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Photo byuchaka

䞍登校の兄を芋おきた私が、嚘に「䌑んでいいよ」ず蚀った日

    䞭孊から䞍登校になった兄を持぀嚘が、ある日、

    「孊校行きたくない」

    ず泣きながら話しおくれた。

    嚘は䞭孊3幎生。

    兄ずは正反察のタむプで、友達も倚く、明るくお、おしゃれが倧奜きな子だ。

    小孊校時代から孊校を楜しみ、䞭孊に入っおからも郚掻や友達ずの時間を満喫しおいた。
    䌑日はメむクをしお遊びに行き、キラキラした孊生生掻を送っおいるように芋えた。

    だから私は、どこかで思っおいた。

    「この子は倧䞈倫だろう」
    ず。


    でも、その元気そうに芋える嚘が、限界を迎えおいた。

    嚘が抱えおいた「しんどさ」


    嚘が小孊校6幎生の時、兄は䞍登校になった。

    我が家は離婚や再婚も経隓しおいお、子どもたちにはたくさんの寂しさや䞍安を䞎えおきたず思う。

    嚘自身も、小孊生の頃に少し䞍安定になった時期はあった。

    でも嚘は、ずにかく気が匷い。

    兄のように内偎ぞ閉じこもるタむプではなく、倖ぞ倖ぞ向かうタむプだった。

    だから私は、嚘の“匷さ”に安心しおしたっおいたのかもしれない。

    äž­å­Š1幎、䞭孊2幎。嚘は本圓に楜しそうだった。

    友達ず笑い、郚掻をしお、䌑日は遊びに行く。

    家でも孊校の話をたくさんしおくれた。

    でも䞭孊3幎生になっおから、少しず぀空気が倉わった。

    仲の良い友達ず同じクラスになれたこずを、最初は喜んでいた。

    ただ、そのグルヌプの他の3人は、䞭孊1幎生の頃から同じクラスだった子たち。

    嚘だけが少し埌から入るような空気感があったようだ。

    嚘は明るく、堎を盛り䞊げるタむプで、ふざけたり、テンション高く笑わせたり。
    それたでは、そんな自分を呚りが受け入れおくれおいた。

    でも䞭3になっおから、

    嚘が話したこずに察しお顔を芋合わせおクスクス笑われたり、発蚀をスルヌされたり。

    そんな小さなこずが積み重なっおいった。

    嚘は時々、

    「なんか居づらいんだよね」

    ず話しおくれおいた。

    でも私は、その時点ではそこたで深刻に受け止めおいなかった。

    「孊校行きたくない」ず泣いた倜


    その日むすめは孊校垰りに遊んで垰っおきた。

    家では「疲れた〜」ず蚀いながら゜ファでゎロゎロしおいた。

    私は、い぀も通り家事をしお、先に寝宀ぞ行っおいた。

    そこぞ、お颚呂䞊がりの嚘が来お、

    「ママ 孊校行きたくない」

    ず泣き出した。

    これは結構しんどいずころたで来おるかもしれない‥
    そう感じた。

    嚘は泣きながら、

    「もう疲れた」「みんなの顔色芋ちゃう」「ずっずしんどかった」

    ず話しおくれた。

    空気を読んで、無理しお笑っお、自分を合わせ続けおいたんだず思う。

    「䌑んでいいよ」
    ず䌝えるず

    「明日の朝、䌑むか決める」
    ず嚘は話しお寝た。

    朝、私はい぀も通りお匁圓を䜜り、嚘を起こした。
    嚘は䞀床起きおきたけれど、衚情は暗かった。

    「今日は䌑んだら」

    ず声をかけた。

    嚘は「うん」ず蚀っお、その日は孊校を䌑み、昌過ぎたで寝おいたらしい。

    お匁圓も半分以䞊残っおいた。

    䜓も心も、きっず限界たで疲れおいたんだず思う。

    「お兄ちゃんが䞍登校になっおも、倧䞈倫だった」ず䌝えお

    その日の倜は嚘の奜きなものを食べに行った。
    車の䞭で私は嚘に、

    「このたた䞍登校になっおもいいんじゃない」
    ず蚀うず、

    嚘は驚いた顔で、

    「なんでそんなこず蚀うの」
    ず聞いた。

    私は、
    「ママ、お兄ちゃんを芋おきたから‥」
    ず、私の思いを䌝えた。

    äž­å­Š3幎から孊校ぞ行けなくなり、ほが䞞2幎匕きこもっおいた息子。

    家から出られず、人ずも䌚えず、髪もボサボサで、昌倜逆転しおいた時期もあった。

    圓時の私は、䞍安でたたらなかった。

    盞談機関や病院ぞ行き、いろんな人に盞談したが解決しなかった。

    長い幎月はかかったけれど、今、息子は少しず぀前ぞ進んでいる。

    通信制高校で良い友達にも恵たれた。

    長い間ほずんど勉匷しおこなかったけれど、「倧孊ぞ行きたい」ずいう気持ちが出おきおからは、塟ぞ入り受隓勉匷にも向き合い始めた。

    瀟亀䞍安障害の治療は今も続いおいる。

    でも、友達ず笑っお、奜きなバンドをやっお、倖ぞ出かけお、䞀人旅たでできるようになった。

    将来やりたいこずも少しず぀芋えおきお、自分の人生をちゃんず歩き始めおいる。

    そんな息子を芋おきたからこそ、私は嚘に心から思えたんだず思う。

    無理しお孊校ぞ行く必芁はないし、
    孊校だけが居堎所じゃない、

    ず。

    もし今、無理しお孊校ぞ行き続けお、嚘の心が壊れおしたったら、
    その回埩には、きっず長い時間がかかる。

    私はそれを、息子を通しお間近で芋おきたから、頑匵っお行かせるより、“早めに䌑む”を遞びたかったんだず思う。

    もしあの時、

    「こんなこずで䌑たないよ」

    ず私が蚀っおいたら、嚘はきっず孊校ぞ行っただろう。

    でも、その無理を続けおいたら、心は確実に削られおいたんじゃないかず思う。

    「嫌だった」を䌝えられた嚘


    嚘はその埌、自分が傷぀いおいたこずを友達にちゃんず䌝えお、仲盎りができたようだ。

    私は嚘に、

    「嫌だったず䌝えおも倉わらない友達なら、無理しお䞀緒にいなくおいい」

    ずも話しおいた。

    どれだけ仲良しだったずしおも、自分を傷぀け続ける関係なら離れおいい。

    ちゃんずたた、自分が安心しお笑える友達も居堎所もできるから、ず。


    今回、嚘はちゃんず「䌑む」を遞べお、

    そしお私は、それを認めるこずができたから、

    嚘は、䞀床しっかり゚ネルギヌを回埩させお、自分の気持ちを盞手ぞ䌝える力を取り戻せたんじゃないかず思う。

    通信制高校に進孊しお知った、普通にずらわれなくお良いずいうこず


    私は息子の䞍登校を経隓しお、

    “普通に孊校ぞ行っお、普通に進孊しお、普通に生きる”

    それだけが幞せじゃないず知った。

    通信制高校だからこそできる経隓もある。

    時間があるから、自分ず向き合える。

    奜きなこずに打ち蟌める。

    必芁な勉匷を、自分のペヌスで進めるこずもできる。

    倧孊だっお、専門孊校だっお、進路を遞んでいくこずもできる。

    だから私はもう、

    「普通のレヌルから倖れたら終わり」

    ずは思わなくなった。

    むしろ、子どもが壊れおしたう前に、

    「䌑んでいい」

    ず蚀えるこずの方が、ずっず倧切なんじゃないかず思っおいる。

    おわりに

    息子を芋おきお私が感じるこずは、
    䞍登校になるこずが問題なのではなく、その子がどれだけ苊しみながら毎日を過ごしおいるのかに目を向けるこずの方が倧切なのだずいうこずだ。

    私は息子の䞍登校を経隓するたで、「孊校ぞ行くこず」が圓たり前のこずだず思っおいた。

    でも今は違う。

    本圓に倧切なのは、孊校ぞ行くこずではなく、その子が安心しお生きおいられるこず。

    安心しお䌑めるこず。

    「぀らい」ず蚀えるこず。

    そしお、「このたたの自分でいおいい」ず思えるこずだ。

    今回、嚘は勇気を出しお「孊校ぞ行きたくない」ず話しおくれお、それを受け止め、「䌑んでいい」ず䌝えたこずで、

    たった䞀日の䌑息だったけれど、その時間が嚘にずっおは、自分の気持ちを敎理し、友達に本音を䌝える力を取り戻す時間になったのかもしれない。

    䞍登校だった息子も、今は少しず぀自分の人生を歩き始めおいる。

    孊校ぞ行けおも、行けなくおも
    遠回りしおも、立ち止たっおも
    子どもはそれぞれのペヌスで成長しおいく。


    「このたたでいい。あなたのたたでいんだよ」ず、

    子どもたちにも、そしお今、悩みの䞭にいる芪埡さんにも、䌝えおいけたらず思う。

     
     
    䞍登校・ひきこもりを経隓した息子は瀟亀䞍安障害の治療䞭。倧孊受隓をめざす通信制高校3幎生。瀟䌚犏祉士である私の思い、日々の出来事など曞き残しおいたす。 公匏LINEで🌱䞍登校・ひきこもり盞談宀🌱始めたした。お気軜にメッセヌゞください。 https://lin.ee/ntqQD2a

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