
学校に行かない息子と、旅にでた
いつも乗っている地下鉄を見て、息子が「終着駅に行ってみたい」と言った。観光地でもなく、目的の施設があるわけでもない。私と息子の、ただ電車に乗る、それだけの旅が始まった。
私は、新卒で航空会社に入社し、客室乗務員(CA)になった。学生の頃から旅が好きで、国内のあちこちを巡っていたが、「移動時間に仕事をしてしまうCAって最強」という理由でCAになり、旅好きに拍車がかかった。

CAを辞めて子どもが生まれ、今度は「子連れ旅」を楽しむステージへーーー。
と、すんなりはいかなかった。息子は学校という環境が苦手で、「選択的登校」(いわゆる不登校)となった。
完全な不登校ではなく、週に1〜2時間は登校するスタイル。学校に行くかどうかは、天気や時間割、その日の気分で決める。今日は欠席となると、一日をどう過ごすかを考えなくてはいけなかった。
放課後ならいざ知らず、平日の日中に学校に行かない子どもの受け入れ先はそう多くない。本来学校にいるべき時間に、外を歩いていると「今日、学校はどうしたの?」なんて声をかけられる。
子どもは昼間は学校に行っているのが当たり前。外で遊んでいるのは「異常」という世間の常識が立ちはだかる。子どもを学校に行かせない私が、「ダメ親」の烙印を押され、社会から責められているように感じた。
しかし、学校に行くときの子どものこわばった顔や、疲弊して帰ってくる様子をみて、子どもにとって居心地がよい場所ではないことは本能的にわかった。だが、それを説明して理解してもらうのは難しい。親には子どもを学校に行かせる義務がある。
さまざまな葛藤の中で、外の視線を気にして家の中で過ごすようになる。子どもと2人で狭い空間にいると、学校に行っていないことの焦りや、どうして良いかわからない混乱、そして自分の時間が持てない不満から、私の精神状態がおかしくなりそうになった。
何より、陽の光を浴びずに家の中に閉じこもっているのは、親子の心身にとって不健康そのもの。
そこで、苦肉の策として始めたのが、冒頭の「あてもなく、ただ乗り物に乗って時間を過ごすこと」だった。
観光地を目指すわけでもなく「ただ電車に乗ってみる」。そんな、旅とも呼べないような「移動」が、私たち親子の日常のベースになった。
なにせ時間はたっぷりとある。毎日学校に行くことをやめたかわりに、私と息子は自由な時間を手に入れた。
初めは、いつも利用する電車の終着駅を目指す旅だった。家の中にいた時に感じていた閉塞感が、車窓の景色と一緒にどんどん流れていく。いつもと違う街に降り立ち空気を吸うだけで、ノイズがすーっとなくなっていった。
不思議な感覚だった。
電車に乗って同じゴールを目指すだけで、家の中では対立しがちな親子関係が、「同士」へと変化する。移動の時間は、私たちにそんなマジックをかけてくれた。

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家を起点に、日帰りで往復できる駅まで、手当たり次第に出かけた。「JR宇都宮駅」に「餃子像」があることを知り一生懸命に探したが、あまりのあっけなさに拍子抜けしたこともある。東京メトロ南北線の終着駅「浦和美園駅」にもよく行った。唐揚げ屋さんで昼ご飯を食べて、誰もいない公園で遊んで帰ってきた。
息子が「東海道線の終着駅に行きたい」と言い出した。
東海道線。
JR東日本は東京駅から熱海駅まで。しかし、その先にJR東海の熱海駅から米原駅まで、さらに米原駅からJR西日本が続く。
ふと、「青春18きっぷ」が頭に浮かんだ。「青春18きっぷ」は日本全国のJR線の普通・快速列車が5日間乗り放題になる。青春という名前がついているように、時間を気にせず思考を巡らすために若者が使う切符というイメージを持っていた。
私は「青春18きっぷ」を使って旅をしたことはない。CAをやっていたので、東京ー大阪間でもタダ同然で飛行機に乗ることができたし、18歳とは程遠い年齢になっていたので、自分が使う選択肢にはなかった。
しかし、その時の私にはプライドも見栄もなかった。有り余る息子との時間をどうやって有意義に過ごすかが一番大切だった。しかもコストはあまりかけたくない。
息子が小学3年生の春休み、「青春18きっぷ」を使った旅に出た。ちょうど桜が開花する季節と重なった。線路脇には桜の木が植えられ、お決まりのように、下には菜の花が咲いていた。
ゴトン、ゴトン。桜のアーチをくぐるように電車はゆっくりと進む。
各駅停車にわざわざ乗る人は少ない。熱海、浜松、名古屋という都市に近くなると、どやどやと人が乗り込んでくるが、そこを過ぎるとちらほらと人がいるだけの空間になる。息子と同い年くらいの少年の、日に焼けたたくましい表情を眺めた。
少しずつ、自分の価値観が変わった。早い方がよい、効率よく。乗り物なら飛行機や新幹線。便利な乗り物に乗れるように稼ぐ。もっともっと。何の疑いもなく、そう生きてきた。
ところが、各駅停車の旅で見えたのは、地に足がついた平和な世界だった。飛行機や新幹線に乗っていたら、決して知ることはできない、のどかな景色や人々の営み。私の中の旅の捉え方がガラリと変わった。飛行機に乗って、大都市の4つ星ホテルに泊まり、美味しい食事をして、観光施設を巡るのだけが旅ではない。
ゴトン、ゴトン。
スローな時の流れに身を任せるうちに、私の表情が緩んでくる。隣の息子も楽しそうだ。どこの学校に行ってとか、勉強ができてとか、どうでもいい。息子が笑顔でいること。そのためには、私が楽しむことだ。

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当時、「青春18きっぷ」は5枚綴りで、5日間乗車できた。息子と私は品川駅から乗車して、5日間かけて博多駅に辿りついた。
初めて見た琵琶湖の大きさに、目をまん丸くして驚く息子。満開の桜と姫路城、広島の平和記念公園など、名所の記憶もあるが、優しい空気につつまれ、息子と一緒に過ごすことが幸せだった。
「青春18きっぷ」の利用期間は春・夏・冬と、年3回ある。味をしめた私は、息子が小学4年生の夏休みに東北を一周する旅、そして春休みに九州を一周する旅に出た。
時刻表を駆使してルートやランチタイム、トイレタイムを細かくプランニング。5日間ともなると洗濯をする必要もあるから、洗濯機が備え付けられたホテルを選ぶ。ギシギシのスケジュールを組むのではなく、何もせずにのんびりする時間も必要。ちょっとしたグルメや2人の好きなことも適度に計画に散りばめたい。最低限の荷物にまとめる術も身についた。
「青春18きっぷ」の旅をこなすことで、2人に移動旅のノウハウが備わった。旅の計画をするのも、荷物を持って旅を主導するのも私だったが、小学校高学年になった息子は、旅のお供として頼もしい存在になっていた。

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日本中を鉄道で巡った後、ヨーロッパの加盟国で鉄道が乗り放題になる「ユーレイルパス」があることを知る。「青春18きっぷ」の欧州版だ。
家族で海外旅行に行ったことはあったが、海外の鉄道で数カ国を巡る旅はしたことはない。電車に乗っている間は、それ自体にエンタメ性があるので、親があれこれしなくてもよいから楽だ。中学生になった息子の夏休みをどう過ごすか考えていた時だったので、ぱーっと視界が開けた気がした。
「ヨーロッパで鉄道が乗り放題になるきっぷがあるけど、いく?」
「いく」
決まりだ。
羽田からヘルシンキに入る便と、ロンドンから羽田に帰る便で安い航空券を購入した。ヘルシンキを起点にロンドンに到着するように、鉄道をプランニングしよう!
国内の鉄道には分厚い時刻表があるが、欧州の鉄道の時刻表が手に入らなかった。時刻表の行間を読みながら、予定を組んでいた私にとって、2点間の移動を調べるデジタルの時刻表は使いにくかった。それでも、息子とヨーロッパの国々の景色を見たい一心で、白地図にルートを書き込んだり、Excelシートにタイムテーブルを作ったりして、大まかなプランを作成した(これが本当に大変だった…)。
8/15ヘルシンキin、8/30ロンドンout(羽田到着は翌8/31)
2週間かけて、11カ国を巡る旅だ。

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出発の日。2週間も海外の鉄道の旅に出るというのに、おどろくほどリラックスしていた。「青春18きっぷ」の旅との違いは、パスポートがあるかないか程度。いつもの旅の延長という気分だった。
「ユーレイルパス」はスマホアプリ「Rail Planner」でチケットを管理したり電車の予約をしたりする。「青春18きっぷ」の旅では、私がスケジュール表を作成してプリントアウトしていたが、スマホで何でもできるようになっていたので、スケジュールも紙ではなくアプリで共有するようになっていた。
ヘルシンキに到着。
ホテルにチェックインをして、それぞれが自由に過ごす。息子はPCで何かをしたいようだった。小学生の時は、旅先で息子を一人で部屋に残すのは心配だったので、トイレや男女別の温泉以外は行動を共にしていた。しかし、中学生になると、一人でホテルに置いておいても大丈夫になっていた。
たとえ30分〜1時間でも、自由に街を散策できるのは嬉しかった。息子とは絶対に行かないような、北欧雑貨の店を見て回った。ぱんぱんに詰まったリュックに入れるスペースはなかったので、かわいい小物を買うのはあきらめたが。
当然だが、「青春18きっぷ」の旅より難易度はあがっていた。列車が遅れることもあれば、迂回ルートを説明するアナウンスがドイツ語で全く聞き取れないこともあった。デンマークのコペンハーゲンでは、私が発熱でダウンしてしまった。
今まで息子との旅で、私が体調を崩してはいけないと万全の注意を払ってきたのに、初めてのことだった。あろうことか、自分の常備薬を持ってくるのを忘れていた。息子の薬ばかり気にして、自分ごとが後回しになっていた。育児をしている母親のあるあるが海外で出てしまった。
海外で体調をくずすのは辛い。旅がはじまったばかりのタイミングで、この後のスケジュールが重くのしかかる。何も食べたくなかった。高熱で話すこともできない母親を見ながら、息子は日本から非常用に持ってきたカップラーメンをすすっていた。
息子の背中を見ながら、涙がにじんできた。コペンハーゲン市内から空港までは近い。旅をやめて、このまま日本に帰りたい…心が折れそうだった。
ウトウトしていた私の頭にひんやりとしたものがのった。息子がホテルのスタッフに頼んで、氷を持ってきてもらい、タオルを冷やして頭にのせてくれたようだ。一人でそんなことができるようになったのか。
気持ちいい…目を閉じて、なぜこの旅にきたのか思い出した。
息子と欧州を電車で旅する。一緒にいろいろな国の景色をみたい。そう決めたのは私だ。息子が行きたいと言ったわけではない。私が決めたことだ。それが、ちょっと熱を出したから日本に帰ろうだなんて情けない。ちゃんと最後までやり切ろう。発熱したのは仕方ないから、立て直そう。息子の前で凜とした大人でいたい。
日本に帰らない。最後まで息子と旅を続ける!そう腹をくくった。
翌朝、熱は下がっていた。しかし、無理はせずに、チェックアウトまでホテルでゆっくり過ごし、これからの予定を組み直した。ギチギチに予定を組まず、移動するだけの余裕をもったスケジュールだったのが幸いした。
息子と旅に出ていると、険悪なムードになる時はある。出発前の疲れを引きずっていたり、慣れない土地の不安やストレスから、相手の些細な言動で、気持ちが逆撫でされる。家にいたら大喧嘩になるところだろうが、旅先だと仲違いしている余裕はない。チームメイトなので、互いに歩み寄らないといけないので、一歩引いて柔軟な対応をとれる。
海外だとなおさらだ。気候、言葉、食事。全てが違う状況下で、唯一の仲間とケンカをしてエネルギーを消耗するのは得策でないとわかっている。互いをいたわり、よりよい状況になろうとする努力がうまれる。
コペンハーゲンがまさにそうだった。息子が、体調が悪い人を気づかい思いやる人間に成長している姿を知ることができた。家では甘えん坊で、我が儘全開なのに、ちゃんと成長しているじゃないか。
その後の旅は、大きなトラブルもなく、無事に最終地のロンドンに到着した。そして私たちは、ロンドン・ヒースロー空港から日本に向かう飛行機の搭乗を待っていた。
「また来たいね」
息子の明るい声を聞きながら、内心では「これが息子との最後の旅かもしれない…」と思っていた。国内の鉄道の旅、欧州の鉄道の旅を終え、私には次の旅が描けなかった。中学生になった息子は、友だちと出かけるようにもなった。思春期の男の子だ。突然、母親に背を向ける日がきてもおかしくない。今回の旅だって、最後まで旅をできたのはラッキーだと思っている。
数日間の家族旅行はあるかもしれないけど、長期間、息子と2人で行く旅は、もうない気がした。
なんとなく。

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息子は中学2年生になった。
小学生の頃はほとんど毎日家にいて、ずっと話していたのに、中学生になると会話がなくなった。息子との距離感に戸惑いを感じていた頃、ANAのニュースが目に入った。
2025年6月23日をもちまして、スターアライアンス世界一周特典航空券の新規発券を終了します
ANAは、獲得したマイレージで世界一周航空券を予約することができていたが、6月23日以降はできなくなるという。欧州鉄道の旅が終わり、鉄道の旅はもうない、2人の旅は最後と思っていたが、一つだけ、いつか飛行機の「ビジネスクラス」を体験させてやりたいと考えていた。
飛行機にはエコノミークラスとビジネスクラスとファーストクラスがあり、それぞれのクラスでどのようなサービスを受けて、到着までの時間を過ごしているか知っていた。
家族旅行はエコノミークラスしか乗っていないので、息子の中で飛行機と言えばエコノミークラス。しかし、同じニューヨーク行きの飛行機でも、航空券が10倍もする空間を購入して、過ごす人がいる世界を見せたいと思っていた。
世界一周というキーワードも魅力的だった。日本一周、欧州一周をクリアしたその次のステージに世界一周があったのだ。
急いでANAのマイレージを調べてみると、一人分ならビジネスクラスの世界一周航空券と交換できるマイルがたまっていた。息子に聞いてみた。
「ビジネスクラスで世界一周ができるみたいだけど、いきたい?」
「いく」
もう、母親と旅行なんてしてくれないと思っていたので、興味を持ってくれただけで、気持ちが高鳴った。例えビジネスクラスにひかれたとしても、また2人で旅ができそうなことにエネルギーが湧いてきた。ただし、2人で行くなら、息子の航空券は購入しないといけない。
有償のビジネスクラス世界一周航空券は、70万円(税金や料金別)。
決して安くはないが、迷わなかった。今しかない。貯金をかき集めてでも、一緒に行きたい。だって、今度こそ最後の旅になるかもしれないから。

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無事に2人の世界一周航空券を発券したのは、世界一周特典航空券の新規発券を終了する10日前だった。
出発は息子の春休み。発券した6月から半年以上先なので、その間に息子が心変わりをして、「行かない」となるかもしれない。それはその時で、仕方がない。ホテルを予約するタイミングでそれとなく息子の意思を確かめたが、心変わりはないようだ。
そして、3月21日。出発の日がきた。
羽田からニューヨークに入り、東回りでヨーロッパに滞在して、ドイツのフランクフルトから羽田に戻る、文字通り「世界一周の旅」。
初めてのビジネスクラスは、今までの大きなリュックを背負った旅とはちょっと違ってくる。ビジネスクラスにふさわしい、周囲のお客さまに不快に思われない服装にした。
全日空、ニューヨーク行き。
ニューヨーク線は日系航空会社が力を入れる路線。ANAのビジネスクラスは「THE Room」というプライベート空間を大切にした仕様が売りだ。同じビジネスクラスでも路線によって、座席や雰囲気に雲泥の差がある。
世界一周旅行を「THE Room」でスタートできることにガッツポーズだったが、マイレージで予約できる席が限られているとかで、私だけエコノミークラスにダウングレードとなった。そして、ニューヨークのホテルの部屋で水漏れが起きた。さらに、ニューヨークにある3つの空港のうち2つでトラブルが起きた…と、優雅なビジネスクラスの旅とは程遠いスタートとなった。
息子との旅は、観光スポットをあれこれ回らず、部屋でのんびりするスタイルだった。それは、小学校に行かず、目的もなく電車で移動するのが、2人の旅の基礎を作っていたからかもしれない。
2人とも、スケジュールを詰め込み過ぎると疲れてしまう。そもそも息子は、観光名所や美術館に興味を示さない。それより、午前中は互いのペースで部屋で過ごして、午後は気ままに街を散策する程度が心地よいという「旅のパターン」ができあがっていた。
そんなゆとりがあるスケジュールが、ニューヨークのトラブル発生時に有効に働いた。
部屋が浸水しても、空港トラブルが起きても、私たちの計画になんの影響もなかった。いろいろと計画していたら、さぞかし落胆しただろうが、そもそも期待がないので落ち込むこともない。水漏れ修理というイベントを目を輝かせながら観察できた。
ニューヨークから、次の目的地、スイスのチューリッヒに飛んだ。
チューリッヒを選んだのは、ビジネスクラスで2席予約できる便がチューリッヒ行きだったからだ。物価が高いチューリッヒは、市内に泊まらず、中世の面影が残る村に滞在した。ニューヨークの緊張感から解きほぐされ、平和な空気に包まれた。
丘の上にあるホテルから、牛たちが草を食むのどかな光景を眺めた。相変わらずノープランなので、牛でも見に行こうと息子を誘ったが、部屋でPCをやりたいらしい。中学生となり滞在先でも別行動をすることが多くなった。
そして、ポルトガルのリスボン。
ここで、息子とケンカをした。ニューヨーク、チューリッヒとは違う、リスボンの穏やかで開放的な空気。世界一周旅行の緊張が、ちょっと緩んだタイミングだったかもしれない。息子の些細な一言に異常に私が反応してしまった。息子に対して「理解してよ」という、今までになかった甘えのような気持ちが芽生えていることに驚き、その感情をどう扱ってよいかわからなかった。
ホテル近くの、とびっきり美味しいシーフードレストランで、2人は無言のまま食事をした。
体がコンクリートで固まっているようだった。味覚もない。せっかく、2人で旅をしているのに、どうしてこんな雰囲気になるのか…見上げたリスボンの空がせつないほど綺麗だった。
リスボンでケンカをした翌朝、息子が先に頭を下げてきた。駄々をこねる息子をあやすのが私の役割だっただけに、大人の対応ができる息子に「負けた」と、どこか悔しい気持ちになった。
そして、リスボンから2人の間の空気が変わった。
情報収集から、予約、支払いまでスマホのアプリで完結するのが旅のスタイルになる中、息子の方が何をするのも私より早かった。これまでは、旅の計画をして行動を決めるのは私で息子はついてくる立場だったが、2人のポジショニングが入れ替わった。
息子がリスボンで行きたい場所を見つけ、アクセスを調べ、私に教える。息子の後をついて、指示に従う立場になった。逆転の立場は快適だった。私が行かないような場所に連れて行ってくれる旅は新鮮だった。

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そして、2人はノルウェーのオスロに向かう。
ここでも息子が主体となり、気ままにオスロ滞在を楽しんだ。オスロに滞在したのは、次の目的地に行くためでもあった。今回の世界一周旅行のハイライトとも言える場所。それが、ノルウェー領で北極圏にある「スヴァールバル諸島」だった。
スヴァールバル諸島の名前を初めて聞く方も多いと思う。実は私も聞いたことがなかった。きっかけは息子だった。
6月に世界一周旅行のスケジュールをたてていた。いつものように地図を見たり、インターネットで情報を調べてうんうん悩みながら一人でプランニングをしていた私に息子が言った。
「お母さん、僕行きたいところがある」
息子からリクエストされたのが「スヴァールバル諸島」だった。ん?スヴァールバル諸島??どこそれ。CAとして世界中を旅していた私のデータにない地名。調べてみるとオスロから定期便が運航しているらしい。そしてスヴァールバル空港は、定期便が運航する世界最北の空港だという。
「北極圏にある島で、世界中の種子を保存する貯蔵庫がある。それを見たいんだ」
ネットで見せてくれたのは「スヴァールバル世界種子貯蔵庫(Svalbard Global Seed Vault)」という、エッジが効いた美しい建物。現代版「ノアの箱舟」と称されているらしい。息子がどうしてそんな場所を知っているかわからなかった。訪問する3月はマイナス13度という極寒の環境に一瞬ひるんだが、「OK。行こう」と頷いた。
旅とも言えぬ電車移動から始まり、数々の旅を息子としてきた。その全ては私が計画をしてきた。それが、初めて息子から「行きたい場所がある」とリクエストされた。定期便が運航しているなら、行かない理由はない。
スヴァールバル世界種子貯蔵庫。
観光施設ではないので、中に入ることはできない。外観を見るだけだ。そのために、はるばる北極圏に行くなんて、常軌を逸しているかもしれない。でも、私は迷わなかった。2人で、息子が行きたい場所に旅をする。
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オスロを飛び立った飛行機は、北極圏に入り、眼下には真っ白な氷河が広がっていた。天気は快晴。ご褒美のような濃いブルーの空の中、着陸にそなえて、ゆっくりと機体は高度を下げた。
これまで、世界各地の空港への着陸を経験したが、スヴァールバル空港へのアプローチは、いままで見たこともないような白亜の世界だった。青い空と白い氷。生物の気配が全くない世界。時が止まったような静けさ。まるで、夢の世界を漂っているようだ。
ドン!エンジンの逆噴射の音で、無事にランディングしたことを知った。タラップを降り、マイナス13度の世界に立ったが、不思議と寒さは感じなかった。トラブルもなく2人で無事にスヴァールバルに降り立った喜びが体を熱くしていた。

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氷河の中に佇むスヴァールバル世界種子貯蔵庫は、どこか怪しい雰囲気を漂わせていた。
外観を見るためだけに、滞在中に2回訪れた。世界一周旅行の目的でもあった場所を訪れて、確かに「感動した」と言えなくもないが、他の場所を訪れた時と同じ「旅の1シーン」とも言えた。
ここに来ることをリクエストした息子の反応も、サラッとしたものだった。
来たことの達成感はあるが、それ以上でもそれ以下でもない。ことさら感動シーンを求めたり、演出したいとも思わなかった。そんなものだ。それでも、スヴァールバル世界種子貯蔵庫は、息子とのこれまでの旅の中で、特別な意味を持つ場所になったのは確かだ。

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無事に世界一周旅行から帰国して、日常の生活が戻ってきた。
思春期の男の子だ。こちらからあれこれ聞かないようにしているので、世界一周旅行の話題が出ることはない。息子が「行ってみたい」と思った場所があり、2人で行くことができた。
それで十分だ…
と、簡単には割り切れない。できることなら、ずっとずっと一緒に旅をしていたい。情けないくらい、キラキラした2人の時間に執着してしまう。
でも、目の前にいるのは、電車の窓を眺めながら鼻歌を歌っている少年ではない。息子の背丈は私を超えた。
そういう私は、2人分の荷物を持って、果敢に旅をする体力も気力もなくなってきている。それが現実だ。
行きたい場所を見つけることができるようになった彼は、どんどん自分自身で旅にでるだろう。
それぞれが違う方向を向くようになったけど、たまには「旅」をきっかけに目線を合わせることが出来れば良しとしよう。
なんとなく生きてきた私が、息子のために一生懸命になれる時間があった。それは確かだ。「旅」があって良かった。
私は私で、自分のペースで気ままな旅にでようか…