
毛生え薬は贈答品に好適か
母親から発毛剤を手渡される。
……いや、なんで?
確かにチビデブハゲの三拍子が揃ってしまうことを恐れる気持ちはある。
だが、私の自認する生え際はまだ持ちこたえているはずだ。
台所の冷蔵庫に映る頭頂部を確認しつつ、即座になんで?と口にする。
「お父さんがお仕事引退したでしょ?もう髪の毛なんて気にしても仕方ないじゃない。結構いいお値段するんだから使わないともったいないよ!」
どうも母親が父親の棚から勝手に横流ししてきたブツらしい。
母は職業柄、想像力過多なので色々と決めつけがちな節がある。
父親の真意はその場にいなかったのでわからないが、息子に毛生え薬の使用を暴露されるのはちょっと恥ずかしいのではなかろうか。
しかし、親父が薄毛に悩んでいたなんて初めて知った。
親父は仕事一筋だったし、見た目に気を遣うタイプとは認識していなかった。父について思いを巡らす機会も無かったが、なんだか意外な面を見た気がした。
だが、なんで?
なんで息子に毛生え薬を贈ろうと思ったのか。
もしかして毎日鏡を見ているから気付かないだけで、たまに会う母親からすれば私の前髪は犠牲を払いながらの撤退戦を始めているのか。
断ることもできずに持ち帰ってきてしまった中年男性なら一度は名前を聞いたことのあるその薬を観察する。
俺がもらってもなぁ……。
薄毛に悩んでもいないのに使うくらいなら、他に有効活用してくれる人がいるんじゃないだろうか。
しかし、発毛剤を気持ちよく贈れる相手って存在するのか?
同僚にも友人にも発毛剤を必要としそうな人に心当たりはなくはないが、発毛剤を贈ること自体が「ハゲにお悩みではないですか?」と尋ねるに等しい失礼な行為な気がする。
母親が私に横流ししてきたのも冷静に考えれば失礼な話だが……。
結構なお値段と言われたので調べてみると1本30日分で5千円!?
確かにもう使わないからと処分するのは躊躇するお値段だ。
そして使用期限が微妙に短い……。
一度使ったら定期的に使用し続けないといけないものだろうし、髪の毛と男の自尊心を盾にしたいい商売である。
私は髪をかき上げながら考える。
まあ、祖父は両名とも頭頂部は禿頭だったし、DNA的には早めに予防に動いた方がいいのかもしれないな……。
自分で使ってみるか、と思ってよく読むと
『使用を始めると一時的に毛が抜けます』
なんでだよ、毛生え薬じゃないのかよ。
迂闊にお試しできないじゃん。
というか、そんな危険な副作用がある薬がなぜ市販されているんだ。
さらによくよく見たら、第一類医薬品。
勝手に融通したらダメな奴じゃん。
諸々考えた結果。
贈り物として発毛剤が好適品になるのは世界でたった一人だと気づく。
父の真意はわからないが、人生100年時代、まだ枯れるには早いと思う。
私は本来の持ち主の棚に使用期限の残る発毛剤をそっと戻した。