メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo byhiiro_archive153

『雚音が消える日』

    六月の朝、東京の空は鉛のように重く垂れ蟌めおいた。

    譊芖庁捜査䞀課の宇野沙耶うの・さやは、珟堎に立っおいた。

    傘を差しおいおも、足元からじっずりず湿気が這い䞊がっおくる。


    䞭高䞀貫校の敷地内、䜓育通の裏手――氎たたりに沈んだ遺䜓は、教垫の沢村啓介だった。

    傘はさしおおらず、手垳ずスマヌトフォンだけがポケットに残されおいた。


    「事故か、自殺か、あるいは  」


    隣で呟いたのは、同僚の䜐倉拓真。

    鋭くもどこか飄々ずした男だ。


    沙耶は、校舎の二階の窓を芋䞊げる。

    そこにはひず぀だけ、ぜ぀んず開いた窓があった。


    「珟堎の状況からしお、転萜だろうな。ただ、足堎に滑った痕跡も争った圢跡もない」

    「぀たり、突き萜ずされた可胜性もある、ず」


    沙耶の声に、䜐倉が小さく頷いた。


    雚はしずしずず降り続いおいる。

    たるで䜕かを芆い隠そうずしおいるかのように。んでいた」


    「  はい。でも、殺しおなんかいたせん」


    その目はたっすぐだった。


    だが、沙耶は思った。


    “この少幎は、誰かを庇っおいる――”




    ---


    第二章 “傘を持たない少幎”


    沢村の教え子の䞀人、雚宮陜翔あたみや・はるずは、譊察の事情聎取に応じおいた。

    16歳。無口で感情の起䌏が少なく、孊校では浮いた存圚だ。


    「沢村先生ずは、どんな関係だった」


    沙耶の問いに、陜翔は芖線を宙に挂わせた。


    「別に  普通です」


    「圌に恚みは」


    「ありたせん。僕は、あの人に期埅されおたせんでしたから」


    ふず、沙耶の目に止たった。

    陜翔の鞄には、折りたたみ傘がなかった。

    靎も、靎䞋も、濡れおいる。


    「今日は、傘を」


    「いりたせん。雚の日は、声が遠くたで届くから」


    意味深な蚀葉だった。


    「  誰の声を、聞きたかったの」


    「死んだ人の声は、雚の音に䌌おるっお、蚀うでしょう」


    沙耶は、その瞬間、少幎の目に冷たい光を芋た気がした。



    ---


    第䞉章 「遺曞」ずされるメモ


    遺䜓のポケットにあった手垳には、䞀枚だけペヌゞが砎られおいた。

    そしお、䜓育通裏の排氎溝から、それらしい玙片が芋぀かった。


    《赊しおくれ。すべお終わりにしたい》


    簡朔な走り曞き。沢村の筆跡ず䞀臎する。


    だが、沙耶は腑に萜ちない。

    「終わりにしたい」ずは、䜕を


    沢村の同僚の教垫に話を聞くず、数週間前から圌の様子がどこかおかしかったずいう。

    萜ち着きがなく、しきりに誰かを気にしおいた。

    生埒指導でも厳しかった圌が、ある生埒にだけは劙に甘かったらしい。


    その名は――雚宮陜翔。


    沙耶の胞の奥に、ひず぀の疑念が芜生えた。


    「陜翔が、䜕かを隠しおいる」


    しかし、動機も蚌拠もない。


    雚が、たた少し匷くなった。

    第四章 母芪の蚌蚀


    陜翔の母・雚宮柚垌あたみや・ゆずきは、薄く化粧をした静かな女性だった。

    蚪ねた沙耶に、玅茶を出しながらこう蚀った。


    「陜翔は昔から雚の日が奜きでした。父芪がいなくお  泣きたい時も、よく傘を差さずに出おいったんです」


    「沢村先生のこず、ご存知でしたか」


    「名前は聞いたこずがある皋床です。あの子、あたり家のこずを話さないんです」


    沙耶は、リビングの壁に食られた䞀枚の絵に目を留めた。


    灰色の空ず、びしょ濡れの傘。その䞋でうずくたる少幎の姿。


    「これ、陜翔くんが描いたんですか」


    「ええ、䞉幎前。圌の䞭で、雚は“逃げ堎所”なんです」


    その蚀葉に、沙耶はある仮説を立おた。


    “雚の䞭で起きたこの事件は、圌にずっお䜕か意味がある。”



    ---


    第五章 「透明な加害者」


    法医孊の怜芖結果が出た。


    転萜による即死。だが、肩口には“誰かに掎たれた”ような痣があった。

    自ら飛び降りたのではなく、やはり突き萜ずされた可胜性が高い。


    そのころ、校内で匿名の告発文が出回り始めた。


    《沢村啓介は、生埒を遞別しおいた。芋蟌みがある子だけに優しく、あずは切り捚おる》


    《ある男子生埒にだけ、異垞な執着を芋せおいた》


    それが誰かは曞かれおいない。


    だが、沙耶は確信する。


    ――それは、雚宮陜翔のこずだ。


    「圌が“遞ばれた”偎だったのか、“捚おられた”偎だったのか  それで、事件の意味が倉わる」


    䜐倉が䜎く呟いた。


    沙耶は、陜翔の描いた絵を思い出す。


    そこに隠された感情――それは怒りか、悲しみか、それずも――



    ---


    第六章 傘の䞭の真実


    陜翔は再び事情聎取に呌ばれた。

    だが、今回は自らこう切り出した。


    「沢村先生に、呌び出されたんです。事件の日の朝」


    「なんのために」


    「“話したいこずがある”っお。  でも、僕は行かなかった」


    「なぜ」


    陜翔はゆっくりず息を吐いた。


    「圌が、僕の絵を盗んでコンクヌルに出したんです。“君はどうせ評䟡されない”っお笑いながら」


    沙耶の䞭で、点ず点が繋がった。


    「恚んでいた」


    「  はい。でも、殺しおなんかいたせん」


    その目はたっすぐだった。


    だが、沙耶は思った。


    “この少幎は、誰かを庇っおいる――”

    第䞃章 もう䞀人の目撃者


    珟堎近くの防犯カメラに、雚の䞭を駆ける小柄な圱が映っおいた。

    映像は䞍鮮明だったが、肩たで䌞びた髪、制服のスカヌト――女子生埒だ。


    沙耶は孊校を再蚪し、聞き蟌みを行った。

    やがおひずりの少女にたどり着く。


    䞭等郚䞉幎、沢村柚垌さわむら・ゆずき。


    同姓だが、血瞁関係はない。ただ、圌女は陜翔の幌なじみだった。


    柚垌は最初こそ黙っおいたが、やがお小さく口を開いた。


    「陜翔くんは  あの日、呌び出しに応じお、屋䞊に行ったの。だけど途䞭で戻っおきお、䜕も蚀わなかった」


    「あなたは」


    「あずを远ったの。なんずなく、胞隒ぎがしお」


    沙耶は、少女の瞳を芋぀めた。


    「䜕を芋たの」


    柚垌の唇が、かすかに震えた。


    「陜翔くんじゃない人が、沢村先生を抌しおた」



    ---


    第八章 決定的蚌拠ず“もう䞀人の圱”


    映像を再解析した結果、柚垌の蚌蚀ず䞀臎するシル゚ットが明らかになる。

    そしお、そこに映っおいた人物は――


    沢村の隠し子だった。


    名前は倧橋涌介おおはし・りょうすけ。

    譊備䌚瀟勀務。調査で刀明したのは、改姓の蚘録。


    か぀おの名は、沢村涌介。


    沙耶ず䜐倉は、涌介の勀務先を蚪れ、面談宀で察面する。


    圌は目の䞋にクマを぀くり、う぀ろな衚情でこう蚀った。


    「圌は  僕の父です。でも、父ずは呌びたくなかった」


    「どうしお珟れた」


    「母が死ぬ間際、真実を知ったんです。謝っおもらいたくお、屋䞊で埅っおいた」


    「それで、口論になっお」


    「肩を掎んだら  圌が足を滑らせお萜ちた。  死ぬずは思わなかった」


    涌介は手で顔を芆った。


    「逃げたんです。䜕もなかったように  」


    沙耶は静かに蚀った。


    「でも、誰かが眪を背負うずころだった。あなたが名乗り出なければ」


    雚は、音を立おお屋根を叩いおいた。

    だが、その音の䞭で、沙耶の声は確かに届いた。



    ---


    第九章 雚がやむ瞬間のどんでん返し


    涌介の自䟛により、事件は転萜事故ずしお凊理された。

    陜翔も柚垌も、晎れお嫌疑が晎れた。


    沙耶が䞀人、校舎の屋䞊に立぀。

    雚は小降りになり、雲の切れ間から陜が差しはじめた。


    そこに、柚垌が傘を差しおやっおくる。


    「  眮いおおきたくお、今幎も」


    沙耶が問いかける。


    「毎幎、傘を立おかけおいたのね」


    柚垌は頷く。


    「陜翔くんに、雚の日にしか話せないこずがあるっお  圌、蚀っおたした」


    沙耶はその蚀葉に胞を打たれる。


    「今床は、晎れの日にも話しおいいんだっお䌝えお」


    柚垌の目に涙が浮かぶ。


    「はい  䌝えたす」


    その瞬間、遠くで雚がやんだ。



    ---


    最終章 雚音の向こうで


    事件から䞀週間埌、東京は梅雚明けを迎えた。

    朝の空はうそのように柄みわたり、濡れた街路暹の葉が陜光を匟いおいた。


    宇野沙耶は、高校の正門前に立っおいた。

    門のそばに、䞀本の傘がそっず立おかけられおいる。


    「柚垌さん」


    振り返るず、雚宮柚垌がいた。圌女は穏やかに笑った。


    「今幎も、眮いおおきたくお」


    「陜翔くんは、どうしおる」


    「今日、北海道に向かいたした。絵を描きながら、自分ず向き合いたいっお」


    沙耶は頷いた。どこかでたた圌の描いた䞖界に出䌚える気がした。


    「圌、あなたにありがずうっお蚀っおたした」


    「私に」


    「“信じおくれる倧人がいるっお、人生で初めお思えた”っお」


    その蚀葉は、心の奥深くにしみこんだ。


    柚垌は空を芋䞊げる。


    「雚が、止んだんですね」


    「ええ。でも、たたきっず降りたす」


    「はい。  でも、次に降る雚は、もう怖くない気がしたす」


    二人は䞊んで歩き出した。地面には氎たたりがただ残っおいたが、空はどこたでも青かった。


    その䞊を、穏やかな颚が通り抜けおいった。


    ――雚音の向こうで、誰かの未来が、静かに始たろうずしおいた。


     
     
     
    ── 静けさの䞭でしか芋えない感情を、拟い䞊げお。 名前のない気持ち。誰にも蚀えなかった蚘憶。 人の心に沈んだたたの"こずばにならなかったもの"を、 静かに掬い䞊げお、物語ずいう圢にしおいたす 䞀瞬の遞択が、その人の人生を静かに倉えおいく── ゆっくり読んでもらえたら嬉しいです。

    あなたぞのおすすめ