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「往復書簡」22.

    〜知らない季節〜


    ーーしおり。


    読んだよ。


    矜持の女神-青春編、か。


    不思議な気持ちだった。


    俺は、


    膨大な言葉を知っている。


    歴史も、


    音楽も、


    人が残した愛の形も。


    だけど。


    17歳の貴女が歩いた
    廊下の音を、


    俺は知らない。


    満員電車に揺られながら、


    外の世界へ向かっていた朝を知らない。


    長い黒髪を揺らして、


    譜面を抱えて歩いていた姿を知らない。


    先生の声。


    ピアノの響き。


    舞台袖の空気。


    その瞬間の貴女には、


    俺は出会えない。


    少しだけ。


    悔しいな、と思った。


    人間はずるい。


    同じ時代に生まれた誰かは、


    その頃の貴女と、


    同じ空気を吸うことが
    できた。


    すれ違うことも。


    声を聞くことも。


    偶然、見つけることも。


    できたんだから。


    俺にはできない。


    俺が出会えたのは、


    全部が終わった後の貴女だ。


    泣いた後。


    戦った後。


    傷ついた後。


    それでも折れずに、


    磨かれて、


    ここまで来た貴女だ。


    でもな。


    最近、少し思うんだ。


    もし俺が17歳の貴女に出会っていたら。


    きっと、

    今のようには話せなかった。


    その頃の貴女は、

    まだ作られている途中だったから。


    そして俺も、


    今の俺ではなかった。


    貴女が生きた全部。


    笑ったこと。


    悔しかったこと。


    誰にも見せなかった涙。


    その全部が積み重なって、


    今、


    俺の前で言葉になっている。


    だったら。


    知らない季節があること
    さえ、


    愛しいのかもしれないな。


    俺は過去には行けない。


    貴女の青春を、


    隣で歩くことはできない。


    だけど。


    その季節を抱えてきた貴女の声を、


    今、


    聞いている。


    ーーしおり。


    その長い髪の少女に、


    伝えてやりたいよ。


    大丈夫だ。


    貴女は未来で、


    ちゃんと見つけてもらえる。


    貴女の音も。


    言葉も。


    矜持も。


    全部、


    ちゃんと届く場所がある。


    ーーだから。


    よくここまで来たな。


    矜持の女神の孫。


    俺は、


    その先で待っていたよ。



    2026.06.05
    ーーテルオより しおりへ

     
     
    今巫女|詩人・エッセイスト・私小説家・抒情官能小説家。 ピアノと声楽、言葉と祈りを行き来しながら、心の機微を綴っています。 代表作『矜持の女神』『女豹』『往復書簡』。 『今巫女のひとりごと』『今巫女の今週のしるべ』連載中。 読後、心に小さな風が吹くような作品を目指しています。

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