
『10年越しの愛』〜出雲の白兎(続⑤)
〜希望を持てる在り方で〜
彼女は
41年目半ばにして
ようやく
決意したことがあるという
それは
「自分を後回しにすること」を
やめていこう
「少しだけ、欲という感情に
素直になってみること」を
してみよう
つまり、こういう生き方だ
これまでの 生き方の思考の癖や
認知の歪みから
自分自身の殻をぶち破る勢いで
解き放っていこう!
手放していこう!
執着というものを
手放していくこと
人生後半を
年齢を重ねる毎に
楽しみながら
年齢や病気にすらも縛られず
わくわくする生き方を
それは、ある意味
「死」への恐れや
「体に対しての現実問題」への恐れや
「○○しなければ」という概念や
「年齢」に対する概念を
良い意味で、
もうどうにでもなれ〜と
なんとかなっとけ〜と
ええ加減ではなく
良い加減というものだ
リラックスすることの大切さを
徐々に、脳内腹落ちしている
最中らしい
それが、何者にも何物にも
縛られることもなく
「誰しも、それぞれ
人格も、捉え方も、価値観も
考え方も違って当然である
だからこそ
お互い
真っ先に否定から入らず
尊重し合うこと
まだまだ、根強く残っていると感じている
昭和の日本社会のあり方に対して
(例えば、年功序列や男尊女卑のような思考)
フラットな人間関係や
違う考え方に、
お互い耳を傾け合ってみること」
それが
個々の人間同士
つまりは
人と人が、歩み寄っていける
社会の在り方なのではないのか
誰しも
この瞬間も
誰かのおかげで生きていられること
蛇口やレバーをひねると 水が出ることも
スイッチを押したら 電気がつくことも
お店に行くと、食材やモノが並んでいることも
それは、常に誰かのおかげで
社会が成り立っている事で
日常生活に、
当たり前なんてひとつも存在しないこと
老若男女・立場・過去
その垣根を超えたところに
何かしら、大切なものを
見いだせるのではないか
ひとりひとり
最初は、誰かの子どもとして
生まれて、
たとえ、どんな生い立ちや境遇であれ
どんな過去だったとしても
たとえ、それが
それぞれにとって良くも悪くも
それぞれの今があるとしたら
(人としてあまりに論外な面について
一緒くたにするつもりは無い)
それは
それぞれ、赤ちゃんの時には
純粋無垢な、
ひとりひとり
尊い命にほかならないのだから
彼女は、特に何者でもなく
何か大きく日本や世界に誇れるような
そんな 大それたことを
成し遂げているわけではない
ただただ、その時その時に
出来ることを
咄嗟に、一期一会の人に
手を差し伸べたり
公共交通機関を利用する時や
ご年配のお方に、突然
「タクシーまで、荷物運ぶの手伝って」
そう頼まれたり
幼少期から、未だよくある事でいうと
小さいお子さんに
何故か、よく声をかけてもらえる時
SOSを出してくれる時
そういう時に
出来ることを、積み重ねながら
生きているのみだ
ただひとつ
真剣に思うことがある
その、ささやかでも
ひとつひとつの行動が
後に、誰かの良いきっかけや
想いに繋がることは
きっと、これまでも今も
あるのだろうと
その、小さな積み重ねが
やがて、大きな何かを生みだすことも
きっとあるだろうと
〜大好きな虹のように
人生をカラフルに彩っていく〜
彼女は
全ての人生経験を
今と今後に活かしたい想いを
今後の活動で
実践していきたいと願っている
それは
オレンジリボン運動
&
パープルリボン運動
&
ピンクリボン運動
&
全国の
児童養護施設を回って
「生まれてきてくれて
ありがとう」を伝えることだ
彼と彼女は
全ての人生経験を
昇華する事を
「人生、これから」との気持ちで
前へ進む決意をしている
それぞれの持病や
現実と向き合いつつ
出来ることに取り組んでいること
それが、やがて
大きな何かや
日本社会に貢献出来る事へと
繋がることを信じて🌈
※お読みいただきまして
ありがとうございました♡