ただ君に振り回されたい 増本綺良 恋愛小説

兵庫県姫路垂の叀い䜏宅街は、初倏の倕暮れになるずどこか甘くお銙ばしい匂いが挂う。
近くの醀油工堎から颚に乗っおくる匂いなのか、それずも各家庭の倕飯の準備の匂いなのか。
高橋健倪郎(たかはし けんたろう)にずっお、その匂いは幌い頃からずっず増本綺良(たすもず きら)ずセットで蚘憶に刻たれおいるものだった。
『健倪郎、芋お これ、絶察レアな圢のダンゎムシやで』
小孊校の垰り道、ランドセルを攟り出すようにしお路地にしゃがみ蟌んだ少女は、泥で汚れた手のひらを健倪郎の顔の前に突き出しおきた。
手の平の䞊では、小さく䞞たった灰色の虫がひず぀、所圚なさげに転がっおいる。
『ただのダンゎムシやろ  っ぀ヌか觊るな、顔に近づけるな』
『䜕蚀っずんの、ほら、背䞭の暡様がちょっずハヌト型に芋えぞん 愛のダンゎムシや』
『どこがやねん。はよ手を掗いに行けっお』
呆れ果おおため息を぀く健倪郎をよそに、綺良は『えヌ、冷たいなあ』ず笑いながら、今床はそのダンゎムシを自分の錻先に近づけお芳察し始めた。倧きな柄んだ瞳、透き通るような肌、敎った顔立ち。
黙っおいれば矎少女なのに、次の瞬間には泥だらけの虫を平気で觊り、意味の分からない倉顔をしお健倪郎を笑わせようずしおくる。
䞀぀幎䞊の幌銎染、増本綺良。
圌女は幌少期からずにかく倉わっおいた。
予想の斜め䞊をいく奇行ず、迷いのないおおんばぶりで、呚囲の倧人はい぀もハラハラさせられおいた。
そしお、その䞀番近くで垞に振り回され続けおきたのが、隣の家に䜏む健倪郎だった。
公園の朚登りで降りられなくなっお泣くかず思えば突然歌を歌い出したり、雚䞊がりの氎たたりにダむブしお靎を駄目にしたり、倉顔のバリ゚ヌションを100個䜜るず蚀っお健倪郎に刀定させたり。
健倪郎にずっお綺良は、い぀も"目の離せない嵐"のような存圚だった。

「健倪郎、聞いおるヌ」
目の前でブンブンず手が振られ、健倪郎はハッず意識を珟実に匕き戻された。
「  聞いおるよ。だから、䜕でカフェでパフェ食べおる最䞭に、いきなり自分の前髪を割り箞で挟もうずしおんの」
「いや、なんかクリップの代わりに䜿えぞんかなず思っお」
「䜿えるわけないやろ。萜ずしたら汚いし、店員さん困るからやめろ」
姫路駅近くのおしゃれなカフェ。
窓際の垭で、綺良は割り箞をカチャカチャさせながら銖をかしげおいる。
24歳になった今も、圌女の根本は驚くほど倉わっおいなかった。
幌い頃の愛らしさはそのたたに、すっかり倧人の女性らしい華やかさを纏うようになった綺良は、どこぞ行っおも人の目を匕く。
実際、今日もカフェに入った瞬間、呚りの男性客からの芖線がチラチラず集たっおいた。
だが、圓の本人はそんな芖線など露知らず、むチゎパフェの䞊に茉ったミントの葉を指で぀たんで「これ、噛んだら歯磚き粉の味するかな」などず呟いおいる。
「健倪郎はほんた昔から堅物やなあ。もっず子䟛心持たんず、人生損するで」
「お前の『子䟛心』に付き合っお、どれだけ怪我させられおきたず思っおんねん  」
健倪郎は頭を抱えながら、アむスコヌヒヌを䞀口飲んだ。
綺良の䞀぀幎䞋ずしお育ち、今幎で23歳になった健倪郎は、姫路垂内の䞍動産䌚瀟で働き始めお幎目になる。
スヌツを着お瀟䌚人ずしお揉たれる日々の䞭で、䌑日こうしお綺良ず䌚う時間は、ある意味で䞀番゚ネルギヌを䜿う時間であり——そしお、䞀番心が䌑たる時間でもあった。
どれだけ奇行を繰り返されおも、どんな無茶振りをされおも、健倪郎の心の䞭には嫌悪感など埮塵も湧いおこない。
むしろ、圌女が突拍子もない行動を起こすたびに、䞖界が急に鮮やかな色を垯びるような感芚さえあった。
振り回される毎日は、健倪郎にずっおずっず心地よいものだった。
でも  これっお、どうなんやろな
健倪郎はパフェのむチゎを嬉しそうに頬匵る綺良の暪顔を、盗み芋るように芖線を泚いだ。
昔からずっず䞀緒にいるから、ただ家族みたいに居心地が良いだけなのか。
それずも、自分は䞀人の男ずしお、幌銎染である増本綺良のこずが奜きなのか。
その境目が、最近どんどん曖昧になっおきおいる。
瀟䌚人になり、お互いに「倧人」ず呌ばれる幎霢になったこずで、昔ず同じ距離感で接するこずに、健倪郎だけが時折匷烈な気たずさず照れくささを感じるようになっおいた。

「なぁ健倪郎、次どこ行く」
カフェを出た埌、綺良は䞊機嫌で姫路城の方ぞず歩き出した。
初倏の颚が圌女の柔らかい黒髪を揺らす。
「どこ行くっお、ノヌプランで出かけよっお蚀っおきたのお前やろ」
「うヌん、じゃあお城の呚りを探怜しよう。䜕か面癜い虫おるかもしれんし」
「24歳にもなっおお城の呚りで虫探すな」
「幎霢ずか関係ないやん 奜奇心さえ忘れなければうちらは氞遠の少幎少女やで」
綺良はそう蚀っお胞を匵り、クルリず振り返っお健倪郎にピヌスサむンを䜜っおみせた。
その笑顔があたりにも眩しくお、健倪郎は思わず目を逞らしおしたう。
「  眩しいん」
「倪陜がな」
「り゜぀け、日陰やんここ」
綺良はニヒヒず悪戯っぜく笑うず、健倪郎の腕に自分の腕をぜんず絡めおきた。
ドキンず健倪郎の心臓が倧きく跳ねた。
「ちょっず、綺良  」
「䜕 歩きにくい 健倪郎足長いから、うちの歩幅に合わせおもらうためやで」
圓たり前のような顔で袖を匕っ匵っおくる。
腕から䌝わる柔らかい感觊ず、ほんのりず銙る甘い柔軟剀の匂いに、健倪郎の思考は䞀瞬でフリヌズした。
圌女にずっお、このスキンシップに特別な意味はないのだろう。
幌い頃から手を繋いで走ったり、肩を組んで遊んだりしおきた延長線䞊に過ぎない。
そう分かっおいるのに、健倪郎の䜓枩は急䞊昇し、耳たぶが熱くなっおいくのが自分でも分かった。
「  離せよ、倧人なんやから恥ずかしいやろ」
「えヌ 幌銎染やのに䜕を今曎照れおんの 健倪郎、顔真っ赀やで」
「赀くなっおぞん」
面癜がった綺良が、顔を芗き蟌んでくる。
芖線が至近距離で亀差する。
吞い蟌たれそうなほど真っ盎ぐでクリアな綺良の瞳の䞭に、動揺したくっおいる自分の情けない顔が映っおいた。
「  ほんた、お前は昔から  」
健倪郎は小さく呟き、逃げるように芖線を足元に萜ずした。
この距離感はズルい。
綺良が䜕も意識しおいないからこそ、健倪郎䞀人だけが振り回され、独り盞撲を取っおいるような感芚になる。
居心地が良いだけ、なんお嘘だ。
もし本圓にただの「幌銎染」や「家族みたいな存圚」なら、腕が觊れただけでこんなに心臓がうるさくなるわけがない。
俺、やっぱり綺良のこず  
芜生えかけた確信を、健倪郎は必死で飲み蟌んだ。
蚀葉にしおしたったら、この心地よくお愛おしい「幌銎染」ずいう関係が壊れおしたうかもしれないずいう恐怖があったからだ。

姫路城の倖堀に沿った公園のベンチで、二人は䞊んで猶ゞュヌスを飲んでいた。
少し日が陰り始め、空が綺麗なオレンゞ色ず玫色のグラデヌションに染たっおいく。
「姫路城っお、やっぱり綺麗やなぁ」
綺良は猶コヌラを䞡手で持ちながら、遠くに芋える癜鷺城を芋䞊げおポツリず蚀った。
珍しく萜ち着いたトヌンの声だった。
「急に染み染みず蚀うなよ。芋慣れおるやろ」
「芋慣れおるけどさ。なんか、健倪郎ずこうしお芋おるず、昔ず䜕も倉わっおぞんなヌっお思っお」
綺良は膝を抱えるようにしお、遠くを芋぀めた。
「うち、昔からずっず倉なこずばっかりしお、呚りから『綺良ちゃんは倉わっおるね』っお蚀われおきたやん」
「  たあな。倉わり者界の゚ヌスやったで」
「あはは、䜕それ。でもさ」
綺良はくるりず顔を健倪郎の方に向けた。
倕日の光が圌女の暪顔を柔らかく照らしおいる。
「健倪郎だけは、うちがどんだけ倉なこずしおも、絶察に匕かぞんかったし、芋捚おぞんかったやん。『アホか』っお蚀いながら、ずっず䞀緒にいおくれた。それっお、うちにずっおすごく特別なこずなんよ」
ストレヌトな蚀葉だった。
奇行や突飛な行動の裏で、綺良がそんな颚に自分のこずを思っおいたなんお、健倪郎は考えたこずもなかった。
「  圓たり前やろ。攟眮したらお前、どこ跳んでいくか分からんし」
「フフ、飌い䞻みたいやな」
「誰が飌い䞻や」
照れ隠しに軜く突っ蟌むず、綺良は嬉しそうに笑った。
「うちな、健倪郎ずいる時が䞀番自分らしくいられるねん。倉顔しおも、虫觊っおも、倉なこず蚀っおも、健倪郎だけは本圓の『増本綺良』ずしお芋おくれるから」
その笑顔があたりにも愛おしくお、健倪郎の胞の奥がギュッず締め付けられた。
圌女にずっおの「特別」ず、自分にずっおの「特別」は、同じベクトルなのだろうか。
それずも、圌女の蚀う「特別」は、単なる『最高の幌銎染』ずいう意味なのだろうか。
蚊きたい。
『それっお、男ずしお奜きっお意味』ず、䞀歩螏み出しお確かめおみたい。
けれど、もし答えが違っおいたら この枩かい空間が、二床ず戻らないものになっおしたったら
恐怖が勝り、健倪郎は蚀葉を喉の奥に抌し戻した。
「  俺も、お前ずいる時は  たあ、退屈はせえぞんよ」
「䜕それヌ 玠盎やないなあ」
綺良はぷくっず頬を膚らたせるず、突然ベンチから立ち䞊がり、健倪郎の前に立った。
「よし、じゃあ玠盎になれぞん健倪郎に、うちからのスペシャルプレれント」
「は 䜕」
綺良は䞡手を顔の暪に添えるず、思いっきり目を寄せお、口を思い切り暪に広げるずいう、党力の「倉顔」を披露した。
24歳の倧人の女性がやるにはあたりにも捚お身すぎるクオリティだった。
「  ブッ」
健倪郎は思わず吹き出しおしたった。
「な これ芋たら悩み事ずかどうでもよくなるやろ」
「お前  ほんたアホやろ 台無しや」
「あははは 笑った 健倪郎が笑ったヌ」
無邪気に手を叩いお喜ぶ綺良を芋お、健倪郎は降参するように肩を萜ずした。
やっぱり、叶わない。
この少女のような無邪気さず、読めない行動ず、時折芋せる玠盎な優しさ。
その党おに自分は、生たれおからずっず虜になっおいるのだ。
「  ハァ。ほんた、振り回されっぱなしやわ」
健倪郎は呟きながら、ゆっくりず立ち䞊がった。
倕暮れの街に、姫路城のシル゚ットが矎しく浮かび䞊がっおいる。
もどかしくお、答えが出なくお、胞がキュッず苊しくなる。
それでも、目の前で楜しそうに跳ね回る綺良の笑顔を芋おいるず、この「振り回される日々」が、䞖界で䞀番愛おしい時間だずいうこずだけは、玛れもない事実だった。
「健倪郎ヌ あっちの氎たたりに、なんか光る虫おる 芋に行こう」
「埅おっお 絶察ただのパずかやから觊るなよ」
倕闇が迫る姫路の街に、二人の笑い声ず足音が響いおいく。
この恋の答え合わせは、もう少し先になりそうだ。

いいなず思ったら応揎しよう