしいことですね!」
    「だから、どうしてもこの問題を解決したいのだよ。」
    「解ります、そのお気持ち。」

    つづく
     ※【この話はフィクションです。】
             
     
     
    第二十七話 頼りになる奴 

    竜治と洋二郎が家に到着すると
    「おい、竜治(タツハル)、
    あんなこと請け負って大丈夫なんか?」
    「古間真平(フルマ シンペイ)氏に
    アポイントを取ることか?」
    「お前にそんなツテがあったんか?」
    「お父さん、高校時代からの友達の
    アキやんを覚えているか?」
    「アキやん?どんな子やったかな?」
    「良平叔父さんから聞いているやろ、
    学園祭で一緒に漫才をしたヤツや。」
    「あぁ、お前が立ち直るきっかけの・・・
    あの時の相方か?」
    「そうや、アイツは大学の推薦で
    大手飲料メーカーの『サンバード』に就職してな、
    そこで新商品の販売促進を
    担当する部門に配属されて、
    今では誰もが知っている
    『弥右衛門(ヤエモン)』て言うペットボトル入りのお茶を
    ヒットさせよったんや。
    当時は『洋酒メーカーがお茶を売るんやて。』
    と周りから散々言われたそうやけれど、
    今では当たり前のことのようになっているやろ、
    その功績で今はサンバードの常務さんや。
    そして、サンバードは古間真平がキャスターを務める
    ニュース番組のスポンサーや。」
    「そんなすごい友達がおったんか!」
    「うん、そうやから今度約束を取り付けて
    美咲(ミサキ)と一緒に会いに行って頼んでくるわ。」
    「ほな、頼んだで! あっ、そうや、美咲ちゃんの
    観光ガイド雑誌の方でも京の名水・霊水巡り』
    と銘打って地下水の広報活動の協力を頼んどいてくれ。」
    「わかった、ちゃんと言っておく。」
    竜治は部屋で美咲に観光ガイド雑誌に
    『京の名水・霊水巡り』
    の記事を載せる依頼をして、
    アキやんとの面会に同行しないかと誘った。
    「いいわね、アキやんと会うのは何十年ぶりかしら? 
    でも、取材で忙しくなるから。」
    「それは残念だな、
    じゃあ、別の機会に完全プライベートで
    会う約束をしてみるよ。」
    「ありがとう、それなら他の同級生なんかも呼んで
    同窓会にしてしまわない?」
    「その方がいいかもしれないね。」
     
    「友田常務(アキやんのこと)と
    午後1時の約束しております、京都の木舟です。」
    「少々お待ちください。」
    「常務、京都の木舟様がお見えです。
    ・・・はい、第三応接室ですね。」
    「木舟様、ご案内いたします。」
    「常務は間もなく参りますので、
    こちらにお掛けになってお待ちください。」
    案内の女性が出て行くとしばらくして、
    「失礼します、友田でございます。」
    と小太りの壮年男性が入ってきた。
    「やあ、マロ(竜治のニックネーム)、何十年ぶりだぁ?」
    「アキやん、すっかりオジサンになったな!」
    「お互いにな!ハハハハハ」
    二人は肩を叩き合い
    久しぶりの再会を喜び合った。
    「ミサキは一緒に来ていないのか?」
    「すまない、誘ったのだけれど仕事があってね。」
    「それは残念やなぁ~。」
    「アキやんも仕事がいそがしいやろうに
    今回の事で色々と動いてくれてありがとうな。」
    「他でもないマロ(竜治のこと)の家
    の一大事やないか、気にするな。」
    「そこでやけどな、古間真平さんとは初対面やし
    どう言うて話したらエエやろうかな。」
    「あんなマロ、人にものを頼む時には
    いくらこちらに正義・正論があっても
    一方的に『頼みます』『お願いします』
    ばっかりではあかんねん。
    動いてほしいと思っている人に
    『なるほどそうやな』
    と納得してもらわへんかったら、
    また、納得や理解がもう一つでも
    『このひとが言うんやったら』
    と言う信用がなかったらあかんねん。」
    「そうやから言うてどう話したらエエのやろ?」
    「何呑気なこと言うてるねん、選挙はもう来年やろ!
    僕が一緒に付いて行くから、この間電話で僕に話したことを
    そのまま言うたらええねん。
    後は僕が横からカバーしてやるさかい。」
    「うん、頼んだで、口添えしてくれると助かる。」
    「ほな、車を回すから今からテレビ局へ行って
    本人さんと話しするぞ!」
    「ええっ、もうアポを取ってあるのか?」
    「当たり前やがな、お前から電話でこの件を聞いた時点で、
    もう動き出してる。」
    「相変わらず段取りのエエ奴やなぁ~!」
     
    テレビ局に着くと二人は応接室に通され
    すぐに古間真平が現れた。
    「本来なら私の方からうかがわなければならないのに、
    わざわざお越しいただいて申し訳ございません。」
    「いやいや、夕方のニュースの
    準備もあるやろうと思いましたから、
    無遠慮に押しかけてしまって
    返って迷惑をかけてしまいましたね。
    話は前もって弊社の社長から
    聞いてもらっていると思いますが、
    こちらが京都の関係者の代表として来られた木舟さんです。
    ちょっと話を聞いてあげもらえますか?」
    竜治は京都の地下水の危機が
    『京都の内々の集り』の中で問題視され、
    それに対する対策の一つとして
    (第二十四話~二十六話参照)
    来年の参議院選に
    『北陸新幹線延伸計画の小浜~京都案』への反対をかかげ
    古間真平の立候補を依頼する旨の
    『京都の内々の集り』の要望を切々と訴えた。
    そして、アキやんこと友田常務が補足として、
    自然・地場産業・伝統文化の保護
    と言う大義名分をかかげて
    自主党に対抗し刷新の会の勢力拡大にもなる
    と言うメリットを説明し、
    古間真平氏にとっても国政参加の
    大きなチャンスであると訴えた。
    古間は最後まで二人の話を聞き終えると、
    お茶を一口飲んでから少し間を置いて返事をした。
    「私のような者にこのようなチャンスのお話を
    持ってきていただいてありがとうございます。
    とても魅力的でやりがいのあるお話です。
    ただ、この場ですぐにお返事するのは
    事が大きいので私の立場では難しいです。
    このお話を刷新の会の幹部と相談の上
    改めて後日お返事をさせてください。」
    古間真平は丁寧にそう言うと
    仕事に戻るからと退出した。
    「アキやん、どうだったんだろう?」
    「たぶん、本人的には興味を示したと思うよ。」
    「それじゃあ何とかなるかな?」
    「後は刷新の会とテレビ局の上層部が
    首を縦に振るかどうかやね。」
    「いい方に動いてくれるといいんだけれどな。」
    「マロ、僕が出来るのはここまでや、
    後は京都のお歴々にも、もう一押ししてもらうように
    言うといた方が確実やぞ。」
    「わかった必ず言うておく、
    色々とありがとう!アキやん。」
    「マロ、頑張れよ!」
    アキやんはそう言うと、
    胸元でグッド・ラックのサインを作って
    乗ってきた車で自分の会社に戻って行った。
     
    つづく

     
     
    第二十八話 選挙の行方

    翌年の京都の参議院選挙に
    古間真平氏は刷新の会から立候補した。
    定数2議席の所に9人の立候補者で、
    現職で中央とのつながりも深い
    自主党の崎田雄二氏が最有力と予想されており、
    残りの1議席の獲得をかけて
    民事党・刷新の会・共栄党等の
    どこが取るのかが注目されていた。
    ところが、フタを開けてみると
    大差を付けて刷新の会の古間真平氏が
    新人候補ながら堂々のトップ当選を勝ち取ったのだ。
    「『北陸新幹線延伸計画の小浜~京都案』反対の意見が
    京都中で認められた証やで。」
    「皆の方を向いてくれる頼りになる議員の誕生や!」
    この喜ばしい選挙結果に
    『京都の内々の集り』の人が密に集まり、
    お互いの健闘をねぎらい祝杯をあげた。
    「これも京都の多くの人らが我々の行動に
    賛同してくれはったお蔭や。」
    「ありがたいことやなぁ~!」
    「これで一気に巻き返しや!」
    「『北陸新幹線延伸計画の小浜~京都案』反対は
    京都全体の意志や。」
    「私らは地下水の大切さを旗印に
    広く世間に訴え続けましょう!」
    この夜、業界の枠を超えて集まった
    『京都の内々の集り』のメンバーは
    京都の未来を守るために更なる結束と協力を
    誓い合ったのである。
    そして、残った一議席を獲得したのは、
    かろうじて当選した自主党の崎田雄二氏であった。
    なお、二人の獲得した投票数の差は倍近くあり、
    もちろんこれは、竜治(タツハル)や
    『京都の内々の集り』の人達の危機意識により
    皆で協力して展開した広報活動の
    成果のたまものであった。
     
    一方、自主党幹部の集まる東京都内某所では
    「今回の参議院選挙の京都の結果を聞いたか?」
    「あぁ、思いもよらない結果だったな、油断していた。」
    「崎田なら反対派を押さえ込めると踏んでいたのだが、
    思いのほか反発が強かった。」
    「刷新の会の新人は上手い所を突いてきたな。」
    「自然・文化・地場産業・観光資源の保護か、
    地下水なんて考えもしなかった。」
    「しかし、その古間真平と言う新人は、
    そんなに切れる人物なのか?」
    「噂だとどうも、関西で勢力を伸ばそうとする刷新の会、
    ニュースキャスターとしての知名度を武器に
    国政参加を目指していた古間真平、
    そこに『北陸新幹線延伸計画の小浜~京都』案に反対する
    京都の各界を代表する面々が今回の話をもちかけて
    一致協力をした結果のようだ。」
    「伊達に千年以上もの間に我が国の都として
    歴史を積み重ねて来たわけではないと言うことか・・・?」
    この選挙結果を重く見た中央政府は
    崎田議員に廃案になりかけていた
    『北陸新幹線延伸計画の敦賀~米原』案や、
    その他のルート案の再検討することを慌てて発言させて、
    決定しかけていた『北陸新幹線延伸計画の小浜~京都』案を
    トーンダウンせざるを得なくなったのだ。

    つづく


     第二十九話 稀代の不動産王 
          最後の一手

    かろうじて議席は確保したものの
    京都での立場を危ういものにしてしまった崎田雄二氏は、
    京都のとある病院の一室で
    首をうなだれて力なく座っていた。
    「雄二ぃ~、今回は下手(ヘタ)うったなぁ~。」
    高齢であるにもかかわらず
    力強い意志をはらんだ眼光の老人が病床からつぶやいた。
    「すまん、親父・・・。」
    「ワシにあやまっても仕方ないぞぉ~。」
    この病床でよこたわっていた老人は
    第二次世界大戦下の
    戦災孤児の一人であった。
    彼は戦後の混乱期に
    日雇い労働をはじめ幾多の仕事を渡り歩き、
    とある不動産業者に拾われて働くうちに頭角を現し、
    高度経済成長期やバブル経済の時期を経て
    巨万の富を築き上げた稀代の苦労人で
    京の不動産王と呼ばれた崎田雄造(サキタ ユウゾウ)
    と言う人物だ。
    その不動産王はかすれる声で続けた。
    「中央と喧嘩するのならともかく
    地元をイジメてどうするねやぁ~。
    ワシが不動産屋で儲けさせてもらったのは、
    京都の人の信用があったからやぁ~。」
    「それをお前が不意にするようなことをしやがって、
    どうするつもりじゃあ~。」
    「いや、中央の幹部から儲け話と閣僚入りを餌に
    圧力をかけられたものやから・・・。」
    「アホ!中央は利用するものや、
    利用されるものやないわ!」
    「すみません。」
    「それで、次の手は何か考えているのか?」
    「いや、しばらくはおとなしくしておこうかと・・。」
    「なんじゃそれは、何もせえへんかったら、
    お前は悪者決定やぞぉ~!
    京都を裏切った奴というハンコを押されて終わりじゃ~!」
    「そうやからと言うてどうしたら?」
    「お前は悪者、そして、お前の子はこの先ずぅ~っと
    京都を裏切った奴の子やと言われ続けるでぇ~。」
    「ワシは孫がそんなことを背負わされるのが
    不憫でかなわん。
    このままでは、おちおち死ぬこともできん。」
    「でも、どうしたら?」

    「雄二ぃ、ええかぁ、今から言うことをよく聞けぇ~。」
    崎田雄造氏は目を見開いて言った。
    「ワシの築き上げた財産を全部使って
    京都のために使ってもらえぇ~。」
    「ぜっ、全部か?」
    「そうやぁ、ケチるなよ全部やぁ~!
    京都の皆さんのためになることに全部やぁ~!」
    「それくらいしなかったらお前のしでかした失敗を
    償うことはできないぃ。」
    「申し訳ない、親父!」
    「アホ!お前のためやないぞぉ~、
    可愛い孫の未来のためじゃぁ~!」
     
     「と言うわけなんやけど、今さら俺が何を言いに行っても
    京都の中で誰も相手をしてくれないのは目に見えている。
    そこで川島、何とか間を取り持ってくれる人を
    探してくれへんか?」
    「崎田、ずいぶん思い切った行動に出るのやな、
    あのお父さんの遺産全部か?」
    「それだけではない、少ないながら
    俺の今持っている分も当面の生活費を除いて全部や。」
    「そうか、けれど何でまた
    そのような話を私の所に持って来た。」
    「お前とはあの高校の球技大会で
    優勝した時以来の付き合いで
    (『水の司』第二十話 参照)
    何の貸し借りもしがらみもないし、
    お前が他の人のためにつくすと言うことを
    ずぅ~っと続けて来ているからや。」
    「そうか、そんな風に私のやり方を
    認めてくれてありがとう。
    それにしても、ちょっと額が大きすぎるな、
    私のやっている福祉事業では扱いきれない。」
    「他のもっと京都のために
    動いている人とかいるやろうか?」
    「それなら直接に知事や市長に
    申し入れたらエエやないか?」
    「それが今までのいきさつで、
    簡単には頼めへん事情があるねん、
    誰か間に入って取り持ってくれる人はいないか?」
    「うぅ~ん・・・・・あっ、一人いた!」
    「誰や?」
    「お前覚えているか?
    球技大会で優勝した時の担任やった木舟先生。」
    「ああ、お公家さんみたいに
    色白でヒョロっとした若い先生やったな。」
    「あの人は京都の地下水を守る
    活動の色々なところで名前が出て来るし、
    この寺の井戸水を取材させてくれと
    頼みに来られたこともある、
    他にも名水・霊水と言われる所を調べて回っているらしい。
    何よりもお前の対抗馬やった古間真平氏を
    口説いて出馬させたのにも一枚咬んでいると言う噂や。」
    「あの先生がそんな力があるとは全然知らなかったな。」
    「何でも京都の中でも相当な旧家の出で、
    知事や市長も一目置いている家らしい。」
    「それはすごいな!」
     
    とある日、竜治(タツハル)は
    二人のかつての教え子と対面していた。

    「水と油と言われた君たち二人が
    ずっと親交があったとは意外やね。」
    「私も崎田も自分とは全く逆の性格や考え方の者が
    この世の中に存在してそのような者が
    あながち間違った生き方ではないと言うのが
    何となく気が付いたのです。」
    「あの当時は川島も僕もお互いにお互いの存在を嫌い
    否定しあっていたのですけれどね。」
    「そうか、自分とは異なる存在を
    認める気持ちが君らの中に芽生えたのか、
    それは私にとっては喜ばしい事だ。」
    「ところが、多くの人に迷惑をかけることに
    気付かずに突っ走ってしまう
    失敗をしでかすはめになったのです。」
    「先生、崎田もやり方が間違っていたかもしれませんが
    京都の経済的発展を願っての行動だったのです。」
    「先生、そう言うことで何とかお力添えを
    頂けないでしょうか?」
    「崎田君、今からまた京都の人の信用を
    取り戻していくのは並大抵のことではないぞ。」
    「はい、覚悟しています。」
    「君のお父さんは自分の身を切って
    君にそのことを教えたのを感謝し忘れるな!」
    「はい、充分にしみています。」

    このような経緯があって、
    崎田雄二議員の父
    崎田雄造氏の莫大な財産は
    京都府に寄付されることになり、
    地下水の保全のための
    調査研究の費用に役立てられ、
    さらには、京都の経済の発展のために
    同じように私財を投げ売った
    江戸時代の京都の水運開削の功労者である
    『角倉了以』の名前と合わせて
    角倉(スミノクラ)・崎田基金が設立され、
    後に京都の地下水の有効利用に
    大いに役立てられた。

    つづく
     
     
    第三十話 龗(オカミ)の正体

    木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)との約束を守り
    (『水の司』第十六話 参照)
    多くの人達と協力して貴船神社の祭神と言われる
    『龗』(オカミ)の危機を回避した竜治(タツハル)だったが、
    ここに来て『龗』(オカミ)とは、
    いったい何者なのかと言う疑問が頭を離れないでいた。
    一般には水の神様・龍神と解釈され
    井戸水・湧き水・河川の水
    に加え風雨や海をも司る
    大きな力を持つ存在とされている。
    子供のころは祖父の竜政(タツマサ)から
    皆が生きていくのに欠かせない水を守る役目の
    大切な存在と教えられてきた。
    しかし、今回の「龗(オカミ)の危機」とされた
    『北陸新幹線延伸計画の小浜~京都』案による
    長大な地下トンネルを掘ることが
    龗の存在を危うくすると言う事実とは
    いったいどう言うことなのだろうか?
    たかだか人間のやることが
    水を司り風雨をも操る神を滅ぼすなんて、
    そんなことが、あり得るのか?
    竜治の頭の中では日に日に
    こんな疑問が大きくなってきたのだ。
    そこで竜治はこのことを先代の巫女で現代の玉依姫として
    長く龗(オカミ)に仕えて来た母の絹子に問うてみた。
    「竜治、龗(オカミ)は神様として
    多くの人から崇められているけれど、
    決して現代人がイメージするような
    人知を超える力で願いをかなえたり
    守ってくれる存在ではないの。」
    「じゃあ、どういうこと?」
    「もともと、自然を恐れうやまってきた日本の宗教で
    神様は時には恐ろしく、時には優しく包むような
    感じの存在ではあるねんけれど、
    その働きは全部自然の摂理に基づいた事なんや。」
    「摂理?」
    「法則と言ったほうが解りやすいか?」
    「???・・・。」
    「ふふふ、言葉で言うのは難しいね、
    仕方ないな、そうしたら
    今度神社に行って龗(オカミ)に直接聞いたらエエわ。」
    「そんなことが出来るのか?」
    「あんたは木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)さんや
    磐長姫(イワナガヒメ)さんが見えて話もしたんやろ、
    それにあのご祈祷の時に雷(イカヅチ)の祝福も
    (『水の司』第十八話 参照)
    してもらっているから、きっと大丈夫や。」
     
    数日後、竜治は貴船神社のとある祠の前で
    神妙に合掌し頭を垂れて祈る姿勢をとり、
    その前で巫女を次いだ娘の葵(アオイ)が
    祝詞を上げて一連の所作を行った。
    そこに、あの直接脳内に響く声が
    穏やかな調子で聞こえて来た。
    「竜治、この度は大変世話になった。
    よくぞ人々の心をまとめ上げ
    善き方に導いた、感謝する。」
    「いえ、たくさんの人々の協力の賜物です。」
    「今日は私と言う存在についての質問であったな。」
    「はい」
    「では話そう、端的に言うと私とは『水』そのものなのだ。
    雨となって大地に降り注いだ水は川となって流れ海に溜まる
    そして、水蒸気となって空を渡り
    また、雨となって大地に降り注ぐ
    その循環の過程で動植物の体内をも巡って
    彼らの生命を支える働きもしている。
    この活動を通じて水はこの世のあらゆる所を巡り
    自然の摂理に従ってあらゆる生き物の
    『生きる力』を支えている。
    それが私なのだ。」
    「それでは、神様として願いを聞いたり、
    罰を下したりと言うことは?」
    「はははは、それは神職の者が作り出した方便だ。
    何度も言うが、
    私は自然の摂理に従ってこの世界の中を
    巡ることを繰り返している存在だ。
    ただ、その過程で君達を含む全ての生き物が
    私を利用してその生命を維持していると言った方が
    真実と考えていいのかもしれない。」
    「でも、今回のように木花咲耶姫
    (コノハナサクヤヒメ)を通して
    『龗の危機を救え』と指示がされたのは
    貴方の意志ではないのですか?」
    「それは違う、おそらくそれは今は魂だけの存在となった
    京都の先人たちが現代人の自然を顧みない横暴に危惧し
    木花咲耶姫に働きかけたのだろう。
    過去の京都で何度も水害や疫病が起ったのは
    自然の摂理を無視して無理な市街化計画を行ったからだ。
    そのことを反省した者たちの魂が
    木花咲耶姫を動かして
    木舟一族の中心となる君に伝えたのだろう。」
    「木舟家の跡継ぎを拒んだ僕にですか?」
    「いくら長い伝統を持つものでも
    その中だけの世界に固執して
    他の世界を知らぬ者には人々を動かし
    その協力を得て危機を乗り超える力は持てない。
    だから、木花咲耶姫は拒む君に
    無理強いをしなかったのだろう。」
    「ならば、巫女としての能力を持つ
    母の絹子(キヌコ)と娘の葵(アオイ)は
    どのような立場に?」
    「彼女らは私や魂だけの肉体を持たない存在と
    君達を結ぶ通訳者のような存在だ。
    そして君は、彼女たちを通じて伝えられた言葉を
    さらに、世間に向けて発信し
    より良い方向に導くのが役目なのだ。
    だから、世間の人からすれば君こそが
    『水の司』となるのだ。」
     
    「と、言うのが
    貴船神社のとある祠の前で
    龗(オカミ)と話した内容なんだ。」
    竜治は何十年かぶりに
    江の島神社を参りながら
    美咲に語って聞かせた。
    「龗(オカミ)って単なる伝説ではなくてちゃんと居たのね。
    しかも、神様と言うより水そのものだなんて!」
    「それに、あなたが『水の司』だなんて信じられない!」
    「なぜ?」
    「だって、何か悩み事があると
    すぐに立ち止まって考え込んじゃう
    ナイーブなお坊ちゃんだから!」
    「はははは」
    「向こう見ずで、のうてんきに突っ走る
    怖いもの知らずのお嬢ちゃんが
    いつも横にいて背中を押してくれるから大丈夫さ!」
    「ふふふふ」
    二人は思い出の場所を巡り
    (『水の司』第十九話 参照)
    最後にあの龍恋の鐘を鳴らして
    これまで二人が寄り添い続けられたことを感謝した。
    「それじゃあ、ぼちぼち横浜に向かおうか。」
    「アキやんは、ちゃんと皆が集まる同窓会の準備を
    してくれているかしら?」
    「アイツに任せれば大丈夫だよ。」
    「そうよね。」
    「じゃあ、行こうか。」
    「うん、行こう。」

    おわり

    #創作大賞2026 #エンタメ原作部門


     
     
    現実にはあり得ないことを当然存在するかのようにシレっと話の中に織り込んで、登場人物の心の動きと共にお話を作っています。題材は自分が経験したことや、周りの人から聞いた話や、昔の伝説からコッソリいただいています。

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