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ぼくの「うち」

    古い木づくりの校舎から、みんなと走り出る街は、生きていた。
    学校を出て初めの角には、まげし屋があった。
    店先には桶やおひつ、タッパに石鹸、生活雑貨が並んでいた。
    無造作に置かれたブリキのバケツには、お祭りの横笛が入れられていた。
    それが欲しくて毎日、寄った。
    じっと見ているうちに、みんなは次の八百屋の角も曲がっていく。
    あわてて、「どうも」と言って店を出る。

    その角で、毎日「あわてないで」と言って声をかけてくれる人がいた。
    その人は、いつも赤い顔をしていた。

    あちらこちらの家から夕ご飯の気配が漂い始め、街並みは朱色に輝く。
    友だちが一人、二人と家に帰っていく。
    必ず「バイバイ」と手を振り合った。
    最後、一人になるぼくに手を振ってくれる人はいない。

    誰かが手を振ってくれている気がした。
    振り返ってみると、遠くにあの顔を真っ赤にした人が立っていた。
    あの人が、ぼくを見守ってくれていた。
    きっと、ずっと前から、そうしてくれていたのだと思った。

    次の日、友だちと別れた後、走ってその人に会いに戻った。
    「今日もいてくれてありがとう」と握手をした。
    言葉は返ってこなかったけれど、体を揺らしてこたえてくれた。
    それが嬉しくて、もっと強く握手をした。
    すると、もっと大きく揺れてこたえてくれた。

    その人と別れ、家の前まで走った。
    まだ、見ていてくれるかなと振り返ってみた。
    その人は、優しそうな顔で、こちらを見て、揺れてくれていた。
    ぼくは手を振って、家に入った。
     
    あれからずい分と時が経ちました。
    あの人が立っていた所には、今も“止まれ”の道路標識がポツンと立っています。

    うちへの帰り道、
    時々、あの人が立っていることがあります。
    “止まれ”の標識に優しい人を見ていた「ぼくの『うち』」に、
    時々、帰りたくなるのです。

    そこに、あのころの「ぼく」がいます。


     
     
    変わってる自分が、あちらこちらにぶつかりながら見つけた、前向きに生きるヒント、心が少し軽くなる言葉をエッセイにしています。学校や相談機関で勤めた経験を生かし、保護者の方々や先生方のお役に立ちたいという思いで書いた文章も載せています。

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