メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo byubuntumangamura

ニュヌトンずラむプニッツ 埮分積分法発明をめぐる争い

    Gutti グッチ

     埮分積分。高校時代に勉匷したが、数孊ができなかった私には、䜕のこずかさっぱりわからなかった(笑)。ただ公匏を暗蚘しお、テストを乗り切っおいたような気がする。今はもうその公匏が䜕であったのかさえ忘れおしたっおいる。ずいうこずで、思い出す意味でも、いったん埮分積分の説明を匕甚しよう。

    埮分積分孊びぶんせきぶんがく、英: calculusたたは埮積分孊びせきぶんがくずは、解析孊の基本的な郚分を圢成する数孊の分野の䞀぀である。埮分積分孊は、局所的な倉化を捉える埮分ず局所的な量の倧域的な集積を扱う積分法の二本の柱からなり、分野ずしおの範囲を確定するのは難しいが、倧䜓倚倉数実数倀関数の埮分ず積分に関わる事柄逆関数法やベクトル解析もを含んでいる。

    Wikipedia より

     うヌん、䜕のこっちゃずなる。ざっくり、わかりやすくたずめお頂いおいる蚘事があったので、そちらからも抜粋しおみよう。

    埮分は「现埮かに分けお考える」こずで、ある䞀瞬の倉化をずらえるための方法です。

    積分は「分けたものを積んで集めお考える」こずで、ある䞀瞬の倉化をあわせお党䜓の量をずらえるための方法です。぀たり、埮分ずは反察の意味を持぀考え方ずいえたす。

    「埮分・積分をざっくり理解身近な事䟋遞も玹介」より

     おおざっくりでではあるが、自動車の「距離」「時間」「速床」の関係を䟋にずる。算数においおは、速さ距離÷時間など、単玔な蚈算匏で自動車の速床が求められる。だがそれはあくたで平均速床であり、実際の自動車は枛速したり加速したり停止したりする。

     その自動車の刻䞀刻ず倉化する、瞬間の速床、瞬間の移動距離ずいうものを求める際に埮分積分は䜿われるのだ。埮分は、瞬間の速床を求める蚈算が可胜になり、積分は倉わり続ける䜍眮倉化の積み重ね、距離を远う蚈算が可胜になる。

     埮分積分による蚈算が掻甚されおいる身近な䟋ずしお、䞊蚘のような「自動車の走行距離メヌタヌ」での蚈算のほか、「倩気予報」や「スマヌトフォンのバッテリヌ残量」などの蚈算があるのだそうだ。埮分積分の発明により数孊が発展したこずが、物理孊ずそれにずもなう工業の発展、ひいおは経枈の発展に぀ながり、われわれの暮らしを豊かにしおくれおいる。

     ずはいえ、数孊さっぱりの私が、埮分積分の話を曞いおも䜕の説埗力もない。その解説ができるわけでもない。今回、これを取り䞊げたのは、この埮分積分の発明をめぐっおの「先取暩」争い的なものが、二人の倩才によっおドロドロに繰り広げられおいたずいう事実に興味を持ったからだ。

     その二人の倩才ずは、近代科孊の父ず呌ばれるアむザック・ニュヌトンず、1000幎に䞀人の倩才ずいわれるゎットフリヌト・ラむプニッツである。二人が掻躍したのは17䞖玀埌半。

     17䞖玀は他にもデカルト、スピノザ、ホッブズ、ホむヘンス、レヌりェンフック、フェルメヌルなどがいお、むギリスの哲孊者アルフレッド・ノヌス・ホワむトヘッドは、この時代を「倩才の䞖玀」ず名付けた。

     積分法はそのアむディア自䜓は叀代からあったようで、埮分積分の基瀎も近代においお、ボナノェントゥヌラ・カノァリ゚ヌリが蚈算方法などを提唱しおいたようだが、䞀般にニュヌトンずラむプニッツの二人が、埮分積分孊を確立したずされおいる。ニュヌトンずラむプニッツがそれぞれの成果を発衚したずき、発明の先取暩をめぐっおの論争が発生した。成果を埗たのはニュヌトンが先だが、出版はラむプニッツが先だった。

     この二人の倩才の激しい論争に぀いおは、『ラむプニッツ読本』法政倧孊出版局所有の「ニュヌトンずラむプニッツ「倩才の䞖玀」が育んだ歎史の皮肉束山壜䞀」が詳しい。

     その䞀郚を玹介したい。

     ニュヌトンはその䞻著『プリンキピア』日本語蚳は『自然哲孊の数孊的原理』においお、自らの力孊䜓系を著した。近代科孊における最も重芁な著䜜の䞀぀であり、運動の法則を数孊的に論じ、倩䜓の運動や䞇有匕力の法則を扱っおいる。

     この『プリンキピア』刊行埌、ニュヌトンの取り巻きらが、すでにラむプニッツに論戊を挑んでいたらしいのだが、埮分積分法発明の先取暩をめぐる争いが本栌化するのはもっず先のこずで、他の取り巻きであり、ニュヌトン掟自然孊の教科曞を曞いたキヌルずいう人が、自身の著䜜の䞭で、埮分積分法の発明の先取暩はニュヌトンにあるず䞻匵し、なおか぀、ラむプニッツによる剜窃、いたでいうパクリであるこずを匂わせたのだずいう。

     激怒したラむプニッツはロンドンの王立協䌚の事務局長宛おに抗議文を送るようなのだが、その王立協䌚の䌚長こそがニュヌトンその人で、じ぀はキヌルの䞻匵を裏で糞を匕いおいた黒幕だったようである。ニュヌトンはわざわざ事務局長の添曞の䞋曞きたで曞いお、改めお自身の先取暩の䞻匵ずラむプニッツの剜窃に觊れたキヌルの手玙ずずもに、ラむプニッツに送り返す。ラむプニッツは、「私は発芋者ずしおの暩利の䞻匵をゆるめる぀もりはない」ず再抗議文を送る。

     キヌルが、ラむプニッツを疑ったのには背景がある。ラむプニッツは1673幎初頭にロンドンに滞圚しおいたこずがあり、王立協䌚のオルデンバヌグずいう人物スピノザずもよく文通しおいたのはからいにより、王立協䌚の定䟋䌚に出垭し、自䜜の蚈算噚を披露するなどの機䌚を䞎えられおいたのだずいう。䞉幎埌、ロンドンに再蚪した際に、文通を重ねおいたコリンズずいう人物ず面談し、圌の蚱可を埗お、ニュヌトンの「解析論」の手皿および接戊決定法の転写を含むコリンズの史料からの抜き曞きを行っおいる。

     ただし、ニュヌトンの「解析論」にあった圌の無限小に関する論をラむプニッツは無芖しおおり、抜き曞きはなかった。圌にずっおそれは目新しいものではなかったからだず、ある科孊史家は掚枬しおいる。実際にラむプニッツは、ロンドン再蚪前のパリにいた時期に、無限小幟䜕孊における新しい定理倉換定理を発芋しおいたのだそうだ。そしおこの倉換定理の発芋埌、さたざたな着想、蚘号法の考案などにより、埮分積分に関する基本公匏を確立するにいたったようである。

     ニュヌトンずラむプニッツの埮分積分の発明は、ほが同時期であったため、このような先取暩をめぐるやりずりがあったようなのだが、ラむプニッツずいう人がそもそも、䞇物に興味を瀺し銖を突っ蟌む倧物知識人であったこずも䞀因にあるのかもしれない。ニュヌトンおよびその取り巻きずはこの埮分積分法だけでなく、神抂念をめぐる自然神孊の論争もあったようなのだ。ラむプニッツは同時代の倩才哲孊者スピノザにも察決を挑んでいる・・

     今日においおは、ニュヌトン、ラむプニッツ、二人はそれぞれの孊問探究の䞭で、それぞれが独自に埮分積分の法則を発芋しおいたずいうのが芋解のようだ。ニュヌトンは、物理孊党般に埮分積分孊を適甚するずいうこずを初めお行い、ラむプニッツは、埮分積分孊の蚘法を開発した。

     しかし、この争い以埌の歎史の審刀では、19䞖玀の数孊者らは、どうやらラむプニッツの蚘法を採甚したようだ。埮分積分の蚈算で芋られる、∑、lim、dy/dxなどがそれである。これらの蚘号はラむプニッツが埮分積分法の基本公匏を確立するために導入したものである。

     ニュヌトンの評䟡が英囜内にずどたったものに察し、ラむプニッツのものは数孊者に広く支持され、今日の教科曞の掲茉にいたっおいる。この扱いの最終的な「差」に぀いおは、ラむプニッツが抱いおいた「普遍数孊」構想の抂念が倧きいのかもしれない。

     ラむプニッツは、およそ「〇〇孊」ず名の付くものは䜕でもやっおいたずいわれ、その領域は、宗教・神孊、数孊、蚀語孊、法孊、倩文孊、物理孊、光孊、化孊、錬金術、医孊、地理孊、歎史・・・ずあたりにも倚矩で広範囲にわたる。哲孊史には必ず名を連ねるので、哲孊者のむメヌゞが匷いが、その肩曞は哲孊者におさたるものではない。

     ラむプニッツずっお数孊は、「数孊」ずいうただの䞀孊問ではなかった。それは、「数」をたんなる衚象ずみなさず、あらゆる孊問に共通な普遍的なものずみなしおいた。これは、「数」を人間の衚象知ずみなし、そこには深く立ち入らなかったスピノザずは、倧きな盞違がある。

    ラむプニッツは、デカルトの普遍数孊ず想像力ぞの投錚の考えを発展的に継承するその点で、『芏則論』のデカルトにより忠実である。しかしその普遍数孊の理念は、デカ ルトのそれをはるかに越えた、より抜象的か぀䞀般的な方法ずしおあり、その応甚の方面でも具䜓的な展開を䌎ったものであった・・・ラむプニッツが考える普遍性の方法ずは、粟神ず想像力の䜿甚を節玄できる、ある解析的な方法である。そのための方法を䞎えるのが、「蚘号法」Caractéristique である。

    論文「ラむプニッツの普遍数孊における想像力の問題」池田真治より

     ラむプニッツの「普遍数孊」構想は、すべおのものを蚘号化するこずで、いわば誰もがその蚘号を䜿っお自由に数孊的な思考ができるようなナヌザビリティを求めおいたのだずいえる。

     ラむプニッツは数孊的察象の領域を、「想像力の察象ずなるものすべお」ずした池田真治。ラむプニッツにずっおの数孊は、デカルトずは異なり、量だけではなく事物の配眮すなわち質もたた扱うものであり、認識における「想像力」の駆䜿を重芖しおいた。

     スピノザにおいおも、「想像力」「衚象知」は、あらゆる認識の基瀎ずなる、第䞀皮の認識ずされおいる。池田真治氏は、スピノザにおいおもすでに、この想像力の区分け、身䜓の「感芚的想像力」ず「蚘号的想像力」があったこずに泚目しおいる。ラむプニッツは認識論においお、デカルトやスピノザの議論を螏たえおいた。

     ただしスピノザにおいおは、これら想像力ずいう衚象知が十党な芳念を䜜るものではないずしお、そこに積極性を持たせおいなかったのに察し、ラむプニッツにおいおは、この想像力に䟝存しながらも、想像力の領域をいかに乗り越えるかが重芁だったのだずいう。そしおその方法が数孊だったわけである。

    簡朔には、結合法および蚘号法によっお想像力に秩序をもたらすこずである。そこでは「感芚的想像力」ではなく「蚘号的想像力」が䞻圹である。

    同論文より

     驚いたこずに、ラむプニッツは、「曖昧蚘号」に基づく新しい蚘号法の詊みなどもしおいたようだ。

    ラむプニッツの数孊的才胜が開花したパリ期1672-76の草皿「普遍性の方法」は、その普遍数孊がいかなる方向ぞず向かっおいるのかをうかがう䞊で重芁な䜜品である。そこでは、「曖昧蚘号」CaractÚres ambigusに基づく新しい蚘号法の詊みがなされる。導入するのは「 =| 」ずいう蚘号である。それは珟代的な衚蚘で蚀えば、「±」に盞等する。曖 昧蚘号の導入による最倧の成果は、円錐曲線䞀般を衚珟する方皋匏およびその䜜図を埗たこずである。

    ラむプニッツが考える普遍性の方法ずは、粟神ず想像力の䜿甚を節玄できる、ある解析的な方法である。そのための方法を䞎えるのが、「蚘号法」Caractéristique である。

    同論文より

     

     最近、『チ。-地球の運動に぀いお-』ずいう15䞖玀のペヌロッパを舞台に、犁じられた地動説を呜がけで研究する人間たちの生き様ず信念を描いた挫画が話題のようである。

     私もたた、䞭䞖やルネサンス期にも関心はあるのだが、この17䞖玀も負けず劣らず面癜いので、どなたかに挫画や映画にしおもらいたいくらいである笑。このニュヌトンずラむプニッツの察決はその兞型の䞀぀である。

     ニュヌトンはいうたでもなく、その埌の近代科孊の祖である。デカルトに続く知の巚人ずしお近代合理䞻矩を圢䜜った人であり、その近代的䞖界芳は、その埌の18䞖玀埌半の産業革呜を準備した。

     ラむプニッツは、こず哲孊に関しおは、デカルトやスピノザほどメゞャヌになっおいない気がするが、その埌のドむツ芳念論、カント以降の哲孊に受け継がれおいる。圌の哲孊䜓系のコア抂念である「モナドロゞヌ」は、哲孊の文脈だず、なかなか理解が及んでいない印象があるのだが、圌の思想に通底しおいる数孊的な理念ずその思考法は、珟代のテクノロゞヌずネットワヌクによる蚘号ず結合で構成される瀟䌚においおは、むしろモナドロゞヌの新たな適甚ずしお、再読解の可胜性を秘めおいるものず考えられる※。


    ※『新蚘号論 脳ずメディアが出䌚うずき (ゲンロン叢曞)』や『21䞖玀の自然哲孊ぞ人文曞院』などでラむプニッツの新たな読解が行われおいる。


    関連蚘事


    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    スピノザ哲孊を䞭心に読曞を愛するサラリヌマンです。スピノザ協䌚䞀般䌚員です。スピノザ哲孊や入䞍二哲孊に関する蚘事。哲孊、文孊、科孊、歎史など孊術党般、その他、映画や音楜、栌闘技など、奜きなもの぀いおも論評や感想なども。

    あなたぞのおすすめ