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瞄文゚コミュれぞの道 04瞄文文化の連続性ず湿原の調査

    阿郚 千春

    前回は、南茅郚ずいう地域の特性に぀いおお話ししたした。今回は、なぜ1䞇幎にわたっお瞄文を支え続けるこずができたのか、環境ずいう偎面から芋おいきたす。

    瞄文時代は、今から玄15,000幎前から2,400幎前たでの期間のこずです。
    土噚を䜿甚し、定䜏生掻を営んでいたこずから、䞖界の時期区分では「新石噚時代」に䜍眮づけられるこずもありたす。ただ、䞖界の暙準的な定矩における新石噚時代は、蟲耕・牧畜の開始を栞ずしおいるため、採集持劎狩猟で定䜏した瞄文時代の䜍眮づけは議論の察象ずなっおいたした。

    なかでも課題になっおきたのが、その開始幎代の叀さです。
    先史時代研究の枠組みを築いた西アゞアやペヌロッパにおいお、新石噚時代は最終氷期が終わる玄1䞇幎前から始たるずされおきたした。それは、最終氷期の末期に起きたダンガヌ・ドリアスYD:12,900〜11,700幎前ず呌ばれる1,200幎間にも及ぶ「寒の戻り」があるからです。

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    暖かい時期に増える酞玠同䜍䜓18Oが気枩倉化ず連動
    YDダンガヌドリアス

    この「寒の戻り」は、急激な枩暖化で北米倧陞に広がる巚倧なロヌレンタむド氷床が溶け、その冷たい淡氎が北倧西掋の衚局に「フタ」のように広がっおメキシコ湟流が運んでいた暖流の熱が高緯床に届かなくなり、皮肉なこずに枩暖化の途䞭で郚分的に氷期に戻るずいう珟象です。

    こうした欧米先史孊の枠組みから芋れば、「玄15,000幎前から連続する瞄文文化の存圚」そのものに疑問を持たれるこずになりたす。
    私が関わった「北海道・北東北の瞄文遺跡矀」をナネスコ䞖界遺産ずしお囜際的な孊術の堎に提瀺するうえでも、倧きな課題ずなっおいたのです。

    しかし、この懞念を払拭しおくれた調査研究がありたした。それは、湿地や湖の底に堆積した怍物の花粉化石を分析し、過去の怍生の倉化から気候倉動を読み解く研究です。湿地や氎の流入が少ない湖は、呚蟺の花粉を取り蟌むトラップのような圹割を果たしたす。
    環境考叀孊者の安田喜憲先生は、湖底に毎幎1局ず぀瞞のように堆積し、暹朚幎茪のように幎代を読める湖沌堆積物を「幎瞞(ねんこう)」ず名づけ、叀気候研究を切り拓きたした。湖だけでなく湿原もたた、呚蟺の花粉を取り蟌むトラップずしお、長期にわたる怍生ず気候の蚘録を堆積し続けたす。

    䞖界遺産を構成する凜通垂倧船遺跡から、南西に盎線距離で玄Kmの䜍眮にアダメ湿原がありたす。
    この湿原は暙高玄750メヌトルの高䜍にあり、倧きな倉化を受けおいないこずから、玄14,050幎前から珟圚に至るたで、呚蟺の花粉を連続しお堆積し続けおいたす。瞄文時代ほが党期間の森林組成の倉遷ず気候倉動が把握できる、北日本では極めお貎重な「叀環境アヌカむブ」になっおいたす。

    この湿原で、10幎単䜍ずいう高い解像床の花粉の研究が行なわれおいたす2012 Kito, Ohkuro。
    ペヌロッパではダンガヌ・ドリアスで森林が埌退し、ツンドラに近い怍生に倉わった地域も少なくありたせん。しかしこの研究によるず、枡島半島ではカバノキ属・トりヒ属・モミ属ずいった暹皮が密に林を圢成しおいたこずが分かっおいたす。
    明瞭な寒冷化の痕跡が芋られるのは、わずか250幎ほどに限定されおおり、その間ですら、怍生はダンガヌ・ドリアス本䜓ずいうよりも、その前の枩暖期アレレヌド埌半ず同皋床に枩和だったず考察されおいたす。

    ぀たり、ダンガヌ・ドリアスは確かに地球芏暡の気候倉動でしたが、その圱響は地域によっお倧きく異なり、北日本では文化を断ち切るほどの寒冷化は起きなかったずいうこずです。だからこそ、瞄文文化は1侇5千幎前から途切れるこずなく続きえたのです。
    このアダメ湿原の調査成果は、瞄文文化の連続性に孊術的な裏付けを䞎え、瞄文遺跡矀の䞖界遺産登録を埌抌しする科孊的な根拠の䞀぀ずなりたした。

    倧切なのは、アダメ湿原の䟡倀は過去の蚘録に留たらないずいうこずです。湿原はいたも呚蟺の倩然林から飛来する花粉の堆積を続けおおり、気候倉動や怍生の倉化を長期にわたっお蚘録し続ける「生きた芳枬装眮」なのです。

    2012幎、䞖界遺産斜行40呚幎を迎えた囜際䌚合で、「䞖界遺産は、(äž­ç•¥) 気候倉動など珟圚䞖界が盎面しおいる課題に取組む基瀎を成す」ずいう方針が瀺されたした(京郜ビゞョン)。
    その趣旚に沿うように、瞄文䞖界遺産の「顕著な普遍的䟡倀」の骚子は、気候倉動に適応しながら長期に定䜏生掻を存続させた人類の歎史。自然を人に適応させるのではなく、自然の倉化に人が適応しおきた䞀䞇幎の物語なのです。

    アダメ湿原の時を綎る営みは、氞々ず続きたす。
    そしお、その営みの蚘録は、未来の子どもたちが地球環境のあり方や、本圓の環境保護ずは䜕かを語り合いながら、より良い瀟䌚を創造しおいくための道暙ずなっおいくこずでしょう。

    最埌に、この矎しい湿原の映像をお届けしたす。
    撮圱は、私の友人BOTAN & sumire

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    Norio Kito, Yoko Ohkuro. (2012) Vegetation response to climatic oscillations during the last glacial-interglacial transition in northern Japan. Quaternary International 254, 118-128.
    远蚘
    アダメ湿原の花粉調査ずダンガヌ・ドリアスの関係は、2014幎3月1日に凜通垂瞄文文化亀流センタヌにおいお開催されたシンポゞりムで議論され、その内容は『接軜海峡圏の瞄文文化』2015 安田喜憲・阿郚千春線 雄山閣に収録されおいたす。 ISBN978-4-639-02342-5

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    Archaeologist 「人は、もっずも小さな自然」をモットヌに、凜通垂の南茅郚を舞台ずした「瞄文゚コミュれ」を通じ、人ず自然の新しい関係性を探究䞭。