
みすゞさんの詩と草花スケッチvol.④〜⑥ クジャクシダ/ドクダミ/アサガオ
④ クジャクシダの繊細さに・・・
みすゞさんの詩は「海とかもめ」
クジャクシダは、とっても形の美しいきれいなシダです。学校の子ども達に見せたいと思い、朝採取して花びんに生けて展示すると・・・。残念、お昼には、葉は縮れてかわいそうな姿に変身してました。
薄暗い岩陰に生息するシダ植物の中でもクジャクシダは繊細さんなのかもしれません。強い日差しや乾燥は肌に合わないようです。無理やり連れてくるのではなく、自分達の方がその生息場所に行って、静かに眺めることの方が正しい向き合い方なのでなないかなと思うようになりました。

⑤ 名前はドクダミ(毒だみ)ですが・・・
みすゞさんの詩「わらい」/ドクダミ
ドクダミくらいあざやかな花の白さを見せてくれる草はないように思う。葉の緑の濃さ、薄暗いじめじめした生息場所、そして、花をつくほどのきりっとした香り・・・。それが花の白さを際立たせているように見える。
みすゞさんの詩の「わらい」にある小さな花火がはじけるようなそんな存在に僕の中ではドクダミはあります。ただし、世間の評価は薬草としての効能ばかりで、そのきりっとした美しさの評価は低いのかも・・・。でも、応援したい雑草です。

⑥ 朝顔の露を見ながら・・・
みすゞさんの詩「つゆ」/アサガオ
みすゞさんの詩の中でも際立つ、「つゆ」のこの繊細さは何だろうか。 庭のすみっこの花の涙なんて誰が気づくだろう?わるいことでもしたようになんて思う人なんていないだろうに・・・。
東日本大震災の後のTVで繰り返しみすゞさんの「こだまでしょうか」が流されてきました。一般的に想像する「思いやり」という言葉を越えたこの繊細な感性があの状況下では有り難く思えたのかもしれません。
「繊細さん」という括りで語られることの多い今の時代、弱き者、生きづらき者の秘めた深き感性をこの『つゆ』を見返す度に思います。
日本中の小学1年生がアサガオを育てます。朝にだけ開くその花弁の朝露にかけて、こんな「つゆ」の言葉をくり返し読んで聞かせてあげたいなと思います。
