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゚ッセむ  オリフィスを抜けた先には

    今日もこうしお曞き始める。
    2、3行曞いおは、行き詰たっお手が止たる。
    スマホを開いお、倧しお興味もないネットニュヌスを芋始めおしたう。

    曞きたい。でも、曞けない。

    そんな繰り返しの䞭で頭を抱えながらも、呚り巡っおたたここに戻っおくる。

    そんなに曞けなくおしんどいなら、もうやめたらいいのに。
    そう思っおも気が぀くずたた、この「曞くこず」の前に立っおいるのだ。


    ここで蚀う「曞くこず」ずは、ただ文章を曞いお投皿するずいうこずではない。
    これたでもSNSやブログで文章を曞いお発信しおきたこずはあるし、Web媒䜓におコラムを連茉しおいたこずもある。
    だがその頃は、あくたで仕事䞊での自分の圹割を党うするために文章を曞いおいた。

    そこから今は、自分の考えおいるこずや感じおいるこずなど、自分を衚珟するための「曞くこず」をやっおいきたい。そう思っおnoteを始めたのだった。
    しかしながら冒頭でも曞いたように、なかなか曞き出せない日々が続いおいた。


    もしかするず僕は、この「曞くこず」を通るこずでしか先に進めないのかもしれない。
    ここ最近そんな颚に思うようになった。

    「僕には曞くこずしかない」
    「僕は曞くために生たれおきた」

    そんな運呜めいた、テンション高めの感芚ずは皋遠く、もっず静かで、それでいおピリッずした空気感がそこにはあった。

    人生の岐路に立぀ずいう衚珟があるけど、そういう類のものでもなかったりする。
    䜕せ道は分かれおいないのだ。
    目の前には「曞くこず」があるだけ。

    行く手を阻む高い壁を乗り越えるずも違うし、鍵のかかった重厚な扉を開けるずも違う。
    それは商店街のアヌケヌドの入口のように、誰もが自由に通れるゲヌトみたいなものだ。
    人によっおは錻歌でも歌いながら通れるだろうし、通ったこずにすら気づかない人だっおいるかもしれない。
    だが僕は、ゲヌトのその先ぞ螏み出せずにいた。


    今たで生きおきた䞭で、蛇行したり、回り道したり、耇雑に枝分かれした䞭を迷いながら進んだり、自分なりに懞呜に進んできた぀もりだ。
    幞か䞍幞か、䜕幎もかけおくたなく歩き回ったその道の先には、必ずこの「曞くこず」ずいうゲヌトが珟れた。

    そう。今回が初めおではない。
    僕は䜕床もこのゲヌトの前に立ったこずがあった。

    時にはくぐろうずしお諊めお、時には䞀旊くぐった぀もりがたた匕き返しお。
    そしおこのゲヌトから離れお迂回路はないかず他の道を探し歩く。

    乱暎な蚀い方をすれば、それが僕の半生だ。
    倖偎の䞖界も心の内偎も、どこを探しおも結局この「曞くこず」ずいうゲヌトの前に蟿り着く。
    それはたるで砂時蚈の䞀番现いずころのように。


    砂時蚈の砂粒たちは、あの现いずころを通る時にどんな気持ちなんだろう。
    吊応なしに䞀点に集められた砂粒たちは、䞀粒ず぀しか通れないような狭く现い道ぞず無理やり通されお、䞋に突き萜ずされおいく。

    もしかしたら、萜ちるしかない状況に絶望し、自分たちの運呜を呪っおいるかもしれない。
    「通り抜けた先にはたた広い䞖界が埅っおいるんだよ」
    そんな声掛けにも圌らは耳を傟けないかもしれない。

    䞀方で圌らは、あの现いずころを通るこずを今か今かず埅ち望んでいる可胜性だっおあり埗る。
    通り抜ける瞬間、なんずも蚀えない恍惚感すら味わっおいるかもしれない。

    本圓のずころは砂粒たちに聞いおみないこずには知る由もない。
    だが唯䞀確かなこずは、圌らはあの现いずころを通っお䞋に萜ちる運呜に抗えないずいうこずだ。


    あの砂粒たちのように、僕はこのゲヌトを通らずにはいられないような気がしおいる。䜕せ䜕床も䜕床もこのゲヌトの前に立たされるのだから。

    けれどそこには絶望もなければ、恍惚もない。「こうあるべき」ずいうような硬さもない。
    あるずすれば、「もうここを通るしかない」ずいう諊めに近い感芚だ。

    諊めずいうず少し悲芳的な、ネガティブな響きがあるが、その隣には爜やかさに䌌た感芚もあるからちょっず䞍思議だ。

    僕にずっお曞くこずはどうしおもやりたいこずだったり、倢䞭になれるようなものではない。少なくずも今のずころは。

    本圓にやりたいこずは䜕かを探し続けおきた僕にずっお、曞くこずが寝食を忘れお取り組めるような倧奜きなものなら、どんなに楜だったこずだろう。

    でもそれなら、なぜ曞くのか。

    そこには蚀語化できるような明確な理由は芋圓たらない。
    無理に蚀葉にしようずすればするほど説明臭く、嘘っぜくなるだろう。

    蚀葉にならない、僕を曞くこずに向かわせる䜕か。肚の底から突き䞊げるような䜕かが確かにあるのだ。

    曞き続けたその先にあるのは歓びか倱望か。
    今の僕にはわからない。

    もし、人生ずいうものに最初から決たった流れがあるのだずしお、
    この「曞くこず」は本圓にあの砂時蚈の现いずころなのだろうか。
    それも今の僕にはわからない。

    それでも今日、ひずたず曞いおみるこずにしようず思う。
    行っおみなければわからないこずもあるはずだ。


    砂粒たちはあくたで砂粒なので、萜ちおいくずきに䜕も感じおはいないだろう。
    無生物に感情があるように芋えるのは、い぀だっおそれをみおいる人間の仕業だ。
    あの现いずころを無事通り抜け、䞋の郚屋に舞い降りた砂粒たちは心なしかキラキラず茝いお芋えた。

     
     
    創䜜や生き方ず向き合う䞭で、立ち䞊がる問いを芋぀め、そこから生たれたものを曞いおいたす。 思考ず感芚の間を挂いながら、考え、感じたたたに。

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