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【noteでBL】おはようのキスをもう一度


秋の訪れが迫りくる今日この頃、こいつを見届けるまでアタイたちの夏はまだまだ終わらないぜ!


【お題】「平成レトロ」「ハト」「睡魔」
【ジャンル】ヒューマンドラマ
【あらすじ】
ジャパニーズカルチャーに魅せられ来日した留学生、ブラン・クロパトキン。
ホームステイ先の美術教師にイラストレーターの風見を紹介してもらい、彼のアトリエへ入り浸るようになる。
ビビットでポップな作風で人気の風見は、一方でナルコレプシーという睡眠障害を抱えており、生活全般が危なっかしい。時に現実と夢の区別すら曖昧な風見に、いつしか庇護欲めいた恋心を抱き始めるブラン。風見の方も満更でもない様子だっったが……。

一夏の恋は現し世の夢。
ホームステイ先の娘さん、美咲が見守り続けた恋の行方は?

【本文文字数】4,450文字



ふにゃふにゃと微睡む声が呼ぶ。
ほんの少しだけ開いたカーテンの隙間から見えた空は暗く、夜明けにはまだ遠い。
目覚めた直後のぼんやりとした意識が、夢の続きのような記憶を呼び覚ます。

おはようのキスを、もう一度

平成レトロ、と言われて連想するのはいつ頃の事だろう。
この私、枯野美咲の場合はY2K、つまり1990年代〜2000年代初頭のイメージだ。Year 2000。やれノストラダムスだ2000年問題だと騒がしかった頃。ちょうど中学校に入学した頃だ。
ファッションなら厚底、ヘソ出し、ローライズ。ルーズソックスは下火になりつつも一部で根強い人気が続いていたし、男子のトレンドは腰パンだった。
なんというか、自由で過剰な時代であった。現在のようにコスパやタイパを気にする合理性とは反する、クリームもフルーツも全部乗せのクレープのような華やかさが好まれた時代。
物心ついた頃には不景気だった世代だが、能天気に未来は明るいと思っていた気がする。大人はまだまだバブル景気の栄光を取り戻そうとあがいていたし、カルチャーはラブレボリューションっていた。
陰キャ呼ばわりされがちなオタクだって、東京だろうが海外だろうが乗り込むガッツに溢れていた。引きこもっていたら推し活など出来ない時代である。
そんな平成の時代、我が家へ留学生がやって来た。
はるか東欧ルーマニアからやって来たハイスクール生のブラン・クロパトキン。ついたあだ名は黒鳩くん。ちょっとそれはどうなのかと命名した母のセンスを怪しんだものだが、当の本人は漢字表記はクールだとはしゃいでいたので、良かったことにしておこう。
東欧というとゲルマン系のイメージだったが、黒鳩くんはラテン系のスマートでハンサムな男の子で、青い目がキラキラしていて、タキシード仮面に似てる、なんて思ったのを覚えている。

「ルーマニアでもセーラームーンやドラゴンボールは人気です」
嬉しそうに笑う彼は無邪気な子犬のようで可愛らしく、年上なのに弟が出来た気分だった。
両親も同じ気持ちだったようで、特に美術教師でもある父のおもてなしっぷりは熱かった。
「日本のアニメや漫画に興味があるなら、知り合いのイラストレーターさんを紹介しようか」
「お願いします!!」
応える黒鳩くんの勢いも熱かった。
私もちゃっかり着いて行く事にした。

そうして引き合わされたのが風見さんだった。
風見さんは父の元教え子で、持病の為美大を中退しフリーのイラストレーターとして暮らしていた。
「持病?」
「これがちょっと変わった病気でねぇ」
眠り姫の呪いみたいなもの、と父は言った。
ナルコレプシーという名前の、夜にきちんと睡眠をとっていても抗えないほどの強い睡魔が発作のように訪れる病気らしい。
「居眠り常習犯って扱われそう」
「うん、だから会社勤めは無理だったようでね。彼自身は人当たりも良いし、実力は大手のデザイン会社でも引けを取らない人材だと評価されてたんだけど」
神妙な顔で聞いていた黒鳩くんが、無言でションボリしだした頃に到着した風見さんのアトリエ兼自宅は、コンクリートむき出しのマンションの三階にあった。よく言えばスタイリッシュな、悪く言えば殺風景な建物。
「アポイントは取ってあるけど、今起きてるか……ちょっと待ってね」
PHSを取り出し電話をかけ始めた父の隣で、黒鳩くんを見上げる。
黒鳩くんの青い目は、よく見ると瞳孔は茶褐色で、外側にかけて青味が強くなるグラデーションだった。ヘーゼルブルーと呼ばれる目。これは彼が帰国した後に知った。
電話は案外すぐに繋がって、コンクリートの塊に足を踏み入れた。

「やぁいらっしゃい。枯野先生もご無沙汰しています」
出迎えてくれた風見さんは、色白で少し痩せ気味の、おっとりとした雰囲気のお兄さんだった。
「ご活躍のようで何より。風見くん、こちらが家でお預かりしている留学生のクロパトキンくんと娘の美咲」
「「初めまして、よろしくお願いします」」
声が揃った。
微笑ましそうに笑った風見さんは、立ち話もなんだし、と早速アトリエに案内してくれた。
案内と言っても単身者用マンションだから、玄関を入ってすぐのダイニングキッチンを通り越せば、もう仕事部屋。十畳程の一室の半分にフローリングカーペットが敷かれていて、残りはコンクリートのままスチールベッドだけが置かれている。
フローリングの方が作業場らしい。
絵筆やカラーペンやデッサン人形が雑然と並んだ机と、マッキントッシュやファックスの乗ったパソコンデスク。資料らしき書籍や画材の詰め込まれた棚。そしてマスキングテープであちこちの壁に張られた、鮮やかな色合いの、中高生くらいの女の子が好みそうな可愛らしいイラスト達。
プライベートスペースと比べるとごちゃごちゃと乱雑で、とてもわくわくする空間だった。
「元々は印象派とか抽象的な絵が好きだったんだけど」
照れたようにはにかみながら、1枚1枚説明してくれた。
水彩、アクリル絵の具、コピック、パステル、カラーインク。
風見さんの細い指先から生み出される可愛いキャラクター達は、本当に生きているようにキラキラしていて、時間はあっという間に過ぎていった。

それは本当に突然だった。

「風見くん!」
父は温厚な人で、声を荒げるなどとても珍しい人だった。
びっくりして、何が起こったのかはよく覚えていない。いや、そもそも前兆などまるで感じなかった。気付いた時には、風見さんの傾いた体を父が支えていた。つい先程までセル画からデジタル作画への移行についての話をしていたはずなのに、かろうじて開いていた目も焦点が合っていなかった。
私と同じで異変に気付かなかったらしい黒鳩くんも、文字通り鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしていて、こんな状況なのにちょっと面白かった。
「……すみません先生」
「良いよ良いよ、少し休もうか。体触るね」
父も決して筋肉隆々というタイプではないのだが、軽々と抱えられた風見さんはベッドに運ばれた。運ばれて、仰向けに寝かされて、そうしたらもう眠っていた。
「……びっくりした」
「今日はちょっと盛り上がり過ぎちゃったかな」
どうやら感情的に興奮するのもあまり良くない病気らしい。眠り姫の呪いとは言い得て妙で、普通にすやすやと眠っているようにしか見えない、健やかな寝顔だった。
「在宅で自分のペースで働けるようになってからは少し落ち着いたみたいだけど、どうしても理解されない事も多い病気でね」
完治は難しく、薬物による対処療法がメインで、更に知名度も高い方ではない病気。
「君たちが良ければ、これからも顔を見に来てやってくれないかな」
「……はい」
教師の顔をした父には目もくれず、風見さんの寝顔を食い入るようにのぞき込んでいた黒鳩くん。
今思えば、この時もう既に、目の前の眠り姫を放ってはおけなくなっていたのだろう。青い目には静かな熱が、恋の火種がくすぶり始めていた。

「ミサキも一緒に行こう」
何かの予防線だったのか、黒鳩くんは風見さんに会いに行く時、必ず私も誘った。私だって風見さんの事は心配だったし、二人の事も大好きだったから嬉しかった。
「カザミサン!」
「ふふ、はいはい」
でもそのうち気付く。
穏やかに笑い合う二人の間で交わされる、秘め事めいた視線。
意識のない体を抱きかかえる、宝物を扱う丁寧さ。
極めつけは、開かないまぶたに、動かない唇にそっと落とされた口付け。
気付かれてないと思ってるなら、詰めが甘い。
一度指摘してやったところ、耳まで真っ赤になって頭を抱えていたものだから、風見さんもたぶん気付いてるよ、とは伝えそびれてしまった。
眠りから目覚めた風見さんが、ふにゃふにゃと微睡みながら黒鳩くんを呼ぶ声が幸せそうだったから、という理由もある。馬に蹴られるのは勘弁して欲しい。
あれだけ殺風景だったプライベートスペースは、黒鳩くんの持ち込んだ私物が彩りを添え始めていた。
眠り姫のように、愛する人のキスで目覚める魔法でもあれば良かったのに。
現実は無情で、そして時間というものも無情なもので、夏の終わりは黒鳩くんの留学期間の終わりでもあった。

「帰るべき場所があるのは、幸せな事だよ。苦しみを伴うものではない」
苦しいと感じる事すら申し訳ないと思う、そんな優しい男の子の手を、風見さんはどんな気持ちで離したのだろう。帰りたくない、行かないで。どちらかがそう伝えていたら、あの結末も変わったのだろうか。

お別れの日、風見さんは空港には見送りに来なかった。
「きっと発作を起こして迷惑かけるだろうから」
「睡眠発作?」
「いや、カタプレキシーの方」

カタプレキシー、1型ナルコレプシーに見られる情動脱力発作。
大笑いしたり驚いたりしたり、強い感情が動いた時、体の力が急に抜ける症状。
後にも先にも、私は風見さんの強い感情を目にする事はついぞ無かった。



「風見さんのイラスト展?」
懐かしい名前だと思うくらいには月日も流れた、令和の夏。
定年退職して悠々自適に好きな絵を描き続けている父が言う。
「最近は平成レトロって人気なんだろう。風見くん自身はリバイアルブームで再評価されてるだけ、なんて謙遜してたけどね」
なんとなく疎遠になってしまった私と違い、父と風見さんの交流は続いているらしい。
早々と免許返上した父を車に乗せ、会場である文化センターへ向かう。県内在住のイラストレーターや画家、数名の合同展。
風見さんの他にも知り合いが参加しているからと挨拶に回る父とは別れ、まっすぐにお目当てのスペースへ向かう。
水彩、アクリル絵の具、コピック、パステル、カラーインク。
ビビットでポップ、アナログとデジタルが融合した自由で過剰なKAWAII文化。
あの頃のときめきがそこにはあった。
一方で、最新作に向かうにつれての時代の変換も伺えて興味深い。
今思えば当時の風見さんも二十歳そこそこの若造だった訳で、自分のやりたいものより売れるものを優先せざるをえなかったのかもしれない。
風景画、静物画。イラストというより、絵画と呼んだ方がふさわしい作品が増えていく。人物画に描かれた黒髪の青年は、どこか黒鳩くんに似ているような気がして、二十年の時を超えて込み上げてくるものがあった。
鼻を鳴らして、とうとう最後の作品。
それは、その絵は。

「あ……」

その絵は青の洪水だった。
様々な青色の絵の具をぶちまけた、抽象的な作品。よく見ると中心部は茶褐色で、外側にかけて青味が強くなるグラデーション。
ヘーゼルブルー。
スマートでハンサムな、タキシード仮面に似てる、とびきり優しい男の子のキラキラした目。

おはようのキスの、その後も

ゆっくりと登っていく朝日に照らされた暁の空を、目覚めた白い鳩が飛び去っていく。
帰らなければならない場所があるのが苦しかった少年は、どちらも手放さないで済むくらいには大きくなった。
その両腕に抱きしめたかつての憧れの人も、今ではどこにだって連れて行ってあげられる。

「おはよう、カザミ」

一夏の恋は現し世の夢。
けれども、夢の続きはまだ終わらない。

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