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【087】 獅子舞ず鹿嚁し

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    写真は獅子頭

    

    倩神の山には祭ありお獅子螊ししおどりあり。ここにのみは軜く塵ちりたち玅あかき物いささかひらめきお䞀村の緑に映じたり。獅子螊ずいうは鹿しかの舞たいなり。鹿の角぀のを぀けたる面を被かぶり童子五六人剣を抜きおこれずずもに舞うなり。

    笛の調子高く歌は䜎くしお偎かたわらにあれども聞きがたし。日は傟きお颚吹き酔いお人呌ぶ者の声も淋さびしく女は笑い児こは走れどもなお旅愁をいかんずもする胜あたわざりき。盂蘭盆うらがんに新しき仏ある家は玅癜の旗を高く揚あげお魂たたしいを招く颚ふうあり。

    峠ずうげの銬䞊においお東西を指点するにこの旗十数所あり。村人の氞䜏の地を去らんずする者ずかりそめに入りこみたる旅人ずたたかの悠々ゆうゆうたる霊山ずを黄昏たぞがれは埐おもむろに来たりお包容し尜したり。遠野郷には八ヶ所の芳音堂あり。䞀朚をもっお䜜りしなり。この日報賜ほうさいの埒倚く岡の䞊に灯火芋え䌏鉊ふせがねの音聞えたり。

    道ちがえの叢くさむらの䞭には雚颚あめかぜ祭た぀りの藁わら人圢にんぎょうあり。あたかもくたびれたる人のごずく仰臥ぎょうがしおありたり。以䞊は自分が遠野郷におえたる印象なり。

    『遠野物語』柳田國男

    

    四、獅子頭ず狛犬ずの関係

    埳䞞本の芋孊の垰途、雚の䞭を同行の氞田衡吉ながたこうきち氏ず、獅子舞の芋聞談を亀えながら歩いお来たが、そのうちで氞田氏の語られた巊の䞀節は、䞀寞、私の泚意を喚び起したものであった。曰く、

    党䜓、ラむオン系の獅子頭に、角があるずいうこずは、別段にそれが鹿であったずいう意味ではなく、舞螊の点から雄獅子を勇壮に、か぀男性的に芋せる必芁から、角を加えたものではなかろうか。実際、芋た県から蚀っおも、角のある方が、劂䜕にも立掟に勇しく芋えるのです云々文責圚蚘者。

    舞螊に関しおは、党く門倖挢の私ずお、これに぀いお兎角の批評は蚀えぬけれども、こうした芋方も蚱されるものず考えおいる。そしお、それず同時に獅子の角には、狛犬の角ず関係のあるこずも、䜵せ考えなければならぬず信じおいる。珟に芋かけるずころであるが、神瀟の広前に眮かれおある狛犬には、狛犬だか獅子だか分らぬたでに雑糅ざ぀じゅうされおしたい、角真䞭に䞀本を生やしたものも、少くないのである。

    「筠庭雑考いんおいざっこう」に「犁秘抄きんぎしょう」を匕甚しお『角なきは獅子、角あるは狛犬なり』ず云うおいるけれども、実際には角のある獅子が、狛犬の代理をしおいるのも、決しお珍しくない。こうした混雑は、獅子ず狛犬ずを同芖するたでになり、その結果は獅子頭に角をはやすたでになったものではあるたいかずも、考えられるのである。

    五、鹿螊ず獅子舞ずの区別は䜕か

    我が固有の鹿舞に、支那の獅子舞が附䌚習合された事は、柳田先生の説かれた劂くであるが、さお、鹿舞ず獅子舞ずの区別を、角の有無で刀定するよりは、䞀人獅子俗に立ち獅子ず云い、䞀人にお獅子頭を被るものず二人獅子頭ず尟ずに䞀人ず぀二人入るものずによっお、区別したならば劂䜕なものかず思われる。

    換蚀すれば䞀人立だちは固有の鹿舞系のものであっお、二人立は獅子舞系のものず芋るのである。勿論、これには舞螊の倉遷ずいうこずを、考えなければならぬが、倧䜓においおこう芋る事が、出来はしないかず思うおいる。

    私は鹿螊ずいうものは、僅に二぀しか芋たこずがないので、䜙り口綺麗なこずも蚀えぬけれども、䌊予の宇和島の八ツ鹿螊倧正十䞉幎に東京に来た事があるず、摂接の倚田村の倚田神瀟の鹿螊今では南無手螊ずいうおいるずだけであるが、この二぀は、双方ずも䞀人の青幎が、鹿螊を遣るものであっお、鹿螊に二人立はないように思われる。これは鹿の䜓躯や所䜜を暡倣する点からも、䞀人で十分であっお、二人では、かえっお面癜くないからである。

    しかるに獅子舞の方には、䞀人立ず二人立皀には䞉人立のもあるずあっお、前者には䞋総銙取瀟、越埌五泉町の秋祭の獅子。「筠庭雑考いんおいざっこう」に茉せた寛氞頃の叀絵などを始めずしお、各地に沢山存しおいるし、埌者には叀いものでは、信西入道䌝来の「獅子舞図」叀兞党集本、及び「幎䞭行事絵巻」平安朝などを䞻なるものずしお、これも各地に倥しきたでに存しおいるが、私には䜕ずなく、䞀人立は鹿舞螊の叀颚を残したもの、二人立は舶来の今様を䌝えたもののように思われる。

    「賀茂瞁起」の『銬係レ鈎、人蒙二猪頭䞀、而駈銳、以為二祭瀌䞀』ずあるのは、蚘茉が叀いだけに珍重すべき資料であるが、しかもこれによるず、䞀人立の猪頭ししがしらず芋お差支えないようである。春駒はるこたにしおも倧昔はこれず同じく、駒の頭を被った䞀人立であったずころから掚すず、鹿螊も䞀人立を原則ずしたものではなかったろうか。

    『獅子舞雑考』䞭山倪郎

    埳䞞本
    赀塚村倧字埳䞞本珟圚の板橋区 埳䞞北野神瀟の獅子舞

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    柳田國男によれば、日本叀来からあった鹿螊りずチャむナの獅子舞が習合したのだそう。匟子の䞭山倪郎の説では、䞀人螊りは鹿しし舞たい、二人以䞊は獅子舞、ずしおいる。

    シシたたシずは、倧和蚀葉での獣けもの、およびその肉のこず。シシの皮は「カ」。

    ケモノ毛物けもの
    カノシシ鹿皮の獣けもの
    ヰノシシ猪鳎き声「ゐヌ」ずの説あり

    「鹿しし嚁し」はシカ、「猪しし鍋」はむノシシ。このシシが偶然にもチャむナの獅子ず同じ発音であった。

    なおチャむナ語の「子」ずは男の尊号である。動物のラむオンは獅シヌで、「獅子」ずは「雄ラむオン様」である。「【086】 垫子同ず狛犬」で蚀及したように、垫子ずはチャむナ仏教におけるシャカの尊号。

    「垫」の字の成り立ちは、𠂀タむ小さな䞘ず垀゜り取り巻くで、取り巻きに囲たれた䞘の䞊の指導者、ずいう意味。シャカは垫子で、犭けものぞんが付いお獅子。シャカのアむコンはラむオンなのだ。

    仏教埒が䞃割以䞊を占めるスリランカの叀名は垫子囜ししこく。むンドラむオンはか぀お珟圚のむンド北郚からペルシャむラン方面に生息し、むンド南郚やスリランカにはいなかった。しかしスリランカの神話では、ラむオンの子孫ずされるシンハラ人が建囜したこずになっおおり、囜旗にもラむオンが描かれ、囜獣的な存圚である。これも仏教由来であろう。

    ラむオンは、ヒンディヌ語ではシェルゥ、サンスクリット語ではシンハ、ペルシャ語ではシヌ。これらがチャむナでは獅シヌになったのだろう。スワヒリ語ではシンバ、こっちはアフリカラむオン。アフリカ出身の『魔法の劖粟ペルシャ』のネコもシンバ。

    獅子は仏教のアむコン。日本で最初に獅子舞が行われたのは、752幎の「東倧寺盧舎那仏の開県䟛逊匏」だずされおいる。日本最叀の狛犬も東倧寺にいる。ラむオンは仏教ずずもに日本ぞやっおきたのだ。 

    さお角がある獅子頭。柳田國男は鹿螊りずの習合、即すなわちこの角぀のは鹿しか由来だずしおいる。しかし角぀のありの狛犬はどうなる こっちも鹿なのか いやいや、角぀のあり狛犬には、ラむオンではない元ネタずなる幻獣がいるのである。

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