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消えかけたチョークの伝言

    つくもあるく

    第5話:『100年の面影、未来へ紡ぐバトン』

    トキの退院の朝、青森の空は雲ひとつない美しい青空に恵まれていた。

    青森市民病院を後にした三人は、駿の運転する車に乗り込んだ。

    エンジン音すらほとんど聞こえない静かな車内は、完璧な温度にコントロールされ、揺れひとつなく滑らかに進んでいく。

    トキは車の窓から、陽光を浴びてきらきらと輝く青森のモダンな街並みを、愛おしそうに見つめていた。

    「本当に快適ねえ。昔のガタゴト揺れたトラックや、泥だらけの新町通りを歩いていた頃とは大違い。おじいさんが見たら、きっと腰を抜かして驚くわねえ」

    トキが声をたてて楽しそうに笑うと、ハンドルを握る駿がバックミラー越しに穏やかに微笑んだ。

    「僕たちの時代の、この快適で居心地の良い毎日も、おじいちゃんたちが泥だらけになりながら必死に道を切り拓いて、整えてくれたおかげなんだね」

    「そうねえ、本当にそうねえ……」

    トキは優しく目を細めると、膝の上に置いていたカバンから、病室で一針ずつ丁寧に編み上げたばかりの「手編みのチェックのマフラー」をそっと取り出した。

    「はい、澪さん。お見舞いに付き合ってくれたお礼よ」

    「えっ、私に……? ありがとうございます!」

    トキは澪の首元に、そっとその温かいマフラーを巻いてあげた。

    澪が驚いて、手編みのチェックの編み目にそっと触れる。少しざらざらとしたウールの質感とともに、驚くほど圧倒的な「温かさ」が肌に伝わってきた。

    その手ざわりから、澪の脳裏に、この数日間でおばあちゃんから聞いた100年の愛の記憶が、鮮烈な色を持って一気に溢れ出してきた。

    昭和二十七年の煤だらけの引き込み線で、二人で分け合って食べた黄金色の「イモ飴」のぬくもり。

    昭和三十一年の超満員の映画館の帰り道、セピア色の純喫茶「ウィンナー」で奢ってもらった、深い黒色のコーヒーの温かさ。

    昭和三十五年の土砂降りの雨の中、消えかけた伝言を頼りに、後ろから茂の背中にだまってぎゅっと抱き着いたときの、あの熱い体温。

    そのすべての不器用で、愛おしい時間が、縦と横の白い線が美しく交差するこの手編みのチェックの中に、一針一針、優しく編み込まれているのだと、澪は気づいた。

    「このマフラーはね、ただの毛糸じゃないの。私とあの人が、一生懸命に生きて、繋いできた『面影』そのものよ。澪さん、駿を、そしてあなたたちの未来を、この温かさで包んであげてね」

    トキの言葉に、駿は少し目頭を熱くしながら、「うん。じいちゃんとばあちゃんが繋いでくれたこの毎日を、僕たちも大事にするよ」と誓うように頷いた。

    澪も温かいマフラーをぎゅっと抱きしめ、零れそうになる涙をこらえて微笑んだ。

    「はい、おばあちゃん。この温かさ、絶対に、一生忘れません」

    車は、かつて煤まみれの引き込み線があり、今は「ねぶたの家 ワ・ラッセ」や「A-FACTORY」が美しく立ち並ぶ、陽光あふれるウォーターフロントの横をなめらかに走り抜けていく。

    過去の不自由な泥臭さと、現代の快適な居心地の良さ。

    そのどちらが優れているかではなく、「大切な人をより安全に、より幸せにしたい」と100年の時間をかけて人々が願って発展させてきた歴史そのものが、この美しい街であり、大きな愛の形なのだと、二人は深く理解していた。

    澪はそっと助手席から手を伸ばし、駿の左手を包み込んだ。

    スマートフォンのガラスのような冷たいなめらかさではなく、お互いの手のひらの温度を確かめるように、ぎゅっと、痛いほどに握りしめ合う。

    二人の手の中に、100年前から変わらない、本物の『面影』が温かく息づいていた。


    📖第4話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/nc9621330f6aa
    📖第1話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/nea7b5481e2df
    🌐英語版:https://note.com/ttukumoo/n/n917a60e7c3b6?app_launch=false

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    創作物語を書いています。心の隙間を埋めるために、書いています。よろしくお願いします。

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