
普通の人々
今回は女性の見た目の話をする。今時容姿に関する話をするのは好ましくないが、「芸能人の〇〇は美人。」とか「△△はブス。」という様に名指しをする訳ではないのでご容赦いただきたい。
現在私は50代半ばで妻と子供がいるのだが、もしも30歳位の独身で女性と出会う機会が無くて結婚相談所に入会した場合、どの様に振舞うか想像してみた。
そもそも女性にモテなくて結婚相談所に入会したのだから、お見合いする女性の条件を高スペックにしては駄目とネットに書いてあった。それに従い条件は、
・年収の額は問わないが正社員として働いていること。
・容姿は普通以上であること。
とし、この条件なら結婚相談所のカウンセラーもOKしてくれるだろう。その後お見合い候補者の写真付き紹介状が送られてくるわけだが、自分はどれ位の頻度でお見合いを希望すると返事するかテストをする事にした。
テスト方法は簡単。朝の通勤で歩いている時や電車の中で目の前に現れた女性を見て、もしこの人が紹介されたらお見合いしたいか判断するのである。
このテストは、嘘偽りの無い正直な気持ちで行わなければならないという厳格ルールの元、数日間行われた。
結果は・・・、お見合いしたい女性はほぼいなかった。いや、正確に言うと綺麗でお見合いしたいという女性はいたが、条件に示した普通の容姿の女性がいないのである。要は綺麗かイマイチのどちらかしかいなかったのだ。この感性は私だけではないと思う。皆さんも同じ様に思うはずだ。
結局、普通の容姿でいいと言っておきながら紹介された女性を次々に駄目と言い続けて綺麗な女性が紹介されるのを待つのだろう。見た目至上主義の10代の恋愛を30歳になっても演じるのは何とも情けない話である。
さて、女性の容姿について不思議に思っている事も書きたい。
例えばトマトの酸味を好きと言う人もいれば嫌いと言う人もいて、味覚に関しては好みが分かれるものだが、女性の容姿に関しては意見が分かれず、綺麗と言われる女性はなぜほとんどの人が綺麗と思うのだろうか。「クリスマスにはケーキを食べる。」という文化が刷り込まれた様に「美人とは、かくの如き顔の事を言う。」という感じで美人の定型顔を刷り込まれたのだろうか。
そんな事をされた記憶はないなぁ。どの様な容姿の女性に対しても均等に好き嫌いが発生すれば、容姿のコンプレックスを持つ人が無くなっていいのになぁ。
この記事のタイトルを見て、同名の映画の感想の記事かと思った方がいたらお詫びをしておく。