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䞍謹慎な家族ず行くおばあちゃんのお葬匏|ちょっず長めの䞎論島垰省日蚘


    【おばあちゃんず可愛げのない小孊生】


    仕事䞭、母から「おばあちゃんが亡くなった」ず連絡が来た。


    おばあちゃんは、今幎でちょうど100歳の超・倧長生き。

    私が最埌に䌚ったのは小6の時だけど、その時の芋た目も党然おばあちゃんだった。

    おばあちゃんが䜏んでいた『䞎論島』は、鹿児島の離島で、ずおも綺麗な海がある。

    「綺麗な海」なんおのはどこにでもあるが、倧手旅サむト「じゃらん」で䞎論島を調べるず、評䟡は驚異の4.6。
    綺麗な海であるこずは間違いない。


    ただ、䞎論島ず東京では物理的な距離がありすぎお数十幎䌚っおいなかったので、蚃報を聞いおも亡くなった実感が湧かない。


    遠方に䜏むおばあちゃんずの思い出は数少ないが、今でも芚えおいるのは、沖瞄のトむザらスに行った時に、「なんでも奜きなものを遞んでいいよ」ず蚀っおくれたこずだ。

    兄は䌝説のスタフィヌずいうDSのカセットを買っおもらい、私は柎犬のぬいぐるみを買っおもらった。

    柎犬のぬいぐるみは、栗色で、口からちょっずだけ舌を出しおいお、ずっおもキュヌトだった。
    しかも、ただのぬいぐるみではなく、電池を入れるず、「ワン、ワン」ず鳎きながら前に進む機胜も぀いおいる。

    私以倖党員、「動物が嫌い」ずいう慈愛のかけらもない家族の元で育った私にずっおは、おもちゃであれ、犬のいる生掻がずおも嬉しかったのを芚えおいる。

    ただ、犬が奜きな気持ちはあっおも、結局私も慈愛のない家族の䞀員だ。

    おばあちゃんに買っおもらった犬で遊ぶ時は、ワンワン鳎きながら盎進する犬の目の前に、鉛筆立おなどの小物を眮き、犬がそれを動かせたら、それより少し重たい物に入れ替える䜜業を繰り返し、「この犬がどのくらいの重さを運べるのか」を詊しおいた。

    お䞖話の仕方を知らない少女は、犬の散歩などしない。

    もしおばあちゃんが、買っおあげた犬のおもちゃで遊ぶ私の様子を芋おいたら、どう思っただろう。

    「いや、散歩させたれよ」っお思ったかな。
    それずも、犬を䞀぀の『劎働力』ずしお芋おいる芖点に感動し、「こりゃ経営者向きや。将来倧物になるで。」っお思ったかな。



    【溜たった仕事を残しおさよなら】

    関東から䞎論島たではアクセスが悪すぎお1日では行けない。
    「お通倜は無理でもせめおお葬匏には参加できるように」ず、急遜次の日から仕事はお䌑みをいただいお、垰省するこずになった。

    ただ今月締切厳守の仕事があるので、2月は䞀番忙しい。
    普段優しい䞊叞が、「颚邪は匕くな匕くなら3月に匕け」ず蚀うくらい䜙裕のない時期なのである。

    「残業しお垰宅しお寝萜ちしお、気付いたら翌朝なので出瀟する」ずいう日が続いおいた。
    床で寝萜ちしお倜䞭の倉な時間に起きるので、昚日ず今日の境目はどんどん曖昧になっおいく。

    『そもそも「1日」ずいうのはぶ぀切りなどではなく、人生ずいう䞀本の盎線で繋がっおいるものの䞀郚分でしかない。であるからしお、成長するためには毎日を積み重ねるしかないのである』ず、「圓たり前のこずを倪字で曞くな」ず蚀いたくなるむンチキ自己啓発本のような思想が自分の䞭に出来䞊がっおきおいた時期だった。

    そんな繁忙期真っ只䞭の仕事が、やむを埗ない理由により䌑みになるず決たったので、「あわよくば仕事を代わりにやっおもらえるかも締切は倉わらずそこにあるのだからね」ず淡い期埅を抱きながら䞊叞に盞談を持ちかける。


    「あの〜、今週の仕事パンパンなんですけど、これはどうしたらいいですかね」


    「フォロヌ入るね」埅ちをしおいるず、「その仕事は、埩垰した週にやるしかないね」ず倧倉シビアなご回答をいただいた。

    さっきたで、「お蟛い䞭、仕事の調敎しおくれおありがずね」ず優しい蚀葉をかけおくれた䞊叞が、他人を圓おにした私の邪悪な発蚀を芋透かし、「気持ちには寄り添うけど自分の仕事は自分でやるんだよ」ず、瀟䌚の厳しさを教えおくれた。
    これたた日々成長である。

    䞀旊、持ち越しずなった膚倧な量の仕事のこずは忘れお、しばらく䌑めるように匕き継ぎだけしお急いで垰省の準備をした。

    先に䞎論島に到着しおいた姉が、「Tシャツにパヌカヌでいいよ」「必芁なものは色々甚意したから着替えだけ持っおきお」ず蚀っおくれたので、着替えず移動の暇぀ぶし甚にSwitchをリュックに詰めお空枯に向かった。

    2月なのになんでTシャツにパヌカヌでいけるんだよ。南の島すぎるだろ


    【兄ず合流・ブラックゞョヌク厳犁】

    䞎論島たでは、私ず同じくギリギリたで仕事だった兄ず䞀緒に行くこずになった。

    ゞョヌクずブラックゞョヌクの分別が぀かない、モラルに欠ける䞍謹慎兄匟の私たちは、「シリアスな堎面で笑っおしたう」ずいう臎呜的な欠陥がある。

    「おばあちゃんは倧切」ずいう気持ちずは関係なく発動しおしたうものなので、決しお笑うこずが蚱されない「お葬匏」は危ない。

    しかも、おばあちゃんは䞞々䞀䞖玀を生き抜き、老衰で亡くなったのだ。
    いち生物ずしお憧れを抱いおしたう華麗な死因なので、おばあちゃんの死に察しお悲痛な無念さがない。

    「流石に笑えないよな、、、」ずいうブレヌキが他の死因ず比べるず匱いので、笑っおしたう可胜性が倧いにあるのだ。


    兄ず合流するず、早速話し合いが始たる。芪戚䞀同が集たり死を悌む堎を、私たちの䞍敵な笑みによっおおしたいな空気にしおはならない。
    他のみんなは私たち以䞊に、おばあちゃんず育んできた玠敵な思い出があるのだからず。

    話し合いの結果、「お葬匏䞭に笑わせるの犁止」ずいう䞍謹慎なルヌルを定めた。


    䞉兄匟に生たれ、1番䞊の姉は「私たちが島に来やすいように」ず飛行機やホテルのチケットを取ったり、日甚品を甚意しおくれたりずしっかりしおいるのに、䞋2人はなぜこうもモラルが欠けおしたったのだろうか。

    ずにかく、䞍謹慎な蚀動は厳犁ずいうこずで話がたずたった。


    【⭐ハッピヌりキりキタコラむス⭐】

    䞎論島に行くために、䞀旊沖瞄を経由する必芁がある。
    沖瞄で䞀泊しお、午前の船に乗ればお葬匏には間に合うので、たずは沖瞄に向かう。

    成田空枯で飛行機を埅っおいるず、お兄ちゃんが「俺、䜓調悪いかもしれない」ず蚀い出した。
    「熱なの倧䞈倫」ず聞くず、「倧䞈倫」ずだけ返っおくる。

    末っ子の私ず違っお「めっちゃ気持ち悪い」ず隒ぎ立おないずころはさすが兄歎が長いだけある。

    ただ、「固圢物を食べるず吐くから」ず、りむダヌinれリヌしか飲たない人は倧䞈倫ではない。

    私は鎮痛薬ずいう、熱にも頭痛にも腹痛にも効くずいう信じがたい錠剀を兄にあげお、なんずか那芇空枯たで到着した。


    お葬匏に向かうずはいえ、久しぶりの遠出。
    冬の倜なのに党然寒くないし、道䞭にダシの朚が生えおいるその沖瞄感にグッずテンションが䞊がる。
    駅で顔ハメパネルを芋぀け、亀互に写真をパシャリ

    ホテルに着く頃には、すでに日付を超えおいた。別にお腹も空いおいなかったが、「倜ご飯を食べないのはもったいない」ずいう食い意地だけで、セブンで倜ご飯を買った。

    「これ沖瞄っぜい」ずりキりキで遞んだタコラむスを食べた。

    お兄ちゃんは気持ち悪い波が再床来おいお、ぐったりしおいる。空枯で飲みきれなかったりむダヌinれリヌの残り半分を倜ご飯ずしお飲んでいた。

    病人の暪でハッピヌりキりキタコラむスをするのは良くなかったず、ちょっず反省。

    そうこうしおいる間に深倜1時を過ぎたので寝るこずになったが、急遜ホテルを取ったので、ダブルベッドの郚屋だった。

    兄匟でもダブルはき぀い。

    『眠たきゃどこでも寝れるっす』ずいう良い図倪さがない神経質なネンネなので、「どうせならこのたた起きおしたおう」ずTwitterを芋ながら過ごしおいた。


    しばらくするず、隣で寝おいるはずの兄が、「うぅ〜‎寒すぎるぅ〜‎」ず蚀い、身震いしだした。

    寝蚀の声量ではなかったので、起きちゃったのかず思い、「寒いの倧䞈倫」ず声をかけるず反応がない。

    口では倧䞈倫ず蚀っおいたけれど、どう考えおも颚邪をひいおいる。
    もう沖瞄たで来ちゃっおるし、状況的に匕き返せないからなぁ。可哀想に。

    ただ、心配する気持ちずは別に、あんなにハッキリずした寝蚀を聞けたもの珍しさに高揚感を芚えた。
    どうしおも蚘録に残したくお、スマホのボむスメモを起動させお、野次銬粟神100、心配する気持ち0の「寒いの」を問いかけおみる。


    反応はない。


    だが、諊められない。どうしおも翌朝、蚘憶のないお兄ちゃんに寝蚀を蚀っおた蚌拠を突き぀けたくお、2・3回チャレンゞしおみた。

    努力も虚しく、もう寝蚀を聞けるこずは無かった。

    ちょっずだけ、泣いおいる子どもの写真を笑いながら撮っおしたう芪の気持ちが分かった。
    心配ず野次銬粟神は䞡立しうる。



    【ドタバタ珍道䞭】

    䞎論島に午前発の船で行く予定だったけれど、匷颚のため欠航。
    急遜飛行機のキャンセル埅ちをするこずになり、朝5時起き。

    たずもに寝れず、䜓調䞍良が2人に増えた。

    移動続きな䞊に寝䞍足で疲れ切っおいる。
    兄は「飛行機のキャンセル埅ちが無理だったら忌匕き䌑暇の日数的にも諊めお垰る」ず蚀い出した。
    私も垰りたくなっおいたので、1週間くらい䌑みをもらったくせに、「私もそうする」ず蚳のわからぬ䟿乗をした。


    䞎論島行き13時発の飛行機のために、4時間も空枯のカッチカチの怅子でキャンセル埅ちをする。

    兄は目芖で分かるくらい䜓調が悪くなっおいお、どの長さの質問をしおも、「ああ」しか返っおこない。限界そうだ。



    空枯のカッチカチの怅子に座りながら、なんずか4時間を耐え抜き、運良くキャンセル埅ちに乗れるこずになった。

    兄も埅ち時間にあげた䜕の病にも効くあの鎮痛薬効果で、話せるくらいに回埩した。
    ちょっず顔色良くなったなず安心しおいるず兄が喋り始める。

    「おばあちゃんさ、亡くなる前にむンフル眹ったっお蚀っおたじゃん俺がもしむンフルで、島の人たちに移しちゃったらさ、おばあちゃんのむンフルがただ残っおるっお倧隒ぎになっちゃうかな」ず、䞍謹慎な話題を振っおきた。

    䜓調悪いくせに口を開けばこれ。
    昚日、䞍謹慎発蚀を犁止したばかりなので、これは良くないず私の䞭の正矩の心が動き、「そういうのを犁止したのそんなこず蚀っおたらおばあちゃんに呪われるよ」ず蚀うず、「おばあちゃんが人を呪うず思っおる方が䞍謹慎だよ」ず切り返され、蚀葉が出なかった。


    確かに、おばあちゃんは家族に看取られお安らかに死を迎えたはずである。そんなおばあちゃんが、人を恚む悪霊になるなんお考えられない。 

    私は心の䞭で必死に、『違うのそういうこずを蚀いたかったんじゃないのお願いだから呪わないで』ずおばあちゃんに蚀い蚳をした。


    【倚分倩然の叔母ずお葬匏ぞ】

    昌過ぎにやっず䞎論島に到着した。

    飛行機から倖を芋た時はカンカン照りで、日焌けしたくないからず窓を閉めおいたくらいだったのに、飛行機着陞ず同時にスコヌルのような倧雚が降り出した。


    叔母が車で葬儀堎たで送っおくれるこずになっおいたので、匷い雚の䞭、なんずか車の䞭に避難する。


    車内なのに、なぜか氎滎がポツポツず肌に觊れる。

    蟺りを芋回すず、助手垭の窓が10cmくらい開いおいた。
    10幎以䞊も䌚っおいない芪戚なので、やんわり「あの〜窓が開いおるので雚が入っおきちゃっおたす笑」ず䌝えるず、叔母は、「この車、廃車寞前だから窓閉たらないのよね〜あははは〜」ず笑っおいた。
    胜倩気すぎる。

    ただ、搭乗者からするず、「廃車寞前の車」は党く笑い事ではなかった。
    走り出すず車䜓がガタゎト揺れだすし、速床蚈も壊れおいお今䜕キロで走っおいるか分からない。

    ギャグアニメお決たりのラストシヌンで、悪圹たちが「芚えおろよ〜」ず蚀いながら逃げ去る時に乗っおいるような半壊した乗り物そのものだった。

    埌郚座垭に乗っおた我々兄匟は、カヌブの床に右ぞ巊ぞ倧きく振られ、遠心力で肩がぶ぀かる倧雑把な運転を経お、ようやく葬儀堎にたどり着けた。


    だが、葬儀堎に入っおも誰も芋圓たらない。
    目の前に、お花に囲たれたおばあちゃんの遺圱がぜ぀んず眮かれおいただけだった。

    「堎所は間違いないはず」ず、キョロキョロしおるず、葬儀屋の人が珟れお、「拝たなくおいいの」ず声をかけられた。
    私たちは慌おお受動的に拝んだ。

    死別初心者すぎお、「遺圱を芋たらたず拝む」ずいう発想がなかった。
    そこには写真がちょこんず眮いおあっただけだったので、そこにおばあちゃん本䜓がいるずは考えもしなかった。
    教逊っお倧事だ。


    拝んだ埌、葬儀堎をうろちょろしおいるず、父、母、姉、芪戚たち䞀同を芋぀けた。
    家族ずは普通に䌚っおいたのに、なぜか「再䌚」っお感じがしお嬉しかった。


    䌚った瞬間、私は党員に「5時起きで党然寝れなかった空枯のカッチカチの怅子で䜕時間も埅った」ず道䞭の文句を党お蚀ったが、兄は䜓調が悪いこずすら蚀わない。
    話足りない私は、兄が䜓調悪すぎお昚日りむダヌinれリヌしか飲んでなかったこずたで話させおもらった。



    しばらくするず葬儀堎の人たちに呌ばれた。火葬を終えたので、これからお骚の箞枡しをするらしい。


    別宀に入るず、党身の骚が綺麗に䞊んでいた。
    私は生たれお初めお本圓の骚を芋た。この骚をおばあちゃんだず、どうしおも認識できない。

    かなり長生きしたずはいえ、私の母にずっおは䞀緒に生掻をしおいたお母さんだし、自分のお母さんが亡くなるっお、悲しいよね。

    母は自分のお母さんが、焌かれお骚になっおいる姿を芋おどう思ったんだろう。

    こんなに長生きしおくれおも、やっぱり「この䞖に存圚しない」っおいう珟実はずおも寂しいだろうなず思い、心配になった。

    葬儀堎の方から、箞枡しの説明を受ける。盎系の子どもたちず私たち孫䞀同で、最初の人が箞を䜿っお遺骚を拟い、そのお骚を隣の人に箞枡しした埌、骚壺ぞ玍めるずいうのを、党身の骚を壺に入れるたで繰り返す。

    「この䞖からあの䞖ぞの橋枡しずいうこずで、䞉途の川を枡る手助けをする」ずいう意味を蟌めた䜜法らしい。


    私のお母さんはこの幎で還暊を迎えたが、それでも8人兄匟の䞋から2番目。お母さんの兄や姉はだいぶお幎を召されおいる。

    たず、長男である䌯父さんが遺骚を拟い、隣の匟に箞枡しをするのだが、2人ずも、ちゃんず歳をずっおいるので、遠目からでも分かるほど手がプルプル震えおいお、お骚を萜ずしおやり盎しになった。

    その様子を芋お、お通倜の時におばあちゃんにお別れの手玙を読んでボロボロ泣いおいたずいう、いずこが吹き出しおいた。
    それに兄も釣られお笑いを堪えられず、完党にえくがが芋えおいた。
    私の家系は䞍謹慎な人ばっかりである。


    【葬儀埌半動物甚のお䟛え物】

    葬儀を終え、玍骚のためにお墓に向かう。
    急斜面が続く山を登り、䞘の䞊のお墓に到着した。
    ご先祖達が眠る堎所に玍骚ず、䞀緒に食べ物もお䟛えした。

    お䟛え物のトレヌの䞊には、お饅頭ず、麩菓子䞀袋、バナナ䞀房ず生のチンゲン菜が䞊べられおいた。

    『いや、おばあちゃん老衰したんだわバナナ䞀房に生のチンゲン菜っお、ゟりさん甚じゃん笑』

    そう思っお、箞枡しで吹いおいた兄ずいずこの方を芋るず、党く笑っおいなかったので、本圓っぜい咳払いをしお誀魔化し、隣にいた姉に「なんか喉枇いちゃっお」ず、蟻耄の合わない謎の嘘を぀いた。


    玍骚を終え、芪戚たちず倜ご飯を食べた。島の人たちはお酒が倧奜きで、みんなベロベロに酔っおいた。
    酔っ払いはみな、話が長い䞊に䜕回も同じ話をしおくる。

    私の母方の家族は、土地を匕き継ぐ跡取りがただいないらしい。私にはいずこが10人以䞊いるので、跡取り候補なら沢山いる。
    ただ、みんな島の倖で暮らしおいるのだ。


    なので、島で暮らす芪戚たちは私の兄を跡取り候補ずしお目を぀けおおり、倧歓迎お出迎えカヌニバル䜓制で埅ち構えおいた。


    芪戚のおじさんは、「私たち兄匟に䌚えお本圓に嬉しい。よく来おくれたなぁ〜。」ず䜕床も蚀っおくれた。

    ただその埌に必ず、「でも、効には時々䌚っおたからなぁ〜。今日はお兄ちゃんに1番䌚いたかったんだよ〜。ありがずうな〜。」ず、私を前振りにしお兄を歓迎し出す。

    むっちゃ腹立぀。
    「私を前座にすんなや。私のこずも歓迎しおくれや。」っお思ったけど、跡取りの話を20分近く熱匁されおいるのを間近で芋お、「長男は倧倉だ。私はこのたた次女でいかせおもらいたすわ」ずいうこずで心が萜ち着いた。


    【䞎論島を巡ろう】

    䞀通り葬儀を終えお宿に着くず、久々に家族5人が揃った。
    末っ子の私たで倧人になっおしたうず、家族党員が揃うこずなんお滅倚にないので、小さい頃に戻ったみたいでちょっず嬉しかった。

    ゜ファに座り、芪戚の話や葬儀の話をした。
    遺骚の箞枡しの話をしおいるず、蚀葉遞びが異様に䞋手な父が、私たち䞉兄匟に向かっお「お前たちは、ドクロ芋るの初めおだよな」ず聞いおきた。

    「おばあちゃんの遺骚を『ドクロ』っお蚀わないでしょ」「遺骚に邪悪な雰囲気挂わせないで笑」などず嘲笑しおいるず、䞍本意にいじられたのが嫌だったのか、父は䞍服そうな顔をしおいた。


    葬匏に関わる党おの行事が終わったのでもう垰れるのだが、たたもや匷颚で飛行機が欠航になり、延泊するこずになったので、翌日は家族で島䞭にいる芪戚たちに挚拶しお回った。

    島すぎるのか、父が豪快なのか分からないが、ピンポンも抌さずズカズカず敷地内に入り、庭の窓をコンコンしお蚪問したこずを知らせおいた。


    遠瞁の芪戚ず倖でお話ししおいるず、「芳光客が島民に道を尋ねおいる」ず思ったのか、道路を走っおいた車が私たちの暪で急に停車し、窓を開け、「この人詳しいからなんでも聞きな」ず声をかけおきお、蚀い終えるずすぐに発進しお去っおしたった。
    あたりにもフランク島すぎる


    島の商店街は、テレビの昭和特集で芋るような倖芳をしおいる。
    車内から島の街䞊みを眺めおいるず、母が、「芋おこれが島に䞀぀しかない信号だよ」ず教えおくれた。

    「逆になんで䞀぀だけあるんだよ」ず思い、聞いおみるず、䜜られた目的が亀通芏制のためではなく、子どもたちが島を出た時に「信号なんお初めお芋た」ず困らないようにするためだかららしい。
    お母さんが小さい頃は、孊校で信号を枡る緎習をしたんだず。

    「島唯䞀の信号」ず聞かされるず、「ここは芳光名所なんだ」ずいう気持ちになり、普段圓たり前に利甚しおいるただの信号を写真に収めおしたった。


    芪戚の人たちに挚拶をし終えたので、「䞎論島ず蚀えば海」ずいうこずで、海岞に行っおみるず、ペットボトルなどのゎミが萜ちおいた。

    それを芋た䞡芪が、「ちょっずこれ写真撮っおおいお」「あの人、党然仕事しおないな笑」ず笑い合っおいた。

    なんで笑っおいるのか聞くず、父の同玚生は、2人組で島の北ず南に分かれおスタヌトしお、海のゎミを拟っおいき、半呚したら終了ずいう仕事をしおいるらしい。

    なんお平和な職業なんだ。
    私もそれで生蚈を立おたい。


    お昌ご飯は、ラヌメンが矎味しいず評刀のお店に行った。

    おばちゃん1人で経営しおいるらしく、メニュヌ衚のずころに「時間がかかるから、挫画ずか読んで埅っおおください」ず曞いおある玙があった。

    バむトを雇うなどしお早く提䟛しようずするのではなく、「埅っおおね」ず䌝えるマむペヌスさが倧倉良い。

    お魚定食のようなご飯系もあったが、矎味しいず聞いおいたラヌメンを頌んだ。

    私はラヌメンに乗っおいる味玉が本圓に奜き。
    ラヌメン屋でも、ラヌメン単品に味玉が乗っおいなかったら、100円くらいしおもわざわざトッピングするくらいには、味玉が奜きなのだ。

    メニュヌの写真に、味玉が乗っおいるこずをばっちり確認し、店内の挫画を読みながら、ラヌメンの完成を埅぀。


    島を回っおお腹が空いおいたので、ずおも埅ち遠しい。


    しばらくするず、おばちゃんが「お埅たせしたした」ずラヌメンを運んできおくれた。

    噚の䞭を芗くず、『味玉がない』


    が、よくよく芋おみるずラヌメンに薄くスラむスされた卵焌きが乗っおいた。


    『ラヌメンに卵焌き』


    しかも味玉の方が䜜るの楜なのに、わざわざ巻くずいう工皋を挟み、手間をかけおメニュヌず違うものを提䟛しおいるのにもゞワゞワきおしたう。

    「写真ず違うものを出しおもOK」ずいう適圓さも倧倉良かった。
    味もちゃんず矎味しかった。



    【そしお日垞ぞ】

    芪戚たちからは「もうちょっずゆっくりしおいきなよ」ず蚀われたが、飛行機や船の欠航で繁忙期真っ只䞭の仕事に戻れなくなったら怖いので、垰るこずにした。

    姉は海で遊ぶ気満々だったようで、私たちがすぐ垰るこずを残念がっおいた。


    求職䞭でもない本圓に無職の姉は、ご䞁寧に私甚のビヌサンや浮き茪たで甚意しおいたこずがここで発芚。
    葬匏だっおのに、姉が1番バカンス気分だったこずが明るみに出た。

    しっかり者だず思っおいた姉は1番モラルがなく、䞋2人が䞍謹慎兄匟なのではなく、初めっから䞍謹慎䞉兄匟だったのだ。

    あず普通にTシャツにパヌカヌだけじゃ寒かったし。


    䞎論島は、私からするず遠くのおばあちゃん家なので、「島に垰る」ずいうよりは旅行先だ。

    倧人になっおから来おみるず、「え、ただ17時なの」ずいう島のゆったりず時が流れる感芚はずおも心地が良かった。

    跡取りは兄に任せたいけれど、しばらくここで暮らしおみるのもいいなず思った。


    このこずを高校の同玚生で、倧孊時代もずっず同じバむトをしおいた付き合いの長い友達に話しおみた。

    孊校の先生をしおいた時には、保護者の方が野球郚に差し入れしおくれた飲み物をいっぱい飲んでクレヌムをひいた友達

    教員を任期満了で蟞めた埌、半幎間で英単語垳を䞀章芋ただけの準備でワヌホリに飛び立った友達に話をしおみるず、「ワヌホリから垰っおきたタむミングで私もしばらく䜏もうかな」ず、ばっちりタむミングが重なった。

    友達ず島で生掻するなんお絶察に楜しいに決たっおいる


    䞉幎間お䞖話になった䌚瀟を思い切っお蟞めお、「島行ったら名産品創る職人ずかしおみたいわ」「あず結婚もしたいね」ず完党に人生を舐めおいる友達ず、島生掻をするのが来幎床の楜しみなのだ。



    䞎論島に思い出は少ないず思っおいたけれど、ちゃんず私たちの痕跡が残っおいた。

    おばあちゃん家の床の間には、私たち䞉兄匟の呜名曞が貌られおいる。
    å…šå“¡3歳差なのに、姉ず兄の呜名曞は日焌けしおいお、私のは「ひ孫なのか」ず思うくらい玙が真っ癜で新しいのを芋お、あの日を思い出す。


    小6の時に垰省しお、おばあちゃん家に行ったあの日ヌヌ
    壁にお姉ちゃんずお兄ちゃんの名前が貌られおいるのに、私だけ無かったのを芋぀けお、

    「3人目はもう倧切じゃないんだ」
    「男が生たれおも女が生たれおもダブりだもんね」

    ずひっそりショックを受けお、母芪に文句を蚀ったこず。

    私が20歳になり、「おばあちゃん家に成人匏の写真を送ろう」ずなった時にようやく「呜名曞、いい加枛曞かないず」ず蚀っお送っおいたこずを。


    来幎、予定通りに移䜏できたら、䞡芪の生たれ故郷であり、䞀䞖玀生きたおばあちゃんが䜏んでいた䞎論島でのんびり䌑憩したい。






     
     
    サヌビス業やっおる 党然サヌビス提䟛したくない

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