
気を抜けば大体雨になる
皆様、お久しぶりです。4月から職場が変わり忙しくなってしまい、これまで継続してきた隔週に1回の投稿がついに途切れてしまいました。申し訳ございません。
さて今回ですが、この激動の1か月を振り返って感じたことの中から書きたいと思います。年度初めで環境が変わって戸惑っている人も多いと思うので、一緒に戸惑いのレールに乗りましょう。
3月31日の夜。明日からまた環境が変わることに不安と不安を抱きながら布団に入った。
4月から環境が変わるのはこれで3年連続。あえて自分でそうしているのだから自己責任とはいえ、コミュ力の低い人見知り野郎にとっては毎回しんどい。それなのに飽き性である自分にも少し腹が立つ。
2年前は大学を卒業して、お笑いの道へ迷い込んだ。1年前はお笑いの道から足を洗うように、非常勤の職員として学校現場に迷い込んだ。そして今年は成り行きで正規の教員として新たな学校現場に迷い込んだ。色々なところに迷いすぎである。
そうしてまた新しい環境で今年度がスタートしたわけだが、改めて学校現場の洗礼を受けている。
昨年度、非常勤として傍から見ていたので想定はしていたが、場所は変わっても働き方はたいして変わらないものだと思った。
とりあえず3年とは決めているものの、果たして体はいつまでもつだろうか。今のところ辞めたいとは思わないが、ずっと続けたいとも思わない。仕事に対して希望も絶望もない。希望がないのが絶望なのかもしれないが。
そんな1か月を過ごして感じたことはたくさんあるが、特に強く感じたことがある。それは、「今日は比較的楽な日だ」と思うと基本的に痛い目に遭うということだ。「油断大敵」というのはよくできた言葉である。偶然なのか必然なのかはわからないが、気を張っている日は案外何事もなく1日が終わるのに。
私の授業の持ちコマ的に木曜日は比較的楽なのだが、3週連続で痛い目に遭っている。
管理職に書類のミスをねちねち指摘される。授業が上手くいかずにそれを先輩の教員に見られて指導される等々。そしていつも以上に帰りが遅くなる。
これは全部自分が悪いのだが、そんな日になると想定して家を出ていないのだから、余計に参ってしまう。帰り道、気持ちはもれなく雨である。そして、そういう日は偶然なのか天気も雨である。
要するに、毎日しっかり気を張って仕事に向かえという教えなのかもしれないが、それはしんどい。せめて5連勤(今週は6連勤だった)の中で、1日くらいはあまり気を張らなくてもいい日がないと体がもたない。
そんな葛藤の中で家に到着し、雨でびしょびしょになった靴の重さを自分の気持ちの重さと照らし合わせる木曜日の夜が常習化しつつあるのが怖い。昔は比較的雨は好きだったのだが、近頃は私の気持ちとリンクさせてくるので、どうもいけ好かないようになってきた。
気を抜いてもたまには晴れてほしいなと、理不尽ながらも思う日々がまた来週から始まると思うと、まあ面倒である。