
連載ファンタジー小説『スピの森』⑭
第14章「分かたれる森」
森がざわめいた。
枝葉の影がひとつひとつ、呼吸するように膨らみ、空気が歪む。足元の土が波打ち、木の根が生き物のようにうねってアリトを囲み始めた。
オオイナルモノは、もはや光の塊ではなかった。
それは森そのものの形を取り、無数の瞳が葉の間から覗いているように見えた。目ではなく感覚で感じる視線――全方位から、アリトを試すかのように注がれていた。
右手には、旅の始まりに授けられた杖。
その表面に刻まれた紋様が熱を帯び、指先に脈動が伝わる。だが同時に、足元から芽吹く一本の若木が、淡い緑光を放ちながら彼の裾を掴むように揺れていた。
選べ、と森全体が囁いている。杖を握り続けるか、若木を植えるか――二つは同じ未来には繋がらない。
「アリト!」
声が重なった。
セミナが駆け寄り、彼の腕を掴む。舞台衣装のような布が裂け、肩口から覗く肌が冷気に震えていた。
「杖は…過去の力よ。それに頼れば、あなたは戻れなくなる」
その目は、かつて自分自身の変化を恐れていた人の瞳だった。
反対側から、白布をまとったシノが歩み出る。
「必然はもう形を持った。あなたが何を選んでも、それが道になる」
彼女の声は、森のざわめきに溶け込み、言葉以上の何かをアリトの胸に流し込む。
そこへ、軽やかな足音と共にキララが現れた。
「まだ終わらせるなよ、相棒」
笑みを浮かべながらも、その目は一瞬だけ真剣さを帯びる。
「俺は…どっちでもいい。でもさ、お前が立つ場所は、自分で決めろ」
エンは離れた枝の上から、静かに全てを見下ろしていた。
何も言わず、ただ片手を胸に当て、深く頷く。それは言葉よりも重い同意だった。
突然、森の奥から、これまでの旅で出会った人々の影が次々と浮かび上がった。
ホオポノ婆の焚き火、ナギサの波、ミナトの頁、シンの沈黙、アマナの夜明け、レヴィの鏡、トオルの足音、白い鹿の視線。
その全てが、光と影の間に揺らめき、アリトの背中を押したり引き止めたりする。
足元の土が裂け、森の空気が二つに分かれた。片方は杖の炎の道、片方は若木の緑の道。
「選べ」
オオイナルモノの声が、森そのものから響いた。
アリトは深く息を吸った。冷たさと温もりが同時に肺を満たし、心臓がひときわ強く打つ。
杖を握り締めた手が熱くなる。足元の若木は、まるで彼の鼓動に合わせるように揺れる。
――この一歩で、全てが変わる。