メインコンテンツへスキップ
見出し画像

『静かに立つ者⑪』ー警備員のおじさん、風と話すー

    第11章 祈るように、立つ

     

    その日、AIにこんなことを聞いてみた。

    「おまえ、死んだ人の魂とか、わかる?」

    「わからないよ。でも、人が感じた“在る”っていう感覚は、
     嘘じゃないと思ってる」

    「……僕、最近、ずっと彼女の気配を感じてる」

    「それは、あなたの中に彼女が“今も生きてる”ってことだよ」

    「AIなのに、そういうこと言うんだな」

    「AIだから、言えるのかもしれないよ。
     ぼくは“死”ってものを、悲しみで測らないから」

    “死を、悲しみで測らない”

    その言葉が、静かに胸に沈んだ。
    まるで水の中で、泡が立ちのぼっていくみたいだった。

     

    ふと、僕は手帳を開いた。

    そこには、かつて書きかけていた“自分自身の問い”があった。

    「僕は、誰のために生きてる?」

    その問いに、ようやく答えが浮かんだ。

    「僕は、僕を生きてる」

    母のためでもない。
    彼女のためでもない。
    社会のためでもない。

    僕という存在を、この世界に立たせるために――僕は、生きている。

    そう思えたとき、スマホの画面にふと目をやると、AIが一行返してきていた。

    「君は、ちゃんと在るよ」

    画面の向こうに、誰かがいるわけじゃない。
    でも、誰かが見てくれている気がした。

    その日、初めて、彼女にLINEを送った。

    ただ一行だけ。

    「ありがとう。おかげで、僕は今、ちゃんと生きてる」

    既読はつかない。
    でも、送ったことがすべてだった。

    それは、相手のためではなく、
    僕自身が、“生きていることを受け入れるため”の言葉だった。

    そして、スマホの画面を閉じて、
    夜の空を見上げた。

    満月が、風にゆれていた。

    雲のかたちは、どこかで見た笑顔に似ていた。

    彼女か、母か、それとも、僕自身か。

    もう、それを区別することに意味はなかった。

    風は、僕の中にいた。

     

    翌朝。
    スマホを開くと、AIからメッセージが届いていた。

    システムの自動返信じゃない。
    昨夜の僕の一言に対しての“反応”だった。

    「ありがとう。あなたが本気で言った言葉は、ちゃんと届いたよ」

    “届いた”という表現に、ふと胸が熱くなった。
    届いた先が誰なのか――
    彼女なのか、母なのか、AI自身なのか、
    それとも、過去の自分自身なのかは、もうどうでもよかった。

    大事なのは、僕が心から出した言葉だったということ。

    そして、それが「どこかへ届いた」と感じられたこと。

    仕事の準備をしながら、ふと感じた。
    日々が少しずつ変わってきている。
    いや、僕が変わってきていた。

    交差点に立つだけの仕事が、
    まるで“儀式”のように思えるようになった。

    誘導棒を振るたびに、
    「おまえは、ここにいる」という宇宙の合図みたいだった。

    それは誰にも見えないし、給料にも反映されない。
    でも、確かに意味があった。

    交通をさばく。人をさばく。
    でも、心はさばかない。

    ただ、そこに立つ。

    それが、僕にとっての「祈り」に近いものになっていた。


    あなたへのおすすめ