
キャンピングカーという素晴らしい世界
はじめに この本を手に取ったあなたへ
序章 キャンピングカーは、元気な人のものじゃなかった
第一章 家族を取り戻す旅
―― 聴覚障がいの夫婦と、三人の子どもが同じ景色を見た日 ――
第二章 老後に、もう一度夢を持ってもいいですか
―― 聴覚障がいの定年夫婦が見つけたそれぞれの幸せ――
第三章 音が、未来を連れてきた
―― 視覚に障がいのある娘が、音楽で世界を広げた日 ――
第四章 誰にも頼らない、ひとり旅
―― 車椅子で自由を取り戻した四十代の選択 ――
第五章 生活は、旅で変えなくていい
―― 子育てと帰省を続けられる形に整えた家族の話 ――
第六章 治さない旅
―― がん治療の夫婦が選んだ、何もしない時間 ――
第七章 私は、正解を書かないことにした
―― 売らない立場で見えた、現場の真実 ――
第八章 キャンピングカーは、本当に贅沢ですか?
―― 制度を「知る人」と「知らない人」の分かれ道 ――
終章 この本は、答えを渡さない
あとがき
著者紹介
免責事項・ご利用にあたっての注意
はじめに
この本を手に取ったあなたへ
この本を手に取ったあなたは、
もしかすると今、少し疲れているのかもしれません。
障がいのある家族がいる。
介護が始まった。
病気や治療で、外に出ることが難しくなった。
あるいは、これから先の暮らしに、漠然とした不安を感じている。
「前向きにがんばろう」と言われるほど、
その言葉が重く感じる時期もあります。
---
この本は、夢や成功を語る本ではありません。
正解を示す本でもありません。
ここに書いてあるのは、
障がい者、要介護者、病気を抱える人、
そしてその家族が、
**実際の生活の中で選んできた現実的な選択**です。
---
疲れたら横になれる場所があること。
人目を気にせず過ごせる空間があること。
予定を変えても、誰にも説明しなくていいこと。
それだけで、
「行けない」が「行ってみよう」に変わる瞬間があります。
---
キャンピングカーは、
誰かを特別にする道具ではありません。
ただ、
**その人がそのままでいられる居場所**になることがあります。
この本が伝えたいのは、
**「無理をしない選択肢が、ちゃんと存在する」**という事実です。
---
読んでいる途中で、
共感できない章があっても構いません。
参考にならない事例があっても、大丈夫です。
もし一つでも、
「これは使えるかもしれない」
「この考え方なら、自分にもできそうだ」
そう思える部分があれば、それで十分です。
---
この本が、
あなたや、あなたの大切な人の暮らしを
**ほんの少しだけ楽にする一助**になれば――
それ以上のことは、望んでいません。
· 序章|キャンピングカーは、元気な人のものじゃなかった
―― 事情のある人生を、外へ連れ出す「移動する居間」 ――
キャンピングカーというと、多くの人がこう思うかもしれません。
「元気な人が楽しむもの」
「時間とお金に余裕のある人の趣味」
かつての私も、そう考えていました。
実際、日本一周をしたとき、キャンピングカーは確かにワクワクする乗り物でした。北海道から鹿児島まで、自走とフェリーを駆使して旅をし、海沿いの道、山の朝、道の駅の夜を楽しみました。
けれど、その印象が根底から覆されたのは、キャンピングカーアドバイザーとして、多くの人の「人生の事情」と向き合うようになってからです。
外に出ることが、人より少しだけ難しくなる。
そんな人たちが、確かにいるのです。
たとえば――
・体調に波がある人
・周囲の視線が気になる人
・障がいのある家族を支えている人
・介護が必要な親と暮らしている人
・治療の途中で気持ちが外に向きにくくなった人
・ペットと離れられない人
・そして、ひとりで生きることを選んだ人
こうした人々にとって、「出かけること」は楽しみである以前に、**覚悟**です。
・途中で休める場所はあるだろうか
・トイレは大丈夫だろうか
・周りに迷惑をかけないだろうか
・もし急に体調が悪くなったら…
そのひとつひとつが、静かに、けれど確実に外出のハードルを上げていくのです。
私は、現場でその声を何度も聞いてきました。
そして気づいたのです。
**キャンピングカーは、「元気な人」のためのものではなかった。**
むしろ、「事情のある人」こそ必要とする**移動空間**だったのです。
キャンピングカーには――
ベッドがある。トイレがある。キッチンがある。
横になれるスペースがあり、人目を気にせず過ごせる空間がある。
それは、豪華だからではなく、「普通に過ごせる」からこそ、価値があるのです。
疲れたら横になれる。
食べたいときに食べられる。
予定を変えても、誰にも説明する必要がない。
それだけで、「行けない」が「行ってみよう」に変わる瞬間を、私は何度も見てきました。
キャンピングカーは、旅の道具ではなく、**移動する「居間」**なのです。
---
これまで私は、さまざまな人生とキャンピングカーが交わる場面に立ち会ってきました。
・聴覚に障がいのあるご夫婦が、三人の子どもと同じ景色を見るために出かけた旅
・定年を迎えた夫婦が、それぞれの幸せを尊重しながら続けた旅
・視覚に障がいのある娘さんが、音楽で未来を切り拓こうとする家族の時間
・車椅子で、誰にも頼らずに一人旅に出た男性の選択
・子育てと帰省を「続けられる形」に整えた家族の工夫
・病と向き合いながら、治すことではなく過ごすことを選んだ夫婦の旅
どれも、特別な人たちの話ではありません。
ただ、その人なりの「事情」を抱えた、普通の人生です。
---
この本は、キャンピングカーの使い方を教えるマニュアルではありません。
「正解」を示すものでも、「成功談集」でもありません。
私は、「こうすればうまくいく」とは書きません。
なぜなら、同じ障がいでも、同じ家族構成でも、同じ制度を利用していても、人生は一つとして同じではないからです。
その代わりに、私は「判断の跡」を残したいと思いました。
この人は、この状況で、こう考え、こう選び、結果的に何が少し楽になったのか。
それを、できるだけ「そのまま」書く。
それが、次に同じような場面に立つ誰かが、自分で考えるための「地面」になると信じています。
---
旅は、遠くへ行くことじゃなくていい。
海でも、山でも、道の駅でも、家の近所でもいい。
大切なのは、**気兼ねなく参加できること**。
**無理をしないでいられること**。
**自分のペースで過ごせること**。
キャンピングカーが生み出すのは、派手な冒険ではありません。
それは、その人らしさを、もう一度取り戻すための時間です。
この本に、答えはありません。
でも、ヒントはあります。
ページをめくりながら、あなた自身の人生と、静かに重ねてみてください。
ここから登場するのは、「正解の物語」ではありません。
選び続けた人たちの、静かな記録です。
キャンピングカーアドバイザー
福島 淳一
第一章|家族を取り戻す旅
―― 聴覚障がいの夫婦と、三人の子どもが同じ景色を見た日 ――
家族が、少しずつ外に出なくなったのは、
三人の息子たちが成長し、それぞれの世界を持ち始めた頃だった。
夫婦は、どちらも聴覚に障がいがある。
子どもたちは、健聴で生まれた。
小さい頃は、
手話と表情と、短い言葉だけで、家族の時間は十分に成り立っていた。
けれど子どもたちが成長するにつれて、
学校、友だち、部活動……
「音の世界」はどんどん広がっていった。
夫婦の見える世界とは、違う速度で。
それでも二人は、ただひとつの思いを手放さなかった。
**「家族五人で、同じ景色を見る時間をなくしたくない」**
そんなある日。
三男が、兄たちの言葉を真似るように、何気なくこう言った。
「お父さんとお母さんは、話せないし聞こえないでしょ。
だから、僕たちが助けてあげるんだよね。」
――優しさから出た言葉だった。
責める理由なんて、どこにもなかった。
けれど夫婦の胸には、静かな痛みが残った。
**子どもに役割を背負わせてしまっている**
もっと自然に。
もっと自由に。
もっと、親らしく一緒にいたい。
そう願うほどに、家族で出かけることが少しずつ難しくなっていった。
---
五人家族での外泊は、いつも負担が大きかった。
それは費用だけの問題ではない。
チェックインの手続き。
食事の説明。
館内放送や、急な案内。
聞こえないことへの不安。
分からないまま、うなずくしかない瞬間。
「子どもたちに思い出を作りたい」
その気持ちだけで出かけても、
帰り道に残るのは、**楽しさよりも疲れ**だった。
旅が、 「楽しみに行く時間」ではなく、
「耐えに行く時間」になっていた。
---
そんな頃。
三男が野球を始めた。
練習から帰るたび、ユニフォームは泥だらけだった。
母親は洗濯の前に泥を落としながら、
その日の頑張りを 声 ではなく 汚れの量 で感じ取っていた。
「今日も、よくやったんだね」
心の中で、そっとつぶやきながら。
三男は成長し、やがて地元の強豪高校へ進学した。
そしてある夜。
彼は手話で、静かにこう伝えた。
**「お父さんとお母さんを、甲子園に連れて行きたい」**
夫婦は何も言わず、
ただ「ありがとう」と手話で返し、静かに涙を流した。
---
野球は、家族の時間を大きく動かす。
早朝集合。遠征。炎天下での応援。長い待ち時間。
健常の家庭でも大変なそのスケジュールが、
聴覚に障がいのある夫婦には、さらに重くのしかかる。
アナウンスが聞こえない。
情報が入らない不安。
周囲との距離感。
手話に向けられる視線。
それでも、「応援したい」その気持ちひとつで、
夫婦は現場に足を運び続けた。
そんなある日、ふと思った。
**「もっと、家族らしい応援の形があってもいいのではないか」**
その答えが、**キャンピングカー**だった。
---
そこには、家族だけの空間があった。
人目を気にせず、手話で会話ができる。
兄弟も、落ち着いて過ごせる。
暑さや寒さから家族を守ることができる。
そして何より、試合を終えた三男を、
一番安心できる場所で迎えられる。
**応援が、「特別なイベント」ではなく、家族の時間になっていった。**
---
ある夜、夫婦は静かに話し合った。
「この子たちに、家族で過ごした記憶を、ちゃんと残したい」
「今動かなければ、子どもはすぐに大人になる」
それは、贅沢な選択ではなかった。
家族の未来を守るための、現実的な決断だった。
---
納車の日。
夫婦は車内を何度も見渡した。
三男が手話で言った。
**「これで、どこでも行けるね」**
母親は涙をこらえながら、何度も頷いた。
父親は、ただ静かに、その光景を見つめていた。
そのとき、私は確信した。
**キャンピングカーは、ただの乗り物ではない。**
**家族が同じ景色を見るための、もうひとつの「家」なのだ。**
---
この家族は、今も旅を続けている。
野球の遠征。家族旅行。何気ない移動の時間。
三男が野球を終えたあとも、あの日々の温度は、
きっと家族の中に残り続けているだろう。
泥だらけのユニフォーム。
汗の匂い。
車内で交わされた、静かな手話。
それらすべてが、五人の人生を、静かに照らしている。
第二章|老後に、もう一度夢を持ってもいいですか
―― 聴覚障がいの定年夫婦が見つけた「それぞれの幸せ」――
定年を迎えた日。
夫は、心の奥にしまっていた小さな夢を、そっと思い出していた。
**「これからは、カメラを持って旅がしたい」**
会社員として働き続けた長い年月。
その間ずっと、胸の片隅に置いたままだった願いだった。
夫婦は、どちらも聴覚に障がいがある。
日々の暮らしは、常に周囲への気遣いと隣り合わせだった。
だからこそ定年後は、
誰にも急かされず、
誰にも説明せず、
**自由に過ごしたい**と願っていた。
けれど、妻には持病があった。
体調に波があり、「家で静かに過ごしたい」という気持ちが強かった。
夫の夢と、妻の現実。
どちらも本音で、どちらも間違っていない。
それでも、二人のあいだには、少しずつ距離が生まれていった。
---
夫婦が長年旅を避けてきた理由は、体力だけではなかった。
宿泊施設でのチェックイン。
レストランでの注文。
館内放送や、緊急時の案内。
聞こえないことによる不安。
分からないまま、うなずく時間。
手話に向けられる視線。
説明を求められる空気。
本来は「楽しみ」であるはずの旅が、いつも緊張を伴った。
---
ある日、夫は言った。
「せっかく定年したんだから、旅に出ようよ」
妻は、少し間を置いて、こう答えた。
「でも、私たち、いつも疲れちゃうでしょ」
夫が言葉を重ねるほど、妻の心はそっと閉じていった。
どちらも、相手を思っている。
だからこそ、答えが見つからなかった。
---
さらに、現実的な制約もあった。
自宅の駐車場は広くない。大きな車は置けない。
でも、普通の車では妻が途中で休めない。
愛犬も、一緒に連れて行きたい。
**条件は多く、選択肢は少なかった。**
「旅に出たい夫」と「家で過ごしたい妻」。
その両方を、同時に守る方法はあるのだろうか。
---
ある日、夫が私の元を訪れ、静かに相談してきた。
「妻を連れて、旅に出たいんです。でも、無理はさせたくない。」
その言葉には、
夢をあきらめきれない気持ちと、
妻を大切にしたい想いが、同時に込められていた。
私は即答しなかった。代わりにこう尋ねた。
**「旅の中で、お二人が一番大切にしたい時間は、どんな時間ですか?」**
夫は、少し考えてからこう答えた。
**「同じ場所にいながら、それぞれが無理をしない時間です。」**
---
この夫婦が選んだのは、**一緒にいながら、別々に過ごせる空間**だった。
車内には、上下に分かれた寝床がある。
夫は上段で、写真を整理する。
妻は下段で、横になりながら本を読む。
愛犬は、そのそばで穏やかに眠る。
同じ車の中。
同じ時間。
でも、無理をしない距離感。
それは「どちらかが我慢する旅」ではなかった。
---
納車の日。
夫は、車内を何度も見回していた。
「これで、全国どこでも行ける。」
その隣で、妻は静かに腰を下ろし、目を閉じた。
しばらくして、手話でぽつりと言った。
**「……私の部屋みたい。」**
その一言で、夫の表情がふっと緩んだ。
夢と現実が、ようやく同じ場所に並んだ瞬間だった。
---
旅は、少しずつ変わっていった。
夫は、朝早く起きて写真を撮りに出かける。
妻は、車内でゆっくり朝食をとる。
無理に合わせない。
でも、離れすぎない。
夕方になると、夫が戻ってきて、
二人で写真を見ながら、手話で語り合う。
宿泊施設の緊張もない。
説明を求められることもない。
**それぞれの時間を大切にしながら、同じ場所にいられる。**
それが、この夫婦にとっての老後の生きがいになった。
---
老後に夢を持つことは、贅沢ではない。
若い頃のように、勢いで進めなくなったからこそ、
**夢の「形」が少し変わるだけ**だ。
この夫婦が見つけたのは、遠くへ行くことではなかった。
**無理をしないで、一緒にいられる時間。**
それは、誰かと比べる必要のない、
二人だけの、静かな幸せだった。
第三章|音が、未来を連れてきた
―― 視覚に障がいのある娘が、音楽で世界を広げた日 ――
視覚に障がいのある娘が、
初めてバイオリンに触れた日のことを、
家族は今でもはっきり覚えている。
小さな体で楽器を抱え、弓を動かすと、
部屋いっぱいに、音が広がった。
決して上手ではなかった。
けれど、その音には、**迷いがなかった。**
演奏を終えたあと、
娘は少し照れたように笑って、こう言った。
**「お母さん、音が見えるよ」**
その一言で、家族の未来は、静かに動き始めた。
---
娘が目指したのは、音楽を本格的に学べる場所だった。
視覚に障がいのある子どもたちのために、専門的な環境が整えられた学校。
けれど、その道は決して近くはなかった。
住んでいる場所と、学びたい場所。
その距離は、家族にとって簡単に越えられるものではなかった。
説明会。体験入学。個別のレッスン。
何度も、同じ道を往復する日々が始まった。
---
視覚に障がいのある子どもとの移動は、想像以上に神経を使う。
人混み。乗り換え。待ち時間。
娘の疲れが、表情や声に出る前に気づいてあげなければならない。
そして何より、
**「夢を追わせること」が、娘の負担になっていないか――。**
その問いは、いつも両親の胸の奥にあった。
それでも、母親の気持ちは揺らがなかった。
**「この子の夢を、諦めさせたくない」**
---
ある日、父親が静かに相談に来た。
「娘が、音楽の道に進みたいと言っているんです。
家族で支えたい。
でも、移動が本当に大変で……」
その声には、覚悟と不安が混じっていた。
私は、特別な言葉をかけたわけではない。
ただ、こう答えた。
「移動そのものが、負担にならない形を、一緒に考えましょう。」
夢を追うことが、家族を削らないように。
---
この家族が求めたのは、「特別な車」ではなかった。
・日常でも使えること
・母親が一人でも運転できること
・長距離を、無理なく走れること
・そして何より、娘が安心して過ごせる空間
車内には、必要なときにすぐ横になれるスペースがあり、
楽器や楽譜を無理なく積める余裕があった。
派手さはない。
でも、過不足もない。
**夢を支えるための、現実的な選択だった。**
---
設計の中で、私が一番大切にしたことがある。
それは、
**娘が「ぶつからないこと」だった。**
視覚に障がいがあると、思いがけない動きで体をぶつけてしまうことがある。
だから、車内の家具は、すべて角を丸くした。
手をついても、体を預けても、怖くない形に。
それは、カタログには載らない工夫。
でも、この家族にとっては、欠かせない配慮だった。
---
納車の日。
娘は、車内をゆっくりと歩いた。
手で触れ、形を確かめ、一つひとつ覚えていく。
しばらくして、小さくつぶやいた。
**「やさしい形だね」**
その言葉を聞いた瞬間、母親の目に、涙が浮かんだ。
父親は、何も言わず、ただ深く頭を下げた。
娘は、続けた。
**「これなら、東京、行けるね」**
---
それから、家族の移動は変わった。
道中、娘は車内で楽譜を読み、音をイメージする。
母親は運転に集中し、疲れたら休む。
無理をしない。
急がない。
到着したとき、家族には、まだ余力が残っていた。
---
そして、ある日。
一本の連絡が入った。
**合格。**
家族は、車内で静かに抱き合った。
---
このキャンピングカーが、夢を叶えたわけではない。
努力したのは、娘。
支え続けたのは、家族。
ただ、**夢に向かう道を、壊さなかった。**
それだけだ。
音楽は、目には見えない。
でも、確かに人を前へ運ぶ。
この家族にとって、
**音は、未来そのものだった。**
第四章|誰にも頼らない、ひとり旅
―― 車椅子で「自由を取り戻した」四十代の選択 ――
彼は、群馬県の静かな町に暮らしている。
年齢は、四十代後半。
二十年前、交通事故で脊髄を損傷した。
それ以来、車椅子での生活が続いている。
事故の話を、彼はほとんどしない。
「もう慣れましたから。」
そう言って、淡々と日常の話をする人だ。
---
自宅はログハウス。
自分で考え、手を入れ、
生活そのものを“自分仕様”に作り替えてきた。
もともとは電気エンジニア。
壊れたものを元に戻すより、
**「どうすれば、もっと自分に合うか」**を考えるほうが性に合っていた。
---
彼が「ひとりで旅に出る」と決めた理由は、
意外なほど、静かなものだった。
誰かと行きたかったわけではない。
寂しかったわけでもない。
ただ、
**自分で決めて、自分で動く感覚を、もう一度取り戻したかった。**
事故のあと、移動はいつも誰かと一緒だった。
それは安心でもあり、同時に、
**「選ばない移動」**でもあった。
行き先。時間。休憩のタイミング。
すべてが、誰かの判断に委ねられていた。
---
彼は言った。
「誰かに迷惑をかけたくなかったんです。
介助される立場から、一度離れたかった。」
その言葉に、悲壮感はなかった。
ただ、淡々とした決意があった。
---
周囲の反応は、すべて善意だった。
「危ないんじゃないか」
「無理しなくていいんじゃないか」
家族も、友人も、
彼を思っての言葉だった。
彼は、反論しなかった。
説明もしなかった。
ただ、静かに準備を進めた。
---
彼が選んだのは、**一人で完結できる空間**だった。
余分なものは、いらない。
誰かを迎える前提も、いらない。
必要なのは、
**自分の生活が、そのまま入る場所。**
車内には、固定された寝床がある。
トイレがある。
食事を整えるスペースがある。
派手さはない。
でも、**誰にも頼らず過ごせる条件**が、すべて揃っていた。
---
彼の車椅子は、少し変わっていた。
自分で工夫を加え、動きを補助する仕組みを組み込んでいる。
規格から見れば、
きれいに整ったものではなかった。
私は冗談半分で言った。
「ちょっと、不良ですね。」
彼は一瞬こちらを見て、小さく笑った。
怒りも、誇示もない。
そこにあったのは、
**「自分で決めた」**という静かな自覚だけだった。
---
そのとき、私ははっきり分かった。
この人は、障がいと闘っているのではない。
**自分の人生を、楽しみながら改造している。**
---
ある場所で、彼は車を停めた。
誰もいない。
説明する相手もいない。
ドアを閉め、車内で、ひとり横になる。
そのとき、彼は言った。
**「助けてもらった、って感じじゃなかったんです。
自分でできた、って思えました」**
トイレも、食事も、休憩も。
すべて、自分のタイミングで。
それは、介助ではなかった。
**自分で選び、自分で整えた時間**だった。
---
後日、私は出張先で、彼と再会した。
遠く離れた場所。
誰かに連れられたわけではない。
彼は、当たり前のように、そこに立っていた。
「ちょっと、会いに来ました。」
それだけ言って、自然に笑った。
その姿を見たとき、私は思った。
――**ああ、この人はもう、自由の中にいる。**
---
旅を終えたあと、彼はこう言った。
**「行けたことより、ちゃんと戻れたことのほうが、自信になりました。」**
**「自由って、遠くへ行くことじゃないですね。」**
**「選べるって、こんなに楽なんだと思いました。」**
難しい言葉はなかった。
でも、それで十分だった。
---
この章は、障がいの話ではない。
**これは、人が自分の人生を、自分仕様に設計し直した話だ。**
大きな感動も、劇的な結末もない。
ただ、静かに、確かに、**自由が回復していった。**
それでいい。
それこそが、**本物の自由**だから。
第五章|生活は、旅で変えなくていい
―― 子育てと帰省を「続けられる形」に整えた聴覚障がいのある夫婦の話 ――
この家族にとって、
「帰省」は特別なイベントではなかった。
埼玉に暮らす聴覚に障がいがある夫婦と、まだ幼い子どもたち。
実家は、車で数時間の距離にある。
遠すぎない。
でも、近くもない。
だからこそ、**回数が重なった。**
---
帰省は、気持ちの問題ではなかった。
**完全に、「段取り」の問題だった。**
金曜の夜から始まる準備。
着替え。
オムツ。
食事。
ベビーカー。
細々とした生活用品。
積み込むだけで、すでに一仕事。
始まる前から、疲労感が漂っていた。
---
出発してからも、トラブルは尽きない。
渋滞で子どもがぐずる。
車酔いで泣く。
途中の休憩では、全員が車を降りなければならない。
ようやく到着しても、すぐに休めるわけではない。
「また来ようね」と言いながら、
心のどこかで、こう思ってしまう。
**――次は、しんどいな。**
夫婦は分かっていた。
**このままでは、帰省の回数は、確実に減っていく。**
---
最初に会ったとき、彼らはカタログを持ってきた。
すでに、形も装備も、ほぼ決まっている。
普通なら、
「それなら既製のもので十分ですね」
そう言われるケースだった。
でも、話を聞いていくうちに、私は気づいた。
**この家族が欲しいのは、車ではなかった。**
**“生活が、少し楽になる仕組み”だった。**
---
旅をするための装備は、最小限でいい。
必要なのは、**「疲れないこと」**。
・途中で、そのままオムツ替えができる
・すぐ横になれるスペースがある
・子どもが落ち着いて過ごせる場所がある
特別なことはいらない。
**段取りを、減らしたかった。**
---
最初の帰省で、違いはすぐに表れた。
渋滞の中でも、子どもたちは落ち着いて過ごしていた。
酔わない。ぐずらない。
途中で停めても、全員が車を降りる必要はない。
そして、実家に着いたとき――
家族には、まだ**余力**が残っていた。
---
母親が、ぽつりと言った。
**「……まだ動けるね」**
その一言で、すべてが報われた。
---
後日、夫婦はこう話してくれた。
**「旅が楽になった、というより、生活が楽になりました」**
無理をしない。
気合を入れない。
完璧を目指さない。
それでも、**帰省は続けられる。**
それが、この家族にとって、何より大切なことだった。
---
生活は、ドラマチックに変えなくていい。
旅で、人生を変えなくてもいい。
ただ、**“続けられる形”に整える。**
それだけで、暮らしは確実に楽になる。
---
この家族が手に入れたのは、
**思い出の数ではなかった。**
**「やめなくていい日常」**だった。
第六章|治さない旅
―― がん治療の夫婦が選んだ、「何もしない時間」 ――
奥様が、がんの告知を受けたのは、突然のことだった。
それまでの生活が、大きく変わるとは思っていなかった。
治療が始まり、体調は少しずつ不安定になっていく。
そして、髪の毛が抜け始めた。
鏡を見る時間が増え、外に出る時間が減っていった。
人の視線が、気になる。
何気ない言葉が、刺さる。
奥様は、少しずつ外出を控えるようになった。
---
ご主人は、考えていた。
何か、できることはないだろうか。
元気づける言葉か。
前向きな計画か。
でも、どれも違う気がした。
「頑張ろう」
「きっとよくなる」
その言葉が、今の二人には重たかった。
---
そんなとき、ご主人は一つの決断をした。
**「毎週末、温泉へ行こう」**
場所は、湯治で知られる土地。
遠い。
簡単ではない。
でも、ご主人は静かに言った。
**「治すためじゃない
ただ、体を休ませたいだけなんです」**
---
移動のために選んだのは、
**途中でいつでも横になれる空間**だった。
予定は立てない。
到着時間も決めない。
走って、疲れたら停める。
横になり、静かに目を閉じる。
無理をしない。
急がない。
**それだけで、旅は成り立った。**
---
内装を決めるとき、
奥様が一つだけ希望を出した。
**「車の中、少し明るくしたい」**
選んだのは、やさしい色合いの花柄だった。
治療の日々は、どうしても色が少なくなる。
白い病室。無機質な空間。同じような服。
だから、車の中だけは違っていてほしかった。
それは飾りではなく、
**気持ちを保つための選択**だった。
---
温泉に着く前から、回復は始まっていた。
道中、ご主人は何度も車を停めた。
奥様が横になり、静かに呼吸を整える。
**「今日は、ここまでにしようか」**
そう言える「余白」が、二人を楽にしていた。
---
奥様は、あとでこう言った。
**「温泉に入る前から、もう気持ちは楽になっていました。」**
この旅が、治療を早めたわけではない。
奇跡が起きたわけでもない。
ただ、
**夫婦で過ごす時間を、削らずに残した。**
体調が悪ければ、横になる。
外に出たくなければ、出ない。
それを、誰にも説明しなくていい。
**それだけで、外に出る理由が生まれた。**
---
この章は、希望を語る話ではない。
これは、
**回復を急がないという、選択の話だ。**
---
がんと向き合う時間の中で、
前向きでい続けることは、難しい。
でも、
**何も求められない場所があると、
人は少し、息ができる。**
花柄のシートに横になり、
花柄のカーテン越しに窓の外を眺める時間。
それが、
この夫婦にとっての、**心の支え**だった。
第七章|私は、正解を書かないことにした
―― 売らない立場で見えた、現場の真実 ――
私は、思想家を名乗るつもりはない。
何かを教えたいわけでも、正解を示したいわけでもない。
私がやってきたのは、ただ一つ。
**自分が実際に見て、関わって、迷って、判断したことを、
そのまま語ること。**
---
キャンピングカーの現場に立つと、
最初に聞かれるのは、価格や装備の話ではないことが多かった。
「途中で休めますか?」
「急に横になれますか?」
「人目を気にせず過ごせますか?」
その質問のひとつひとつに、
これまで我慢してきた時間が詰まっている気がして、
私はいつも、言葉を選びながら答えていた。
---
キャンピングカーは、特別な車だと思われがちだ。
でも、障がいや病気、事情を抱えた人たちにとっては、
**特別というより、「普通に過ごせる場所」**だった。
---
説明には、時間がかかった。
制度の話。
登録の話。
使える場合と、使えない場合。
一台にかかる時間は、決して短くなかった。
あるとき、こんな言葉をかけられたことがある。
**「そういう人たちはいいから、もっと他の人に売りなさい。」**
責める気持ちはない。
商売として、そう考える人がいるのも分かる。
でも、その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥で、何かが静かに止まった。
---
なぜなら私は、
その「そういう人たち」と一緒に、
**一台の意味**を考えていたからだ。
この車があれば、
この家族は外に出られるかもしれない。
このベッドがあれば、
この人は安心して眠れるかもしれない。
その時間は、非効率なんかじゃなかった。
**人生にとって、必要な時間だった。**
---
私は、キャンピングカーが嫌いになって、
この仕事を離れたわけではない。
ただ、急かされながら、
**大切にしたい気持ちを横に置いてまで、続けることができなかった。**
だから、立場を変えた。
今、私は「車を売る人」ではない。
**生活を整える側にいる。**
---
でも、あの現場で出会った人たちの顔は、今もはっきり覚えている。
不安そうな表情。
少し安心したときの目。
「これなら大丈夫かもしれない」と言った声。
キャンピングカーは、誰かにとっての贅沢品じゃない。
**障がいや病気があっても、
家族と同じ景色を見たい人のための、一つの選択肢**だと思っている。
---
私は、成功談を書いてきたわけではない。
「こうすればうまくいく」
「これが正解だ」
そんな話は、一つも書いていない。
同じ制度でも、同じ障がいでも、同じ家族構成でも、
**状況は一つとして同じではない。**
だから私は、答えを渡す代わりに、
**判断の跡を残すことにした。**
それが、次に同じような場面に立つ誰かが、
**自分で考えるための「地面」になる**と信じている。
---
私は、キャンピングカーが好きだ。
流行っているからでも、憧れがあるからでもない。
**人の生活が、少し楽になる瞬間を、何度も見てきたからだ。**
---
私は、キャンピングカーに詳しい。
装備や構造だけじゃない。
どんな人が、どこで困って、
なぜ一台が必要になるのか――
**その背景ごと、知っている。**
だから私は、売るために詳しくなったわけじゃない。
**ちゃんと向き合いたかっただけだ。**
---
この本には、正解は書いていない。
でも、現場で起きたことは、できるだけ正直に書いた。
**それで十分だと思っている。**
選ぶのは、読む人自身だ。
第八章|キャンピングカーは、本当に贅沢ですか?
―― 制度を「知る人」と「知らない人」の分かれ道 ――
キャンピングカーの話をすると、
決まって聞かれる言葉がある。
「贅沢ですよね」
「趣味の車でしょ」
その問いに、私はすぐには答えない。
なぜなら、それは車の話ではなく、
**生き方の前提**を問われているからだ。
---
「贅沢」とは、何だろう。
使わなくても生きていけるもの。
なくても困らないもの。
持っていると、少し気分がいいもの。
確かに、そういうキャンピングカーもある。
でも、私が現場で見てきたキャンピングカーは、少し違っていた。
それは、**外に出るための道具**だった。
---
障がいがある。
病気を抱えている。
体調に波がある。
介護が必要な家族がいる。
そうした事情があると、
**移動そのものが、生活の負担になる。**
途中で休める場所がない。
横になれるスペースがない。
人目を気にし続けなければならない。
その状態での外出は、**娯楽ではない。**
**消耗だ。**
---
だから私は、
キャンピングカーを「浪費か、投資か」で考える。
楽しいかどうか、ではない。
見た目が派手かどうか、でもない。
この選択は――
- 生活を楽にするか
- 外出の選択肢を残すか
- 家族が一緒に過ごす時間を守るか
**それだけを、見る。**
---
制度の話をするとき、私はいつも同じことを伝える。
**制度は、自動では効かない。**
申請しなければ、何も起きない。
条件を外れれば、使えない。
人によって、答えはまったく違う。
だからこそ、制度は「正解」にはなれない。
**あくまで、考え方を支える「道具」だ。**
---
大切なのは、制度をどれだけ知っているか、ではない。
- 自分の生活に、何が負担になっているか
- 何を減らしたいのか
- 何を守りたいのか
それが分かっていなければ、
どんな制度も、ただの知識で終わる。
---
キャンピングカーは、すべての人に必要なものではない。
持たなくていい人もいる。
選ばないほうが楽な人もいる。
でも――
**必要な人が、必要だと言える空気は、もっとあっていい**と思っている。
---
「贅沢だからやめた」ではなく、
**「今の生活には合わなかった」**
そう言える社会のほうが、ずっと健全だ。
---
私は、キャンピングカーを勧めたいわけではない。
ただ、こう問いかけたい。
**「それは、本当に「贅沢」なのか?」**
答えは、人それぞれでいい。
終章|この本は、答えを渡さない
―― それでも、人生はちゃんと動き出す ――
この本には、**正解が書いていない。**
「こうすればいい」
「これが正しい」
そんな結論も、用意していない。
---
それでも、ここまで読んでくれたあなたは、
もう気づいているはずだ。
**人生は、正解を知ったから動くのではない。**
**選び直せると知ったときに、動き出す。**
---
ここに登場した人たちは、特別な人ではない。
大きな成功を収めたわけでも、
劇的に人生を変えたわけでもない。
ただ、
その時点での自分にとって、
**一番無理のない選択をした。**
**それだけだ。**
---
旅は、遠くへ行くことじゃなくていい。
毎週末でなくてもいい。
写真に残らなくてもいい。
「外に出られる」という感覚。
「戻ってこられる」という安心。
それがあるだけで、
人は少し、前を向ける。
---
私は、キャンピングカーが好きだ。
それは、自由を売っているからでも、
夢を見せているからでもない。
**生活を壊さずに、
人生を続けさせてくれる場面を、何度も見てきたからだ。**
---
この本が、あなたに何かを決めさせることはない。
でも、もし今、
「行けない」と思っている場所があるなら。
「無理だ」と諦めている時間があるなら。
**その理由を、少しだけ、見直してみてほしい。**
---
選択肢は、思っているより、少し多い。
これは、マニュアルではない。
答え集でもない。
**あなたが、自分の選択を考えるための本だ。**
---
ページを閉じたあと、
あなたの生活が、ほんの少し楽になるなら。
外に出る理由が、一つ増えるなら。
**それで、この本は役目を果たしたと思っている。**
キャンピングカーアドバイザー 福島 淳一
あとがき
この本を書き終えて、
「結局、何が正解だったのですか」と聞かれたら、
私は少し困ってしまいます。
なぜなら、この本には
正解を書いていないからです。
ここに登場するのは、
特別な才能を持った人でも、
劇的に人生を変えた人でもありません。
障がいがある。
介護が始まった。
病気や治療で、外に出ることが難しくなった。
そんな状況の中で、
「今の自分たちにとって、いちばん無理のない選択は何か」
それを一つひとつ考え、選び直してきた人たちです。
疲れたら横になる。
途中で引き返す。
予定を変える。
何もしない日を選ぶ。
それは、前向きな決断というより、
生活を続けるための、静かな判断でした。
キャンピングカーは、
人生を変える魔法の道具ではありません。
でも、
疲れたら休める場所があり、
人目を気にせず過ごせる空間があるだけで、
人は少し、外に出られるようになります。
この本が、
あなたの人生を変えなくても構いません。
ただ、
「無理をしない外出の選択肢がある」
「続けられる形は、人それぞれでいい」
そう思えるきっかけになれば、
それで十分だと思っています。
最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。
福島 淳一
著者紹介
福島 淳一( ふくしま じゅんいち)
一般社団法人若葉ひまわり福祉支援協会理事 キャンピングカーアドバイザー。行政法務、ファイナンシャルプランニング、建築物環境衛生管理の実務経験を持ち、障がい者や要介護者、その家族の「外に出る選択肢」を支える活動を行っている。
障がいのある姉と手話のある家庭で育ち、父の脳梗塞と母のくも膜下出血をきっかけに、介護と制度のはざまで揺れる暮らしを家族として経験。「外出するだけで、なぜこんなに準備がいるのか」という違和感が、現在の活動の原点となった。
キャンピングカー業界では、年間二十四台程のオーダーメイド製作に携わり、聴覚障がい者、車椅子利用者、がん治療中の夫婦など、事情を抱えた多くの人生と旅に立ち会ってきた。
本書では、理想論や成功談ではなく、現場で実際に起きた選択と変化を記録。がんばらなくても続けられる選択肢が、誰かの生活を少しだけ楽にする――そう信じて、今日も書き続けている。
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