
おはつぶ378日目~実るほど頭を垂れる稲穂かな
おはようございます😅
今日はいい天気でした。
田んぼもいよいよ本格的な稲刈りが始まりそうです。
お米がしっかり育ち、重たそうな稲穂を見ながら頭に浮かぶ言葉は、
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」です。
「垂れてる垂れてる重たそう、いいお米だね〜」
と嬉しくなります。
よその田んぼですけどね😂
だけど、これってべつに、見たままだけを言語化したわけじゃないんですよね。
「人は、知識や経験、能力などを身につけて立派になるほど、謙虚になり、人に対して威張らなくなるものだ」
という意味のことわざらしいです。
知らなかった😅
チャッピーいわく
『稲穂にたとえているのがポイント。
まだ実の入っていない稲穂は、茎がまっすぐ上を向いています。
ところが、実がたくさん詰まってくると、その重みで穂がだんだん下を向く。
つまり、
中身がある人ほど、腰が低い。
本当に偉い人ほど、偉そうにしない。
という、人のあり方を稲穂に重ねた言葉です。
ただ、もう一歩深く読むと
「謙虚でいましょう」という道徳だけじゃないと思うんですよね。
稲穂って、実ったから頭を垂れているんです。
だから、
「頭を下げている=弱い・自信がない」
ではなく、
「たくさんのものを内側に蓄えたからこそ、自然と頭が下がる」
というニュアンスがあります。
そして面白いのが、「頭を垂れる」のは
稲穂自身が意識してやっていることじゃないところ。
実が増えれば、重みで自然にそうなる。
人間も、経験を積んだり、いろんなものを知ったりすると、
「自分はまだまだ知らないな」
と気づくことが増える。
だからこそ、他人を見下したり、自分の正しさを振りかざしたりしなくなる。そんなふうにもとれます。』
ですって😯
なるほどー
若いうちは自信に満ちて「自分はやれる」と上ばかり見ていたけれど、
そんな時を経て経験を重ね身に付けて様々なことを知るほど、自分の知らないことがあると気付いて、自然と頭が低くなる。
謙虚になりなさい。ではなく、謙虚になっていくんだ、と。
ということはですよ、
自分の凄さばかり語っている人は、まだ実ってない。
ともとれると?
なにか褒められたりしたときに
「いやー私なんてまだまだですよー」
と謙遜するんじゃなくて、
「ありがとうございます。でも、まだまだ学ぶことがありますね」
と自然と謙虚に答えられるの、素敵だよね。
って思います。
「知らない」を素直に受け止め、「知っている人」
を素直にリスペクトできる人になりたいな。