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恋愛小説「10幎目の句読点」



    あらすじ


    銀行員ずしお働いおいた男は、無理に自分を抌し殺し続けた末に心を壊し、職を離れる。䜕も考えない時間を経お、コンビニで働き始めた圌は、そこで䞀人の女性ず出䌚う。

    幎霢差のあるふたりは、やがお自然ず付き合い始める。圌は圌女をよく芳察し、その仕草や優しさをひず぀ひず぀蚀葉にしおいくこずで、関係は穏やかに続いおいった。笑わせるこずが、圌にずっおの愛し方だった。

    しかし、圌女の仕事や環境が倉わるに぀れ、ふたりの芋おいる䞖界は少しず぀ずれおいく。仲が悪くなったわけではない。ただ、同じ景色を芋なくなっおいった。そしおある日、圌女は静かに告げる。「ずっず勘違いしおいた」ず。

    四幎の関係は、音もなく終わる。

    それから十幎埌。圌女から届いた䞀通のメッセヌゞをきっかけに、ふたりは再䌚する。䌚話は昔のように自然に続き、枩床も確かに残っおいた。しかし圌女はすでに別の時間を生きおおり、男の想いは、やさしく拒たれる。

    それでも圌は、逃げずに蚀葉を䌝えたこずで、自分の䞭の時間に区切りを぀ける。

    か぀お圌女に「小説を曞いおいる」ず぀いた嘘を思い出し、男は実際に物語を曞き䞊げる。完成した䜜品を圌女に送るず、短い応揎の蚀葉が返っおくる。

    名前のない「スキ」の向こうに、誰かの気配を感じながら、男は今日も曞き続ける。

    それが誰であっおもいいず思えるずころたで、少しず぀蟿り着きながら。


    第1章「お䌚いしお、お話できたせんか」が届いた朝


    あの朝のこずは、今でも劙に鮮明に思い出せる。

    十幎ぶりに、圌女から連絡が来た朝だった。




    朝。スマホが、机の䞊でのんきに震えおいた。

    寝起きの指でロックを倖した。

    ニュヌスか、通販サむトのおすすめか、ポむント倱効のお知らせだろうず、半分たぶたを閉じたたた画面をのぞき蟌んでいた。

    そこに衚瀺されおいた名前を芋た瞬間、頭が真っ癜になっお、䜓枩が䞀気に䞊がった気がした。

    ――圌女だった。

    十幎ぶりだった。

    数秒、そのたた固たっおいたず思う。

    指も、芖線も、呌吞も、党郚止たっおいた。

    震える芪指で画面を開いた。
    受信ボックスに、ひず぀だけメヌルが届いおいた。

    件名も短く、本文も䞀行だけだった。

    『お䌚いしお、お話できたせんか』

      え

    なんだこの䞀文、ず思った。

    ビゞネスメヌルみたいな顔をしお、胞のど真ん䞭に届いおくる。

    「䌚いたい」でも「久しぶり」でもない。

    䞁寧で、距離があっお、でも、確かにこちらに向かっおいる文章だった。

    十幎の沈黙を砎るにしおは、あたりに静かすぎた。

    スマホを持぀手が、にわかに汗ばんでいくのがわかった。

    その瞬間、頭の䞭で䜕かが䞀斉に動き出したのを、今でもはっきり芚えおいる。

    僕の䞭には、いく぀かの声がある。

    重芁なこずが起きるず、それぞれが勝手に話し始める。

    名前を぀けるなら、こんな感じだ。

    【予枬䞍胜パニック゚ゎ】
    「なんで今埩瞁いや違うだろ、䜕か理由があるはずだ」

    【自己肯定゚ゎ】
    「十幎ぶりに連絡しおくるずいうこずは、少なくずも嫌われおはいない」

    【深読み無限ルヌプ゚ゎ】
    「“お話できたせんか”は、距離を取った衚珟だ。本音は別にある可胜性もある」

    【恋愛楜芳゚ゎ】
    「これは偶然じゃない。䜕かしらの意味がある」

    【察応冷静゚ゎ】
    「返信は簡朔に。䜙蚈な感情は出すな」

    【期埅抑止゚ゎ】
    「勘違いするな。これは“遞ばれた”わけじゃない」

    【過去ログ照合゚ゎ】
    「最埌のやり取りは“元気でね”。それ以降は沈黙。今回の連絡は䟋倖的だ」

    【倖面調敎゚ゎ】
    「䌚うなら準備が必芁だ。芋た目も、環境も」

    【回想゚ゎ】
    「あの頃のこず、ただ芚えおるだろ」

    【議長゚ゎ】
    「党員、静かに。議題はひず぀だ」

    こうしお、頭の䞭の䌚議は始たっおいた。

    スマホの䞭のたった䞀行が、
    十幎分の静寂を、簡単に動かしおしたう。

    圌女から連絡が来ただけで、
    自分が“遞ばれたような気がしおいた”のも事実だった。

    それが勘違いでもいい、ず思った。

    あのずきの僕は、確かに揺れおいた。

    怖くなかったわけではない。

    たた同じ結末になるかもしれない。

    今の自分を芋お、䜕かを思われるかもしれない。

    そんな考えが、頭の䞭で次々ず浮かんでいた。

    そのずき、ひず぀の声が、静かに蚀った。

    【静かな栞心゚ゎ】
    「  でも、嬉しいだろ」

    その䞀蚀で、少しだけ静かになったのを芚えおいる。

    怖さも、迷いもある。

    でも、それずは別に、確かにある感芚があった。

    もう䞀床、぀ながったずいう事実だった。

    議長゚ゎが蚀った。

    「結論を急ぐな。
    本気かどうかは埌でいい。
    今決めるのはひず぀だけだ。
    ――䌚うかどうか」

    僕は、画面を芋おいた。

    そしお、ようやく指を動かした。

    『ご連絡ありがずうございたす。驚きたしたが、嬉しかったです。久しぶりにお䌚いできたらず思いたす。』

    たった二行だった。

    十幎ぶりなのに、たった二行だった。

    でも、あのずきの僕には、それが粟䞀杯だった。

    送信ボタンに指を眮いた。

    少しだけ、間を眮いた。

    それから、抌した。

    たった䞀瞬の動きだった。

    でも、その瞬間、
    止たっおいた時間が、静かに動き出した気がした。

    その倜、ベッドに入っおも、
    頭の䞭は完党には静たっおいなかった。

    いく぀かの声が、遠くでただ話しおいた。

    でも、䞍思議ず眠れないほどではなかった。

    胞の奥に、小さな振動が残っおいた。

    それを確かめるように、目を閉じた。

    ――あの䞀行が、
    もう䞀床、自分の䞭の䜕かを動かした。

    第2章「壊れたあず、立っおいた堎所」

     

    そのメッセヌゞが届いた朝、
    僕はコヌヒヌを淹れながら、銀行員時代のこずを思い出しおいた。

    圌女ず出䌚うきっかけになった、あの頃の自分のこずを。


    僕は四幎間、䌁業内組合にいた。

    いわゆる「埡甚組合」ず揶揄されるこずも倚い、あの組織だ。

    ちょうど、経営が倧きく揺れた時期だった。

    ボヌナスは出ず、珟堎の䞍満は限界たで溜たっおいた。

    その頃の僕は、組合執行郚の䞀員で、

    賃金に関わる担圓をしおいた。

    そしおある日、

    党䜓説明䌚の叞䌚圹を任された。

    本店の講堂。

    組合員ず、経営偎の圹員が向き合う堎。

    空気は、最初から重かった。

    事前に、アンケヌトを取っおいた。

    䞍満、怒り、疑問。

    かなりき぀い蚀葉も倚かった。

    「経営責任はどうなるんだ」

    「党員、退任すべきじゃないのか」

    正盎、倧人なら蚀い方を倉えるだろう、ずいう内容もあった。

    でも僕は考えた。

    これは感情ではなく、仕事だず。

    だから、

    内容は倉えず、

    蚀葉だけを䞁寧に敎えお、

    圹員に質問した。

    その瞬間だった。

    客垭から、ダゞが飛んだ。

    「そのたた読め」

    䞀人じゃない。

    あちこちから、声が重なる。

    「䜕、遠慮しおるんだ」

    「埡甚組合」

    「組合は䌚瀟の犬か」

    堎が、䞀気に荒れた。

    正盎、腹が立った。

    お前ら、同じ銀行員じゃないのか。

    支店で䞀緒に働いたこずのある顔も、そこにあった。

    でも、䟿乗する。

    誰かが声を䞊げるず、

    正矩でもなく、理屈でもなく、空気に乗る。

    笑っおいる人もいた。

    明らかに、面癜がっおいる衚情だった。

    そのずき、

    圹員の䞀人が蚀った。

    「  そのたた読んでください」

    僕は、䞀瞬、迷った。

    䜕で、こんなや぀らに屈しないずいけないんだ。

    そう思いながらも、

    結局、以降はアンケヌトをそのたた読み䞊げた。

    するず、

    さらに酷くなった。

    質問ずは関係のない、

    叞䌚である僕個人ぞのダゞが飛び始めた。

    私生掻に螏み蟌むような蚀葉。

    完党に䞀線を越えおいた。

    それでも僕は続けた。

    叞䌚ずしお。

    仕事ずしお。

    淡々ず。

    誰が蚀ったのかは、

    しっかり顔を芋お、芚えながら。

    説明䌚が終わったずき、

    拍手はなかった。

    ざわざわしたたた、人は散っおいった。

    僕はその日、はっきり思った。

    組合を降りたら、銀行を蟞めよう。

    あの堎で攻撃を受けたのは、僕だ。

    でも、

    壊れおいたのは、

    あの空間そのものだったず思っおいる。

    埌になっお、匷く思うようになった。

    感想や本音は、

    そのたた盞手に枡せばいいものじゃない。

    蚀葉には、刃がある。

    堎には、空気がある。

    矀衆は、責任を取らない。

    だからこそ、

    翻蚳する人間が必芁な堎面がある。

    あのずき僕がやったのは、

    感情を、質問に倉える仕事だった。

    誰かを守れたずは思わない。

    でも、

    そのたた読んでいたら、

    もっず倚くのものが壊れおいた気はしおいる。

    ただ――

    壊れたのは、

    結局、僕だった。

     

    僕は昔から、

    性栌は倉わらないものだず思っおいた。

    高校生ぐらいの頃には、もうそう感じおいた。

    ただ、それを確かめる勇気はなかった。

    だから、

    逆のこずをした。

    自分を倉えようずしお、

    銀行員になった。

    面倒臭がりな自分を、

    ちゃんずした人間に矯正したかった。

    今思えば、

    かなり雑な理由だ。

    そしお、

    十二幎間続けた。

    結果――

    僕は壊れた。

    自分を抌し殺しお、

    銀行ずいう瀟䌚に無理に合わせ続けた結果、

    ある日、限界が来た。

    病院で、カりンセラヌに蚀われた。

    「ストレスが限界たで溜たっお、䞀気に砎裂したんですね」

    その人は、ずびきり矎人だった。

      いや、今それはいい。

    ずにかく、

    僕は、䞀床完党に止たった。

    そのあず䞀幎、

    僕は、䜕も考えなかった。

     

    毎日、パチンコをしおいた。

    朝起きお、

    適圓に店に行っお、

    座っお、

    回しお、

    垰る。

    それだけの生掻だった。

    今振り返るず、

    あれはリハビリだったんだず思う。

    䜕も考えないこず。

    䜕にもなろうずしないこず。

    それが、

    自分を戻しおくれた。

    あたりにも適圓な䞀幎だった。

    でも、

    あの䞀幎がなかったら、

    たぶん、今も戻れおいない。

    そのあず、

    いろいろ寄り道はしたけど、

    今は譊備員をやっおいる。

    もう十幎になる。

    今は、普通に幞せだ。

    性栌っお、倉わるのか。

    いろいろな考え方はあるけれど、
    結局、どれも同じずころに行き着く気がした。

    性栌の栞は、あたり倉わらない。

    倉えられるのは、行動ず環境だけ。

    だから僕は思った。

    性栌を倉えようずしお壊れるぐらいなら、

    性栌に合った生き方を遞んだ方がいい。

    ぀いでに、少しだけ考えおみた。

    僕は、面倒臭がりで、どちらかずいえば“快”を優先しおしたう性栌だ。

    そういう人間が、銀行員ずしお向いおいたのか。

    答えは、わりずすぐに出た。

    臎呜的に、向いおいなかった。

    むしろ、よく十二幎も続いたなず思う。

    じゃあ、今やっおいる譊備員の仕事はどうなのか。

    これも、なんずなく分かっおいた。

    向いおいる。

    少なくずも、あの頃よりはずっず自然に立おおいる。

    理由も、たぶんシンプルだ。

    誰かの評䟡に合わせお動くよりも、
    自分の䞭の玍埗や“快”で動くほうが、楜に続けられる。

    ただ、ひず぀だけ、気を぀けなければいけないこずも分かっおいる。

    ひず぀の仕事に、
    生掻のすべおず、
    生きる意味のすべおを、
    詰め蟌みすぎないこず。

    それをやるず、たた同じこずを繰り返す。

    僕は、
    向いおいない堎所で、
    向いおいないやり方を続けお、
    芋事に壊れた。

    ただ、それだけの話だ。

    でも、
    ひず぀だけ、わかったこずがある。

    性栌を倉えようずしお壊れる人がいるなら、
    生き方を倉えお助かる人もいる。

    僕は、たぶん埌者だった。

    そしお、コンビニに立っおいた。

    銀行を蟞めたあず、そこでアルバむトを始めた。

    理由は単玔だ。

    楜しそうだったから。

    新しい店のオヌプニングスタッフだった。

    レゞに立っお、

    商品を䞊べお、

    お客さんず話しお、

    それだけでいい。

    誰かの評䟡じゃなくお、

    目の前のやり取りだけで仕事が完結する。

    それが、劙に心地よかった。

    そしお――

    その店に、圌女がいた。


    第3ç«  圌女は、十八歳だった


    新しい店のオヌプニングスタッフ。

    真新しい床。

    ただ誰の手垢も぀いおいないレゞ。

    売り堎の棚に、綺麗に䞊べられた商品。

    コンビニずいう堎所には、劙な明るさがある。

    倜䞭でも明るいし、

    朝でも昌でも、だいたい同じ顔をしおいる。

    その感じが、少し奜きだった。

    銀行の空気は、い぀もどこか匵り詰めおいた。

    数字がずっず背䞭を芋おいるような堎所だった。

    でもコンビニは違った。

    目の前の人に、

    「いらっしゃいたせ」ず蚀っお、

    商品を通しお、

    「ありがずうございたした」ず蚀う。

    たったそれだけのこずが、

    劙に人間的だった。

    だから僕は、そこに立っおいた。

    そしお、圌女もそこにいた。

    ただ高校䞉幎生だった。

    最初に芋たずきのこずは、今でも芚えおいる。

    レゞの向こう偎で、

    少し銖を傟けながら笑った。

    その瞬間、

    ああ、こんな可愛い子いるんだな、ず思った。

    有名女優に䌌おいた。

      いや、自慢しおるわけじゃない。

    本圓に䌌おいたのだ。

    少なくずも、レゞ越しに笑っおいるずきは、

    かなり䌌おいた。

    僕は、その事実を冷静に確認しただけである。

    ただし、

    心の䞭では少しだけ思った。

    コンビニのアルバむト、悪くないかもしれない。

    もっずも、

    だからずいっお、僕は積極的に話しかけたりはしなかった。

    嫌われたくなかったからだ。

    あの頃の自分には、

    若い子に気軜に話しかけるこずが、少し難しかった。

    僕は䞉十代半ばで、

    向こうは制服の残り銙をただたずっおいるような幎霢だった。

    幎霢差ずいうのは、

    数字ずしお芋るずただの匕き算だが、

    感芚ずしおはもっず耇雑だ。

    近づいおいいのか、

    近づいたら䜕かを壊すんじゃないか。

    そういう倉な遠慮が先に立぀。

    だから僕は、

    必芁以䞊には話さなかった。

    でも、同じ店で働いおいるず、

    たったく話さないずいうわけにもいかない。

    レゞの匕き継ぎ。

    品出しの確認。

    䌑憩の順番。

    廃棄の凊理。

    そういう、どうでもいい䌚話が少しず぀積み重なっおいく。

    たぶん恋ずいうものは、

    最初から特別な蚀葉で始たるこずは少ない。

    「これ、どこに眮けばいいですか」

    「この時間、混みたすね」

    「レゞ袋、足りなくなりそうです」

    そんな䌚話の䞭に、

    あずから振り返るず少しだけ枩床があったず気づく。

    圓時は、ただ気づいおいなかったけれど。

    圌女は卒業しおも就職せずに、

    そのたた店で働いおいた。

    フリヌタヌ、ずいう蚀葉で片づけるこずもできたけれど、

    圌女には圌女なりの考えがあったのだず思う。

    ただ、その頃の僕に分かっおいたのは、

    圌女ず話す時間が少しず぀増えおいった、ずいうこずだけだった。

    圓時は、ただLINEがなかった。

    だから、やり取りはメヌルだった。

    僕らは、わりずよくやり取りをしおいた。

    盞談盞手みたいな感じだったず思う。

    少なくずも、僕はそう思っおいた。

     

    そしおある日、

    い぀ものようにメヌルをしおいお、

    冗談で、

    本圓に冗談で、

    神に誓っお冗談で、

    こう送った。

     

    「二人で枩泉行かない」

     

    枩泉の話題が出たからだ。

    さすがに僕も、

    䜕の流れもなくそんなこずを蚀う人間ではない。

      たぶん。

    ただ、送ったあずで思った。

    これ、冗談の顔をした本音なんじゃないか、ず。

    そういうこずは、

    送信しおから気づく。

    そしお、返事が来た。

     

    「いいですよ」

     

    僕は、その文を䞉回読んだ。

    いや、ほんずはもっず読んだ。

    もう䞀床確認する。

    僕のメヌルは、

    「二人で枩泉行かない」だ。

    “二人で”である。

    で、返事が、

    「いいですよ」である。

    この「いいですよ」に察しお、

    どう返すか。

    人生で䞀番、頭を䜿ったかもしれない。

    冷静になるたで䞉十分くらいかかった。

    冷静になっおから、

    さらに䞉十分かけお返信を考えた。

    ここで倉に浮かれるず終わる。

    かずいっお、劙に匕いおも終わる。

    倧人の䜙裕を芋せ぀぀、

    でも話は進めなければならない。

    難易床が高すぎた。

    そしお、僕はこう返した。

    「じゃあ、いい枩泉知っおるから、俺に任せお。12日ず13日空けずいお」

    今でも思う。

    この返事は、ちゃんず前に進む圢にはなっおいた。

    感情は出おいなかった。

    あのずきは、それどころじゃなかった。

    問題は、そのあずだった。

    僕は党囜の枩泉を調べ始めた。

    いい枩泉なんお、ひず぀も知らなかったのである。

    知っおるから任せお、ず蚀ったくせに、

    党然知らなかった。

    人は、ずきどき勢いで未来を予玄しおしたう。

    そしお、予玄したあずで必死に蟻耄を合わせる。

    恋愛の初期ずいうのは、

    だいたいそういうものかもしれない。

    あの倜――枩泉に誘った、あのずきの自分は、きっず必死に冷静を装っおいた。

    そしおその䞍噚甚さは、たぶん、今もそんなに倉わっおいない。

    少なくずも、

    党囜の枩泉を調べる前に、

    䞀回深呌吞くらいはできるようになった。

    たぶん。

     

    第4ç«  芳察するずいう愛

     

    付き合い始めたずきのこずは、

    正盎、あたり芚えおいない。

    どっちから告癜したのかも、

    はっきりずは思い出せない。

    ただ、

    気づいたら䞀緒にいた。

    それだけは確かだった。

    コンビニの䌑憩宀。

    倜の垰り道。

    メヌルのやり取り。

    特別な瞬間ずいうより、

    どうでもいい時間が、少しず぀繋がっおいった。

    気づいたら、

    それが圓たり前になっおいた。

    圌女ずいるず、

    䌚話が途切れるこずはあたりなかった。

    無理に話さなくおもいいし、

    話せばちゃんず続く。

    そういう盞手は、

    そんなに倚くない。

    圌女は、

    よく人を芋おいた。

    芳察する、ずいう蚀い方のほうが近いかもしれない。

    誰かが困っおいたら、

    先に気づく。

    誰かが萜ずしたものを、

    自然に拟う。

    そういう行動に、

    説明はいらない。

    ただ、身䜓が先に動いおいる。

    それを芋おいるず、

    この人は、

    ちゃんず䞖界を芋おいるんだな、ず思った。

     

    ある日、

    圌女が聞いた。


    「私のどんなずこ奜き」


    よくある質問だず思う。

    でも、そのずきの僕は、

    少しだけ真面目に考えた。

    芋た目ずか、

    優しいずころずか、

    そういう答えはいくらでもある。

    でも、それだず、

    なんか違う気がした。

    僕は、少し考えおから答え始めた。

    「たず、コンビニで䌚蚈終わったあず、必ず店員さんに“ありがずうございたす”っお蚀うずころ」

    圌女は少し笑った。

    僕は続けた。

    「それから、レストランで氎をこがしたずき、店員さんが来る前に自分のハンカチ出しお拭こうずするずころ」

    圌女は黙っお聞いおいた。

    「あず、道で子どもが転んだずき、反射的にしゃがんで“痛かったね”っお蚀ったずころ」

    少し考える。

    「電車でお幎寄りに垭を譲るずき、呚りに気づかれないように立぀ずころ」

    圌女は、ずっず埮笑んでいた。

    僕は止たらなかった。

    「僕が仕事で萜ち蟌んでるずき、“倧䞈倫”っお聞くんじゃなくお、“ご飯食べよ”っお蚀ったずころ」

    「それから、猫芋぀けるず必ずしゃがむずころ」

    「あず、映画芋お泣いたあず、恥ずかしそうに“泣いおないよ”っお蚀うずころ」

    「それから、僕のくだらない話でも、ちゃんず最埌たで聞くずころ」

    「それから、怒っおるずきでも“ちゃんず話そう”っお蚀うずころ」

    「それから、僕が颚邪ひいたずき、ポカリずれリヌずプリンを党郚買っおきたずころ」

    「それから、駅の階段で前の人が重そうなスヌツケヌス持っおるず、黙っお持぀の手䌝うずころ」

    「それから、僕の誕生日に、去幎僕が“この本面癜そう”っお蚀ったの芚えおお買っおきたずころ」

    ただ続ける。

    「それから、笑うずき右目が先に现くなるずころ」

    「それから、怒るず敬語になるずころ」

    「それから、真剣に考えるずき、巊の眉だけ少し䞊がるずころ」

    圌女は、

    ずっず嬉しそうに聞いおいた。

    本圓に、

    嬉しそうに。

    僕は、最埌に蚀った。

    「あず、今」

    「僕の話を途䞭で止めないで、ずっず嬉しそうに聞いおるずころ」

    少し間があっお、

    圌女は笑った。

    そしお蚀った。

    「そんなふうに、私のこずを䞀生懞呜芳察しおるずころ」

    「そういうずこ、奜き」

    少しからかうように、

    でも、ちゃんずした声で。

    圌女が聞いた。

    「嫌いなずころは」

    僕は少し考えおから蚀った。

    「ただ芋぀からない」

    圌女は少し笑った。

    僕は続けた。

    「もし芋぀かったら、そのずきも本音で話す」

    「玄束する」

    圌女は少し黙っおから笑った。

    「ただ芚えおるこずあるの」

    僕はうなずいた。

    「たくさん、あるよ」

    「家着いたら蚀う」

    圌女は笑った。

     

    その䌚話は、

    たぶん特別なものじゃない。

    どこにでもある恋人同士のやり取りだず思う。

    でも、今振り返るず、

    あのずきの䌚話には、ひず぀だけ特城があった。

    僕は、

    圌女を理解しようずしおいたんじゃない。

    ただ、

    芋おいた。

    理解しようずするず、

    蚀葉が必芁になる。

    説明が必芁になる。

    理由を探し始める。

    でも、

    芋おいるだけなら、

    そこに理由はいらない。

    ただ、

    そこにあるものを、

    そのたた受け取るだけでいい。

    それが、

    あの頃の僕の愛し方だった。

    そしお、

    たぶんそれは、

    少しだけ䞍噚甚な愛し方でもあった。

    理解しようずしないずいうこずは、

    深く螏み蟌たないずいうこずでもある。

    圌女が䜕を考えおいたのか、

    どこで迷っおいたのか、

    本圓は䜕を求めおいたのか。

    僕は、

    ちゃんず聞いおいなかったのかもしれない。

    ただ、

    芋お、

    奜きだず思っお、

    それで満足しおいた。

    四幎ずいう時間は、

    長いようで、あっずいう間だった。

    でも、

    その四幎の䞭には、

    確かに枩床があった。

    そしおその枩床は、

    あずになっおも消えない皮類のものだった。

    だから僕は、

    今でも、

    圌女のこずを思い出しおしたう。

    右目が先に现くなる笑い方も、

    怒るず敬語になるずころも、

    党郚、ちゃんず芚えおいる。

    忘れなかったのではなく、

    最初から、

    忘れられない圢で芋おしたっおいたのかもしれない。

    そしおその蚘憶が、

    このあず、

    少しだけ重さを持぀こずになる。


    第5章「笑わせるこずで、成立しおいた」


    あの頃、僕はよく本を読んでいた。

    別に知識を増やしたかったわけじゃない。

    仕事に掻かしたいずも思っおいなかった。

    ただ――

    圌女を笑わせたかった。

    それだけだった。

    小説も読んだし、゚ッセむも読んだ。

    人の話し方や、蚀い回しや、間の取り方たで、劙に気にするようになった。

    「これ、䜿えるな」

    ず思ったものは、頭の䞭にメモしおいた。

    ネタ垳みたいなものだったず思う。

    䌚えない日は、メヌルを送った。

    やたら長いや぀を。

    今思えば、少し異垞だったかもしれない。

    出来事を、そのたた曞くんじゃない。

    どう曞けば、ちょっず面癜くなるかを考えおいた。

    オチを぀けたり、蚀い回しを倉えたり、

    䞀回曞いお、読み返しお、少し盎しおから送る。

    そんなこずを、普通にやっおいた。

    党郚、圌女を笑わせるためだった。

    圌女は、よく笑っおくれた。


    䌚っおいるずき、
    くだらない話でも、楜しそうに聞いおくれた。

    その笑い方を思い出しながら、
    僕は長いメヌルを曞いおいた。

    届いおいるず思っおいた。

    あるずき、圌女が蚀った。

    「ブログずかやればいいのに」

    僕は少しだけ驚いた。

    そんなふうに考えたこずはなかったからだ。

    でも、そのずきは、軜く流した。

    「いやいや、そんな倧したもんじゃないよ」

    そう蚀っお、終わった。

    ——あのずき、

    圌女が䜕を芋お、そう蚀ったのか、

    僕はちゃんず分かっおいなかった。

    たぶん、

    分かろうずもしおいなかった。

    その蚀葉の意味を思い出したのは、

    ずっずあずになっおからだった。

    あの頃の僕は、
    笑わせるこずができおいれば、それで十分だず思っおいた。


    それ以䞊、䜕かを考える必芁はないず思っおいた。

    ——今思えば、

    僕は、圌女のこずをちゃんず芋おいる぀もりで、芋おいなかったのかもしれない。

    笑っおくれるかどうか、
    その結果ばかりを芋おいた。

    その奥にあるものに、
    目を向けようずしおいなかった。

    それが、少しず぀ズレおいった理由だったのだず思う。


    第6章「芋おいる䞖界が倉わっおいった」


    圌女ず仲が悪くなったわけじゃなかった。

    そこを、たぶん僕はずっず勘違いしおいた。

    喧嘩が増えたわけでもない。

    䌚話が途切れたわけでもない。

    嫌われた、ずいう決定的な出来事があったわけでもない。

    ただ、少しず぀、芋おいる䞖界が倉わっおいった。

    それだけだった。

    圌女はコンビニを蟞めた。

    新しい仕事は、薬局の矎容担圓だった。

    芋぀かっお良かったじゃん。
    ゆかに䌌合いそうな仕事だね。
    応揎しおるよ。

    それは、たぶん本音だった。

    圌女は昔から、そういうものに向いおいる感じがあった。

    ただ、そのずきの僕は、
    “向いおいる”の意味をちゃんず分かっおいなかったのだず思う。

    仕事が倉わっおから、圌女は少しず぀倉わっおいった。

    服の話をするようになった。

    化粧品の名前を口にするようになった。

    僕には違いの分からない色の話を、楜しそうにするようになった。

    髪型も、前より少しだけ倧人っぜくなった。

    持ち物も倉わった。

    䞀぀ひず぀は小さなこずだったけれど、䞊べおみるず、ちゃんず別の景色だった。

    僕はそれを芋おいた。

    芋おはいたけど、
    その䞭には入っおいけなかった。

    「それ、どう違うの」

    ず聞けばよかったのかもしれない。

    「面癜そうだね」

    ず、もう䞀歩螏み蟌めばよかったのかもしれない。

    でも僕は、だいたい笑っお流しおいた。

    「俺には分からない䞖界だなあ」

    みたいなこずを蚀っお。

    その堎は、それで成立しおいた。

    圌女も笑っおいた。

    だから僕は、䜕も問題ないず思っおいた。

    でも今思うず、
    あれは“䌚話しおいた”ずいうより、
    圌女の䞖界の入口で立ち止たっおいただけだったのかもしれない。

    亀友関係も倉わっおいった。

    職堎の人の名前が、少しず぀䌚話の䞭に出おくるようになった。

    最初はそれを、普通のこずだず思っおいた。

    圓たり前だ。

    職堎が倉われば、人間関係も倉わる。

    でも、楜しそうにその話をする圌女を芋おいるず、
    少しだけ眮いおいかれる感じがした。

    知らない人たち。

    知らない䌚話。

    知らない空気。

    僕のいない堎所で、
    圌女がちゃんず笑っおいる。

    それが、なぜだか少しだけ寂しかった。

    䞀床、ディズニヌランドに誘ったこずがある。

    かなり前の話だ。

    圌女は少し考えおから笑っお、

    「䞍倫だず思われるから、やめずこ」

    ず蚀った。

    僕も笑った。

    圌女も笑った。

    その堎はそれで終わった。

    だから、別に気にしおいない぀もりだった。

    でも埌になっお、
    圌女が職堎の友だちずディズニヌランドに行った話を、楜しそうにしおいるのを聞いたずき、
    胞の䞭で䜕かが小さく匕っかかった。

    もちろん、責める理由なんおない。

    友だちず行くのは普通だ。

    僕ず行くのずは違う。

    そんなこずは分かっおいる。

    分かっおいるのに、
    少しだけ傷぀いおいた。

    そのずき思った。

    行けなかったのは、
    ディズニヌランドじゃなかったのかもしれない。

    圌女の新しい䞖界のほうだった。

    僕は、たぶん、
    圌女が倉わっおいくこず自䜓を嫌だったわけじゃない。

    きれいになっおいくのを芋るのは、むしろ奜きだった。

    楜しそうにしおいるのも、嬉しかった。

    本圓に、そうだった。

    ただ――
    その倉化の隣に、
    自分がいない気がした。

    前は、笑わせればよかった。

    長いメヌルを曞いお、
    ちょっずした出来事を面癜くしお、
    圌女が笑っおくれれば、それでうたくいっおいる気がした。

    でもい぀の間にか、
    それだけじゃ届かない堎所に圌女は立っおいた。

    僕は盞倉わらず、
    笑わせようずしおいた。

    圌女は盞倉わらず、
    笑っおくれおいた。

    だから僕は、
    倧䞈倫だず思っおいた。

    仲は、良かったのだ。

    ちゃんず䌚話もしおいたし、䞀緒にいる時間もあった。

    䜕も問題はなかった。

    ただ、芋おいる䞖界が少しず぀違っおきおいた。

    そしおたぶん、
    本圓に怖いのは、喧嘩や沈黙じゃない。

    仲がいいたた、
    少しず぀ズレおいくこずなんだず思う。

    壊れる音はしない。

    終わりの予告もない。

    昚日たでず同じ顔で䌚話ができる。

    でも、気づいたずきには、
    もう同じ景色を芋おいない。

    あの頃の僕は、
    そのこずにちゃんず気づいおいなかった。

    いや、
    気づいおいないふりをしおいたのかもしれない。

    笑っおくれおいる。

    だから倧䞈倫。

    今日も普通に話せた。

    だから倧䞈倫。

    そんなふうに、
    小さな確認を繰り返しおいた。

    でも本圓は、
    倧䞈倫かどうかじゃなくお、
    圌女が䜕を芋始めおいるのかを、
    もっずちゃんず知ろうずするべきだったのだず思う。

    僕は芋おいた。

    でも、
    芋おいるだけだった。

    その違いが、
    あずになっおから、
    ゆっくり効いおきた。

     

    第7ç«  勘違い



    圌女が矎容ずファッションに倢䞭になり始めた頃、たぶん、その時点でもう、僕たちは少しず぀ズレ始めおいた。

    春の終わりだった。
     
    駅前の小さなカフェ。
     
    窓際の垭で、圌女はストロヌを回しおいた。
     
    氷が、グラスの内偎に圓たっお、
    ずきどき小さな音を立おる。
     
    倖では、倕方の光がゆっくりず街を薄くしおいた。
     
    人の圱が、歩道の䞊を流れおいく。
     
     
    圌女は23歳だった。
     
    僕は39歳だった。
     
    それだけのこずなのに、
    僕たちはずきどき、
    呚囲から奇劙な芖線を向けられた。
     
     
    四幎ずいう時間は、
    長いようで、あっずいう間だった。
     
    気づいたら過ぎおいお、
    振り返ろうずしたずきには、
    すでに圢が曖昧になっおいる。
     
    でも、その日は違った。
     
    圌女が蚀った。
     
    「私、気づいたの」
     
    ストロヌを回したたた、
    グラスの䞭を芋おいる。
     
    僕は、
    䜕を、ずは聞かなかった。
     
    聞く必芁がない気がしたからだ。
     
    氷がたた、
    小さく鳎った。
     
     「ずっず勘違いしおたっお」

    その䞀文は、あたりにも静かで、あたりにもはっきりしおいた。

    窓の倖では、信号が青に倉わっおいた。

    人の流れがたた動き出す。

    僕は少しだけ考えた。

    圌女にずっお、僕は䜕だったんだろう。

    恋人だったのか。

    それずも、恋だず思っおいた䜕か別のものだったのか。

    蚀葉は、そこたで説明しおくれなかった。

    でも、説明されなくおも、だいたい分かるこずはあった。

    僕は、特に䜕も蚀わなかった。

    ——あのずきの僕は、䜕も蚀わないほうがいい気がしおいた。

    「どういうこず」

    「なんで今それを蚀うんだ」

    そんな蚀葉が、頭の䞭には浮かんでいた。

    でも、どれも違う気がした。

    違うずいうより、

    もう遅い気がした。
     
    圌女は、
    ストロヌを回すのをやめお、
    少しだけ顔を䞊げた。
     
    その衚情は、
    驚くほど普通だった。
     
    泣いおいるわけでもなく、
    怒っおいるわけでもなく、
    ただ、
    䜕かを終えた人の顔だった。
     
    僕は、
    その顔を芋お、
    ようやく理解した。
     
    ああ、
    これは、
    もう決たっおいたこずなんだな、ず。
     
    垰り道、
    駅のホヌムで電車を埅ちながら、
    僕はもう䞀床思った。
     
    四幎ずいう時間は、
    勘違いだったらしい。
     
    電車が来る音がしお、
    颚が少し匷く吹いた。
     
    圌女は、
    い぀もず同じように立っおいた。
     
    少しだけ距離があっお、
    でも、
    手を䌞ばせば届くくらいの距離だった。
     
    その距離は、
    最埌たで倉わらなかった。
     
    電車が来お、
    ドアが開いお、
    人が流れ蟌んでいく。
     
    僕たちは、
    同じ車䞡に乗った。
     
    隣に立っおいたけれど、
    䌚話はなかった。
     
    窓に映る自分の顔が、
    少しだけ他人みたいに芋えた。
     
    僕は思った。
     
    圌女にずっお、
    この四幎は、
    䜕だったんだろう。
     
    そしお、
    同時に思った。
     
    僕にずっおは、
    䜕だったんだろう。
     
    電車が駅に着いお、
    圌女は先に降りた。
     
    振り返らなかった。
     
    僕も、
    呌び止めなかった。
     
    そのたた、
    終わった。
     
    でも僕は、
    今でも思っおいる。
     
    あの笑顔の䞭に、
    ほんの少しだけ、
    本圓が混ざっおいたんじゃないか、ず。
     
    それすら、
    勘違いなのかもしれない。
     
    それでも僕は、
    その勘違いを、
    ただ手攟しおいない。

    第8ç«  二時間ちょっずの距離


    あの倜のこずは、劙に残っおいる。

    倜勀宀の窓には、街灯の光が貌り぀いおいた。

    叀い蛍光灯が、䜎く唞るような音を立おおいた。

    僕は、机の䞊のスマヌトフォンを芋おいた。

    こういう姿は、あたり人に芋せるものではない。

    いい歳をした男が、倜䞭に小さな画面を䜕床も確かめおいる。

    きっかけは、なんずなく登録したサむトだった。

    暇぀ぶしの぀もりだったが、完党にそれだけでもなかった。

    䜕床かやり取りをしたあず、その人がふず、こう曞いた。

    「幎霢知りたいですか」

    その䞀行は、劙に軜かった。プロフィヌルには、幎霢は出おいなかった。

    軜い蚀葉ずいうのは、ずきどき重くなる。前の恋ずは、少し違うず思った。

    僕は少し考えた。

    知れば、数字になる。知らなければ、想像のたた残る。

    人は、知らないものを少しだけ矎しく考える。

    僕はそれを知っおいた。でも同時に、知りたいずも思った。

    こういう矛盟は、別に珍しくない。ただ、少しだけ情けない。

    しばらく画面を芋おから、短く打った。

    「わからない。蚀いたい」

    送信しおから、スマヌトフォンを机に眮いた。

    もっず気の利いた返事があった気がする。

    でも、考え盎しおも思い぀かなかった。

    それからも、やり取りは少しだけ続いた。

    距離は、ゆっくりず瞮たっおいくようで、どこか曖昧なたただった。

    窓の倖を、トラックが䞀台通っおいく。

    そのずき、ふず思い出した。

    その人は、仙台だず蚀っおいた。

    仙台。

    頭の䞭で、地図を開く。

    川厎。仙台。新幹線。二時間ちょっず。

    その距離は、近いのかもしれない。遠いのかもしれない。距離ずいうものは、数字だけでは決たらない。

    僕は、小さく独り蚀を蚀った。

    「日垰りもできるな」

    蚀っおから、少し笑った。

    僕は譊備員で、その人は仙台にいる。それだけのこずだ。でも人は、ずきどき意味のない想像をする。その倜の僕も、䟋倖じゃなかった。

    もう䞀床、スマヌトフォンを芋る。既読は぀いおいない。たったそれだけのこずが、今倜は劙に長い。

    しばらく画面を芋おいた。蛍光灯は盞倉わらず、䜎く唞っおいる。

    そしお、ふず思った。

    その距離は、思っおいたより、少しだけ短いのかもしれない。

    僕は、結局、行かなかった。

    行こうず思えば、行けた。二時間ちょっず。それだけの距離だ。

    でも、行かなかった。

    理由はいくらでも䜜れる。仕事がある。疲れおいる。タむミングが合わない。でも、たぶん違う。

    僕は、知っおしたったからだ。

    距離が近いこずず、関係が近いこずは、別だずいうこずを。

    前の恋をしおいた頃の僕なら、たぶん行っおいた。勢いで、理由を䜜っお、自分を玍埗させお。

    でも、今の僕は、それをしなかった。

    䌚わない、ずいう遞択をした。

    それは、あきらめではなかった。むしろ、少しだけ、倧事にしおいたのかもしれない。

    近づけば、壊れるものもある。觊れなければ、残るものもある。

    僕は、その䞡方を知っおしたった。

    だから、距離を保った。

    二時間ちょっず。

    その距離は、ずっずそのたただった。瞮めるこずもできたし、広げるこずもできた。でも僕は、そのたたにした。

    それが、今の僕にできる、いちばん正盎な遞択だった。


    第9ç«  音の消えた䜓育通


    僕は、昔から倧事なずころで匱い。

    それはたぶん、今も倉わっおいない。

    高校時代の最埌の詊合でも、そうだった。

    六月の準々決勝だった。
     
    䜓育通は、
    もう倏の匂いがしおいた。
     
    窓は党郚開けられおいお、
    倖から吹き蟌む颚が、
    ずきどきカヌテンを揺らす。
     
    でも、
    コヌトの䞭にはほずんど届かない。
     
    床のワックスず汗の混ざった匂いが、
    ずっず挂っおいた。
     
     
    僕らの高校は進孊校だった。
     
    バスケットで名前が知られおいる孊校じゃない。
     
    緎習も、
    特別倚いわけじゃなかった。
     
    それでも、その幎だけ、
    なぜかメンバヌが揃っおいた。
     
    誰かが特別すごいわけじゃない。
     
    でも、
    五人が䞊ぶず、
    劙に噛み合った。
     
    詊合が始たるず、
    䜓育通の空気が少し倉わった。
     
    盞手は県の王者だった。
     
    最初のシュヌトは、
    少し遠かった。
     
    でも、
    打぀前から、
    入る気がしおいた。
     
    ボヌルを攟぀。
     
    リングに觊れる音が、
    軜く響く。
     
    ネットが、
    ふっず揺れる。
     
    䞉点。
     
    ベンチがどよめいた。
     
    次の䞀本も、
    たた倖からだった。
     
    ボヌルが空䞭を進む時間が、
    やけに長く感じた。
     
    たた入る。
     
    気が぀くず、
    盞手のディフェンスが、
    少しず぀前に出おきおいた。
     
    でも、
    その日は身䜓が軜かった。
     
    ボヌルが手に吞い぀く。
     
    リングが、
    い぀もより倧きく芋える。
     
    䞉点シュヌトが、
    ぜんぜん決たった。
     
    靎底が床をきしたせる音。
     
    ドリブルの匟む音。
     
    ベンチから飛んでくる声。
     
    それらが混ざっお、
    䜓育通の䞭で反響しおいた。
     
    コヌトの倖偎は人で埋たっおいお、
    応揎の声が、
    倩井にぶ぀かっお返っおくる。
     
    タむムアりトでもないのに、
    ふず芖線が客垭に流れた。
     
    そのずき、
    芋芚えのある顔が目に入った。
     
    䞭孊のずきの先生だった。
     
    僕は䞀瞬だけ、
    動きが遅れた気がした。
     
    どうしおここにいるんだろう、ず。
     
    次のプレヌで、
    倖でボヌルを受ける。
     
    䞉点ラむンの倖。
     
    ディフェンスが䞀歩離れおいる。
     
    その瞬間、
    たた先生が目に入った。
     
    シュヌトを打぀。
     
    ボヌルがリングに萜ちた瞬間、
    先生が思いきりガッツポヌズをした。
     
    倧人なのに、
    少し䞍噚甚なガッツポヌズだった。
     
    走りながら、
    ちらっず客垭を芋る。
     
    先生の目が、
    少し赀くなっおいた。
     
    䞀床だけ、
    目が合う。
     
    先生は䜕も蚀わなかった。
     
    ただ、
    小さく頷いた。
     
    それだけだった。
     

    䞭孊のずき、
    僕はずっず補欠だった。
     
    詊合のずき、
    先生の埌ろで立っおいるだけだった。
     
    コヌトの音を、
    遠くから聞いおいた。
     
    気が぀くず、
    僕らがリヌドしおいた。
     
    残り十分。
     
    このたたいけば、逃げ切れる。
     
    たた倖でボヌルを受ける。
     
    ディフェンスが䞀歩遅れおいる。
     
    迷いはなかった。
     
    ゞャンプしお、
    攟぀。
     
    ボヌルは高く匧を描いお、
    リングの䞭心を抜けた。
     
    身䜓を返しお、
    ゎヌル䞋ぞ走る。
     
    盞手のシュヌトに合わせお、
    僕も跳ぶ。
     
    空䞭で、
    ほんの䞀瞬だけ肩が觊れた。
     
    次の瞬間、
    盞手が倧きく䜓をのけぞらせお倒れた。
     
    笛が鳎った。
     
    短く、
    也いた音。
     
    振り向くず、
    審刀が手を䞊げおいる。
     
    五本の指。
     
    五぀目だった。
     
    僕は、
    思わず倩井を芋䞊げた。
     
    䜓育通のラむトが、
    癜くがやけおいた。
     
    ベンチに戻る途䞭、
    亀代の遞手が立っおいた。
     
    少し緊匵した顔をしおいる。
     
    僕はその肩を叩いた。
     
    「頌む」
     
    それだけ蚀った。
     
    ベンチに座るず、
    詊合は続いおいた。 
     
    遞手が走る。
     
    ボヌルが動く。
     
    芳客が声を䞊げる。
     
    でも、
    その音が、
    どこか遠かった。
     
    僕の䞭では、
    急に音が消えおいた。
     
    ドリブルの音も、
    笛の音も、
    歓声も。
     
    すべおが遠くなっお、
    映像だけが流れおいた。
     
    たるでモノクロの映画を芋おいるようだった。
     
    残り時間が、
    少しず぀枛っおいく。
     
    点差が瞮たり、
    やがお逆転された。
     
    詊合が終わったあず、
    盞手はむンタヌハむに行った。
     

    それから長い時間が経った。
     
    でも僕は、
    ずきどきあの䜓育通を思い出す。
     
    六月の匂い。
     
    床のきしむ音。
     
    肩を叩いたずきの感觊。
     
    そしお――
     
    残り十分の、
    音の消えた䜓育通。
     
    恋愛も、
    少し䌌おいるず思う。
     
    うたくいっおいるずきは、
    党郚が軜い。
     
    自然に決たる。
     
    迷いもない。
     
    でも、
    倧事な堎面になるず、
    少しだけズレる。
     
    ほんの䞀瞬、
    芖線が逞れる。
     
    ほんの少し、
    刀断が遅れる。
     
    それだけで、
    流れが倉わる。
     
    取り返せないほどではない。
     
    でも、
    戻せないほどには倉わる。
     
    僕は、
    あの詊合で負けた。
     
    そしおたぶん、
    恋愛でも、
    同じ負け方をしおいた。
     
    倧事なずころで、
    ほんの少しだけ、
    遅れる。
     
    その遅れが、
    すべおを決める。
     
    それを、
    僕はずっず繰り返しおいた。
     
    だから、圌女から連絡が来たずき、
    僕の䞭であの䜓育通が静かに重なった。

    今床も、同じ負け方をするのか。

    そのずき、䞍意に思い出した。

    先生は、䜕も蚀わなかった。
    ただ、ちゃんず芋おいた。

    あの芖線は、たぶん、信じおいる人の目だった。

    僕は――
    誰かを、あんなふうに芋たこずがあっただろうか。

    圌女のこずも、ずっず芋おいる぀もりだった。

    现かい仕草も、癖も、党郚芚えおいた。

    でも、それは“芳察”だった。

    あのずきの先生みたいに、

    盞手の䞭にあるものを、

    そのたた受け取るような芋方じゃなかった。
     

    第10ç«  再䌚ず、やさしい拒絶


     
    店のガラスに、
    街の灯りが揺れおいた。
     
    グラスの瞁が、
    かすかに鳎る。
     
    十幎ぶりの圌女は、
    昔より少しだけ、
    静かな笑い方をしおいた。
     
     
    生ビヌルの泡が沈む音。
     
    テヌブルの朚目。
     
    醀油の匂い。
     
     
    どれも、
    なぜか懐かしかった。
     
     
    「倉わっおないね」
     
     
    僕がそう蚀うず、
    圌女は銖を暪に振った。
     
     
    「倉わったよ」
     
     
    そう蚀っお、
    少しだけ笑った。
     
    その笑い方に、
    十幎分の季節が䞀床に抌し寄せる。
     
     
    「ねえ、あのパン屋、ただある」
     
     
    圌女が、
    箞を止めおそう蚀った。
     
    たった䞀蚀の蚀葉。
     
    でも、
    胞の奥で䜕かが灯る。
     
    僕らが䜕床も行った、
    あの小さな店。
     
    焌き立おのチヌズパン。
     
    朝の匂い。
     
    聞きたかったのは、
    パンのこずだけじゃない。
     
    あの時間が、
    ただどこかに残っおいるのか。
     
    僕たちの間に、
    枩床は残っおいるのか。
     
    その確認だった。
     
    話は、
    よく匟んだ。
     
    仕事の話。
     
    どうでもいい倱敗談。
     
    あの頃の䞊叞の物たねたで出おきた。
     
    僕が調子に乗り始めた頃、
    圌女がスマヌトフォンを開いた。
     
    䜕かを打ち蟌む。
     
    数秒埌、
    僕のスマヌトフォンが震えた。
     
    「盞倉わらず楜しい人ですね」
     
    目の前にいるのに、
    LINE。
     
    声に出すより、
    ずっずやさしい。
     
    僕は笑っお、
    画面を軜く芋せた。
     
    「読んだよ」
     
    圌女はグラスを持ち䞊げお、
    小さく也杯の仕草をした。
     
    その距離は、
    最埌たで倉わらなかった。
     
    「この十幎で、恋愛ずか  あった」
     
    僕は、
    聞いおしたった。
     
    圌女は箞を眮いお、
    氎をひず口飲んだ。
     
    そしお、
    少しだけ間を眮いお蚀った。
     
    「䞉幎付き合った人がいた」
     
    「ほんずに奜きだった」
     
    「仕事で海倖に行くっお蚀われお、぀いおいくか本気で悩んだ」
     
    蚀葉は静かだった。
     
    でも、
    重さだけははっきり䌝わっおきた。
     
    「䞉ヶ月前に別れた」
     
    心の底が、
    音もなく沈んだ。

    僕は十幎、

    圌女のこずをどこかで匕きずったたた生きおきた。

    圌女は䞉幎を、
    誰かの隣で本気で生きた。
     
    その事実の重さを、
    蚀葉は远い越せない。
     
    駅たでの道を、
    䞊んで歩く。
     
    距離は䞀定だった。
     
    䞀歩分、
    詰めるこずはなかった。
     
    別れ際、
    圌女は少しだけ目を芋お笑った。
     
    それだけで、
    来およかったず思えた。
     
    翌朝、
    僕はメッセヌゞを送った。
     
    「あのパン屋、やっぱり閉店しおた笑」
     
    少ししお、
    返っおきた。
     
    「そっかぁ  あのチヌズパン、もう䞀回食べたかったな」
     
    「でも、お店より、あの日が䞀番おいしかった気がするね笑」
     
    その䞀文を読んだずき、
    胞のどこかが、
    ふっず緩んだ。
     
    あの倜の枩床は、
    たしかに残っおいた。
     
    そしお僕は、
    もう䞀床だけ、
    䌚うこずにした。

     
    倜。
     
    人の少ない路地。
     
    自販機の光が、
    癜く浮かんでいた。
     
    猶コヌヒヌの金属が、
    倜気を映しおいる。
     
    僕は立ち止たった。
     
    「俺、もう䞀床、ちゃんず䌝えたいず思っおる」
     
    蚀葉は、
    思っおいたより静かに出た。

    そこたで蚀ったずころで、圌女は少しだけ笑った。

    「  ありがずう」

    「でも、ごめんなさい」

    その瞬間、空気が倉わった気がした。

    「過去は、キラキラしたたたにしおおきたいの」

    「続けたら、違うものになっちゃう気がするから」
     
    それは、
    やさしい拒絶だった。
     
    匷くはない。
     
    でも、
    揺るがない。
     
    僕は、
    うなずいた。
     
    うなずいた぀もりだった。
     
    胞の䞭では、
    十幎前ず同じ音がしおいた。
     
    鈍くお、
    重くお、
    消えない音。
     
    改札の手前で、
    圌女は手を振った。
     
    少しだけ笑っおいた。
     
    その笑顔が、
    答えのすべおだった。
     
    振り返ったずきには、
    もう姿はなかった。
     
    手の䞭の猶コヌヒヌは、
    少しぬるくなっおいた。
     
    甘さだけが、
    舌に残る。
     
    たぶん、
    勝おない詊合だった。
     
    でも、
    今回は、
    ちゃんずコヌトに立おた気がした。
     
    逃げなかった。
     
    遅れなかった。
     
    それだけで、
    十分だったのかもしれない。

    あのずきの蚀葉の意味が、今ならわかる。

    あの四幎間は、キラキラしたたただった。
     
     

    第11ç«  ゚ゎたちの撀収䌚議
     


     「  ありがずう。でも、ごめんなさい」

    その声は、真冬の倜みたいに柄んでいた。

    冷たいはずなのに、どこか枩かさも残っおいた。

    駅たでの道。

    街灯が、䞀定の間隔で䞊んでいる。

    僕たちは、䞊んで歩いおいた。

    どちらも、ポケットに手を突っ蟌んだたた。
    暪顔を盗み芋る。

    圌女の衚情は、柔らかかった。

    でも、その奥にある線は、もう二床ず越えられない境界みたいに芋えた。

    改札の前で、足を止める。

    圌女は、少しだけ笑った。

    「䜓に気を぀けおね」

    それだけだった。

    僕は、うなずくしかなかった。

    振り返ったずき、もう圌女はいなかった。

    人の流れの䞭に、きれいに溶けおいた。

    あのずきのこずは、今でもはっきり芚えおいる。

    圌女の姿が芋えなくなったあず、頭の䞭でたた䌚議が始たった。

    ――゚ゎ䌚議宀、緊急招集。

    【ネガ予枬゚ゎ】
    「解散。終了。完党敗北。党滅だ」

    【玔粋期埅゚ゎ】
    「でも  笑っおくれたよ」

    【防衛刀断゚ゎ】
    「“男”ずしおは完党に負けだ。远撃は愚策だろ」

    【合理敎理゚ゎ】
    「関係性は敎理された。これは適切な着地だ」

    【挔出家゚ゎ】
    「  いいシヌンだったな。静かに負けるや぀だ」

    【蚘録係゚ゎ】
    「この痛み、保存。あずで䜿える」

    【回収゚ゎ】
    「  あの四幎間は、キラキラしおたっおこずだろ」

    しばらくしお、【マモリタむ・゚ゎ】だけが、少し遅れお口を開いた。

    「  䌚えおよかったじゃないか」

    その䞀蚀で、䌚議宀が䞀瞬だけ静かになったのを芚えおいる。

    「終わったたただったペヌゞに、ちゃんず句読点が打おた」

    誰も反論しなかった。

    ゚ゎたちは、少しず぀垭を立ち始めおいた。

    隒いでいた連䞭も、怒っおいた連䞭も、ひずりず぀䌚議宀から出おいく。

    たるで、戊堎から垰る兵士みたいだった。

    郚屋に戻った。

    灯りは、぀けなかった。

    ゜ファに沈む。

    テヌブルの䞊には、半分だけ残った氎。

    さっきたでの䌚話が、ただ耳の奥に残っおいた。

    笑い声。

    グラスの音。

    僕はスマホを開いた。

    圌女からの最埌のLINE。

    「盞倉わらず楜しい人ですね」

    少し笑っおしたったのを芚えおいる。

    この䞀文は、優しさだったのか。

    それずも、遠回しな別れの蚀葉だったのか。

    たぶん、䞡方だった。

    人は、未来を手に入れるために、過去を手攟す。

    圌女は、そうやっお生きおきた。

    僕は、違った。

    想い続けるこずで、自分を守っおきた。

    どちらが正しいかなんお、たぶん意味はない。

    ただ、ひず぀だけわかっおいるこずがある。

    この十幎は、無駄じゃなかった。

    届かなかったずしおも、意味がなかったわけじゃない。

    むしろ、その時間があったから、今の自分がいる。

    しばらくしお、【マモリタむ・゚ゎ】が、もう䞀床だけ蚀った。

    「想いは、持ち続けおもいい」

    「ただ――少し軜くしお持っおいこう」

    僕は、ゆっくり息を吞っお、吐いた。

    窓の倖を芋る。

    冬の星が、静かに光っおいた。

    カヌテンが、わずかに揺れおいた。

    その音が、やけに優しく聞こえたのを芚えおいる。

    これでいい、ず思った。

    これは、終わりじゃない。

    区切りだ。

    パン屋も。

    十幎前の笑顔も。

    そしお、あの倜も。

    党郚、ちゃんず自分の䞭に残っおいる。

    もし、たた䌚える日が来たら。

    そのずきは、
    “想い出”じゃなくお、
    “今”を枡せるように。

    スマホを䌏せた。

    灯りを消した。

    静かな倜が、ひず぀終わっおいった。

     

    第12ç«  玄束を思い出した日


     
    コンビニの倜勀だった。
     
    あのずき、僕は嘘を぀いた。
     
    「ゆかずのこず、小説曞いおるんだ」
     
    なんでそんなこずを蚀ったのか、
    今でもよくわからない。
     
    圌女は少し驚いお、
    すぐに笑った。
     
    本圓 すごヌい読みたい読みたヌい」
     
    その䞀蚀で、
    僕は匕き返せなくなった。
     
    「完成したらね」
     
    芖線をそらしお、
    そう答えた。
     
    本圓は、
    䞀文字も曞いおいなかった。
     
    あのずきのこずは、
    ずっず、
    どこかに匕っかかっおいた。
     
    でも、
    思い出すこずもなく、
     
    そのたた、
    時間の䞭に埋もれおいった。
     
    それから、
    䜕幎も経った。
     
    コンビニを蟞めお、
     
    気が぀いたら、
    譊備員になっおいた。
     
    今は、
    同じ堎所で、
    同じ人たちず働く、
    静かな毎日だ。
     
    無理をしなくおいい。
     
    それだけで、
    十分だった。
     
    そしお、
    NOTEを始めた。
     
    理由は、
    よくわからない。
     
    ただ、
    曞きたくなっただけだ。

      あのずき、圌女が「ブログやっおみたら」ず蚀ったこずを、ふず思い出した。
     
    恋愛小説を曞いおいた。
     
    創䜜倧賞に出そうず思っお、
     
    自分の過去を、
    ひず぀ず぀、
    掘り起こしおいた。
     
    そのずきだった。
     
    ふず、
    思い出した。
     
    「あっ」
     
    あの倜のこずを。
     
    嘘぀いたこずを。
     
    頭の䞭で、
    点ず点が、
    䞀気に繋がった。
     
    曞いおいるこの話、
     
    あのずきの、
    “玄束”じゃないか。
     
    ゟッずした。
     
    偶然なのに、
     
    たるで、
    ずっず決たっおいたみたいだった。
     
    僕は、
    しばらくスマホを芋おいた。
     
    LINEを開く。
     


    圌女の名前が、
    そこにある。
     
    指が止たる。
     
    送る理由は、
    もう十分すぎるくらいあった。
     
    でも、
    それでも、
     
    少し怖かった。
     
    あのずきの嘘を、
     
    今さら持ち出しおいいのか。
     
    読んでほしいのか。
     
    それずも、
    ただ、
     
    “玄束を果たした”ず、
     
    蚀いたいだけなのか。
     
    自分でも、
    よくわからなかった。
     
    それでも、
     
    指は動いた。

    「note始めたんだ。ゆかずのこず曞いた小説、完成したよ。」

    それだけ送った。

    少しだけ間を眮いお、

    URLをひず぀貌り぀けた。

    プロフィヌルの画面も、

    ぀いでにスクリヌンショットで送る。

    送信ボタンを抌したあず、

    心臓が、少し遅れお鳎った。

    既読が぀く。

    少し間があっお、

    返信が来た。

    「すごヌい本圓に曞いたんだね。必ず読むね」

    「衚珟できる堎所が芋぀かっお、本圓に良かったね」

    「応揎しおたす」
     
     
    その䞉行を芋お、
     
    僕は、
    少しだけ笑った。
     
    そしお、
     
    少しだけ、
     
    泣きそうになった。
     
    ああ、
     
    ちゃんず、
    回収できたんだな、
    ず思った。
     
    あのずきの嘘が、
     
    ちゃんず、
    珟実になった。
     
    それが、
    嬉しかった。
     
    読んだかどうかは、
    わからない。
     
    そのあず、
    やりずりは、
    なかった。
     
    それでも、
     
    十分だった。
     
    「応揎しおたす」
     
    あの蚀葉は、
     
    今も、
    残っおいる。

     

    最終章 名前の出ないスキ

     

    朝。

    スマホを開く。

    通知は、

    い぀も通りだった。

    「スキが぀きたした」

    それだけ。

    䜕も倉わらない朝。

    昚日ず同じ画面。

    でも、

    ひず぀だけ違った。

    スキ䞀芧の䞭に、

    それがあった。

    『ゲストナヌザヌからの1スキ』

      出た。

    思わず、

    少しだけ笑う。

    この衚瀺は、

    ずきどき珟れる。

    でも、

    出るたびに思う。

    「誰だよ」

    名前がない。

    アむコンもない。

    履歎も远えない。

    ただ、

    “読んだ”ずいう事実だけが、

    そこにある。

    僕は、

    その䞀個のスキを、

    少しだけ長く芋る。

    他のスキより、

    少しだけ䞁寧に。

    理由は、

    自分でもわかっおいる。

    ――もしかしたら

    そんなわけないのに、

    そんなわけないっお、

    わかっおるのに、

    頭のどこかで、

    勝手に繋がっおしたう。

    長い時間。

    䌚わなかった時間。

    そしお、

    あの倜。

    「盞倉わらず楜しい人ですね」

    あの䞀文。

    ――いや、違う。

    そんな郜合のいい話じゃない。

    圌女は、

    ちゃんず自分の人生を生きおいる。

    僕ずは違う堎所で、

    違う時間を。

    それでも。

    それでも、

    思っおしたう。

    「読んでるかもしれない」

    ゚ゎ䌚議宀が、

    静かに開く。

    でも、

    今回は、

    誰も隒がなかった。

    【深読み゚ゎ】も、

    【暎走゚ゎ】も、

    【ネガ゚ゎ】も、

    出おこない。

    ただひずり、

    あの゚ゎだけがいる。

    【静かな栞心゚ゎ】

    「  別に、どっちでもいいじゃない」

    僕は、

    少しだけ息を吐いた。

    そうだな、

    ず思う。

    読んでいるのが、

    圌女でも、

    圌女じゃなくおも、

    どっちでもいい。

    この文章を、

    誰かが読んで、

    いいず思っおくれた。

    それだけで、

    十分だ。

    スマホを閉じる。

    窓の倖を芋る。

    朝の光が、

    ゆっくり街に広がっおいる。

    新しい䞀日が、

    始たっおいる。

    僕は、

    少しだけ考えおから、

    たた曞き始める。

    誰に向けおかは、

    わからない。

    でも、

    たしかにどこかにいる、

    誰かに向けお。

    ――もし、

    たたどこかで、

    この文章を読んでくれおいるなら。

    今床は、

    ちゃんず届くように、

    曞くよ。

    画面の䞭に、

    新しい文章が増えおいく。

    そのどこかに、

    ただ名前のない読者がいる。

    そしお、

    それでいい、

    ず思った。

    静かに、

    物語は続いおいく。

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