第11話:血管急流(ブラッド・ラッシュ)と、心臓の鼓動
真っ赤な激流に飲み込まれた瞬間、私はかつてないG(重力)を感じた。
そこは「血管」という名の、超高速の生体地下鉄だった。
「ひぃぃぃ! 速すぎる! これじゃ中和どころか私が溶けちゃう!」
視界を流れるのは、巨大な赤い円盤——赤血球の群れ。彼らは酸素を運ぶという使命を帯び、凄まじい流速で迷宮の深部へと突進している。リボンちゃんが咄嗟に私の全身を包み込み、流線型の「防護シェル」になってくれたおかげで、なんとか生身を保てていた。
私は、リボンちゃんの隙間から見える光景を必死にノートへメモする。
環境:強烈な拍動に合わせて、流速が周期的に変化する。これは魔獣の「心拍」と完全に同期している。
階層間移動:血管は全階層を繋ぐ唯一の「インフラ」であり、ここを通れば、胃から脳、そして心臓へと最短距離で移動できる。
リスク:異物混入を感知した脾臓やリンパ節の「検問所」を突破しなければならない。
「待って、リボンちゃん! あそこ、何か大きな『門』が見えるわ!」
前方、血管の分岐点に、網目状の巨大な「フィルター」が立ちはだかっていた。
それは古くなった細胞を壊し、外敵を捕獲する「脾臓(ひぞう)」の入り口。騎士が流し込んだ毒のせいで、防衛システムが過敏になっているのか、フィルターには無数の棘が備わっていた。
「このままじゃ串刺しだよ! どうすれば……」
その時、背後から凄まじい殺気が迫る。
なんと、紫の瞳の騎士が、自らの剣を血管の壁に突き刺し、ブレーキをかけながら追いすがってきたのだ。その鎧はボロボロだが、瞳の紫光はさらに増している。
「ネズミめ……。この血の川を墓場にしてくれるわ!」
絶体絶命。だが、私は気付いた。
騎士が剣を突き刺した場所から、大量の「毒液」が血管内に漏れ出している。彼は自分の命を削ってでも、魔獣の循環系を汚染し、私を道連れにしようとしているのだ。
「……そんなこと、させない! リボンちゃん、全粘液をあの騎士の『毒の傷口』に集中させて!」
私はリボンちゃんの粘液を「絆創膏」のように使い、騎士が広げた傷口を塞ぎにかかった。
生物は、傷つけば修復しようとする。私はその「自己治癒能力」を、リボンちゃんの特製粘液で爆発的に加速させたのだ。
「なっ、何をしている……!? 傷が塞がっていく……だと!?」
傷が塞がった瞬間、血管内の圧力が一気に高まった。
逃げ場を失った騎士は、逆に血流の圧力に押し戻され、上層の「肝臓(デトックスルーム)」へと強制送還されていく。
「さようなら、騎士さん。お酒も飲まないのに肝臓でじっくり洗われてきて!」
私たちはフィルターのわずかな隙間を、スライムの柔軟性でくぐり抜けた。
その先——ドクン、ドクンと、世界を揺らすほどの巨大な音が響く。
そこは、この多層ダンジョンのエネルギー源。
黄金色に輝く、巨大な「心臓(コア)」が脈動する最深階層だった。
「ついに着いた……。ここが、この『胃世界』の本当の心臓部」
しかし、その心臓には、すでに黒いカビのような「呪い」が根を張っていた。
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