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魔法少女論考【13】最終章 魔法少女とは語り得ぬもの

    最終章 魔法少女とは語り得ぬもの


    第27話 世界の事態と、空手の限界

    一獲千金のチャンスをボランティア活動として無にされたボクは、湾岸決戦のあと無期限のストライキを敢行した。
    流石にタダ働きは酷すぎる。
    内部告発でもすれば、追い込めるだけの映像もSNSに転がっている。

    そんなストライキを地道に続けているボクのスマートフォンに着信が入る。
    画面を見れば教官からの連絡だった。

    湾岸決戦のあと、教官とは連絡を取ってない。ピンチに駆けつけた行動が、恥ずかしくなったのだ。あの場はキレた勢いもあったが、王子様ムーブをかましたあとに、教官と顔を合わせる勇気が出てこない。
    たっぷり30秒ほど悩んだ末に出ることにした。

    「遅いぞ、3コール以内に出ろと教えたはずだが?」

    教官はいきなり不機嫌モードMAXだが、久しぶりに聞いたその声に、いつもと変わらない教官らしさを感じて涙が出そうになった。

    「まあいい。今から緊急招集、1時間後に管理機構に集合だ。遅れるな」

    あまりのいつもの教官の態度に、ボクの流れそうになった涙が引っ込んだ。
    1時間後、嫌々ながらも管理機構のブリーフィングルームにボクはいた。

    湾岸決戦からしばらくして、身体の変化はほぼなかった、と思う。具体的な数値は計測できなかったが、学生服の緩さ、腕周り、足回りの太さに変化はなかった。これ以上変身による身体の変化はないと思いたい。
    それもあって、管理機構にはアマネの姿で行くことにした。

    元々、星宮天として管理機構に訪れたのは、保護、収容された時の1回しかないのだ。そんな縁もゆかりも無い高校生が出入りすることは、自分の正体をバラすことと同じだ。

    自身の変化についてつらつらと思いを馳せているうちに、ブリーフィングが始まった。

    その特異災害は、人知れず世間の前に立ちはだかった。暴れるのではなく、ただそこにいた。

    目撃者からの通報、もしくは変身バンクシステムの連絡で、現場には魔法少女が向かう。
    そこで特異災害は初めて動き出す。
    しかし、動き出した特異災害に対して、魔法少女は無力だった。
    湾岸決戦の特異災害と同じように魔法への耐性がすこぶる高い。中堅、ベテラン魔法少女の魔法すら受け流されるらしく、歯が立たない。

    そんな事を何度繰り返したのだろうか。かの特異災害と戦った魔法少女は全て返り討ちに遭い、現場への復帰が遅れている状況だと説明があった。

    首都圏の魔法少女は全敗、周辺地区に応援要請をするも、討伐は達成できてない。
    そんな中、物理的な攻撃が得意なボクに白羽の矢が立った。

    絶賛ストライキ中のボクが、ハイそうですかと、二つ返事で返すのも腹立たしい。
    頭の固い役人に対し、湾岸決戦のボランティア扱いの撤回と、今回の報酬についてきっちり契約を交わして出動と相成った。

    「嘘、だろ……?」
    ​
    渾身の右正拳突きは、確かに奴の胸元を捉えたはずだった。
    いつものボクなら、コンクリートの壁すら粉砕する一撃。だが、拳が触れた瞬間、敵の流動的な肉体が不自然なほどの硬度へと変貌し、ボクの放った衝撃波をすべて外側へと綺麗に受け流してしまった。

    そもそも特異災害の動きもおかしかった。
    身長170~180cm、成人男性と変わらない。その程度であれば、魔法の一撃で片付く。
    普通の特異災害の強さからすれば、いくら魔法への耐性が高いとしても、何度か魔法をぶつけてしまえば削りきれるはずだ。

    ボクも隙を見て魔法をぶつけてみたけど、明確に受ける動作をしていたのだ。
    実戦経験は3回ほどしかないけど、座学では特異災害の動作については勉強済みだ。そんな過去のデータにもない、格闘技としての技術が見える。

    (もしかしてコイツ、ボクより強い?)

    さっきの右正拳突きは、そんな相手の防御を上回って送り込んだ、文字通りの一撃必殺だったはずだ。

    何度かの打撃を続け、目つぶしという禁じ手を仕掛けた時に気が付いた。
    さっきまでの硬質的な感触とは違い、柔らかな感触が指先から伝わってくる。
    この感触は覚えがある。軽く触ると液体なのに、殴ると硬くなるという不思議な現象、ダイラタンシー効果。

    強い衝撃を加えれば加えるほど硬くなり、そのエネルギーを分散させてしまう最悪の特性。
    ​焦りから繰り出した渾身の左回し蹴りも、結果は同じだった。
    まともに芯を捉えているはずなのに、手応えだけが虚しく霧散する。響くのは、肉体同士がぶつかり合う鈍い音だけ。奴の本体には、1ミリのダメージも通っていない。

    ​一撃必殺を信奉し、己の拳と脚だけを信じて突き進んできたボクの空手が、概念レベルで完全否定された瞬間だった。

    ​手痛い反撃を喰らい、命からがら戦線を離脱したボクを待っていたのは、圧倒的な敗北感。
    拳を握り締め、悔しさに唇を噛み締める。
    ​打撃がダメなら、ボクにはもう、何も残されていないのか――?


    第28話 衣服のエラーと、真理としてのシングレット 

    今まで、空手の一撃必殺を信奉してきたボクだが、あの特異災害を相手に、本当に一撃必殺が残っていないのか、思考の迷宮に囚われた。

    小学生のころだったか、いつもの古本屋で本を漁っていると、一冊の本が目に入った。

    プロレススーパースター列伝。

    プロレスというものは、受けの美学とも呼ばれ、強靭な肉体により全ての技を受け止めることに命をかける。それはそれで素晴らしい思想であると認めることはやぶさかではないのだが、悲しくも小学生という成長期の身体では、成立し得ない美学でもある。
    ただ、最強の格闘技はなにかを列挙するときに、プロレスはランクインしても良いとは思ってる。

    手に取ったその本は、カール・ゴッチの列伝だった。

    今でこそプロレスは、ショー的要素を前面に出し、エンタメとしてのスポーツの位置に引いているが、彼は最強を信奉する人であり、またその名に恥じぬ強者の一人だと言える。
    そんな彼が編み出した技の一つに、原爆固めと言う技がある。
    ボクは痺れた。一撃必殺に値する、それが織りなす破壊力に。

    過去、プロレスラーになるという将来はないと思っていた、つまり使うことがないと、胸の奥底にしまい込んでいた。

    今はどうか。魔法少女と言う身体がある。壊れても問題ない敵がいる。
    そして成し遂げられる自信がある。
    一度、一撃必殺のロマンに身を投じたならば、やらないと言う道はない。

    身体が震える。たぶん武者震だと思う。
    正拳突きもダメ、回し蹴りもダメ、でも手段はまだ残ってた。
    そしてその手段をとるならば、魔法少女スーツも合わせるべきだ。

    今まで変身バンクが提示してきたスーツを使用していたが、それでは多すぎて、そして足りなかった。
    フリルによる空気抵抗、レースやリボンによる重心の偏重、その他にも過剰な装飾による記号の多重化はボクには合わなかった。
    システム的に少女性を要求する割に、生物学的な視点のケアが足りてない。
    市販品レベルのコスト重視の裏地の採用、大量生産に向けた工業ミシンによる裁縫の粗さ、それらは女性の肌に対しては牙を剥きすぎる。
    そして下着の、締め付ける、ズレる、まくれるといった動態と、視線を集めてしまう、見せてはいけないという静態は、ボクの思考を苛んできた。

    これまでの経験から導き出せる結論は一つ。

    「コール、シングレット、直穿きで」

    『受理しました。ご武運を』

    いつものスーツの転送により、発光が収まったあとには、フリルやリボンのない、カール・ゴッチのルーツたるレスリングに通ずる、ただのシングレットの姿になったボクだけが残る。

    この姿になり、下着という余計な布切れが、かつてあれほど思考にノイズを撒き散らしていたという事実に、軽く目眩がする。

    ノイズがなくなった思考の中に、装飾が削がれ、世界との境界が布1枚となったことに心細さを覚え、次にどう見られるのかという疑問を呼び起こし、火種となってくすぶる。

    そしてそれは魔法少女スーツ(シングレット)を通し、今までにない感覚としてシステムの警告とともに脳に浸透してくる。高校生のボクには知り得ない、解剖学、生体力学、服飾工学といった工業科学の記号が頭の中を乱舞し、身体構造を言語化・最適化し始めた。

    太腿の境界線から始まった高弾性繊維の圧着は、肉体のあらゆる凹凸に沿って、空気すら上へ上へと完璧に排出しながら滑り込んでくる。
    それは、衣服を着ているという感覚じゃない。
    ボクの皮膚という『世界の境界線』そのものが、1ミクロンの隙間もなく、この赤いシングレットという名のシステムによって均一に上書きされていく感覚だ。
    衣服と肉体の間に存在していたあらゆる死腔が、今、完全に消えた。

    胸部——肉体の最適化と少女化がもたらした適度な質量運動は、シングレットの面的なホールドによって完璧に制御され、もはや慣性を狂わせるノイズにはなり得ない。
    臀部——下着がズレるという、あの思考の隙間へパルスのように割り込み、考えることを放棄させられる苛立ちは、ボクの世界から完全に消え去ってる。
    そして骨盤(Qアングル)——横に広がった女性特有の骨格を、外部からの高分子繊維の張力が完璧にサポートしている。可動域が広いはずなのに、一歩を踏み出す足の裏には、コンクリートに杭を打ち込んだような抜群の安定感(フォーム)が走る。

    衣服のエラー、0.00%。
    ボクは今、これまでの空手人生で、最も完璧な『正中線』を手に入れた。

    息吹を一つ入れる。

    シングレットという皮膚と化した魔法少女スーツを媒介として、身体中の穴という穴から外界の気を取り込み、錬る。
    身体に纏わりつく気が質量を持ったかのように肌を撫ぜる。
    女の子の身体になった今では、触覚による知覚が過敏で、ゴツゴツとした気の奔流による肌のざわめきは脳の奥を痺れさせ、丹田の奥からこみ上げる力は身体を歓喜に打ち震わせる。

    いける。

    右足を基点とし、左足内回し蹴りを最上段で止め、そこから左足を一歩前に落とし込む四股立ちへと切り替え、大地を踏み抜く。
    深く踏み込んだ四股立ちは、股関節の強制的な外旋を伴いながら、さらにもう一段深く重心を大地へと沈み込ませる。

    足の裏で感じる大地の感触とは別に、足元から気が自らの正中線を貫く感触を感じる。一度ではなく、何度もコツコツと繰り返され、それはそのまま脳天まで突き上げてくる。
    いつしか脳天から抜けた気は天と繋がり、繋がったその線を辿り、ダウンバーストのように気が降り注ぐ。
    さっきまでとは違いサラサラとした気の奔流が肌を駆け巡り、穴という穴から丹田めがけて飛び込んで来る。

    昔あるいは伝奇として伝わる魔女と呼ばれた人たちの中には、大地の気、龍脈を吸い上げるために、わざと下着をはかずにいた人もいたらしいが、今のボクとどう違うのか、取り留めのない思考としてこぼれ落ちる。

    丹田で混じり合う気は、次々と身体の隅々まで神経を伝って行き渡る。
    それは電気が行き場を求めて荒れ狂い、身体の細胞という細胞を神経ごと焼き尽くすかのようで、次第に肌は熱を持ち、うっすらと汗が浮かぶそのさまは、一瞬あるいは永劫のような感覚で脊椎中枢を通って反芻され――色々とないまぜになったものが、身体を通して口端からこぼれ落ちる。

    「あ……ふぅーっ」

    あまりにも少女らしい少し高めの音が、自分の口から漏れ聞こえ、一抹の恥ずかしさを自覚したことで、気の奔流に溺れていた意識が覚醒する。

    気は満ちた、あとは行動あるのみ。


    第29話 非ニュートン流体の崩壊と、原爆固めの証明 

    再度、特異災害の前に立つ。

    「ごめんね。君のこと雑魚だと思ってたけど、ボクが弱かっただけみたい。だから……胸を借りるつもりでやらせてもらうよ」

    特異災害に向かって礼を正す。
    特異災害なんて、悪者だと思ってたのに、不思議と頭を下げることに抵抗はなかった。多分、格上だということを理解したからだと思う。

    ​「踏み出す一歩に迷いなし。魔法少女アマネ、いざ勝負!」

    一声かけたあとは、構えをとることもなく、一瞬で相手に向かって飛び込んだ。

    ステップを踏む必要すらなかった。
    満ちた気は、ボクの足を爆発的な推進力へと変える。

    「ふふ。魔力どっかいっちゃった」

    つぶやいた声は、否定のしようもなく少女の言葉遣いだったが、それすらも直ぐさま思考からこぼれ落ち、加速する身体が置き去りにする。

    これまでの空手では、間合いを測り、拳の届く距離で戦っていた。
    だが、今のボクが求めたのは、それよりもさらに深い『ゼロ距離』だ。

    敵の攻撃が鼻先をかすめた瞬間には、ボクの身体はすでにその懐へと滑り込んでいた。
    無防備な相手の胴体に、両腕を深く回し込む。

    (あぁ、そうか。これが――)

    女の子の身体(ボク)が持つ、信じられないほどの腰の柔らかさと柔軟性。
    そして、男の魂(僕)がずっと胸の奥に秘めていた、一撃必殺のロマン。
    その二つが、今、カチリと噛み合った。

    ダイラタンシー効果は、衝撃を受けるとその効果を発揮するが、それは非ニュートン流体の分子構造に由来する。
    よく実験で紹介されるのは、片栗粉を水に溶かしたもので説明されることが多い。手軽で簡単に再現ができるからだ。
    この水と片栗粉は混ざっているように見えるが、実は分離したままで分子的にはスカスカだ。この隙間だらけの構造が衝撃を受ける絶好のショックアブソーバーになる。

    つまり、この隙間がなければ効果は発揮できない。ならば、隙間をなくせばいい。
    クラッチによる胴体への高密度の圧縮、これで身体の軸としての隙間は無くなり、単なる固体と化す。
    ここまでが第一段階。

    クラッチを完璧に極め、全エネルギーを足の裏から爆発させる。
    思い切り、後ろへ――。

    重力に逆らい、敵の体躯が宙を舞う。
    ボクの背骨は、人間の限界を超えた美しい弧(ブリッジ)を描いた。シングレットが軋む肉体を完璧にホールドし、すべてのパワーが一点へと集約していく。

    胴体は固体化できたが、上半身を含む頭部はまだ効果が残る。
    ボクはその効果を消すために、ただ投げるのではなく、落とすという作用にすべてを集中させた。
    敵の体躯を持ち上げるというのは前戯に過ぎない。

    舞い上がった敵の体躯が落下を始めた瞬間、重力という名の加速装置を使い、ボクのブリッジは奴の許容限界(臨界点)を超えるスピードへと達する。
    非ニュートン流体は、一定の剪断速度を超えた瞬間、その強固な分子の網の目が逆にズタズタに引き裂かれ、結合を維持できなくなる――! 硬化の裏に隠された、流体ゆえの脆弱性。そこを突く!

    ドゴォッ!!!
    脳天から地面へ直撃する、凄まじい破壊音。
    それきり、敵はピクリとも動かなくなった。
    掴んで、綺麗に投げ、落とす。
    ただそれだけで、すべては終わった。

    この戦いの勝利で、今まで長く悩んでいた一つの問いに答えが出た気がした。

    「魔法少女の衣装は、直穿きシングレットが至高ね」

    ブリッジを解き、そのままゴロンと仰向けになる。


    第30話 語りえぬもの

    さっきまでの戦闘の緊張がとけ、ボクは寝転んだまま目を瞑った。戦闘時のストレスからの解放もあったのか、汗が噴き出してくる。
    いつもは不快な汗も、今回選択した衣装の前では心地よい汗に感じる。汗はなかなか止まらないが、蒸れない、べとつかない。
    しばらくこのままでもいいと思った。

    そこに待ったをかける、無粋な音声が鳴り響く。

    『謎のエネルギーによる体温の上昇に伴う発汗作用がみられます。
    警告。汗の吸着による視覚的シルエットの生々しさが完全に規定値を超えています。
    認識阻害システムはシルエット阻害には未対応のため、魔法少女管理機構の倫理条項に抵触します。火急速やかに退場願います』

    「え?待ってよ、それはどういうこと?ボク勝ったよね」

    『おめでとうございます。大勝利です。しかしながら、それとこれは別問題です。
    変身バンクシステムとしては、魔法少女のサポートを第一に考えており、メンタル崩壊はその中でも最優先の項目です。ご理解いただけていないようなので、小型ドローンの撮影映像をご確認ください』

    発光とともに小型ドローンとスマートフォンが転送されてくる。
    身体を起こし、四つん這いなり、スマートフォンを拾い上げてアプリを立ち上げると、小型ドローンは浮かび上がり、自動でボクにカメラを向けて撮影を開始する。
    小型ドローンが正面、側面、背面、上空とクルクル回り続けているのをよそ目に撮影映像を見て、さっきまでの心地よい汗とは違う汗が流れ始め、冷めていたはずの身体が再度火照り出す。

    「終わった……」

    ボクが考え抜き、最高の結果を導き出したスーツ。それが高分子繊維で汗を吸い上げ、肉体の陰影を過剰なまでに強調しているその絵面は――ボクでもヤバいことを心底理解した。

    そしてボクは、語り得ぬものについては沈黙することにした。

    了


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