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自分にとっての真の幸せを考える

    よりみち

    こんばんは。よりみちです。
    すっかり日中も夜も寒くなり、ようやく秋めいた気温になってきました。
    そうこうしているうちにもう11月も下旬、冬に差し掛かろうとしています。
    今年は紅葉も見られず、四季を感じないまま季節が移り替わっています。
    皆さんくれぐれも体調にはお気をつけくださいね。

    さて、今回のテーマは幸せとは何か?をテーマにつづろうと思います。

    他人の「幸せ」が見えてしまう現代

    「あなたにとって幸せとは何ですか?」
    こうした問いかけのフレーズ、誰もが一度は目にしたことがあるかと思います。
    幸せというものは、時代により少なからず移り変わりがあります。
    例えばまだまだネットが普及していなかった30年前。
    私は平成生まれなのであくまで想像ですが、恐らくいい大学を出て、就職し、家庭をもって出世というコースがメジャーな幸せだったのではないかと思います。
    しかしながら現代ではネットが普及し、世界中の色々な人の生態を知ることができるようになりました。
    その結果、他人の幸せをあたかも自分の幸せのように感じ、それを追求してしまう。そんな状態になっていると思います。
    つまり、他人の「幸せ」を正解と捉えてしまうのです。
    例えばインフルエンサーで月収何百万円の暮らし。
    起業をして何億も稼いでいる起業家。
    投資で億り人になり、FIREを成し遂げた人。
    ーーー確かに彼らの生活は不自由がなさそうですが、果たしてそれが万人にとっての幸せなのでしょうか?

    他人の幸せに囚われていた自分

    私にとっての幸せとはちっぽけなものでした。
    もちろんそれで人生全て満たされているというわけではないですが、少なくとも自分にとっての小さな幸せを見つけています。
    きっかけは、転職の失敗です。
    このnoteを過去ご覧になられている方はご存じかと思いますが、私は過去にネームバリューを求めて外資系企業に転職し、見事3か月で退職してしまっています。
    そんな私も、当時は先述したような、他人の幸せが自分にとっての幸せだと錯覚していた一人なのです。
    私の勤めていた企業は中小企業で、いわゆる〇〇商事や、社名が横文字のキラキラした会社ではありませんでした。
    周りも転職活動を行っていく中で、大きな企業に次々と転職成功している同僚を見ていく中で、私も輝きたい!と思うようになりました。
    そのため、ろくに自己分析も自己理解もせず、ただただネームバリューで企業を選び、受かってしまいました(すみません)。
    皆さんはお気づきでしょうか?そう、あたかも大企業に行くことが成功だ、幸せになれるのだと思い込んでいたのです。
    しかしながら末路は既にお伝えしている通り、ひどいものでした。
    自分の外側(ネームバリュー)に目的を置いてしまった結果、入社してからはモチベーションが保てず、また慣れない環境のストレスでメンタルに支障をきたし、わずか三か月で人生初の転職は幕を閉じます。

    幸せを見つけた瞬間

    その後、無職生活に突入し、5か月間の空白期間をすごしたのち、今の就職先にご縁をいただく事となりました。
    しかしながらその就職先は、給料も下がり、私が持っている国家資格も手当てがつかず、また資格を使う場面もありません。しいて言えば業界は同じですので、前職の知識を応用することはできます。
    さて、2社目の外資系より大きく給料は下がり、1社目で取得した国家資格も意味を成しません。
    ぱっと見、これは成功ではなく、まるで株価がピークを過ぎ、高値を逃した結果渋々売ったような微妙な結果に見えるかもしれません。
    しかしながら、私にとっては「普通に働ける。」これこそが幸せのほかなりませんでした。

    本当の幸せとは

    皆さんは思うかもしれません。「単に絶望の直後だったから、マシに思えているだけなのでは?」と。
    確かにそれも否定はしません。
    しかしながら、大事なことはたった一つ。
    それは、実際に今僕自身が「幸せだ」と感じていることです。
    億り人が、インフルエンサーが、大手に転職した同僚が、否定しても僕は「今が幸せだ」と答えられる自信があります。
    そう、これこそが真の幸せなのです。
    他人軸ではなく自分軸で生きる。そういうことが今初めてできているのです。
    前置きがかなり長くなりましたが、ようは他人の成功している姿も、確かに幸せの形ですが、それは全人類が感じる幸せの形の「たった」一つに過ぎないという事です。
    幸せに絶対的正解はないという事です。
    自分が幸せと感じるのであれば、どんな形であれ幸せなのです。
    それを今を生きる人々は改めて胸に刻むべきだと思います。
    他人と比べられる幸せは、幸せではありません。

    自分は自分である

    他人の幸せの形に正解を見出すという事は、何者かになりたがっている証拠です。
    あなたはあなた自身に他ならない。
    なればこそ、外に目を向けるのではなく、まずはあなた自身に目を向け、今置かれている環境を受容しなければなりません。
    ここでの受容とは、諦めて受け入れるということではなく、今おかれている状況や環境を、等身大のまま受け入れるということ。
    退屈や苦痛な目の前の環境に、一つでも自分にとっての幸せを見出すのです。
    あとはそこにフォーカスしていけば、新たな選択肢に出会うことができるはず。
    今を否定していては、前に進むことはできません。
    今できることを冷静に受け入れ、考え、一つずつ解決し前に進むしかないのです。
    その先に、自分の幸せは存在します。
    私も転職の失敗がなければ幸せを見つけることができませんでした。
    しかしながら、転職をしていなくても幸せを見つけることはできていません。
    失敗は必ず起こります。それを乗り越えて、見えてくるものもあると私は強く感じています。

    おわり

     
     
     
    よりみちといいます。 転職失敗後、5か月間の無職期間(寄り道)を経て、今は満足できる人生を送っています。 誰かの道しるべになればいいなと思い、つらつらと書きなぐってます。 Xでつぶやいたり、YouTubeでもだらだら喋ったりしてます。

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