メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【企画参加記事】 夏の影


    Saka.の教室で夏祭りをしよう!〜2026


    今年も参加させていただきました!


    本編を書き終えて、この冒頭を書いているのですが⋯

    青春て、いいよね🤭


    思い起こせば赤面しそうな青臭さも、
    一定の年代でしか経験し得ない特権なんですもの。

    半分本当で半分創作、ということにしまして、
    【B】あの夏の日(創作) をテーマに選ばせていただきました。

    あー、お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、
    この作品は、Mrs. GREEN APPLEの楽曲「夏の影」へのオマージュでもあります。


    楽しんでいただけたら、何よりです。



    画像




    吹いた そよ風が 夏を揺らすのーーーー

    画像


    8月の夕方の田んぼ道、
    緑色の穂をつけた稲が風で波のように揺れ、
    ザーッと、穏やかだけれどどこか寂しい音を奏でる。

    この音は何十年経っても変わらない。

    変わらないから、重なる思い出がある。


    熱い風が頬を撫で、汗が滲む。
    風はまた稲を揺らし、波立たせる。

    揺れる稲の向こうにある家を見て、目を閉じた。



    ーーーー数十年前
    私には、夏にだけ会える幼馴染がいた。

     

    あの夏を過ごした思い出は、
    今でも瞼の裏で生きているーーーー



    画像



    毎年お盆には、家族で遠方にある父の実家に帰っていた。

    私が中学一年生、下の弟の淳が小学生になった年の夏休み、少しでも長く田舎で楽しめるように、と、初めて兄弟だけで祖父母宅へ行くことになった。

    兄弟だけで乗る新幹線は大冒険の始まりで、
    守ってくれる親がいない不安感のドキドキと、
    見咎める親がいない開放感のワクワクでテンション高く、
    新幹線に乗るまで上の弟の正樹と喧嘩していたことも忘れて
    『無事におじいちゃん家に着いてお母さんに電話する!』
    というミッションをこなす運命共同体のような感覚になっていた。

    親より先に行く理由は他にもある。
    田舎には、夏にしか会えない幼馴染がいるからだ。

    祖父母の家は、田舎の家らしい広さがあり快適。
    おじいちゃんはどこでも連れて行ってくれるし、
    おばあちゃんのご飯は美味しい、いつでも甘いものがあり、スイカがある。

    庭は大きく、都会のように花火をする場所を気遣う必要がない。
    夏休みを過ごす子供には楽園のよう。

    ただ、子供が遊べる物がない。
    大人だけの家だから、子供が楽しめるゲームや本がない。


    だけど、集落には同世代の子供が数人いた。
    そして、私たち兄弟のように、お盆になると帰ってくる子供たちもいた。

    小さい頃からよく遊んでいた、夏の友達。

    その子達に早く会いたかった、
    一日でも長く遊びたかった。
    それが理由。


    着いてから数日は、地元の幼馴染とたくさん遊んだ。

    親がいないのをいいことに、海で飛び込みもしたし、
    おじいちゃんが運転する軽トラの荷台に子供たちだけで乗り、山にも行った。

    一応、泳げる年上の幼馴染の秀樹と一緒で、浮き輪も持って行ってた。
    町の道には出ず、山道しか走らない。
    とはいえ、大きい声では言えないよね。

    田舎に来ると違う世界線にいるような感覚だった。
    時間の流れも違う感じがした。

    でも、帰省組はお盆にならないと来ない。

    お盆になり、親が帰ってきた翌日、帰省組の幼馴染たちも帰ってきたとの知らせを聞いた。
    お昼ご飯を食べているところに、帰省組姉弟が遊びに来たーーー

    「えー!ともちゃん達5日から来てたの?ズルー!!」
    海に向かう田んぼ道、ブーケのように持っていた猫じゃらしを振り回しながら叫ぶ裕二。
    同い年の帰省組の一人だ。
    「いいでしょ?おじいちゃんの軽トラで山までドライブ行ってきたんだよ〜!」
    私は得意になって話していた。
    「軽トラじゃみんな乗れないじゃん。ともちゃんと淳で?ギュウギュウで?」
    助手席に私と淳が、ギュウギュウ詰めで乗ったと思っている裕二の鼻先で猫じゃらしを揺らしながら、
    「違うよ!さっちゃんとひでくん達みんなで荷台に乗ったんだよ」
    と少し前を歩いている幸子を指さし答えると、裕二は鼻先の猫じゃらしを手で払い更に大きな声で
    「ズルー!!俺も乗りたい!!!」
    そう叫びながら握っていた猫じゃらしを田んぼに投げた。
    「あ、バカ!田んぼに入るじゃん!」
    そう怒鳴ると、後ろからついてきていた正樹が裕二の前に出てきて、
    「ゆうくんもうだめだよ、お母さん達来ちゃったからー」
    そう残念そうに言った。
    「クソっ!来年は姉ちゃんと俺も早く来る!!」
    そう言うと、幸子と先を歩いていた姉の美樹のところへ走って行った。その後ろを追う正樹。
    「ゆうくん小学生みたい」
    そう言って笑う淳と手をつなぎ、私は「ガキだね」と言って笑った。

    海に向かう途中、もう一つの帰省組の家の前を、先を歩いていた子たちが覗いていた。
    「来てる?」
    私と淳も駆け足で追いつき、そう聞きながら庭先を覗いた。
    すると、ちょうど到着したところらしく、幼馴染家族が車から荷物を下ろしているところが見えた。

    「香織ちゃーん!」
    幼馴染の香織の顔が見えると、幸子が大きい声で声をかけながら駆け寄っていく。
    振り返る香織の顔は、明らかに昨年とは違い大人びていた。

    「香織ちゃん高1だっけ?」
    隣りにいた美樹に小さな声で聞いた。
    なんとなく、気恥ずかしくて。
    「多分そう。あたしの1個上のはず。」
    「あーなんか変わったね。あ!悪い意味じゃないよ!『高校生』って感じなだけ」
    「だね、なんか近寄れない感じ」
    なんだかぶっきらぼうな美樹の話し方に違和感を覚えた。
    「そう?⋯⋯。」
    「ん?セミうるさくて聞こえなかった」
    「!何も言ってないよー」
    慌てて顔の前で手を振り誤魔化す。
    何か⋯嫌な感じ。
    そう話している間に「先行ってるよー」と海に向かう男子たち。
    手を振り見送る美樹。
    (あー⋯私も一緒に行けばよかった。)

    蝉の声で隠れた私の言葉は「羨ましい」
    高校生になって大人びた香織が綺麗に見えたから⋯
    それと、美樹の見たことのない真顔。
    ここから離れたかった。


    「暑いね」
    慣れない状況に汗が止まらない。
    「日陰から出れないね」
    そう話す美樹の感情がわからなかった。
    なんとなく気まずくて、門前の大きな木の下から動けない私と美樹。
    「⋯美樹ねえ、香織ちゃん海誘っていいの?」
    「さっちゃんもう誘ってるよ、あれ。」
    そう言って顔で幸子を指したのでそちらを見ると、幸子がニコニコ笑い香織に手を振りながらこちらに歩いてくるところだった。
    そばまで来ると「後から来るって、行こう。」そう言って先を促す幸子。
    「来るんだ」
    そうつぶやく美樹。
    「香織ちゃん可愛いよねー髪長くなったし、ザ女子高生って感じ」
    憧れるーってニコニコしながら言う幸子にホッとし、救われた気持ちになった。
    なんだったんだ、あの気不味さは。
    チラッと美樹を見ると、なんとなく不機嫌そう。
    何、この変な空気。


    その後海に着くと、先に来ていた男子たちに秀樹が合流していた。
    男子たちは、大きな岩から飛び込む遊びをしていた。
    何だかホッとして、服の下に着てきた水着になると、
    幸子と私も海に駆け出した。

    美樹は石浜で大きめの石に座って、遊んでる私たちを見ていた。
    (まだ怒ってるの?⋯誰を見てるの?)
    「さっちゃん、美樹ねえさあ、なんかおかしくない?」
    「そう?まー入りたくなったら来るよ〜。そのうち香織ちゃんも来るし。うちらも飛び込む?」
    「行く!」

    そこからはみんなでいつものように飛び込みをして遊んだ。
    (男子は釣りするって言ってたのにー。順番待ちが長くなる。)
    前の子が飛ぶのを待っていると後ろから裕二が上がってきた。
    「ゆうくん一緒に飛んで!」
    「えー今上がってきたばっかなんだけど」
    「いいじゃん、ゆうくんいれば1番から飛べるもん。」
    「落ちたあとしがみついてこないならいいよ」
    「えー大丈夫だよ〜。」
    「何がだよ、じゃあ上行けよ。」
    今立っている所より一段高い場所に上がると手を繋いだ。
    「下の子飛んだな。行くぞ!3・2・1・飛べ!!」
    そう叫ぶと、同時に前の方へジャンプした。


    宙に浮く感覚、
    落ちる感覚、
    着水する瞬間、
    沈む感覚、
    海中を掻く感覚、
    手を引っ張られ海面に顔を出す瞬間

    この時がたまらなく好きだったーーーー

    しばらく遊んでふと美樹の方を見ると、いつの間にか合流していた香織と並んで座り笑いながら話していた。
    (機嫌直ってるの?何だよ。ま、いいや。)
    遊びに戻ろうと視線をみんなの方に向けると、秀樹が浜の方を見ていた。
    「香織ちゃん来たんだよー」
    そう声をかけると、バツ悪そうに視線をそらし「みたいだな」とだけ言うと、海に向かって駆け出し、飛び込んだ。

    いつもより高くジャンプした背中はなんだか知らない人の背中に見えた。


    そこからは、以前と変わらない遊びを、以前と変わらないメンバーで楽しんだ。


    そんな感じが、盆すぎまで続き、その年の夏は終わった。


    画像


    そして翌年中2の夏、
    私たち姉弟は昨年の楽しさに味をしめ、8月になると祖父母の家に向かった。

    家に着くと、
    「裕二くん昨日から来てるよ」と祖母から聞き驚いた。
    (本当に早く来たんだ)
    一瞬首筋から頭にかけて熱くなった気がした。頬が火照る。
    (今日暑いな⋯)


    翌日、裕二が早速訪ねてきて、軽トラドライブを楽しんだ。
    ただ山道を走るだけなんだけど、荷台に乗っている、ということが非日常的で楽しかった。
    「ひでくん大学受験しないの?」
    そう裕二が聞いた。
    「俺地元で就職するから」
    「そうなんだ。給料でファミコンのカセット買って」
    「なんでだよ」
    「ソフトクリーム買って」
    そう口を挟む正樹と淳。
    「ソフトクリームならいいよ。裕二はなしな」
    「えー!」
    子供っぽいバカ話に半分呆れながら、ここでしかできない子供っぽい行為が心底楽しかった。


    その年、美樹は受験勉強で忙しく、親と一緒にお盆に帰ってきた。
    香織は帰って来なかった。
    秀樹の顔を見ることが減った。


    翌年、私は高校受験を控える中3に。
    相変わらず、田舎には帰った。


    私たち中3組と下の子達は以前と変わらず集まりいつものように遊んだ。

    そこにはもう、高校生になった美樹も、就職した秀樹もいなかった。
    高3の香織はしばらく来れないかもしれないと、お盆に帰ってきた。

    でも、一緒には遊ばなかった。


    ―――その頃には気付いていた。
    年上の幼馴染たちの生活と心境が変わったのだと。
    ゆっくりと、ゆっくりと、大人に近づいていくと共に、
    一人、また一人と夏休みを一緒に過ごす友が減っていくのだと。

    でも、私はそれが『寂しい』ことだと、気付いていなかった。

    だから無神経に大事な友だちを、傷つけた。―――


    「ともちゃん、来年も来てね?」
    帰る前夜、うちの庭でみんなで花火をした。
    並んでしゃがみ、線香花火をしていた幸子が、小さい声でそう囁いた。
    「うん、来れたら来るよ。でも私高校入ったら夏休みバイトしたいんだよね〜夏休みしかできないじゃん?」
    深く考えずそう言うと、幸子は少し黙って「そっか。」と言った。
    (あ、ちがう)
    言い直そうとしたとき幸子の線香花火が落ちた。
    「あーあ⋯⋯ねーまあくん、打ち上げやろうよ!」
    そう言うと、男子たちの方へ駆けて行く幸子。
    家の灯りで伸びたみんなの影が、距離を感じさせた。

    ―――この頃、私も何かが変わり始めていたんだと思う。―――

    画像

    ―――お盆が終わり自宅に帰ると、
    『田舎にいた夏休み』は物語になり、
    本は閉じられる。

    いくつの物語ができたのかな?
    『田舎にいた夏休み』
    私の物語は最終章に入っていたんだろうなーーーー

    画像

    翌年、高校生になった私は田舎に帰らず、母と自宅に残った。

    帰らなかった理由は大したことはない。
    高校生になったら、夏休みに対する考え方が変わっただけ。

    普段の遊びも変わった。
    友達とカラオケに行きたい。
    ショッピングに行きたい。
    コンサートに行きたい。

    そのためのお金を稼ぎたい。
    だから、夏休みはバイトしたい。

    自分で稼ぐことができるようになった高1ってそんなもんじゃない?
    逃避のように遊んでいた夏休みが現実と重なるようになっただけ。

    そんな高1の夏。
    田舎の幼馴染の顔は、思い出さない。

    「今日お父さんから電話あった時、淳とも話したんだけど」
    バイト後帰宅し、遅い夕食を一人で摂っていると、缶ビールを片手にテーブルの向かいに座り話し出す母。

    「裕二くんも帰ってないみたいよ」
    「⋯へー。ゆうくんもバイトかな?」
    「んー部活みたい。サッカーやってたじゃん?高校でも続けてるみたいよ。」
    「へー。」
    「良かったね」
    「何が?」
    「一人だけ行ってないんだと寂しいでしょ?」
    「別にぃ。こっちで忙しいし。」
    「ふーん」
    (なんか、ムカつく。)
    「ごちそうさま」

    部屋に行き、ベッドに寝転がると、疲れからすぐに瞼が落ちてきた。
    耳元でザーッと風になびく稲穂の音が聞こえた気がした。

    (さっちゃんどうしてるかな?⋯ゆうくんか⋯会いたいな)

    そう思ったら、胸がキュッとして目が覚めた。
    思い出させた母に、少し腹がたった。


    ―――高2の夏、
    この年も帰らなかった。
    理由は彼氏ができたから。

    今ならば、遠くの幼馴染ともメールやSNSなどで繋がれるけれど、
    当時は、手紙か家の電話だ。
    幸子とは中学の頃までは文通していたけれど、高校に入ってからは回数も減り、2年の頃は年賀状くらいだった。
    裕二とやり取りはない。
    美樹と裕二は隣の県に住んでいるから、会おうと思えば会える。
    でも、夏休みの田舎でしか会ったことはない。

    その頃の私に田舎の記憶は、
    日に焼けた写真のように色褪せていたんだと思うーーー


    「姉ちゃん、来年は俺行かないから、姉ちゃん行きなよ。」
    正樹が中3だった夏休み、
    田舎から帰ってきた夜、そう言った。
    「んー。どうかなー。」
    「高3だから最後なんじゃないの?」
    「⋯お父さんと行くの嫌なんだけど」
    「淳と先に行けばいいじゃん」
    「んー」
    「さっちゃん、高校で友達できないって言ってたよ。会えなくて寂しいって」
    「えっ⋯⋯あんたそんな深い話してるの?」
    「あ、たまたまそんな話になったんだよ。とにかく来年は行けよ。」
    (なんだよ、エラソーに⋯さっちゃん、手紙書こうかな。)
    この時はそう思ったのに、結局手紙を出すことも、来ることもなかった。


    そして、高3になった私は、『最後の夏休み』を過ごすべく、
    淳と新幹線で田舎に向かった。

    2年ぶりに着いた祖父母の家は、何も変わらなかった。
    「お姉ちゃん高校生になったら垢抜けたねえ」
    居間で寝転びながらテレビを見ていると、おばあちゃんが切ったスイカを運びながらそう言った。
    「そうかなー」
    起き上がりスイカに手を伸ばす。 

    淳は着くと早々に「少しだけ遊んでくる」と言い残し、昨年新しく知り合った友達の家に遊びに行った。
    私は知らない男の子だった。

    「今年はもう裕二くん帰ってきてるよ。」
    「そうなんだ⋯」
    スイカの種を指先で避けながら返事をした。
    「なんか大会に出れなかったから、もう引退したとかなんとか言ってたよ」
    そう言いながら種を出す皿を、私の前に置く。
    (そうか⋯ダメだったんだ。頑張ってたのにな⋯)
    「ふーん⋯さっちゃんは?」
    「あの子今いないよ〜。夏休みアメリカ行ってるって、短期留学?らしいよ」
    「え!そうなの!?」
    口の中に残った種をプッと皿に出す。
    「秀樹は転勤で大阪行ったし、香織ちゃんは大学生で、美樹ちゃんは看護学校生。みんな忙しいね。」
    「⋯おばあちゃん詳しいね」
    「まあ、ばーちゃん達は孫の話しかしないから」
    「そうなの?」
    (私のことはなんて話してんだろ)
    「あとうわさ話。秀樹が彼女と住んでるらしいって」
    「マジで!」
    そうして、おばあちゃんとの近況話で初日は終わった。


    ーーーーその頃の私は、
    2年の頃に付き合いだした彼氏と別れたあとで、進路にも迷っていた。
    この夏休みの帰省も、日常から離れられる良い口実くらいの気持ちだった。
    本当の意味での現実逃避だったんだーーーー


    (まだ9時か⋯)
    その夜、淳は遊び疲れて寝てしまい、
    私は一人で時間を持て余していた。

    ここでは賑やかさしか知らなかった。
    こんなに静かなんて。

    麦茶を入れたコップの氷が少し溶けてカランと音をたてた。
    なんだか無性に寂しく感じた。

    (会いたいな⋯)
    ふっと頭に浮かんだ言葉に戸惑った。
    (誰によ!)
    それを打ち消すように麦茶を飲み干した。


    窓から見える、田舎の暗闇が影のように自分の気持ちを隠していく。



    翌日、私は家にいた。
    淳はまた遊びに出かけていた。
    なんだろうな、外に出かける気になれない。
    ゴロゴロしている私に、祖母がぼた餅を作ろうと声をかけてきた。
    「おばあちゃんのぼた餅美味しいよね〜」

    「ごめんくださーい」
    「あら、お姉ちゃん出てくれる?」
    お餅を丸めながら言うおばあちゃんに頷き、玄関に向かう。
    「あ!朋ちゃん久しぶりー!!」
    「え!美樹ねえ?わー来ないんじゃなかった?」
    (看護学生で忙しいのでは?)
    「来てたよー!ま、明日には帰るけどね。
    さっきあっちゃんに会ってね、家に朋ちゃんいるって言うから来てみたの」
    (案外おばあちゃん達のうわさ話はあてにならないな)
    「今年は誰にも会えないかと思ってたー」
    「ん?裕二会ってないの?」
    「あー昨日来たとこで、今日はまだ外に出てないしね」
    「そうなんだ、じゃ、このあと海いかない?」
    「行く行く!」
    「じゃあ2時に浜で」
    「2時ね」
    「じゃあ後でね」
    そう言い残し玄関を出ていく美樹。

    美樹が何年かぶりの田舎の夏休みの空気感を運んできた気がして、高揚した。

    (時間を決めて待ち合わせなんてしたことないのに。
    ⋯美樹ねえって何年ぶりだっけ?
    あ、準備しよう。)
    「おばあちゃーん、今美樹ちゃんが来てねーーー」

    置き去りにされた気持ちが動き出した。


    時間が近づき、私は準備のために荷物から水着を出して手を止めた。
    (前にみんなに会った時はスクール水着だったんだ⋯)
    ここに来る前に向こうの友達と一緒に買った、ビキニほど大胆ではないブルーのセパレートタイプで花柄のパレオがセットになったやつ⋯
    (ゆうくんいるかな?)
    なんだか急に恥ずかしくなってきた。
    水着を着て、その上にTシャツとデニムのショートパンツを履き、パレオはタオルとともにビニールバッグに突っ込んだ。
    「おじいちゃーん、海まで送ってー」


    いつもの石浜の海岸に着くと、祖父の車から降りた。
    「おじいちゃん、ありがとうね」
    「気をつけてな、帰りは?」
    「大丈夫、帰りは歩いて帰るね」
    祖父に手を振り車を見送ると、大きな岩のある『あの場所』に向かった。



    「朋ちゃーん」
    声のする方を見ると、美樹が笑って手を振っていた。
    それに私も手を振り返す。
    (なんだか美樹ねえ雰囲気変わったな〜大人になった感じ?)
    周りを見ると、見たことのない家族らしいグループが他にもいたが、相変わらず人が少ない浜で、大きな岩の上には小学生くらいから中学生くらいの子たちが数人いた。
    その中に淳を見つけたが、裕二らしい人物は見つけられなかった。
    「荷物そこに置いてるよ。」
    美樹が無造作に置かれたいくつかのカバンを指さしながら、こちらに歩いてくる。
    「見たことない子もいるね」
    「あっちゃんの友達の兄弟みたいよ」
    「そうなんだ」
    カバンの横に並んで座り、水着になりながら、お互いの話をした。

    話をしながら海を見ていると、子供たちの中にひときわ背の高い男性が目に入った。
    「あの男の人だれ?」
    その男性を小さく指さしながら聞くと、美樹が笑いながら
    「裕二だよ〜わかんない?」
    そう言ったので、驚き目を凝らしながらもう一度よく見た。
    (⋯マジで⋯⋯あー確かにゆうくんだわ⋯背デカくない?)
    最後に会った時の裕二は、私よりも背が高かったけれど、
    そこまで違いはなかった。
    たぶん今並んだら、頭一つ分くらい大きそうだ。
    「背デカくない?」
    「デカいよー高校入った頃から伸び始めてさあ、たぶん185くらいあるよ」
    「へー⋯大きいね。」
    もう一度裕二を見るけど⋯
    「なんか知らない人みたい。」
    思わずポロっと口をついて出た。

    「行ってみれば?」
    「えー美樹ねえも行こー」
    なんだか照れくさくて、そう言いながら横目で裕二を見ると、淳を抱えあげ海に放り投げたところだった。
    すると、今度は裕二が背中から海に倒れ、バッシャーンと海の中に消えた、その横で立ち上がり大笑いしてる淳。
    (海の中で足引っ張ったんだな)
    「中身は子供だね」
    その様子を見ながら、そう美樹に言った。
    「体がデカいだけで、あっちゃんと同レベルだよー」
    「あれは、楽しんでるもんね」

    背の高い裕二に、海に投げてもらうのが楽しいのか淳の友達も混ざっていた。
    (今側に行く必要はないな)
    「美樹ねえ飛び込みした?」
    「まだ、行く?」
    そう言いながらいつもの岩を指さした。
    「行く!」


    ーーーー思い返せば『いつもの大きな岩』の上に立ったのは
    この日が最後だった。
     今はもう存在しない岩。ーーーー



    岩の上に立ち、水平線を眺めた。
    空を見て「あ、夏だ」とわかるお手本のような晴天の空、
    プールのように凪いだ海、上から見てもどこに飛び込むべきかわかる透き通った海、日に焼けてじりつく肌。
    全く同じ景色ではないかと思うくらい変わらない景色
    (この景色も何年ぶりかな?)



    海面から3メートルくらい出ているこの岩は、飛び込み台にするのにちょうどよく、海に面した側に高さ違いで立てる場所がある。
    海中も程よく深く、全く泳げなければ無理だけれど、小学生の子も浮き輪に入り抱えたまま飛び込む。
    子供からしたら遊具のような岩だ。
    大人も本気で注意してこないから、昔からそうなのだろう。


    「朋ちゃんどっから飛ぶ?」
    「久しぶりだからなー2番で飛ぼうかなー」
    一番高い飛び込みポイントが「1番」で、低くなるにつれて番号が上がっていく。
    上から2番を見た(高いな⋯)
    「やっぱ3番にするわ」
    「お、弱気」
    そう笑いながら私の横に立ち左下に見える2番を見下ろす。
    「⋯私も3番にしよっかな〜」
    つぶやきながら、3番の方に歩いていく美樹。
    「だよねー。美樹ちゃん先に行く?」
    「うん、じゃ飛びまーす!!」
    そう言うと少し駆け足で3番ポイントに近づくと、大きく一歩を踏み切りそのまま海に飛び込んだ。
    「おー」
    その潔さに感嘆と称賛の拍手が自然と出た。
    「ねーちゃん3番から飛んだの?」
    後ろから男性の声がして驚いて振り返った。
    「あ」
    (ゆうくん)
    「久しぶり」
    低い声、やっぱり頭一つ大きい身長。
    とっさに目を反らした。ドキドキする。
    (これは誰?)
    「うん、久しぶり」
    一瞬の間、頭が真っ白。
    (ゆうくんとどうやって話してたっけ?)
    「朋ちゃーん!おいでよー」
    海の方を振り返ると、美樹が海中の足のつく岩に立ち、手を振っている。
    「飛ぶの?」
    「え?うん」
    「3番で?朋ちゃんが?前は一緒に1番から飛んだじゃん?飛べるだろー」
    「いや、もう無理だよ〜」
    「怖いかー」
    カチンと頭の奥で音がした。何かのスイッチが入ったみたい。
    (はぁ?)
    「怖くないよ!でも子供じゃないんだからやんないよ」
    「なんで、飛べばいいじゃん。あー大人ぶってビキニなんか着るから」
    (ムカつく!)
    確実に私の中から何かが蘇ってきた。
    「うるせーバカ!ビキニじゃねーしセパレートだし」
    「腹出してんだからビキニだろ、それじゃ飛べねーじゃん」
    「美樹ねえのがビキニだよ!美樹ねえ飛んでんじゃん!」
    「じゃあ、3番じゃなくてここから飛べよ」
    「ヤだよ!」
    「一緒に飛べば、行けるだろ」
    そう言うと私の手を掴む裕二
    「え」
    ヒートアップした童心がスッと顔を隠した。
    「一緒に飛べばいいじゃん。前みたいに。行くぞ!」
    そう言って手を引き海の方に足を出す。
    私もそれに合わせて足を出すと、
    「3・2・1・飛べ!!」
    そう大きな声で言うと、私の手を引っ張りながら前に大きくジャンプした。
    私もそれに合わせて大きく前にジャンプした。

    宙に浮く感覚、落ちる感覚、着水する瞬間、沈む感覚、
    海中を掻く感覚、手を引っ張られ海面に顔を出す瞬間ーーー

    ほんの束の間の出来事、
    顔を隠した童心も飛び出してきた。

    たまらなく気持ちいい。
    (あーこれこれ!これだ。)

    一度海中に潜り髪をなでつけながら顔を出し、足がつく岩まで泳いで立ち上がった。
    「あー楽し!やっぱこれだよねー」
    誰に言うでもなく、興奮気味に口をついて出た。思いの外大声で。
    「やっぱり1番じゃないと、だろ?」
    まだ、海の中で泳いでいる裕二がそう言うと、浜の方に泳いでいった。
    (聞こえたよね?恥ずかし)
    違う岩で飛ぶのを見ていた美樹が、そばまで泳いで来た。
    「さすが朋ちゃん!女子で1番から飛ぶの朋ちゃんだけだよ。」
    笑いながらそう言い残し浜の方に泳いでいく。
    (1番から飛ぶ時はいつもゆうくんがいたからだよ)

    海中の岩の上に立ったまま、胸まで海につかり波に揺られていると、
    頭の中にある現実世界が流されていくようだった。

    ここではここの時間の流れがある。
    ここの私がある。
    私は岩を蹴ると浜まで泳いだ。
    きっと泳いでいるうちに、口の悪い夏の私を思い出す。

    ほんのかすかな恋心には蓋をする。


    ひとしきり泳いで海から上がると、淳達は先に帰り、いつの間にか3人だけになっていた。
    日は傾いてきているけれど、まだ日没までは時間がある。
    このまま帰るのが名残り惜しく、水しか出ないシャワーで軽く海水を落とすと、水着が乾くまで浜に腰を下ろし缶ジュースを手に一息ついていた。

    唇に塩気が残り、肌が灼けてひりつき熱をもっている。

    「明日何時ごろ帰るの?」
    横に座る美樹と裕二に問いかけた。
    「お昼前には出るかなー」
    そう言いながらカバンに手をかける美樹。
    「今年は帰るの早いんだね。」
    「裕二とバイト頼まれちゃったんだよー。あー久しぶりに泳いだら楽しかったーバイト引き受けなきゃよかったなー来年は来れるかわかんないし。」
    私の問いに答えながら立ち上がる美樹。
    「おばあちゃんに、仏さんの花買ってこいって言われてるから先行くね」
    「俺も行く?」
    「大丈夫、裕二荷物持って帰って。じゃあ、朋ちゃんまたね、遊べてよかったー。元気でね。また来年ね。」
    そう言い、手に持っていた荷物を裕二に渡すと、手を振り歩き出す美樹。
    なんだか、あっさりしてるな。
    いつもと変わらない夏休みの別れの挨拶だ。
    (来年は来れるかわからないって言ってたのに『またね』なんだね)
    後ろ姿を見送りながら、その美樹の子供のような、
    あっさりさに少しホッとした。

    「帰る?おじいちゃん来んの?」
    (あ⋯ふたりだけだった。)
    「歩き。」
    17歳の私が顔をのぞかせる。
    「じゃあ帰ろ。」
    そう言いながらTシャツを着ると、荷物を持ち立ち上がった。
    「ちょっと待って」
    慌てて服を着ると、荷物を持ち立ち上がる。
    「行こう」
    そう言い、二人で歩き出した。


    家に続く道、
    子供の頃は遊びながら1時間くらいかけて帰っていた道のり。

    意味のない、とりとめのない話をしながら歩いていた。
    あの時こうだったとか、誰がどうしたとか⋯
    そんな思い出話を、無言にならないように話し、笑った。
    ただただ気楽で楽しい時間。

    あの頃と同じペースで、ゆっくり歩いていた。
    首筋を流れる汗も、ビーサンで歩く痛みも、苦じゃなかった。

    しばらく歩いていると、香織の家の前まで来ていた。
    「この木すげーデカくなったな」
    「ホントだね⋯」
    家の前の木が以前よりさらに大きくなって、見上げると視界いっぱいに枝を伸ばしていた。

    夏の夕日の眩しさを遮るように立つ大樹、
    その葉の隙間から射す夕日の煌めきが影を際立たせ、終わりを告げているようで、言葉が続かない。

    同じ気持ち⋯かは、わからないけれど、裕二も黙って歩き出す。
    私も無言で後ろをついて行った。

    「去年の秋に⋯」
    裕二の声のトーンが変わった。大人っぽい声に胸がざわつく。
    「え?」
    「県内の高2が観に行く芸術鑑賞会あったじゃん?県民会館で」
    さっきまでの話し方に戻り話を続ける裕二。
    「え?あ、うんあったね。去年の秋ね」
    「俺も行ってたんだよ。」
    「なんで?県違うじゃん。」
    「そっちから通ってるやつが多いから?
    なんでかわかんないけど、俺らの高校も行ったんだよ。」
    「そうなんだー、どこで観た?
    うちの学校は一階の真ん中あたりだったよ〜。」
    「うん、見た。」
    「ん?」
    「俺ら一階の後ろの方で、開場してすぐ入ったから、座席で入ってくる人見てたらさ、朋ちゃん見つけた。」
    「え?あ⋯マジで?えー声かけてくれたらよかったのに」
    『現実世界』の私を見られていた。不意を突かれて焦った。
    (なんだろう、なんか変な感じ。魔法を解かれたような感じ?)
    「かけられねーだろ。学校で行ってんだから。それに⋯」
    一瞬黙る裕二。
    「制服だと知らない人みたいだったから。」
    「えー⋯」
    会話が続かない。

    ぎこちない空気のまま、家が近づくとともに『現在』に戻るようだった。

    もう胸のざわつきは、ドキドキに変わっていた。
    (あー、私は⋯)

    「俺達さ⋯」
    裕二の家と私の家に向かう田んぼを挟んだ分かれ道、
    そこまで来ると裕二が立ち止まり口を開いた。

    私は何も言わず、裕二の顔を見上げた。
    「向こうでも会ってたら⋯」
    見慣れないその顔は、もう子供のままでは見ていられなかった。
    (その後は聞きたくない、聞いたら戻れない)
    思わず目を伏せてしまった。

    稲が風で揺れ、ザーッと音をたてる。

    「や、何でもない、何でもない。」
    そう言って、体ごと横を向いてしまう裕二。
    「明日おじさん来るんだろ?ケンカすんなよ」
    何事もなかったように振る舞う裕二。
    でも、こちらは見ない。
    「あ、うん、どうかなーお父さん次第だよ」
    無理やり何もなかったように返した。
    でも、目は伏せたままで⋯
    「淳と正樹にもよろしく言っといて、元気でな、受験頑張って」
    「ゆうくんも、体に気をつけて、頑張ってね⋯」

    (あぁ、終わってしまう。)

    「じゃあな、⋯また、来年」
    「うん⋯じゃあね、また来年」


    画像


    「じゃあ⋯バイバイ」
    一瞬こちらを見ると、背中を向け家の方へ歩き出した。
    「バイバイ」
    背中に向かって別れを告げると、私も家路へと一歩踏み出した。

    数十メートル歩くと、振り向き遠ざかる裕二の背中を見た。

    お互いに、田んぼに沿ってあちら側とこちら側を歩いているので、
    小さくなっていく裕二がずーっと見える。
    家に入るまで。

    私は、裕二が家に入るまで、たまに振り返り見ていた。
    裕二は、振り返らなかった。
    寂しさと安堵のジレンマに足が進まない。
    ゆっくりゆっくり歩き、
    田んぼを挟んだ裕二の家の方に視線を向けると、
    家の前に立つ裕二がこちらを見ていた。
    「あ」
    ドクンと心臓を叩かれたような衝撃に足を止め、対峙した。

    裕二は足を止めた私に気づくと、一度大きく手を振り家に入っていった。

    その時、目の前の稲がザーッと音をたて揺れた。
    風が全てを持っていった感覚になった。
    急に寂しさと後悔に胸が締めつけられた。

    (私は何か間違えた?でも、幼馴染のままでいられるでしょう?)

    泣きそうになりギュッと目を閉じる。
    聞こえるのは、ザーッと波打つ稲の音。

    (また、夏を一緒に過ごせるでしょう?)



    でもこの時、これが最後だろう、と、感じていたんだ。


    画像


    私は、目を開けあの頃と変わらない、波打つ稲を見た。

    巡り巡って、今、私は、
    この地に住んでいる。
    ここが『現実世界』になった。

    あの頃の私は、
    独りよがりで、自己中心的で、素直になれず
    ⋯今思えばずいぶん青臭かった。

    自分のいるところは、どこだっていつだって現実なのに、
    『非日常』と『日常』を繋げたくなくて、見えない境界線を引き、
    人を傷つけたことにも気づかずに⋯


    あの夏はたしかに恋をしていた。


    目を逸らした後悔はあるけど、
    やり直せたらと思うような、
    後悔ではない。

    でも、夏のこの風景が、
    風が、音が、思い出させる。
    甘酸っぱい、苦い、汗が滲む、レモネードのような記憶を。




    ーーーーこの風がどこかで、あなたにも吹いていればいいな、
    そうだといいなーーーー






    画像
























































    この記事が参加している募集

     
     
     

    Rue

     
     
    元シューフィッター・三人家族の主婦です。長年靴と足に携わった経験談と子供の成長・日々の気付きなどをエッセイとして発信していきたいです。 まだまだ、未熟者なので目に付いたことなど教えていただけだら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。

    あなたへのおすすめ