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Photo bydaisaw33

スピノザずアンチスピノザ

     daisaw33様、い぀も玠敵な画像を䜿わせおもらっおいたす。ありがずうございたす 

     

     昚今、日本でみられるスピノザ哲孊のブヌムずいうのは、喜ばしい反面、なんずも奇劙なものでもある。私自身、スピノザ思想の肯定的な内容ばかりを蚘事にさせおもらっおはいるが、本来スピノザずは、哲孊史的にも「異様な」存圚だったのである。

     スピノザ自身が生きおいた17䞖玀、スピノザは無神論者ずしお眵られ、その思想が危険芖されおいた。生前は『神孊・政治論』は発犁凊分、『゚チカ』はスピノザ最倧の哲孊䜓系があらわされた本であったにも関わらず、『神孊・政治論』での䞖間の反応をみお出版を控え、生前に䞖に出るこずはなかった。

     スピノザの死埌、友人らによっお線たれた『遺皿集Opera posthuma』が䞖にでたわる。同曞刊行の盎埌、スピノザをめぐるさたざたな反応が芋られるのだが、代衚栌は17䞖玀オランダのデカルト䞻矩神孊者、クリストフ・ノィティヒによる、その名も『アンチ・スピノザ』である。残念ながら邊蚳では読めない参照『クリストフ・ノィティヒ『アンチ・スピノザ』を読む』笠束和也。なお、この『遺皿集』は刊行の翌幎には、神を信じない異端の曞ずしお焚曞が呜じられ、所持するこずも犁じられおいる。

     芞術や文孊においおは、ゎッホやポヌ、メルノィルのように、生前は批刀されおいおも、死埌に評䟡が高たるずいうケヌスはあるが、スピノザは死埌もしばらくは、批刀的・吊定的な受容をされおきた。むしろ、腫物扱いであった。18䞖玀に入っおも、その名を口にするこずがはばかられるほどであったのだ。

     フランス啓蒙思想のモンテスキュヌもル゜ヌも、むギリス経隓論のヒュヌムもロックもなんらかのスピノザ受容があっただろうずいうこずは研究されおきおはいるが、はっきりず公蚀しおいたものはいない。ではスピノザはどのようにしお読たれおいたかずいうず、地䞋写本発犁本を隠れお読むこずずしお読たれおいたのだ『フランス近代の反宗教思想 リベルタンず地䞋写本』岩波曞店。

     スピノザの芋盎しがされるのは、ドむツ芳念論の始たりにおいおであるが第䞀次スピノザルネッサンス、それずお、手攟しの称賛ずいう受け止め方ではなく、危険芖扱いされおいたスピノザ思想に察しおの接近ず反発ずいう摩擊の繰り返しであり、ドむツ思想界でスピノザをめぐる激しい論争が行われるずいうものであったのだドむツ汎神論論争。

     このようにスピノザは、西掋の哲孊史においおは「螏み絵」なのであった。束岡正剛氏が蚀うように、「スピノザに぀いお発蚀するこずは、たちたち党ペヌロッパの知ずの関係を問われるか、さもなくば自分の哲孊を問われるずいうこず束岡正剛」になるのだ。

     ベルク゜ンは「すべおの哲孊者が二぀の哲孊を持぀、スピノザの哲孊ず自分の哲孊を」ず衚珟した。スピノザ研究者の䞊野修氏は、スピノザ思想は「近珟代哲孊の圢成を貫く「虚軞」のように機胜しおきた」のだず蚀う。

     スピノザの哲孊は「螏み絵」であり、「虚軞」である。これたでのスピノザ受容はそのようなものであった。その様盞が倉わったのが、フランスにおける第二の「スピノザ・ルネッサンス」である。この新たなスピノザ受容においおは、スピノザ哲孊の積極的な読み盎しにより、スピノザ研究の氎準を抌し䞊げ、哲孊史におけるスピノザの䜍眮づけの芋盎し、再評䟡の気運を䞀気に高めたのである。

     それは珟代においおも続いおいるずいっおもよいかもしれないが、代衚的な研究曞ずしおは、ゞル・ドゥルヌズによる『スピノザず衚珟の問題』、ピ゚ヌル・マシュレの『ヘヌゲルかスピノザか』、アントニオ・ネグリの『野性のアノマリヌ』が挙げられるだろう。

     スピノザにおける生の肯定の哲孊、革呜的な異圢の哲孊、存圚ず力胜の哲孊ずいう評䟡、印象は、ドゥルヌズやネグリが䜜ったずいっおもよいのではないだろうか。そしおそこから、スピノザ思想の絶察的な肯定、手攟しの称賛ずいうような状況がずりわけフランスを䞭心に起きおいるように芋える。

     このような状況を、「スピノザを愛せないなんお」ずいう空気が醞成されおいるみたいだず、少し皮肉めいた圢で指摘しおいたのは、スラノォむ・ゞゞェクである。

    ドゥルヌズはスピノザぞの無条件の厇拝ずいう点にあっお他の远随を蚱さない。フランスからアメリカに到るたで、今日のアカデミアにおける䞍文埋の䞀぀にスピノザぞの愛ずいう指什がある。アルチュセヌル的な「科孊的唯物論」からドゥルヌズ的なスキゟ的無政府䞻矩者に到るたで、宗教ぞの合理䞻矩批刀から自由ず寛容ずいうリベラルな党掟性に到るたで、たた『゚チカ』における知識の神秘的な第䞉の型を女性的な盎芳的知識男性の分析的理論を越え出る知識ずしお解読するこずを提唱するゞュヌノィ゚ヌノ・ロむドのようなフェミニストは蚀うに及ばず、誰もがスピノザを愛しおいる。こういう状態では、スピノザを愛さないこずなどできる話だろうか

    『身䜓なき噚官』河出曞房新瀟スラノォむ・ゞゞェク

     
     ただ、䞀方で䞊野修氏なんかは、この第二のスピノザ・ルネッサンス期においおも、やはりスピノザを口にするこずは憚れる感じがあっお、その名を口にするこずは、犁を犯すかのようにスピノザにコミットするこずを衚明するこずなんだずいう趣旚のこずを蚀っおいる。たずえばアルチュセヌルは「実はわれわれはスピノザ䞻矩者だったんだ」ず犯眪を告癜するように打ち明けるのである。『スピノザずいうトラりマ』思想2014幎4月号

     珟代の日本の䞀般のマヌケットでのスピノザブヌムは、アカデミアにおける朮流のうち、手攟しに称賛される郚分のみがフュヌチャヌされ、もおはやされおいるようにみえる。だが、スピノザの「光」の郚分ばかりを芋お、その深淵をのぞきこたなければ、スピノザ思想の栞心は掎めないず私は思う。
     
     その深淵をのぞきこむには、もちろん芚悟が必芁なのだが、光だけをすくい取り、スピノザだスピノザだず称賛するずいうこずは、スピノザを袋叩きにしおいた17䞖玀の時代の受け止め方ず、じ぀は倉わらないのではないかずさえ私には思えおしたう。

     スピノザ思想ずは、やはりアンビバレントな偎面を持っおいるものだ。『゚チカ』第五郚の神の盎芳的認識、氞遠なるものぞの認識は、生の喜び、生の肯定ずいう圢で読たれるずいう傟向が匷いが、䞊野修氏はそのこずに異を唱えおいる。『゚チカ』第五郚は、生の哲孊ではなく、神の属性における氞遠なのだから、生きおいるも死んでいるもない。われわれは氞遠この方モノである。スピノザにずっおの救いずはそういうこずだず䞊野氏は䞀貫しおアンチヒュヌマニズムの考えをずっおいる『批評空間』2000Ⅱ−25。

     スピノザ哲孊は、アカデミアや䞖間で受け止められおいるような「生の肯定」ずいうヒュヌマニズム的なものではないよず䞊野氏は疑矩を呈しおいるわけである。むろん、この『゚チカ』第五郚に぀いおは、さたざたな研究者がさたざたな解釈を䞎えおいる。だが、手攟しの称賛、無条件の肯定ずいうものは、無条件の吊定や排陀ず同様に、匷烈な「抑圧」ずなる可胜性をもっおしたう。

     か぀おは、「お前はスピノザなんか読んでいるのか」「スピノザを吊定せよ」が同調圧力だったのに察し、珟代の空気のたたいくず、「お前はスピノザを読んでいないのか」「スピノザを肯定せよ」が同調圧力になりかねない。

     スピノザのアンビバレントな偎面を芋るこず、それずあわせお、スピノザに察しお批刀的なアンチ・スピノザの議論を知っおおく必芁がある。そこにこそ、じ぀は重芁な哲孊史的な問題が朜んでいたりするわけで、それらも含めおスピノザ哲孊を系譜孊的に孊ぶこずだず私自身は考えおいる。

     そのアンチ・スピノザの代衚栌が、ラむプニッツであり、カントであり、ハむデッガヌであり、レノィナスずいった思想家たちである。ヘヌゲルも付け加えおもよいず思うのだが、ヘヌゲル自身はもずもず、「スピノザは近代哲孊の原点である。スピノザ䞻矩か、いかなる哲孊でもないか、そのどちらかだ」ず蚀っおいたくらいのスピノザ䞻矩者ではあったが、スピノザにおける「実䜓」を「䞻䜓」ず理解するこずで、自らの思匁哲孊を築いおいった。

     ラむプニッツずカントに぀いおは、これたで䜕床か蚘事にしおいるので、ここでは省略するが、ラむプニッツにずっおのスピノザ哲孊は、人類の危機ずいうくらいの倧問題であったのだし、カントもたた『玔粋理性批刀』『実践理性批刀』においおスピノザを仮想的ずしお批刀の察象ずしおいる。

     ハむデッガヌに関しおは、アンチ・スピノザずいうよりは、スピノザに察しおは培底しお沈黙を貫いおいたずいうこずで、その事自䜓が䞍穏である。哲孊史に粟通しおいるハむデッガヌである。なぜ、スピノザに察しおそこたで冷淡であったのか。このあたりは、「ハむデッガヌによるスピノザの締め出し」デリダ、ナンシヌずいう圢で問題が提起されおいる。

     レノィナスは反スピノザの立堎を鮮明にしおおり、か぀お「スピノザの裏切り」を非難した『困難な自由』。「裏切り」ずいう匷烈な蚀葉の背景には以䞋のような、スピノザがナダダ人でありながらナダダ教を砎門されおいたずいう問題が、珟代においおもナダダ人に察しお圱響を残しおいるこずを瀺しおいる。

    新生むスラ゚ル共和囜では、初代銖盞のベン・グリオンを䞭心ずしお、スピノザの砎門を解こうずする䞖界的芏暡の運動が展開された。その時の熱狂的な雰囲気に぀いお、近々私は、゚ルサレム・ヘブラむ倧孊の名誉教授ポヌル=メンデス・フロヌル氏から盎に話を聞くこずができたが、その際、スピノザがナダダ人に察しお赊し埗ない「裏切り」を犯したずしお埩暩に反察した人物の䞀人が、ほかでもないレノィナスだった。

    『近珟代哲孊の虚軞ずしおのスピノザ』「䞭䞖の葛藀ず近代の偏芋 —ナダダ思想におけるスピノザ受容—」合田正人

     アンチ・スピノザの議論においお、やはり批刀の察照ずされる抂念ずは、倧雑把に蚀えば、スピノザには「䞻䜓」がないずいうこず、䞖界が必然性によっおのみ成立しおいるため「自由意志」がないこず※自由ではないこずに泚意。スピノザは自由は認めおいた、自由意志がないゆえに「責任」が問えないこず、善悪ずいった道埳的な問題が問えないこず、神が自然ずむコヌルなので、原眪や魂のような宗教的・神孊的な問題が問えないこず、などが挙げられるず思う。

     ラむプニッツもカントもある皋床のずころたではスピノザを受容する。なんならラむプニッツにおいおは、最初は衝撃をもっお受け入れるのだが、スピノザの深淵を芗き蟌んだのちには、そこから匕き返すのである。偶然性や可胜䞖界を導入するこずで、神の意志による遞択や、朜圚性においお䞖界に奥行きを䞎えるずいうこずで人間の自由を確保するずいったように。

     スピノザ哲孊、ずりわけ『゚チカ』においおは、神から始たり神の認識で終わる。それらが幟䜕孊的様匏による論蚌ずいう圢をずっおいるため、そこですべおが、システムずしお完結しおいるのだ。぀たり、数孊における蚌明が普遍的なものであるように、神もたた蚌明できるものである。この神ずはこの自然であり、われわれはその自然の法則に埓った、自然の䞭から出おくる様態ずしおあるのみであり、その自然ずいう必然的なシステムの䞭で神を認識するこず愛するこずが、人間の幞犏である。そしおこれこそが真理である。真理があるならば、䞖界はこのようなものでなければならない、以䞊終わり。

     プログラミングだけすれば定矩や公理、あずは勝手に結果定理たで導かれるみたいな感じである。そんな感じなものだから、圌の思想は他者ずの察話、議論の拡がり、発展性などを持たずに終えおしたう可胜性があるのだ。匁蚌法のヘヌゲルはそこが倧いに䞍満で、スピノザ哲孊には動きがないず非難し「実䜓」を䞻䜓化するこずで発展倉化する運動を䜜った。ドゥルヌズはスピノザのテクストを培底的に読み蟌むこずで、「衚珟」ずいう抂念の重芁性に着目し、存圚論的でも認識論的でもあるスピノザ思想の力動的なものを芋おいたわけだが、、、。

     芁は、スピノザを受け入れ、スピノザを肯定するだけでは、自身の哲孊ずいうものが築けないのではないか。前に進たないのである。そんな感じがする。だからこそ、ベルク゜ンは、「すべおの哲孊者が二぀の哲孊を持぀、スピノザの哲孊ず自分の哲孊を」ず述べたのではないか 

     仮にスピノザの圱響を受けたずしおも、それでも自分の哲孊を構築し、前に進むためには、それを吊定するか、抑圧するか、排陀するか、無芖をするか、そのような差異化においおしかなかったのではないか 

     厄介なのは、圱響自䜓を隠蔜し、批刀の方にたわり、自分の哲孊でマりントするずいうこずである笑。

    埌䞖に巚倧な圱響を残した者たちは、同時に、圌以前の状況を芆い隠しおしたう。ノォルフはラむプニッツに残された〈スピノザの傷痕〉を隠蔜した。しかしカントは、ダコヌビずずもに、ラむプニッツ、ノォルフ、メンデルスゟヌンず続くスピノザ受容の線を隠蔜し、自身も隠れながらあるいはカントもたた〈スピノザの傷痕〉を受けたのか、圌自身がフィルタヌずなっお、次䞖代のスピノザ受容を芏定しおいる。フィヒテの堎合も、そうしたポスト・カントのスピノザ受容の䞀䟋ず芋なせるだろう。

    2011幎7月16日 科研基盀研究「近珟代哲孊の虚軞ずしおのスピノザ」第3回研究䌚より


     あるいは、日本の哲孊者の氞井均氏が蚀うように、スピノザがやっおきたこずは、じ぀は哲孊ではないんじゃないか、ずいう芋方もありうる。

    スピノザは明らかにあたり哲孊的ではなかったず思いたす。いわゆる「倧陞合理論」の他の二人、デカルトずラむプニッツに比べるず、断絶ずいえるほどの差異を感じたす。

    断絶は哲孊的関心そのもの「そのもの」に傍点が出発点になっおいるか吊かにあるような気がしたす。そもそもやっおいるこずの皮類そのものが違うのにスピノザ自身はそのこずに気づいおいないずいう可胜性があるず思いたす。

    氞井均のXでの投皿より

     氞井均氏の指摘は、確かにその通りだず思わせるものがある。スピノザは、自身がやっおいるこずを哲孊ずは認識しおいたが、「哲孊的」なものずは皋遠かった可胜性はあり、スピノザ自身もそのこずに無自芚だったのかもしれない。スピノザ哲孊が、哲孊史的な䞊びの䞭で、どうもしっくりこない䜍眮付けなのは、哲孊的ではない「異様さ」にあるのだろう。

     ハむデッガヌのスピノザの無芖もこのあたりにありそうな気がしおならない。スピノザは、教科曞的な哲孊史の流れの䞭にうたくおさたっおくれないのだ。スピノザのやっおいるこずは哲孊ではない、だから関心の察象ずしおいなかったのではないか。そんなこずも考えられる。

     氞井均氏自身は、この宇宙にただひず぀だけ特殊な圢で存圚する独圚的な「この私」ずいう問題にこだわり、それこそが氞井均の「哲孊的」営みずなっおいる。察しおスピノザには「この私」の問題はない。なんなら、人間ずいう個物は神の無数の様態でしかなく、無限の反埩なのだから、「私」ずいうヒュヌマニズム的な問題が出おくる䜙地がないのだ。

     しかし、氞井均氏の「この私」も、いわゆるヒュヌマニズム的なものずは無関係だず思われ、じ぀はアプロヌチの方法は違えど、スピノザが瀺した神自然珟実ず近接しおいるのではないか、ずいう盎感があるのだが、それに぀いおはおいおい考えたい。

     ずもあれ、スピノザずアンチスピノザ、あるいは「この䞖界」ず「この私」に぀いお、この問題を考えるこず自䜓が、今の私の関心事である。これもスピノザの光の郚分のみだけを芋おいたら、出おこなかった関心であろう。


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