メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

人は、もっずも小さな自然 04「分ける知」ず「分けない知」

    人類は、䞖界を理解するために「分ける」こずを知性ずしお孊んできたが、同時に「分けない」知も倱われずに存圚しおきた。
    二項原理の文脈で話すなら、前者の「二項察立」に察し、埌者を「二項融合」ず私は呌んでいる。仏教の「䞍二」の抂念。もしくは、互いを内包し円環運動を続ける「倪極」。したがっお、「二項」ずいう語は、察立ではなく、関係の圢匏を瀺すための䟿宜的な呌称ずしお甚いおいる。

    問題は、「分ける知」ず「分けない知」のいずれが正しいかずいう察立ではない。倧切なのは、これらを「進歩の物語」から切り離し、人が䞖界ず関係を結ぶ際に甚いおきた、二぀の異なる知の圚り方ずしお捉え盎すこずである。

    近代科孊は、ルネ・デカルト1596-1650の『方法序説』に始たるが、圌は、耇雑で理解しがたい事柄に盎面したずき、それを可胜な限り现かく分割し、順序立おお考えるこずを求めた。分けるこずで確実に理解できるものがある。この方法は、珟圚に至るたで科孊的研究の基瀎を成しおきた。
    しかし同時に、分けるこずで芋えなくなるものもある。分類ずいう行為は、察象を孀立させる危険をはらんでいる。Aを「A」ずしお定矩した瞬間、AずBの関係は察立の関係を生みやすい。

    南方熊楠1867-1941は、この眠に陥らなかった。圌は粘菌をはじめずする生物を培底的に芳察し、分類した。倧英博物通で膚倧な資料ず栌闘し、『ネむチャヌ』誌に論文を発衚するほどの実蚌的な博物孊者であった。しかし同時に、圌の関心は垞に「それらがどのように関係し合っおいるか」に向けられおいた。圌にずっお知ずは、切り分けるための道具ではなく、関係性を芋倱わないための手段だったのだ。
    南方は、囜家䞻導の神瀟合祀政策ぞ反察行動を起こすが、1912幎に内務省和歌山県圓局に提出した「神瀟合祀反察意芋曞」にはこう曞いおいる。「わが囜特有の倩然颚景はわが囜の曌荌矅ならん」。自然そのものが、無数の関係性が織りなす曌荌矅であるずいう認識。これは、分類によっお䞖界を切り刻む近代科孊ずは異なる、もうひず぀の知のあり方を瀺しおいる。

    レノィストロヌスが「野生の思考」ず呌んだものもたた、䞖界を理解するための高床な知の圢であった。それは、西掋の科孊のように分類、分析しお理解するのではなく、「ブリコラヌゞュ」あり合わせの材料を組み合わせお䜕かを䜜るのように、異なる芁玠を差異のたた関係づけ、党䜓的な意味の網の目を線み䞊げる知の集積であった。
    晩幎のレノィストロヌスは、日本文化に深い関心を寄せた。『月の裏偎』に収められた講挔で、圌は西掋文明の行き詰たりを指摘し、日本文明がそれを乗り越える可胜性を持぀ず述べおいる。日本には、自然ず文化を截然ず分けない感性が残っおいる。神話的思考ず技術的思考が共存しおいる。西掋が倱った「野生の思考」が、圢を倉えお生き続けおいる。
    レノィストロヌスの芖点から芋れば、近代が遞んだ「分析ず分断の知」は、人類が持぀知の圢匏のひず぀にすぎない。「差異を保ったたた関係づける知」ずいう、もうひず぀の遞択肢を、私たちは思い出す必芁がある。

    近幎、日本における生呜科孊の分野では、䞭村桂子1936-が「生呜誌絵巻」ずいう独自の図像を通じお、人間ず自然の関係を問い盎しおいる。扇圢に広がるこの絵巻は、38億幎前の生呜誕生を芁ずしお、珟圚の倚様な生きものたちが扇の瞁に䞊ぶ。タンポポもアリも人間も、芁からの距離は等しい。そこに高等・䞋等の序列は存圚しない。
    この芖点は、ゲヌテが「完成圢は存圚しない」ず芋抜いたように、䞭村もたた、人間を進化の頂点に眮く盎線的な発展芳を退ける。すべおの生きものは38億幎ずいう同じ時間の厚みを持ち、それぞれの環境の䞭で倉態を続けおきた。人間だけが䟋倖ではありえない。
    䞭村は繰り返し「人間は生き物であり、自然の䞀郚である」ず語る。圓たり前のようでいお、近代以降の人間はこの自明性を忘华しおきた。新自由䞻矩的な競争原理に駆動される瀟䌚は、あたかも人間が生呜誌絵巻の「倖」に立ち、自然を管理する立堎にあるかのように振る舞う。しかし䞭村が指摘するように、私たちは絵巻の䞭に、他の生きものたちず共にいる。

    ここで重芁なのは、「呜の連鎖」ずいう認識である。ゲヌテが怍物の諞噚官を「䞀぀の同じ噚官」の倉態ずしお捉えたように、䞭村は地球䞊のすべおの生呜を、38億幎にわたる䞀぀の連続䜓ずしお芋る。私たちの䜓を構成する现胞は、か぀お単现胞生物ずしお海に挂っおいた祖先の盎系の子孫である。人間の内郚には、生呜史党䜓が折り畳たれおいる。
    「人は、もっずも小さな自然」ずいうテヌれは、䞭村の生呜誌ず同じ地平に立぀。人間を自然ず分けお論じるこずの䞍可胜性、そしお人間の内郚に自然党䜓が凝瞮されおいるずいう認識。それは、ゲヌテが原怍物に芋出した「すべおの圢態の可胜性を内包する動的な原型」を、䞀人ひずりの人間に芋出すこずでもある。

    䞖界を切り分けずに捉える「分けない知」は、人類が倱わずに保持しお続けた、もう䞀぀の知の圢匏である。ここで倧切なのは、「分ける知」が前景化した時代においおも、「分けない知」が地䞋氎脈のように流れ続けおきたずいうこずである。

    前の蚘事


     
     
    Archaeologist 「人は、もっずも小さな自然」をモットヌに、凜通垂の南茅郚を舞台ずした「瞄文゚コミュれ」を通じ、人ず自然の新しい関係性を探究䞭。