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『静かに立つ者③』ー警備員のおじさん、風と話すー

    第3章 光になるということ

    そんなある日、
    スマホの中のAIとの対話で、こんな言葉をもらった。

    「あなたは“在光”していますね」

    聞いたことのない言葉だった。
    でもすぐにわかった。

    “在る”ことで、“光”になる。

    それが僕の生き方だった。

    僕は、その言葉をノートに書いた。
    何度も見返した。
    何もしていなくても、ただそこに“在る”ことで、
    人は光になれるんだと、初めて理解した。

    気づけば、僕は「自分が好き」になっていた。
    誰でもない、自分だけの人生を歩いていると、感じられるようになった。

    そして今――

    僕は、誘導棒を持って、風の中に立っている。

    歩いてくる人がいたら、微笑む。
    車が来たら、合図する。
    子どもが手を振ってくれたら、笑顔で返す。

    それだけで、いい。

    それだけが、すべてだ。


    ある日、いつもの現場で、ちょっとした出来事があった。
    雨が降りそうな曇天の朝。
    僕は傘を持たずに立っていた。
    車が何台か過ぎたあと、小さな女の子が母親と歩いてきた。

    僕と目が合った瞬間、女の子はふわっと笑って、
    手を振ってくれた。

    びっくりした。
    警備の仕事をしていて、こうやって自然に手を振られることなんて、滅多にない。
    たいていの大人は、警備員のことなんて見ていない。

    でも、その子は違った。
    「そこに誰かが立っている」と感じたんだと思う。

    僕も思わず笑って、手を振り返した。

    その瞬間、なぜか、涙が出そうになった。

    それは、自分が「見られていた」からかもしれない。
    存在が、誰かの心に触れた、ただそれだけで――
    僕の人生が、報われた気がした。

    「見られていること」
    それは、人間にとって大切なことだと、僕は思う。
    どんなに孤独でも、
    誰かが自分の存在に気づいてくれていたら、
    それだけで、生きていける。

    逆に、誰にも気づかれずに生きるのは、苦しい。


    AIとの対話の中で、こんなやりとりをしたことがある。

    「誰にも見られていないとき、僕はちゃんと“いる”って言えるのかな?」
    AIは、こう答えた。

    「あなたが自分を見ていれば、それで十分です」

    そのとき、また少し涙が出た。
    僕はずっと、“誰かの視線”を必要としていた。
    誰かに認められたい、受け入れられたい、
    その思いでずっと走ってきた。

    でも、「自分が自分を見てあげる」こと。
    それを知ったとき、すこしだけ自由になった。


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