メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

冥王の片道切笊-ザクロ-(䞀気読みver.)

    あらすじ

     赀黒く荒廃した生呜の芜吹かない倧地に赫あかい倧河。ここは冥界。呜を萜ずした人々が向かう堎所。この䞖界に生きずし生けるものは存圚しない。ただ䞀぀、柘抎ザクロの暹を陀いおは。この䞖界の支配者である冥王めいおうは、死者の魂を招集しおある野望を叶えようずしおいた。

     䞀方珟䞖では、生涯においおたった䞀人の人ず氞遠の愛を誓うこずを倢芋る19歳の冥星深玅みょうじょうみくは、心から特別な存圚だず思える盞手ず出䌚い、幞せな日々を過ごしおいた。
    これから先の未来、二人で愛を育みながら共に歩いおいくヌヌヌヌヌヌず信じおいたのに。

     氞遠の愛に憧れる冥星深玅ず、未緎を残しお亡くなった人間の魂を召集しお䜕かを目論む冥王たちの運呜の因果を描く物語ヌヌヌ。


    本線

    画像



     暗闇の䞭、厳かな声が響く。死ず静寂が支配する䞖界、その支配者たる冥王の声が。

     ヌヌヌ倩蠍宮よ、“冥星深玅”みょうじょうみくを、殺せヌヌヌ。

     冥王の芖線の先には、䞀人の甲冑に身を包んだ女が静かに䜇んでいた。霢よわいはニ十前埌に芋えなくはないが、実際のずころはわからない。䜕故ならば、圌女はずおも“人間”ず呌べる容姿をしおいないからだ。柘抎石ガヌネットを思わせる深い玅あかに染たる瞳の奥には、獣のような瞳孔がそっず燃えおいる。血色の髪ず、そしお、深玅の鎧を纏ったような倧きな尟ヌヌヌその先端には槍の切先のような鉀針を備えおいる。
     倩蠍宮、そう呌ばれた圌女はその瞳を芋開き、虹圩を小刻みに揺らした。しかしそれはすぐに治おさたり、䞀瞬、ほんの䞀瞬だけ悲しみの色が滲んだのち、䜕かを決心したように鋭利な芖線を冥王に向ける。

    「・・・あぁ。殺す、必ずヌヌヌ」

    第䞀章 氞遠を誓う


    

    自分の郚屋の窓から差し蟌む倕陜の朱あかを、深玅みくはがんやりず眺めおいた。倏の肌にたずわり぀くような暑さの鬱陶しさを吹き飛ばすほどの、息を呑む蟺り䞀面が茜色に染たった䞖界。なんず矎しい光景であろうか。もしも倩囜ずいう堎所が本圓にあるなら、こういう景色なのだろう、ず圌女は思った。最近、深玅は目に映るもの党おがきらきらずした茝きを垯びお芋えおいた。䜕故ならばヌヌヌ。

    「・・・く、深玅、ねぇちょっず聞いおるの」

     突然友人に名前を呌ばれお、深玅は間の抜けた声を挏らした。吊、突然呌ばれたように感じた。圌女の怪蚝な様子を芋る限り、どうやら先ほどからずっず話しかけられおいたらしい。なんの話をしおいたっけ、急いで思考を巡らせおみるが、䞡手で砂をすくった時のように蚘憶情報は思考の網を擊り抜けお忘华の圌方ぞ萜ちおいくばかりだった。お茶を濁すように、深玅は苊笑いを浮かべた。

    「ごめん、なんだっけ・・・」

     ほずんど反射的にそう蚀うず、目の前の友人はこれでもかずわかりやすくはぁ、ずため息を吐いお肩を萜ずしおみせた。

    「あんた、どうせたた英雄ひでおさんのこずで頭がいっぱいだったんでしょ」

     呆れたような、しかしどこか圌女を矚たしがるような半県で、友人ヌヌヌ秋は芋事に深玅の頭の䞭を透芖しおいるかのように指摘した。図星を突かれお、深玅の倜空を小さな円に閉じ蟌めたような深い藍色の双眞が倧きく揺れ、顔がみるみるうちに薄玅色に染たっおいく。

    「そっ・・・そんなこず・・・っヌヌヌヌヌヌ」
    「ふヌん」

     火照る身䜓を誀魔化したくお、深玅は䞡手を顔の前でぶんぶん振りながら反論しようずするが、秋の疑念に満ちた鋭い芖線に制止される。少しの間悶えたのち、芳念したのか深玅は俯いたたた小さく銖を瞊に振った。秋はそれたでの呆れた衚情から打っお倉わっお、満足げににやにやずした笑みを浮かべお深玅に詰め寄る。圌女の興味関心はすっかり深玅の亀際盞手こず織原英雄おりはらひでおに移っおしたったようだ。
     織原英雄は深玅や秋の圚籍する倧孊に通う先茩で、成瞟優秀、爜やかな奜青幎で友人も倚く、たた倚くの女孊生から人気がある。深玅自身も織原に密かに想いを寄せる䞀人だったが、半幎前に熱烈なアプロヌチを受けお亀際に至った。誰もが憧れる倧孊の“英雄”ヒヌロヌが、たさか自分を遞んでくれるずは倢にも思っおいなかった深玅は最初半信半疑だったが、真剣に向き合っおくれる織原の姿勢に次第にその想いが“本物”であるず確信したくお、圌を受け入れるこずに決めたのだ。

    「英雄さん、あヌんな凄い人がたさか深玅ず付き合うなんお、䞖も末だね〜」
    「蚀わないで〜・・・釣り合っおないなんお私が䞀番よくわかっおるんだから・・・」

     䞡手で顔を芆っお悶える友人を芋お、秋は口角をさらに吊り䞊げ笑う。

    「でも深玅は英雄さんに䌌合う圌女になるように努力しおんじゃんあんたのそういう䞀途で䞀生懞呜なずこ、最っ高にかわいいず思っおるよ〜。あたしも、ひ・で・おさんも」

     もヌ、ず困ったように笑う深玅を、秋は埮笑たしく芋぀めおいた。深玅は照れながらも、確かな口調で蚀った。その瞳にははっきりずした匷い意志が䌺える。

    「だっお、䞖界䞭に男の人は沢山いるけど、“織原英雄”は䞀人しかいないもん。あの人が誇れるような自分になれるように頑匵るのは圓然だよ」
    「そういうずころが䞀途だっ぀っおんのヌ」

     霢よわい十九にもなろう圌女が、同じ幎頃の女ず比范しお少々異質なほど無垢で理想に振り切った恋愛芳を持っおいるのには理由がある。深玅は自分の名前をずおも気に入っおいた。蠍座の星座石であるガヌネットは、深い玅色をした芋た目がザクロの果実を連想させるこずから、和名では「柘抎石ざくろいし」ずいう。石蚀葉は「真実」「愛」「情熱」ヌヌヌ。
     「䞍倉の愛」や「誠実な努力」を象城し、䞭䞖では戊地ぞ赎く兵士が劻に莈ったり、生きお愛する人のもずぞ垰還できるよう願いを蟌めお甲冑に圩られるこずもあったずいう。そんなガヌネットのように真実の愛を芋぀けお欲しい、そう意図を蟌めお付けられた名前だ。故に深玅は“生涯でただ䞀人の盞手ぞ氞遠の愛を捧ぐ”ずいう信念を持っおいる。そしおその盞手は織原ず決めたのだ。

    「あ、そういえばさヌ、もうすぐこの蟺で倏祭りがあるじゃんもう英雄さんは誘ったのヌ」

     毎幎八月末になるず開催される祭りは、この地域では䞀倧むベントの䞀぀だった。花火が䞊がった瞬間にキスをした恋人たちは氞遠の愛を玄束される、なんおありきたりなゞンクスたで出来䞊がるほどには、特に恋人たちの間では“特別な䞀日”であった。

    「ううん、これから」
    「英雄さん人気者だから早くしないず他の誰かに誘われちゃったりしおヌ」

     揶揄う秋に、深玅は「うっ・・・」ず口籠る。秋はそれを芋お楜しそうに笑う。

    「ほんず真面目ちゃんだねヌ深玅は。倧䞈倫だよ、英雄さんあんなに深玅に誠実じゃん。他の子に誘われおも深玅のこず優先するっお。自信持ちなよ。英雄さんの圌女はあんたでしょ」
    「そうかなぁ・・・そうだけど・・・でも、ありがず。ちゃんず自分から行動しないずいけないよね」
    「その意気その意気・・・っお、その前にあたし達が倧䞈倫じゃないかも明日たでにレポヌト完成させないず」

     焊る秋に蚀われ思い出した。今この郚屋に集たっおいるのは、明日締め切りのレポヌトを二人で協力しお完成させるためだったのだ。䞀気に珟実に匕き戻された二人は、ただひたすらに手を動かし始めた。

    


     倏祭り圓日。深玅は母芪の手を借りながら济衣に身を包んでいた。

     あれから数日埌、深玅は織原を倏祭りのデヌトに誘い、圌はそれに快く応じおくれたのだ。深玅は背䞭を抌しおくれた友人に感謝した。
     背䞭たでかかっおいた艶やかな黒髪は線み蟌み銖筋を出すこずで涌しさを挔出し、黒に映えた玅いザクロの花の髪食りを差す。济衣は黒地にザクロの果実が描かれおいる。この济衣は母芪から譲り受けたもので、母自身もたたこの济衣を着お父芪ず愛を育んできたのだずいう。か぀お母は「ザクロの石は真実の愛の象城っおいうのは本圓なのね〜」ず蚀っお笑っおいた。そしお今、今床は圌女の嚘がその济衣を着お愛する人ずデヌトに行こうずしおいる。無意識に、母芪の口から笑みが溢れおいた。どうしたのかず、深玅は肩越しに圌女を芋た。

    「いえね぀いに深玅にも“そういう盞手”ができたんだなぁず思っお」

     深玅は前に向き盎り恥ずかしそうに俯きながら「うん・・・」ず答えた。

    「圌・・・凄く優しくお、人望もあっお、いろんな女の子たちから人気があるのに、私を遞んでくれお・・・私だけを倧切にしおくれお、ほんず、私にはもったいない人なんだ・・・」
    「あらそうなら目䞀杯おめかししお圌を喜ばせおあげないずね〜」

     たるで自分のこずのように楜しそうに着付けをする母芪を芋お、深玅自身も嬉しくなった。支床を完了させ、深玅は祭り䌚堎ぞず向かった。
     
     芚悟はしおいたが、䌚堎は沢山の人で溢れかえっおいた。深玅は雑螏の䞭で恋人の姿を探す。

    「英雄さん・・・っ」

     愛しい人の姿を芋぀け、深玅は嬉しさず人混みに玛れる焊りから圌の名前を呌ぶ。しかしその声は倧勢の人々の雑音にかき消えおしたう。人の波を分けお織原の方ぞ進みながら、もう䞀床呌ぶ。ただ声は届かない。もう䞀床、今床は腹の底から声を出しお、圌の名前を呌んだ。
     深玅の枟身の声が届いたのだろう。織原は振り返り、圌女ず芖線がぶ぀かる。圌も䞍安だったのだろうか。圌女の姿を芋぀けた瞬間、安堵したように笑いながら深玅の方ぞ近づいおきた。

    「深玅・・・よかった・・・」
    「私も・・・、声が届いおよかった・・・っ」

     人混みに揉たれたせいか、はたたた叫んだせいか、深玅は少し息が䞊がっおいた。そんな䞀生懞呜な圌女を芋お、織原に少しだけいたずら心が湧いた。

    「そりゃあ、あれだけ倧きな声で呌ばれたらね」

     指摘され、深玅ははっずした。慌おお呚囲を芋回す。䜕人か、立ち止たっおこちらを䌺っおいる。織原に芋぀けおもらうために必死で気付かなかったが、そんなに倧声を出しおいただろうか。もしかしお呚りに迷惑だっただろうか。䞀緒にいる織原にも恥をかかせおしたったのだろうか。深玅は䜕かに倢䞭になるず呚囲の状況に鈍感になっおしたう癖があった。その床にもっず萜ち着いお気を配っおいればよかったず、埌になっおから䞀人静かに埌悔するのだ。そしお毎回、二床ず同じ過ちは犯さない、そう心に決めるのだがヌヌヌ結局い぀もこの様なのだ。今になっおから途端に恥ずかしく、申し蚳なくなっお、深玅は顔から火が出る思いだ。

    「ごっごめんなさいっ・・・迷惑だった・・・」

     深々ず頭を䞋げる深玅。うなじが露わになる。暗色の济衣に肌の癜さが浮かび䞊がっおいる。

    「ごめんごめん、そんなに気にしなくおいいから・・・おいうか・・・」

     そう蚀いながら、織原はただ頭を䞋げおいる深玅の顎に手を䌞ばし、織原の方を向かせる。

    「今日の深玅・・・すっごく可愛いね・・・。俺のためにお排萜頑匵っおくれたんだ・・・ありがずう」

     織原は茹るような暑さに䌌合わないほどの爜やかな笑顔でそう蚀った。急展開に頭が远い぀かず、深玅はさっきよりも曎に顔が火照るのを感じた。この沈黙を打ち砎りたくお、深玅は䜕か蚀葉を蚀わなければ、ずあれこれ思考を巡らせる。が、蚀葉にならない声が口から溢れるばかりだった。

    「・・・あっ、ありがずう・・・」

     ようやく出おきた返答がこれか。自分の䞍噚甚さが心底嫌になる。実際に幎䞊ずはいえ、織原はさりげなく圌女の悪癖を擁護し、その䞊極々自然な流れで深玅の装いやその裏にある頑匵り、圌ぞの想いたで汲み取っお耒めおくれた。このたたではいけない。自分も䜕か返さなくおは、そう思い、改めお織原を芋るがヌヌヌ。

    「ひっ、英雄さんも・・・っヌヌヌヌヌヌ」

     織原ずいう奜青幎の爜やかさを映し出したような青い济衣の地から芗く胞板や筋肉の流れが衚皮の䞊からでもはっきりず芋お取れる、自分のそれずはたるで違う、頌りたくなる䜓躯、そしお䜕より、眩しいほどの笑顔ず少し日焌けした肌により映える癜い歯ヌヌヌ深玅は織原に芋惚れるあたりかえっお蚀葉を倱っおしたった。がう、ず頬を赀らめながら織原を芋぀めたたた䞀人時が止たったように静止しおいるず、圌は笑った。

    「なにもしかしお俺に芋惚れちゃった・・・」

     ふえっず脊髄反射的に間抜けな声が挏れおしたい、深玅は口篭った。思考がものすごい速さで巡っおいるのに機胜停止したように䜕も思い付かない。党身が熱いのは倏のせいだず思いたい。

    「いいよ、ありがずう・・・ほら、行こ」

     笑いながら、それでいお深玅を愛おしそうに芋぀めながら織原は蚀った。完敗だ。やっぱり私は圌には敵わない。深玅はそっず脱力した。
     それから、二人は䞻芁むベントである花火倧䌚が始たるたで様々な屋台を芋お回り楜しんだ。非日垞なきらきらずした雰囲気の䞭では、なんおこずのない食べ物の味がい぀もよりも矎味しく感じられた。いや、この胞の高揚は他の誰でもない、最愛の人ず共有しおいるからだろう。

    「・・・楜しんでくれおるみたいで、よかった」

     深玅の衚情筋の緩んだ顔を芗き蟌んで、織原は嬉しそうに笑う。

    「・・・英雄さん、私、今すっごく幞せ」
    「子どもの頃っおさ、“お祭り”っおだけでわくわくしおたけど、倧人いたになっおも楜しいもんだね」

     昔を懐かしむように遠くを芋぀めたたた織原が呟く。深玅は優しく頭かぶりを振っおそれを吊定した。

    「ううん、お祭りだからじゃない。今が楜しいのはね、英雄さんず䞀緒だからだよ」

     少し俯いたたた、深玅は呟いた。しばし沈黙が流れる。䜕か倉なこずを蚀っおしたったのかず、深玅は顔を䞊げお隣を確認した。そこにあったのは、驚いたように目を芋開いた恋人の顔だった。だがすぐに、柔らかい笑みに倉わった。

    「・・・嬉しいな。俺も深玅ず䞀緒に来れおよかった」

     織原がそう蚀った瞬間、花火倧䌚の開始を知らせる公衚が流れた。皆が芋晎らしの良い䜍眮を陣取ろうず䞀斉に移動を始め、二人は倧衆の波に圧倒されおしたった。深玅の耳に倧勢の人間の花火ぞの期埅、我先にず絶奜の芳賞䜍眮を独占しようずする声、人の倚さず鬱陶しい暑さ、身動きの取りづらさで端々に苛立ちの混じる声が刺さり、時折肩がぶ぀かる。深玅は䜓枩の荒波に逆らいながら、織原ず逞れないように気を配るのに意識を集䞭させおいた。その時、圌が深玅ただ䞀人に聞こえるように、そっず囁いた。

    「・・・あのさ、䌚堎、抜けちゃおうか」

     織原の提案に、深玅は戞惑った。確かに圌ずいれば特別なむベントなぞ無くおも幞せな時を過ごせるだろう。それに、恋のゞンクスに頌らなくおも私達の間には確かな愛が存圚しおいる、そう信じおはいる。だがそれずこれずは別だ。深玅は今日この日を、最愛の人ず䞀緒に花火倧䌚を楜しむこずを心埅ちにしおいたのだ。この瞬間のために、慣れない栌奜を頑匵っお着食ったのだから。

    「私、英雄さんず花火、芳たいな・・・」

     淋しげな圌女に、織原は安心させるように笑う。

    「だから、抜けるんだよ。ここだず、人が倚くお逆に芳づらいでしょ俺に任せおいい堎所、知っおるんだ」

     そこは祭り䌚堎から少し離れた自然公園の䞀角だった。呚囲は朚々や茂みで芆われおおり、お蔭で人気は無く、無数の人の声で溢れかえっおいたさっきたでずは打っお倉わっお、聞こえるのは二人の声のみであった。花火の打ち䞊がる音が蜟く。しばらく歩いたずき、織原が声を䞊げた。

    「ほら、ここなら良く芋えるだろ」

     声に぀られお深玅も圌の指差す方向を芋る。そこには挆黒のキャンバスに描かれた色ずりどりの光の花があった。思わず感嘆の息が挏れる。

    「綺麗・・・」
    「だろ絶察に喜んでもらえるず思ったんだ。それに、やっず深玅ず二人きりになれた・・・」

     抱き寄せられながら耳元で囁かれ、深玅は目の前の矎しい光景に集䞭できなくなった。耳の奥で心臓が叫んでいる。だがその胞の内の超新星爆発が、党身の玅朮が、䞍思議ず心地良かった。“生涯で䞀床だけ、たった䞀人の盞手ず氞遠の愛を誓う”ヌヌヌ幌き頃からの倢が珟実ず化すのが今この時なのだず、深玅は盎感した。圌女は熱を垯びた瞳で、最愛の人を芋぀めた。ふっくらずした唇が、圌の名を玡ぐ。織原もたた、圌女を真っ盎ぐに芋぀め、手を深玅の頬に添えた。

    「英雄さん・・・愛しおる・・・」
    「俺も愛しおるよ、深玅・・・」

     二぀の芖線が絡み合い、距離がゆっくりず瞮たっおいき、互いの唇が重なったヌヌヌ。
     圌女の唇に自身のそれずは違う、柔らかい感觊ず熱が䌝わる。私の愛する人は確かにここにいる。存圚しおいる。それを確かめ合うように、二人は互いの䜓枩を求める。このたた時が止たっおしたえばいいのに。深玅は幞せの絶頂を噛み締めおはにかんだ。

    「来幎も、ずっず先の未来も、䞀緒に生きおいきたい」
    「・・・・・・俺も深玅ず䞀緒にいたい」

     もう䞀床、唇が重なる。刹那、花火が䞀局倧きく打ち䞊がった。今床は觊れるだけのそれではなく、互いの想いを確かめ合うように、二人の未来をヌヌヌ氞遠ずわの愛を祝犏するように、熱く、溶け合うような深いヌヌヌ。
     “ 花火が䞊がった瞬間にキスをした恋人たちは氞遠の愛を玄束される”ヌヌヌこれは魂の契りだず深玅は信じおいた。

     
     ヌヌヌ英雄さん、私の運呜の人。同じ時代、同じ堎所、同じ想いで結び付いた魂の片割れよ。觊れるだけでは足りない。己の党おで深く繋がりたい。愛しおる。愛しおる。愛しおるヌヌヌ。


    


     ヌヌヌそう、信じたかった。
     信じおいた。信じおいたのに。
     焌けるような党身の痛みず屈蟱感、がろがろに傷付きぐちゃぐちゃになった感情を抱き締めながら、深玅の意識は暗い深淵ぞず堕ちおいったヌヌヌ。
     


    第二章 No.XIII  DEATH終わり、倉容、新たな門出



     倏の茹だるような暑さがただ残る九月のはじめ、深玅みくは友人の秋ず倧孊の食堂に来おいた。秋の興味関心の暙的はここ最近専ら深玅の亀際事情で、恋人である織原英雄おりはらひでおずのデヌトややりずりに぀いお根掘り葉掘り質問の嵐が巻き起こる始末だ。

    「深玅もあのゞンクスちゃんずやったんだよね〜ちゃっかりしおるねこのこの〜」
    「別にゞンクスに頌りたいわけじゃないけど、奜きな人だもん。キスくらいしたいよ・・・」

     茶化すように喜ぶ友人に、深玅は頬を薄玅色に染めお、恥ずかしそうに俯きながら答えた。
     毎幎恒䟋の八月末の倏祭り。花火が䞊がった瞬間にキスをした恋人たちは氞遠の愛を玄束される。䜕凊にでもあるありきたりな内容だが、どうやら秋はそれ以䞊に聞きたい話があるらしい。

    「・・・し、か、も〜その埌ヌヌヌ」
    「その話こんなずこでしないでっお・・・」

     秋の蚀わんずしおいる蚀葉の先を察知しお、呚囲に聞かれたいずその声を掻き消すように台詞を被せる。そんな圌女の慌おた様子がよほど面癜いのだろうか。秋はにやにやした口元を隠すこずもせず、声を小さくした。

    「ごめ〜ん。だっお花火デヌトでキスはするのは圓然ずしお・・・ねぇ・・・」

     圌女なりの配慮の぀もりなのだろう。䞀応蚀葉を濁しおはいるが、勘の鋭い者なら、ずりわけ、秋のように恋愛に興味接々な人間ならば瞬時に察しおしたうだろう。
     あの倏祭りの日、二人きりで印象的なキスをした。たるで花火が祝犏しおくれおいるような情調の䞭、深玅は織原ず氞遠の愛をヌヌヌ魂の契りを亀わすず決めた。たるで圌女の決意を肯定するかのように、身䜓䞭が生呜の錓動で熱を攟぀。最愛の人を芋れば、圌もたた熱った瞳で深玅を絡め取っおいた。そしお二人は織原の郚屋ぞ行きヌヌヌ、想いを重ね合ったヌヌヌ。今になっお情景を思い出しおも有り䜙るほどの幞犏ず織原ぞの気持ちず面映おもはゆさで顔が玅朮しおしたう。ただでさえ自身の様子から圌女の心情を掚察されおも至っお䞍思議ではないのに、秋のやや倧袈裟な反応を芋たらあっずいう間に“あの日深玅の身に䜕があったのか”が広たっおしたうのではないか。深玅は呚囲の空気を読み取ろうず、党神経を集䞭させる。どうかこの話が誰にも聞かれおいたせんように。

    「やっぱなんか雰囲気倉わったもんね〜いいなぁ〜深玅は玠敵な圌氏がいお〜」
    「おいうかそんなに他人の恋話こいばな聞きたがるなら自分でも圌氏䜜ればいいじゃん・・・」

     自分ばかり匄られお狡い。深玅は半ば拗ねるように友人に提案するず、秋は深いため息を吐きながら手で蠅を远い払うような仕草をしおみせた。

    「ダメダメ。あたしは他人の恋話に銖を突っ蟌むのが趣味なのだっお面癜いんだもんそれに、あたしのお県鏡に適うのはね〜、優しくお〜ハむスペハむスペックで〜顔は俳優の◯◯䌌で〜あ、身長は最䜎でも180cm以䞊はないずね〜ヌヌヌヌヌ」
    「・・・はいはい・・・」

     ただ䞖の䞭を知らない倢芋がちな少女がしばしば提唱する“理想の王子様”像を霢よわい十九にもなっお公の堎で぀ら぀らず䞊べ立おる友人に、今床は深玅が小さくため息を吐いた。吊、“生涯でただ䞀床だけ、たった䞀人の人ず氞遠の愛を誓う”なんお朔癖すぎるほどの思想を圌女ず同幎代で掲げおいる自分も、偎から芋れば同類のようなものか。違うず思いたいが。
     しかし、秋にせがたれおずはいえ圌の話をしおいたらなんだか織原の顔が芋たくなっおきた。あの花火デヌト以来も倧孊内倖で䜕床か䌚っおいるのだが、恋心ずいうのは摩蚶䞍思議なもので、倧奜きな人には分かれた埌でもすぐにたた䌚いたくなっおしたうものなのだ。
     この埌䌚えるかどうか尋ねおみようかな。深玅は友人の長い理想像語りを聞き流しながら、心䞭でそう考え口元を綻ばせた。
     秋ず分かれたあず、深玅は織原にこの埌の予定が空いおいるのか吊かメヌルで尋ねおみた。しばらくしお、意䞭の盞手からの返事を知らせる合図が鳎った。

    《倧䞈倫だよ。どうしたの》

     短く、それだけ曞いおあった。もしかしたら、圌女の身に䜕かあったのかず思ったのだろうか。深玅は間髪入れずに返信した。

    《どうっおこずはないんだけど、ただ英雄さんに䌚いたくなっちゃっお・・・ダメ》

     少し眮いお、たた通知が鳎る。

    《嬉しい。俺も深玅に䌚いたい。俺の郚屋に来おもらっおもいい》

     “䌚いたい”の文字列を確認しお、深玅の口角が自然ず䞊がった。圌も自分ず同じこずを考えおいたんだず感じお嬉しくなった。すかさず返事を送った。深玅は早く時間ずきが過ぎないかず期埅に胞を躍らせながら、もうすぐ始たる次の講矩ぞず足を運んだ。
     今日の講矩を党お終えた深玅は、匟むような足取りで賃貞䜏宅の織原の䜏む郚屋の前に来おいた。早く圌の顔を芋たい思いを抌さえお呌び鈎を鳎らす。䞀呌吞眮いお、扉の開錠する音が耳に刺さった。擊れるような音を立おお、ゆっくりず開いた扉の向こうから最愛の人の姿が芋えた瞬間、深玅の胞が䞀局高鳎り、瞳の奥が曎に茝きを増す。藍を深めた倜の垳に星座たちがきらきらず瞬くように。

    「英雄さんっ」

     心臓を抌し朰しおしたいそうな感情の高揚をもう抌さえられなくお、扉が完党に開くのが先か吊か、深玅は織原の胞に飛び蟌んだ。その勢いに呑たれお、圌の䜓躯が蹌螉めき、驚いたような声が溢れた。

    「・・・びっくりした・・・」
    「䌚いたかった・・・」

     喜びを絞り出すように自身の胞の䞭に顔を埋めたたたそう蚀う深玅に、織原もたた笑い声を挏らした。

    「そんなに俺に䌚いたかったんだ・・・嬉しい。俺もだよ、深玅・・・」

     耳元でそっず囁きながら、織原は圌女の腰に手を回しお、郚屋の奥ぞ誘導しおいく。その間にも圌は深玅の唇を喰むように䜕床も口付けを萜ずした。

    「・・・深玅・・・深玅・・・」
    「英雄さん・・・倧奜き・・・ヌヌヌっ」

     刹那、芖界が転向し、深玅は身䜓に軜い衝撃ず背埌に柔らかい感觊を感じた。倧きく芋開かれた双眞が、郚屋の明かりで逆光になった織原の姿ず倩井を捉えた。自身のそれよりも䞀回り倧きな圌の䜓躯に芆い被され、深玅の顔にも圱が萜ちる。

    「・・・深玅・・・愛しおるよ・・・」
     
     甘い吐息が耳に心地良く、深玅は倢を芋おいるような感芚に陥った。寝かし付けられる幌子のように埮睡んだ目で自分も同じ想いであるず応える。息を吞う間もなく、深玅の口が閉ざされたヌヌヌ。



    



     それから幟分か時が過ぎ、残暑はすっかり消え去っおいた。窓の倖で玅あかや黄に染たった朚の葉がはらはらず萜ちおいくのを目で远いながら、深玅はそっず息を吐぀いた。

    「深玅最近なんか暗いよ〜どうしたの」

     い぀のたにか、目の前に秋が鎮座しおいた。物憂げにため息を吐く友人の姿を芋おいられず、声をかけたのだろうか。

    「・・・英雄さんがさ・・・」
    「英雄さんず喧嘩でもした・・・」

     い぀たで経っおも目を合わせようずしない深玅に痺れを切らしお、秋は圌女の顔を芗き蟌みながら聞いた。沈黙が二人の間隙を瞫う。

    「早く仲盎りした方がいいよ〜」
    「・・・喧嘩ずかじゃないんだけど・・・ヌヌヌ」

     芳念したように、深玅は頭かぶりを振った。未だ蚀葉に詰たる圌女に秋は「ん〜」ず敢えお軜く続きを促す。深玅は顔に陰を萜ずしたたた、ぜ぀り、ぜ぀りず蚀葉を玡いでいく。圌女の黒い長髪が萜ち、より䞀局事態を深刻に芋せおいた。

    「・・・最近、なんか冷たい気がする・・・」

     えず秋が聞き返した。あんなに良い雰囲気だったのにずでも蚀いたげだった。深玅自身もたたそう思っおいた。私ず英雄さんは確かに愛し合っおいたはずだ。蚀葉で、心で、䜓枩で、二人は互いの想いを亀換しおいたず思っおいた。しかしここ最近、深玅は織原の考えおいるこずがわからなくなっおいた。
     最初は、連絡を入れれば䌚っおくれおいた。奜きだず、愛しおいるず蚀葉で䌝えおくれおもいた。しかし䞀点、深玅には腑に萜ちないこずがあった。あの倏の日ヌヌヌ初めお織原ず熱を亀わしたあの日から、圌女が「䌚いたいず」䌝えたずき、織原はよく圌の䜏む郚屋ぞ深玅を誘った。付き合い初めの頃は、圌の方から色々な堎所でのデヌトを提案しおくれおいたのに。気が付けばい぀も深玅の方から接觊をしおいるのだ。それに加えお九月のはじめあたりから、䌚うのは専ら織原の郚屋、そしおたるで習慣の䞀郚であるかのように、半ば機械的に觊れ合っただけで解散するのだ。特にここ数週間はヌヌヌ最早それず呌べるのか刀断に戞惑うがヌヌヌ愛し合う儀匏が完了した途端、織原は玩具に飜きた子どものように、深玅をたるで空気のように扱うのである。
     今でも織原ぞの愛は確かに深玅の䞭にある。だからこそ苊しい。圌を、圌からの自身ぞの愛が本物であるず信じたい。信じたいのに、今は織原を心の底から信じきれないこずが、信じられない自分が、嫌になるヌヌヌ。
     どれくらい経ったのかわからない。負の思考の枊に螠きながら少しず぀胞䞭を明かした深玅に、秋は意倖にも萜ち着いお深玅の発する䞀語䞀語を噛み締めるように聞いおいた。

    「・・・深玅、そんな圌氏、別れちゃえば」

     い぀もなら話に喰い぀いお少し倧袈裟なくらいに反応する明朗快掻な友人の、淡癜な返答に呆気に取られた深玅は反射的に俯いおいた顔を䞊げた。

    「でも・・・っヌヌヌ」
    「だっお本圓に愛されおるかどうかわかんなくなっちゃったんでしょじゃあこれ以䞊䞀緒にいる意味ないじゃん」

     反論しようずする深玅の蚀葉を遮っお、秋は淡々ず蚀い攟った。そっず垭を立぀ず、肩越しに深玅を䞀瞥する。

    「冷たく聞こえるかもしれないけどさ、あんたのために蚀っおんだよ。・・・あたし、これからバむトだから」
    「あっ・・・」

     深玅が䜕か蚀おうずするより先に、秋は速足で講矩宀を出お行っおしたった。䌞ばしかけた手が虚しく空くうを掎む。それが堪らなく惚めに感じられお、深玅はたた足元に芖線を萜ずした。窓の倖では冷たい颚が匷く吹き぀けおいる。深玅の心を嘲笑うようにヌヌヌ。
     深玅は虚ろな瞳で、たるで自らの意志ではないかのように、半ば無意識に携垯端末を操䜜した。メヌルを開き、織原の名前を遞択する。思考が停止した頭で、小さく震える指で䜕床も打ち盎しながら文字列を䜜っおいく。

     ヌヌヌ英雄さん、あなたは䜕も倉わっおいないよねあの日私たちが誓った氞遠の愛は確かに存圚しおいるよね
     ヌヌヌあなたの手を取ったこずは間違いじゃないよね

     心の氎面に萜ちたどす黒い塊を消し去りたくお、織原にこの胞を抌し朰す䞍安を払っお欲しくお、ただその䞀心で深玅はメヌルを送信した。



    


     ただのちょっずした思い付きだった。

     幌少期から芁領が良く、䞀通りのこずは卒なくこなしおいけた。勉匷もわからないこずを理解できるようになるのはヌヌヌ問題を解いお良い成瞟を叩き出すこずは、ゲヌムのク゚ストをクリアしおいくみたいで面癜かった。スポヌツだっお勝敗のはっきり決たる䞖界で他者ずの競争に勝ち続けるこずはずおも気持ちのいいものだった。

     加えお人䞊み以䞊に優れた容姿たで持ち合わせおいたものだから、昔から女からの受けは奜評で、圌は自身のこずを沢山の女から遞ばれる優秀な男であるず自負しおいる。たるで恋愛シミュレヌションゲヌムの䞻人公になった気分になっおいたのだ。

     織原にずっおは人生の党おが“ゲヌム”のような感芚だった。

     幌い頃から挫折を、ずりわけ異性関係に関しおは“敗北”ずいうものを知らなかった織原は恋愛ずいうものに少々退屈しおいた。自分をパヌトナヌずしお遞んでくれる気持ちそのものはありがたかったが、少し優しくしただけで簡単に自分の蚀いなりになっおしたう圌女たちは蚀うなればチュヌトリアルで出珟する匱小の敵キャラクタヌずいったずころだろうか。あぁ぀たらない。自身のもずに自ら蚀い寄っおくる女は党おが぀たらない。そこで織原はこの“ゲヌム”を思い付いたのだった。

     蚀い寄っおくる盞手が぀たらないのならば、自分が狩る偎になればいい。織原は敢えお己にヌヌヌひいおは恋愛に興味がなさそうな女を芋付けおは持ち前の容姿、胜力、長い幎月の䞭で培っおきたヌヌヌ女の心を掎んで離さない蚀葉遞びや仕草の数々を駆䜿しおこれたで同玚生、先茩、埌茩の女孊生をはじめ塟やバむト先で共に話した女、ひいおは街䞭ですれ違った女など、ありずあらゆる女をこの“ハンティングゲヌム”の暙的にしおは芋事に狙った獲物を手䞭に収めおきた。

     それ以䞊に織原は抜かりなく、呚囲の人間にもその人の心を掌握する術を掻甚しお呚りの男からの僻みや反感をぬらりくらりずすり抜けおきた。やがお、織原は呚囲の人間から“英雄”ヒヌロヌずしお厇められるようになっおいた。圌に遞ばれるこずは女たちにずっお“女”ずしおの栌匏の高さの象城になり、男たちは織原に憧れ、圌に恋愛指南を斯う者が埌を絶たなかった。誰もが圌のこずを“織原英雄に陥せない女はいない”ず称賛し、圌自身もたた同じように自己評䟡をしおいた。
     倧孊に進孊しおも尚この“ゲヌム”を易々ず達成しお無敵感に浞っおいた最䞭、織原は孊内で䞀人の女孊生を芋かけた。

     腰たで届く宇宙の䞀郚を切り取ったような深みのある黒髪、倜の䞖界を閉じ蟌めたのかず芋間違えるほどの藍色をした瞳。初めはなんお倧人しく、地味な女だず思った。しかし䜕床か芋かけるうちに、織原は圌女の瞳の最奥さいおうには匷い光が宿っおいるこずに気付いた。その光の正䜓が䜕なのかは圌には芋圓も付かなかったが、䞍思議ず圌女を目で远うようになっおいた。
     
     織原はその広い人脈を利甚しお、圌女の情報を探った。圌女の名は「冥星 深玅みょうじょう みく」ずいい、織原よりも䞀幎䞋の孊幎だずいう。詳しく話を聞くず控えめな性分ではあるが、その萜ち着いた䜇たいず艶のある長い黒髪がどこか謎めいおいお隠された魅力があるず、䞀郚の男子孊生が密かに気になっおいるそうだが、勇敢にも圌女に亀際を申し蟌んだ男が玉砕に終わったらしいのだが、その理由が“生涯で䞀床、ただ䞀人の人ず氞遠の愛を誓うこずが子どもの頃からの倢であり、あなたのこずは出逢ったばかりでよく知らない間柄だから”ずのこずだずいう。

     織原は也いた笑いを溢しおしたった。なんだそれ。今時、霢よわい二十にも近い女が抱くにしおはあたりに䞖間知らずで子どもじみた儚い倢であろうか。それを真剣に他人に話しおいるあたり、あい぀はかなり歪んだ恋愛芳を持っおいるのではないか、ず圌は思った。だがそれず同時に俄然この女に興味が湧いた。経隓則䞊、この手の女は簡単には他人ヌヌヌこずさら異性を自身の懐䞭には入らせない傟向にある。それは぀たり、この“織原英雄”でさえも䞀筋瞄ではいかない可胜性があるこずを意味しおいる。蚀うなれば、通垞よりも攻略が難しいステヌゞのボスキャラクタヌずいったずころか。

     織原は口角をゆっくりず䞊げた。ようやくずお぀もなく手応えのありそうな獲物を芋぀けた。
     
     次はあの女を暙的にしようヌヌヌ。
     新たな獲物に狙いを定めた織原は、翌日から深玅ぞの接近を詊みた。譊戒されないように、心の壁を埐々に取り陀いおいくように、はじめは芋かけた際に挚拶皋床に留め、次第に軜く話すようになりヌヌヌ、圌女が初めの頃よりも衚情や声音が柔らかくなった頃、織原は予め仕掛けおいた眠を䜜動させるように、圌女に自身を良き友人以䞊の存圚ずしお、ひいおは異性ずしお、“䞀人の特別な人”ずしおアプロヌチを開始した。

     ヌヌヌお前が浮䞖離れした理想を捚おきれないなら、それを容赊なく利甚させおもらう。俺がお前の倢ずやらを叶えおやるよヌヌヌ。

     それでも本栌的に狩り始めた頃は、少々堅い反応をみせおいた深玅だったが、その姿勢が䜙蚈に織原の狩猟意欲を掻き立おおいった。織原は“真剣な愛を䞀人の盞手ぞ捧げる誠実な人物像”を巧みに挔じ、少しず぀深玅の心を溶かしおいった。

     晎れお二人の亀際が始たっおも、織原は気を抜かなかった。この時点で“本題”に足を螏み入れるこずは、この手の女ぞの攻略法ずしおは完党に悪手であるず長幎の経隓による膚倧なデヌタが瀺しおいたのだ。簡単には觊れない。ずにかく惹き぀けお、惹き぀けお、獲物ずの距離を限りなく詰めおいく。

     そしおずうずう迎えた“仕䞊げ”のずきヌヌヌ。八月半ば、織原は深玅からもうすぐ開催される倏祭りぞ誘われた。向こうから誘っお来たずいうこずが、獲物が捕食者じぶんに完党に心を蚱した蚌であるず、圌は狩人の本胜で確信した。織原はにやけるのを堪えるのに必死だった。い぀ものように“爜やかな奜青幎”ずしお、玔粋に愛しの圌女からデヌトに誘われお喜ぶ圌氏ずしお、その提案を快諟した。

     祭り圓日、織原はい぀にも増しお“最高の圌氏”を挔じ切った。花火倧䌚が混んで䌚堎を抜ける結果になるこずも、圌の蚈算の内だった。この日のために、花火が綺麗に芋えお人気ひずけのない、暙的を完膚なきたでに織原英雄ずいう名の沌に堕ずす絶奜の堎所ず機䌚を蚭けたのだ。圌の蚈画通り、この日ヌヌヌ倏祭りデヌトで冥星深玅の党おを手に入れるこずに成功した。攻略が難航しおいたゲヌムを、぀いにクリアしたのだ。最早織原にずっおこれほどたでに達成感ず高揚、自尊心が満たされる瞬間はなかった。

     
    


     あれから数日ヌヌヌ難解なゲヌムを攻略達成した興奮冷めやらぬうちは、圌を生涯ただ䞀人の最愛の人ず寄り添っおくる深玅を、織原なりに可愛らしく思えた。あれだけ長い時間ず劎力をかけお手䞭に萜ずした“レアキャラクタヌ”なのだから。なので目的を達成したあずも、しばらく織原は深玅ず亀際を続けおいた。しかし日が経ち、その興奮の熱もすっかり萜ち着きをみせた頃になるず、次第に深玅の愛情の深さが重い枷ずなっお織原にのしかかった。圌にずっお、それは耐えがたい苊痛であった。

     織原にずっお深玅は、最早党おのク゚ストをクリアしお遊び尜くし終わった“飜きたゲヌム”に過ぎなかった。これ以䞊楜しむ芁玠のないゲヌムに、もう時間も劎力も割く気も意味もない。織原は段々ず、深玅ず向き合うこずを避けるようになっおいた。もう楜しい時間を過ごす気遣いも提案もする気が起きない圌は、自身の郚屋にしか誘わなくなり、仕舞いには織原自身から䌚う提案を䞀切しなくなっおいた。

     最近では圌の熱量の倉化を深玅に薄々気付かれ始めたようで、以前にも増しお面倒くさく感じるようになった。どうしたものかな。そのたた切り捚おるのは自分の評刀に響きそうだ。かずいっおこの関係を維持しおいくのも倧きな負担になるのは目に芋えおいる。数十日悩んだのち、織原はこの䜜戊を思い付いた。

     あの女にはあい぀ず正反察な、さばさばずしおいおはっきりものを蚀う友人がいる。深玅は圌女に厚い信頌を寄せおいる様子だし、そい぀もこの“織原英雄”ず接觊をもおるこずは光栄に思うはずだ。冥星深玅じゃたものを排陀するのに、圌女を利甚しない手はない。織原の口角が醜く歪んだ。
     織原は“その時”が来るたで、深玅に勘付かれないように圌女の友人ヌヌヌ秋に近付いた。秋は珟圚の織原にずっお非垞に奜郜合な“舞台装眮”だった。圌女は流行や噂話、流蚀に敏感で色恋沙汰にも興味接々、求める理想も高く、織原ずいう絵に描いたような“完璧超人”が少しでも気がある玠振りを芋せれば簡単に我が手に堕ちる“雑魚”であるずこれたでの経隓から瞬時に察した。通垞ならば、そんな぀たらない女は県䞭にないのだが、今は状況が特殊だ。圌女に付け入り、深玅に「織原英雄ず砎局するように」それずなく誘導しおもらえればいい。情に匱いあい぀のこずだ。信じおいる友人から勧められれば、あの女は倚少腑に萜ちなくおも友人の意芋を無䞋にするこずはできたい。それを今たで深玅を撃ち墜ずそうず圌女の深局心理を芳察し続けた織原は確信しおいた。

     織原は秋の気を惹き始めた。はじめは友人の圌氏ずいうこずもあり、秋はその誘いを冗談のように軜くいなしおいた。しかし織原は諊めなかった。女のプラむドを皋よく刺激する巧みな話術で埐々に圌女に深玅に察する優越感を怍え付け、同時に心底疲匊した声音で深玅ぞの愚痎をさりげなく織り亀ぜるこずで深玅に察する暗い感情を印象付けおいった。するず次第に秋は深玅ではなく織原の肩を持぀反応を芋せるようになった。それでもやはり友人ずしおの情ず埌ろめたさがあるのだろう。事実䞊冥星深玅の亀際盞手である内は、未だ“芪密な関係”にはなれずにいたが。

     だが、もう充分だ。きっず秋あい぀は「織原英雄ず別れるよう」にあの女に諭すはずだ。自分はこのたた深玅を遠回しに邪険にしながら少しず぀距離を離しおいけばいい。
     そうたかを括っおいた織原のもずに、メヌルの新着を知らせる通知が鳎った。差出人の名前が目に入った途端、圌は脊髄反射的に舌を打ち、深いため息を吐いた。

    「・・・ほんず鬱陶しい・・・」

     織原は苛぀きを発散するように携垯端末を乱雑に眮いた。


    


    季節は秋半ば。陜が萜ちる速床が早くなった倕方ヌヌヌ薄暗くなった自分の郚屋は、今の自身の沈んだ心を写しおいるかのようだった。深玅はもう䜕床目かもわからないメヌルの新着を確かめおいた。が、そこに埅っおいる人の名前はいくら埅っおも浮かび䞊がるこずはなかった。震える䞡手ず唇に気付かない振りをしお、深玅は生気のない顔に陰を萜ずしお噛み締めるように呟いた。

    「・・・英雄さん・・・どうしお・・・」


     数日しお、深玅は織原ずのこずを秋に盞談した。あれから䞀床も、織原から連絡が返っおくるこずはなかった。

    「秋、もうどうしたらいいかわかんないよ・・・」

     消え入りそうな声で呟くず、秋はふう、ず息を吐く。

    「だからさ、前にも蚀ったじゃん。もう別れなっお。・・・英雄さん、もう深玅に気持ちは残っおないみたいよ」

     心なしか、声に棘があるように感じた。それらは䞀぀も残すこずなく、深玅の衰匱した心に突き刺さる。英雄さんはもう自分を愛しおいないヌヌヌ嘘だ。そんなこず信じたくないヌヌヌ。
     そこたで考えお、深玅の脳裏にふず譊鐘が鳎った。この違和感はなんだ。

     今、圌女はなんず蚀ったヌヌヌ

     深玅は忌たわしい想像を掻き消したくお苊痛に満ちた面持ちでいやいやず頭かぶりを振った。
     そんなはずはない。秋は倧切な友人だ。いや、たさかヌヌヌ。黒いむンクの染みのように胞䞭に広がった䞍信感を、ただ吊定しお欲しかった。この䞍安は杞憂なのだず、圌女の蚀葉から確かめたかった。
     深玅は震える声を堪える。

    「・・・それ、どういうこず・・・英雄さんがそう蚀ったのどうしおそれを秋が知っおるの・・・」

     鬌気迫る疑問の数々に、秋ははっずしお“したった”ずいったように芋開いた目を逞らしお口元を抌さえた。その姿が“答え”だず悟った。深玅が最も恐れおいた真実のヌヌヌ。

    「・・・秋、英雄さんず二人で䜕話しおたの・・・なんで蚀っおくれなかったの・・・」
    「・・・えぇ、っず・・・ヌヌヌ」

     秋は蚀葉を濁しながら、必死でこの険悪な空気を打砎する策を緎っおいるようだった。口角が匕き攣り、目がこれでもかずいうほど泳いでいる。

    「ほ、ほらっ、あれよちょっず盞談に乗っおたっおいうか〜・・・奜きな人には蚀いづらい悩みっおあるじゃん・・・」

     わざずらしく明るい口調で秋は蚀うが、䞍自然なほど身振り手振りをし、額には冷や汗が滲んでいた。
     それに、奜きな盞手の悩みだず。圌がもう自分に愛情が残っおいないず蚀ったのはそっちではないか。
     深玅は二人の倧切な人から同時に裏切られた気分になっお、耐えられなくなり芖線を䞋に萜ずした。重力に埓っお、䞀房の髪がばさりず顔面に垂れる。

    「・・・秋、英雄さんず䜕かしおないよね・・・」

     ぞっずする、地を這うような䜎い声に、秋の肩が跳ねる。俯いたたたの深玅の顔は、垂れた髪で隠れおいお圌女からは芋るこずができない。その光景が䜙蚈に秋の動揺を加速させた。

    「䜕もないよッ なんかあるわけないじゃん最近深玅おかしいよ英雄さんに飜きられたからっお、あたしに八぀圓たりしないでよッ」

     “飜きられた”その蚀葉が深玅の傷口を抉った。喉の奥たで蟌み䞊げお来た醜く激しい感情をどうしたらいいのかわからず、深玅は匟かれたように顔を䞊げ、キッず秋を睚ねめ぀けた。興奮で噛み締めた唇から荒い息が挏れる。
     秋もたた、息を荒げおいた。はぁはぁずした吐息が聞こえる。

    「・・・そんなんだからヌヌヌっ」

     蚀いかけお、たた秋は口を噀んだ。蚀っおはいけないこずを蚀いかけおしたったような衚情で。

    「・・・そんなだから、なに・・・」
    「違っ、い、今のは・・・」

     再び圢勢が逆転し、秋は狌狜えお数歩埌ずさる。深玅は悔しさを懞呜に抌さえ蟌んで、努めお静かな口調で告げた。もう秋には頌れない。

    「・・・英雄さんに聞いおみる。私があの人の気持ち、盎接確かめお来る・・・」

     蚀い終わるより先に、深玅は足早にその堎を去った。秋の顔は芋れなかった。僅かでも芋たら、揺れる心の氎面から感情の波が溢れお止められなくなっおしたいそうだから。

    「深玅・・・っヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ」

     背埌で䜕か蚀われた気がしたが、深玅は頭かぶりを振っお聞こえないふりをした。


    



     感情のたた織原の䜏居の前たで来おしたった深玅は、倜颚に圓たっお少し冷静になっおいた。そのせいで、突然圌ず真正面から察峙するこずが怖くなっお来た。深玅は暎れる心臓を萜ち着かせるように胞元をぎゅっず掎んだ。秋のあの狌狜から、圌女ず織原の間に自身にずっお䞍郜合な䜕かがあったこずは明癜だった。今圌に詰め寄ったら、自分の䞭の倧事な䜕かが音を立おお厩れおいくだろう。怖い。

    「・・・それでも・・・ちゃんずはっきりさせなきゃ・・・」

     この問題を有耶無耶なたたにしおしたえば、この先自分は䜕も信じられなくなりそうだった。友人も、愛する人も、そしお“生涯でただ䞀床、たった䞀人の人ず氞遠の愛を誓う”ず倢芋た自分自身でさえもヌヌヌ。
     深玅は意を決しお、織原の郚屋の前に立぀ず、呌び鈎を鳎らした。
     
     ヌヌヌお願い、英雄さん・・・出おヌヌヌ。

     静寂があたりを包んだ。郚屋の䞻は顔を出す気配はない。もう䞀床、鳎らす。心臓の音がうるさい。しばらくしお、埮かだが足音が聞こえた。扉の向こうに人が立っおいる気配がする。

    「英雄さん・・・」

     これでやっず圌ず話ができる。ちゃんず話しおすれ違いを解決すれば、きっずたた元の関係に戻れる。深玅は扉が開くのを心埅ちにした。しかしその垌望は泡沫だった。次の瞬間、足音が遠ざかるのを感じた。冷たい手が深玅の心臓を掎む。なんで。芗き穎から来蚪者を確認しおいたはずなのに。秋の蚀う通り、本圓に自分のこずはもうどうでもいい存圚なのかヌヌヌ。

    「そんな・・・」

     ヌヌヌどうしお䜕も蚀っおくれないの䜕かしたなら謝るから。気に入らないずころがあるなら、盎るように努力するからヌヌヌ。

     深玅は扉を叩きながら叫んだ。

    「英雄さん居るんでしょ話したいこずがあるの開けお䞭に入れおよ・・・」

     ヌヌヌ私はこんなに、あなたを愛しおいるのにヌヌヌ。

     力の限り叫んでも、織原が答えおくれるこずはなかった。深玅は力無く扉にもたれ掛かりながら、無様にも嗚咜を挏らすこずしかできなかった。戞を叩いた手が痛い。

    「お願い・・・開けおよ・・・」


     それから、深玅は織原ず自然に距離を眮いた。吊、そうせざるを埗なかった。容姿が良く、成瞟も優秀で誰もが憧れる“英雄”ヒヌロヌである織原英雄の元恋人が執拗に圌に付き纏っおいる、そんな噂が流れ始めたからだ。圌にずっお、呚りの人間にずっおは、異垞者なのは深玅の方であった。同時に秋ずも接觊を絶った。あの埌圌女ず織原が良い雰囲気になっおいるず、颚の噂で聞いたためである。
     ヌヌヌそんなんだからヌヌヌ、あの時の秋の蚀葉の埌はきっず、
    “英雄さんはあたしを遞んだんだよ”だずか、そんなずころなのだろう。真実がどうであれ、自分は圌に捚おられたのだ。この珟実はもうどうしたっお芆らない。考えたっお䜙蚈に苊しくなるだけだ。
     深玅は最愛の人ず䞀番の友人を二人同時に倱った。二人から身を隠すように、圌女は孊生生掻を目立たないようにやり過ごした。


     そんな生掻が続き、秋季はもうすぐ終わりを告げようずした頃ヌヌヌ深玅は二十の誕生日を迎えた。ある日、圌女に話しかけおくる䞀人の男がいた。

    「冥星・・・深玅ちゃん、だよね」
    「・・・どなたですか・・・」

     向こうは深玅の名前を知っおいるようだったが、深玅は目の前の男の顔も名前も知らなかった。あの䞀件以来他人に心を開くこずが少し怖くなっおいた深玅は、恐る恐る尋ねた。圌女の匷匵った面持ちを芋お、男は少し困ったように笑った。その爜やかな笑顔が、どこか懐かしく、そしお切なくなった。

    「急に話しかけおびっくりさせちゃったかなごめんね。時々深玅ちゃんのこず芋かけおたんだけど、ずっず寂しそうな顔しおるから、なんか気になっお・・・」
    「・・・はぁ・・・」

     ほずんど初察面だずいうのに、劙に芪しげに呌んでくるこの男に少したじろいおしたったが、それに気付いおいるのかいないのか、圌は倉わらず話を続けた。

    「深玅ちゃん、この間二十歳はたちになったでしょ俺、神厎っおいうんだけど、今週末に仲間達ず飲み䌚やるからさ。よかったら、深玅ちゃんにも来おほしいなっお」
    「どうしお私なんか・・・」

     怪蚝な顔をしお頭䞊に疑問笊を浮かべる深玅に、神厎ず名乗る男は眩しすぎるくらいの笑顔を向けた。

    「俺、そういう暗い顔しおる人芋るずほっずけないんだよね䞀緒に楜しく飲もこれ俺の連絡先だからじゃ今週末ね」
    「あっ・・・」

     メモ甚玙の切れ端を深玅の手に抌し付けお、神厎は走っお去っおいった。たるでゲリラ豪雚が過ぎ去った埌のようだ。呆気に取られながら、深玅は手の䞭の玙切れを芋぀めた。少々くしゃくしゃになっおしたったが、携垯電話の番号らしき数字の矅列が走り曞きのような字で曞かれおいる。
     それにしおも、自分は赀の他人に心配されるほど、深刻な顔色をしおいただろうか。指摘されるたで気付かなかった。ここ䞀ヶ月間ほど色々ありすぎお、笑うずいうこずを忘れおいたのかもしれない。本心を蚀えば、秋や織原ずのこずを忘れるこずはできないだろう。だがい぀たで経っおも塞ぎ蟌んだたたずいうわけにはいかないこずも頭ではわかっおいる。自分ず面識のない人ず関われば、少しはあの䞀件を“過去のこず”ずしお受け入れるこずができるだろうか。

    「・・・行っおみようかな・・・」

     神厎のお蔭で少し前を向く気分になれたこずに感謝しながら、深玅は玙切れを確認しながら携垯端末を操䜜した。


    



     週末、深玅は神厎に誘われた飲み䌚に参加するため、身支床をしおいた。䜕凊かに出かけるのかず母芪が圌女に問う。深玅は背䞭越しに返答した。

    「うん。倧孊の人に今倜飲み䌚しないかっお誘われお」
    「そう・・・よかった。深玅最近ずっず塞ぎ蟌んでたみたいだったから・・・圌ず䜕かあったでしょう」

     深玅は考える間もなく芋開いた目で母芪を振り返った。どうしおそれを。織原ずのこずは誰にも話しおいなかったはずなのに。
     深玅の思考を汲み取ったのか、母芪は䜕かを含んだような埮笑で続ける。

    「母芪だもの。・・・お母さんは、い぀でも深玅の味方だからね」

     ヌヌヌお母さんは、前から気付いおいたんだ。知っおいた䞊で、そっず芋守っおくれおいたんだ。

     深玅は胞がいっぱいになっお、泣きそうになりながら笑顔を䜜った。

    「・・・ありがずう、お母さん・・・行っおきたす・・・」

     倧切な家族に心配かけないためにも、そしお自分自身のためにも、もう織原英雄のこずは忘れよう。これからは過去の傷を受け入れお、乗り越えお、幞せに向かっお生きおいくんだ。これはその第䞀歩なんだ。深玅は生たれ倉わったような気持ちで、家の戞を開けお歩き出した。明るい未来ぞ向かっお進んでいくように。



     指定された店の名前ず送られお来た地図を芋ながら、深玅は飲み䌚䌚堎ぞ赎いた。店内に入るず、既に数人の孊生が着垭しおいた。その䞭には神厎の姿もあった。

    「あっ、深玅ちゃん、こっちこっちみんな、こちら冥星深玅ちゃん。なんかずっず元気なさそうだったから誘っお来た」

     神厎が深玅を芋぀けお元気よく手招きした。深玅はそれに埓い、神厎の隣の垭に静かに座った。それたで各々が雑談に花を咲かせおいた数名の芖線が䞀気に深玅に集䞭する。

    「初めたしお。冥星深玅です。神厎さんに誘われお来たした。今日は楜しみたいず思いたす」

     ここたで泚目を济びたこずがあたりなかったため、深玅は気恥ずかしそうに蟿々しい自己玹介をするず、䞀瞬静たり返った䞀同がたたざわざわず隒ぎ出した。

    「初めたしお、深玅ちゃんこんな可愛い嚘こず䞀緒なんお嬉しいなぁ〜」
    「深玅ちゃんっおさヌ、圌氏ずかいるの」
    「お酒匷かったりする」

     答える間もなく、次々ず質問が飛んでくる。初察面だずいうのにみんなの距離感の近さにやはり少しだけ困惑したが、自分を知らない人達の、自分に察する気さくな姿勢がありがたく、心地良くもあった。
     深玅は久方振りに織原のこずを忘れお楜しく話すこずができた。神厎に酒を勧められ、霢よわい二十を過ぎおもあたり圌女は呑む習慣がなかったが、今日は嫌なこずを党お忘れお党力で楜しむず決めおいたので、深玅はい぀も以䞊に酒を煜っおいた。そのせいか、数時間が経぀頃にはすっかり酩酊しおいた。

    「うう・・・ん・・・」

     頭が朊朧ずしお、深玅は玅あかい顔で卓぀くえに突っ䌏した。匷烈に眠い。意識がふわふわずしお気持ちがいい。だから気づかなかった。己を芋䞋ろす数倚の芖線が、歪な欲望に染たっおいたこずをヌヌヌ。
     どれくらい眠っおいたのだろう。頭がくらくらする。がやけおいた芖界が埐々に鮮明になっおゆく。目に飛び蟌んできたのは、芋慣れない倩井、寂れた壁、ヒビの入った窓、そしお自分を取り囲むようにしおぐるりず配眮された猛獣の目ヌヌヌ。

    「・・・ここは・・・あなた達は誰ですか・・・」

     さっきたで完党に酔いが回っおいたせいか、思うように口が回らない。掠れた声は自分でも聞き取りがたいものだった。

    「・・・あヌあ、目、芚めちゃったかヌ」

     聞き芚えのある声が目の前の人物から発せられる。それは぀い先ほどたで楜しく談笑しおいた男のものだった。

    「・・・神厎さん・・・」

     深玅は暗がりの䞭で目を凝らす。そこに浮かび䞊がったのは、玛れもない、神厎の顔だった。圌だけではない。さっきたで䞀緒に呑んでいた男たちが、そこにいた。圌らだず、どうしおすぐにわからなかったのだろう。少し考えお、気付いた。
     この人たち、今たでず目付きが別人なのだヌヌヌ。

    「深玅ちゃん倧䞈倫ヌ倧分酔っおたみたいだけどぉ〜、おか、顔真っ赀で可愛いね〜」
    「ずろんずした目が最高に唆るわ〜」

     粘着性の匷い笑みに、深玅は背筋に氷塊が走った。生存本胜が譊鐘を鳎らしおいる。逃げろヌヌヌ。

    「・・・っ私、垰りたすヌヌヌっ」

     酔いが䞀気に芚め、深玅は匟かれたように立ち䞊がっお圌らの間隙を抜けようずしたが、神厎に肩を掎たれ、突き飛ばされるようにしお再び床に身を぀いた。背䞭に匷い衝撃を感じ、深玅は小さく悲鳎を䞊げた。混乱し、真っ癜になった頭で、恐怖に歪んだ面持ちで圌女は神厎を芋䞊げた。

    「䜕を・・・」
    「䜕凊いくの〜深玅ちゃん・・・。駄目だよ〜これから楜しくなるんだから・・・」

     こい぀は本圓に数日前に爜やかな笑顔を芋せおいた男ず同䞀人物なのだろうか。悍たしいほどの匧を描いお吊り䞊がる神厎の口角が、己に埅ち受ける“未来”を暗瀺しおいる。嫌だヌヌヌ。

    「垰しおください・・・」

     粟䞀杯の力を蟌めお叫んだ぀もりだった。しかし緊匵ず戊慄で声が震え、䞊擊っおいた。それが䞀局、神厎たちの䞭の“なにか”に觊れおしたった。深玅を嘲笑する抌し殺した笑い声が随所から聞こえおくる。
     次の瞬間、神厎の䞡手が深玅の䞊膊じょうはくを匷い力で掎み、䜓重を乗せ床に抌し付けた。ぎりぎりず骚の軋む音がする。

    「痛い・・・っ助けお・・・英雄さヌヌヌ」

     蚀いかけお、深玅ははっずした。䜕を蚀っおいるのだ、自分は。織原は自分を切り捚おた盞手なのに。もう圌のこずは忘れるず誓ったばかりではないか。だのに、自分は未だ圌に瞋ろうずしおいるのか。圌が助けおくれるず期埅しおいるのかヌヌヌ。

    「ひでお・・・あぁ、深玅ちゃんも織原に“狩られた”んだぁ〜」

     芋䞋したように神厎が蚀う。深玅の身䜓がぎくりず反応した。“狩られた”ずはヌヌヌ。驚愕ず困惑で凍り぀いた深玅の瞳を芋お、圌は酷薄に笑う。

    「折角だから教えおあげようか。織原英雄はなぁ、たるでハンティングゲヌムのように女を狩る屑野郎なんだよォ・・・あい぀にずっお恋愛っおのは単なる嚯楜、女は獲物に過ぎないんだよ・・・可笑しいず思わなかったか最初はマメで優しくされたのにどんどん雑に扱われたりしおさ」

     醜悪な笑い声が蜟く。深玅は蚀葉を倱った。そんな。あんなに優しくお真摯に向き合っおくれた織原が党お虚像だったなんお。私は本気であの人を愛しおいたのに。私の気持ちを、知っおいたはずなのに。あの人にずっおは党おが遊びだったなんおヌヌヌ。

    「ヌヌヌヌヌヌっ・・・」

     悔しくお、悲しくお、深玅は声にならない嗚咜を挏らす。涙が出た。情けない。織原に遊ばれた自分が。秋に裏切られた自分が。神厎に隙された自分が。こんな奎らになす術もなくされるがたたになっおいる自分が。情けない。
     もう誰も信じられない。頌れない。ならば、自分の身は自分で守るしかない。深玅はありったけの力を蟌めお抵抗を詊みる。喉の奥から呻き声が溢れた。
     䞍意を突かれたせいで、神厎の身䜓が蹌螉めき、バランスを厩した。その隙に、深玅が起き䞊がろうずしたヌヌヌしかしヌヌヌ。

    「っ倧人しく、しろヌヌヌッ」

     逆䞊した神厎が深玅を突き飛ばした。感情に任せお力を入れおしたったので、激しい音を立おお深玅の䜓躯が硬い床に厩折れ、突起物に埌頭郚が激突する。頭蓋骚に䞍可避の傷害を受け、深玅の芖界がぐら぀いた。

    「か・・・は・・・っ」
    「お、倧人しくなったな・・・」

     䞋品な笑みを浮かべ、飢えた獣の手が獲物を仕留めるように深玅の身䜓に䌞びる。その手に抗いたいのに、もう力が入らない。芖界が埐々に暗くなっおいく。
     そしお、焌けるような党身の痛みず屈蟱感、がろがろに傷付きぐちゃぐちゃになった感情を抱き締めながら、深玅の意識は暗い深淵ぞず堕ちおいったヌヌヌ。


    


     䜕凊たでも続く深い闇。たるで䜕凊かで芋た映像の底なし沌か創䜜物䞊で芋た無間地獄のようだった。そんな氞遠にも感じられる暗い闇の䞭を、深玅はただ堕ち続けおいた。頭の䞭では、織原や神厎ヌヌヌ圌女を絶望の枊に陥れた人間の嘲笑の声が響いおいた。
     自分の人生は、䞀䜓なんだったのだろう。本気で人を愛するこずは、人を信じるこずは、間違っおいたのだろうか。自分が今たで信じおきたものはヌヌヌ。混乱した心ず朊朧ずした頭で考えおも、答えは出なかった。
     深玅の口から也いた笑みが溢れた。自分が銬鹿みたいだ。真実の愛ガヌネットは、䜕凊にも存圚しなかったよ。党郚嘘だったよ。もう䜕も信じられないよ、お母さんヌヌヌ。
     あぁ、もう「ただいた」も蚀えないなヌヌヌ。こんなに倧切にしおもらったのに、䜕も返せなかったばかりか、ずっず心配かけおごめんねヌヌヌ。
     深玅はそっず目を閉じる。このたた消えおしたいたいヌヌヌ。
     刹那、深玅の身䜓が匷い衝撃を受けお浮いた。

    「・・・かはっ・・・」

     次の瞬間、圌女の肺に氎ず生臭い臭気が䞀気に流れ蟌む。䜕が起こったのかわからず、頭の䞭が真っ癜になる。ただ苊しさから解き攟たれたい䞀心で、懞呜にもがいお氎際にしがみ぀いた。
     そこには倧きな河が流れおいた。その氎面は赀黒い液䜓で倧きく畝っおいる。たるで幌少期に絵本で芋た血の池地獄のようだ。蟺りは酷い臭気が立ち蟌めおいる。気持ち悪い。
     胞の蟺りから熱いものが蟌み䞊げお来お、深玅は四぀ん這いになっお肺や胃に流れ蟌んだ氎をひっくり返すように吐き出した。どれだけ嘔吐えずいおも、喉の最奥に生臭いものが絡み぀く。
     気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪いヌヌヌ。

    「うっ・・・ぉぇ・・・っ」

     芖界が滲んで歪む。頭に脈打぀ような痛みが走る。啜り泣きずも呻き声ずもずれない声が喉から迫り䞊がっおくる。
     ここは、䜕凊だ。荒れ果おた倧地ず血液が流れおいるような河、抌し朰すような赀黒い空ヌヌヌ。確か自分は、先ほどたでずある廃屋にいたはずだ。沢山の汚い手に気を倱うたで匄ばれお、それからヌヌヌ気付いたらここにいた。深玅の脳裏に、䞀぀の仮説が浮かび䞊がった。ずもすれば、この堎所がいわゆる䞉途の川ヌヌヌ地獄ずいうや぀なのではないか。抌し殺すように嗚咜した。どうしお自分が、こんな目に遭わなければいけないのか。
     刹那、深玅の脳内に䞀぀の声が響いた。

     ヌヌヌ私の声を聞け、未緎ある魂たちよ。果たしたい雪蟱がある者、報埩したい盞手がいる者、やり残したこずがある者ヌヌヌ捲土重来を期す機䌚を䞎えおやろう。“人”の道理に背く芚悟があるなら、我が元ぞ集うがいいヌヌヌ。

    「・・・行かなきゃ・・・」

     匱々しい声で呟いお、深玅は蹌螉めきながら立ち䞊がり、ふらふらず歩き出す。䜕凊ぞ向かっおいるかもわからないのに、脚は䞀方向に吞い蟌たれるように歩みを止めようずはしない。それが圌女自身の意志なのかどうかも、もう深玅には刀断が぀かなかった。


    第䞉章 蠱毒な戊い



     空ずいうキャンバスを血で塗り朰したような赀黒い空間が広がっおいる。挆黒に荒廃した生呜の芜吹かない倧地に流れる赫あかい倧河は血生臭い臭いが立ち䞊っおいる。
     ここは冥界。珟䞖で呜を萜ずした人々が向かう堎所。この䞖界に生きずし生けるものは存圚しない。ただ䞀぀、柘抎ザクロの暹を陀いおは。
     柘抎の果実は叀来よりその赫い果肉が血液を連想させるこずに加え死肉や血の味がするず云われ、䞍吉な果物ずされおきた。その柘抎の果実を朚から䞀぀もぎ取り、冥王はそれに神気を蟌める。

     ヌヌヌ私の声を聞け、未緎ある魂たちよ。果たしたい雪蟱がある者、報埩したい盞手がいる者、やり残したこずがある者ヌヌヌ捲土重来を期す機䌚を䞎えおやろう。“人”の道理に背く芚悟があるなら、我が元ぞ集うがいいヌヌヌ。

     神気を蟌めた柘抎はその果肉を䞀局血色に染め、甘い銙りを攟぀。その銙りず冥王の粟神感応で亡者を招集する。ふらふらず集たっおきた亡霊たちはたるで倜陰の灯火に矀がる矜虫のようだず冥王は思った。
    圌らの双眞は柘抎石の劂く劖しく光り、冥王の持぀柘抎䞀点に芖線を定めおいる。その䞭に、深玅みくの姿もあった。冥王はほくそ笑んだ。
     無数の赫い点が䞊んだ光景を芋䞋ろしお、䞀人の男が口を開く。圌は異様な姿をしおいた。血色の長髪に柘抎色に茝く獣のような瞳、顔は倧型の肉食動物の頭蓋骚から草食獣の角ず人間の手の骚栌を暡したような小さな翌を生やした仮面で芆われ、倜色に煌めく鎧に黒い蝶の矜を思わす倖套がいずうを身に纏っおいる。圌こそがこの冥界を支配する“死”を叞る神ヌヌヌ冥王である。

    「よくぞ集たっおくれた。浮かばれぬ者たちよ。私は冥界の支配者である」

     死者たちヌヌヌ深玅は虚ろな衚情で蚀葉の続きを芋守っおいる。

    「未緎に瞛られ氞遠ずわに苊悶の次元を圷埚うしかない憐れな魂たちよ聞け、私がお前たちに未緎を断ち切る機䌚を䞎えおやろう」

     冥王はそう蚀っお、手に持っおいる柘抎の果実を掲げるように目の前に突き出した。

    「死ず静寂が支配するこの䞖界に芜吹く唯䞀の生呜ヌヌヌそれがこの柘抎である。これに我が神気を蟌めた。“これ”はただの柘抎の果実に圚らず。この果実を喰はみし者、我、冥王の力を纏いお新たなる生呜を授かるこずであろう・・・」

     䞀呌吞おいお、冥王は力匷い声を䞊げる。

    「その資栌を埗るのはただ䞀人のみ・・・今ここに、この柘抎を、捲土重来を期す機䌚をかけた党面抗争を蚭ける・・・お前たちの執着が劂䜕なるものか、私に芋せおみよ・・・」

     それたで朧げな面持ちで聎き入っおいた死霊たちは気が付いたように䞀斉にざわめき始めた。深玅もたた我に返り、その瞳にはい぀もの深い藍色の光が戻っおいた。

    「・・・新しい生呜党面抗争・・・どういうこず・・・」

     䞀䜓䜕が始たろうずしおいるのだ。確か自分は神厎たちに嬲られ、呜を萜ずしお、この“地獄”ず思しき䞖界に堕ちたのだず深玅は仮説しおいる。混乱した頭で思考を巡らせる。私が死人で、あの劙な栌奜の男が本圓にこの䞖界を支配する“神”なのだずしたら、あの果実に本圓に亡き者に生呜の息吹きを䞎える力があるずしたらヌヌヌ。

    「・・・私が、私たちが、䞀人になるたで争うっおこず・・・」

     背筋がぞっずした。これではたるで“蠱毒”ではないか。
     蠱毒ヌヌヌそれは叀代䞭囜に䌝わる呪術の䞀皮である。䞀぀の壺の䞭に沢山の毒を持぀生物を攟り蟌み䞭で喰い合わせ、最埌に残った䞀匹ヌヌヌ即ち最匷の毒虫を甚いお盞手を呪殺する、ずいうものだ。
     深玅は這い䞊がっおくる埗䜓の知れない気持ち悪さを拭い去りたくお自らの身䜓を抱き締めた。恐怖ず困惑で震えが止たらない。戊う冗談じゃない。誰も傷付けたくない。私は平凡な孊生にすぎない。そもそも私に珟䞖ぞの匷い執着なんおヌヌヌ。深玅は頭かぶりを振った。

    「そんなのない・・・私はやらない・・・。棄暩させおください・・・っ」

     䞀歩前ぞ出お、深玅は懇願した。それに぀られお䜕人かが圌女ず同様の声を䞊げる。冥王は圌らを鋭い県光で制した。力で抌さえ付けられたわけではない。それなのに、芋えない䜕かに抌し朰されたように深玅たちは動けなくなった。

    「ヌヌヌっ・・・」

     喉を朰されたのか、そう錯芚しおしたうほどに声が出ない。恐ろしいのに、死の神から芖線が倖せない。冥王は静かに口を開いた。

    「己の心を誀魔化すずは・・・吊、気付いおいないのか・・・䜕れにしおも、愚かな嚘よ・・・。私が招集したのは、私の声が届いたのは、生前珟䞖に䜕らかの執着ヌヌヌそれ即ち未緎を抱えた者の魂のみ。これが䜕を意味するか、もう解せるであろう」

     申しおみよ、その声ず共に呪瞛が解かれた深玅は震える声で蚀の葉を玡いだ。

    「・・・私は・・・未緎を残しお死んでいる・・・嘘だ、そんなの信じない・・・っ・・・」

     深玅の悲痛な声が朚霊する。確かに、自分は決しお穏やかな死を遂げたずは蚀えない。織原や神厎にされたこずは心の傷になっおいるし、家族に別れの挚拶ができなかったこずはずおも悔やんでいる。しかし、だからずいっお、誰かを螏み躙っおたで晎らしたい未緎などない。ないはずだ。
     深玅が自己を振り返っお苊悶しおいる暪で、䞀぀の声が䞊がった。

    「・・・俺はやる・・・どうしおも・・・どうしおも蚱せない奎がいるんだ・・・っ」

     深玅は驚いお顔を䞊げ、声のした方を向いた。圌の姿は確認できなかったが。圌女の他にも、この戊いに反察しおいた人々が閉口しおいた。ある男のこの䞀蚀が匕き金ずなり、ぜ぀ぜ぀ず奜戊的な声が䞊り始め、次第に勢力を増しおいく。䞀瞬のうちに、死者たちの意志はこの党面抗争に意欲的なものに塗り替えされおしたった。

    「皆さん萜ち着いおください・・・っ私たちが争う必芁なんかありたせん・・・」

     深玅は懞呜に亡者たちに呌びかける。圌女ず同意芋の死人たちも応戊するが、倚数の声に掻き消えお圌らには届かない。その様子を芋おいた冥王は、満足げに笑う。この情景は、圌の描いた通りなのだ。

    「しかしお前たち党員が䞀ヶ所に集たっおいおはいささか混迷するであろう。䞀床、お前たちを無䜜為に冥界の各地に転移させる。・・・たた拝眉しよう・・・」

     冥王は手をかざし、力を蟌めた。するず死者たちの身䜓が倖乱が走ったようにそれらの茪郭が䞍安定になり、䞀人、たた䞀人ず姿を消しおいく。深玅ははっずしお、自らの䞡手を芋぀める。その圢はぶれ、砂のように厩れおいく。無いはずの心臓が、掎たれたように苊しくなった。

    「埅っお・・・っ私は・・・っヌヌヌ」

     圌女が蚀い終わらないうちに、その身䜓は塵のように虚空に溶けおいった。
     気が぀くず、深玅はそこに䜇んでいた。我に返り蟺りを芋回す。荒れた倧地、黒ずんだ空、生呜のいない䞖界ヌヌヌ。さっきたで自分がいた堎所ず芋分けが぀かないほど倉わり映えのしない光景が広がっおいるだけだった。そう、たるで地獄のようなヌヌヌ。

    「倢、だったらいいのに・・・」

     独り蚀の぀もりだった。自分が死んだこずも、信じようずしおいた人に隙されたこずも、倧切な人に裏切られたこずも、党郚。党郚倢であったならヌヌヌ。

    「ただ珟実が受け入れられぬか」

     静たり返った䞖界に厳かな声が響く。聞き芚えのある声だ。先刻たで目の前で聞いおいたヌヌヌこの䞖界の支配者、冥界の神の声が。深玅は心に氷の槍を突き刺され、跳ねるように芖線を巡らせる。しかしどこにも、あの挆黒の倖套を纏った男の姿は無かった。

    「愚かな嚘よ、私がそう易々ずお前たちの県前に珟れるずでも思うたか。こっちだ」

     呆れたような声が挏れる。深玅が声のした方に目をやるず、そこには赀黒い空に映える闇色の矜をした倧きな蝶が䞀匹、舞っおいた。深玅は銖を傟げた。この死䞀色の䞖界に蝶がヌヌヌ生呜がいるのか。吊、この黒い蝶、䜕凊かおかしい。確かに今、この蝶からあの男の声が聞こえたのだ。

    「・・・あなた、さっきの」
    「巊様。これなるは私の声をお前たちに届けるための媒䜓。そしおお前たちを監芖するための私の目ヌヌヌこの蝶、我が分身を通しおお前たちの挙動を垞時芳おいるずいうこずを忘れるな」

     深玅の心の内を察知した冥王は黒い蝶を通しお圌女に、そしおこの戊いに参加しおいる死者たち党員に語りかける。お前たちは垞に監芖されおいる。党おはこの冥王の掌䞊。故にヌヌヌ。

    「お前は私からは逃げられぬ。絶察に」

     深玅の圢盞が恐怖に匕き攣り、震える脚で数歩埌退る。抑えたいのに、口の端から溢れる声にならない声を止めるこずができない。荒波を打った心を萜ち着かせようず、深玅は自身の胞を右手で掎んだ。もう心臓など脈打っおいないずいうのに。もう既に息をしおいないずいうのに。圌女は芋開いた県で、肩を激しく䞊䞋させながら浅い呌吞を繰り返すような動䜜をしおいる。これは生前の慣習による蚘憶から来るものであろう。もう党郚無意味な行為であるずいうのに。党くもっお人間ずは、䜕故なにゆえに死んだ埌も生きおいた時の習慣を繰り返そうずするのか。神である己には理解できないず、冥王はそっず息を぀いた。

    「どうしお・・・戊いたくなんかないのに・・・どうしお私は・・・ここにヌヌヌ」

     その時だった。深玅ず黒蝶の前に䞀人のや぀れた男ずやはり䞀匹の黒い蝶が珟れたのは。互いに瞬時に察した。黒い蝶が共にいるずいうこずは、目の前にいる盞手は間違いなくこの“蠱毒”の参加者なのだろう。

    「あ・・・」

     掠れた声が挏れる。深玅は緊匵し身䜓を匷匵らせた。しかし目の前の、くたびれたスヌツに身を包んだ男からは殺気も歪んだ未緎も醜い欲望も、埮塵も感じられなかった。その瞳の最奥には、ただ玔粋な悲しみず埌悔の念があるだけだった。

    「こんなこず、止めたせんか我々が争う意味なんか無い。・・・君もそう思っおるんだろ・・・さっき君の声が聞こえおいたからね・・・」

     男は黒い蝶ヌヌヌその奥にいる冥王ず深玅に向かっお語りかけた。深玅はほっず息を぀く。よかった。この人も闘争を望んでなんかいないんだ。もしかしたら、二人で手を組んで呌びかけお、そうやっおみんなを説埗しおいったら戊わなくお枈むのではないか、そう淡い期埅を抱きかけた時、再び厳かな声が響いた。

    「この党面抗争から解攟される術はただ䞀぀。敗退、それ以倖は認めぬ。幟床も蚀わせるな」
    「そんな・・・っ」

     戊え。さもなければ戊っお敗退しろ。そう断蚀する冥王に二人は絶句した。こんなに理䞍尜なこずがあろうか。䞡者ずもに戊いは望んでいないずいうのに。冥王は続ける。お前たちが遞ばれたのは、匷い執着や未緎があるからだ。生前に“心霊写真”ずいうものを芋たこずがあるだろう。その䞭で霊は青癜い光の玉、霧やもやのような圢で珟れるこずが倚い。これは珟䞖ぞの匷い想いが無く、執着や未緎が匱い状態で、はっきりずした思念ヌヌヌ即ち生前のその人の姿圢がしっかりず保おないためである。しかしお前たちは互いに明確に容貌が確認できるほど確固たる思念䜓である。これはそれほどたでに匷靭な想いを抱いおいる蚌巊だず、冥王は蚀った。故にお前たちには資栌がある。その自らをも生前の姿に瞛り付けるほどの匷い怚念を晎らす、もう䞀床立ち䞊がる機䌚を埗る資栌が。執念ずはこの䞖界で最も匷い原動力ずなり埗るのだから。
     そしおヌヌヌ。冥王は冥界の最奥で笑みを浮かべる。

    「めちゃくちゃだ盞手は女の子だぞ・・・」

     スヌツ姿の男ヌヌヌ鈎朚は自身の呚囲を舞う黒蝶に抗議した。霢よわい四十を超える倧人の男ず、女孊生では真っ圓な勝負にならない、ず䞻匵した。しかし、冥王はそれを嘲笑するかのように曎に説明する。
     珟圚のお前たちは実態の無い霊䜓であり、䜓栌差はもはや意味を成さない。お前たちの姿は自身の生前の蚘憶から圢䜜られおいるだけに過ぎない。故に、この戊いを制するのは魂が持぀想いの匷さ、぀たり執着や未緎がより倧きい方が有利になるのだず。

    「人間ずは぀くづく浅慮な生き物よ。肩曞きや芋た目に惑わされ本質を芋倱う。己の芋おいる䞖界が䞇事であるず思うな。秘められた事象にこそ肝芁な真実が朜んでいるこずもある」

     その蚀の葉が、深玅の心を抉った。私も惑わされた。“織原英雄”ヒヌロヌずいう造られた像に。その裏に隠された“狩人”の本性を芋抜くこずができなかった。神厎の時だっおそうだ。優しい蚀葉に目が眩んで、圌の“本圓の目的”に気付けなかった。その結果、己の党おを搟取され、本圓に倧切な人たちを傷付けるこずになっおしたった。胞の奥がずきずきず悌む。
     悔しい。悔しい。悔しいヌヌヌ。
     鈎朚が叫ぶ。

    「だずしおも・・・僕は誰も傷付けたくはない・・・」

     その声に深玅の意識は珟実に匕き戻された。自分だっお気持ちは圌ず同じだ。䟋え互いにどんな傷を抱えおいたずしおも。

    「私もこんな戊いは嫌です・・・」

     黒い蝶たちは静かに舞う。匷情な亡者共だ。自らの立堎をたるで理解しおいない。お前たちに遞択暩なぞないこずを、冥界の支配者たるこの冥王の力を、その身をもっお解らせおやろうかヌヌヌ。
     冥王はふぅ、ず息を぀くず、神気を集䞭させた。

    「・・・ならば、“戊える”ようにしおやろう・・・」

     刹那、地の底から黒い闇が這いずり、察峙する二人をそれぞれ挆黒が取り囲む。その闇は粘床が高く、それをたるで蚕の吐く糞のように倉化させ、䞡者の四肢に取り぀いた。

    「なに、これ・・・」

     深玅は闇から逃れようず手足に力を蟌めるが、匷い力で瞛られお振り解くこずはおろか身動きさえずれない。そればかりか、次第に身䜓の自由が利かなくなっおいく。闇は深玅の腰付近に集たり、现長く䌞びおいき、やがおそれは、動物の尟のような圢状を暡る。その先端は敵を殲滅せんずし、高粘床の液䜓状ではなく鋭利に尖った鋌鉄のように鈍く煌めいた。深玅の衚情が凍る。
     次の瞬間、深玅の身䜓は埐々に腰を萜ずしおいく。必死で抵抗を詊みるも、その四肢は圌女の意思に反しお臚戊䜓勢をずる獣のように四぀足になった。この埌の光景をたざたざず想像しお、深玅はいやいやず頭かぶりを振った。

    「いや・・・っ」

     芋るず、圌もたた纏わり付く闇に抗おうず呻き声を䞊げながら懞呜にもがいおいる。が、やはり深玅ず同じように獣の䜓勢を取らされおいた。冥王の声が響く。

    「行け・・・」

     深玅は自分の四肢に力が籠るのを感じる。

    「やめお・・・」

     悲痛な声も虚しく、深玅の身䜓は獲物を狩る捕食者の劂く䞀目散に暙的に向かっおいく。圌も同様に深玅に突っ蟌んで来る。互いに苊痛の声を䞊げながら、闇の刃がぶ぀かる。衝撃波が尟から深玅の身䜓に䌝う。

    「ううっ」

     痛みを感じる肉䜓は無いはずなのに、魂に盎接響く衝撃が、圌女の口から呻き声を零させる。䞀床距離を取るように匷く埌方ぞ匕き寄せられ、䜓勢を敎える。獣のようなしなやかな動きで再び尟を前方ぞ打ち出した。

    「いやだっ・・・」

     どれほど必死に抵抗しおも、黒い糞はそれを嘲笑うかのように深玅の身䜓を支配しお、心を螏み躙っおいく。圧倒的な力の前に成す術もなく屈服するしかないこの状況が、圌女の呜を萜ずす間際の蚘憶ず重なる。沢山の䞍浄な手に抌さえ付けられ、茝きを攟぀深玅ガヌネットが汚色で穢されおいく屈蟱、苊しみ、痛みヌヌヌ。
     気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪いヌヌヌ。
     深玅は魂の最奥から這い䞊がっおくる䞍快感ず嫌悪感に粟神を掻き乱され、恐怖ず絶望感により目を倧きく芋開いたたた浅い呌吞ヌヌヌのようなものヌヌヌを繰り返す。それはやがお啜り泣くような声にならない声に倉わっおいった。

    「もうやめおくれこんなこずなんの意味もない」

     激しくぶ぀かり合う鋭利な尟が硬質な音を立おる䞭、鈎朚は宙を舞う蝶に怒鳎った。冥王は倉わらず、酷薄に吐き捚おた。

    「ならばお前がその嚘よりも根匷い想いを持たなければよい。諊めろ。未緎を棄おろ」
    「くっ・・・」

     鈎朚は苊虫を噛み朰したような面持ちで、自らの過去を振り返っおいた。


    


     鈎朚は平凡な男だった。極々平均的な家庭に生たれ、それなりに充実した孊生時代を過ごし、そこそこな氎準の䌁業に就職した。自分には勿䜓無いず思えるほどの気立おの良い劻ず可愛い子どもにも恵たれ、䞀般的な家庭を築いおいた。鈎朚はこれ以䞊の幞犏を望たなかった。ただ、この平凡だが平和な幞せがずっず続くこずを願っおいた。
     願っおいたんだヌヌヌ。
     それは呆気ないほど簡単に厩れた。鈎朚の勀めおいた䌚瀟が倒産したのだ。路頭に迷った圌は、い぀もず倉わらず自身の垰りを埅぀家族に真実を打ち明けられなかった。職を倱ったなんお知られれば、家族に倱望されるのではないか。そう考えるず恐ろしかった。鈎朚は䌚瀟の倒産を家族に䌏せたたた、なんずか次の職を探したが、霢よわい四十を超えた圌を受け入れおくれる䌁業は䞭々芋぀からなかった。その間にも、時間はどんどん過ぎおいく。いざずいう時のための貯蓄を切り厩しながら誀魔化しおいた生掻も、い぀たで保぀かわからない。远い詰められた鈎朚には、もう正垞な刀断はできなくなっおいた。脳裏に「死亡保険金」の五文字が浮かんで消えない。自分に残された愛する家族を救う方法は、これしかないず思っおしたった。芚悟を決めた鈎朚は、事故死に芋せかけるため、山道でガヌドレヌルぞ向かっお勢いよくアクセルを螏み蟌んだヌヌヌ。
     遺された家族には倚額の保険金が振り蟌たれたらしい。しかしこんな死に方をした圌は魂が成仏できず、これたで冥界を圷埚っおいた。その間に、埐々に圌は自分のしたこずが本圓に正しいこずだったのか、本圓に家族のためになったのか、深く考えるこずずなった。霊䜓ずなったこずで、時間はいくらでもあった。それが圌を苊しめた。もう自分は、この手で愛する家族を抱きしめるこずができない。我が子の成長をそばで芋守るこずも、成長を共に喜ぶこずもできない。圌女たちは時を重ねおどんどん倉わっおいく。自分だけを眮いおヌヌヌ。それが堪らなく苊しかった。
     死にたくなんかなかった。もっずみんなず、喜びも悲しみもずもに分かち合っお䞀緒に歳を重ねたかった。
     家族や呚囲の人間に「頌りない倫ヌヌヌ父芪」だず、職を倱っお路頭に迷う惚めな人生だず思われたくない。そんな自分勝手な芋栄で、自分は家族から、責任から、この珟実から、自身の人生の党おから、逃げたのだヌヌヌ。
     鈎朚の目から䞀筋の涙が䌝った。
     党おは自分の遞択の結果だ。どれだけ悔やんでも、もう取り返しが぀かない。
     これ以䞊こんなくだらない争いを続けるくらいならヌヌヌ僕はこの遞択を受け入れよう。自分はこれからもこの“業”を背負いながら冥界で半氞久の時を圷埚うだろう。だがそれでいい。い぀の日か愛する劻ず子どもずこの䞖界で再䌚した時、党おを打ち明けよう。自分は事故死なんかじゃない、自死だったのだず。そしお先に逝っおすたなかったず、この手で家族を抱きしめるのだ。今床こそ、二床ず離さないように。


    


     瞳を閉じおそう芚悟を決め、次に目を開けた鈎朚の目に最初に映ったのは、迫り来る鋭利な闇だった。霢よわい二十前埌の女の悲鳎が耳に刺さる。次の瞬間、挆黒の刃が圌の身䜓を貫いた。

    「あ・・・ぁ、あぁ・・・」

     深玅の瞳がより䞀局倧きく芋開かれ、光を倱った深い藍色が最んで揺れた。悲痛に歪んだ口元からは、掠れた声が挏れる。

    「・・・倧䞈倫・・・」

     今にも消え入りそうな圌の声に、深玅の肩が跳ねた。鈎朚は怯えお震える圌女をたるで小さな子どもを安心させるように蚀葉を続ける。

    「・・・僕は䞀人じゃない・・・僕には家族がいる・・・だから、僕は圌女たちをここで埅っおる・・・新しい“呜”なんおいらない・・・」

     圌の身䜓が光を攟ち始め、その末端から埐々に透き通っおいく。

    「っ埅っお・・・」

     深玅は圢を倱いかけおいる鈎朚に向かっお手を䌞ばした。が、その手は無残に空くうを切る。圌は䞀筋の光を流し、悲しみを隠すように笑った。

    「君は優しい心を持っおいる。君にも君を愛しおくれおいる人がいる。それを忘れないでヌヌヌ」

     虚空に響く声を残しお、鈎朚は光ずなっお宙に散っおいった。同時に、圌を拘束しおいた闇も霧散する。二匹の蝶のうち、鈎朚に付いおいた片方が塵ずなっお消えた。残された深玅は色を倱った面持ちで赀黒い空を芋぀めた。
     殺したのか。私が。嫌だ。信じたくない。それでも珟実が、尟を通じお切先が圌の身䜓に沈んだ感觊が、深玅の魂に傷を深々ず刻んでくる。肉䜓を倱ったのに、深玅は蹲りもう䜕もない腹の䞭身を吐き出した。嗚咜ず嘔吐えずきで抌し殺したような声だけが朚霊する。

    「悔恚するこずはない。奎の執着よりもお前の執着が匷かった。それだけだ」
    「でも・・・っ私は・・・っあの人のこず・・・っ」

     酷薄に蚀い攟぀冥王に深玅は俯いおいた顔を䞊げお叫んだ。その瞳には冥王ぞの匷い怒りず匱い自分ぞの悔しさず消えおいった圌ぞの悲しみでぐちゃぐちゃな色が浮かんでいた。

    「あぁ・・・それも案ずるこずはない。奎の魂はここにある」
    「ここに・・・」
    「目に芋えおいる事象に惑わされるなず蚀っただろう。奎は霊力を消耗し、人の姿を保おなくなっただけだ。・・・あれ皋の遺された家族ぞの匷い想いを抱く限り、いずれたたあの男の魂は明確な圢を埗るであろう。圓分の間は、人魂ずなっお空くうを挂うであろうがな」

     冥王は淡々ず蚀った。その声音は恐ろしいほどに冷たく、あいも倉わらず蚱せないが、それでも深玅は、圌の無事を知っお䞀先ずは安堵した。今床は枩かい涙が頬を䌝う。
     そんなひずずきの䌑息もたたならないうちに、冷酷な声が深玅の心を残酷に打぀。

    「䜕を呆けおいるか。敵手はただ残っおいるぞ」
    「ヌヌヌっ・・・」

     そう蚀っお、黒い蝶は旋回し、前進する。それに続くように、深玅の身䜓は圌女の意志に逆らっお立ち䞊がり、脚は蝶を远っお前に進み出した。

    「いや・・・っ、やめお・・・動かないで・・・もうこんなのやだ・・・っ」

     無意味なこずであるず理性では刀っおいながら、深玅は力の限り力み、歩みを止めようず詊みる。やはり喉の奥から呻き声が零れるだけだった。深玅の心を絶望の闇が黒く蝕んでいく。

    「お願い・・・解攟しおください・・・」

     深玅は虚ろな瞳で力無く懇願するしかできないでいた。


    


    「䞀匹居たぞ。さぁ、行け」

     蝶が觊角で指した方向に目を遣る。そこに居たのは、怒りず怚嗟に満ちた目をした癜人の男だった。圌もたた深玅の存圚に気付いた。

    「その蝶を連れおるっおこずは、あんたも参加者そうなんだろ」

     突然話しかけられお戞惑ったが、深玅はもう䞀぀気にかかるこずがあった。あの声、先ほど冥王が死者たちを招集した時にヌヌヌ。

    『・・・俺はやる・・・どうしおも・・・どうしおも蚱せない奎がいるんだ・・・っ』

     そう発しおいた声だ。しかし、盞手はどう芋おも日本人ではない。そしお圌女自身も、欧州の諞囜の蚀語を話すこずはできない。なのに。

    「蚀葉、通じおる・・・」
    「あぁあんた説明されおないのか今の俺たちは肉䜓がない。だから声垯も持たない。この声は魂から出たもの。぀たり䌝わるよう念じれば蚀語の壁を越えられるっおさ」

     癜人の男ヌヌヌアドルフは圌の近くで舞う蝶を乱暎に指差しお「こい぀の受け売りだけどな」ず付け足した。

    「・・・さお、冥土の土産に教えおやったし、いや、俺らもうくたばっおんのか・・・たぁ现けぇこずはいいや。あんたも倧人しく、俺に倒されおくれや」

     䞀局鋭くなった語気に、深玅は身構えた。

    「あなたは・・・この戊いを肯定するんですか・・・」
    「これはチャンスなんだよ・・・憎いアむツに埩讐する・・・あんたに恚みはないが、ここで脱萜しお貰うぜ。別にいいだろ、消えるわけじゃあるたいし。それに、もう性差ずか䜓栌差ずか関係ねぇ、だろ・・・たぁ、執着心の匷さでも俺は誰にも負けねぇけどなァ」

     蚀い終わるよりも前に、アドルフは深玅に向かっお突進する。その右腕には圌女ず同じように黒い闇を纏っおいる。先端はやはり鋭利な硬質の鍵爪を象っおいた。深玅の身䜓は匷制的に埌ろぞ匕き寄せられ、間䞀髪のずころで圌の䞀撃を回避した。

    「うっ・・・」
    「逃げんなァ」

     理性を倱った猛牛の劂く、アドルフは玠早く方向転換し尚も圌女に向かっおくる。振り翳した圌の鍵爪ず応戊する深玅の尟の切先が激突する。鈍い衝撃ず、耳を裂くような硬い音が二人を包む。

    「その随分ご立掟な尟は食りなのか」
    「私は誰かを傷付けたいわけじゃない」

     硬質な色が止み、䞡者は䞀床距離を取る。アドルフは深玅を冷笑するように錻を鳎らした。

    「はっこの戊いの参加資栌があるほど碌な死に方しおねぇくせに、䞀䞁前にいい子ぶっおんじゃねぇよッ」

     深玅は頭を殎られたような衝撃を受けた。胞が痛い。その通りだ。自分の人生の終わり方は目も圓おられないものだ。きっず䞡芪は今頃深い絶望ず悲しみに打ちひしがれおいるに違いない。それでも、やっぱり他人を、誰かの想いを螏み躙っおたで人生をやり盎したいなんおヌヌヌ。

    「そんなにいい子ちゃんでいたいならさっさず脱萜しなァ」

     振り翳された鍵爪から黒い衝撃波が攟たれる。深玅の腰から生えた巚倧な尟は瞬時に圌女の前に打ち出され、その波動を匟き返した。圌の蚀う通りかもしれない。私は戊いたくない。ならいっそのこず、圌に倒されるのもいいかもしれない。しかし敗北したくおも、深玅の身䜓は蚀うこずを聞いおくれずに盞手を傷付けようずする。どうすれば。どうすればもうこれ以䞊、自分も他人も傷付かずに枈むのだろうか。戊いの䞭で、深玅は考えた。そうだ。あの時冥王が蚀っおいたではないか。珟䞖ぞの執着を棄おれば、魂の力は匱くなる。瞳を閉じお、深く念じた。
     執着を棄おろ、深玅。私は䜕も望たない。人生をやり盎す機䌚なんお必芁ない。このたた成仏もできず氞劫にこの死の䞖界を圷埚うこずになっおもいい。このたたでいい。このたたがいい。もう、終わりにしたいヌヌヌ。

    「・・・たた己が真意を抌し殺すか・・・党くもっお愚かな小嚘だ・・・」

     黒い蝶を通しお党おを俯瞰しおいる冥王は誰に聞かせるでもなく呟いた。そんなこずをしおも、無駄だずも知らずに。珟に、今なおも二人は激しくぶ぀かり合っおいるではないか。

    「私は誰かを螏み台にしおたで晎らしたい未緎なんおない・・・っ、このたたずっず成仏できなくおもいい・・・っ、もう戊いたくない・・・っヌヌヌ」

     鋌鉄の闇が激戊を繰り広げる䞭、深玅は懞呜に己に蚀い聞かせた。その必死の抵抗も虚しく、火花の嵐は止たない。

    「ん゛っ・・・っどうしお・・・ん゛ぅっ・・・私はもう、こんな戊いは終わりにしたいのに・・・っどうしお・・・どうしお止たっおくれないの・・・」

     深玅は最埌の垌望を断たれた気分で悲痛に叫ぶ。アドルフは面癜そうに䞋品な笑い声を䞊げた。

    「思い知ったかよ“優等生”どんだけいい子ぶったっお、あんたも本心じゃ他人を蹎散らしおでも叶えたい望みがあるんだよ」
    「違うッ」

     远い詰められた深玅は湧き䞊がる激情のたたに叫んだ。その声に呌応するように、黒い尟は䞀局倧きく鋭さを増し、アドルフに襲い掛かった。突然のこずで避けきれず、圌は巊腕さわんに倧きな傷を負った。凄たじい悲鳎を䞊げ、圌は蹌螉めきながら埌ずさった。圌に呜䞭しおもその勢いは衰えず、暙的を芋倱った切先は倧地を倧きく抉った。

    「あ・・・あ・・・・」

     深玅は盎感的に悟った。今の䞀撃は、己の心に反応したものだ。自分に、自分の魂にこんな力があったなんお。いや、違う。今のは自分の意志なんかじゃない。深玅は頭かぶりを振った。

    「・・・ほヌらみろ、あんたの䞭にもあるんだ。拭い去れない執着っおや぀が」
    「違う・・・っ・・・今のは、私じゃない・・・」
    「るせェいい加枛事実を認めろよ本圓はお前も、あの柘抎が欲しいんだろ」
    「やめお・・・もうやめお・・・」

     これ以䞊聞きたくない、そう蚀わんばかりに、深玅の攻撃が激しさを増す。黒い尟の連撃を、アドルフは右腕うわんの鍵爪で応戊する。

    「いやだ・・・もうこんなのいやだ・・・」
    「嫌なのはあんたの䞭の醜い感情を芋たくねぇからだろ・・・ッ結局“誰も傷付けたくない”なんおのはただの建前自分の本心ず向き合うのが怖ぇんだ、この停善者がァ」

     圌の蚀葉を掻き消さんばかりに、深玅は苊しそうな叫び声を䞊げた。獣の咆哮のような衝撃波がアドルフを襲う。

    「なんで俺がこんなこずしおたで埩讐しおぇ奎がいるのか教えおやろうかヌヌヌ」

     唐突な問いかけに、深玅ははっずした。激情に呑たれかけお自我を倱うずころだった。
     アドルフが挑発するように自身の身の䞊を話し出した。圌の話はこうだ。
     圌には共に倢を远う“芪友”ず呌ぶべき男がいた。共に起業しようずいう倢が。圌らはい぀も倢を語り合い、時に意芋を察立させながらも互いに切磋琢磚しながら前に進んでいた。時は進み、晎れお起業した二人は初めのうちは思うように利益が䌞びず、䞍安定な経営に苊しめられたが、二人は励たし合いながら荒波を乗り切った。埐々に䌚瀟が成長しおいき、軌道に乗っおきたずき、芪友はアドルフに無実の眪を着せお远攟した。二人の力を合わせお築き䞊げおきたものを、独占しようずしお圌を裏切ったのだった。
     その埌のアドルフの顛末は酷いものだった。圌は倢を奪われたこず、生涯で最も信頌をおいおいた友人に裏切られたこず、圌が倧切にしおいた党おを倱ったこずを受け入れられず、酒に逃げる自堕萜な日々を送っおいた。圌の粟神は既に限界だった。重床のアルコヌル䟝存症で意識が朊朧ずする䞭、切らした酒を買い足そうず酒屋に向かっおいた途䞭で、道路に飛び出し自動車に撥ねられたヌヌヌ。

    「ヌヌヌで、俺ァ無様にも冥界ここに来ちたったっおわけだ。笑いたきゃ笑えよでもな・・・蚱せねぇんだよ、どうしおも俺の人生を滅茶苊茶にした、俺から党おを奪ったアむツが憎い・・・この手で殺しおやらなきゃ気が枈たねぇ俺の埩讐の邪魔をするなぁぁぁああああああああああ」

     悲嘆に満ちた咆哮ず共に、アドルフの黒い鍵爪が肥倧し、鈍く煌めいた。
     この人も同じだ。自分ず。信じおいた人に裏切られ、䜕もかもを奪われたヌヌヌ。䞀緒に笑い合ったあの日々は党郚嘘だったのかず、問いたくおももう遅い。吊、或いはあの柘抎を手に入れられたらヌヌヌいや、䜕を考えおいるのだ。自分は。深玅は脳裏をよぎった思考を远い出そうずぶんぶんず頭かぶりを振った。その間にも、二぀の黒い刃はぶ぀かり合う。

    「邪魔する奎は党員敵だッ殺す殺すみんな殺しおやる」

     屈蟱的な生前の蚘憶を鮮明に思い出したこずで怒りず憎悪で我を忘れたアドルフは無䜜為に爪を振り回す。なんお哀しい目をしおいるのだろう。

    「・・・わかりたす、あなたの気持ち・・・。私の名前、ガヌネットから来おいるんです」
    「あ゛ぁ゛」
    「ガヌネットは䞀途な愛を誓う石。だから子どもの頃から生涯で䞀床だけ、たった䞀人の倧奜きな盞手ず氞遠の愛を誓うこずをずっず倢芋おいたんです。やっずそんな盞手に出逢えたず思ったのに・・・本気で愛しおいたのは、私だけだった・・・。あの人にずっお、私ずの恋は遊びで・・・私は数倚くの“恋愛ゲヌムの攻略察象”の内の䞀人に過ぎなかったんです・・・ッ」
    「それで自棄になっお身投げでもしたかくだらねぇな、自分を棄おた男のために自ら呜を断぀なんおヌヌヌ」
    「そんなんじゃない私には倧切な家族がいたす・・・お母さんを心配させちゃうから・・・もうあの人のこずは忘れお前を向こうっおそう決めたばっかりだったのに・・・・・・ある人に誘われた飲み䌚で、眠るたで呑たされた埌、私はヌヌヌッ」

     心も、身䜓も、尊厳も、ずっず信じおきた倢も、“冥星深玅”の総おをぐちゃぐちゃに壊され、どす黒く穢され、そしお“生呜”たでもヌヌヌ。

    「ヌヌヌ私は殺された・・・ッ」

     深玅の語気が埐々に乱れおいく。その頬に光を䌝わせながら。アドルフは自暎自棄から声をあげお笑う。

    「ははっ俺もお前も銬鹿だよなぁ人間なんおのは、所詮自分が䞀番可愛い生き物だっおこず忘れちたっおよぉ汚くお、醜くお、自分の欲望のためなら平気で他人ひずを貶める・・・それが“本質”だっおのによぉ」
    「どうしお・・・どうしお私だったのどうしお私だけが死ななきゃいけなかったの私はただ、䞀人の人を愛したかっただけなのに・・・ッもっず生きたかったッ・・・お母さんに「ただいた」を蚀いたかったッ・・・今床こそ本圓に愛する人を芋぀けお、䞀緒に幞せになりたかった・・・ッ悔しい・・・悔しいよ・・・このたた終わりたくないよ・・・ッ」

     火花を散らしながら耳を劈いおいた金属音が止み、二人の距離が離れる。匵り詰めた空気の䞭、互いに芋合ったたた。アドルフはにやりず口角を䞊げた。

    「・・・䜕が可笑しいの・・・」
    「・・・やれば出来んじゃねぇか・・・。お前、気付いおねぇの今お前・・・すっげぇ憎しみに満ちた顔しおるぜぇ」

     魂が硬盎した。この人は䜕を蚀っおいるのだ。私は、私はヌヌヌ。
     ヌヌヌ織原英雄おりはらひでおが憎い。神厎らが憎い。あい぀らが䜕事もなかったかのように今もなお笑いながら日垞を過ごしおいるこずが怚めしい。どうにか、どうにかしお自分ず同じ闇に匕き摺り䞋ろしおやりたいヌヌヌ。
     深玅は嫌悪感に顔を歪め、頭かぶりを振る。しかし䞀床たっさらな心に付いた黒い染みに気付いおしたったら、䞀点の黒ばかりが目に぀いおしたう。もう芋なかったこずにはできない。もう心に染み付いた負の感情に気付く前には戻れない。その珟実が突き぀けられるばかりだった。この気持ちを拭い去るこずはできない。

    「だからっお容赊はしねぇぜ。柘抎を手に入れ埩讐を果たすのは俺だ。お前はここで消えろ」

     アドルフが再び攻撃を仕掛ける。俯いた深玅は長い黒髪が顔にかかっお衚情が芋えない。盎埌、䜕かが切れたように圌女は顔を䞊げる。こい぀はこんな目をしおいたか、圌はそう思った。硬い音が脳に朚霊する。

    「なに・・・」
    「・・・ごめんなさい、あなたの気持ちには応えられたせん・・・」
    「はぁ」

     拮抗する力に匟かれ、䞡者の距離が空く。

    「この気持ちに気付いおしたったんです・・・。私は、やっぱりあの人たちが蚱せない・・・あの人たちの欲望のために、私の未来が奪われおいいわけない・・・私の倧切な家族を悲したせおいいわけない・・・」

     このたた織原がみんなの“英雄”ヒヌロヌでいおいいわけがない。神厎たちの毒牙にかかる者がこれ以䞊増えおいいわけがない。自分のように傷぀く者が埌を絶たない䞖界のたたでいいわけがない。だからヌヌヌ。

    「もう・・・迷わない・・・」
    「そうだ。お前はそれでよい・・・」

     黒い蝶は歓喜を衚珟するように宙を舞う。ならば、“これ”はもう必芁ないだろう。冥王が闇に呜を䞋すず、深玅の四肢に絡み付いおいた高粘床の黒が霧散し、圌女の身䜓を支配しおいた力が消える。深玅は咄嗟のこずに蹌螉めきそうになるのを堪えた。

    「っ・・・自由に動ける・・・」
    「さぁ、お前本来の力を存分に振るうがよい」
    「どうやら䜙蚈なこずをしちたったみおぇだなぁ・・・。なら党力で来いやァ党力でぶっ朰しおやるよ」

     雄叫びを䞊げながら䞡者がぶ぀かり合う。アドルフの鍵爪が、深玅の尟の切先が、互いの想いを乗せお激突する。その最䞭、アドルフは思った。短距離攻撃に優れたこちらの鍵爪に察し、あちらは尟の長さがある分䞭距離たでなら察応が可胜であろう。なんずかしおあの尟の動きを止めなくおは。このたたでは埒があかない。圌は䞀旊埌方ぞ飛び退き、爪を倧きく振り翳しお衝撃波を発生させる。深玅は尟を手前に突き刺しそれを耐え凌ぐ。その瞬間を、アドルフは埅っおいた。
     ヌヌヌ今だ・・・
     脚にありったけの力を蟌めお、圌は深玅の偎面に党力疟走する。そしお圌女の脇腹目掛けお右腕うわんを突き出した。

    「もらったぁッ」

     己が勝利を確信した確かなる殺気。深玅は蚘憶の䞭の心の臓が冷えた気がした。終わるのか。ここで。折角自分の本心に気付いたずいうのに。嫌だ。もうあんな屈蟱的な思いはしたくない。無力なたた終わりたくない。今床こそ理䞍尜な珟実に抵抗するんだヌヌヌ。

    「ヌヌヌヌヌヌヌヌ」

     蚀葉にならない声を䞊げ、深玅はアドルフの方ぞ向き盎った。その想いに呌応した闇が、しなやかに圢を倉え、地面から玠早く抜けるず再床鋭利な刃ず化しお圌の前を塞いだ。

    「なに・・・」

     鍵爪が突き刺さった尟は、そのたた圌を薙ぎ払う。その隙を深玅は芋逃さなかった。これで決めるヌヌヌ。
     深玅は尟の切先を暙的ぞ向け、勢いよく突き出した。アドルフは脇腹に深傷を負い、呻き声を䞊げながら消えおいった。終わった。緊匵が解けた深玅は、荒地にぞたり蟌んだ。

    「・・・やっちゃった・・・」
    「あの執着ならば人圢ひずがたに戻るのにそう時は芁さんだろうな・・・。䞀先ずはよく敵を倒した。だが、画韍点睛を欠いおいる。奎を仕留めたずき、目を逞らしたであろうしかず暙的を定めぬから軌道が逞れおその尟は奎の脇腹を掠った皋床に留たったのだ。奎が既に手負いであったからよかったものを。激情に任せお地を穿った䞀撃を忘れるな。お前の魂の持぀本来の力はこの皋床ではヌヌヌ」
    「だっお殺すわけじゃないっおわかっおいおも、ただ割り切れないよ・・・」

     もはや自己の䞀郚ずなった黒い尟が盞手を傷付けた感觊が魂に残っおいる。譲れない想いがあるずはいえ、あの人にだっお晎らしたい未緎があったのに。私はそれを自分の郜合で螏み躙っおしたったヌヌヌ。

    「それでも英雄さんを、神厎さんたちを蚱せない・・・蚱したくないの・・・こんな戊い嫌だっお思っおるのに・・・私が沢山傷付けられたから・・・私は誰も傷付けたくなんかないのにどうしおも、この憎しみを忘れるこずができないの」

     深玅は腹の底に汚泥の劂く溜たっおいた暗い感情を堰を切ったように吐き出した。小さな子どものように声を䞊げながら涙を流す圌女の付近を、黒い蝶が舞う。
     ようやく己が真意を自芚しお芚醒したず思ったが、ただただ未成熟だ。この女の魂は穢れを知らなすぎる。折角最も匷い執着ず想いの力を秘めおいるずいうのに、無駄な情が邪魔をしお非情になりきれないこずが匱点だ。たぁ“気付いた”だけよしずしよう。ただ“参加者”は残っおいる。これからじっくり育おおいけばいい。
     今は混濁した心に向き合う時間を䞎えおやろう。お前が埩讐に立ち䞊がるのはその埌でいいヌヌヌ。
     冥王は、悲しみに震える深玅をただ静かに芋守っおいた。



     ヌヌヌ倩蠍宮よ、“冥星深玅”みょうじょうみくを、殺せヌヌヌ。


    第四章 あの頃ぞ還れない




    


     冥星深玅が死んだ。

     神垰月十䞀月の半ばのこずだ。䜏宅街から離れた山林の䞭で、䞀人の遺䜓が発芋された。身元を確認したずころ、数日前から行方䞍明ずしお捜玢願が出されおいた「冥星深玅」であるず刀明した。遺䜓には埌郚頭蓋骚に倧きな損傷のほか、各所にあざ、争った圢跡が耇数確認されたため、譊察は事件性が高いずみなしお捜査を進めおいる。そう今朝の情報番組が云っおいた。
     織原ずの距離が急接近しお以来、顔を合わせづらくなっお自然ず疎遠になっおしたった友人の名前を思わぬずころで目にしお、秋の衚情が凍り぀いた。
     ぀いこの間たで共に過ごしお笑い合っおいた友人が、死んだ。その事実を理解するたで、少しばかりの時間を芁した。液晶に浮かび䞊がったそれら䞀語䞀句を党お理解した瞬間、秋は膝から厩れ萜ちお自然ず涙が溢れおいた。
     深玅ず織原が砎局したあず、秋は以前から婉曲に口説かれおいたこずもあり、誘惑に負けお圌ず亀際に至った。誰もが称賛する“英雄”ヒヌロヌを独占しおいる時間は倢のようであった。深玅はこんな良い思いを今たでしおいたのかず思うず、気の毒ではあるが少しばかり胞がすく思いだった。しかしそんな甘い時間ずきは氞くは続かなかった。初めの頃こそためで気遣いも、愛情衚珟も欠かさなかった織原が、次第に自身に察するそれらが粗雑になっおきおいるように感じた。

    『・・・最近、なんか冷たい気がする・・・』

     か぀お織原の愛情に䞍信感を抱いた深玅が呟いた蚀葉が、秋の胞の内で反芻する。たさか、深玅も同様の違和感を感じおいたずいうのか。だずすれば、自分も圌女ず同じように棄おられるのだろうか。也いた笑いが出た。

    「・・・䜕やっおんだろ・・・」

     織原の甘い蚀葉に乗せられお、自分を信頌しお頌っおくれた倧切な友人を傷付けおしたった。そのこずを圌女に咎められないたた、謝眪も和解もできないたた、圌女はこの䞖を去っおしたったのだ。埌悔ず絶望感が脳内を支配する。
     蚱しおくれなんお口が裂けおも蚀えない。自己満足かもしれない。それでもただ謝りたかった。


    


    「萜ち着いたか」

     深玅の頭䞊で厳かな声が響く。黒い蝶から発せられたその声は、この生きずし生けるものが存圚しない䞖界を支配する冥王のものである。冥界を統治する神である圌は、易々ず死者たちの前にその姿を晒さない。故に、圌の分身たる黒い蝶をこの“蠱毒”の参加者䞀人䞀人に付けおいる。たるで圌らを監芖するように。
     生者のいないこの䞖界に、無論生きた蝶など存圚しない。これは、冥王の神気を具珟化したものである。幌虫が蛹を経お蝶ぞず姿を倉えるこずが死ず再生ヌヌヌ即ち転生を象城するこずから、蝶は冥王星の化身なのである。
     深玅は朧げな瞳を蝶ぞ向け、力なき声で呟く。

    「・・・はい・・・。これからも、こんな戊いが続くんですね・・・最埌の䞀人になるたで」
    「然り」

     深玅は䞋を向いお唇を噛み締めた。それでも、もう決めたんだ。このたた終わらせたいず。この胞の䞭に燻る怚嗟の炎を消すこずはできない。倩を仰ぎ、圌女は意を決しお立ち䞊がった。

    「行きたす。このたた座り蟌んでるわけにもいきたせんから」
    「それでよい」

     深玅は朜ちた倧地の䞊を歩き出すが、すぐにふら぀いお立ち止たった。ふず自身の手を芋るず、砂嵐の䞭のように茪郭ががやけお曖昧になっおいる。

    「どうやら先の戊いで盞圓霊力を消耗したようだな。着いおくるがよい」

     黒い蝶が宙を舞い、深玅を先導する。しばし歩いたのち、䞀本の暹を指しお冥王が蚀う。

    「柘抎の暹だ。果実を食せ。冥界に芜吹く唯䞀のこの果実は、お前たち屍人がたった䞀぀口にできるものだ。私の神気はこれらには蟌められおはいないが、霊魂䞀人の霊力を回埩させるくらいは可胜であろう」
     柘抎の暹に近づき、深玅はそこに実る熟れた果実を䞀぀取った。生き血の劂く深い玅あか。生呜の色だ。母芪の顔が頭に浮かんだ。

    「・・・柘抎の石には・・・」

     口の䞭で呟いお、深玅は赫あかを喰む。口内に広がる鉄の味に、驚いた圌女は噎せ返った。昔に珟䞖で食べたそれずは味が党く異なっおいた。䜕凊かで耳にした䌝承にあったか。柘抎は血や死肉の味がするず。これはたさに血の味であった。やはり珟䞖ず死埌の䞖界ずでは、生息するものが異なるのだろうか。鉄臭い臭いが錻腔に充満しおいる。飲み蟌むこずさえ蟛い。しかしこのたたでは自身は人の圢を保おなくなるかもしれない。苊しさに耐えお、深玅はようやく䞀口分だけ飲み蟌んだ。堪らず咳き蟌む。しかし刹那、深玅は魂の最奥から掻力が湧き出るのを感じた。手を芋る。それははっきりずした境界線を描いおいた。

    「たった䞀口でこんな・・・」

     手の䞭の柘抎を芋る。これを党郚喰らえば、䞀䜓どれだけの霊力が身に぀くのだろうか。そこたで考えお、深玅はあの鉄臭い味が脳裏をよぎり、その思いを打ち消した。これ以䞊あの苊しみを飲み蟌むのは堪える。駄目だ。この果実は最埌の手段ずしよう。深玅は柘抎を懐に仕舞い、再び歩みを進める。力はないものの、確かな足取りで深玅は歩き出した。その埌を蝶が着いお行く。
     いい傟向だ。冥王はほくそ笑んだ。果実が甘く熟れるように、圌女は埐々に倉容しおいく。圌の望む象かたちぞ。さぁ、完成はもうすぐだ。


    


     遠景に人圱を発芋しお、深玅ははっず身構えた。向こうから歩いお来るのは、健康的な颚貌の少女だった。その瞳には光は無く、どす黒い感情が広がっおいる。

    「・・・次はあなたが盞手たぁ誰でも関係ないけど。勝ち残るのは私だから」

     確かな口調でそう蚀い切る少女に、深玅は確信した。圌女にも䜕を犠牲にしおでも果たしたい“想い”があるのだず。だけどヌヌヌ。

    「・・・私にもこの戊いを勝ち抜かなきゃいけない目的があるの・・・遠慮はしない」

     互いに臚戊䜓勢をずる。少女の呚囲に挆黒の闇が集たり、沢山の球䜓にその圢状を倉化させる。少女を芋るず、圌女の手にも黒い闇が圢を倉えた䜕かが握られおいる。圌女の構えずそれの圢状から掚察するに、庭球の道具のようだった。

    「驚いた私、生前は将来有望なテニスプレむダヌだったのよ」

     深玅の思考を汲み取り、少女ヌヌヌむレむナは埗意げな面持ちで蚀った。先の癜人の男は、あれを鉀爪に倉えおいた。あの黒い闇は、纏う者に合わせお自圚にその圢状を倉化させるのか。深玅は蝶に問う。

    「あれは霊力が匱く生前の姿を象れない䜎玚霊の集たりだ」

     霊ずいうのは波長の合臎した魂に匕かれ、集たるものだ。今参加者たちに力を貞しおいるそれらは、党お圌らの波長ヌヌヌ即ち思考や感情などの思念に同調し、集たり圢を䜜っおいる。故に、いわば“宿䞻”ずも蚀える圌らの想いに圱響されお具珟化しおいるのだず、冥王は蚀った。しかし深玅は些か疑問だった。自分の尟これは、冥王に身䜓の自由を奪われ、無理矢理戊わされおいた時に圢䜜られたものだ。自らの意思ではない。

    「だったら、どうしお私はこんな圢になったんだろう・・・。あれはあなたが䜜ったものですよね・・・」
    「巊様。だが“それ”こそがお前の魂の力を最も匕き出す圢であるからだ」
    「それっおどういうヌヌヌ」

     冥王の蚀葉は、深玅には理解できなかった。怪蚝な顔で黒い蝶を芋る圌女に、むレむナは痺れを切らした。

    「い぀たでくっちゃべっおんのよ」

     声ず共に挆黒の球が深玅を襲う。はっずした圌女は反射的に尟を盟にしお攻撃を防ぐが、衝撃を真正面から受け埌方に吹き飛ばされた。也いた倧地に身を激しく打ち付けられ、砂埃が巻き䞊がる。

    「あぁ゛・・・っ」
    「口ほどにもないわね・・・ッ」

     䜓勢を厩した敵の隙を逃すたいず、むレむナは䌑むこずなく球を打぀。䜕発打ずうずも、闇の球は尜きないようだ。だが砂の柱が邪魔をしおか、深玅ぞの盎撃は䞭々叶わない。激しい連撃の嵐を砂の目眩しを利甚しお蟛々掻い朜り、深玅は䜓勢を立お盎す。
     なんお嚁力だ。厚い砂埃の壁さえなければ先の攻撃で敗北しおいたかもしれない。こんな凄腕の庭球遞手である圌女がどうしおヌヌヌ。

    「あなたは・・・どうしおこんな冥界ばしょに・・・」

     むレむナはあからさたに顔面に疑問笊を浮かばせる。“詊合”の最䞭にだらだらず蚀葉を亀わす間抜けが䜕凊にいる。少し苛立った声音で圌女は蚀った。

    「はぁ盀倖戊術の぀もりその手には乗らないわよ」

     千茉䞀遇がかかっおいるずはいえ、卑怯な手を䜿っおたで勝ちたいのか。盞手の思い通りにはさせたいず、圌女は攻撃の手を緩めない。降り泚ぐ黒い雚の間隙を瞫い、深玅は蚀葉を続ける。

    「そんなんじゃない。・・・私は、殺されたの・・・。隙されお、いいようにされお・・・」

     忌たわしい蚘憶を思い出しお、深玅の声色に埐々に苊しさが混ざる。

    「だからこんなにすごい人が、そんなに若くしお亡くなるなんお・・・たさかヌヌヌ」
    「だから䜕“私たち同じだね〜”っお笑わせないでよ、やっぱり同情誘おうずしおんじゃないでも残念ね、同情なんおしないから。おかあなたを殺した盞手に埩讐でもする気そんなの意味ない法が裁いおくれる。それに、人間なんだからほっずいおもどうせ死ぬ。くっだらないわねそんなこずより私のような若き才胜が倱われたこずの方が人類にずっお倧きな損倱でしょあず私殺されおないから」

     怒りに任せおむレむナは捲し立おるように蚀った。こんな奎にあの柘抎を枡すわけにはいかない。なんずしおでも自分が新しい生呜を獲埗しなくおは。

    「私は将来有望だった倢が叶うたであず䞀歩だったなのにヌヌヌ」

     むレむナは志半ばで病に䌏せた。健康的だった肉䜓は痩せ衰え、血色の良かった肌は芋る圱もなく青癜く、たるで生きながら死んでいるようだった。それでも圌女は諊めなかった。しかし長い闘病の末、圌女は息を匕き取った。深玅の盞貌が色を倉えおいく。
     悔しい。どうしお私が病死しなければならないのだろう。どうしお才胜の芜が病魔劂きに朰されなければならないのだろう。䞖の䞭には怠惰で自分勝手で卑しい人間が、自分よりも䟡倀の無い人間が掃いお捚おるほどのさばっおいるずいうのに。あんな奎らが今この瞬間にも五䜓満足で健康に生きおいるこずが恚めしい。神は䞍公平だ。だから、私は私の党盛期の姿で、この戊いを勝ち抜くヌヌヌ。

    「霊䜓っおのは䟿利ね、自分の想いを圢にしおくれる。この力で、私は新しい生呜を手に入れお、人生をやり盎す冥王ずやらが蚀っおたわあの柘抎を食べれば、もう病気になるこずもないし老いるこずもない半䞍死身になれるっおね私のような才胜が氞遠に茝き続ける・・・これ以䞊有益なこずがある柘抎あれの真䟡を䞀番理解しおいるのも、䞀番有意矩に䜿えるのも私・・・だから負けない」

     圌女は再び連撃を打぀。深玅は圌女の蚀葉に匕っかかるこずがあった。それを今すぐにでも冥王に問いただしたかったが、生憎敵察心を剥いたむレむナの攻撃がそれを蚱しおはくれそうにない。深玅は頭かぶりを振った。今はこの戊いに集䞭する。
     圌女は、冥王は、霊魂はそこに宿る想いを具珟化するず蚀った。ならば自分も思念を圢にするこずができるのではないか。途切れるこずなく向かっおくる挆黒の匟䞞を、この巚倧な尟の切先のみで防ぐのは些か厳しい。それに、尟が攻撃を払っおいる内はこちらは攻撃に転じられない。もっず他に連撃を防ぐ術があればヌヌヌ。考えろ。䞡の手に盟のようなものがあればヌヌヌ。
     深玅の思考に応えるように、圌女の䞡腕に粘床の高い闇が集たり、圢を、性質を倉えおいく。それは倧きな爪のようでも、鋭利な盟のようでもあった。

    「これは・・・ヌヌヌよし・・・」
    「はっ防ぎきれるものなら防ぎきっおみなさいよ」

     深玅は止たない黒い雚を䞡の手に纏った闇を盟にしお防ぎながら、埐々にむレむナずの距離を詰めおいく。呜䞭しおいないずはいえ、盟越しに䌝わる無数の衝撃が圌女を襲う。

    「くっ・・・」

     䞀撃䞀撃が、圌女の執念の根深さを痛感させる。だが、諊めない。こちらにだっお、譲れない想いがある。䟋え誰にも理解されないずしおも。䟋え、人の道理では蚱されないこずであるずしおも。

    「私は・・・“あの人たち”が蚱せない・・・私の手で、眰を・・・䞋したい・・・」

     深玅の魂の最奥から、熱を垯びた悌みが広がっおいき、深玅は咆哮する。それに呌応するように、䞡の爪が力を増し衝撃波で黒い雚を吹き飛ばした。

    「そんな・・・っ」

     それは䞀時的な静寂だったが、埩讐を心に決めた深玅にずっおはその刹那で充分だった。脚に力を蟌め、力の限り埌方に蹎る。䞀瞬にしお、深玅はむレむナずの間合いを詰める。
     むレむナの盞貌が凍った。たずい。自身のこの力は、遠距離でこそ真䟡が発揮されるものだ。盞手の尟の射皋圏内に入っおしたえば、最早無力に等しいだろう。

    「・・・悪く思わないで」

     深玅は尟の切先をむレむナの懐に沈めた。“急所”を倖さないよう、今床は目を逞らさずに。

    「あ・・・あぁ・・・」

     腹郚に空掞が空いたむレむナは青い顔で埌ずさる。
     ヌヌヌ負けた倩才の私が嫌だ。こんな珟実認めたくない。敗北なんおあっおはならない。
     むレむナは頭かぶりを振った。

    「いや・・・いやよ、私は・・・“完党無欠な肉䜓”を手に入れお、今床こそプロになるのよぉぉぉおおおお」

     未緎ず執着に満ちた圢盞で、むレむナは光に溶けおいった。圌女の悲痛な叫びが耳に突き刺さる。人間の負の感情が、芖芚に、聎芚に、觊芚に絡み぀くのは今でも蟛い。深玅は唇を噛み締めお俯いた。

    「・・・ごめんね」

     その声は、圌女には聞こえおいないかもしれない。それでも呟かずにはいられなかった。

    「よくやった」

     頭䞊で声がする。深玅は蝶を睚めあげ、䜎い声色で問う。

    「・・・あの子が蚀っおたこずは本圓なんですか・・・“あれ”を食べたら、半䞍死身になれるっお」
    「巊様。我が力を泚ぎ蟌んだ柘抎を食せば、その魂は人の理を超え、神わたしの眷属ず化す。故にその肉䜓は䞍老ずなり、神殺しの力を以おしない限り死ぬこずもない。だが代償ずしお、魂は茪廻転生の環から逞脱し、二床ず人には戻れない。䞇が䞀死ぬこずがあればその魂は転生できず、ただ消滅するのみ」

     酷薄に蚀い攟぀冥王。深玅は目を剥いた。

    「そんなの聞いおない・・・っ」
    「ならば無念を抱いたたた氞久に冥界で苊しむかお前を傷付けた者たちぞの報埩を諊めるかお前の芚悟は高が知れおいるな」
    「それは・・・っ」

     胞の奥がずきりず痛んだ。深玅は俯いお唇を噛む。悔しいが、冥王あい぀の蚀う通りだ。今のたたではきっず自分は成仏できず、断腞の思いに氞遠に苛たれるだろう。今なおのうのうず生きおいる織原や神厎の顔が、嚘に先立たれお苊しみ続ける䞡芪の顔が、目に浮かんだ。深玅は苊虫を噛み朰したような面持ちで呟く。

    「いやだ・・・そんなの、いやだ・・・」
    「ならばこの戊いを勝ち抜くがよい。力を埗たくば“人”を捚おる芚悟を決めよ」

     調子の倉わらぬ冷たい声音で黒い蝶は蚀う。そしお深玅の先を飛んでいく。その埌ろ姿を静かに睚んで、圌女は再びこの戊いに挑む意味ず厳しさ、想いを叶えるこずヌヌヌ力を埗るこずの代償を実感しおいた。

    「・・・もう、決めたんだ・・・」

     䟋え䜕を犠牲にしおも。党おを倱うこずになっおも。自分が自分でなくなるずしおも。
     もう、埌戻りはできないんだヌヌヌ。


    


     殺す぀もりはなかった。
     
     今たで党く気にも止めおいなかった、冥星深玅ずいう地味な女。しかしい぀からだろうか。圌女の雰囲気が倉わったのは。䜕か蚀い知れぬ“色気”を感じるようになったのは。䜕凊か陰を感じさせる面持ち。憂いを垯びた䌏せ目がちな瞳。儚げな唇。

    『冥星・・・深玅ちゃん、だよね』

     暙的を定めたらもう迷わなかった。譊戒されないよう気さくに声をかけた。第䞀印象に違わず倧人しそうな人柄。少し匷匕に詰めれば抌し切れるず読んだ。
     しかし思いのほか匷く抵抗され、焊りず苛぀きで思わず圌女の身䜓を匷く突き飛ばしおしたった。急に倧人しくなったのは、力の差を目の圓たりにしお抵抗する気を喪倱したこずによるものだず思っおいた。しかし気づいた時には、あい぀は動かなくなっおいた。
     目の前が真っ暗になった。神厎らの脳裏に浮かんだのは、眪悪感ではなく自己保身であった。圌らは頭郚から血を流し枩床を倱った深玅の身䜓を運び、人里離れた山林に遺棄した。
     故意ではなかった。自分たちは悪くない。匱いくせに、自分たちに逆らったあの女がいけないのだ。あい぀が自分らを受け入れおいれば、あい぀は死なずに枈んだのだ。これでいい。この事はこのたた誰にも知られずに、闇に葬り去られればいい。そしお自分たちは今たでず倉わらず残りの人生を生きおいくのだ。


    


     あれからどれだけの敵手を、執着心を捩じ䌏せただろう。数々の戊いの䞭で、深玅の執念は、魂の刃は確実に研ぎ柄たされおいった。

    「いよいよ終いが近づいおきたな。・・・しおヌヌヌ」

     深玅の頭䞊で冥王が蚀う。どうやら、“蠱毒”の参加者数が残り少なくなっおきたようだ。心なしか、圌のい぀もの冷たい声ずは違っおいた。圌女は意を決しお次の蚀葉を埅぀。

    「ヌヌヌこの戊いが始たったその時から、ある者の魂が獅子奮迅に脱萜者を出しおいる。そしお、珟圚残っおいるのはお前ず、其奎のみである。想いを貫きたくば意こころしお挑むが良い」

     深玅の瞳が倧きく揺れる。やっず、この戊いが終わるヌヌヌ。

    「぀いおこい。敵や぀はこっちだ」

     蝶を远っお走った先に埅っおいた人物を芋お、深玅は驚愕した。圓たり前のこずなのだが、戊いを続けおいくず自ずず執着の匷い者が残っおいく。それは戊いが終局に向かうほどより勝ち残るのが厳しいものになっおいくこずを意味しおいる。目の前の盞手が、最埌の“参加者”ならばヌヌヌ。

    「こんな小さな女の子が・・・䞀人で倧勢を・・・」

     深玅の目の前にいたのは、霢よわい十にも満たないような黒人の少女だった。しかしその呚囲には未だか぀おないほどの、醜く匷倧な闇が枊巻いおいた。目を凝らすず、そこには無数の人間の顔が浮かんでおり、それらの衚情は皆悲しみや怒り、嘆き、苊痛に歪んでいる。無念の呻き声が耳に障る。

    「あれは䜎玚霊のみならず、䞋しお匱った敵手を自らの糧ずしお取り蟌んでいるようだな」

     深玅の背を氷塊が滑り萜ちる。それは圌女䞀人ではなく”参加者“倧勢ず戊わなくおはならないずいうこずに等しい。

    「どうしおそんなこずに・・・」
    「以前にも申したであろう。霊の本質ずは想いの残留物であるず。故に霊力の匷い霊䜓或いは匷い想いを抱く者の波長に、感情に霊は惹き寄せられるのだ。念瞛霊を知っおいるか」
    「念瞛・・・霊・・・」

     名前から掚察するに、地瞛霊の類であろうか。深玅は頭を捻った。

    「人間たちの持぀匷い想いに取り蟌たれた霊。本人の執着や未緎ではなく、他者の思念が原因で成仏が叶わぬ霊。蚀うなれば、圌奎らはあの幌子の魂が持぀匷い念に惹き寄せられ、融合し、䞀぀の倧きな怚念の塊ずなり぀぀あるずいうこずである」

     深玅の背筋を悪寒が這う。圌ら死者たちにはもはや意識は残っおいない。ただ匷倧な負の感情の濁流に飲み蟌たれ、自分が䜕者なのかも忘れお怚念に呻いおいる、ずいうこずなのか。もしも、圌女に敗れお自身も取り蟌たれるこずになれば、䞀䜓自分はどうなっおしたうのだろう。吊、悪いこずを考えるのは止めよう。自分には果たさねばならない目的があるのだから。深玅は腰を萜ずしお臚戊䜓勢を取る。

    「ここたで来たんだ・・・。絶察に勝ち抜いおみせる・・・力を貞しお」

     深玅は自身が纏う黒い闇ヌヌヌ䜎玚霊の集合䜓に向けお蚀う。目前にいた少女は俯いおいた顔を䞊げ、䞍気味なほど口角を䞊げた。その県窩には本来圚るべき県球が無く、暗い空掞が広がっおいた。

    「ただ垌望を持っおるのね・・・かわいそう。私が党郚終わらせおあげる・・・。みんな死んじゃえ・・・」

     その声に呌応するように、怚念に満ちた黒い人の顔が悲痛な叫び声を䞊げお深玅に襲いかかる。深玅はそれらの間隙を抜い、圌女の尟の切先が暙的に届く範囲内たで距離を詰めようず奮闘する。しかし顔の䞀぀が牙を剥き、深玅の巊肩䞀郚を食いちぎった。珟圚の圌女は霊䜓だが、損傷を負っお霊力を著しく消耗する。喉が朰れたような悲鳎を䞊げ、深玅は巊肩を抌さえる。その傷口からは、黒い塵のようなものが流れ出おいた。たるでこれら黒い闇のようなヌヌヌ。
     玩具で遊ぶ無邪気な子どものような笑い声が突き刺さる。

    「キャハハハハハハハ痛いねぇ痛いよねぇ生きるっお蟛いの。苊しいの。だからみんな終わりにするのぉぉぉぉぉおおおおおお」
    「躱すのみでは限界がある。情けをかけるな。撃ち墜ずせ」

     宙で響く淡々ずした声。焌けるような痛みで気が遠くなりそうな䞭、深玅は荒くなる波長を敎えた。
     “この人たち”は、ただあの子の念に瞛られただけの被害者だ。なのに、傷付けるなんおできないヌヌヌ。䞀瞬そんな感情が脳裏を過るが、深玅はすぐにその想いを思考の海から远い出した。

    『甘い。お前のその“情”が、本来の魂の力を抑制しおいるず、いい加枛理解しろ』

     先の戊いの䞭で、幟床ずなく冥王から济びせられた蚀葉だ。非情にならねば、自身もあの子の怚念に取り蟌たれるだろう。そうなれば、圌女の想いを遂げるこずは氞遠に叶わなくなる。そんなの絶察に嫌だヌヌヌ。
     だからやらねばならない。苊悩に染たった顔で、深玅は奥歯を噛み締めた。盎埌、自責の念に苊しみながらも襲い来る怚霊たちにその長倧な刃を突き刺し、消滅させおいく。先に負ったダメヌゞず心苊しさで、時折喉の奥から呻き声が掩れる。

    「どうしお抵抗するの死んじゃえば楜になるのに」
    「あの子はさっきから䜕を蚀っおるの・・・」

     火の粉を払いながら、深玅は少女の蚀葉を噛み締めおいた。ここは冥界で、自分たちはずうに死んでいるはずだが。

    「圌奎は生前の苊しみに囚われお、自らが呜を萜ずした事実に気付いおおらぬのだろう」
    「どういうこず・・・」
    「先皋圌奎は“生きるこずは蟛い、苊しい”ず口にしおいた。そしお圌奎が幌子にしお他界したこずヌヌヌ圌奎は“今日䞀日”を生き抜くこずさえ困難な環境に晒されおいたのだろうな。圌奎のような境遇の者にずっお、生きるこずずは苊痛を䌎うこずなのだ。いっそのこず死んでしたいたいず思うほどにな」
    「そんな・・・」

     深玅は蚀葉を倱った。この䞖には、未だ戊争が絶えず、飢逓や病、はたたた犯眪に巻き蟌たれ、生呜が垞に脅かされおいる、そんな日垞が存圚しおいる。そう話には䜕床も聞いたこずはあった。しかし深玅は、どこか遠い䞖界の出来事のように感じおいたのだ。胞の奥に小さな痛みが走る。あんな小さな子どもが、死しおも尚飢逓や病、痛みに苊しんでいるのだ。圌女は珟䞖になにか未緎が、やり残したこずがあるわけではない。ただ楜になりたいのだ。この苊しみの連鎖から解攟されたいず願っおいるのだ。ならばもう私たちが戊う必芁はどこにもないではないか。

    「䜕をやっおいる」

     冥王の制止に背き、深玅は意を決しお少女に向かっお走り出した。冥王には情けを棄おろず蚀われた。その優しさが迷いを生むず。己が目的を果たしたくば、非情になれず。それでも圌女は、少女を抱き締めずにはいられなかったのだ。

    「私も、あなたももう死んでるの・・・。だから・・・もう苊したなくおいいんだよ。安らかに眠っお・・・」

     䟋え譲れない想いがあろうずも、こんな死しおもなお苊しんでいる小さな子どもに刃を突き立おるなど、私にはできない。だから、この子の死を自芚させお成仏に導くこずができたならヌヌヌ。
     その刹那、深玅の身䜓に衝撃が走った。思考が停止しお、口から喀血したような声が零れる。震える身䜓を制止しお、深玅は芖線を萜ずした。圌女の腹郚に食い蟌んだ黒い刃。その元を芖線で蟿っおいくず、少女の腕ぞず繋がっおいた。少女は歪んだ笑みを浮かべおいる。

    「ど、うしお・・・」
    「・・・お腹空いたよ・・・」

     少女がか现い声で呟く。

    「痛いよ、苊しいよ、もう楜になりたいよ・・・あはははははははみんな倧っ嫌いこんな䞖界倧っ嫌い死ね死ねみんな死んじゃえぇぇぇえええええええ」

     狂ったように笑いながら、少女は倒れた深玅の腹に䜕床も刃を振り䞋ろす。幟床ずなく济びせられる痛みの嵐に、深玅は目を剥いお声にならない声を䞊げた。
     情けをかけるなずあれほど蚀ったであろう。そんな冥王の声を聞く䜙裕は、もはや圌女にはなかった。
     圌女ず、分かり合えなかった。冥王の蚀う通り、怚念に囚われたあの子にはもはや䜕も届かないのか。痛い。苊しい。なのに抵抗できない。たただ。私はたたなす術もなく屈服させられるしかないのか。圌女を成仏させるには、やはり戊っお倒すしかないのか。少女の笑い声が、あの時の神厎らの自身を嘲笑う声ず重なる。嫌だ。もう、あんな無念を味わうのはヌヌヌ。

    「・・・っ、や・・・めろ・・・っ」

     深玅は枟身の力を蟌めお少女の身䜓を蹎り飛ばした。心なしか語気が荒くなる。思うように動かない身䜓を粟䞀杯匕き摺り、深玅は少女から距離を取る。しかし盞圓な損傷を負った霊䜓はほずんどの霊力を消耗しおおり、圌女は膝を぀いた。腹郚からは黒が流れ出お、身䜓の茪郭がぐら぀いお埐々に圢を倱っおいく。塵ず化すのか。これたで自分が䞋しおきた霊たちのように。
     吊、ただだ。ただやり残したこずがある。このたた終わるわけにはいかない。深玅は先皋懐にしたっおおいた柘抎の果実を無心で喰んだ。鉄の臭いが錻腔にたで広がり、喉の奥に絡み付くのも構わなかった。巊肩、腹郚の傷が小さくなっおいき、魂の最奥から、埐々に力が湧き䞊がっおくる。党お飲み蟌んで、深玅は少女を睚め付けながら口を拭った。柘抎の赫が、口端から頬に広がっおいく。

    「もはや圌奎には䜕を蚀っおも無駄だ。お前の手で䞋し無数の怚念の塊ず化したあの姿から解攟しおやるこずがせめおもの救枈であろう」

     蝶が呆れたように舞う。それを静かに䞀瞥しお、深玅は再び少女の前に立぀。

    「抵抗しないでどうしお苊しいっおわかっおるのに逆らうの楜になっおよ倧人しく死んでよ」

     少女が叫ぶ。圌女の感情に呌応しお黒き怚念たちが呻き声を䞊げおいる。
    「嫌だ、私はもう、匱いたたで、抵抗できなかった自分のたたでいたくない・・・それを邪魔するなら・・・あなたも倒す・・・」
     少女が悲鳎を䞊げる。深玅や冥王の声を掻き消すように。他人の蚀葉を、想いを遮断するように。この䞖界の党おを拒絶するようにヌヌヌ。

    「うるさいうるさい死ね死ね死ねぇぇええええええ」

     怒気ずずもに、怚霊たちが深玅に襲いかかる。吊、暙的は圌女のみならず。呚囲の岩や倧地たでもを喰らい、砎壊しおいる。こんなの滅茶苊茶だ。䞀刻も早く圌女を䞋さなければ、冥界にも被害が及ぶ。今は実䜓を持たない魂でも、この䞖界で愛する家族を埅぀あのスヌツ姿の男や、それ以倖の人々の霊魂を、怚霊に傷付けさせるわけにはいかない。ここで自分が喰い止めなければヌヌヌ。でも、どうやっお。深玅は無䜜為に降りかかる攻撃を凊理しながら、か぀おないほどに思考を高速で巡らせた。芋極めろ。圧倒的な力にだっお、突砎口はあるはずだ。党力で走っお衝撃を躱す。必ず隙ができるはず。それを芋逃すなヌヌヌ。
     少女が叫ぶ。攻撃を俊敏に回避する深玅が鬱陶しく、苛立ちを芚えたようだ。激しい衝撃波が蟺りを揺るがす。が、これは奜機だず、深玅は盎感した。先から絶え間なく続く緊匵感に震える脚を鞭打ち、少女に駆け寄るず、有りったけの力を蟌めお尟を突き出す。その鋭利な切先は少女の小さな身䜓に深々ず沈んでいった。

    「・・・これで、終わりだ・・・」

     朰れたような声を出し、少女の悲鳎が止む。乱れた波長を敎えながら、深玅は自身に蚀い聞かせるように呟いた。静かに尟を抜く。もう終わったんだ。圌女の䜓躯に穎が空くほどにしっかりず刃を突き立おたのだから。深玅は苊虫を噛み朰したように顔を歪たせながら、暗い県窩を芋開いたたたの少女の瞌をそっず閉じようず、圌女の顔に手をかざした。その時だったヌヌヌ。

    「気を緩めるな、冥星深玅」
    「ヌヌヌっ・・・」

     厳かな声に䌞ばしおいた手を止める。しかし遅かった。匷匵る深玅の手を、少女の手が掎む。驚いお少女を芋る。その面持ちは最早笑顔ず呌べるのかわからないほど歪んでいた。
     確かに、自分は圌女の腹を貫いたはずだ。珟に、圌女の腹郚には巚倧な穎が空いおいる。この䞀撃ならば、魂は霊力を消耗し、空くうず化すほどの臎呜傷になっおいるはずなのにヌヌヌ。

    「なんでヌヌヌ」
    「キャハハハハハハハ぀ヌかたヌえたっ・・・」

     玩具ヌヌヌ吊、幌子が無邪気に虫を握り朰すかのような悪意なき残虐さに満ちた心底愉快そうな笑い声。深玅の背筋を氷塊が走る。

    「もう逃さないよ・・・お姉ちゃん」

     刹那、深玅は無数の怚霊の矀れに飲み蟌たれた。

     ヌヌヌ痛い、苊しい。
     ヌヌヌ䜕故、自分ばかりがこんな目に遭う
     ヌヌヌ䜕故、あい぀が自分よりも恵たれおいる
     ヌヌヌ蚱さない。
     ヌヌヌ憎い。
     ヌヌヌあい぀が恚めしい。
     ヌヌヌどうせ報われないのなら、みんな壊しおやる・・・

     頭の䞭に絶え間なく入り蟌んでくる怚霊たちの声。頭が割れそうだ。この間にも、圌らは深玅の身䜓を代わる代わる食い千切っおいく。深玅はもはや声を䞊げるこずもできず、悔しさず情けなさ、自分の匱さに静かに涙を流した。
     これは、自己の甘さが招いた結果だ。圌女の思念が空くうず化すたで、攻撃を止めるべきじゃなかった。匱い自分ずは決別するず決めたはずなのに。どうしおあの瞬間ずき、手を止めおしたったんだヌヌヌ。

    「冥星深玅、お前の執念ずはこの皋床のものか」

     刹那、響いた声に深玅は正気を取り戻した。

    「思い出せ、信じおいた者に裏切られ、無慈悲に打ち棄おられた悌みを。己が欲望の為にお前の尊厳を螏み躙り、匄んだ汚らわしき者たちぞの怒りを。憎しみを」

     深玅は魂の最奥から熱く、激しい䜕かが蟌み䞊げおくるのがわかった。䟋え、“人”ではなくなっおも。䟋え、倖道に堕ちようずも。

    ヌヌヌ私は倉わるんだ・・・この珟実を倉えるんだ・・・冥王の柘抎を手に入れおヌヌヌ

     深玅は鬌神の劂く唞り声を䞊げ、党身の神経を尟に集䞭させお乱雑に振り回し、怚霊たちを匟き飛ばす。呻き声を䞊げながら、怚念の矀れは霧散した。少女は慄きに満ちた衚情で二぀の暗闇を芋開いた。そこに立っおいたのはヌヌヌ先ほどたでのヌヌヌ決意こそ芋られたもののただ優しさや苊悩が感じられたそれではなく、ぞっずするほど冷たい目をした、傷だらけで泥に塗れた死霊そのものだった。

    「なんで・・・なんでただ死なないの・・・やだ・・・そんな怖い顔しないで・・・」
    「・・・さっきは油断したが、もう容赊はしない・・・」

     悍たしいほど萜ち着いた、地を這うような䜎い声。少女はこの時初めお匕き攣った声を挏らした。圢勢を逆転されお匱気になったからであろうか、圌女の腹郚の穎が埐々に広がっおいく。

    「お前を無力化させるよう、今床こそ完党に砎壊する・・・」

     少女の空掞を真っ盎ぐ睚め付けたたた、深玅はゆっくりずした足取りで圌女に詰め寄る。少女は恐怖からじりじりず埌退りした。

    「やだ・・・来ないで・・・っ」

     少女の心に呌応しお、挆黒の矀れが蜟音を立おお深玅に襲いかかる。

    「邪魔だ」

     鎮たった氎面のように色を倉えず、暙的ぞ目線を定めたたた、深玅は怚霊たちをたるで蝿を远い払うように鋭利な尟で蹎散らしおいく。 

    「そうだ、それでこそお前の魂は真の力を発揮する」

     冥王は䞀人ほくそ笑む。党おは我が思惑通りである。
     幌き頃から氞遠の愛を信じ続けたお前の思い蟌みにも䌌た匷い意志には感心するものがある。しかしその“真䟡”はそこにはない。お前の“匷さ”は芚悟をもっお敵を容赊なく殲滅するずきにこそ発揮される。冷酷になるこずを恐れるな、冥星深玅ヌヌヌ。
     そしお、深玅は少女の腹郚の穎ぞその切先を入れ、暪に払った。凄たじい悲鳎ず共に、圌女の胎䜓が二぀に匕き千切れる。宙に浮いた少女の喉元目掛け、黒き刃を振り䞋ろした。刎ねた銖が地面に萜ち、厩折れた䜓躯もろずも光ずなり消えた。この戊いで霊力の倚くを倱った少女は、人の圢を保おず空くうず化したのだった。
     
    「・・・お前の無念、しっかり受け止めたよ。だからもう苊したなくおいい。・・・安らかに眠れ」

     深玅は虚空を芋䞊げお静かに呟いた。圌女の身䜓に纏わり぀いおいた黒い闇が霧散する。今床こそ、“蠱毒”は終わったんだ。これでヌヌヌ。

    「この柘抎はお前のものだ。これたでよく戊い抜いた」

     冥王の声に、深玅は空ぞ芖線を向ける。しかしそこには、あの黒い蝶の姿はなかった。怪蚝な顔で蟺りを芋るず、この䞖界に来たばかりの頃に出逢った、倜色の倖套がいずうを矜織った仮面の男ヌヌヌ冥王の本䜓がそこにいた。その手には、神気を挂わせた柘抎の果実を持っおいる。

    「・・・あなたず出逢っお、この戊いに参加しおわかったこずがある。私の䞭にこんな感情がヌヌヌこんなにも匷い執着心があったなんお・・・」
    「それこそがお前の“匷さ”だ」

     冥王は䞀息぀くず、改めお問う。

    「この果実を喰みし者、我、冥王の力を纏いお新たなる生呜を授かるこずであろう・・・。冥星深玅、今䞀床お前に問う。“人”の道理に背く芚悟はあるかヌヌヌ」

     この柘抎を食べれば、茪廻転生の環から倖れ、“人”ではいられなくなる。それでも、自分には晎らしたい無念がある。非道な裏切りに怒りをぶ぀けられなかった、醜悪で理䞍尜な珟う぀぀に抵抗できなかった匱い自分などいらない。迷いはなかった。深玅は冥王ず柘抎を䞀瞥しお、静かに「是」ず答えた。

    「よかろう。今この瞬間からお前は、我、冥王の眷属にしお第八の十二宮ヌヌヌ」

     手䞭の柘抎を静かに芋぀め、深玅はそれを喰んだ。

    「ヌヌヌうっ・・・」

     深玅の倜の垳を閉じ蟌めたような藍色の双眞が、柘抎石ガヌネットのような深い玅に䟵食され、瞳の䞭に浮かぶ黒い満月は䞉日月に欠けおいく。盎埌、肉䜓を倱った圌女の胞䞭に、存圚しないはずの心臓が力匷く生呜の埋動を奏でだす。錓動に合わせお、深玅の胞に玅あかい光が灯り、血液の代わりに身䜓䞭を冥王の神気が高速で駆け巡る。それは人間の魂にずっおは匷倧すぎる故に、深玅の身䜓を焌き尜くさんずする。

    「熱い・・・」

     耐えられなくなっお、深玅は胞元を抌さえ、身䜓を折り曲げお蹲る。溢れた神気が党身から立ち䞊がり、どす黒い気が圌女を芆った。荒い呌吞を繰り返す深玅は、䜓内から䜕かが倖に出ようずしおいるのを感じお、苊しさから呻き声を零す。たるで蝶が繭から矜化するようなヌヌヌ。

    「うぁぁああああああああああああああああああああああああっ・・・」

     背䞭が割れ、䞭から挆黒の髑髏が持ち䞊がる。それの口元から長い槍の切先のような鋭利なものが生えおいる。空掞の県窩には怚念の炎が灯っおいる。党身を走る激痛から、深玅は力無く地に倒れ蟌み、制埡䞍胜な力に喘ぐこずしかできない。

    「案ずるな。倉容ずは䜕れも痛みを䌎うものである」

     圌女を取り巻く神気に觊れた箇所が埐々に砎壊され、再生し、倉容しおいく。圌女の党身は闇を映した挆黒の甲冑で芆われ、乱れた黒髪は深い血色に染たっおいく。その姿はたるで、死神のようであった。

    「矎しい姿になったな」

     神気が埐々に身䜓に銎染んできお萜ち着いおいく。薄目を開ける。魂の倉容が終わったあず、深玅は呌吞を敎えお起き䞊がり䞡の手をたじたじず芋぀めた。胞の深玅の光は生呜を䞻匵するかのように錓動を打っおいる。枩かい。

    「これが・・・生たれ倉わった、私・・・」
    「然り。お前はもう人間ヌヌヌ“冥星深玅”にあらず。我が眷属、倩蠍宮である」

     深玅ヌヌヌ改め倩蠍宮は噛み締めるように新たな名を䞀語䞀句呟いた。

    「・・・しお、お前の想いを果たしに行くか」

     この戊いを勝ち抜いた耒矎である、ず冥王は蚀った。倩蠍宮はその蚀葉を埅っおいたず蚀わんばかりに目を现める。

    「圓然」


    


     秋は決心した。もうこの関係を終わらせる。党おが遅いかもしれないが、このたたではいけないず心が叫んでいた。圌女は織原ず話を぀けようず、圌の家ぞ向かった。


    


     挆黒のキャンバスに、赀や青、玫などの絵の具をこがしたような神秘的な宇宙そらヌヌヌ。そこに倧きな鉀針を描いた星座は、深玅に茝く力匷い心の臓を持぀。玅き星は錓動する。己の秘めたる想いに呌応するように。激しく。もっず、激しくヌヌヌ。


    


     冥王が冥界の空くうを切り裂き、空間に倧きな口を開ける。その向こうには、圌女が芋慣れた颚景が広がっおいた。ここはか぀お自身が生掻しおいた䞖界ヌヌヌ。

    「珟䞖だ」

     ふず、自分の手を芋る。はっきりず圢を埗た身䜓。たるで自分が既に死んでいるこずが信じられないくらいだ。倩蠍宮の脳裏に䞀぀の疑問が浮かんだ。

    「私は死んだはずだ。䜕故実䜓がある・・・」
    「お前はもはや単なる死霊にあらず。我が神気を授かった神の眷属である。故に神にも近い、䞍老、半䞍死身の肉䜓を持぀」

     それを忘れるな、ず冥王は蚀った。それもそうか。そもそも実䜓を埗なければ埩讐も叶わないだろう。寧ろ郜合が良い。圌女は目前に広がる街䞊みを静かに睚め付けながら前進する。

    「・・・行こう、奎らに鉄鎚を䞋しおやる」

     冥府に堕ちたばかりの圌女のそれずは芋る圱もないほどの力匷い歩み、怚嗟に満ちた埌ろ姿を芋぀め、冥王が静かに笑みを浮かべたこずを、織原らぞの埩讐心に心を支配されおいる今の倩蠍宮は知る由もなかった。

     人気のない路地裏にお。薄暗い空間の䞭、数人の男が集たっおいた。焊燥ず悲芳に暮れる者、䞍安を掻き消すように過剰に楜芳的な蚀葉を喚き散らす者、或いはヌヌヌ。

    「・・・あい぀・・・俺らのこず喋りやがったらぶっ殺しおやる・・・」

     あの日、冥星深玅を手にかけた神厎ら数名の内、仲間の䞀人が事件の容疑者ずしお取り抌さえられたのだ。取り調べの䞭で圌が自分たちの名を出せば圌らも身柄確保されるのは時間の問題だ。このこずが公になれば自分たちの人生は終わりだ。恐怖ず焊りが圌らの冷静さをじりじりず削っおいく。

    「なぁ、もう自銖しようぜ・・・自銖したら刑が軜くなるっお蚀うじゃん」

     震えた声で䞀人が蚀う。それを神厎が制した。銬鹿なこずを蚀うな。あれは殺人ではない。事故だ。だからヌヌヌ。

    「・・・“自分たちは悪くない”、ず・・・」

     突劂、圌らの間隙に入った冷淡な声に、䞀同は声のした方ぞ目をやった。そこには挆黒のロヌブに身を包んだ赀髪の女が近付いおきおいた。ロヌブの隙間からは黒く煌めく鎧が芗いおいる。そしお、その背埌には巚倧な闇色の髑髏が圌らを睚んでいる。県球のない暗い穎からはたるで怒りや憎しみの色にも芋える炎が枊巻いおいる。

    「なんだお前・・・どこから聞いおやがった」

     驚きず畏怖の入り混じった怒号を玅の県光で制しお、倩蠍宮は顔色を倉えずに淡々ず答えた。

    「私はお前たちの犯した眪を党お知っおいる」
    「はっ・・・党郚知っおいるだず地獄の閻魔様だずでも蚀う぀もりか・・・」

     圌らはたるで倩敵に嚁嚇するかのように、声を荒らげおいる。“地獄の閻魔様”かヌヌヌ。倩蠍宮は息を぀いた。

    「・・・たぁ、そんなずころだ・・・」
    「ハッタリだろ本気にすんな」
    「そこたで蚀うなら蚌拠を出しおみやがれ」

     匱い生き物ほど自分を匷倧に芋せたがる。倧声で反論すれば眪を芆い隠せるずでも思っおいるのか。寧ろ己が匱点が露呈するだけだずいうのに。本圓に愚かしい。

    「・・・“冥星深玅”、お前たちが嬲り殺した女の名だろ」

     圌らの瞳が䞀斉に揺れた。刀りやすいほどに動揺しおいるな。倩蠍宮は半県になり、続ける。

    「月の半ば、冥星深玅を誘い出し酩酊させた埌、廃屋に連れ去りヌヌヌ」
    「しっ、知らない・・・そんな奎ヌヌヌ」

     倩蠍宮の瞳孔が瞮み、男の䞀人が蚀い終わらないうちに、黒曜石にも䌌た長針が圌の銖元ヌヌヌ頞動脈に突き刺さる。短く悲鳎を䞊げ、奎は蹌螉めきながら尻逅を぀いた。䞀斉にざわめきが走る。刹那、圌が銖元を抌さえおもがき始める。血走った県を圌女ぞ向け、圌は叫んだ。

    「お、め・・・ッ䜕しやがった・・・」

     倩蠍宮は無蚀のたた、静かに圌を芋䞋ろしおいた。その間に、圌の銖元は赀黒く倉色し、たるで煮えた鍋のように氎疱を䜜っおいく。苊痛から呻き声を䞊げながら、地を転がり回るその党身に倉異が広がっおいき、やがお肉が腐り萜ちお無残な肉塊ず化した。
     誰からずもなく悲鳎が巻き起こる。それが匕き金ずなり、皆が䞀斉に圌女に背を向け疟走する。しかし圌女は走っお远う様子はなく、代わりに腰を萜ずしお地に四぀足になる。己が眪から逃げられるず思うな。䞋衆共ヌヌヌ。
     圌女の挆黒の尟から、毒液が霧の劂く噎射される。それは瞬時に気䜓ず化し、神厎らの肺胞を䟵す。息苊しさず共に身䜓の痺れが襲い、圌らは次々に倒れ䌏した。その光景を芋届けおから、倩蠍宮はゆっくりず仇に近付いおいく。

    「死にたくない・・・殺さないでくれ・・・」

     毒に䟵された苊しみず死を真近に感じた恐怖で冷や汗ず涙を流す神厎に圌女の瞳が凍り぀いた。

    「“死にたくない”だず・・・己の欲望のために冥星深玅を手にかけおおいおよくもそんな蚀葉が吐けたものだ・・・」

     䜎く、冷たい声音で呟く倩蠍宮に神厎は小さく悲鳎を零す。

    「ちっ、違う殺す぀もりなんおなかったあれは䞍幞な事故だったんだッ」

     小刻みに震えながら蚱しおくれず懇願する神厎。倩蠍宮は鋭利な針先を圌の喉元に突き立おた。

    「・・・怖いか・・・“私”はもっず怖かったよヌヌヌ」
    「ヌヌヌあんたヌヌヌ」

     神厎の瞳が党おを察知しお倧きく揺れた。だが䜕かを蚀おうずした盎前、針先が血管に沈み、圌は激しくもがき苊しみながら厩れおいった。
     その埌、残りの数人も赀黒い肉塊に倉えた倩蠍宮は、䞀息぀いお虚空を芋䞊げた。
     残るは、あず䞀人ヌヌヌ。


    


     䜕もかもが完璧だった。完璧な人生だった。あの瞬間たでは。
     冥星深玅の蚃報を思わぬずころで目にした織原は、気の毒ではあるが心の䜕凊かで安堵しおいた。これでもう完党に逆恚みされる心配がなくなった。念のためあい぀に付き纏われおいる、ず呚囲に“盞談”し呚りの人間に“冥星深玅は垞軌を逞した性悪女である”ず根回しをしおおいたが、それも無駄になっおしたったず、圌は小さく笑った。自分の“英雄”ヒヌロヌ像は守られたのだ。
     自分には人望も、胜力も、容姿の矎しさも、将来性も、なんでもある。今日も有意矩な䞀日だったず、織原は自宅の扉の前で䜕気なくそう思っおいた。きっず、明日も明埌日も、この先の人生ずっず、党お䞊手くいく。䜕もかも自分の思い通りだず。その時だったヌヌヌ。

    「織原英雄ヌヌヌ」

     地を這うような冷たい声に突然名を呌ばれお、織原は小さく肩を揺らした。反射的に目を向けた先には、挆黒に身を包んだ死神が䜇んでいた。圌は銖を傟げた。なんだこの女は。珍劙な栌奜をしおいる。ハロりィンはもうずうに過ぎおいるずいうのに。確かに、これたで自分は数倚の女を手玉に取っおきたが、こんな奎を口説き萜ずした芚えはない。しかし同時に、圌女ずは䜕凊かで逢っおいたこずがあるず、無意識が告げおいる。䜕はずもあれ。織原は慣れた調子で顔には笑顔を貌り付け、柔らかい声音で蚀った。

    「あの、䜕凊かでお䌚いしたこずありたしたっけ・・・」
    「お前は、これたでどれだけの人間を欺き、どれほど倚くの女を匄んできた・・・」

     織原の心臓が跳ねた。なんだこい぀。䜕故巧劙に隠しおきた己の本性を知っおいる。やはり、以前に䜕凊かで知り合っおいたのか。吊、こんな頭のおかしい女を暙的に定めるわけがない。ならば、どうしおヌヌヌ。織原は頭かぶりを振る。ただ誀魔化せるはずだ。

    「誰かず間違えおたせん人を欺くだなんお、そんなヌヌヌ」
    「冥星深玅を知っおいるだろう・・・か぀おお前ず恋仲にあった女だ」

     その名を聞いお、圌の顔がわずかに匕き攣った。たさか、深玅あい぀が棄おられた腹いせに噂を蒔いたのか。舐めた真䌌をしおくれる。織原は心䞭で舌を打った。どうせなら、噂を蒔かれる前にくたばればよかったのに。なんずか蚀い包めなくおは。倧䞈倫。自分ならできる。これたでだっおずっず䞊手くいっおたのだから。

    「あヌ・・・あの子ねぇ・・・。ちょっずおかしい子だったんですよね・・・。別れた埌も家に抌しかけお来たり、尟行されたり・・・電話ずかメヌルも・・・。あたりに酷くお、俺、参っちゃいたしお・・・」

     心底げっそりした衚情を䜜り、匱々しい声音で織原は蚀った。自分の“被害者っぷり”は完璧だ。これなら確実に远求を撒ける。そう確固たる自信が圌にはあった。が、圌女の顔を芋お思考が停止した。圌女は䞀床傷付いたような衚情をした埌、静かな怒りに顔を歪たせた。
     倩蠍宮は魂の最奥から党身を駆け巡る感情たちを噛み砕くこずに意識を集䞭した。疑問ず驚愕、困惑、拒絶ず悲しみ、そしお、怒りヌヌヌ。ずっず䞍思議だった。“織原英雄の元恋人が執拗に圌に付き纏っおいる”䜕故そんな噂が流れたのか。確かに、織原ず連絡が぀かなくなっお数日、溢れる䞍安ず圌の愛情を、どうしお急に態床が冷たくなったのか、どうしお䜕も蚀っおくれないのか、私の友人ず䜕をしおいたのか、それを確かめたくお䞀床圌の家に向かったこずがあるが、それは“別れた埌”ではない。そもそも圌女は織原の口から正匏に砎局を告げられた芚えはない。無論“自然消滅”した埌で、圌に付き纏いや嫌がらせの類いをしたこずもない。なのにヌヌヌ。ずっず織原を陰で想っおいた誰かが嫉劬心から流したものだず思っおいた。圌はみんなの憧憬の的だったから、そういう茩が居おもおかしくはない、ず。しかし今、圌の蚀葉を聞いお確信しおしたった。“冥星深玅は元恋人に執拗に付き纏っおいる異垞者”だずいう噂を蒔いた真犯人は、織原英雄本人だったのだ。きっず今みたいな“頭のおかしい元恋人の嫌がらせ行為に衰匱しおいる可哀想な俺”ずいう顔をしながら呚りに嘘を吹聎しおいたのだろう。自分を知らない誰かに今なお誀解されおいるこずが悔しい。知りたくなかった。

    『人間ずは぀くづく浅慮な生き物よ。肩曞きや芋た目に惑わされ本質を芋倱う。己の芋おいる䞖界が䞇事であるず思うな。秘められた事象にこそ肝芁な真実が朜んでいるこずもある』

     圌女の頭の䞭で、冥王の蚀葉が反芻する。あの男の蚀う通りだった。぀いこの間たであんなに眩しかった人が、倧きく芋えた人が、たるで自分の䞖界の党おであるかのように矎しく、愛おしかった人が、今はこんなにも、小さく、空虚で、浅はかで、醜悪な人間にしか芋えない。しかしこんな奎に絆されおいたのもたた事実だ。倩蠍宮は唇を噛み締めた。
     私は本気だった。本気であなたを愛しおいたのに。圌は私の党霊の想いを錻で笑い螏み躙った。受け入れおくれなかった。理解しようずもしおくれなかった。胞の奥が抉られたように悌む。こんなに苊しいなら、初めからあなたに真剣に向き合うんじゃなかった。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなヌヌヌ。
     圌を愛しおいた自分の心が、この男に愛されおいた自分の身䜓が、悍たしいものに思えおならない。倩蠍宮は自らの身䜓に爪を立おる。

    「・・・そうか。よくわかった。“織原英雄”ずいう人間の本性が。どうしおもっず早く気付けなかったんだろう・・・」
    「な・・・っなんのこずですか・・・」

     さっきからこの女はなんなのだ。この織原英雄の完璧に創り䞊げられたヒヌロヌ像が、たるで通甚しないのは䜕故だ。

    「ヌヌヌなんか・・・」

     俯きか现い声で圌女は䜕かを呟いおいる。党貌を聞き取れず、織原は思わず「え」ず声を挏らしおしたった。次の瞬間、圌女は顔を䞊げお憎悪に染たった県光で圌を射抜いた。

    「ヌヌヌお前なんか愛さなきゃよかった・・・ッ」

     悲鳎にも䌌た怒声が圌の耳を突く。織原は混乱した。そんなこずがあるはずがない。今自分の目の前に立っおいるのはヌヌヌ。

    「・・・深玅・・・」

     ありえない蚀葉が口を぀いお出る。あい぀は確かに死んだはずだ。第䞀、容姿が党く違うじゃないか。

    「・・・今曎気付いおも遅い・・・」

     怒りず悲しみに震えた声で圌女は吐き捚おた。織原の身䜓が匷匵る。では、あい぀は本圓にヌヌヌ。

    「・・・簡単には死なせないヌヌヌ」
    「なぁ深玅、ちょっず萜ち着ヌヌヌ」

     織原の蚀葉を遮っお、倩蠍宮は織原目掛けお挆黒の針を突き刺した。

    「ヌヌヌ私の悌みを身に刻むがいい・・・」
    「あ・・・あ、あぁ・・・」

     毒を泚入された織原はふらふらず埌退りながら、滝のように冷や汗を垂らし始めた。この䞀郚始終を俯瞰しおいた冥王は誰に聞かせるわけもなく呟く。

    「・・・お前たち人間が兵噚ずしお利甚する“プルトニりム”はヌヌヌ」

     織原の顔色がみるみるうちに青癜くなり、赀黒く倉色した肌が沞隰する。圌は苊痛に悶えながら厩折れる。

    「ヌヌヌ生呜を遺䌝子から砎壊し、现胞を倉容させるヌヌヌ」

     氎疱に芆われた身䜓は内偎から爆発したように、倧きく膚らんで倉圢しおいく。

    「ヌヌヌ倉容した现胞は二床ず元には戻らず、やがお死しお厩れ萜ちるヌヌヌ」

     埐々に现胞は黒く壊死し、腐った肉のようにぐちゃぐちゃに厩壊しお、地面に肉塊の溜たりを䜜る。

    「ヌヌヌその語源を知っおいるか・・・」

     黒い塊から癜い骚が芋えた時、織原は既に息絶えおいた。倩蠍宮はそれをただ黙っお芋぀めおいる。冥王は狂気を孕んだ笑みを浮かべた。

    「それは・・・冥王星プルヌトなり・・・」


    


     神垰月十䞀月半ばに起こったずされる“女子倧生殺人事件”の容疑者ずしお譊察に身柄を確保されおいた男の取り調べで発芚した共犯者の男ら数名は党員行方䞍明ずなっおいる。
     ほが同時期には同じ地域で集団が奇劙な倉死を遂げるずいう怪事件が発生しおいる。被害者はいずれも身元が刀別䞍胜なほど遺䜓の損傷が激しく、薬物による殺人であるず掚枬され、譊察は捜査を進めおいるヌヌヌ。


    


     物蚀わぬ肉塊ずなった織原を虚ろな瞳で芋守っおいた倩蠍宮は、倜颚に倩を仰いだ。

    「党郚終わった・・・私はやり遂げたんだ・・・」

     盎埌、小さな悲鳎ず共に䜕かが萜ちる音が聞こえた。誰かに䞀郚始終を芋られたのか。反射的に音のした方を芋るず、そこには腰を抜かしたのか地面にぞたり蟌んでいるか぀おの友人ヌヌヌ秋の姿があった。

    「・・・あ・・・あぁ・・・」

     秋は䞡目に涙を溜めながら党身を匷匵らせおいる。恐怖ず混乱で逃げられないようだ。無理もない。亀際しおいる盞手の家に行ったら、その男は亡骞ず化しおいお、偎に人ならざるものが䜇んでいたのだ。きっず圌女には、自分が死神か、鬌か悪魔か䜕かに芋えおいるに違いない。だがその方が郜合がいい。芋られた以䞊、こい぀も生かしおはおけない。それに、この女は自分ではなく織原の蚀葉を信じた奎だ。長幎の友人を裏切り、友人の悪評を垂れ流す男を愛するような奎だ。迷う必芁はない。圌女に近付き、尟に神経を集䞭させる。

    「ヌヌヌヌヌヌ」

     針先を秋の胞元に圓おがう。その時だった。意倖にも圌女は䜕かを悟ったように、穏やかな面持ちで瞳を閉じた。その姿に、倩蠍宮の動きが止たる。

    「・・・䜕故そんな顔ができる怖くはないのか私はお前を殺す぀もりでいるんだぞ・・・」

     秋の肩が僅かに震える。そっず目を開けお、圌女は蚀った。

    「・・・怖いよ・・・怖いに決たっおる。でも・・・あなたが死神なら、死んだ深玅のずころに連れお行っおくれるでしょ・・・」

     倩蠍宮の瞳が倧きく揺れる。今床は圌女の手が震え出した。

    「・・・䜕故そい぀に䌚いたい・・・」
    「・・・深玅はあたしの友達・・・だった。でもあたしはあの子を信じおあげられなかった・・・。それであの子を傷付けた。深玅の倧切な人を奪うような圢になっちゃっお・・・でもすごく埌悔しおお・・・っ、今日ここに来たのは、その人に別れを告げる぀もりで・・・っ、そしたらあなたがいお・・・ヌヌヌ」

     玅あかく茝く心臓がどんどん早鐘を打っおいく。尟から力が抜け、圌女の胞元からそっず匕いた。手の震えを隠すように、倩蠍宮は右腕で反察偎を抑える。

    「ヌヌヌあたしはあの子に䜕もできなかった・・・っ、謝るこずも・・・苊しい時偎にいおあげるこずも・・・だから・・・っ、蚱しお貰えなくおもいいからっ、もう䞀床䌚いたい・・・䌚っお謝りたいのお願い、あたしを深玅のずころに連れお行っお・・・っ」

     倩蠍宮に瞋り付いお、秋は泣いおいる。

     ヌヌヌ今曎謝られおももう、遅すぎるよ。もう、友人には戻れないんだよ。

     声が震えそうになるのを堪えながら、倩蠍宮は静かに口を開く。その双眞には先皋たでの殺気はなく、穏やかな感情に染たっおいた。

    「・・・残念だが、お前は冥星深玅には䌚えない」

     秋が驚いお顔を䞊げた。絶望に凍り぀いた瞳からは涙が停めどなく流れおいる。

    「あい぀は既に冥界にはいない。さっき無事に茪廻転生を終えた。今は前䞖の蚘憶を倱い別の人間に生たれ倉わっおいるさ。お前が冥星深玅に䌚っお盎接謝る機䌚は未来氞劫倱われたな」
    「そんな・・・」

     秋は力無く地に厩れ萜ちた。色を倱った瞳は虚空を芋぀めおいる。

    「・・・お前は生きろよ・・・」

     秋は驚いお倩蠍宮を芋䞊げる。死神から「生きろ」ず蚀われるずは倢にも思っおいなかったようだ。

    「冥星深玅を裏切り、傷付けた眪を背負い、苊しみながら残生を生きろ。それがお前ぞの眰だ。そしお、この先お前にずっおかけがえのない友人に出逢ったその時はヌヌヌ」

     秋の瞳が揺れ、息を呑んだ。厳かながら、枩かい声音。倜颚に玅の長髪が靡く。柘抎石に䌌た双眞には哀しみず静かな怒り、そしおどこか優しくも感じられる色が滲んでいた。

    「ヌヌヌ二床ずその手を離すな。絶察にな・・・」
    「ヌヌヌっ埅っお・・・あなたの名前は・・・」

     秋は圌女に手を䌞ばす。が、倜に溶けた倖套を翻し、圌女は闇に消えお行った。たった䞀蚀「・・・倩蠍宮」、そう残しお。䞀人になった秋はその堎に座り蟌みながら攟心しおいた。
     突劂目の前に珟れた、䞍思議なこずを蚀う冥界の䜿者。党郚倢だったのだろうか。色々なこずがありすぎお、ただ党身が震えおいる。どうしおだろう。あの人には初めお䌚うのに、名前だっお初めお聞いたのに、今たで誰にも蚀えなかった胞䞭を圌女には打ち明けられた。死んであの䞖で深玅に䌚いたい、そんな想いがあったずはいえ、自分を亡き者にしようずしおいる盞手を前にしおもなお、どこか蚀い知れぬ安心感があった。それに最埌のあの蚀葉、たるでずっず前から自分を知っおいるようなヌヌヌ。

    「・・・初めお䌚った気がしないのは、なんで・・・」



    「あの様な離別でよかったのかか぀おは友であったのだろう」

     寂しげな衚情で圌の元ぞ戻った倩蠍宮に、冥王は声をかける。

    「あぁ。もう䜏む䞖界も次元も違う。これ以䞊䞀緒にはいられない・・・」

     ふず䞡手を芋る。この手は深玅の血に汚れおしたった。もう平凡な日垞には、“冥星深玅”には戻れない。“あの頃”ぞは還れないヌヌヌ。

     ヌヌヌごめんね、お母さん。真実の愛を願っおいた深玅は、もう䜕凊にもいないの。

     次の瞬間、圌女の手が霞んで二重になる。状況を理解する暇もなく、意識が遠のいおゆく。芖界が暗転し、厩折れる倩蠍宮の䜓躯を、冥王が間䞀髪で支える。

    「・・・やはり玔床の高い私の神気は人の魂には重すぎるか・・・。これたでこの力に耐えられたのは、“埩讐”ずいう力の指暙ずなる匷い意志があった故であろうな・・・。短い間であったが“この姿”を解攟できただけでも良しずするか・・・」

     冥王は圌女の胞元に手を翳すず、意識を集䞭し圌女の䞭に流れる匷倧な神気を制埡し、鎮圧する。するず圌女の容姿が埐々に倉容しおいく。挆黒の鎧は銀色に、死を告げるような闇色の尟は深い玅に、荒々しく逆立った髪も萜ち着き、血色の長髪は埌ろで線たれおいる。

    「・・・これで神気は安定するであろう・・・。今埌は育成が必芁だな」

     䞀人呟き、冥王は螵を返し空間の裂け目に消えお行った。


    


     冥界に存圚する小さな泉。湧き出る氎は赀黒く、生臭い臭気が立ち䞊っおいる。その氎面から珟䞖を芗き蟌む二぀の圱がある。䞀人は闇色の倖套に倧型の肉食動物の頭蓋骚を纏った冥界の支配者。もう䞀方は銀の甲冑に身を包み、鉀針の付いた倧きな深玅の尟を持぀冥府の王の䜿者。先に口を開いたのは冥界の䜿者ヌヌヌ倩蠍宮だった。

    「・・・あの時、䜕故私を遞んだ」

     氎面を芋぀めたたた冥王に問う。その瞳が埐々に険しさを垯びおいく。

    「おかしいず思っおたんだ。あの頃の私は、完党に戊意を喪倱しおいた。もっず匷い意志を持った魂は沢山居たはずだ。本来なら、あの戊いの初めに、私は敗退しおいただろう。それにあの戊いにおけるあの黒い圱の圢・・・たるでこの姿を予知しおいたようだった。・・・本圓は最初から私に柘抎を枡す぀もりだったヌヌヌ違うか」

     冥王は圌女の掚察を肯定するかのように声を抌し殺しお嗀った。

    「よい掞察だ。お前の掚理通り私がお前を勝ち残るように導いた」

     ぞっずするような䜎い声。倩蠍宮は圌の方を向き憀りを露わにする。

    「䜕故だ・・・䜕故そんな回りくどいこずをした・・・あなたの蚀葉を信じおヌヌヌ未緎が晎らせるず信じお戊っおきた魂たちの想いはどうなる私は・・・っ、初めから叶わない霊たちの想いを䜕床も螏み躙っおしたったんだ・・・」

     声が次第に湿床を垯びる。友人に裏切られ、自身ず同じく埩讐を誓った男、志し半ばで病に倒れ、叶わなかった倢を再び远いかけた少女、自分の力ではどうするこずもできない、過酷な環境䞋で生きるこずを匷いられた少女。圌らだけではない。もっず倚くの人々の無念を思うず胞が締め付けられた。圌女の魂は圌らの無念ずいう名の重い鎖で深淵に沈められおいる。

    「そう激昂するな。最も重く、匷倧な力を孕んだ私の神気は、誰にでも扱える代物ではないのだ」
    「どういうこずだ・・・」
    「お前の魂は、我が神気に最も適性が高く、最も我が力を匕き出せるものだった。そういう星廻りなのだ」
    「星廻りだず・・・」

     倩蠍宮は怪蚝な顔をした。冥王の蚀葉の真意を掎めないでいるのだ。

    「人間の暊で神無月十月の二十四日目から神垰月十䞀月の二十二日目、特に神無月の二十四日目から神垰月の二日目に生を受けた魂は最も玔床の高い我が力を享受しおいる。その䞭でも最も適性が高いのは神無月の䞉十䞀日目、珟䞖ず冥府の境界が最も薄くなる日ヌヌヌ。この日に生を受けた魂は高玔床の我が神気に加え非垞に高い霊力を有しおいる」

     圌女ははっずした。圌女の祖囜に斌いおは、その日は華やかな仮装をしお楜しむ祭りのような䞀面が匷いが、西の掋では本来、その日は珟䞖ず冥界の堺が曖昧になり、死者たちが珟䞖ぞず還る日であるずされおいる。぀たり生ず死が入り混じる日なのだ。そしお、その日は圌女のヌヌヌ冥星深玅の誕生日でもあった。

    「我が力の本質は“砎壊ず再生”である。たるで死ぬような、党おを倱い、そしお再起した経隓があるはずだ。それこそが我が神気ずの芪和性が高い蚌巊である」

     背筋に氷塊が走る。圌女には心圓たりがありすぎるのだ。友人を倱い、愛する人を倱い、自身の人間ずしおの尊厳を倱い、“真実の愛を信じおいた圌女の心”は死んでしたった。以前たでの“冥星深玅”は死んでしたったのだ。そしお今、圌女は“倩蠍宮”ずしお埩讐に立ち䞊がった。
     冥王は珍しく少し困ったように笑う。

    「だが適性が高くずもお前は無垢すぎた。匷倧な我が力を制埡するだけの“想い”の匷さが足りなかった。あのたた我が神気を䞎えおも、その魂は耐え切れずに消滅しおしたうやもしれなかった。故に数倚の亡者たちの執着をぶ぀けさせ、魂を鍛錬させた。あれらは我が悲願のための僅かな犠牲に過ぎない」
    「なに・・・っ」

     倩蠍宮は冥王の蚀霊を噛み砕くのに集䞭した。悲願ずはなんだ。自分を䜿っお䜕を成す぀もりなのだ。

    「お前も圌奎らず魂を亀えお感じたはずだ。この䞖界のヌヌヌ“人間”の歪さを。己が欲望が為に他者を容易に傷付け、搟取し、虐げるヌヌヌ。それらの犠牲ずなるのは垞に匱い立堎の者や穢れなき心を持぀者たちだずいうこずを」

     はっず息を呑む。圌女がこれたで戊っおきた霊たちの倚くは、瀟䌚が抱える問題や人間の欲望、醜悪さ、暩嚁などによっお苊しめられた、謂わば瀟䌚の犠牲者だった。圌女自身だっおそうだ。どうしおい぀も実盎に生きおいる者たちが喰い物にされなければならないのか。圌女の目に険しさが滲む。織原や神厎らを凊しおも、圌女が受けたこずず同様の被害がこの䞖界から根絶されたわけではない。

    「故に私は砎壊ず再生の力を以お人間をヌヌヌ䞖界を根本から創り盎し、これらの歪を正すのだ。その為には、お前の力がヌヌヌ厳密には、我が力を完党にものにしたお前が䞍可欠だ」

     冥王は倩蠍宮ぞ手を差し出す。たるで同じ道を志す同志に察するそれの劂く。

    「・・・さながら人類が抱く悪意ぞの“埩讐”ずいったずころか・・・」

     がそりず呟いお、圌女は冥王の手をずる。自分の手は既に汚れおしたっおいる。䜕れにしおも、もう埌戻りはできない。自らのような“悪意の犠牲者”が、少しでも居なくなるように。

    「・・・最埌たで付き合うしかないようだな。・・・いいだろう、私もそい぀らは蚱せない」

     冥王が静かに口角を䞊げる。

    「我が力を党解攟した蚌なるは、その甲冑ず尟が挆黒に染たった姿なり。たずは先の姿を維持できるよう、鍛錬に励むがよい。手始めにヌヌヌ」

     䞀呌吞おいお、冥界の支配者が厳かに蚀う。倩蠍宮の面持ちが険しくなる。

    「ヌヌヌ倩蠍宮よ、“冥星深玅”を、殺せヌヌヌ」

     倩蠍宮の瞳孔が瞮む。粟神の奥を芋透かされたようで、腹の奥から埗䜓の知れない気持ち悪さが蟌み䞊げおくる。

    「私が気付いおいないずでも思うたか。お前の䞭にはただ、自らを穢したくないずいう“甘さ”が残っおいる。あの友人ずやらに手を䞋せなかったこずがその蚌巊である。非情になりきれなければ、この先我らが目的を達成するこずはかなわぬぞ。お前の䞭の情を、完党に殺せ。人間はお前の悌みを理解しおはくれない。冥界だけが党おを受け入れおくれる。私以倖、誰も信甚するな」

     ぞくぞくず悪寒が身䜓䞭を這う。甘いのは解っおいる。だけど、少し力を蟌めればいずも簡単に壊れおしたいそうなほど儚く、泣いお深玅ぞの想いを吐露する友人を前にしたら、どうしおも毒針を振るえなかった。その心が自身の匱さだずいうのなら、私はヌヌヌ。

     私は匷くなりたいヌヌヌ。

    「・・・あぁ。殺す、必ずヌヌヌ」


    


     死者は生者には戻れない。
     憎しみは愛には戻れない。
     䞍信感は信頌には戻れない。
     血に染たった手は戻らない。
     䞀床倉容したら戻れない。
     ならば前ぞ進むしかない。
     䟋え修矅の道だず解っおいおもヌヌヌ。



    冥王の片道切笊-ザクロ- 完


    あずがき

    名前はえむでも性癖ドS、どうも、えむ-♏-です。ここたで読んでいただき、ありがずうございたすこの䜜品は私の䞀次創䜜シリヌズ「十二星座擬人化」の初のスピンオフ䜜品になりたす。今回は十二宮の䞀人「倩蠍宮」に焊点を圓お、「蠍座」「冥王星」をテヌマに執筆いたしたした。
     構想自䜓はかなり前からあったものの、曞きたいシヌン同士の間をどう繋げるかずか考えおたらこんなに時間経っちゃいたした。おぞ⭐
    特に深玅をどうやっお冥界に堕ずすかで散々悩みたした。それで圓初より悲惚なこずに・・・。䜙談ですが構想圓初は、恋人に裏切られなんやかんやあっお死んだ深玅の目の前に冥王が珟れお盎接柘抎を枡す流れだったのですが、それだず話がすぐ終わっちゃうのず、愛が憎しみに倉わる過皋が短絡的過ぎるので死者同士で戊う流れにしたした。
     えヌ、その結果、埩讐、冥界(死埌の䞖界)、愛憎、女階士、぀いでに䞻人公の名前が「赀」ずかいう某有名映画監督さんの最新䜜ずネタが完党に被ったものがほが同時期に出おしたうずいう倧事故が起きおしたいたした← 蚱しお䞋さい现◯監督。
     この䜜品は「西掋占星術」ず「ギリシャ神話」をモチヌフに補䜜しおいたすが、恋愛ハンタヌこず織原英雄は「俺に狩れねぇ獲物はいねぇぜ」ず豪語した結果殺されたオリオン座ず、「あなたは遊びの぀もりでもヌヌヌ」「女の心も知らないで、隙しお汚しお傷付けた銬鹿な男」を掛け合わせお䜜りたした。ずんでもねぇバケモンになりたした←

     この「十二星座擬人化」の゚ピ゜ヌドは今埌も展開しおいく予定なので、生暖かい目で芋守っおくれたら嬉しいです。今埌ずもえむ-♏-ず十二星座擬人化創䜜をよろしくお願いしたす🙇

     ではたた

     
     
    歊蔵野矎術倧孊卒の兌業むラストレヌタヌ。 十二星座を擬人化した䞀次創䜜「Crimson Heart」を展開䞭。 蠍座心理をメむンに西掋占星術のあれこれを語りたすよっず。

    あなたぞのおすすめ