
そばと縁は、ぷつりと切れて。
春とはいえ、陽当たりの悪い我が家は薄ら寒く、夕食に熱いかしわそばを作った。鶏肉とねぎを、ちょっと焦げ目がつくぐらい焼き、香りの良いつゆを温めて。
そばを作りながら、頭の隅によみがえる光景があった。天気が悪かったのか、晴れない気持ちのせいなのか、ひどく薄暗い祖母の家の居間。祖母と母、高校生の私の3人で食卓を囲み、もそもそとそばを食べている。そばは短くて、すすれない。
あの日、母が昼食の準備をしようとすると、祖母が「もらったそば粉あるんだ。そば食うべ」と言った。祖母が打つのかと思ったら、母に「お前、やれ」。
母はそばを打ったことなどなかったはずだが、祖母にあれこれ口うるさく指示されながら、果敢に挑戦した。
そば粉に水を加えて懸命にこね、麺棒で伸ばして、適度な太さに切る。茹でてみるとぶちぶち切れてしまい、到底そばとは言えないような代物ができあがった。
調理台に転がっていた古そうな玉ねぎと、1個分の溶き卵を入れた、熱いそばつゆをかける。漂うだしの香りに、少しだけ気持ちが和らいだ。
「ほんと、お前なら、何やっても下手くそだ」
母も私も、祖母のこの手の台詞には慣れている。特に反応もせず黙々と食べ進め、疲労感と共に昼食は終わった。
当時祖母は、80代半ばくらいのはずだ。食材など満足にない一人きりの家で、日々、どのような食事をしていたのか。
台所には、スーパーの寿司の空パックがいくつか。外に置かれたゴミ箱には、アイスクリームの空カップが大量に入っていた。自分の好きな食べ物から、ぎりぎりの栄養を摂って生きていたのだろう。
いろいろな事情があって、その後、祖母と連絡を取ったり、家を訪ねたりすることはなくなった。数年経ち、町はずれの高齢者施設で一人 息を引き取ったと伝え聞いた時、胸がきりりと痛んだ。
訛りのある話し方。太い金の指輪がはまっている、むっくりした手。そばを茹でる湿った匂いをかぐと今でも思い出し、せつない気持ちになる。
今、私の母は、そばを食べた時の祖母と同じくらいの歳だ。寂しい思いをしないように。楽しい思い出が増えるように。いつもそう願い、毎週末、明るい顔をして会いに行く。