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Photo bymomonotane

だから父は、家族で外食しなかった。

    るい


    子どもの頃、地元に回転寿司屋さんがあった。

    町に、ひとつだけだ。
    そこでしか寿司が食べられないので、休日の夕方は、なかなか混んでいた。

    今のように、ネット予約なんてない。
    だから、混んでいるときは、店の外で呼ばれるのを待った。

    「23番の方ー!」
    お店の人が、直々に呼びに来る。
    それまでは、退屈だ。
    お腹も空いているし。

    でも、店の前の道路を行き交う車を、ぼんやり眺めるのは案外飽きなかった。
    わたしは寿司屋のスロープの手すりに腰かけて、紺色になりつつある夕焼け空や、ついたばかりの街頭を見つめた。


    ◇


    ある日のこと。
    めずらしく、家族そろって回転寿司に行くことになった。

    父は、昔から外食をしない派だったが、この日はなぜか、父もいた。
    母と父とわたしと弟の四人。
    黄色っぽいソファーで仕切られたボックス席に、向かい合って座った。

    くら寿司でも、スシローでもない。
    聞いたことのない名前のお寿司屋さん。
    ボックス席から回転するレーンの中を見上げると、寿司職人のおじさんが真ん中でひしめき合っていた。

    皆うつむき、テキパキと寿司を握っている。
    そこだけが、ぽっかりと光るステージみたいだ。
    わたしたちは、寿司握りショーを見にきた観客。
    おじさんたちは皆、真剣で、誰とも目が合わなかった。



    さて。
    昔は、注文用タブレットなどない。
    開店している寿司を選んで取るか、直接職人を呼ばねばならない。

    回っている寿司は、時々色が悪かったり、米が固かったりする。
    せっかくなら、食べたいものをその場で握ってもらった方が美味しいよ、と母が言った。
    あと、わさび抜きも確かめられるし。


    というわけで、「すみませーん!」と呼ぶ必要がある。
    私たち家族は、誰が声を張り上げるのかと顔を見合わせた。

    「こういうのは、父親が言うものよ」

    母が言った。
    母は、自分の父がしていたこと=父親の仕事だと思っている節がある。

    たしかに、力仕事などは分かる。
    でも、寿司屋で声を張り上げるのは、父親にしかできないことだろうか?
    子ども心に、わたしは首をかしげた。


    なんせ父は、声が小さい。
    父が大きな声で話しているのなんて、見たことがない。
    大声で笑うのも、怒るのも。
    ボソボソと低い声で喋るので、普段の会話ですら聞こえづらい。

    そんな父が、果たして寿司職人を呼ぶことができるのか?
    わたしは、不安になった。


    父は不満そうに、体を起こし、職人たちを見た。
    そして、少しだけ右手を上げて、口をあけた。

    「すいませーん‥」


    当然、声は届かない。
    他にもたくさんのお客さんが、「すみません!」と呼んでいるのだ。
    店内はガヤガヤと騒がしい。
    もっとアピールしなければ、気づかれない。

    父はもう一度、「すいませーん」と言った。
    だめだ、やっぱり気づかれない。

    わたしは、父の声が不発で終わるたびに、かわいそうやら、恥ずかしいやらで、モジモジした。
    もう、レーンに回っているのでいいじゃない。
    早く食べようよ。


    すると、母が横で「はあ」とため息をついた。
    そして、ガッと右腕をあげ、

    「すみません!!!」

    と大声をあげた。
    よく響く声。
    職人の一人がすぐにこちらを見て、「はい!ご注文は?」と聞き返してくれた。

    母は、自分の好きなエンガワ、わたしの好きなハマチとイクラ、弟のためにタマゴを注文した。
    そして父に、
    「アンタは自分で言いなさいよ」と促した。
    父は、ボソボソと自分の欲しいものを伝えた。
    寿司職人のおじさんは「かしこまりました!」と笑ってくれて、すぐに手を動かし始めた。


    __最初から、母さんが呼べばよかったじゃん。

    わたしの心の声がささやく。
    でも、この場では言えなかった。

    母は呆れた顔で、頬杖をついている。
    父が寿司の注文すらできないというのが不満なのだろう。
    対して父も、いたたまれない。
    多分内心では「お前の方が声がでかいんだから、お前が呼べよ」と思っていたはずだ。
    そして、寿司が来るまでの気まずい沈黙。


    ああ、だからか。
    だから父は、外食をしないんだ。


    納得した。
    外で食べるのが嫌いなのではない。
    母と出かけると、父は父らしくいられないのだ。

    わたしはその日から「家族で外食」に憧れるのを、やめた。
    それで何の不都合もなかった。

    ◇

    人には、得手不得手がある。

    声をはって注文するのが苦手な人もいれば、そんなこと気にもしないという人もいる。
    だったらそれを、補い合えばいいじゃないか。
    そんな簡単なことが、どうしてできないの?

    小さかったわたしの中に、くすぶっていた感情が、今になってようやく言語化される。



    父と母と揃って外食したのは、この寿司屋さんが最後だった。
    それ以降は、父とだけ、あるいは母とだけ。
    父とはほとんど行った記憶がない。
    家族そろって行きたいとは、今でも思わない。




    大学生になった頃、父と二人でラーメン屋に入ったことがある。
    わたしは、寿司屋のことを思い出し、すこし緊張していた。

    父は、店員を呼べるのだろうか。
    いざとなれば、先にわたしが呼ぼうか__


    「すいませーん‥!」


    あっという間に、父が店員を呼んでいた。
    寿司屋の記憶よりも、はるかに大きな声で。

    たしかに、店内は空いていて、騒がしくもないし、店員がキョロキョロと注文が来るのを待ち構えていたので、気づかれやすかったのもある。

    でもわたしは、驚いた。
    そして、あの寿司屋は何だったのよ。
    そうツッコミそうになって、やめた。

    父と向かい合って、とんこつラーメンを食べた。
    細麺に、あぶらっこいスープが絡んで、めちゃくちゃ美味しい。

    「このラーメン好きやわ」

    そう言うと、父は麺を啜りながら、「ここ美味いよね」とつぶやいた。
    小さくて、ボソボソと低い声だった。

     
     
     

    るい

     
     
    6歳と4歳の息子の育児中。 育児、家族、暮らし、書くこと、読書したことなど、自分の「好き」や「自分らしさ」を宝箱に詰め込んで。 育休から復帰した小学校教諭。          noouchiさんのアイコンメーカーとてもかわいい。

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