
水無月
今年の梅雨は珍しくしっかり雨が降って、夜は涼しいくらいの気候。
実家の自室にはベランダがついているので、網戸だけ閉めてまたぎ段差に腰掛けると、まだ冷たい風が部屋に入ってくるのがわかる。
呼吸をするように生活の中で文章を書いていると、私はつくづく暮らしが好きな人間なんだと自覚する。
今日は何を書こうか、と考えるとまず出てくるのが先述したシーンだったりする。それがそのまま短歌になったり。
先日、短歌遊びをしているお友達がこんなことを言っていた。
「僕の短歌はシーンをクローズアップして書いている。藤井さんは逆に、シーンを引いて見ているように感じる。」
ああ、そうだな、と思った。お友達が詠む短歌は、まるで自分が壁になって場面を観察しているように感じる。私はどうかと言うと、私ごと「シーンの登場人物」として扱い、引きの画でものを書いている。どうやら私は暮らしのひと欠片をドラマのシーンを見るような捉え方をしているらしい。
良い意味で互いの視点が全く違う。言葉を媒体とすることで面白さが芽吹く。真反対なようで見るもの自体は同じだったりもする。それを言語化してくれた彼とは面白い本が作れそうだ。