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【195】 かまいたちの夜

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    (写真は食肉目イタチ科イタチ属イイズナ)

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    かりに、ひとが斬ったとなると、行違いざま抜打ちにやったのだと思うほかはないが、実際にやってみると、須しゅ臾ゆのあいだに、こんな見事な傷をつけるということは、いかな達人でもとうてい不可能である。いわんや、場所も形も大きさも、いずれも寸分違わないということになれば、人間わざの及ぶところではないのである。けっきょく、これは鎌かま鼬いたちの仕業だということになった。

    古いころから、人が通り風の気にふれると、不意に皮膚が裂けて鎌形の傷がつき、甚はなはだしく出血して生命いのちをおとすことがあった。越後えちごや信濃しなのや京都の今いま出で川いがわの辺ではたびたびあったことである。

    鎌形の傷を鎌風といい、これはかまいたちという妖魔の仕業だとされていた。『倭訓わくんの栞しおり』に、奥州越後信濃の地方に、つじ風の如くおとづれて人を傷す。よつて鎌風と名づく、そのこと厳寒の時にあつて、陰毒の気なり、西土にいふ鬼弾の類なりといへり。とみえている。

    いま庄兵衛の膝のうえに拡げてあるのがその『倭訓栞』。つまり、庄兵衛は今までこのかまいたちと首っぴきをしていたのである。庄兵衛がいつまでもにが虫を噛んでいるので、花世は手持無沙汰になったものとみえ、

    「ねえ、かまいたちなんぞ、ほんとにいるものなのでしょうか」

    庄兵衛は眼鏡越しに、例のお不動様の三白眼でじろりと花世の顔を見あげながら、

    「はて、いないでどうする。そもそも、かまいたちとは…」

    花世はニッコリと笑って、

    「はい、そもそもは、もう結構。それは耳にたこのよるほど伺いました。…では、それはいったい、どんなかたちをしているのかしら。いたちが鎌を持っておりますの。…ちと、うけとれぬ話だわねえ」

    「いたちがなんで鎌などを持つ、ばかめが。…つまり、なんだ、ひとくちに申せば、飛びっちがいに、爪で掻き切るのだわい。えい、うるさい」

    「まあ、こわいこと…はやくつかまえて、爪を切っておやんなさいまし」

    「なにをくだらぬ…天下の与力筆頭が、いたちなどにかかずらっておられるか、たわけたことを」

    「天下の与力筆頭も鎌かま鼬いたちにかかっては、手も足も出ぬそうな。それならばいいことがござります」

    といって、気をもたせるように忍び笑いをする。

    『顎十郎捕物帳 鎌いたち』(久生十蘭)

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    『狂歌百物語 鎌鼬』(竜斎閑人正澄)

    日本では、狸、狢むじな、狐、管くだ狐ぎつねと同じく、鼬いたちも妖怪扱いであった。

    『かまいたちの夜』は名作であった。

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    Amazon Kindle でトリに関する本や写真集を出版しています。 昭和後期のサブカルチャーの研究をライフワークにしています。

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