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『星の配置が最悪なので、今日の暗殺は中止にします!』第4話:巨蟹座(キャンサー):追憶の食卓は殻の中/Act 1:鉄処女の安息、あるいは招かれざる保護 :Chapter 2

    第2章:真珠色の揺り籠、あるいは母性の檻

     ――あつい。
     意識の底からせり上がってきたのは、心臓を直接真綿で包み込まれるような、逃げ場のない温もりだった。

    「……ん、……っ、……ふ、……離し、て……」

     私が目を開けたとき、視界を占めていたのは、見覚えのない……けれど、どこか懐かしい「天井」だった。
     木目の浮き出た古い合板。中心には、紐を引くタイプの、うっすらと埃を被った和風のペンダントライト。
     私は、自分が畳の上に敷かれた布団の中にいることに気づいた。身体が重い。まるで全身を粘土で固定されているような感覚。右目の『コンステレーション(星座)HUD』を起動しようとするが、網膜に投影される情報は砂嵐のように激しく乱れていた。

    [警告:環境ノイズ、最大。……デバイスの『解析プロトコル』が、外部からの『鎮静信号』によって中和されています。……ミナ、あなたの脳波が……『α波』で飽和しています。戦うためのストレスが、物理的に除去されています!!]

    「……バカAI、……シャット、ダウン……。……私は、……まだ……寝て、ない……」

     唇がうまく動かない。
     私は必死に上体を起こそうとしたが、布団の中から伸びてきた乳白色の「繊維」が、私の手首と足首を優しく、けれど強引に床へと縫い止めていた。それはキャンサー・シェルの生体組織。私の体温を吸い込み、私の筋肉を弛緩させるための「過保護な触手」だ。

    「……ミナちゃん。……そんなに、……急いで起きなくても……いいんだよ」

     聞き慣れた、けれど今までで一番穏やかな声が、すぐ傍から聞こえた。
     顔を向けると、そこには、畳の上に胡坐(あぐら)をかいて座る海藤さんの姿があった。
     彼はいつものボロボロのトレンチコートを脱ぎ捨てていた。星柄のパジャマのボタンを上まで律儀に留め、手には……どこから持ってきたのか、湯気の上がる茶碗を持っていた。

    「……海藤、さん……。……何、してるの、……早く、脱出、を……」

    「……外は、……雨だよ。……あんなに冷たい雨の中に、……君を出すわけにはいかないだろう?」

     海藤さんが、私の額に手を置いた。
     その手は、新宿の戦いのときのような熱を帯びてはいなかった。ただ、平熱の、安心させるような温度。
     彼の背後、開け放たれた縁側の向こうには、確かにしとしとと降る雨の庭が見えていた。……いや、そんなはずはない。私たちは相模湾の、窓一つない閉鎖シェルターの中にいたはずだ。

    「……偽物、よ……。……それ、は……キャンサー、が見せてる……幻覚……っ!」

    「……幻覚かなぁ。……でもね、ミナちゃん。……この味噌汁の匂い、……煮物の、……少し焦げた醤油の匂い。……これは、……僕が一番、……忘れたくなかったものなんだ」

     海藤さんの視線の先には、ちゃぶ台の上に並んだ、質素だが心のこもった和食が並んでいた。
     ひじきの煮物、焼き魚、そして白いご飯。

     [スキャン不能:対象物の『美味しそうな匂い』を、デバイスが『非脅威(安全)』と判定しました。……ミナ、エラーです! あなたの空腹中枢が……『お母さんの味』を求めています!]

    「……バカなこと言わないで!! 私は、……ジャンクフード派よ!!」

     私は叫んだが、その声は力なく空中に霧散した。
     キャンサー・シェルが放つ「母性」という名の毒。それは、私の脳の論理回路(ロジック)を直接攻撃するのではなく、もっと深い場所……「誰かに守られたい」「もう頑張らなくていい」という、私が幼い頃に父を亡くしてからずっと封じ込めていた欠落を、甘い蜜で埋め尽くそうとしていた。

     壁から伸びる乳白色の繊維が、さらに増えていく。
     それは私のパジャマ代わりのテックウェアの隙間から滑り込み、私の背中を、お腹を、太ももを、慈しむように撫で始めた。

    「……ぁ、……やめ……っ……、あつい、……変な、感じ……」

    「……ミナちゃん。……震えているね。……怖がらなくていい。……ここには、……君を撃とうとする暗殺者も、……パンドラ・コードを奪い合う敵もいない。……君は、……ただの二十二歳の、……可愛い女の子でいればいいんだよ」

     海藤さんの声が、呪文のように私の耳元で囁かれる。
     彼は、シェルターが作り出した「安らぎの周波数」に完全に当てられていた。新宿で、私の鼓動をコピーして蘇生したときの「守らなきゃいけない」という彼の強迫観念。それが、キャンサーの過保護なプログラムと共鳴し、彼は今、私をこの「檻」から出すまいとする、最強の看守(保護者)へと変貌していた。

     不意に、部屋の引き戸が静かに開いた。
     そこに立っていたのは、顔にモザイクがかかったような、ぼんやりとした女性の影だった。

    『――和馬。……ミナさん。……お昼は、……オムライスにしましょうか?』

     その声を聞いた瞬間、海藤さんの肩が小さく震えた。
     彼が「伝説」になる前。その手を血で汚す前。……ただの「海藤和馬」だった頃の、唯一の光。

    「……母、さん……」

     海藤さんが、縋るようにその影へと歩み寄る。

    「……ダメ! 海藤さん、……行っちゃダメ!!」

     私は必死に腕を伸ばしたが、乳白色の繊維が私の身体を布団ごと「抱擁」し、自由を奪った。
     私の鼻先を、真珠のような、甘ったるい死の香りが包む。

    [警告:酸素濃度、低下。……代わりに、高濃度の『セロトニン・ガス』を検知。……ミナ、このままでは脳が『多幸感』のまま停止します。……論理的な『脱出の意志』が……0.05%まで減衰……]

    「……あ、……ぁ……」

     私の右目のHUDから、光が消えていく。
     戦う理由。
     お父さんの仇。
     冷たいデータの海。
     それらすべてが、どうでもよくなっていく。
     海藤さんの、あのよれよれのパジャマの袖を掴んで、このまま微睡(まどろ)みの中に落ちていけたら、どんなに幸せだろう。

     一たす一は、二。
     二つの孤独が合わさって、一つの完璧な「停滞」になる。

     私の頬を、生温かい粘液がなぞる。それはキャンサーが、私の「涙」さえも不要な異物として拭い去ろうとしている証拠だった。

    「……ミナ……ちゃん……。……一緒に、……ここで…………」

     海藤さんの伸ばした手が、私の頬に触れた。
     その手のひらは、私の意識を奪うための最後の一押しのように、ひどく心地よかった。

     絶体絶命の安息。
     ミナの意識は、真珠色の深い海の底へと、ゆっくりと沈んでいった。



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    限りなく多趣味。時々俳優。AIアシと一緒に連載小説始めました。いつもなんとかなるさで乗り切ってる。群れるのが苦手なのに寂しがりやで目立ちたがり。若い頃知り合いのバーで隣に座ったお兄さんに手相をみられ「君はとことんカリスマになるか、それ以外かのどっちか」と言われた。カリスマでお願い

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