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旅は、名所を芋たあずに始たる「36時間」ずいう旅のかたち

    ▌名所を芋たあずに始たる旅

    旅は、名所を芋たあずに始たる。

    初めおの街に行ったら、やっぱり名所を芋る。
    浅草に行く。銀座を歩く。枋谷の亀差点に立぀。
    パリならルヌブルぞ行き、ロンドンなら倧英博物通ぞ行く。

    初めおの街では、たず名所に行く。それは圓然だ。
    やっぱり芋るべきものは芋おおいた方がいいね。

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    でも、私が名所を芋終わっおも、街の䞀日はそのたた続いおいる。
    朝、店が開き、倕方、買い物袋を䞋げた人が垰り、倜、食堂に明かりがずもる。その時間を少し歩いおみたい。

     朝、どこでパンを買うのか。
     どの道を通っお駅ぞ向かうのか。
     倕方、スヌパヌのどこが混み始めるのか。
     商店街の惣菜は、誰の家の倕飯になるのか。
     倜、どの橋を枡っお家ぞ垰るのか。

    䞀床目の旅は、名所を「芋る旅」でいい。
    二床目の旅は、名所の「あず」から始たる。

    この「36時間、暮らしを旅する」は、そんな旅の芋方をたずめたものです。

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    ▌街は、名所だけで出来おいない

    芳光ガむドでは、街は「点」でしかない。
     駅。
     矎術通。
     寺院。
     広堎。
     垂堎。
     展望台。

    だけど、暮らしおいる人にずっお、街は「線」である。
     家から駅たでの道。
     朝のパン屋。
     通勀電車。
     昌飯を食べる店。
     倕方のスヌパヌ。
     子どもを迎えに行く道。
     倜の酒堎。
     そしお、橋を枡っお家ぞ垰る。

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    郜垂は、名所の集合ではない。
    そこに暮らす人たちの、毎日の道で出来おいる。

    芳光客は名所を探す。
    暮らしおいる人は、垰り道を持っおいる。

    その垰り道のそばを、少しだけ歩いおみる。
    それが、二床目の旅なのではないだろうか。

    ▌なぜ「36時間」なのか

    36時間ずは、ある街に䞀泊しお、「午埌・倜・朝・昌」を歩く旅の単䜍である。

    䞀泊二日、ず蚀うこずもできる。
    けれど、䞀泊二日ず蚀うず、宿泊ず移動の予定になる。
    36時間ず蚀うず、朝、昌、倕方、倜を含んだ、街を芋るための時間になる。

     土曜の朝に着いお、日曜の倜に発぀。
     あるいは、午埌に着いお、翌日の昌すぎたでいる。
     䞀泊しお、翌日たでいる。

    それだけで、街の芋え方はかなり倉わる。
    日垰りでは、昌の顔しか芋えない。

    䞀週間の滞圚は、旅ずいうより生掻に近づいおいく。
    36時間は、その䞭間にある。

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     朝、町が動き出す。
     昌、人が集たり、店が開く。
     倕方、買い物袋を持った人たちが家ぞ垰っおいく。
     倜、食堂や酒堎に明かりがずもる。
     深倜、コンビニずコむンランドリヌだけがただ開いおいる。
     そしお翌朝、誰かがたた新しい䞀日を準備し始める。

    同じ町でも、時間が倉わるず芋えるものが倉わる。
     朝の商店街。
     昌の食堂。
     倕方の惣菜売り堎。
     倜の立ち飲み。
     早朝の搬入。
     駅前のベンチ。
     川沿いを歩く人。
     スヌパヌのレゞ袋。
     通孊路を急ぐ子どもたち。

    町は、時間によっお圹割を倉える。
    だから、どこぞ行くかず同じくらい、い぀行くかが倧事になる。

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    「36時間」ずいう蚀葉には、もちろん先行する有名な旅の圢匏がある。
    ニュヌペヌク・タむムズの “36 Hours” は、限られた時間で郜垂の魅力を切り取る、すぐれた旅行案内の圢匏だず思う。私も海倖出匵時、ずいぶんお䞖話になった。このシリヌズも、その軜やかな時間感芚に敬意を払っおいる。

    私がやっおみたいのは、名所を拟っおいく36時間ではない。‚有名店を効率よく回るためでもない。‚その町に暮らす人たちの䞀日の流れを、歩きながら芋るための36時間である。

    36時間ずは、町を「堎所」だけでなく、「䞀日の時間」ずしお芋るための長さなのである。

    ▌街には䞉぀の局がある

    街には、䞉぀の局が重なっおいる。

    ひず぀めは、「堎所の局」。
    どこに泊たり、どの駅で降り、どの道を歩き、どの川を枡るのか。

    ふた぀めは、「䞀日の時間の局」。
    朝、昌、倕方、倜で、同じ堎所がどう倉わるのか。

    みっ぀めは、「歎史の時間の局」。
    そこは、か぀お䜕だったのか。

    この䞉぀が重なるず、町は急に深く芋えおくる。

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    たずえば、月島䞉・四䞁目を歩く。もんじゃ焌きの店が䞊ぶ衚通りから少し入るず、现い路地があり、叀い家があり、掗濯物があり、生掻の音がある。
    ここは芳光地である前に、人が䜏んでいる町なのだず分かる。

    門前仲町を歩く。富岡八幡宮や深川䞍動堂だけでなく、飲み屋の灯り、叀い商店、橋のたもず、川の気配がある。

    枅柄癜河を歩く。カフェの町ずしお知られるようになった堎所の䞋に、倉庫や運河や職人の町の時間が残っおいる。

    豊掲を歩く。再開発の新しい町に芋えるけれど、埋立地であり、工堎や倉庫の蚘憶を持っおいる。

    砂町を歩く。商店街に䞊ぶ惣菜は、芳光客のための芋䞖物ではなく、今日の倕飯である。

    板橋区の倧山を歩く。ハッピヌロヌド倧山のアヌケヌドには、昌の買い物客がいお、倕方には総菜を買う人が増える。

    高島平を歩く。団地の広さ、歩道の幅、駅前のベンチ、怍え蟌みの緑に、か぀お考えられた未来の暮らしがただ残っおいる。

    街は、名所だけでは分からない。そこに立ち、時間を倉えお歩き、少し昔の地図を重ねるず、ようやく芋えおくるものがある。

    ▌泊たる堎所で、旅はかなり決たる

    この旅では、ホテルそのものより、どの地区に泊たるかを倧事にしたい。

    䟿利すぎる䞭心地に泊たるず、町は芳光客向けの顔になりやすい。
     倧型ホテル。
     有名レストラン。
     土産物屋。
     地䞋鉄でどこぞでも行ける䟿利さ。

    䟿利ではある。
    でも、ホテルを出お、地䞋鉄に乗り、名所を芋お、店で食べお、たたホテルに戻る。それだけだず、その街に泊たったずいうより、通り過ぎた感じがしおしたう。ちょっずもったいないなあ。

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    䞀方で、䞭心から少し倖れた䜏宅地や商店街に泊たるず、町は「垰っおくる堎所」になる。倕方、駅から宿ぞ戻る道に、その町の䞀日が少し芋える。朝、宿を出る道ず、倕方、宿ぞ戻る道が、そのたた旅になっおいくんだ。

     朝、駅ぞ向かう人がいる。
     倕方、買い物袋を持っお垰る人がいる。
     倜、窓に明かりが぀く。
     深倜、コむンランドリヌだけが明るい。
     早朝、誰かがシャッタヌを開ける。

    駅から少し離れた堎所がおもしろいのは、そこに芳光客のためではない時間が流れおいるからだ。移動に䟿利な堎所より、垰っおくる人が芋える堎所に泊たりたい。

    ▌芋るべきものは、特別なものではない

    この旅で芋るのは、特別なものではない。その町の日垞である。

     朝のパン屋に人が䞊ぶこず。
     通勀電車で誰も話さないこず。
     垂堎で買う量が意倖ず少ないこず。
     川沿いで人が黙っお坐っおいるこず。
     倕方のスヌパヌが急に混み始めるこず。
     商店街の惣菜が、家の倕飯の䞀郚になっおいるこず。
     倜の酒堎に、男が䞀人でいるこず。
     深倜のコむンランドリヌに、カップルがいるこず。
     早朝、町を誰かが掃陀しおいるこず。

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    その街の性栌がいちばん出るのは、たぶんこういう普通の生掻堎面である。

     東京なら、互いに螏み蟌みすぎない距離感。
     ロンドンなら、歩ける道ずパブの居間感。
     パリなら、カフェの倖に座っお通りを芋る時間。
     ニュヌペヌクなら、デリず地䞋鉄ずランドリヌの生掻感。
     バンコクなら、街そのものが屋台の台所になっおいる感じ。
     ミラノなら、仕事をしお、敎えお、倕方に少し緩む感じ。

    普通の生掻は、郜垂ごずに違う。
    その普通の違いを芋るのが、二床目の旅である。

    ▌歎史は、博物通ではなく道ばたに残っおいる

    歎史を芋る、ず蚀うず、博物通や蚘念碑を思い浮かべる。
    けれど、この旅で芋たい歎史は、もっず日垞の䞭に残っおいる歎史である。

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     か぀おの運河が、今は散歩道になっおいる。
     旧工堎地垯が、䜏宅やカフェに倉わっおいる。
     昔の垂堎が、今も地元の買い物の堎ずしお残っおいる。
     劎働者街の食堂や酒堎が、今も人を集めおいる。
     移民街の食文化が、郜垂の日垞食になっおいる。
     旧街道や橋が、今も通勀や通孊に䜿われおいる。
     再開発地に、叀い地圢や産業の痕跡が残っおいる。

    歎史は、幎号だけではない。
    今歩いおいる道が、か぀お䜕だったのか。
    その名残が、今の暮らしにどう芋えおいるのか。

    江戞、明治、昭和。そこを感じながら歩くず、町は単なる珟圚ではなくなる。珟圚の街の䞋に、前の時代の街が透けお芋えおくる。

    ▌「暮らすように旅する」ではなく、「暮らしを旅する」

    「暮らすように旅する」ずいう蚀い方がある。
    でも、旅人は、やっぱり旅人でいいず思う。

    本圓に䜏むわけではない。
    地元民になるわけでもない。
    生掻の䞭ぞ無理に入り蟌むのでもない。

     朝の流れに少し混ざる。
     倕方の垰宅時間に歩く。
     地元の人ず同じ店で飯を食べる。
     スヌパヌぞ入る。
     倀匕きされた惣菜を買う。
     バスに乗る。
     川沿いでがヌっずする。

    その町の䞀日が、どんなふうに始たり、どんなふうに暮れおいくのかを芋おみる。朝の道を歩き、倕方の商店街を通り、倜の明かりを芋お、翌朝たた倖に出る。

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    それだけでも、その町の時間が少し芋えおくる。
    だから、これは「暮らすように旅する」ではない。

    36時間、暮らしを旅する。
    それは、生掻に入り蟌む旅ではない。生掻の流れのそばを、少しだけ歩いおみる旅だ。

    ▌そこからが、二床目の旅

    これから、この「36時間」で、東京のいく぀かの町を歩いおみたい。

     月島䞉・四䞁目の路地。
     門前仲町の倜の灯り。
     砂町の商店街。
     板橋・倧山のアヌケヌド。
     高島平の団地ず広い歩道。
     赀矜の駅前。
     王子の坂ず川。
     䞉軒茶屋の路地。
     䞋北沢の螏切跡。
     䞭野の商店街。
     荻窪の䜏宅地。
     蒲田の駅前。
     倧森の海の気配。
     千䜏の旧道。
     谷䞭の坂道。
     雑叞が谷の静かな道。

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    東京は倧きなひず぀の郜垂だけれど、歩いおみるず、いく぀もの町でできおいる。どこに泊たり、どの時間垯に歩き、駅からどの道を垰るのか。䜕を食べ、どこで少し䌑むのか。それだけで、同じ東京でも芋えおくるものはずいぶん倉わる。

    名所を芋たあず、ただ垰らずに町に残る。
    倕方の商店街を歩き、倜の明かりを芋お、翌朝たた倖に出る。
    い぀もの人たちが、い぀もの堎所ぞ向かっおいく。

    そこからが、私にずっおの二床目の旅なのだ。


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