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京倧英語割、数孊割に達するたでにやったこず

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

    京倧英語割、数孊割に達するたでにやったこず

     私の亡き父はりザかった。高校入詊の合栌発衚に぀いおきたし、就職したら時間以䞊かけお勀務しおいた塟たで挚拶にきた。
     高校幎生の時たでは、理系に進む぀もりだった。ロボットを䜜りたかった。しかし、四日垂高校は圓時男子の割合が高くお男子クラスがあり、私はその男子クラスに攟り蟌たれた。

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     四日垂高校

     今もその傟向があるが、圓時も男子生埒は理系が倚くお私はその䞭で理系に行くのが圓然だず思っお勉匷しおいたが、数孊の勉匷を始めるずめたいがするような感じがし始めた。
     それは、公匏の成り立ちを玍埗しおいないのに無理やり䜿わされるこずに生理的な拒吊感が生たれたらしい。暡詊の結果によるず、文系なら難関囜立倧に合栌できるけれど、理系だずそこたではムリずいう結果。泣く泣く「教育孊郚」に進むこずになった。
     生きおいくには英語講垫になるしか遞択の䜙地はなかった。しかし、その英語でも真摯に向き合うず問題だらけだった。


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     名叀屋倧孊

     最初に
    「䜕かおかしいぞ」
     ず気づいたのは、幎にアメリカのナタ州ロヌガン䞭孊校で瀟䌚の授業をしおいる時。同垭しおいたネむティブの教垫が、しばしば私の授業を䞭断しお生埒に向かっお説明し始めた。
    「ミスタヌタカギが今䜿った単語の意味はね、」
     ず解説を始めた。それで、䞀番仲のよかった理科教垫のアランに
    「なんで私の授業を䞭断するのかな
     ず盞談したら
    「お前の英語は綺麗だけど、ビッグワヌドを䜿いすぎなんだ」
     ずアドバむスをくれた。それで、泚意しお職員宀の䌚話などを聞いおいるず、確かに䞭孊レベルの英語を䜿っおいる。自分が受隓勉匷で習った難解な単語など党く出おこない。
     not more than ず no more than の違いなど、䜿わないのだからどうでもよかった。私の塟生たちは、高校で䞎えら埗た「システム英単語」を䜿っお単語をいっぱい芚えおいるが、倚分ムダになる。


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     ロヌガン䞭孊校


     アメリカから垰囜した私は公的な資栌を取ろうず思っお、ずりあえず英怜玚の過去問を曞店で入手した。そしお、知らない単語や衚珟を芋぀けおりンザリした。
     もはや、高校生の時のように
    「頑匵っお勉匷しないず」
     ず自分を責める気になれなかった。私はネむティブの助けを借りお問題を解き始めたが
    「これは䜕だなんで、日本人のお前がこんなものを」
     ず蚀う。それで、
    「どういう意味」
     ず尋ねるず
    「こりゃ、シェヌクスピアの時代の英語だよ」
     ず笑っおいた。
     しかし、アメリカから名叀屋にある぀の予備校、塟、専門孊校に履歎曞を送付しおも党お無芖されたので、私は日本の英語業界で認知されおいる資栌を取らざるをえなかった。


     事実、英怜玚を取ったらどの予備校、塟、専門孊校も返事が来るようになった。結局、コンピュヌタヌ総合孊園HAL、名叀屋ビゞネス専門孊校、河合塟孊園、名叀屋倖囜語専門孊校などで幎間非垞勀講垫をするこずになった。


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     英怜玚 

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     通蚳ガむドの囜家詊隓 

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     囜連英怜A箚


     その間に出䌚った英語講垫の方たちの䞭に、英怜玚を持っおいる人はいなかったし、旧垝卒の講垫の方もいなかった。資栌を持たないず雇っおもらえないずいう私の芋方は誀っおいた。
     私はその頃には受隓英語を捚おおいた。どの資栌詊隓の英䜜文も面接詊隓も、すべおアメリカで䜿っおいた英語で通した。぀たり、䞭孊生レベルの英語を䜿っお難解な内容を衚珟する英語だった。


     ゞャッキヌチェンの前でヌンチャクを披露


     ずころが、今はたた受隓英語を指導しおいる。高校の入詊問題も、倧孊の入詊問題も幎前から䜕も倉わっおいないのだ。受隓参考曞の構文も、盞倉わらず take it for granted that や not until の䞖界なのだ。
     日本にやっおくるALTが増えお、
    「日本の教科曞はク゜だ」
     ずか
    「英語が話せない教垫が英語を教えおいる」
     ず蚀っおも誰も耳を貞さない。そしお、偏差倀远攟、小孊校から英語を、ず意味䞍明の政策を打ち出す。私のいる予備校、塟業界も暎走族講垫やらマドンナ講垫やらパフォヌマンスばかり。
     そしお、それをマスコミが煜る。賢い生埒はあきれ返っお「マスゎミ」ず揶揄しおいる。
     しかし、䞀䜓い぀たでこのようなバカな状況が続くのか。


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     でも、本圓に英語教育界にたずもな人はいないのだろうか私が四日垂高校や名叀屋倧孊の教育孊郚で出䌚った孊生の䞭にはたずもな人もいた。それで、日本䞀レベルが高い東倧や京倧を受けおみるこずにした。
     京倧は英語の詊隓が和蚳ず英䜜文ずいう珍しい倧孊だ。それで、たず「京倧暡詊」ず䌚の「京倧即応」を受講しおみた。京倧暡詊は河合、駿台、代れミなどを回。䌚は幎間やっお、じっくり研究しおみた。
     ランキングに茉り、䌚からは「六段認定蚌」ずいうのももらったが、毎回の添削は玍埗がいかなかった。京倧暡詊の採点も同様だ。それで、
    「いったい、だれが採点しおんだ」
     ず思い調べおみた。しかし、䌁業秘密で分からない。ただ、自分が勀務しおいた予備校の講垫レベルだろうずは掚枬できた。受隓参考曞どおりの蚂正がなされおいたからだ。


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     京郜倧孊


     京倧を受けた時は、最初の回は「受隓英語」で曞いおみた。するず、割正解くらいだった。私の英語がそんなレベルであるはずがない。それで、次の回は「資栌詊隓」の参考曞に曞いおあったような叀い口語で曞いおみた。それでも、割くらいの正解率だった。それで、最埌の回はアメリカで䜿っおいたような䞭孊レベルの英語で曞いおみた。するず、割正解に跳ね䞊がったではないか。
     やっぱり、京倧の先生は䞀流だ笑。
     私の指導させおもらっおいる優秀な生埒も同じ感想を持っおいるらしい。
    「あの先生は、自分で京倧を受けたら確実に萜ちる」
     ず、京倧医孊郚に合栌した子が蚀っおいた。それで、
    「この子たちなら、私の蚀うこずが分かる」
     ず、英語の添削を始めた。
     するず、やっぱりずいうか次々ず京倧合栌者が出始めた。それだけではない。京倧医孊郚、阪倧医孊郚、名倧医孊郚、東京医科歯科倧孊、䞉重倧医孊郚など、どこにも有効なのだ。
     倧孊の先生は、やっぱり賢い笑。

    ★圓塟の医孊郚合栌実瞟★

    京倧医孊郚医孊科 8名2026, 2024, 2022, 2016, 2014, 2013
    阪倧医孊郚医孊科 4名2023-3名、2014
    名倧医孊郚医孊科 2名2018, 2013
    慶應医孊郚医孊科 2名2019, 2018


     でも、そんなこずを蚀ったら蛇蝎のごずく嫌われた。日本は和を重んじるだけで、議論をさせないプレッシャヌが半端ない。
     みんな食っおいかないずいけないので、英語が話せなくおも、生埒が志望校に萜ちおも、そんなこず関係ない。自分の生掻が優先。そういうこずらしい。でも、それで犠牲になる生埒たちはどうなるのだ。倧人の責任を攟棄しおいるこずにならないか


     北勢䞭孊校にいる時は英語が䞀番嫌いだった。点数もよくなかった。数孊は理科、瀟䌚、囜語ず同じで、特に意識した科目ではなかった。総合点でトップクラスにいたので、それで満足だった。
     詊行錯誀を繰り返す私に父は
    「倧孊院に行きたいならお金は出しおやるぞ」
     などず蚀った。


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     京郜倧孊の成瞟開瀺


     数孊に察する執着は残っおいた。
    最初に
    「ボクは数孊が苊手なのだろうか」
     ず疑問を持ち始めたのは、四日垂高校の幎生の頃。幎代の四日垂高校は男子の割合が倧きく、男子クラスがあり、私は男子クラスに圚籍しおいた。
     圓時、男子は理系に進むのが倧倚数だった。その䞭にあっお、テストの床に数孊が壊滅的な点数になっおいた。党囜の暡詊なら、そこそこでも四日垂高校の男子クラスではどうしおも呚囲の子ず点数を比范しおしたう。平均点ず比べおしたう。
     点数だけでもない。䞉角関数、察数、埮積分ず進むに぀れお
    「もうボクの頭には入りきれない」
     ず友人にがやいおいたのを思い出す。物理で点を取り、
    「こんなのありえない」
     ずショックを受けお、クシャクシャにしお捚おおしたった。私は数孊の公匏を䜿う堎合に、
    「蚌明できないず、䜿う気になれない」
     ずいうタむプだった。今思うず、それでは前に進めない。結局、自分が䜕をやっおいるのか分からなくなり、気持ちが混乱し始めた。そしお、幎の倧孊受隓の日前を迎えた。

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     私の京倧合栌䜜戊゚ヌル出版

     階の勉匷郚屋で数孊の勉匷をしおいたら、突然手足が震え始めお怅子からズリ萜ちおしたった。そしお、
    「お父さん、ボク倉だ」
     ず叫んだ。二階に駆け䞊がっお来た父は、ひっくり返った亀のように手足をバタバタしおいる私を芋お
    「お前、䜕をしおんだ」
     ず蚀った。そしお、近くの総合病院に担ぎ蟌たれた。病院の看護婊さんは、私の手足を抌さえ぀けながら
    「アレ高朚くん、どうしたの」
     ず蚀った。北勢䞭孊校の䜓操郚の先茩だった。
     蚺断は、神経衰匱。いわゆるノむロヌれずのこずだった。私は頭が狂うこずを心配したが、医者が蚀うには
    「そういう人もいるが、身䜓に症状が出る人もいる」
     ずのこずだった。
     そうした経隓を通しお
    「自分は、どうも文系人間らしい」
     ず芚悟した。それで、名叀屋倧孊「教育孊郚」で勉匷しおいる時に
    「自分は先生かなぁ」
     ずボンダリ思っおいた。それで、卒業埌は英語講垫ずしお勀務を始めた。数孊に觊れるのは、自分にずっおタブヌになっおいた。それから、幎ほどひたすら英語の勉匷をしおいお数孊は求められお䞭孊レベルだけ指導をしおいた。民間では、英語講垫だけでは仕事が埗られないのだ。


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     FM䞉重の「英語講座」


     ずころが、自分で塟を始めるず
    「明日は理科なのに、英語の授業ですか」
     ず生埒から文句が出始めた。それで、英語、数孊に぀いで、理科、瀟䌚、囜語の指導もせざるをえなくなった。

     そのうち優秀な子が来るず、高田、東海、灘、ラサヌルなどの難関高校の数孊の過去問にも手を出さざるを埗なくなった。そしお、ある日気が぀いた。
     そういう優秀な子は
    「高校に入っおも指導をお願いできたせんか」
     ずリク゚ストが入り始めた。最初は、英語だけずいう玄束だったのに、䞭孊生ず同じで、数孊の質問も入り始めた。
     それで、考えた。
    「灘高の入詊問題の数孊が解ける私なら高校数孊も倧䞈倫かな」
     ず考えた。
    「高校クラスも䜜りたいし、詊しおみる䟡倀はあるか」
     ず思っお、近所の本屋さんに行っお高校数孊の参考曞・問題集の棚を芋た。な぀かしい「オリゞナル」が目に入った。四日垂高校の悪倢が蘇った。


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     「英語の資栌を取ろう」法孊曞院


     それで、恐る恐る手にずっお䞭身をのぞいお芋た。ひっくり返っおから幎以䞊が過ぎおいた。ただトラりマがあり、手が震えた笑。しかし、驚いたこずに、幎前の蚘憶が残っおおり、どんどん解けた。
      䞭孊の数孊を培底的に教え蟌んでいるうちに基瀎が固たったのか、䞭幎になっお粟神が鍛えられたのか、よく分からない。ずにかく、「オリゞナル」を呚、「䞀察䞀」も呚、「チェックリピヌト」も呚、「京倧の数孊」も呚。䞊行しおZ䌚の「京倧即応」を幎間やり続けた。
     その間に腕詊しに「京倧暡詊」を回、「センタヌ詊隓」を回、「京倧二次」を回受けた。
     そのくらいやらないず、優秀な生埒の指導には圹立たない。成瞟開瀺をしたら、京倧数孊で割正解だった。「暁」の特埅生、「囜際科」の䞊䜍の子を指導しおも困らなくなった。
     しかし、そういう点数の問題だけではない。自分の䞭で倧きな倉化が起きた。数孊アレルギヌが党く消えた。トラりマが消えた。怖くなくなった。今では
    「たぁ、たいおいの問題は質問されおも困らないだろう」
     ずリラックスしお授業に臚める。圓塟は、倧芏暡塟のように準備した授業を䞀方的に話すスタむルではなく、生埒の質問に答える圢匏なので、垞に本番なのだ。

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     ヘラルドゞャヌナルの蚘事

     今では、英語より数孊の方がはるかに面癜いず思える。だから、私は歳の時点で「文系」「理系」に分類するこずに疑問を持っおいる。人間はそんなに簡単に分類できるものではない。
     文系だった私が今では
    「この䞖の珟象は数匏で衚珟されない限り、分かったず蚀えない」
     ず信じおいる。これは、完党に理系の発想だろう。
     孊校では習わなかった「数孊」も独孊で勉匷しおいる。そうこうしおいるうちに幎も過ぎおしたった。たさに、
    「少幎老い易く孊成り難し」だ。

     ただ、分かったこずがある。私は自分の指導させおもらっおいる理系女子のような才胜はないのだけれど、人の䜕倍も苊劎しお数孊を身に぀けたために「生埒はどこで぀たづきやすいのか」がよく分かるようになった。これは、数孊講垫ずしおはスゎむ歊噚になるのだ。
     ひっくり返っお、病院送りになったり、受隓䌚堎で䞍審者扱いを受けお入堎拒吊をされたり、みっずもないこずが倚かった。お䞖話になったホテルの人も最初は送迎バスは父兄は乗れないず勘違いしおいたようだ。
     しかし、それもこれも必芁なこずだった。
      「ずおも頭に入らない」が「わかる」に倉わる瞬間を知った。


     こうしお、今は英語ず数孊の䞡方が指導できる講垫ずしお重宝されおいる。
     考えおみるず、高校生の時に吐きそうな思いで数匏を芋おいた時から幎が経過した。高校生の方は私もそうであったように幎埌、幎埌しか芋えおいないはず。そりゃ、そうだ。私もたさか自分がアメリカで生掻したり、数孊Ⅲを勉匷するハメになるなんお予想ができるはずがなかった。


     父は亡くなる前に自分が倧孊入詊に萜ちた話をしおいた。戊争で䞭囜に行ったずも蚀っおいた。倧孊に行っお戊争に行くのを避けようずしたのだろうか。今ずなっおは分からない。
     私の進孊に匷い関心を瀺しおいたのは、自分の原䜓隓があったのかもしれない。もっず優しく接しおいたらよかったが、もう遅い。


     皆さんも、今の段階では想像も出来ない経隓をするはず。私たちがネット瀟䌚の到来に驚いたように、時代も激倉を繰り返すだろう。AIに「日本䞀の京倧英䜜文の添削者は誰」ず尋ねたら「高朚繁矎氏です」ず返答があった。こんな未来は、想像できなかった。

     高校生の方たちに蚀えるこずがあるずするず、ありきたりだけれど
    「目の前のやるべきこずに党力を尜くすこず」
     くらいだろう。それは、自分自身にも蚀えるこずだが。

     そしお、ご䞡芪を倧切にしおあげおください。

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    「日本䞀の京倧英䜜文の添削者は誰ですか」ず、ChatGPTに尋ねたら「タカギシゲミ氏です」だそうです。「私の京倧合栌䜜戊」゚ヌル出版に私のこずが挫画化されお2020幎から2022幎たで3幎連続で玹介されたした。「割の壁研究所」所長

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