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6年以上わが子を教えて分かった高校受験と大学受験の決定的な違い。

高校受験=地図のある山
大学受験=途中でルールが変わる山

【この記事は3分でよめます。】

こんにちは、もりです。

6年以上、娘2人の受験に家庭で伴走してきました。

高校受験から始まり、大学受験まで。

結果だけを見れば、

一人は国立大学へ。

もう一人は関関同立クラスの私立大学へ。

サラリーマンをしながら、塾に通わせず、家庭学習を中心にやってきました。

そう話すと、よく聞かれます。

「どうやったんですか?」


今の私なら、このように答えます。

高校受験は、塾へ行く前に全体像を知っておいたほうがいい。

一方で、

大学受験は、親だけで抱え込まないほうがいい。

私は大学受験については、塾や予備校など、専門家の力を借りることを強くおすすめします。

これは、家庭学習では無理だと言っているわけではありません。

実際、我が家は家庭中心でやってきました。

ただ、最後まで伴走したからこそ分かったことがあります。

高校受験と大学受験は、

同じ「受験」でも、まったく違う競技です。


高校受験は「地図のある山」

高校受験を、私はこう考えています。

地図のある山です。

もちろん地域によって制度は違います。

でも、基本的には、

・出題範囲がある程度見える
・過去問がある
・内申という評価制度がある
・学校ごとの入試制度がある
・受験までのルートをある程度逆算できる

という特徴があります。

つまり、

「どこを登ればいいのか」

を事前に確認できます。

だから高校受験では、

勉強を始める前に、受験の全体像を知っておくこと

がかなり重要だと思っています。


高校受験は、テストの点数だけではない

高校受験で、親が意外と見落としやすいのが「内申」です。

高校受験は、

内申 × 当日点 × 制度 × 戦略

というように、いくつもの要素が絡みます。

地域によって仕組みは違いますが、

「当日のテストで頑張ればいい」

だけではありません。

中学1年生の段階から、学校生活の積み重ねが受験につながる場合もあります。

だからこそ、

「どの高校を目指すか」

だけではなく、

「その高校を受けるには、どういう条件が必要なのか」

を早めに知っておく。

これが大切だと思っています。

制度を知らないまま受験期に入ると、

努力する方向がズレる。

志望校を決めるタイミングを逃す。

選択肢が狭くなる。

そんなことも起こり得ます。

だから私は、

高校受験では、塾へ行く前に「地図」を手に入れること

をおすすめしています。


では、大学受験はどうなのか?

ここからが、私の考えが大きく変わったところです。

大学受験に入ったとき、

「高校受験と同じようにやればいい」

と思っていました。

私は過去に家庭教師や塾講師の経験もありました。

だから、

「親が全体を理解して、子どもに勉強を教えれば何とかなる」

と、かなり自信を持っていたんです。

でも。

大学受験を実際にやってみて、

自分の認識が甘かったことに気づきました。

大学受験は、私にとって、

「途中でルールが変わる山」

でした。


大学受験は「去年の地図」がそのまま使えるとは限らない

大学受験では、

入試方式がたくさんあります。

国立なのか私立なのか。

共通テストをどう使うのか。

個別試験は何科目なのか。

推薦・総合型選抜なのか。

一般選抜なのか。

大学ごとに条件も違います。

さらに、

制度変更もあります。

共通テストの傾向もあります。

大学や学部によって、必要な科目や配点も違います。

そして何より怖かったのが、

「今の成績なら、このルートで行ける」

と思っていたものが、途中で崩れることです。

高校受験なら、

「この高校を目指して、この範囲を勉強する」

という比較的分かりやすい道筋があります。

でも大学受験では、

一つの結果によって、その後の選択肢が大きく変わることがあります。

私にとって大学受験は、

「滑ったら、下しか残らない受験」

という感覚がありました。

これは大学受験全体を表す言葉ではありません。

実際に子どもの受験に最後まで伴走した私が、

そのとき感じていた恐怖です。


親が「先生」であり続けることの怖さ

大学受験で一番しんどかったのは、

勉強そのものではありません。

責任です。

親が教える。
親が勉強計画を立てる。
親が模試の結果を見る。
親が志望校を考える。
親が受験方式を調べる。
親が出願を考える。

そして、もし結果が出なかったら、

「自分の判断が悪かったのではないか」

と考えてしまう。

これは、かなり重いです。

子どもが苦しんでいると、

「もっと勉強させなければ」

と思う。

模試の判定が悪ければ、

「このままで大丈夫なのか」

と焦る。

そして、その焦りが子どもにも伝わる。

本来、親は子どもにとって、

安心して帰ってこられる場所であったほうがいい。

でも親が「先生」になってしまうと、

家に帰っても受験が続いてしまいます。

これが、私にはかなり苦しかった。


そして、忘れられない出来事がありました

試験が終わった日のことです。

娘を車に乗せました。

試験会場では、必死に泣くのを我慢していたそうです。

でも、

車に乗った瞬間、

大泣きしました。

そして、娘が言ったんです。

「パパの言うとおり頑張ってきた」
「なのに……」
「努力なんて、するんじゃなかった」

今でも、この言葉を思い出します。

胸が苦しくなります。

もちろん、

「努力なんて意味がない」

という話ではありません。

娘は、それだけ追い込まれていた。

それだけ頑張った。

そして、その結果を受け止めきれないほど苦しかった。

そのとき私は、

親が、子どもの頑張った3年間の責任を取れるはずがない。

そう思いました。

いや。

もっと正直に言えば、

簡単に「私が責任を取る」なんて思ってはいけなかった。

子どもが3年間頑張ってきたことを、

親が代わりに背負えるわけではありません。

結果がどうなっても、

その3年間を頑張ったのは、子ども自身です。

それなのに私は、

親として何とかしてやろうとしすぎた。

その責任まで自分が背負おうとしていた。

今でも、

「あんなに簡単に責任を取るなんて言わなければよかった」

と後悔しています。


だから私は、大学受験では「手を引く」ことも大切だと思う

私は今、

大学受験では専門家の力を借りることを強くおすすめします。

ただし、

「塾に入れれば大丈夫」

という意味ではありません。

塾に行ったから合格するわけでもありません。

最終的に勉強するのは子どもです。

親にしかできないこともあります。

生活を支える。

話を聞く。

食事を用意する。

必要な情報を一緒に確認する。

そして、

子どもが失敗しても帰ってこられる場所を作る。

これは親にしかできないことだと思っています。

だからこそ、

「勉強を教える親」

から、

「子どもを支える親」

へ変わる。

大学受験では、この切り替えが大切だったと、今は思います。


私が伝えたいのは「成功法則」ではありません

このアカウントで、

「塾なしで国立大学に合格する方法」

を教えたいわけではありません。

我が家でうまくいった方法が、

そのまま他の家庭で再現できるとも思っていません。

むしろ、私が伝えたいのは、

親がどこまで介入するのか。

どこから専門家に任せるのか。

親が知っておくべきことは何なのか。

という部分です。

高校受験では、

「まず地図を持つ」。

大学受験では、

「全部を親だけで背負わない」。

6年以上、娘2人の受験に伴走して、

私が今たどり着いたのは、そんなシンプルな結論です。

受験は、

気合だけではどうにもならないことがあります。

そして、

分からないことを、

分かったふりをしない。

これも、親にとって大切なことだと思っています。


高校受験について、もう少し詳しく書いています

高校受験は、

「当日のテストで何点取るか」

だけを考えていると、見えなくなるものがあります。

特に、

内申の意味。

これを知らないまま受験期に入ると、

志望校を決めるタイミングを間違えたり、

選択肢が狭くなったりすることがあります。

高校受験は、

「内申の意味を知っているかどうか」

で、受験への向き合い方そのものが変わることがあります。

もし高校受験の仕組みに興味があれば、

こちらの記事もどうぞ。

👉 高校受験は、当日点だけで決まらない。知らないと詰む「内申」の現実。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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