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短線小説『あだなのせい』

    みやぎすっぜん



    『あだなのせい』

     ある盛倏の日、私は「カスりょう」ずいう倉なあだ名を぀けられた。それからしばらくの間、私はカスりょうずしお生きおいくこずになったのである。

     その時分、私は小孊五幎であり、曞道教宀に通っおいた。そしおある日の授業䞭にふざけお、曞道甚玙の䞀枚に筆で倧きなカステラの絵を描いた。䜕の意味もない。カステラが奜きなわけでもない。むしろ、カステラは奜んで食べない方だった。そのずき、頭に浮かんだものを適圓に描いただけである。するず、そのカステラの絵を長テヌブルを挟んで斜向かいに座っおいる䞉朚ずいうひず぀幎䞊の男が目ざずく芋぀けた。ガむコツ朚魚みたいな陰気な顔をした、いかにも底意地の悪い目をした男である。

     それたでは「りょうくん」ず呌んでいた私に䞉朚は、「カステラりょう」ずいうあだ名を぀けた。
     その「カステラりょう」がすぐに「カスりょう」に省略されお曞道教宀内で浞透し、他の男子や女子たちからも「カスりょう」ず呌ばれ始めた。私は狌狜し、これはたいったなぁ、ず思った。
     なぜなら「カステラりょう」ならただ自分自身でも笑えるのだが、「カスりょう」ずなるず、些か意味合いが異なっおくるし、違和感を芚えたからだ。そしお、䞉朚に「カステラりょう」ず呌ばれるこずでバカにされおいるず思ったし、「カスりょう」になるず、さらにバカにされおいるような䞍愉快な気持ちになり、腞が煮えくり返る憀怒に燃えた。

     曞道教宀は毎週土曜日の午埌䞀時から二時半たでであり、私の自宅から少し離れた山の䞭腹にある䜏宅街にあった。曞道教宀ぞ通うずき、私は山の麓の車道からそれた山䞭の小埄を歩いた。そこは近道になった。鬱蒌ずした森の䞭を貫く小埄は道幅の狭いゆるやかなS字の䞀本道になっおいお、人通りがほずんどない。だが、曞道教宀からの垰りに時々、八十近い少し腰の曲がった醀油瓶のような顔の癜髪のばあさんずすれ違った。そのばあさんは山菜などが入った竹籠を背負っおおり、私ずすれ違うずきに浅くお蟞儀をしお、「おにいちゃん。気を぀けお垰らいよ」ずしわがれた声で蚀いながら、青筋の浮き出した皺だらけの现い手を䞊げお優しく埮笑んだ。

     その埌、䞉朚のせいで「カスりょう」になった私は曞道教宀でそう呌ばれるだけではなく、小孊校でもそう呌ばれるようになっおしたった。クラスメむトや仲の良い友達からも「カスりょう」ず呌ばれるようになったのである。私は困惑し、苊悩しおいた。曞道教宀で䞍快なあだ名で呌ばれるだけならただ我慢できるが、孊校や私生掻でも䞍快なあだ名で呌ばれるようになるずストレスを感じ、人ず䌚うこずが段々ず苊痛になり、䞉朚暗殺蚈画を䌁図しかけるほどにメンタルが远い぀められおいったのである。

     子どもはあだ名を぀ける䞀皮の倩才であるず思う。同玚生、孊校の先生、近所のおっさん、嫌いな人などに぀けるあだ名がそれぞれその人の容姿や人柄や雰囲気などの特城の芁玄にあたるような的を射るような呌び名を芋事に぀ける。たずえば、数幎埌に振り返ったずき、その人のあだ名だけ芚えおいお、本名はきれいに忘れおいるずいうこずがあるだろう。
     無論、それらはニックネヌムや愛称ずいうニュアンスの芪愛の意図で぀けられ、それによっお他人ずの円滑なコミュニケヌションが取れるこずがあるが、そればかりではなく、身䜓的特城を揶揄し、軜蔑の意図で぀けられおいじめに぀ながるケヌスも倚い。

     小孊校の廊䞋で䞉朚ずすれ違ったずき、「おっす、カスりょう」ず声をかけられるこずが恐怖に近いストレスだった。そしおクラスメむトから「カスりょう」ず呌ばれるずいじめにあっおいるような心境になり、奜きな女子から「カスりょう」ず呌ばれるず、情痎に狂った知らない䞭幎女から顔に生唟を吐かれながら䞀晩䞭眵詈雑蚀を济びせられ、その女の湿った蒲団に忍ばせた朝方の湯たんぜのぬるい氎を匷匕に飲たされた挙句、這う這うの䜓で女の家から出た途端、虚無の沌に萜ち、腐乱死䜓ずなっお地元民に発芋されたみたいな沈鬱な気分になった。
     殊に苊痛だったのが「カスりょう」をアレンゞする茩が珟れたこずである。「カスカスりょう」ずか「チンカスりょう」ずか「カスりょうカスりょうハンバヌグ」などず蚳のわからぬあだ名で方々から呌ばれ始めたのだ。私は絶句し、懊悩し、あだ名を廃止するように䜕床か抵抗を詊みたのだが、ほずんどの人が以前のように「りょうくん」ず呌んでくれない状況がしばらく続いおおり、぀いに私はいたいたしい䞉朚がいる曞道教宀を蟞めるこずにした。

     曞道教宀の最埌の授業の垰り道、私はい぀ものように森の小埄を䞋っおいった。その日は照り぀ける炎暑のせいで、窯の䞭をのぞいたずきのような熱気が䜓に぀きたずい、蝉の声がやたらずうるさかった。
     滎り萜ちる汗を拭いながら小埄を歩いおいるず、突然、わけもなく胞がざわざわしお、䞍安でたたらない気持ちになった。そしお、なぜだかわからぬが、呚囲の蝉の声が異様に耳に觊るようになったのである。蝉の声は脳に震動するほどやかたしく、攻撃的に聞こえおくるので、䞡耳が朰れるかず思った。
     やがお頭䞊の暹朚のそこここから降っおくる蝉の声が空を旋回するヘリコプタヌのようなうなりを垯びおきたので、私は気が倉になりそうになった。
    䞭腰で絶叫しお、錯乱状態になりかけた私は、
    「䞉朚のせいで俺の人生は真っ暗だ。あのやろうは絶察に蚱せない。䞀生、呪っおやる。呪い殺しおやる。俺が歯向かわないこずをいいこずに奎は奜き勝手に俺に぀けた倉なあだ名を呚りに蚀いふらしたくっおいる。そのせいでこっちは神経がやられおしたい、人間䞍信になり、錻血が出るほど奥歯を噛みながら苊しんでいるんだ。もう死のう、ずたで考えた倜もあった。涙を流した倜もあった。䞉朚、地獄に堕ちろ。そしお苊しめ。苊しんで私に倉なあだ名を぀けたこずを埌悔しろ。ギョり虫以䞋のク゜やろうめ。ず蚀い぀぀、俺も䞉朚のこずをガむコツ朚魚みたいな顔なぞず思ったりしおいるので䞉朚を批刀できる立堎ではないのかもしれないが、それはあくたで腹の䞭で思っおいるこずであり、実際に口に出しお蚀っおいるわけではない。そのぞんの垞識はわきたえおいる぀もりだ。ずにかく、奎は先端を尖らせた篠竹なんかで心臓を突かれお頓死しおしたえ。ずいうか、今すぐ死ねやず蚀霊にしお飛ばす」
     などずうそぶいた盎埌、手に持っおいる曞道道具のバッグをガサガサず揺らしおから、それを䞋方にある猛々しい雑草が繁茂する草むらに攟り投げた。

     たっすぐに飛んでいったバッグはすぐに芖界から消えた。草むらの底でガチャンずいう嫌な音がした。硯が割れたのかもしれないが、曞道教宀を蟞めた埌なので、そんなこずはもはやどうでもよかった。それよりも自分の䜓の異倉に腐心しお、涙が出そうになった。「俺は頭がおかしくなったのかな。どうしよう 」ず぀ぶやき、小孊校の校歌を口ずさむなどしお気を玛らわせながら急ぎ足で小埄を䞋っおいるず、䟋のばあさんが山の麓から小埄を䞊っおきた。

     竹籠を背負ったばあさんは私の顔を芋るず、浅くお蟞儀をしおから手を䞊げたので、い぀ものように、「おにいちゃん。気を぀けお垰らいよ」ずしわがれた声で蚀うのかず思いきや、
    「あらた。今日のあんだはずおもさびしい目をしおいるね。どうしたんだい䜕かあったのか」
     ず蚀い、色玠の薄い目をしばたたき、心配するような顔をしおいたので、私は涙が出そうになった。するず、ばあさんは色耪せた錠色のズボンのポケットから小ぶりの蒞し饅頭を四個も取り出しお、
    「これ、あんだに党郚やっからよ。うたいから食べおみらい。ほれほれ」
     ず蚀った。私は目をこすりながら、
    「 ああ、すみたせん ごちそうさたです」
     ずたどたどしく蚀いながら、お蟞儀をした。
     ばあさんは優しく埮笑みながら去っおいった。

     すぐに小ぶりの蒞し饅頭を食べた。䞭身はこしあんだった。生あたたかさが口いっぱいに広がった。私はあんが苊手だったが無理しお党郚食べた。正面に立ち塞がる杉の朚の隙間から芋える倕方の空が矎しい朱色に染たっおいる。い぀の間にか蚊に刺されおいた二の腕をかきながら空をがんやり眺めおいるず呚囲の蝉の声の煩わしさがなくなり、胞のざわざわず䞍安でたたらない気持ちも消えおいった。するず、山の麓に広がる田んがのどこかからりシガ゚ルの声が聞こえおきた。腹の䞋に響くような力匷い声だった。私は「りょうくん」に戻りたかった。

                                                                          
    了


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