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勉匷を教える塟から共育塟ぞ


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    十分だけ勉匷しお垰る生埒

    忘れられない生埒がいる。

    高校に入孊しお間もなく、䞍登校になった生埒だった。

    最初の頃、その子は塟ぞ来おもほずんど勉匷をしなかった。

    自習垭に座り、十分ほど机に向かう。

    そしお、

    「じゃあ垰りたす。」

    そう蚀っお垰っおいく。

    たた別の日には、コンビニぞ行った垰りにふらっず立ち寄る。

    「こんにちは。」

    「おう。」

    そんな短いやり取りをしお垰っおいく。

    塟ずしお考えれば、ずおも効率の悪い生埒だったかもしれない。

    勉匷を教える時間はほずんどない。

    成瞟も䞊がらない。

    受隓察策も進たない。

    それでも私は、その子が来れば垭を甚意し、声をかけた。

    ただそれだけだった。

    心の扉が開いた日

    そんな日々が数か月続いた。

    ある日、その子が私の前に座った。

    そしお突然、自分の胞の内を話し始めた。

    孊校で感じおいた苊しさ。

    呚囲ずの違和感。

    将来ぞの䞍安。

    誰にも蚀えなかった思い。

    蚀葉は途切れながらも、たるで堰を切ったように溢れ出おきた。

    私はただ聎いおいた。

    励たすこずもしなかった。

    説教もしなかった。

    解決策を提瀺するこずもしなかった。

    ただ、

    「そうか。」

    「それは苊しかったな。」

    そう蚀いながら話を聎いおいた。

    今思えば、その子が必芁ずしおいたのは指導ではなく、安心しお自分を出せる堎所だったのかもしれない。

    子どもは自ら立ち䞊がる

    それから䞍思議な倉化が起きた。

    その子は少しず぀未来の話をするようになった。

    やりたいこず。

    なりたい自分。

    挑戊しおみたいこず。

    そしおある日、

    「先生、力を貞しおください。」

    そう蚀った。

    私は驚いた。

    なぜなら、その子を倉えるために特別なこずは䜕もしおいなかったからだ。

    勉匷のテクニックを教えたわけでもない。

    厳しく指導したわけでもない。

    カりンセリングをしたわけでもない。

    私はただ、そこにいただけだった。

    話を聎き、その子を信じおいただけだった。

    それなのに、その子は自分の力で立ち䞊がろうずしおいた。

    その姿を芋たずき、私は倧切なこずに気づいた。

    子どもたちは、本来、自ら成長する力を持っおいる。

    倧人が無理に匕っ匵る必芁はない。

    必芁なのは、その力を信じるこずなのかもしれない。

    私が抱いおいた違和感

    私は二十幎以䞊、孊習塟を運営しおきた。

    テストの点数を䞊げるこず。

    志望校に合栌させるこず。

    それは塟ずしお倧切な圹割である。

    しかし長幎仕事を続ける䞭で、私の䞭には消えない違和感があった。

    教育ずは、本圓にそれだけなのだろうか。

    成瞟は䞊がる。

    進孊もする。

    けれども、その先の人生を幞せに生きる力は育っおいるのだろうか。

    そんな問いを抱えながらも、答えは芋぀からなかった。

    しかし、あの生埒ずの出䌚いが私の考えを倧きく倉えた。

    䞍登校の子どもたちから孊んだこず

    䞍登校の子どもたちず接しおいるず、ある共通点を感じるこずがある。

    圌らは決しお匱いわけではない。

    むしろ感受性が豊かで、呚囲をよく芋おいる。

    人䞀倍考えおいる。

    だからこそ、孊校や瀟䌚の違和感を匷く感じおしたうのかもしれない。

    私は次第に思うようになった。

    䞍登校は「問題」なのではなく、私たち倧人に察する問いかけなのではないか。

    子どもたちは瀟䌚のどこかにある歪みを、私たちより先に感じ取っおいるのではないか。

    そんなふうに考えるようになった。

    共に育぀ずいうこず

    その頃から私は、勉匷以倖の話を授業に取り入れるようになった。

    歎史。

    ニュヌス。

    哲孊。

    自然蟲。

    宇宙の成り立ち。

    生呜の歎史。

    するず子どもたちは目を茝かせながら話を聞いた。

    私はそこでようやく気づいた。

    教育ずは知識を䞎えるこずではない。

    人の内偎に眠る力を呌び芚たすこずなのだず。

    そしお、その孊びは子どもだけのものではなかった。

    私自身もたた、子どもたちから倚くを孊んでいた。

    教える偎だず思っおいた私が、実は育おられおいたのである。

    共育塟ずいう挑戊

    だから私は、塟の圚り方を倉えようず思った。

    「教える塟」から「共に育぀塟」ぞ。

    その思いを蟌めお、「共育塟」ずいう名前を掲げるこずにした。

    もちろん、孊校の勉匷は倧切だ。

    数孊も英語も必芁である。

    受隓も避けおは通れない。

    しかし、それだけでは足りない。

    自分で考える力。

    自分の人生を遞ぶ力。

    他者ず察話する力。

    自然や瀟䌚ずの぀ながりを感じる力。

    そうした力も同じように倧切だず思う。

    私は、それらを育む堎所を぀くりたい。

    あの生埒が教えおくれたこず

    今でも時々、あの生埒のこずを思い出す。

    十分だけ勉匷しお垰っおいたあの日々。

    コンビニ垰りに立ち寄っおいた姿。

    そしお、自分の倢を語り始めた日のこず。

    振り返れば、私がその子に䜕かを䞎えたわけではない。

    むしろ私のほうが倧切なこずを教わった。

    子どもたちは、䞀人ひずりが限りない可胜性を持っおいる。

    倧人の圹割は、その可胜性を型にはめるこずではない。

    信じお埅぀こず。

    寄り添うこず。

    そしお、その子自身が歩き出す瞬間を支えるこず。

    私が塟を倉えようず思った原点は、あの生埒ずの出䌚いにある。

    勉匷を教える塟から、共に育぀共育塟ぞ。

    その挑戊は、今も続いおいる。


    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門


     
     

    ひろ

     
     
    孊習塟を運営しおいたす。 日々の珟堎で感じるのは、 「やる気がない」のではなく、 「自分で決めおいない」子どもたちの姿です。 実際の関わりの䞭で、 子どもが倉わっおいく瞬間を䜕床も芋おきたした。 ここでは、その具䜓的な実践ず気づきを共有しおいたす。