
『あの日、私はチリンになりたかった』
#あの日、私はチリンになりたかった
子どもの頃、私はチリンになりたかった。
強くなりたかった。
誰にも負けないくらい、そして誰にも傷つけられないくらい。
私には、五歳年上の姉がいた。
姉は生まれつき耳が聞こえなかった。
母が運転する車の後部座席。
私はいつも姉のひざを枕にして眠っていた。
窓の外の景色が流れ、車の揺れが心地よかった。
姉は何も言わない。
私も何も話さない。
それでも、あの時間は世界でいちばん安心できる場所だった。
幼い私は、それが永遠に続くものだと思っていた。
私たち姉弟の会話には、いつも手があった。
「おはよう。」
「ありがとう。」
「またね。」
言葉より先に、手が動く。
それが、私たち家族の日常だった。
だから私は、姉が聞こえないことを特別だと思ったことはなかった。
けれど、一歩外へ出ると、その当たり前は当たり前ではなかった。
姉に向けられる好奇の視線。
どう接したらいいのか戸惑う人たち。
幼い私は、その意味をうまく理解できなかった。
ただ、姉の隣を歩いていた。
母は朝から晩まで働いていた。
私たちは母子家庭だった。
生活は決して楽ではなかった。
父の話になると、明るい話を聞くことはほとんどなかった。
子どもだった私は、その話をそのまま胸にしまい込んだ。
「早く大人にならなければ。」
「強くならなければ。」
その思いだけが、少しずつ大きくなっていった。
そんな頃、一冊の絵本に出会った。
『チリンの鈴』。
母を失った子羊チリンは、自分の弱さを憎み、強さだけを求めて生きていく。
私は、その姿に自分を重ねていた。
強くなれば、大切な人を守れる。
強くなれば、何も怖くない。
そう信じていた。
だから私は、本気でチリンになりたかった。
社会に出て、私は設備管理という仕事を選んだ。
病院、オフィスビル、ホテル、スポーツ施設、そしてゴルフ場。
三十年以上、建物と向き合い続けてきた。
設備管理は、壊れた設備を直す仕事ではない。
事故を起こさないこと。
利用者が安心して過ごせること。
誰にも気づかれないまま、一日が終わること。
その「当たり前」を守る仕事だ。
若い頃の私は、もっと目立ちたかった。
もっと評価されたかった。
もっと強くなりたかった。
しかし、現場は私に教えてくれた。
本当に強い人とは、誰かを打ち負かす人ではない。
誰かが安心して暮らせる毎日を、静かに支え続けられる人なのだと。
その頃には、姉の姿も違って見えるようになっていた。
聞こえない世界で生きることは、私には想像もできない。
それでも姉は、人を恨まず、自分を不幸だと言わず、毎日を一生懸命に生きていた。
子どもの頃の私は、その強さに気づかなかった。
強い人とは、大きな声で話す人だと思っていた。
力のある人だと思っていた。
でも、本当の強さは違った。
静かに人を思い、誠実に生き続けること。
姉は何も教えようとはしなかった。
それでも、その生き方そのものが、私の教科書だった。
二年前、姉はこの世を去った。
今でも、ときどき思う。
「この出来事を姉に話したかったな。」
そう思った瞬間、もう手話で伝えられないことに気づく。
胸の奥が少しだけ痛む。
けれど、あの車の後部座席で感じた温もりは、今も消えていない。
大人になって『チリンの鈴』を読み返したとき、ようやく分かった。
あの物語は、強くなることを教える物語ではなかった。
強さだけを追い求めた先で、人は何を失うのかを問いかける物語だったのだ。
もし、子どもの頃の私に会えるなら、こう伝えたい。
「チリンにならなくていい。」
「姉のような人になればいい。」
静かでもいい。
目立たなくてもいい。
誰かを安心させられる人になれば、それで十分だ。
子どもの頃、私はチリンになりたかった。
でも今、私が目指したいのは、姉のような人である。
私の人生を変えたのは、一冊の絵本だった。
そして、その絵本の本当の意味を教えてくれたのは、母の運転する車の後部座席で、何も言わずに私をひざ枕してくれていた、五歳年上の姉だった。
『チリンの鈴』を開くたび、私は今でも、あの温もりに帰っている。
2026 #コミックエッセイ部門