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脚本|ブロークンバニー

    ◼️あらすじ◼️

    イラン情勢が緊迫する2026年。
    証券マンのサガラは仕事中、暴行事件で逮捕された元恋人アキラの身元引受人として、警察署から突如呼び出される。
    留置所のアクリル板越しに5年ぶりの再会。
    待ち受けるのはコンプラ研修だけが頼りのズレた警官カガミとスマホ依存症の女警官タチバナ。
    ミサイルの発射音と共に始まる、かつての恋人との逃げ場のない対面。顧客との約束まで残り時間はわずか。飛び交う挑発の応酬、噛み合わない尋問に、果ては超人気マスコット偽造疑惑まで飛び出す始末。それでも進み続ける時計の針、断ち切れない過去の引力。
    逃げ続けた男と逃げ場のない男の、密室の戦争に終わりはあるのか――

    ◼️企画意図◼️

    留置所という密室空間を舞台に、低予算・短期撮影で成立する深夜帯ドラマに最適化された、ワンシチュエーション会話劇。
    アクリル板越しの解決しない元恋人同士の面会を、ズレたコンプラ警官が脱線させ続ける、不条理コメディと心情ドラマのハイブリッド。解決しない関係を出発点とすることで、一話完結の強度と、連続ドラマへ繋がる余白を両立させる。

    ◼️登場人物◼️

    【相良俊(サガラ)】31歳・証券マン
      堅実に生きてきた男。多くを語らない。
    【桐島明(アキラ)】28歳・アーティスト志望
      サガラの元恋人。暴行容疑で留置中。現在無職。
    【加賀美(カガミ)】33歳・警察官
      職務に忠実で真面目だがどこかズレている男。
    【橘(タチバナ)】31歳・女性警察官
      スマホ依存症。カガミの言動を淡々と処理する。
    【イブツ】
      社会現象を巻き起こした動物型マスコット人形。


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     ・アバン


    暗転

    3、2、1――

    シャッター音



    〇古い賃貸マンション・外観(夕方)

    電車の走行音。
    駅からほど近い、喧騒の中にある古い賃貸マンション。下の階の店舗は鉄扉が閉まったまま、壁に赤の塗料で大きな落書きがされている。
    「FUCK OFF」
    マンションの前には1台のパトカーが停まっているが、道行く人々は一瞬視線を向けるだけですぐに通り過ぎていく。マンションの2階の角部屋から2人の男のわめき声と、ドンドンと何かを叩く音が響いてくる。

    〇同マンション・2階角部屋のドアの前(同時刻)

    警察官と大家が玄関のドアを叩きながら叫ぶ。

    警察官「開けろ! 出てきなさい!」

    警察官、ドアを叩き続けた手を止めて。

    警察官「もう壊すしかない! いいですね?」

    大家、ドアを叩きながら中の住人に向かって怒鳴る。
    大家「家賃、ドアの修理代、絶対払えよ!」

    〇同・部屋の扉(内側)

    扉の内側に太いチェーンが何重にもぐるぐると巻かれている。外からドンドンと叩かれているがびくともしない。

    〇同・部屋の外

    大家が家賃と修理代のことをしきりにわめいている。警察官、大家に向かって。

    警察官「修理じゃあすみませんね、古いドアですし!」

    警察官がバールをドアにねじ込み、勢いよく蹴破る。強い音が響いて中からほこりが舞う。

    〇同・部屋の中

    薄暗い玄関には脱ぎ捨てられた靴。
    廊下のあらゆる扉は開き、床にマスコット人形やキャラクターグッズ、チラシが散乱している。
    土足で、ゆっくり踏み込む警察官と大家。
    警察官、何かに躓き、よろめく。あやうく壁に手をつき、反射的にチラシに目を留める。

    「造形美術大学祭2026」

    警察官、すぐに視線を上げる。
    奥の居間からテレビの音声が響いてくる。
    玄関の廊下から地続きの、狭いダイニングキッチンの扉は開いている。小さなテーブルの上にはビールの空き缶と部屋の鍵、飲みかけのコーヒーが残ったままのマグカップ。床には割れた皿、コップの破片。警察官、小さなガラスのかけらを踏む。
    ガリ、ガラスが割れる音。

    警察官と大家、テーブルから視線を前方にやる。
    ダイニングから正面の居間の、テレビとソファの隙間にうずくまるようにして青年が座っている。
    奥の引違い窓のカーテンは雑に閉められ、ワイドショーの音声が流れる居間には傾いた棚。
    小物が散乱し、植物が倒れている。割れた皿の破片がダイニングを飛び越え床に散らばり、壁には穴。
    大家、息を呑む。

    テレビのニュースから速報の電子音が鳴り、青年がようやく顔を上げる。
    カーテンの隙間から光が差し込み青年を照らす。ブリーチした金髪はボサボサ、着古したぶかぶかのロックTシャツは色褪せている。立ち尽くしている大家に代わって警察官が声をかける。


    警察官「……あの」


    青年、声に反応し警察官と大家に無言で視線を向ける。笑っているのか、泣いているのか、わからない表情で――


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     ・第1幕


    〇バス停留所(昼過ぎ)

    バス停に1台のバスが止まる。
    年配の乗客に混じって背の高いスーツ姿の男、サガラが足早に降りてくる。降りてすぐ足を止め、時計を確認し顔をしかめるが、すぐにビジネスバッグ片手にコートを抱えて走り出す。

    〇警察署・外観(同時刻)

    大きな警察署。パトカーが数台止まっている。駆け込んでくるサガラに警察官が一瞬驚き、目を止める。

    〇同警察署・内部

    入口のドアが開く。
    サガラ、広い警察署内を息を切らしながら足早に歩いていく。署内のテレビの音声に気を取られ足を止めるが、目を逸らして受付に向かう。

    〇同警察署・受付

    受付の前で一瞬目を伏せて静止するサガラ。
    静かに呼吸を整える。
    視線を上げて再び歩き出し受付に声をかける。
    身分証の提示を求められ、応じる。

    受付「あちらで座ってお待ちください」

    サガラ、椅子に座ろうとして立ち止まる。
    腕時計で時間を確認、14時10分。
    テレビに背を向けてようやく腰を落とす。
    ニュースから聞こえてくるのはミサイルの発射音と演説の応酬だけだが誰も気にしている様子はない。 サガラ、ポケットのスマートフォンの通知を確認しすぐにしまうと、靴ひもがほどけかかっているのに気づき、直す。
    小さくため息。

    メガネをかけた警察官が、受付の方から手を振りながら威勢よく声をあげる。

    警察官「お待たせしました! サガラさ〜ん!」

    周りの視線がサガラに注がれる。
    サガラ、コートとバッグを雑に抱えて立ち上がり警察官の方へ歩き出す。

    警察官「サガラさん? あれ、サガラさーん!」

    サガラ「……あの」

    警察官「はい?」

    サガラ「私がサガラですが。身元引受人の件で」

    警察官が遮って早口で続ける。

    警察官「ああ! お待ちしてました。すみませんお忙しいところを。担当のカガミです。では早速手続きに」

    サガラ「あ、いえ、なぜ私が呼ばれたんです?」

    カガミ、天井に目をやり沈黙するがすぐにサガラに視線を戻す。

    カガミ「……状況、ご存知ない?」

    サガラ「彼とは5年会ってませんので」

    カガミ、一瞬の間を置く。
    しかし構わず続ける。

    カガミ「そうですか。でも状況は電話で言った通りですので。平日のこんな時間に立ち会っていただけて助かりました。正直もう誰も来てくれないと思って」

    サガラ「……」

    カガミ「あ、もしかしてお仕事中でした?」
    サガラ「はあ、まあ」

    カガミ、矢継ぎ早に続ける。

    カガミ「どちらから? 都内ですか?」
    サガラ「蔵前ですが」

    カガミ「蔵前! 知ってますよ。東京のブルックリン、でしょ?」

    カガミ、早口で得意げに喋り続ける。
    サガラ、合の手を打つ余裕もない。
    右手にバッグと共に抱えていたコートを落としそうになり、慌てて抱え直そうとバランスを取る。

    カガミ「いいところですよね〜。妹がレザークラフトをやってて、蔵前の問屋でよく革とか……」

    サガラ、バランスを取り直す。
    抱え直してぐちゃぐちゃになったコートを片手に。

    サガラ「あの」

    カガミ「はい」

    サガラ「彼は、私が来ることを知ってるんですか?」

    カガミ「いえ? だからこれから話します。まあここで立ち入った話もなんですし、中へどうぞ」

    カガミ、サガラに背を向けて早足でさっさと歩き出す。サガラ、置いていかれそうになりながらも腕時計を再び確認する。

    14時22分。

    サガラ、天を仰ぎかけてやめ、歩き出す。

    〇同警察署・留置所内(14時25分頃)

    アクリル板で隔てた部屋の奥に、青年が片膝を立てたまま座っている。傷んだ金髪が部屋の明るい照明に照らされ、透明に光を帯びている。身体は真っ白な壁に向いているがその目は宙を見ている。
    アクリル板で仕切られた外側の部屋の中央には、事務的なデスクと椅子が二脚。
    机と少し距離を置いた壁側に女性警察官が青年の正面を向いて座っているが、青年には一瞥もくれずにスマートフォンに視線を落としている。
    青年、女性警察官のほうに向き直る。   

    青年「あの〜」

    女性警察官、答えない。視線も動かさない。

    青年「あの、僕退屈で死にそうなんですけど。スマホ返してもらえません?」

    女性警察官、動かない。答えない。

    青年「GEMINIと話したいんですけど。僕のことわかってくれるの、あいつしかいないんです〜」

    女性警察官、無視。
    青年、不服そうにまた壁に視線を戻す。
    おもむろにドアが開く。
    サガラを連れたカガミが部屋に入ってくる。
    カガミ、女性警察官に向かって。

    カガミ「タチバナさん、サガラさんがお見えです」

    タチバナ、スマートフォンに視線を落としたまま答えない。青年、カガミの言葉にわずかに視線を向けて反応する。
    カガミ、気にする様子もなくサガラに向かって。

    カガミ「あ、すみません。彼女ちょっとしたスマホ依存症で。どうぞ」

    サガラがゆっくりと部屋に入り、アクリル板越しの青年を横目に見るがすぐに目を逸らす。
    青年、サガラの視線を確認し一瞬静止した後、サガラの左手に視線を落とす。
    手には腕時計だけ。
    再びサガラの顔に視線を戻すが応答はない。
    目を伏せ、乱暴に椅子に座り直す。
    アクリル板の前のカウンターに肘をつき、カウンターにバタンと突っ伏す。
    サガラ、音と共に視線を遮断した青年と入れ替わるように彼を見て、青年に近寄ろうとする。
    カガミ、サガラの腕を掴んで制止。

    カガミ「先に手続きを済ませましょうか」  

    サガラ、カガミの制止を受けて半歩下がる。
    カガミ、何事もなかったかのように青年の方に向き直る。青年に近寄り前のめりに。

    カガミ「電話したら来てくださったんで! いや、手当たり次第電話した甲斐がありました」

    アキラ、突っ伏したまま答えない。
    カガミ、振り返ってサガラの方を見る。

    カガミ「彼、暴行事件の容疑で勾留中でして。えーと名前……」

    タチバナ、スマートフォンから目を離さずに。

    タチバナ「桐島明。両親から縁を切られているそうで今はただのアキラだそうです」

    カガミ、アキラに向き直り。

    カガミ「そうそう、アキラさん。古風な名前ですよね〜。見た目と違って」

    アキラ、突っ伏したまま無言。
    カガミ、気にせず続ける。

    カガミ「アキラさん? あ、すみません。今のは見た目が今風ってことです」

    アキラ、突っ伏した姿勢はそのままに少しだけ顔を上げる。目線はカウンターに落としたまま。

    アキラ「……こんなの聞いてないんですけど」

    カガミ「はい。ですから今から説明します。あなたの釈放の条件」

    カガミ、アキラに構わず淡々と続ける。

    カガミ「身元引受人に来てもらいました。サガラさんに……」

    アキラ、カガミが言い切る前に突然立ち上がる。
    座っていた椅子が倒れた音が部屋中に響き渡る。
    意表を突かれたカガミ、半歩のけぞる。
    タチバナ、動じずスマートフォンを見続けている。アキラの視線の先がサガラに定まる。

    静まり返る室内。
    サガラとアキラの視線がぶつかる。

    アキラ「……なんで?」

    サガラ、答えない。

    アキラ「なんで来た?」

    カガミ「あー、詳しいことはこれから……」

    アキラ「なんで来たって聞いてんだよ!」


    アキラの声がアクリル板越しに響き渡る。
    サガラとアキラの視線はぶつかったまま、動かない。サガラ、口を開く。


    サガラ「そんなの俺が知るか」


     ・第2幕


    〇同警察署・留置所内(その直後)

    静まり返った部屋の中。
    アクリル板を挟んだ外側の部屋。
    サガラ、中央のデスクの入口のドア側に、窮屈そうに座らされている。左手の時計を確認。
    14時28分、時計から目を逸らす。
    アキラ、アクリル板越しにカウンターに肘をつき、誰とも目を合わせず不機嫌そうにしている。
    タチバナ、相変わらずスマートフォンから目を上げず壁を背に座り、無言。
    部屋を出ていたカガミが何かを持ってドアを開けて戻ってくる。カガミ、デスクの上にプラスチックのケースを置き、独り言のように呟く。

    カガミ「本来はこういう手続きじゃないんですが……」

    カガミ、デスクに両手をついてサガラの顔をのぞき込む。

    カガミ「こちらはアキラさんの逮捕時の所持品です。サガラさんに確認をお願いしたくて」

    サガラ、一呼吸置いてカガミを見るが、すぐに視線をデスクに落として答える。

    サガラ「いえ、私はまだ引き受けるとは……」

    サガラの反応にアキラが一瞬鋭い眼差しを向けるが、つまらなそうに視線を逸らす。
    カガミ、サガラに早口で。

    カガミ「サガラさん、確かお仕事中でしたよね。それでわざわざ蔵前から。お勤め先はえーと」

    サガラ、うつむき加減で黙り込む。
    視界には左腕の腕時計。
    観念したようにカガミを見上げて言う。


    サガラ「証券会社ですが」

    カガミ「なるほど。この後のご予定は?」

    サガラ「それ、言う必要がありますか?」

    カガミ、反応なし。
    サガラ、両腕で膝を掴む。
    サガラの視界の片隅でアキラが呆れたように笑っている。サガラ、ため息まじりに。 

    サガラ「……出張です」

    カガミ「出張とは?」

    アキラ、無言で退屈そうに椅子の上で足を組み替えている。サガラ、観念したようにつぶやく。 

    サガラ「……顧客を待たせてます。羽田に18時に」

    カガミ、小さく頷く。
    後方のタチバナに向かって。

    カガミ「それは大変です。タチバナさん、今何時ですか?」

    タチバナ、無視。
    カガミ、自分ですぐに時計を確認する。

    カガミ「14時30分。サガラさん、羽田へはバス? それとも電車ですか?」

    サガラ「横浜からバスですが」

    カガミ、タチバナに視線をやり、声量を上げる。

    カガミ「だそうです、ええと〜」

    タチバナ、スマートフォンに視線を落としたまま淡々と喋る。

    タチバナ「羽田空港18時前着。藤沢を16時には出て、横浜駅発16時55分頃のバスに乗れば間に合います」

    カガミ、タチバナの方を向いたまま。

    カガミ「つまり?」

    タチバナ「15時45分にはここを出るべきかと」

    カガミ、視線を戻し、さらに前のめりになってサガラに詰め寄る。距離が近い。

    カガミ「ならそれまでに終わらせないといけませんね。サガラさん、あなた、彼を社会的に保護する責任があるとは思いませんか?」

    サガラ、距離を詰めるカガミの顔を避けつつ答える。

    サガラ「別に、全く」

    カガミ、返事を聞くやいなやデスクから手を離し、動き出す。サガラの正面の椅子に勢いよく座り淡々と告げる。

    カガミ「今のは聞かなかったことにします」  

    サガラ、無言。
    膝をつかんだ手に少しだけ力が入る。   

    カガミ「では早速始めましょう。まずはこれ。アキラさんの財布です。所持金は1215円とカードが……」

    サガラ、わずかに頭を垂れる。
    一拍置いてから視線を上げ、カガミの手元の財布に目をやる。
    アキラ、視線は伏せたまま、かったるそうに椅子の上で胡座をかいている。アクリル板越しからやる気の感じられない声で。

    アキラ「あの~ちょっと待ってください」

    カガミ、財布の中身を探りながら。

    カガミ「何でしょう? 1200円あれば、帰りの電車賃には足りると思いますが」

    アキラ、ため息をつく。
    伏せた顔を上げ、カガミに向かって。

    アキラ「あのさ、こっちこそその男に社会的に保護される義理はありません。だいたい僕は正当防衛だし」

    カガミ「つまり?」

    アキラ、髪を軽く掻きむしって面倒くさそうに続ける。

    アキラ「あ~、やられたから、やり返した。それだけ!」

    アキラの言葉をうけて、サガラ、呆れたように口を開く。独り言のように。

    サガラ「……目には目を。彼は昔からそうです」

    アキラ、サガラの声に反応して反射的に視線をサガラに向け、小さく笑う。

    アキラ「は、やっと喋ったと思ったらそれ?」

    サガラ、無視。デスクに肘をつく。
    目を伏せ、視線を合わせない。
    アキラ、アクリル板越しにギリギリまで身を乗り出して、ふざけたように言う。

    アキラ「親父の時はリーマンショックで今度はイランかよ、って顔してる」

    サガラ、姿勢はそのままに。
    口を開こうとして、やめる。

    アキラ、笑いながら。

    アキラ「うそうそ。冗談」

    アキラ「戦争反対、だよね?」

    サガラ、目を伏せたまま答えない。腕時計を反射的に確認しそうになり、やめる。
    アキラ、アクリル板から距離を置くように身を引き、椅子に深く座り直す。
    視線はサガラに向けたまま呟く。

    アキラ『目には目を、尺には尺を』

    アキラ、一拍置いてさらに続ける。

    アキラ「やられたからやり返した、話はそれだけ。弁護士呼んで」

    カガミ「はあ、尺……?」

    アキラ、飽きたのか喋るのを突然やめる。
    サガラ、デスクに肘をつき、目を逸らしたまま答える。

    サガラ「……尺には尺を。シェイクスピアの戯曲ですね」

    アキラ、座ったまま伸びをしているが、サガラの声に反応して掲げた腕を下ろす。
    サガラ、姿勢を崩して膝の上で拳を握りしめる。
    カガミ、サガラに向かって。

    カガミ「なるほど。シェイクスピアなら私も知っています。生きるべきか死ぬべきか――」

    サガラ、カガミが言い終わるのを待たずに突然立ち上がる。椅子が倒れそうになり、慌てて支えて立て直してから。

    サガラ「……もうわかりました。続けます。早く終わらせましょう」

    アキラ、2人のやりとりをつまらなそうに見ている。カガミ、サガラの表明を受けて笑顔で返す。

    カガミ「それはよかった! あ、そういえばサガラさん、暴行事件についてご質問は?」

    サガラ「別にありません。……いや」

    カガミ「はい?」

    少しの間。

    サガラ、静かに椅子に座り直し、シャツの襟を少し緩めてから一言。

    サガラ「聞いておきます、一応」

    カガミ「わかりました。では今事件についての資料を……」

    タチバナ、姿勢はそのまま、遮って答える。

    タチバナ「相手の男は昨日病院に搬送されました。全治3カ月〜6カ月。大麻、万引き、暴行の前科があり、今回の事件でも既に容疑を認めています」

    アキラ、表情を歪める。

    アキラ「は!? 大麻!?」

    カガミ「そうそう、それ。容疑者は前科三犯、無職の32歳男性なので幸いなことに社会的、経済的な損失は限定的、というか全くありません。不幸中の幸いです」

    アキラ「……前科の話なんて聞いてない。あいつ、殺してやればよかったかな」

    サガラ、机に肘をついて頭を抱えるが、すぐに姿勢を正す。カガミ、アキラに向かって真顔で。 

    カガミ「殺人となると全く話は別です。殺さなくてよかったですね」

    アキラ、不服そうにTシャツの右の袖をまくり上げてカガミに訴える。

    アキラ「でも正当防衛でしょ。このアザみてよ。まだ全然痛いし、病院行かないと」

    サガラ、アキラのアザをみて一瞬眉をひそめる。
    アキラ、袖を元に戻してサガラに視線を向ける。
    無言でサガラを見つめた後に少し笑って。

    アキラ「今、自業自得だって思った?」

    サガラ、無視する。
    カガミ、椅子から立ち上がりアキラに向かって。

    カガミ「ご安心を。法律に自業自得なんて言葉は存在しませんので。明らかにこのケースは正当防衛で……」

    タチバナ、すかさず訂正。

    タチバナ「被疑者は昨朝、交際中の男に正面から突き飛ばされ右肩を殴打。その後、正面から男を蹴り倒して食器類を投げつけ、逃げようとした男を追いかけマンションの階段付近で揉み合いになり階段から突き落とした。法律に照らし合わせると過剰防衛に当たるギリギリのラインですね」

    カガミ「そうそう過剰防衛。それ」

    サガラ、小さくため息。
    アキラ、不服そうに腕を組む。
    カガミ、座り直してアキラに構わず続ける。

    カガミ「では続けましょう。財布の中身いくらでしたっけ。ま、いいか。それと……」 

    カガミ、財布から何かを取り出し首をかしげる。

    カガミ「写真が1枚。これって……」

    タチバナ、スマートフォンを見ながら補足。

    タチバナ「正確には証明写真サイズかと」   

    サガラ、咄嗟に写真をカガミの手から取り上げる。一瞬だけ確認して裏返す。

    動きが止まる――

    写真をすぐさま右のポケットに収める。  

     サガラ「これはいいです。確認しました」

    カガミ「はあ、そうですか」 

    アキラ、組んでいた腕をほどきカウンターに寄りかかり、再びアクリル板に近づく。
    視線をサガラに向けて。

    アキラ「ホントに変わってないね。そういうとこ」   

    アキラ、視線をサガラに定めたまま。

    アキラ「……この嘘つき」

    サガラ、アキラに視線を返すが何も答えない。
    アキラ、サガラを見つめたまま続ける。

    アキラ「この大嘘つき」

    サガラ、アキラから目線を逸らす。
    右手はポケットに入れたまま、声を絞り出すように答える。

    サガラ「それは何度も聞いた」

    サガラの応答に、アキラ、意外そうに目を丸くする。一瞬間を置いて、子供のような、ふざけたような言い方でアクリル板越しに全員に訴えるように。


    アキラ「この男はとんでもない嘘つきです。その嘘で僕は過去に傷付いた。それは罪にはならないんですか?」

    サガラ、口を開こうとして、やめる。
    カガミ、少しの間静止したあと、アキラの問いに気づき答える。

    カガミ「……まあ嘘は犯罪にはなりませんからねえ」

    タチバナ、訂正。

    タチバナ「個人間でも詐欺罪、名誉毀損罪、侮辱罪などで罪に問われるケースはままあります。法廷での虚偽の証言も罪に問われます」

    カガミ「そう、それ。嘘の種類によります」

    アキラ、相変わらず視線をサガラに向けたまま続ける。

    アキラ「この男と3年間付き合ってました。周りにはずっと秘密にされて」

    サガラ、無視。

    アキラ「この嘘は? 何罪?」

    サガラ、無言。
    誰とも視線を合わせず目を伏せる。
    カガミ、少し上を見上げて考えてから答える。

    カガミ「……うーん、ロマンス詐欺とか? もし結婚前提で付き合っていたとした場合ですが」

    タチバナ、カガミの言葉を遮り。

    タチバナ「同性婚は現在の法律上、認められていません」

    サガラ、タチバナが言い終わると同時に立ち上がり、アキラを見る。
    カガミもサガラにつられて立ち上がる。
    サガラ、静かな声で。

    サガラ「俺が嘘つきならお前は何だよ。器物損壊罪で有罪だろ」

    カガミ「器物損壊?」

    サガラ、ポケットから手を出し、拳を強く握る。
    一拍置いてから言いにくそうに。

    サガラ「……仕事の重要な書類を燃やされました」

    アキラ、少し考えてから、思い出したようにひとり頷く。姿勢を正して。

    アキラ「元カノからの手紙だと思ったので」

    サガラ、言い返そうと口を開きかけて、閉じる。
    カガミ、少し考えてから。

    カガミ「……まあそれは痴話喧嘩の範疇ということで」

    タチバナ、訂正。

    タチバナ「正確には私用文書等毀棄罪にあたるかと思いますが」

    サガラ「いや、もういいです」

    サガラ、脱力したように座る。
    テーブルに肘をつき右手で額に手を当てる。
    アキラ、既に興味なさそうに椅子に座ったまま天井を仰ぎ見る。

    サガラ「……あの、続けてください」
    カガミ「はい?」
    サガラ「終わってませんよね。所持品確認」
    カガミ「あ、そうでした」

    タチバナ、すかさず。

    タチバナ「15時45分まで、あと1時間を切っています」

    カガミ、慌てて椅子に座り直し、サガラに向き合う。プラスチックケースに手をやり、ひとつずつアキラの所持品を並べていく。
    デスクの上、サガラに向かって左から。
    財布の隣にスマートフォン、どこかで見たことのあるようなマスコット、小型の錠前、手錠、が並ぶ。


    カガミ「急ぎましょう。残りの所持品はこれです。壊れたスマートフォン、偽造イブツのマスコット、あ、これは私の妹も持ってます。もちろん本物の方ですが。それから南京錠、おもちゃの手錠……」

    カガミ、言いかけて手錠を掴む。

    カガミ「これ、よく出来てますねぇ」

    アキラ「ドンキで買いました。300円で」 

    カガミ「安いですね」

    アキラ「スマホアクセサリーに使えるかと思って」 

    カガミ、感心したように手錠に見入っている。
    サガラ、腕時計をことさらに確認。 
    タチバナ、スマホを操作する手を一瞬止める。
    目線は伏せたまま。


    タチバナ「偽造イブツ、今年に入って50体目ですね」


    サガラ、デスクに肘をついたままぼそっとつぶやく。

    サガラ「……スマホアクセサリーの前にスマホを直せよ」

    アキラ、一瞬、サガラを無言で睨む。
    強気でその場の全員に向かって。


    アキラ「みんな言うけどさ、その偽造イブツと言われてる人形は僕が作ったやつ。あとスマホは液晶が割れてるだけで壊れてないから」

    カガミ、咄嗟に手錠を手から離し、アキラを見る。

    カガミ「器用ですね」

    アキラ、呆れたように大げさに天を仰ぐ。
    すぐにカガミに向かって。


    アキラ「これ何度も言ってるんですけど。また言う必要あります? あのさ」


    タチバナ、スマホをスクロールしながら補足。

    タチバナ「桐島明。都内の美術大学を卒業後、イラストレーターの仕事の傍らアートフィギュアの工房に勤めたこともあったようです。被疑者の自宅から作りかけの偽造イブツが押収されているので間違いありません」

    カガミ、目を丸くして。

    カガミ「もしかして、罪状増えちゃいました?」

    アキラ、立ち上がり身を乗り出す。
    カウンターに乱暴に手をついて、カガミに向かって抗議する。


    アキラ「だ か ら! それも何度も言ってるよね?作ったのは僕だけど、それをあいつが勝手に売ってただけ! 友達にあげるとか言って……」


    アキラ、勢いのまま喋りながらも一瞬サガラに視線を向ける。サガラと目が合い、思わず逸らして話を続ける。

    アキラ「あと偽造イブツってみんな言うけどまずこれデザインからして違うし、全っ然べつもの! 包帯してるから、ギブスって名前もあって――」


    カガミ「つまり? 偽造イブツじゃなくて、イブツもどきだと? もしくは劣化イブツ?」


    アキラ、興奮気味に勢いのまま喋ろうと咳き込むが、そのまま続ける。

    アキラ「そうです。偽造じゃないです。ただの劣化イブツもどきです。それに……」

    カガミ「それに?」

    アキラ、呼吸が荒くなり、咳払いをする。

    アキラ「いや、もう、いいです。もう」

    サガラ、アキラの様子を見て思わず口を開く。

    サガラ「あの」

    カガミ「何か?」


    サガラ「あ、いえ、もういいでしょう。この件は。今回のことに直接関係あるとは思えません」

    カガミ、サガラの方に向き直って。

    カガミ「親の金で美大まで出て偽造イブツもとい劣化イブツもどきの密売の片棒を担がされていたことについてですか?」


    アキラ、固まって目を伏せ沈黙。
    ゆっくり呼吸しながら震える右手を必死で抑えている。サガラ、アキラの様子を見て立ち上がりかけ何かを言おうとしてやめ、静かに座り直す。
    カガミ、顎に指を当て少し考える。

    カガミ「まあ確かに。関係ないと言えば関係ありませんね。どう思いますタチバナさ――」

    タチバナ、スマートフォンをスワイプしながらカガミが言い終わる前に答える。

    タチバナ「偽造イブツですが、明らかに全てに偽物とわかるアルファベット刻印があります。被疑者は故意にイブツを偽造し、密売する意図はなかったと思われます」

    タチバナ、喋りながら思い出したように付け足す。

    タチバナ「ちなみに、署を出る時間まで、あと45分です」  


    カガミ、聞いていない。
    偽造イブツを手に取り確認しながら。


    カガミ「……刻印?」


    タチバナ、補足。

    タチバナ「足の裏に小さく。肉眼では確認しづらいですが拡大写真で照合済みです」 

    カガミ、偽造イブツをひっくり返してまじまじと見つめる。

    カガミ「確かに、何か掘ってありますね」

    タチバナ、目線は上げずにゆっくりとアルファベットを読み上げる。


    タチバナ「BB-NKEONRNUY」


    サガラ、タチバナが言い終わると同時にアキラを見る。わずかに右の拳を握る。
    アキラ、目を合わせない。
    カガミ、タチバナに向かって。

    カガミ「BB……なんですって?」

    タチバナ、続ける。

    タチバナ「BB-NKEONRNUY」

    サガラ、アキラに向けた目線をわずかに伏せる。
    カガミ、偽造イブツをサガラに差し出して。

    カガミ「サガラさんも確認しますか」

    サガラ、視線を伏せたまま答える。

    サガラ「……いや、私はいいです」

    カガミ、偽造イブツを手に持ったまま。

    カガミ「なんですかねえ、これ。型番?」

    タチバナ「型番だとしたらあるはずの数字がありません」

    カガミ「つまり?」

    タチバナ「何かの記号、ブランド名、あとは……」


    サガラ、タチバナの声を聞きながら、アキラをじっと見つめている。
    カガミ、立ち上がり、タチバナに近寄る。

    カガミ「あとは?」

    タチバナ、目を伏せたまま。

    タチバナ「さあ、何でしょう。被疑者の自宅から押収された作りかけの偽造イブツや、被疑者が自作したと思われるアクセサリー類にも同様のアルファベットの刻印がありました。写真でも解析済みです」  


    サガラ、アキラから目線を外さない。
    アキラ、目を合わせようとしない。 
    カガミ、偽造イブツを持ったまま、アキラに早足で近寄りながら喋る。


    カガミ「アキラさん、何でしょうこの刻印は。答えてもらっていいですか?」

    アキラ、視線を逸らしたまま。

    アキラ「……嫌です」 

    カガミ「はあ、そうですか」   

    カガミ、偽造イブツを見つめながら。

    カガミ「そういえば、私の妹がレザークラフトをやっているんですが」


    アキラ、カガミの言葉に正面を向く。
    カガミを睨みながら。


    アキラ「それ、いま関係あります?」

    カガミ、即答。

    カガミ「関係あります。あ、妹は作った作品にはいつも印をいれているんです。署名みたいな感じで……」

    アキラ、カガミを睨みつつ、無反応。

    カガミ「そうか、署名」

    アキラ、答えない。
    サガラ、2人のやりとりをじっと見ている。
    カガミ、一人納得したように。


    カガミ「つまりこういうことですね。この刻印はあなたが偽造イブツもとい劣化イブツもどきにあえて署名として残したと。ですよね?」

    アキラ、答えない。
    独り言のようにつぶやく。 

    アキラ「……答えたくありません」


    カガミ「刻印の意味は? 何かの暗号とか?」

    アキラ、カガミを正面から睨んで。

    アキラ「答えたくないって言ってるだろ!」


    カガミ、引き下がらない。
    サガラ、立ち上がり、歩を進める。
    カガミに向かって。


    サガラ「もういいでしょう」

    一拍置いてから。

    サガラ「彼は、答えないと言ってますし」

    アキラ、サガラの声に反応。
    サガラを睨む。

    アキラ「は、なに?」

    サガラ、アキラに視線を向けるが答えない。

    アキラ、続ける。

    アキラ「あのさあ……」

    アキラ「うるさいから黙ってろよ。いままでずっと黙ってたんだから!」


    一瞬、静まり返る部屋。


    サガラ、アクリル板に半歩近づく。
    口を開こうとして、一旦言葉を飲み込んでから。


    サガラ「……うるさいのはお前だろ。それに――」


    サガラ、言いかけて、止まる。
    アキラ、カウンターに身を乗り出し。


    アキラ「だいたい何で来たんだよ、いまさら!」


    サガラ、さらにアキラに近づいて。


    サガラ「そんなの俺が知るか!」


    アキラ「それはもう聞いた! それじゃ答えになってない!」



    サガラ「お前のせいだろ!」



    サガラ、カウンターに寄りかかるようにして前のめりになる。アクリル板に右手をついて。


    サガラ「……お前が、俺を呼んだと思ったから!」


    誰も動かない。
    サガラ、視線をアキラに向けたまま沈黙。
    アキラ、サガラを前にして声につまる。
    何かを言おうと口を開いて、やめる。
    カガミ、とっさに2人のあいだに割り込む。


    カガミ「まあまあ落ち着いてください。今は言い争いをしている時ではありません。ねえ、タチバナさん」

    タチバナ、淡々と。

    タチバナ「時間まで、あと30分を切りましたが」


    サガラ、カウンターから後ずさりする。
    アキラに背を向け、デスクに目をやり、ため息。
    アキラ、カウンターから離れ目を伏せる。
    カガミ、2人の様子を交互に見ている。
    サガラ、おもむろにデスクの上の小型の錠前を手にして言う。


    サガラ「……すみません、それより」

    カガミ、サガラの声に反応する。

    カガミ「はい?」

    サガラ「私は、この南京錠の方が気になりますが」

    カガミ、アキラに向かって。

    カガミ「は、そうでした、南京錠! これは私も気になっていたところです。アキラさん!」

    アキラ、無視。
    目を逸らし壁を睨んでいる。

    カガミ「サガラさんが南京錠について知りたいそうですが」

    アキラ、そっぽを向いたまま抑揚のない声で答える。

    アキラ「嫌です、答えません」

    サガラ、アキラの拒絶に眉を少しひそめる。

    カガミ「何故です? 何かやましいことでも?」

    アキラ、カガミに向き直る。
    抑揚のない声で。

    アキラ「プライベートなことなので。これ以上聞くならプライバシー侵害で訴える」

    カガミ「はあ」

    アキラ「プライバシー侵害は? 何罪?」  


    カガミ、考え込む。
    サガラ、呆れたような、諦めたような表情でアキラを見る。サガラとアキラ、目が合うが、逸らす。
    アキラ、正面を向いたまま声を絞り出すように。


    アキラ「……ねえ」

    アキラ「何罪ですか?」

    カガミ「はい? プライバシー侵害が?」

    アキラ、一呼吸置いて。


    アキラ「……アーティストになりたくて、親の金で美大に入ってまで作った作品が偽造イブツもとい劣化イブツもどきだったとしたらなんの罪になります? 有罪ですか?」 


    カガミ「さあ、それは法律に照らし合わせてみないと……」


    アキラ、カウンターを叩いて叫ぶ。


    アキラ「そんな法律ないだろ! 僕は正当防衛だし、そもそも偽造してない。ねえ、だろ!?」


    アキラ、アクリル板越しにサガラを指差してカガミに訴える。 

    アキラ「あの!」

    アキラ「僕は昔、あの男に不同意行為を強要されました。捕まえてください!」

    サガラ、思わず声が出る。

    サガラ「はあ?」


    カガミの視線がサガラに注がれる。

    カガミ「本当に? 無理やり? 確かですか?」

    アキラ、カガミの反応に一瞬間を置いてから。

    アキラ「……多分」

    カガミ、アキラに視線を戻して。

    カガミ「多分?」

    サガラ、思わずデスクに強く手をつき、アキラに向かって反論。

    サガラ「そんなことしてないだろ! 大体いつの話だよ!」

    アキラ「むかし、酔ったときとかに成り行きで……たまに!」

    サガラ「そんなのよくあることだろ!」


    サガラの一声に、カガミとタチバナが視線を合わせる。カガミ、振り向いてサガラに歩み寄る。

    カガミ「サガラさん、ちょっとお話聞かせていただいてもいいですか」

    カガミ、口調は穏やかに、サガラの腕をしっかり掴む。

    サガラ「は、なんで俺が!」

    カガミ、サガラの手を後ろに回し、しっかりと掴みながら。

    カガミ「同意がない状態での性的行為は……え~と?」

    タチバナ「同意がない状態でのわいせつ行為。6カ月以上10年以下の拘禁刑が科されます。2023年に強制わいせつ罪から不同意わいせつ罪に名称変更されました」


    アキラ、思わずカウンターに身を乗り出して叫ぶ。

    アキラ「は、わいせつ罪!?」 

    サガラ、アキラの声に振り返る。
    アキラ、動揺したような表情でサガラを見る。
    サガラと視線が合うがすぐに逸らす。
    カガミ、サガラに向かって。


    カガミ「そう、不同意わいせつ罪! しかもあなたの犯行は複数回に及んでいる」

    サガラ「犯行? いやちょっと」  

    カガミ、聞いていない。 
    そのまま続ける。

    カガミ「サガラさん、お話の続きは別室で聞かせてもらいましょう。さ、どうぞ」


    サガラ「いえ、さっきのは言葉のあやで……」


    サガラが言い終わる前に、アキラがアクリル板越しにカガミに叫ぶ。

    アキラ「ちょっと待てよ、サガラがそんなことするわけないだろ!」

    サガラ、アキラを見つめるも無言。
    カガミ、サガラを入り口付近まで連れて行こうとするが、アキラの抗議にサガラを拘束したまま答える。


    カガミ「被害者が加害者を庇うのは心理的によくあることです。研修で聞きました。大丈夫、あなたは悪くない!」


    アキラ「そんなこと言ってな、いや、言ったけど――」

    タチバナ、アキラの言葉を遮って。

    タチバナ「同意書、または同意アプリ等の記録があれば立証は可能ですが」

    アキラ「アプリ!? 普通酔ってる時にそんな同意手続きなんてしないじゃん!」

    カガミ、サガラを拘束したまま続ける。

    カガミ「それは完全に犯人側の弁ですね。ストックホルム症候群というトラウマによる心理状態です。これも研修で聞きました。大丈夫、カウンセリングで解決します」 


    アキラ、拘束されているサガラに目をやり。
    カガミに向かって。


    アキラ「いや、いやいや。ごめん今の嘘嘘嘘! 取り消して!」


    カガミ「それです! トラウマ的な記憶からの逃避! あなたは被害者です!」


    サガラ、無言。脱力しうなだれる。
    カガミがドアのノブに手をかけようとする。
    アキラ、アクリル板に手をつき、目を伏せる。
    アクリル板に接した手をぎゅっと握りしめ、顔を上げてアクリル板を叩いて、叫ぶ。


    アキラ「……待って、待って下さい! 大事なことを話します」


    カガミ「はい?」


    アキラ、アクリル板越しにサガラと目が合いそうになり、逸らす。視線を床に向けて、小さく息を吐いてから。深刻そうな顔で。


    アキラ「南京錠の……話をします」


    カガミ、動きを止め、サガラを解放する。
    2人の視線がアキラに注がれる。
    カガミ、アキラに歩み寄る。
    静かな部屋に靴音が響く。


    カガミ「聞きましょうか、南京錠の話」


    アキラ、外していた視線をゆっくり正面に戻す。

    少しの間。

    沈黙が部屋を支配する。
    アキラ、右手を開いてアクリル板につき、サガラを見つめながら。


    アキラ「人は……」


    アキラ、掠れた声。言葉に詰まる。
    咳払いして、言い直す。


    笑っているような、泣いているような表情で――



    アキラ『Do people always fall in love with things they can’t have?』


    カガミ「……?」


    沈黙。


    サガラ、目を伏せたままアキラに向き直る。
    ゆっくりと視線を上げ、アキラを見る。


    一瞬の間。


    サガラ、答える。


    サガラ「……いつも」


    静寂。


    サガラとアキラ、視線を交わしたまま動かない。
    カガミ、怪訝そうな顔で2人を交互に見る。


    カガミ「……あの」

    カガミ「いまの、ググったほうがいいですか?」


    誰も答えない。

    タチバナが告げる。

    タチバナ「15時35分を回りました。残り時間、あと10分です」

    サガラ、カガミに近寄り何か声をかけようとする。と、同時にドアをノックする音。
    ドアが小さく開き、若い警察官が顔を出す。


    若い警察官「カガミさん、ちょっと……」

    カガミ「どうしました、今面会中ですが」

    若い警察官、面会室を一通り見渡してから小さな声でカガミに耳打ち。

    若い警察官「いえ、例の暴行事件の件、入院中の男が偽造イブツ密売の容疑を認めました。あと……」  

    カガミ「なに?」

    若い警察官、さらに声をひそめて。

    若い警察官「……南京錠について話をしたいと言っています」

    カガミ、若い警察官の言葉に瞬時に反応する。

    カガミ「わかりました、すぐ行きます!」

    知らせに来た若い警察官が去り、ドアが閉まる音。カガミ、部屋の全員に向き直る。

    カガミ「やはり事件の鍵は南京錠にあったようです。話を聞いてきます。タチバナさん、あとお願いします!」

    カガミ、そのまま出ていこうとするが、振り返ってアキラを見る。

    カガミ「言い忘れました。アキラさん、カウンセリングを受けてください。では!」


    カガミ、言い切ったと同時に勢いよくドアを開けて出ていく。廊下を走る音が聞こえて消えてゆく。
    サガラとアキラ、あっけにとられたように立ち尽くす。タチバナ、変わらず視線を上げずに椅子に腰掛けたまま。


    タチバナ「南京錠の話、しますか?」


    アキラ、一瞬静止。
    タチバナに向かって。

    アキラ「あ、いえ。あれ別に僕のじゃないんで」

    タチバナ「じゃあ、話は終わりです」


    サガラ、2人のやり取りを眺め、少し間を置いてから。


    サガラ「あの」

    タチバナ、無言。

    サガラ「アキラと……彼と少し話をさせてもらえないでしょうか」

    タチバナ、顔を伏せたまま。

    タチバナ「15時45分まであと5分、正確には5分45秒ですが」

    タチバナ「続けますか?」

    サガラ「……じゃあ5分だけ」


    タチバナ、興味なさそうに答える。


    タチバナ「どうぞ」


     ・第3幕


    〇同警察署・留置所内(その直後)

    カガミと共に喧騒が去り、無音になった部屋の中。アキラとサガラ、アクリル板を挟んでカウンター越しに対面する。タチバナ、沈黙の中で壁を背にスマートフォンを見つめている。
    誰も喋らない。

    アキラ、深く椅子にもたれかかる。
    落ち着かない様子で、目線が部屋中のあちこちを行ったり来たりしている。何か言おうと口を開きかけて、やめる。
    サガラ、カウンターに右肘をついてアキラの様子をただ見つめている。
    沈黙。

    サガラ、言いづらそうに口を開く。

    サガラ「……あー、その」

    アキラ、居心地悪そうに座り直しながら答える。

    アキラ「なに」

    サガラも居心地悪そうに続ける。 

    サガラ「さっきの話」

    サガラ「もし、ほんとに同意がなかったならごめん」

    アキラ、サガラを見て目を丸くする。
    サガラ、独り言のように。

    サガラ「……まあ覚えてないけど」

    アキラ、小さく笑う。

    アキラ「なにいまさら、そこ?」

    サガラ、カウンターの上に寄りかかり腕を組む。

    サガラ「そこ、じゃない。おかげで逮捕されるところだった」

    サガラ、自嘲気味に。

    サガラ「散々嘘つき呼ばわりされたけど、これでチャラだな。同罪」

    アキラ、笑いながら。

    アキラ「だってさ」

    アキラ、笑いが止まらない。

    アキラ「同意書書かないと逮捕されるなんて知らなかったし。でもさ、これからは書いた方がいいよ、捕まるよ。わいせつ罪で」

    サガラ、視線を逸らして言う。

    サガラ「マジか。なんて書けばいい?」

    アキラ、突然姿勢を正して敬礼のポーズで。

    アキラ「これからキスして、その後服を脱がせてあとは成り行きにまかせます」

    サガラ、視線を逸らしたまま呟く。

    サガラ「……面倒だな」

    アキラ、姿勢を崩して、得意げに。

    アキラ「ほら本音が出た! さっきの警官に聞かせてやりたい」

    アキラ、ちらっとタチバナの方を見る。
    タチバナ、無反応。
    サガラ、少し考えたような顔をしてから。

    サガラ「……お前は書く? 同意書」

    アキラ、カウンターに身を乗り出して答える。
    右肩を庇うようにして。

    アキラ「書くね。相手にも絶対書かせる。ついでに殴る蹴るは一切禁止って文言も入れて」

    サガラ、即答。

    サガラ「お前のは自業自得だろ」

    アキラ、不貞腐れたように。

    アキラ「やっぱそう思ってたんじゃん。最悪な男だな。別れて正解」

    サガラ、思わず少し笑って。

    サガラ「俺もそう思う」

    アキラ、釣られて笑いながら答える。

    アキラ「マジでまだ痛いんだって。ここ出たら病院行かなきゃ。あ、でも」

    アキラ「その前に、カウンセリング受けないとだ。過去のトラウマで心理状態やばいらしいし」

    サガラ「そんなの昔からだろ」

    アキラ、サガラの言葉に笑顔で返す。

    アキラ「サイテー野郎」

    サガラ、少しだけ間を置いて。

    サガラ「そうだな、謝る」

    アキラ「もう遅い、通報する」

    アキラ、笑いながら目を伏せる。
    少し考えてから。

    アキラ「あのさ、言っとくけど悪いのはあっちの方だから。だから、そうだな……」

    アキラ「結局、全部サガラのせい」

    サガラ「はあ?」

    アキラ「サガラと別れたせいで、あんなやつと付き合う羽目になった。全部サガラが悪い。有罪」

    サガラ、苦笑する。

    少しの間。

    サガラ「……なあ」

    アキラ「なに」

    サガラ「写真、捨ててなかったんだな」

    アキラ、椅子に深く座り直して。

    アキラ「……ん〜」

    アキラ「免許証の更新に使えるかと思って」

    サガラ「お前免許持ってなかったろ」

    即答するサガラに、アキラが呆れたように抗議。

    アキラ「あのさ、なんでも正論で返すのやめようよ」

    サガラ「正論じゃない、事実。それと」

    サガラ、一呼吸置いてから。

    サガラ「俺を共犯者にするな」

    アキラ「なにそれ」


    サガラ、アキラに視線を向けて、アルファベットを読み上げる。


    サガラ「BB-NKEONRNUY」

    アキラ「それ、よく一発で言えるね」

    サガラ「茶化すな。お前の好きなアナグラムだろ。あの署名、いやサインか」

    アキラ、黙る。
    サガラ、アキラに視線を据えたまま、ゆっくりとアルファベットを読み上げる。


    サガラ「B R O……」


    サガラ、言いかけて、とまる。
    ゆっくりと、アルファベットを読み上げる。


    サガラ「B R O K E N B U N N Y」

    アキラ「……」


    アキラ、しばらく沈黙してから。
    ほとんどつぶやくように。


    アキラ「……ブロークンバニー」

    アキラ、小さな声で。

    アキラ「使っちゃダメだった?」

    サガラ「別に」

    サガラ「……だけどサインの著作権は俺にあるな。俺が考えた名前だし」

    アキラ、不思議そうにサガラを見つめて。

    アキラ「は、サインに著作権なんかあんの?」

    タチバナ、すかさず注釈を入れる。

    タチバナ「いえ、サインや作家名そのものには著作権は発生しません。ただし商標権や不正競争防止法で保護されるケースがあり、損害賠償請求が可能な場合もあります」

    アキラとサガラ、タチバナの言葉に一瞬静止。
    すぐにアキラがふざけたようにカウンターに肘をついて言う。

    アキラ「は、無理。賠償金なんか払えない。身体で払う。同意書書くから」

    サガラ「遠慮しとく」

    アキラ「ふーん」

    アキラ、サガラの顔をじっと見つめて。

    アキラ「商標権登録、諦める?」


    サガラ、アキラの視線を受け取ったあと、何か考えているように目を伏せて黙る。
    アキラ、肘をついたまま髪をかき上げながらサガラを見ている。サガラ、右のポケットから証明写真を取り出す。少しよれた写真のシワを右手で伸ばし、写真に視線を落としたまま。


    サガラ「……これ、撮ったのお前の誕生日だったな」

    アキラ「そーだっけ?」

    サガラ「どうしても証明写真ボックスで撮りたいって言ったのお前だろ。映画かなんかの真似して」

    サガラ、思い出したように続ける。

    サガラ「そうだ、上手く撮れなくて何度も撮り直した。シャッターのタイミングがどうとか言って」


    アキラ、かき上げた髪がぐしゃぐしゃになる。
    苦笑いして。


    アキラ「……もう忘れた」


    写真には、顔を寄せ合って笑うサガラとアキラの笑顔。サガラ、少しの間見つめたあと写真を裏返す。裏面。

      

     
    ――dear my broken bunny――

      


    サガラ、サインペンで書かれた文字を確認する。
    視線を文字に落とし、動かない。
    ほんの少し、笑う。

    アキラ、サガラの様子を黙って見つめる。
    部屋に沈黙が戻る。誰も喋らない。
    サガラ、写真をカウンターに置く。
    アキラ、口を開く。


    アキラ「……ねえ」

    アキラ「そういや、バスの時間は?」

    サガラ、視線を上げアキラを見る。
    笑いながら。

    サガラ「さあな」

    サガラ「あと45秒くらいあるだろ」


    アキラ、無言でサガラを見つめる。
    サガラ、立ち上がる。
    カウンターの後ろのデスクに並べられた所持品からおもちゃの手錠を掴むと、アキラの前に座り直す。アキラ、サガラの動きをただ視線で追い続けている。サガラ、手錠を見ながら。


    サガラ「確かに、よく出来てる。安いわりに」


    サガラ、カウンターに肘をつき、右手に手錠をはめる。もう片方の輪は宙に垂れたまま。
    自分の右腕をしばらく見つめた後、少しだけ持ち上げる。宙に垂れた輪がわずかに揺れる。
    視線は真っ直ぐにアキラに向けたまま。
    アキラ、サガラを見たあと一瞬後ろのタチバナを視界に入れる。タチバナ、意に介することなく目を伏せたままスマートフォンを見つめている。
    アキラ、サガラの視線に応答する。


    沈黙が続く。


    タチバナ、一瞬手を止め顔を上げる。

    タチバナ「もう5分経ちますが……」


    言いかけて、言葉が途切れる。
    タチバナ、再びスマートフォンに視線を落とす。
    沈黙。


    サガラとアキラ、何も語らず、ただ見つめ合っている。           


    静寂――



    【END】


    引用「Patricia Highsmith, Carol より」



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