
ホワイトルーム・オープン・ザ・ドア 最終章
そして亀山は国民的スターになっていた。二十歳の時に深夜のバラエティに出演し、他のアイドルがきゃあきゃあ騒ぐだけの泥相撲でガッツリ組み合って優勝したのをきっかけにあちこちからオファーが殺到した。ソロになってからは新曲を出せばMVの再生回数一億を一週間で突破する人気っぷり。どこでもあのまま。求められる役割をこなせる頭の良さと抜群のタレント性で、今や「かめりん」は女子の好感度一位の雲の上の人になっていた。
「今だから言えるけど、かめちゃんブッキーのこと好きだったんだよ」
三杯目のハイボールを注文して富里は頬杖をついて言った。
「うそだあ。全然そんな感じしなかったよ」
「ありまくってたよ。マジで気が付かなかったの?ブッキーがリーダーだったからかめちゃんホワイトルームに参加したんじゃん。柔道で鼻血出した時だって、最初に牛乳買ったのもかめちゃんだしね。けどああいう性格だからバレたくないんだよね。卒業式にみんなで写真撮ったでしょ。あれもかめちゃんからは言い出せないだろうなって誘ったんだよ。覚えてない?ブッキーの右横にいたでしょ。みんなでそうしたんだよ。それにさ、いつもあの子何色の傘とリュック持ってたか、分かる?」
それは覚えてる。目印みたいに鮮やかだった色。「黄色?」
「そ。山吹色ね。これだけサイン出してたのに、よく気付かなかったね。
鈍感すぎるわ」
言われてもピンと来なかった。ああいう世界観が確立してる女の子がこんなつまんない奴を好きになるとは思えない。けれども断片的に思い当たった。プロジェクトの時、後押ししてくれたのはいつも亀山だった。採決の時も。白井の家に行く時も。後込みしてる僕をアシストしてくれた。さりげないやり方で。ちょこんと隣で。
「キッペイは名木さん一筋だったからな。あっち見てたら李子には目行かないわな」
「いや…。まあそうだけどさ…。白井もそうじゃなかったの?相談とか乗ってたんだろ?」
「乗ってたけど、好きだったのかはよく分からんねえな。綺麗だなとは思ってたけど。高校の時は恋愛とか興味ゼロだったから」
「名木さん、今ロスにいるらしいよ。CA やってたらしいけど、乗客だったアメリカ人の医者と不倫して、その人の子供ひとりで育ててるって聞いたわ。泥沼で大変だったって」
「不倫かあ。独身のいい男なんかいくらでもいるのに、どうしてそういう方に走るんだろう。先生にも自分を大事にしろって言われたのにな」
けどそれも名木さんらしいのかもしれなかった。決めたら引き受ける。その強さに僕は惹かれていたから。
「ま、独身のあたしたちが人の恋愛に口出しできる立場じゃないけどね。美人だからこその選択もあるしね」
「百瀬はアイドルと付き合ってんじゃん。ユーチューバーで結構稼いでるんだろ。ちらっとだけ見たことあるけど」
「ゲーム実況だっけ?」
「タイガースの試合実況もやってる。ライバーの投げ銭だけで月300万ぐらい収入あるってよ。サラリーマンなんてやってられねえって言ってた」
「百瀬らしいな。省エネで大きく利益を得るってやり方が。昔からそうだったもんな。常に人をちょっとバカにしてる感じも」
「百瀬って実は在日なんだぜ。父親韓国人で、中学の時は結構それでいじめられてたんだ。全然関係ないのに、日韓関係が悪くなるととばっちり食らって蹴られたりしてさ。けど父親がすげえ厳しいから休んだら負けだって言われて毎日来てた。理屈が通らねえ環境にいたから根性曲がって人を見下すようになったんだろな。人の下で働くなんて絶対したくねえから、こういう仕事が向いてんだと思うよ。頭下げるぐらいなら敵のがマシって奴だから」
初耳だったが、それで百瀬の人となりに合点がいった。ホワイトルームの時のあの冷めた視点は、そういう過去があったからなのかと。
「ところで文ちゃんとは会ってる?たまには四人で飲みたいよね」
「おれはしょっちゅう。キッペイは?」
「おれは全然会ってない。もう一年以上連絡も取ってないし」
「じゃあ今度都合ついたら集まろうよ。キッペイは文吾とはずっと仲良くしてんのかと思ってたけどな」
僕もそう思っていたし、そうしたかった。喧嘩したわけでもないのにいつしか交流が途切れた。多分僕から。文ちゃんは日本にいた。東京にいる。会おうと思えば会えるのに、連絡するのにためらいが生まれるのだった。
文ちゃんは五年前に移住先のスペインで悲劇に見舞われた。友人と小旅行に出掛け、たまたま入ったダイナーで警察に捕まったのだ。セルビアとの国境近くのダイナーは麻薬の密売の中継所に使用されていた。それを知らずに店に入ってしまい、偶然運び屋の隣のテーブルに座っていたのを仲間と誤解され、一斉摘発で突入した警察に逮捕されてしまったのだ。
口の利けない文ちゃんが潔白を証明する苦労は並大抵ではなかった。まず本当に話せないかを疑われ、背中を殴られたり、冷水を掛けられたりした。それでも悲鳴を上げないことで、やっと聴唖者だと認められたのだ。しかし戦いはここからで、日本大使館に掛け合っても交渉は進まず、八ヶ月間も拘束された。
やっと帰国が叶った日、僕は全ての予定をキャンセルして会いに行った。してあげられるならどんなことでも。できる限りを惜しまず与えるつもりだった。だが空港近くのホテルで再会した文ちゃんは僕の知っている文ちゃんではなかった。体は痩せ細り、無邪気な笑顔は消え、輝いていた瞳からは光が失せていた。迎えに来た両親と抱き合い、殺処分される子犬のような嗚咽が部屋に染み渡り、聞いてるだけで胸が張り裂けそうになった。
時が経ち、文ちゃんは普通の生活に戻っていた。新しい場所で生きていた。「なんでも一度は見てみたい」の夢を実現させていた。
帰国してしばらく経った頃、拘束されていた時のことを記事にしたい雑誌記者がやってきた。インタビューに答えられない代わりに本人が執筆した。誤認逮捕による八ヶ月間の過酷な収容生活と、潔白を証明するまでの長い道のり。日々の苦労を詳細に綴った手記は原稿用紙百枚に上り、刑務所内部の様子もイラスト付きで説明してあった。分かりやすく丁寧な文章そのまま採用され、ほぼ手直しなしで掲載された。
するとそれを読んだ別の出版社の編集者が文ちゃんに仕事の依頼に来た。体験談を描写する文章力があるので、ルポをやってみないかとスカウトされたのだ。もうスペインにも戻れず、日本にいても仕事がないので引き受けた。体験ルポと言っても裏社会や犯罪まがいのものでなく、二十代、三十代の男性をターゲットにしたライフスタイルを提唱する雑誌の「三十代になったらやってみたいこと」というコーナー企画で、文ちゃんが実際に体験し、それを記事にするものだ。
婚活パーティー、ソロキャンプ、ラーメン屋修行、ゴルフ、田舎暮らし、DIY、投資、バックパッカーなど多種多様で、なんでもやってみたい文ちゃんには天職とも言える出会いだった。既に四年続く人気連載は単行本化もされ、分かりやすいHow to 本として、三巻までのいずれも40万部ずつ売れていた。文ちゃんはそこでは「ビジランス三鷹」という名前で顔は一切出さずに書いていた。三鷹は実家。ビジランスは不眠症という意味だ。まだ眠れていないようだった。
元気になったのは素直に嬉しいのだが、なんとなく気が引ける。僕のフォローなんていらないぐらいなんだってできる人。会いたくないのではなく、亀山同様に差が付きすぎて恥ずかしいから会えなかった。誘われたらなんて言って断ろうと、もう頭の片隅で考えてさえいるのだ。
「けどさ、最近になって、ツカさんがあのプロジェクトで伝えたかったことが、だいぶ分かるようになってきたんだよね」
黒胡椒の掛かった軟骨の唐揚げをぱくりとつまんだ富里はガリガリと小気味いい音で噛み砕き、運ばれてきたハイボールを飲んだ。
「例えば作家の人にインタビューするとするでしょ。そうするとまずその人の情報集めることから始めるの。作品を何冊か読んでから、経歴や受賞作品、趣味、家族構成、禁忌の話題とかをくまなく調べるのよ。インタビューは一時間でも資料作りにはその二十倍費やす。なんとかいい記事にしたいからこっちも必死よ。競馬が好きなら競馬のこと。山登りが趣味なら登山のこと。付け焼き刃の知識じゃ会話にならないからほんと大変。いい答えを引き出すために勉強しまくる。その度にあのプロジェクトの時はどんなアイデア出したっけって頭過るもの。心の扉開くってほんとに大変。あの経験が社会に出てから方法論の手引きになって役に立ってるわ」
「おれもそうだ。当事者としてな。ラジオのハガキ職人って引きこもりとかも結構多いんだよ。送ってくるネタが面白いから出演交渉するんだけど、長年人と話してないから無理だって断られたことある。自分にとって無関係なことほど目一杯楽しめるんだよな。ラジオ聴いてる時間は現実逃避だから己に立ち返りたくないんだよ。文吾もやっぱそれでラジオ好きだったからさ。だからおれが担当するラジオではリスナーを出すってコーナーは廃止した。その代わりもっとばかばかしいのを目指すようにした。おれもただのリスナーだった時は、下世話であればあるほどおもろかったもんな」
「おれも最近良く聴いてる。ラジオはたまたま聞こえてきためっちゃ面白い雑談でいいもんな。それに不思議に慰められたりするし」
「今は引きこもり専門のラジオもあるしね。けど不登校って十年前より増加してるってニュースで見たわ。35万人ってすごい数よね。そこに成人の引きこもりを加えたらさらに三倍ぐらいになるのかもね。そりゃ経済回らなくなるわよ。けどあの頃よりSNSも発達して解決策も普及するはずなのに、もっと増えてるってのが不思議。どんなに情報が流布しても「逃げてもいい」が一番採用されるんだから。自然体験が売りのフリースクールや精神科が儲かるための提唱よね。もう碇シンジは古いんだわ。けど私も将来自分の子供とかが不登校になったら、オーソドックスな方法に頼るんだろうな。原因にもよるけど。なんにしろ教育現場の体制が変わらないってのが問題だけどね」
「おれは学校が安らぎの場だったけどな。あのプロジェクトでの功績が人生のピークだった。今も戻れるなら戻りたいよ。ほんとに楽しかったな」
それが本心だからこそ、三十歳を前に自分の成長を実感できるなにかをやりたくなった。きっかけは世界中に蔓延した感染症だった。リモートワークが推奨され、ほとんどの社員が自宅勤務になり、僕もリビングがオフィスになった。日常パターンに於いては大きな変化だったが、そもそも行動範囲の狭い人間にとっては逆になんの変化も起きなくなった。
思いきって東京を離れて、のどかでゆったりした所に引っ越そうかなと思い立った。六年前にロンが死んでしまってからは実家に帰る理由もなくなって、今ならスマホがあればどこにいようと連絡は付く。仕事もあれば食うに困らず、大人になった今は対人関係より孤独の方が得意だった。
移住者への待遇のいい自治体を探した。候補はいくつかあった。職があり、三十歳前なら格安で家が借りられ、助成金ももらえる。二、三度移住相談センターに通い、実際一度現地に足を運び、人口三千人の北陸地方の山間の村に引っ越した。
360度どこからでも山が見える緑一色の風景。自然豊かというより自然しかない。朝はうるさいぐらいの鳥の声で目覚め、夜は田んぼのカエルの合唱が夜明けまで鳴り響く。数少ない店はおおむね八時には閉まってしまうので、戒厳令でもないのに道から人もいなくなる。モチモチの木の夜に外で羽を広げているのはフクロウだけだった。
カエルの季節が終わるととにかく静かだった。たった四万円で借りてる庭付きの2LDK の一軒家は、隣家と数十メートル離れてるのでどちらの生活音も聞こえない。ここならみんなを呼んでどんちゃんしても苦情は来ない。そう思っていたが、感染症の蔓延が深刻になるにつれて移動は制限され、人と会うことが罪になった。友人どころか親とですら会いに来なかった。
けれど移住の契約で自治会への参加は必須だった。雪の多い地域で、降る時は一晩で二十センチ以上積もる。複数の自治体で結成してる青年団は消防団の役割も賄っていて、冬の間は高齢者の家の除雪作業に毎晩駆り出された。ゆっくりしたくて越してきたのに、集会やら消防訓練などで頻繁に呼び出される。顔見知りが増えてくるに伴って、早朝や仕事中でもいきなり「おすそわけ」にやってくる。独身の男の部屋をじろじろと観察される。
差別も辛いがお付き合いはもっと辛い。いつ誰が来るかと家にいても落ち着かず、ひとりを満喫する時間は次第に失われていった。そして一年ごとに状況も変わっていった。
感染症が収束の兆しを見せると、自粛ムードも緩和された。ワクチンの話題も聞かなくなると、再びオフィスに戻る社員が増えた。やはり仕事は対面がやりやすいと、二年前まではリモート100%だったのに、八割が出勤していた。ほとんどの人は外に出たい。強制的な引きこもりより満員電車のがマシなのだ。
少し前までは画面の向こうの風景はそれぞれの部屋だった。白い壁や木目のドアや観葉植物がスチール棚に並んでたりした。けど今は匂いまで思い出せるデスクや窓が映り込む。同僚や課長がたまに後ろを通る。僕は勤務してても会社にはおらず、間を持たせるために、ぎごちない表情でごまかしてるニュースキャスターみたいにオフィスを覗いている箱の住人だった。
例えようのない疎外感。なぜこんな田舎にわざわざ越してきたのか分からなくなっていた。
会社に行きたい、と強く思うようになっていた。近所の人が持ってくる「畑で採れたもの」が台所で腐りかけていた。貰い物が多すぎて、自分の食べたいものより処理が優先になる。満足する食事を最後にしたのはいつだっけ?好きでもない漬け物が入ったタッパーが今も冷蔵庫を占領していた。
帰りたい。みんなと喋りたい。白井たちと飲みたい。もう山にも川にも野生の鹿にもなんの魅力も感じなくなっていた。けれど「田舎暮らしいいな」とみんなに見送られた手前、帰るに帰れなかった。まだ手は付けていないが、十年間住む契約のもとに支払われた助成金も通帳に記載されている。
ここは若者が少ないからちゃんと必要とされてるじゃないか。そう言い聞かせないと、自分を納得させられなかった。
ある時そうだと思い出し、文ちゃんが体験した「田舎暮らし」ルポを読んでみることにした。実際に一年間東北の集落に住んでいた話は共感できることばかり。仲間を見つけたように分かるー!を連発していたが、最後にこう綴られていた。
田舎暮らしをするのに必要なのは
場所選びより先に自分の性質を知ることだ。
ひとりでも平気と思う人ほどやめた方がいい。
物よりも人に頼らざるを得ない集落では
住民との関わりは欠かせない。
積極的に行事や自治体の集まりに参加できるなら
なんとかやっていけるだろう。
けれども一時の憧れや逃避願望
助成金が高額という理由での安易な移住はしない方がいい。
自然というのはただそこに木が生えて川が流れているのではなく
厳しい環境に耐えてきたからそこにある。
だから暮らす人も強い。
作物や魚は気まぐれにもたらされた恩恵ではなく
住人と共に乗り越えた仲間なのだ。
自然は時々いとも簡単に何もかも奪う
その脅威の恐ろしさを熟知していれば
敬意と感謝をして忘れない。
この気持ちが美しくも壊れやすい自然と共存してゆくための
最低限必要な心構えと礼儀である。
すぐに仲良くなれるほど田舎暮らしは易しくも優しくもない」
全くその通りだった。これを先に読んでおけばよかった。そうだよ。僕が一番落ち着く場所は文ちゃんの隣だったじゃないか。どうして離れたりしたんだろう。いつも答えをくれる人だと知っていたのに。
毎晩深夜ラジオを付けて寝るのが日課になった。音楽じゃ味気なく、動画は飽きる。聞き流していればいいラジオはちょうどよかった。芸人のお喋りに紛れて時々白井の笑い声が聞こえた。やり手の構成作家で、四本の番組を担当していた。
ある晩にチャンネルを合わせると、亀山がゲストに来ていた。
「白井さんと同級生なんでしょ?」と、パーソナリティーに聞かれると
「不登校だったからみんなでプロジェクトやってね、あたしたちが頑張ったから、白井君は今元気なんだよ」と懐かしいひよひよひよが聞こえた。
二人は暫く高校の話をしていた。藤崎、今でも許してねーからな、と白井が言うと、亀山はあははははと手を叩いて笑った。僕はそれを聴いて涙が出てきた。
いいな。お前は出られたんだな。ホワイトルームをオープンして居場所を見つけた。ちゃんと社会復帰できると、不登校たちの希望になってる。
寂しいのは僕だ。ずっとひとりぼっち。どうしてこんなことになったんだろう。僕はサバイバルグッズなんか手にしてないのに。引きこもりにも適性があるとプロジェクトで知ったのに。ひとりなんか全然好きじゃないのに。
宮野。文ちゃん。石黒。白井。亀山。富里。先生。会いたいよ。
誰でもいい。プロジェクトを立ち上げてくれ。管理人は文ちゃんで。個人戦で構わない。鍵は外してある。飛び出す準備はできてるから、閉ざされた山吹色の扉を、誰か開けに来てはくれないか。