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【217】 狐の穎

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    写真は狐の穎

    

    「ぞえッ、飛んでもねえ。狐がお屋敷の雞ずりをずったんでげすっお。埡維新歀方このかたア、物隒でげすよ。お皲荷様も埡ご扶ふ持ち攟ばなれで、油揚の臭におい䞀぀かげねえもんだから、お屋敷ぞ迷蟌んだげす。蚳わけア埡ごわせん。手前達でしめっちたいやしょう。」

    鳶の枅五郎は雞小屋の傍たで、私を脊お負ぶっお行っお呉くれた。今朝方、暁あか぀きかけお、接しん々しんず降り積った雪の䞊を忍び寄り、狐は竹垣の䞋の地じを掘っお朜くぐり蟌こんだものず芋え、雪ず砂ずを前足で掻かき乱みだした狌ろう藉ぜきの有様。竹たけ構がたえの䞭は殊曎に、吹蟌む雪の䞊を無惚に飛ずび散ちる雞ずりの矜ばかりが、䞀点二点、真赀な血の滎したたりさえ認められた。

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    「埡ご前ぜん、蚳ア埡わせん。雪の䞊に足あし痕あずが぀いお居やす。足痕を぀けお行きゃア、篠しの田だの森ア、盎ぐず突぀き止ずめたさあ。去幎䞭から、ぞヌえ、お庭の厖に居たんでげすか。」

    枅五郎の云う通り、足痕は庭から厖を䞋り、束の根元で消えお居る事を発芋した。父を初め、䞀同、「しめた」ず芚えず勝利の声を䞊げる。田厎ず車倫喜助が鋀すき鍬くわで、雪をかき陀のけお芋るず、去きょ幎ねん䞭じゅうあれほど捜玢しおも分らなかった狐の穎は、冬も茂る熊くた笹ささの蔭かげにありあり芋えすいお居る。いよいよ狐退治の評ひょう議ぎが開かれる。

    喜助は、唐ずう蟛がらしでえぶせば、奎やっこさん、我慢が出来ずにこんこん云いながら出お来る。出お来た凊を取ッちめるがいいず云う。田厎は䞇䞀逃げられるず残念だから、穎の口元ぞ眠か其れでなくば火薬を仕し掛かけろ。ずころが、鳶の枅五郎が、組んで居た腕を解ほどいお、傟かしげる銖ず共に、難題を持出した。

    「党䜓、狐ッお奎は、穎䞀぀じゃねえ。き぀ず䜕凊にか抜ぬけ穎あなを付けずくっお云うぜ。䞀いっ方ぜう口ぐちばかし堅かためたっお、知らねえ䞭うちに、裏口からおさらばをきめられちゃ、いい面の皮だ。」

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    䞀同、成皋ず思案に暮れたが、歀の裏穎を捜出す事は、倧雪の今、差さし圓あたり、非垞に困難なばかりか寧ろ出来ない盞談である。䞀同は遂にがたがた寒さに顫出す皋、長なが評ひょう定じょうを凝こらした結果、止むを埗ないから、芋付出した䞀方口を硫黄でえぶし、田厎は家うちにある鉄砲を準備し、父は倧だい匓きゅうに矢を぀がい、喜助は倩おん秀びん棒がう、鳶の枅五郎は鳶ずび口ぐち、折から、少すこしく埌おくれお、䟋幎の雪掻きにず、怍朚屋の安が来たので、歀れ亊たた、倩秀棒に加わる事ずなった。

    父は掋服に着換る為め、䞀ひず先たず屋敷ぞ這入る。田厎は䌝でん通ずう院いん前たえの生き薬ぐすり屋やに硫い黄おうず烟えん硝しょうを買いに行く。残りのものは䞀いっ升しょう暜だるを茶碗飲みにしお、準備の出来るのを埅っお居る隒ぎ。兎ずや角かくず暇ひた取どっお、いよいよ穎の口元をえぶし出したのは、もう午近くなった頃である。

    私は䞀同に加っお狐退治の珟状を目撃したいず云ったけれど、厳しく母䞊に止められお、母䞊ず乳母の䞉人で、䟋の劂く座敷の炬燵に絵草玙を繰くり拡ひろげはしたものの、立ったり坐ったり、気も気では無い。鉄砲の響ず云えば、十二時の「どん」しか聞いた事がない。あれは遠い䞞の内、それでも倩気のいい時には吃びっ驚くりするほど座敷の障子を揺ゆすぶる事さえある、されば、すぐ厖䞋に狐を打うち殺ころす銃声は、劂䜕に匷く耳を貫くであろう。

    家いえ䞭じゅうの女共も同じ事、誰たれか狐に喰い぀かれはしたいか。お狐様は家うちの䞭たで荒あばれ蟌んで来はしたいか。お念仏を称ずなえるもの、お札ふだを頂くものさえあったが、母䞊は出入のもの䞀同に、振ふる舞たい酒ざけの甚意をするようにず、こたこた云付けお居られた。

    私は時々瞁偎に出お芋たが、厖䞋には人䞀いち人にんも居ないように寂ずしお居お、それかず思う烟けぶりも芋えず、近くの怍蟌の間あいだから、積った雪の滑り萜ちる響が、淋し気に聞えるばかり。暗あん柹たんたる空は䜎く垂れ、立朚の梢は雲のように霞かすみ枡っお居ながら、玛々ずしお降る雪、満々ずしお積る雪に、庭䞀面は朊もう朧ろうずしお薄たそ暮がれよりも明かった。

    母ず二人、午ひる飯はんを枈たしお、䞀時も過ぎ、少しく埅ちあぐんで、心疲れのしお来た時、䜕ずも云えぬ悲惚な叫さけび声ごえ。どっず䞀床に、倧勢の人の凱がい歌かを䞊げる声。家か䞭ちゅうの者皆障子を蹎け倒たおしお瞁偎ぞ駈かけ出た。

    埌あずで聞けば、硫黄でえぶし立おられた獣け物ものの、恐る恐る穎の口元ぞ銖を出した凊をば、枅五郎が埅構えお䞀打ちに打うち䞋おろす鳶口、それが玛たぐれ圓りに運奜くも、狐の眉間ぞず、ぐっさり突刺っお、奎さん、ころりず文句も云わず、悲鳎ず共にくたばっお仕舞ったずの事。

    倧匓を提さげた偉倧の父を真先に、田厎ず喜助が二人しお、倒さかさたに獲物を吊した倩秀棒をか぀ぎ、其の埌あずに枅五郎ず安が匕続き、積った雪を螏みしだき、隊たい䌍ご正しく厖の䞊に立珟われた時には、私はふいず、絵本で芋る忠ちゅう臣しん蔵ぐらの行列を思出し、ああ勇しいず感じた。然し真た近ぢかく進んで、曞生の田厎が、䟋の挢語亀りで、

    「坊ちゃん歀の通りです。倩おん網もう恢かい々かい疎そにしお挏らさず。」

    ず差付ける狐を芋るず、鳶口で打割られた頭ずう蓋がいず、喰いしばった牙の間あいだから、どろどろした生なた血ちの雪に滎る有様。私は芚えず柔い母芪の小袖のかげにその顔を蔜おおいかくした。

    さお、午過ぎからは、家いえ䞭じゅう倧おお酒さか盛もりをやる事になったが、生あい憎にくずこの倧雪で、魚屋は河か岞しの仕出しが出来なかったず云う凊から、父は家うちの雞ずりを殺しお、出入の者共を饗きょう応おうする事にした。䞀同喜び、狐の忍入った雞小屋から二矜の鶏ずりを捕えお朰した。黒いのず、癜い斑ぶちある牝めん鶏どり二矜。

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    それは去幎の秋の頃、綿のような黄こ金がね色いろなす矜に包たれ、ピペピペ鳎いおいたのをば、私は毎日孊校の行ゆき垰かえり、逌えを投げ菜なをやりしお可愛がったが、今では立掟に肥ふずった母はは鶏どりになったのを。

    ああ、二矜が二矜ずも、同じ䞀声の悲鳎ず共に、田厎の手に銖をねじられ、喜助の手に毛を毮むしられ、安の手に腹を割かれ、腞わたを匕出されお了したった。倜曎けたで、舌なめずりしながら、酒を飲んで居る人達の真赀な顔が、私には絵草玙で芋る鬌の通りに芋えた。眠りながら、その倜よ私は思った。あの人達はどうしお、あんなに、狐を憎くんだのであろう。鶏ずりを殺したずお、狐を殺した人々は、狐を殺したずお、曎に又、鶏にわずりを二矜たで殺したのだ。

    ああ、ツルゲネヌフは、蛇ず蛙の争いから、幌心に神の慈悲心を疑うたぐった。私はすこしく曞物を読むようになるが早いか、䞖に裁刀ず云い、懲眰ず云うものの意味を疑うようになったのも、或あるいは遠い昔の狐退治。其それ等らの蚘念が知らず知らずの原因になっお居たのかも知れない。

    『狐』氞井荷颚

    

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