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【不可思議ショートショート企画】 怪談の定義 ーM県K小学校七不思議ー

    木野山キノ


    noteでBLのなみさんより、不可思議ショートショート企画頂きました。

    今回は3,000字までのショートショート。
    当方はBL要素なしの、本文2,090文字。よろしくお願いします。



    いまでないとき。
    ここでない場所。

    これはとあるファンタジー小説の書き出しですが、ファンタジーに限らず、物語とは一種の憑依体験でございます。
    いまでないとき。
    ここでない場所。
    そして、わたしでない誰か。
    想像力のままに別の世界を、人生を追体験する。そこに虚像も実像も違いはなく、しかし確かに此処に在る。如何に荒唐無稽な夢物語であろうと、全ては可能性に過ぎない平行世界。

    異世界、パラレルワールド、仮想現実。
    きっと皆さまお好きでしょう?
    ええ、ワタクシも大好物ですとも。
    一切現実の介入しないハイ・ファンタジーも童心を刺激されてよろしいですが、今回は日常と地続きの、ふとした瞬間に日常がズレて不可思議な異質が紛れ込む、そんな尻の座りが悪い物語もしもーー怪談についてお話致しましょうか。


    『裏庭の桜には、木の精霊が宿っている。名前はさくらくん』
    ーーM県K小学校の七不思議より


    怪談、即ち怖い話。
    恐怖という感覚は、人類が持ちうる最も原始的な概念でございましょう。
    害を成す、またはその可能性を持つ存在への強烈な忌避感。生存本能と云っても良い。あるいは集団無意思か原罪か、ある種の郷愁を秘めた感覚。怪談というのはそういった「おそろしいもの」を語り継ぎ、意味付けする行為でもあります。
    理解は、恐怖を打ち破る最大の武器でございますからね。おそろしいならば、屁理屈だろうが言いがかりだろうが、「これこれこういうモノだ」と定めてしまえば良い。
    人気のない夜道の“在るはずもない気配”に対する恐怖は、原始から連なる如何ともしがたい畏怖の念ですが、その恐怖に『ぺとぺとさん』と名付けてしまえば案外可愛らしく思えてくるでしょう。



    『天気予報が外れて雨が降った日の放課後。
    理科室の隣にある松の木の枝に引っ掛かっているレインコートを着ると、着用者の未来の死因が確定する。レインコートが赤色なら出血多量、青色なら青い海で溺死。黒色なら黒焦げ。』


    一方で、知らない方が良い場合もある。
    これも怪談の定番でございますね。
    不可思議で曖昧模糊な理屈の通らないモノが怪談であるならば、その本質は不確定であること、とも申せましょう。
    我々の未来も不確定の最たるもの。予言や預言は怪談とも馴染み深いモチーフでございます。
    理解しようとし過ぎて、引き際を見誤らぬようにご注意くださいませ。


    『学校の裏山にある神社でお祈りすると、どれか一つの楽器だけが神憑って上達する。二つ三つと欲張ると神様の音楽隊に選ばれて帰ってこれないので注意すること』
    『また、お祈りをした者の楽器を他の人間が演奏すると、踏切の音がする。稀に生き物の声にも聞こえる』


    また、怪談には教訓めいた側面もみられまして、因果応報、自業自得、天網恢恢疎にして漏らさず。過ぎた欲は身を滅ぼす。
    神様の祝福が、人間にとって必ずしも幸いである保証などありません。それが魑魅魍魎の類ともあれば、さもありなん。理屈立てろとは申しましたが、人間の言い分が通用しない領域だってありましょう。


    『裏庭のビオトープはどこか遠くの山奥の池まで地下水脈が繋がっており、そこで水葬された遺体が流れ着く事がある』
    『流れ着いた遺体は、どんな生き物でも魚の顔をしているらしい』


    まさしく“いまでないとき、ここでない場所”が地下水脈という物理的に存在するルートによって繋がったお話ですね。
    水葬という因習めいた過去の産物と、現代的なビオトープの対比も面白い。
    呪いのビデオテープしかり、怪異も時代のアップデートを余儀なくされていると思えば微笑ましい。



    『文化棟東階段の三階踊り場にある鏡の前でひとり言を呟くと、返事が返ってくる』


    『文化棟東階段の三階踊り場にある鏡の前で✕✕を殺してはならない』


    鏡の歴史は古く、黒曜石等を磨いて作る石鏡に関しては紀元前6,000年まで遡ります。
    日本においても弥生時代、稲作と共に祭祀道具として青銅器の鏡が伝来したのが始まりだとか。
    太陽信仰の強い古代において、光を反射する鏡の性質は、さぞや神聖なものと見受けられた事でしょう。
    現代に通じるガラス鏡は十四世紀のヴェネツィアまで待たねばなりませんでしたが、「真実を映すもの」という概念の成り立ちは水面、即ち水の発生とそう遠くはなかったのではと思うのです。





    ここまでお付き合い頂きました戯言を要約致しますならば、恐怖とは郷愁に似た生存本能であり、怪談とは恐怖を誘うおそろしいものを語り継ぎ
    、対処ないし警告を促すもの。
    名を付け、定義を確定する事で一定の管理が可能となりますが、その本質は不確定であり、過去の因習や最新の技術を取り入れ容易に変質する為、人間が対処するには限界があるようです。
    理は通り、因果は巡る。されど引き際を見誤るべからず。
    親愛なる皆さま方も、用途用法を守ってハッピー怪談ライフをお楽しみ頂けますよう、
    お祈り申し上げております。



    ーーM県K小学校の七不思議、『怪談を語る怪談』はこれにてお終い。
    以降の不思議は存在しない。






    存在しない。
    存在しない。

    存 し  。










    『✕✕を殺してはならない』




    人は自身の存在を忘れ去られた時、本当の死を迎えると云う。
    物語の場合はどうなのでしょうね?

     
     
     
    コノヤマ キノ と読みます。 昭和生まれ平成育ちな令和のおかん。 猫と忍者が好きなオタク。 noteではショートショートとBLメインに活動中。 2025年6月よりエブリスタ始めました。 https://estar.jp/users/1861844409

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