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【197】 築地の川獺

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    (*写真は食肉目イタチ科カワウソ属ユーラシアカワウソ)

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    小泉八雲の書いた怪談の中には、赤坂に出る目も鼻もないのっぺらぼうの川かわ獺うそのことがあるが、築地の周囲まわりの運河の水にも数たく多さんの川獺がいて、そこにも川獺の怪異が伝わっていた。

    元逢あい引びき橋ばしなどのあった三角の水みず隈くまには、今度三角の不思議な橋が架かかったが、あの辺あたりは地震比ごろまで川獺の噂があって逢引橋の袂たもとにあった瓢ひさご屋やなどに来る歌げい妓しゃを恐れさした。

    瓢屋の婢じょちゅうは川獺の悪いた戯ずらをする晩を知っていて、お座敷が終って歌妓達が近くもあるし、川風に吹かれて逢引橋の袂から河か岸しっ縁ぷちを帰ろうとすると、

    「ちょっと待ってらっしゃい」

    と云って、二階へあがって逢引橋の橋むこうの袂にあった共同便所の明りに注意するのであった。そこには一つの小さな石油ランプが燭ともっていたが、その燈ひがすなおに光っているときには、

    「今晩、だいじょうぶよ」

    と云った。もし、その燈がちらちらして暗くなったり明るくなったりしていると、

    「今晩は、だめよ、すこし、へんよ」

    と云って、その燈のちらちらする晩は川獺の出る晩であるから、聞かずに河か岸しっ縁ぷちの方でも往こうものならきっと怪しいことに逢あったので、歌げい妓しゃ達は姉さんの詞ことばに従って、そんな晩には後あともどりであるけれども、築地橋の方に往き、それから今の電車通りを曲って、歌舞伎座前から釆女うねめ橋ばしを渡って帰って往くのであった。

    某夜あるよ、築地の待合まちあいへ客に呼ばれて往った某ある妓おんなが、迎えの車が来ないので一人で歩いて帰り、釆女橋まで往ったところで、川が無くなって一めんに草くさ茫ぼう茫ぼうの野原となった。彼女ははっと思って立ちすくんだ。

    彼女も川獺の悪いた戯ずらのことを知っているので、こんな時に立ち騒いではいけないと思って、そのままそこへ蹲しゃがんだのであった。すると暫しばらくして遠くの方から燈が一つ見えて来た。燈が見えるとほっとして気が強くなった。そのとたんに、

    「どうしたのです、姐ねえさん」

    と云って声をかけられた。それは己じぶんを迎いに来ている車夫であった。

    『築地の川獺』(田中貢太郎)

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    画図百鬼夜行(鳥山石燕) 獺(かわうそ)

    日本では、狸、狢むじな、狐、管くだ狐ぎつね、鼬いたち、貂てんと同じく、獺かわうそも妖怪扱いであった。

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    Amazon Kindle でトリに関する本や写真集を出版しています。 昭和後期のサブカルチャーの研究をライフワークにしています。

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