
あだ名嫌いな私の「じゅん」にまつわるエピソード
みなさんは、あだ名ってありますか?
私は昔からあだ名をつけられたことが
ほとんどありません。
そして、人のことをあだ名で呼ぶことも、
他の人に比べると、少ないかもしれません。
高校生のクラスメイトに「ルパン」と呼ばれている男の子がいました。
すらっと背が高く、長めの坊主頭。
なんとなくシルエットがルパン三世に似ているからという理由で「ルパン」。
そんな彼を私だけが苗字で〇〇くんと呼んでいました。
捻くれ者の私は、「いや、別に似てないやん」などと思い、
あだ名で呼ぶことを拒否していました。
他にも、小学校の頃の担任だった女性の先生は、
ボブカットで丸眼鏡をかけているから「ジョン・レノン」。
大学の頃、同じ学部だった男の子はくるくるパーマだから「バッハ」。
みんながそんなあだ名で呼ぶ中、
頑なに名前で呼ぶ私はさぞノリが悪い人間なのでしょう。
だってなんかダサいんやもん。似てないんやもん。
あとはなぜか苗字由来のあだ名も気に入らないことが多いんですよね。
森本さんは「もりりん」、皆川さんは「みなちゃん」、青木さんは「あおきんぐ」。
ダサい。なんかダサい。
私は頑なに〇〇さん、〇〇ちゃんを貫きます。
そのくせなぜか名前由来のあだ名は好きです。
なつみちゃんは「なっちゃん」、けいすけくんは「けーちゃん」。
可愛い。
なんか謎のこだわりがあるんですかね。知らんけど。
いや、違うかも。
多分ね、クラスのそういうノリに入れなかったり、
急にあだ名で呼び始める恥ずかしさに敏感だったりするんですよね。
昨日まで〇〇さんと呼んでいたのに、急にあだ名で呼ぶなんて、恥ずかしい。
それに、みんながあだ名で呼んでいるからって、私も呼んでいいのか?お前とはあだ名で呼び合うような仲じゃないだろ、なんて思われるかもしれない。
「ママ」という呼び名をいつの日からか「お母さん」に変えることが
すごく恥ずかしいように、そんな思春期のような羞恥心を
私は子どもの頃から、大人になっても、必要以上に抱えている気がします。
私が誰かの呼び名を急に変えたところで、
誰も何も思わないはずなのですが、なんか恥ずかしい。
なぞの自意識。
そんな風にあだ名を嫌っているせいか、私にはあだ名がない。
「橘」という名前だと、ありがちなのは「タッチー」です。
私の家族は当然のように「タッチー」と呼ばれて平気な顔をしています。
新たに知り合った人からはときどき「タッチー」と呼ばれることもあるのですが、
なぜかそういう方とは関係がその後も続くことはあまりありません。
私が「ふん、ダサい呼び名。やめてよね」とすかした顔をしていて、
ムカつくからかもしれません。
そうして、あだ名がない人生を送っていると、
こんなふうにnoteを始めるときなど、
ハンドルネームの付け方に非常に困る。
いや、noteでの名前など、あだ名じゃなくてもなんでもいいんですよ。
ぷりんちゃんでも、あなごまるでも、とんとこHappyでも、
なんでもいいんですけど、
そんなふうに適当な名前を付けても、なんか「自分」だという感じがしないのです。
「ぷりんちゃんさん、こんにちは!」とコメントがきても、
「は?だれ?私か」と、なんだかずっと違和感が付きまとう。
記事の書き出しに、「どうも、とんとこHappyです!」と書くなんて、
とんでもない。
だれやねん。
みなさんはどうですか?
ハンドルネーム、みなさんどうやって決めているんでしょう。
気になります。
ちなみに、私の「橘じゅん」も、
もちろんハンドルネームというか
ペンネームです。
これを決めるときもいちばん考えていたのは
「その名前で呼ばれたときの違和感」についてです。
呼ばれるたびに、なるべく、「だれやねん」と思わないような名前にしたい。
そこでふと思いついたのが「じゅん」なのですが、
これは実は、私の祖母が飼っていた犬の名前です。
祖母が亡くなったのはもう20年ほど前で、
じゅんがいたのも、さらにその10年ほど前かと思うので
はるか昔の話なのですが。
祖母はずっと「じゅん」という名前の犬を飼っていました。
「ずっと」というのは、ほんとに「ずっと」で、
祖母はじゅんが亡くなるたびに、新たなじゅんを飼い始めるのです。
どれもおなじような白とグレーの毛が混じったシーズーやチンで、
三、四代に渡って引き継がれたそのすべてを
祖母は「じゅん」と名付けました。
私が産まれる前から始まったじゅんの歴史を、
なぜか今、私が引き継いだのです。
祖母の記憶は正直あまりないのですが、
天真爛漫という言葉が似合う、笑顔が眩しい女性でした。
そんな彼女は長年に渡ってじゅんを愛していたせいで、
また、加齢によるものもあるのでしょうが、
だれでもかれでも「じゅん」と呼んでいました。
「あの人よ…どこそこに住んどる…
じゅん!じゃないわい。〇〇や」
みたいな感じ。
すぐそこにいる誰かに呼びかけるときも
よく「じゅん!」と呼び掛けていました。
犬の名前で呼びかけられたその人は
「じゅんじゃないわい!」と言って、笑いながら怒ります。
とにかく、祖母が「じゅん」と呼べば、
そこにいるみんなが振り返る。
祖母の「じゅん」は、ほんとうに「じゅん」を呼んでいるのかもしれないし、
別の人間を呼んでいるのかもしれない。
それが自分の可能性だってあります。
ペンネームを考えているとき、
そんな祖母と呼び名にまつわるエピソードを思い出し、
あのシーズーから「じゅん」という名前を貰いました。
「じゅん」と呼ばれるのであれば、
祖母じゃない別のだれかが、また間違って私のことを犬の名前で呼んできている、などと思えるかな、と。
そんな気持ちで決めました。
ありがたいことに、noteではみなさん私のことを
「じゅんさん」と呼んでくれます。
とっても嬉しいです。
そのたびに、犬の名前で呼ばれている自分のことが少しおかしくなったり、
「じゅんじゃないわい!」というあの人たちと
祖母の小競り合いを思い出したりします。
今生きている人が死者のことを思い出すとき、
天国にいるその人には、花が降り注ぐという、
そんな話がありますよね。
みなさんが「じゅんさん」と呼んでくれるたび、
きっと天国の祖母には、花びらが降り注いでいることかと思います。
多分、三、四匹のじゅんたちにも。
呼び名、あだ名、ハンドルネーム、本名。
それらは、自己紹介をするならば、まずいちばん最初に口にするであろう
その人を象徴するようなアイデンティティとなっているはずです。
私が嫌っているあだ名(ごめんなさい)を愛している人もいるでしょうし、
やっぱり本名が好きな人もいるでしょう。
私もさっきの花が降るうんぬんのくだりはなんにも考えずに、
「犬の名前、自分につけたろ」ぐらいのことしか考えていなかったのですが、
いざこうしてじっくり考えると、祖母に花が降り始めたりして。
なんか、そんな人とのつながりだったり、生きてきた歴史だったり、
そんなことにもつながりうる名前、なんや素敵やん。と思います。
みなさんは、お気に入りのあだ名、ありますか?
はたまた、今のハンドルネームに素敵な由来はありますか?
適当につけただけのハンドルネームでも、
今気に入っているのであれば、それはもう素敵な名前です。
みなさんの名前についても、よければ教えてください。