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『感情の国ーシロとエモノスたちー⑪』

    第11話 記憶の井戸と、風の手紙

     

    封印の扉を抜けた僕は、静かで広い丘にたどり着いた。
    そこは、風がよく通る草原で、どこか懐かしい匂いがした。

     

    遠くに、ぽつんと一つの井戸が見えた。
    まるで“この世界の記憶”を吸い込んでいるような、不思議な存在感を放っていた。

     

    近づくと、井戸のまわりには誰もいなかった。
    けれど、井戸の縁には小さな風車がいくつも並んでいた。

    カラカラ……カラカラ……

    風車が回る音だけが、風景の中に静かに響いていた。

     

    僕は井戸をのぞいた。
    深く、深く、底が見えない。

    その瞬間、頭の中に声が響いた。

     

    「これは、“忘れられた記憶”の井戸。
    覗いた者は、自分の忘れていた記憶と向き合うことになる――」

     

    心臓がドクン、と鳴った。

    僕は、両手で縁を握りしめ、目を閉じた。

     

    そして、見た。

     

    ――僕がまだ幼かったころ。
    ――両親の笑い声。
    ――手をつないで歩いた道。
    ――名前を呼ばれる、優しい声。

     

    忘れていた“温かい日々”が、静かに蘇ってきた。

     

    でも、それと同時に――

     

    ――名前を呼ばれなくなった日。
    ――誰も僕を見なくなった日。
    ――感情を閉ざすしかなかった夜。

     

    そんな“痛みの記憶”も、いっしょに浮かび上がってきた。

     

    気づけば、僕の頬には涙が流れていた。

    それでも、不思議と怖くはなかった。

    むしろ、その涙が、“僕が僕である”証のように思えた。

     

    すると、井戸の底から、何かがふわりと浮かび上がってきた。

    それは、一枚の紙だった。

     

    僕はそれを手に取った。

    紙には、風のような筆跡でこう書かれていた。

     

    「君は、ちゃんと“心”を持っている。
    忘れられていたのではない。
    君自身が、“感じること”を諦めなかっただけ。
    名前は、感情の奥にある――
    君の旅は、もうすぐ本当の意味を持つだろう。」

     

    “風の手紙”だった。

    誰が書いたのか、わからない。

    だけど、僕のために届いたことだけは、確かだった。

     

    僕は手紙を胸にしまい、もう一度、空を見上げた。

    雲が流れ、太陽が顔を出す。

    それは、ほんのわずかな変化だったけど、
    無色だった世界に、確かに“何か”が戻ってきていた。

     

    風が、そっと髪を揺らす。

    次は、誰の感情を取り戻す番だろう――

     

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